アートの現場で働く人のための一冊『働き方の育て方』を読む(若林朋子×山内真理×帆足亜紀×菊池宏子)
アートプロジェクトや芸術祭の運営を支える担い手たちの「働き方」を考える
2014年末にスタートした、TARL研究・開発「『幸せな現場づくり』のための研究会」。本研究会では、全国各地のアートプロジェクトや芸術祭の運営を支える担い手たちの「働き方」について、約2年間にわたり対話を重ねてきました。
研究会のメンバーは、アート・コーディネーター、会計士、コミュニティデザイナー、プランナーという専門性の異なる4名の女性。アート業界を第一線で支えている研究員たちが、行きつ戻りつ「働き方」について語り合いながら、問題の在りかや理想を言葉にしてきました。そして交わされた議論をまとめたものが、2016年9月末にアーツカウンシル東京より発行された冊子『働き方の育て方 アートの現場で共通認識をつくる』です。彼女たちの言葉の端々には、アートプロジェクトの現場の担い手たちが日々の運営をとおして指針に迷ったとき、明日からでも活用できる知見が詰まっています。アートの現場での「働き方」に対して共通の認識をもつためにつくられた本書は、様々な現場で活動の手引書/ワークブックとして使えるはず。
本記事では、2016年12月6日に開催した「『幸せな現場づくり』のための研究会」報告会の様子を、TARL運営事務局でアート・コーディネーターとしても活動する及位友美がレポートします。研究会メンバーによる本書を読み解くためのクロストークから、アートの現場の働き方について考えてみましょう。
アートの現場で働く人ための一冊『働き方の育て方 アートの現場で共通認識をつくる』を読む
本書は2部構成になっています。7つのトピックをめぐる対談を収録した前半【研究員対談】と、そこから浮かびあがってきたキーワードを図解したキーワード集の後半【共通認識をつくるための言葉】、という構成。対談では研究員同士が2、3名ずつ組み合わせを変え、どのように「働き方」と向き合うかということについて意見を交わしています。「『幸せな現場づくり』のための研究会」では、収録された7つの対談を行う前にも、20回以上に及び対話を重ねてきたといいます。
この日の報告会は、本書の「おわりに」を黙読するところからスタート。研究員たちの研究会での取り組みに対する想いが、「Moving forward-飾りじゃないのよ、文化は」というタイトルのもと語られています。
研究会の問題意識の立脚点として、この日のモデレーターを努めたアーツカウンシル東京・TARLディレクターの森が指摘したのが、最初の研究員対談TALK1「アート『で』社会と関わるには?」のなかで触れられている、帆足のコメントです。
「設置の根拠となる制度が確立している美術館などを除くと、芸術祭やフェスティバルを運営する実行委員会や、アートNPOなどは組織基盤がまだ弱く、雇用の長期ビジョンや労働環境が整っていません。やることはどんどん膨らんでいるものの、そこにいる人の働き方についての議論は、置き去りにされているなと感じます。」
(p.15 TALK1 アート「で」社会と関わるには? より)
この意識そのものは、研究会での対話のなかから生まれているもの。4名の研究員はみな立場や経験こそ違えども、見えている「課題」が共通だったと帆足が振り返りました。
ここからは後半パートのキーワード集【共通認識をつくるための言葉】と紐づけて、この日に展開された研究員による解説と、対話の一部をご紹介します。研究員対談のなかに出てきた言葉で、キーワード集でも取り上げているものは、ページ数を記してリンクするかたちを取っています。研究員対談を読み進めながらキーワード集をひもといたり、キーワード集を読み改めて対談に立ち戻ったりしながら、本書を活用する助けになれば幸いです。
キーワード集「共通認識をつくるための言葉」を読む
「コミュニティ・エンゲージメントの構造」(p.120)
菊池|コミュニティ・エンゲージメントは、概念は簡単ですが応用するのが難しい。応用の仕方は各現場で考えていかなければなりません。この概念は簡単に言うと、関係性をどう構築していくかという方法論です。例えば『アウトリーチ』は主体が手を伸ばして地域に働きかける方法ですが、『エンゲージメント』は主体が相手と同じ立ち位置で手をつなぐ方法、とイメージしていただくと分かりやすいかもしれません。わたしがこの概念を学んだアメリカは、人種が多様な社会というバックグラウンドがあり、その多様なものをひとつの形にしていく手段やアプローチとして、エンゲージメントの方法論を用います。
「エンゲージメントを活用したボランティア育成モデル」(p.122-123)
菊池|この項目では、時間をかけて関係をつくることで、ボランティアのプロジェクトへのコミットメントの度合いが深まっていく様子を図で表現しています。
帆足|私が横浜トリエンナーレのサポーター組織をどのようにマネジメントしていけばいいかを考えていたときに、菊池さんのお話を聞いてこのような方法論があれば頭を整理して考えられると感じました。
菊池|アートの現場で働く人は、プロジェクトを進めるときは組織の一員として動きます。属人的な働き方をしていると、そのポジションに別の人が入ったときに、組織として事業を継続することが難しくなってしまいますよね。大切なことは、組織の自分と個人の自分を切り分けることであるとも言えます。また、日本人の気質に合うコミュニティ・エンゲージメントを丁寧に見ていく必要もあります。その方法論が、立脚する文化によって多種多様である点も面白いところですね
「評価」(p.128-129)
若林|『評価』はアートの業界の重要課題です。でも、評価を厳密に突き詰めてやろうとすればするほど、現場の担当者は苦しくなる。多くの場合、借り物の物差しで評価するからです。自分たちが必要とする評価の方法を、自ら考えることが大事です。そのため、本書に『評価の前に』チェックリスト(p.129)を掲載しました。第三者に評価を依頼する前に、まずは自分たちがどのような評価を行いたいのか、評価結果をどのように使いたいのかなどの項目です。
もうひとつ評価の件で提案したいのが『まわさないPDCA』です。評価することにばかり時間と労力を割いて、次年度の企画が疎かになってはいないかという問題提起です。評価しても、その結果を事業計画にいかしていない。たとえば、外部委員を呼んで評価委員会を開いても、既に次年度の事業が始まっていて、評価で把握した課題を翌年の事業計画に反映できないサイクルだったりします。もう形だけのPDCAは『まわさない』。評価は次期Planにいかしてこそ、そして何をおいてもPlanの充実が大事です。
「助成」(p.130-131)
若林|この項目でいちばんお伝えしたかったことは、『受け手(助成される側)だけでなく、出し手(助成者)にも目的がある』という部分です。やみくもに申請するのではなく、助成者はどのような目的で支援しているのか、考える必要があるということ。助成者は、何らかの変化を起こしたい、社会を変えたいとの目的で助成プログラムを実施しています。採択の確率だけでなく、助成者の想いやミッションに共感できるかという視点でぜひ申請して欲しいです。助成側にも、助成目的が明快なプログラムが増えていくことを期待します。
「会計」「財務会計と管理会計」「財務諸表」(p.138-139、p.140-141、p.142-143)
山内|p.138を見ていただくと分かるとおり、会計は英語ではAccount for、説明するという言葉に由来します。つまり会計は自分たちの活動を説明するための『道具』として使えるものであり、それが本来の目的です。
p.140には『財務会計』という言葉がありますが、財務会計とは組織を取り巻く外部の人たちに報告するための会計です。財務会計の手段となるものがp.142にある『財務諸表』で、一般的には『決算書』と呼ばれるものです。法令によっては『計算書類』とも呼ばれます。
決算書は、経済活動の面から自分たちの活動の状況や成果を可視化して報告するものなので、自分たちの活動を誰かに伝える際の道具として使うことで、説得力をもつことができます。
NPO法人の財務諸表を具体的に見ていくと、活動計算書(p.144)には収益と費用が記載され、自分たちがどのような努力をしてどのような成果をあげたか、その関係がわかるようになっています。貸借対照表(p.145)は、ある一時点での財政状況を確認するものとして、団体が健全な財政状態にあることを相手にアピールするためにも使える書類と考えてください。
帆足|今のお話を聞いていて思い出したのが、p.65の山内さんのコメントです。活動計算書一枚を見るだけで、その事業がどのような人たちに支えられ、どのような人たちが関わっているかということが分かります。山内さんは会計士という社会ともっとも接点がありそうな『お金』を扱う専門家であり、『数字しか見ていない』と言いながらも、数字以外のところもしっかり見ていらっしゃるんですよね。
TALK4 お金『で』コミュニケーションするには?(p.65)
山内|組織の収入構造からは、事業が誰に愛されているかが見て取れます。例えば地域内で事業収入を得つつ、一般の人からも寄付を多く集めている事業は、対価を払って直接価値を享受している人以外にも、プログラムの必要性や当事者意識をもって関わってくれている人が多くいるという指標になります。
「予算要求」「決裁」(p.132-133、p.136-137)
帆足|私がプロジェクト・マネージャーとして関わっている横浜トリエンナーレは、3ヵ年で約9億円の予算がつく横浜市主催の事業です(p.31)。そのため行政の動きと連動した時間軸のなかで、事業を動かしていくことに日々直面しています。多くのアートプロジェクトには公的なお金が絡んでいます。そんな行政とお金の動きを、国と自治体、そして議会の動きと連動してカレンダーにしたものが、p.134-135のスケジュール表です。私自身、もう6年もヨコトリで仕事をしているのですが、この研究会をはじめるまで、このような動きの存在は分かっていても、きちんと把握できていませんでした。市の職員の方たちには、議会のタイミングで忙しくなるというルーティンがあるわけです。
帆足|予算要求に関して言うと、税制の話題も研究会では挙がっていましたね。昨今ですと、地域の芸術祭の開催をめぐって、議会が市長に反対するという政治的対立に巻き込まれる例も見られます。議会は納税者の意見を反映しているとはいえ、このような構図のなかに、アート側が巻き込まれるとアートは本来の力が発揮しにくくなったりします。アートを扱う私たちは、本当は作品の話がしたいんです。作品一つひとつに対して、この作品には歴史的な文脈からどのような意味があり、社会に対して何を投げかけているのか、といった話です。芸術祭の開催の是非をめぐってメディアは面白おかしく取り上げますが、このような作品の価値についてはどのように議論をしていけばいいのでしょう。アートの話をするためにも、行政のなかで政策や予算が決定されるプロセスに関する知識を、アート側がもっておく必要があります。
それに関連して、p.136-137では決裁の話にも触れています。決裁のプロセスはピラミッド構造になっていて、複数の人を経て決定されていくものです。このような行政のシステムを、身につける必要はありませんが、把握しておくことで行政の方たちと共通の言語をもつことができるとも言えます
まとめ さらなる議論のテーブルが拡がることを目指して
『幸せな現場づくり』のための研究会では、このようにアートの現場を運営していくなかでぶつかる、社会のシステムに関わる技術的なトピックが多く語られました。一方で、最後の項目で帆足が触れたとおり、研究員たちが膨大な時間をかけて議論をしたのは“アートの話”だったこともわかります。
研究会から生まれた本書『働き方の育て方 アートの現場で共通認識をつくる』が伝えるものは、アートプロジェクトにさまざまな位相で関わるステークホルダーとのコミュニケーションを、よりスムーズなものにする言葉や概念、方法論です。アートプロジェクトの現場の担い手のあなたも、これからの自分の働き方や活動のベースの指南書として、ぜひ活用いただければ幸いです。そしてこの本をきっかけに、さらなる議論のテーブルが広がっていくことへの期待とともに、報告会は締めくくられました。
関連リンク
TARL研究・開発「『幸せな現場づくり』のための研究会」
「『幸せな現場づくり』のための研究会」報告会イベント概要
冊子『働き方の育て方 アートの現場で共通認識をつくる』