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ものが生み出す人とのつながり。学びの場をひらくには?(APM#10 後編)

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2023.01.24

執筆者 : 西岡一正

ものが生み出す人とのつながり。学びの場をひらくには?(APM#10 後編)の写真

約3年ぶりにひらかれた「Artpoint Meeting」第10回のテーマは「アートがひらく、“学び”の可能性」。日比野克彦さん(アーティスト、東京藝術大学学長)のビデオメッセージが披露された後、鞍田崇さん(哲学者)が「“つくること”で、感性をひらくこと」と題して基調講演をしました。それに続く「セッション1」では、多摩地域で行われている「ざいしらべ」という取り組みについての事例報告がありました。

>レポートの前半はこちらから。

会場の一角には、図工の授業で使われた様々な素材や道具が展示されました。木や竹、植物といった自然素材とともに、工業製品とおぼしい小さな部品も並びます。休憩時間には参加者が興味深そうに眺めたり、手にとったり。なかには人工の歯や馬用の蹄鉄といった見慣れないものもありました。アートとどうかかわるのだろうか、と不思議に思っているうちにイベント再開の時間になりました。

レポートの後編は、「セッション2」と全体を総括する「ディスカッション」の様子をお伝えします。

廃材からアートへ、新たな循環を生む「創造素材」

「新たな“学び”の循環をつくる」というテーマを掲げて登壇したのは、NPO法人アーティスト・コレクティヴ・フチュウ(ACF)の宮山香里さん(美術家)と西郷絵海さん(アトリエTutti主宰)。ACFは府中市を中心としたアートにかかわる人々やアートファンのネットワークで、「誰もが表現できるまち」をテーマに地域とアートをつなぐ活動をしています。そのひとつが、府中市の市民提案型協働事業として2021年に始めた「ラッコルタ-創造素材ラボ-」というプロジェクトです。

(写真左から)NPO法人アーティスト・コレクティヴ・フチュウ(ACF) 宮山香里さん、西郷絵海さん

「府中市には企業、それも製造業の中小企業が多く集まっています。そうした企業から不要になった部材を提供していただきます。アーティストが企画するワークショップで、おとなやこどもにその素材を使って作品をつくってもらい、展示する機会を設けます。そこで生まれた新たな視点や価値の変化を、提供企業にフィードバックすることで、引き続き素材を提供いただくという循環の仕組みを目指しています。素材の価値が変化し循環するプロセスを共有することによって、企業の方々にも『自分ごと』としてのアートとの関わりが継続的に続いていくことを期待しています」(宮山さん)

つまり、企業の製造過程で生まれる端材や不要な部材を、創造のための素材=「創造素材」と位置づけているのです。宮山さんは約20年間、イタリアでもアーティストとして活動を続けています。ラッコルタ(イタリア語で「収穫」)という愛称を添えたのは、そうした宮山さんの経験にも由来しています。

では、「創造素材」はどのようにして探すのでしょうか。「最初は、『(府中には)霊園があるから墓石はどう?』とか、『競馬場があるから蹄鉄かな』といった思いつきでした(笑)。企業にメールや手紙を送って、反応があった企業から少しずつ、いろいろな素材が提供されるようになりました」(西郷さん)

そうした企業のひとつが、医療機器製造・販売業の「株式会社TOKIO Lab」でした。製品梱包に使うダンボール製の小さな緩衝材(チップ)を提供してくれました。そのチップを使って、2021年に第1回ワークショップ「暮らしの彫刻」を実施しました。

「三木麻耶さんという、『日常を俯瞰する』というテーマで活動するアーティストを招きました。参加者がチップで自分の生活のなかに組み入れる彫刻をつくり写真作品にする、というオンラインワークショプです。参加者の作品とともに、三木さんの代表作をギャラリーに展示して、そこにTOKIO Labから提供されたチップに触れられるスペースも設けました。参加者はチップを持ち帰って、作品をつくり、暮らしのなかに組み込んだ写真を送ると、ギャラリーに展示される、というかたちで2週間、変わり続ける展示を実現しました」(宮山さん)

今年は府中市内の文化施設で開かれた対面のワークショップを実施しました。「素材の説明だけして自由につくってもらうと、おとなもこどももどんどんつくり始めました。創造素材を介して人ともの、人と人の交流が生まれ、毎回異なる出会いがあります」(西郷さん)。そこから、素材を持って各地に出かけるキャラバン的な活動や、素材を求める人に提供する活動も始めたそうです。

「ラッコルタ-創造素材ラボ-」で提供を受けたダンボール製の小さな緩衝材

創造素材がもたらす新たな“学び”。その一例として、宮山さんがこんなエピソードを紹介しました。ACFとは別に、個人の活動として愛媛県の小学生を対象にオンラインでワークショップを開いたときのことです。

「平和学習のなかで、『自分にとっての平和はなんだろう』と問いかけて、創造素材で造形するワークショプです。戸惑っていたこどもたちが、素材に手を触れることで思考が整理されていきました。『平和の花』という作品をつくったこどもがいました。説明してもらうと、『平和になるには、他の人に関心を持つことが必要。花は互いに関心を持つきっかけになる』。私もこのこどもたちの作品から学びました」

「つくる」を「学ぶ」につなぐ試み

事例報告の後は、客席からの質問も交えたディスカッションが行われました。登壇したのは、哲学者の鞍田崇さんとNPO法人アートフル・アクションの宮下美穂さん、ACFの宮山香里さんの3人。会場から寄せられた質問や感想を中心に話し合いました。

(写真右から)NPO法人アートフル・アクションの宮下美穂さん、ACFの宮山香里さん、哲学者の鞍田崇さん、アーツカウンシル東京の佐藤李青

この日の事例報告はどちらも、「つくる」を通した「学び」の仕組みを整える試み、といえそうです。それに対して、鞍田さんは「共感しました。学校や地域での可能性に従来とは異なるアプローチを試みています。アートならではの取り組みで、可能性を感じます」と語りました。

会場からは多くの質問や感想が寄せられました。そのなかで目立ったのは、「学校の枠組みのなかで、型にはまらない授業を行う困難さ」「図工教育の現場は学習指導要領をこなすだけで手一杯」という、学校現場からの切実な声でした。これらについて、現職の教員である河野路さんがフロアから発言しました。「たしかに授業や校務で忙殺されている人は多いです。私の場合は、自分の年間授業計画のなかにあらかじめ、発展的な内容の授業を予定として入れていました。学年やこどもたちの能力に応じて、様々な道具や素材を使う授業を考えています」

外部から学校の授業にかかわる立場の宮下さんは、学校現場の状況に柔軟に対応しているようです。「予算や備品の状況は学校ごとにまちまちなので、先生の要望や学校の都合、地域にあるもの、こどもたちの様子などをうかがったうえで、授業の内容を詰めていく。終了後は『ふりかえり』の機会を持つようにしています」。学習指導要領については、多摩図研は研究会で指導要領を読み込み、その目的にてらして可能な授業のあり方を考える取り組みをしているそうです。河野さんも「学習指導要領も『地域にひらく』ことに触れているので、考えるきっかけになる」と話しました。

セッション1に登壇した河野路さん(小金井市立第四小学校教諭)が質問に答える

海外と日本の教育の違いについての質問もありました。イタリアでも活動を続けている宮山さんは「イタリアやドイツでは自分の考えをどう培うか、が教育の中心にあります。ラッコルタのワークショップでは、アーティストがリサーチしたものを参加者が身体で体験し、そのことで気づきを得るようなプロセスを重視しています」と話しました。そうした気づきは、企業にも及んでいます。チップを提供している「TOKIO Lab」の人たちも、廃棄していた部材がアートに使えることを知って関心を寄せています。最近、インスタグラムを開設し、「#廃材アート」というハッシュタグを使っているそうです。

「学び」と「感性をひらく」ことについても、いくつか質問がありました。
鞍田さんは、それらの質問にやわらかく応答するように、友人がデンマークの森にある幼稚園で経験したことを紹介しました。「こどもたちが森で生き生きと遊んでいる時に、年少のこどもが一人で鬱蒼とした森に入り、大木の傍らに立っていました。心配になった友人が駆け寄ろうとしたら、幼稚園の先生に肩をつかんで止められました。『あの子はいま、木と対話をしているのだから』と」。私たちのあり方を考えさせられるエピソードです。

宮下さんも応答します。「こどもが持っている時空の全体が尊ばれるといい。こどもは身体のすべてを通して世界につながっている。外部から学校に入っていく私たちは、こどもたちのwhole(全体性)を分断してはいけない」。そのうえで、授業で小学3年生に織物を体験させた経験をふりかえります。「慣れない道具と素材で織物をするから、簡単ではない。それでもこどもたちは工夫して、その子なりのものを織ろうとする。それが出てくるまでは、ただただ待つことが大切です。創造性や個性などといったものをはるかに超えていく、そのこどもにしかできない経験が表れ出ます」

今回のArtpoint Meetingでは素材にかかわる2つの取り組みが報告されました。素材に手で触れることはつくることにつながり、同時に身体を起動します。そこから感性がひらかれ、気づきや学びを得ることが期待されています。けれども、そもそも地域からどのようにして素材を得るか、という問題があります。また、様々な素材や道具を授業に持ち込むこと自体が難しい、という声もあがりました。授業の延長としてこどもたちが学校の外に出ることも簡単ではなさそうです。

けれども、今回のイベントでは素材を前にしたこどもたちが自発的に手を動かして、思いがけないものをつくりだす姿が多々報告されました。他方、企業が素材を提供したことでアートとのつながりに気づいた事例もありました。こうした取り組みを息長く続けることが、鞍田さんがいう「パズルの歪み」を修復していくことにつながるのではないか。それによって社会が少しでもひらかれて、私たちも「生きがい」を感じられるようになるかもしれない。そんな希望を感じさせたArtpoint Meetingでした。

(撮影:阪中隆文)

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