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亀戸アートセンター|Artpoint Radio 東京を歩く #2

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2024.12.26

執筆者 : 屋宜初音

亀戸アートセンターと黒い文字で書かれた、50センチほどの白い看板が傘立ての横に置かれている

「Artpoint Radio 東京を歩く」では、都内にあるさまざまな拠点を訪ね、その運営にかかわっている方にインタビューを行い、その様子をラジオとレポート記事の2つの形式でお届けします。
拠点によって、その業態や運営の手法、目指す風景はさまざま。そうした数多くのまちなかにある風景には、運営者たちの社会への眼差しが映し出されているのではないでしょうか。
本シリーズでは、拠点の運営にかかわるひとびとの言葉から、東京の現在の姿をともに考えていきます。

――

第2回は江東区亀戸にある「亀戸アートセンター」を訪れました。
拠点があるのは都営新宿線東大島駅から徒歩15分ほど、大きな団地や集合住宅が多く建っているエリアです。京葉道路、首都高、亀戸葛西橋線など、大きな道路が交差しており、たくさんのトラックや大きな車が行き交います。取材に訪れた昼下がりは人がまばらで、買い物袋を提げた人や休憩中の運転手など、のんびりした時間が流れていました。

大きな幹線道路に横断歩道がわたっている。道路の向こうには、6階建てのマンションや高いビル、団地などが並んでいるのが見える
亀戸アートセンター近くの風景

亀戸アートセンターは、2018年にオープンしたカフェスタンドが併設されたギャラリーです。コンパクトな室内に、ギャラリースペース、ロフトのような中二階、グッズコーナー、カフェスペースがギュッと詰まっています。

今回お話を伺ったのは、亀戸アートセンターを運営する石部巧(いしべ  たくま)さんと、石部奈々美(いしべ  ななみ、chappy)さんご夫婦です。アーティストとしても活動するお二人に、展示作家への声のかけ方や、作品販売への意識、シルクスクリーンプリントを使った仕掛けなどをお聞きしました。

ビルの一階が亀戸アートセンターになっており、その前の道路で4人が話している。左側にはタープ屋根とベンチ、右側には引き戸の入口がある

亀戸アートセンターのこれまで

――亀戸アートセンターをはじめた経緯を教えてください。

石部(巧):亀戸アートセンターをひらく前にもスペースをやっていました。東京都現代美術館の近くの千石(せんごく)というエリアに住居として一軒家を借りていたんですけど、そこがガレージのある家だったんです。でも車を持っていなかったんで、ガレージは物置になっていて。もったいないから自分たちの作品や友達の作家が展示できたらいいかな、くらいの感じではじめました。もう10年くらい前かなあ。千石の読み方をもじって「Sngk Gallery」と呼んでいて。

ギャラリーとして場所をはじめようとは全然思わずにやっていたんですけど、開けると、やっぱり人が集まるんですよね。知らない作家とも出会えたりとか、予想外の感じで広がっていくのが単純に面白かったんです。

chappy:家を引っ越すことになったので、前の場所は閉めました。そのあと1年ぐらいは何もやってなかったんですけど、やっぱり前のスペースをやっていて面白かったねということがあって、物件を探したんだよね。

石部(巧):地域にひらくこととかも特に考えてなかったんです。好きな作家の展示だったら誰かしらは来るだろうという感覚だったので。本当はもっとちゃんと考えてやった方がいいのかもしれないけど。

chappy:夫婦でやっているので、そんなに気負わずできているのかも。

石部(巧):そうですね。他人同士ではないので、言いたいことを言い合えたり、気はつかわないのかもしれない。まったくの他人と一緒にはじめるとしたら、結構大変だったのかもなって思う。

左側には青い帽子をかぶったひとが座っていて、右側には金髪のひとが座っている。
亀戸アートセンターを運営する石部巧さん(左)、chappyさん(右)

――前のギャラリーが2017年夏まで。そして2018年に現在の物件で亀戸アートセンターがスタートしたわけですね。この物件に決めた理由は何だったのでしょうか?

chappy:前のギャラリーをやっていたときも、飲み物を出したいと思っていたんですが、なかなか難しくて。それで今度は飲食の営業許可もとれて、展示スペースもつくれて、という場所を探しました。そしたらここが飲食の提供もできそうだということで、即決でしたね。展示スペースの裏にキッチンがあるので、はじめのうちはそこでつくって出していたんです。だけど地域の人とのコミュニケーションがあんまり取れない感じだったので、現在の入口横の窓からドリンク販売を行うスタイルになりました。

屋外から見た亀戸アートセンターのお店部分。タープ屋根の下に出窓のようなものがあり張り紙が貼ってある。その前には傘立てた鉢植え、ベンチが置いてある

石部(巧):はじめのうちは「飲食できます」と大々的にうたっているわけではなかったんですよ。来れば何か飲めますくらいの感じだったんだけど、やっぱりそれではあまり人が入らないし、アートセンターって言われても何だかよくわかんないじゃないですか。そもそもギャラリーに無料で入れることを知らない人も多いと思いますし。

なので「コーヒーを飲めますよ」ってちゃんと打ち出して、コーヒー屋さんだと思って来た人に「ギャラリーも見れますよ」って案内できるといいんじゃないかと。入口横のドリンク販売をはじめてからは、近所の人も結構来るようになりましたね。

chappy:そうそう、いまは甘酒とコーヒーを出しているんですけど、看板には「甘酒コーヒー」ってひとまとまりに書いてあって。それをみて「甘酒コーヒーって何ですか?」みたいな感じで入って来る人もいますね。

――たしかに、カフェがあると入りやすくなるというのは想像できますね。この亀戸アートセンターというお名前はどういう経緯でつけたのでしょうか?

石部(巧):あんまりかっこいい名前が思いつかなかったんです。それで、亀戸には文化センターとスポーツセンターがあるんですよ。でも「アート」センターはないから、それがいいかな、みたいな簡単な理由なんです。

chappy:公共性がありそうな名前ならお客さんも間違えて入って来るかなという期待もあって(笑)。

石部(巧):はじめはオルタナティブスペースかなとも考えていたんです。オルタナティブっていう言葉にしておけば、コンテンポラリーアートだけじゃない、いろいろなジャンルを含めることができるなって思って。最初からギャラリーとは名付けないつもりだったので。

でも、どうやらオルタナティブスペースという言葉も、その意味とか使われ方を考えると、どこか違うかもしれないって思いはじめて、だんだん言わなくなりました。それで、ギャラリーでもない、オルタナティブスペースでもないなら「センターでいいんじゃない?」みたいなゆるい感じで、亀戸アートセンターになりました。

作品を売ること、買うこと

――ドリンク販売のほかに、グッズコーナーがあることもお客さんにとって入りやすい雰囲気をつくっていそうですよね。どんなものを販売しているんでしょうか?

chappy:いままで展示してもらった方々の関連グッズや作品をメインに置いています。はじめはもっと外から見えるような位置に配置してました。近所の方がアートとかわからなくても、グッズに興味を持って入ってきてくれるかなと思って。でもそれはそれで展示空間との見え方が気になって。グッズは結構ごちゃごちゃっと置いてあるので、展示空間に混ぜない方がいいかなと思って、現在の入口裏と、ロフトへの階段下のスペースに移動したんです。

白い壁にたくさんの棚や、床には本棚も置いてある。ZINEのような冊子や、エコバッグ、防止、ポストカード、缶バッチ、キーホルダーなど様々なものが並べられている
入口裏のグッズコーナー

――お二人も作品をよく購入されるのでしょうか?

石部(巧):うちで展示してくれた作家さんの作品も買いますし、ほかのギャラリーでも手が届く値段で二人とも好きな作品だったら買いますね。あとは展示を見に行くときに、もしお金を持ってたらこの作品とこの作品は買うな、という妄想をよくしています。

chappy:買った作品は自宅のリビングに飾っているんですよ。でも手狭になってきたので、コレクションを展示できる部屋も必要なんじゃないかと思いはじめています。最近はもっと自由に作品を買うためにアルバイトをはじめたいとも考えていて。いまは、どうしても生活を成り立たせることを優先して、いいなと思った作品があっても手が出せないことも多かったりする。それがつらいなと思うときもあって。それだったら配送のアルバイトでも何でもして、欲しいなと思った作品を自由に手に入れられるぐらいになりたいねって話をしているんです。個人的には、この場所だけで生活を成り立たせるというより、いろんなところからお金が入るシステムをつくりたいと思っています。

天井にのびているH型の鉄骨の上に、小さな作品が並んでいた李、落書きのようなものが書かれていたりする
ロフトから見える梁にも二人が購入した作品や過去の展示の断片が並ぶ

――特に日本では作品を買うことになかなか馴染みがないとも言われていますよね。

石部(巧):それはあるかもね。僕はアメリカに住んでいたことがあるんですけど、お金を持っている人の絶対数が違うっていうか、あるいは住宅の広さや間取りとの兼ね合いもあるのかなと思います。アメリカにいたときは、周りの人はアートを買うということにハードルはなく、何となく、簡単に買っているような気がしました。

chappy:うちに来たお客さんからも「作品って売っているんですね」って言われることは多いですし、たしかに作品を買うことが当たり前じゃないっていう感覚があるんだろうな。

――亀戸アートセンターでは、作品やグッズの売り上げも運営資金の一部に回しているんですよね。

石部(巧):そうですね。もうカツカツでやってますけど。作品の値段については、来てくれる人が「買えるかも」って思える価格帯がいいんじゃないかなと思っていて。作家に販売価格について相談された場合は、そういう視点で提案させていただくことはありますね。

今後のことを考えると、作家さんにとってもいろんな人と繋がって、いろんな場所に飾ってもらった方が活動が広がるんじゃないかなと思います。なかには作家にとってターニングポイントの作品だから値段は下げられない、ということもあるし、そういう場合は難しいですけど、基本的には売れっ子だろうが売れっ子じゃなかろうが、作品を買ってもらいたいという前提を大事にしています。

青い帽子をかぶったひとが、右手をこちらに差し出しながら微笑んで話している

chappy:運営資金でいうと、オンライン販売も大きいですね。コロナ禍になってからはじめたんですけど、海外の方からの問い合わせも増えてきました。日本国内でも、東京になかなか来られない展示作家のファンも多いみたいで。コロナ禍という時代的な要因ではじめたのですが、場所の運営的にも、いまはオンラインがないと厳しいくらいです。

あと、うちは作品販売だけじゃなくて、イベントとしてシルクスクリーンのプリントをしていることも特徴だと思います。

――グッズコーナーのなかに、展示作家に関連したシルクスクリーンプリントされたシャツが飾ってありますね。どのような仕組みでプリントしているのですか?

石部(巧):もともと二人ともシルクスクリーンを作品制作のメディアとして使っていたんです。場所をひらいたときに、絵を買えない人でも記念になるものがあるといいなと思って、展示ごとに異なるデザインのシルクスクリーンプリントを用意することにしました。Tシャツやバッグなど、お客さんが自分でプリントしたいものを持ち込んで、プリントできるという仕組みです。モチーフは毎回出展作家さんと相談して決めています。ハンカチとか、いろいろなものにプリントだけしに来てくれる近所のこどももいますし、1枚のシャツにいろいろな展示のプリントを集めている人もいますね。

chappy:絵を買うっていう感覚がない人でも、Tシャツなら買ってくれるかもしれない。さらにそのTシャツが作家さんの宣伝にもなるんですよ。

左側に、キャラクターが描かれた白いTシャツがかかっており、その右側の壁にはキャラクターの説明がキャプションのように掲示されている。キャラクターはオレンジ色の身体で、ハート形のような頭と、長い首、右手に赤い円形のものを持っている
Yuri Hasegawa Solo Exhibition “It’s not big deal”のときのシルクスクリーン

石部(巧):そうなんです。だから本当にやってよかったなと思ってます。シルクスクリーンのほかにも、グッズをランダムに入れたガチャガチャも置いているんですけど、それらも年間で合わせて計算すると馬鹿にできない金額になるんですよ。

――いろいろな仕組みがあると、それぞれ場所に関わりやすくなりますよね。たとえば、パフォーマンスやダンスなど、モノとして販売できない場合には発表は難しいのでしょうか?

石部(巧):今年からダンスとかパフォーマンスもやってみようかって話していて。がっつり展覧会をひらくまでではなくても、展示替えの期間にワークショップをやってもらったりもできるかな、と。ジャンルの制限は設けずに、面白そうだなと思った作家さんに発表してもらえる場所にしたいなと思っています。

そういったモノにならないものでも、お金になる仕組みはつくりたいですね。バランスは難しいんですが、出演者にもお金を回していかないといけないので、ドリンク代を設けるとか。

たとえばオルタナティブスペースのなかには、営利目的ではなく、実験的に作家にやりたいようにやってもらうという場所も多いのかなと思うんです。その分、場所を運営している人がそこにかかるお金を負担しているわけなので、それは作家のサポートしているようなイメージですよね。でも、うちの場合はやっぱりお金がきちんと回るようにしたい。自分たちの生活も大切にしたいので、そのあたりのバランスは試行錯誤しています。

chappy :いい展示をして、このスペースの面白さや価値をあげることで、ゆくゆくはお金が回るんじゃないかっていうイメージがあって。なので、やっぱり面白い展示をすることが一番。それを見せることで面白い作家さんとの繋がりもできるんじゃないかなと思っています。

ガラスに白く細い文字で、亀戸アートセンターの略であるKACと書かれており、奥にうっすらと雑貨やロフトへの階段など室内の様子が見える

展示のこだわり

――この場所での展示作家はどのように決めているのですか?

石部(巧):貸しギャラリーにはしていなくて、最近では展示してくださった作家さんの友達とか、紹介してもらって展覧会を見に行った人とか、繋がりのある人が多いですね。あと自分たちが気になる人がいれば、積極的に展示を見に行って声をかけたりしています。最初はInstagramで探して声をかけることも多かったんです。

chappy :気になる人の展示には何回も通います。わたしたちはそんなに言葉が達者ではないので、お声がけするメール文面も結構、淡白な印象なんじゃないかなと思います。ほかのギャラリーと比べると、まだそこまでコミュニケーションをとっていない段階でお誘いしているのかもしれません。だから、みんなよく引き受けてくれるなと思いますね。

特に最初のころは計画性もなくここをはじめて、すごい急いでいろいろ整えたという状態だったので、とりあえず最初は自分の個展をひらくことにしました。2回目の展示は知り合いの好きな作家さんにお願いできたんですけど、その後はInstagramでバーッと探して、面白そうで作品数もありそうな人に声をかけて展示をしてもらっていました。

石部(巧):でも、基本的には、夫婦が揃って好きな作家さんじゃないと声をかけないんです。二人が同じテンションでお客さんに「この作家いいでしょ」って言えないから。どちらかが良くても、もう1人が面白いと思わないなら声をかけない。そこは絶対ですね。

木製の床に、白い壁の室内。床には15個ほど、さまざまなキャラクターをかたどったぬいぐるみがランダムに置かれている。奥には什器がひとつ、その上にモニターが置かれ、壁には3枚のイラストが架けられている
1階ギャラリースペースでの展示の様子、Yuri Hasegawa Solo Exhibition “It’s not big deal”

――展示のお声がけをするときに、ほかに気をつけていることはありますか?

石部(巧):作家さんとタッグを組むまでではないんですけれど、一緒にやろうというスタンスは大事にしていますね。最初の何回かの展示までは作家さんとあまりコミュニケーションをとれていなかったのですが、この場所をはじめて数か月後から作家さんのことをより知ることが大切だと感じ、それから毎回インタビューを行うようになりました。

――インタビューではどんなことを話されるのですか?

石部(巧):展覧会のコンセプトやテーマ、それに合わせてどういう作品を出したいと考えているのか、それ以外にも、こどものころからいままでにどういうアートに触れてきたのか、何をきっかけに作品をつくりはじめたのかなど、作家のバックグラウンドになる部分も聞いています。その方が自分たちにとっても面白いし、なるべく展示してもらう作家さんにはインタビューをしようと心がけていますね。
あとは、作家さんが不安を感じないように展示の流れや条件についてまとめた文章を事前にお送りして、それを読んだ上で展示するかどうかを決めてくださいと伝えています。

chappy:そういう流れが事前にわかることで、少しでも展示作家さんに安心していただけたらいいなと思っていますね。

――作家さんにどんどん声をかける勢いもありつつ、丁寧にコミュニケーションをとろうとしている様子が伝わってきます。その上で、亀戸アートセンターでは年間15本以上、かなりのペースで展示をひらいていますよね。

石部(巧):そうですね。去年までは、展示は土曜はじまりで、3回週末が来るようにして最後の日曜日で終わり、その次の土曜日から次の展示がはじまるという流れだったんです。基本的に休みは木曜だけ。でも、それがペース的にきついなというのもあって、今年からは、金曜から会期がはじまって、ぶっ続けで週末を2回挟んで水曜終わり、しばらく休んでから次の展示がはじまるという流れに変えました。

chappy:ひらくペースについては結構考えて、やっぱり会期のはじまりと終わりが都心にあるほかのギャラリーさんとぶつかっちゃうと、そっちに人が流れてしまうんですよね。だから平日に会期が終わるようにずらしてみたり。あとうちは夜10時まで営業しているので、それを活かして最終日にも駆け込みで来てもらいたいなとか、いろいろなお客さんに来てもらえる仕組みになるといいなと考えています。

ロフトにつながる金属製の階段と、ロフトの下には様々な洋服がかけられていたり、テーブルに本や雑貨が並べられたりしている

――お客さんとはどのようなコミュニケーションを取ることが多いのでしょうか?

石部(巧):作家さんからは作品や展覧会のことは事前に聞いているので、室内にお客さんが少ない場合は僕たちから積極的に説明をしています。この作品にはそういう見方もあるんだな、と思ってもらえるといいですね。亀戸アートセンターの裏側に鉄板焼き屋さんがあるんですけど、そこのおばちゃんが甘酒を買うついでによく展示を見てくれるんです。少し前に、よシまるシンさんというアーティストの展示をしていたんですが、かれはなかなかコンセプトの説明が難しい「宇宙の謎の図」という作品をつくっているんです。それを鉄板焼き屋のおばちゃんに一生懸命に説明したら、どこまで伝わったのかわかりませんが「へー」って言っていましたね。

chappy:そういう、ぱっと見ただけでは何をやっているのかよくわからないような作家さんのことも大好きで、この場所でもよく展示しているんです。だからこそ、そういう作家や作品のことを伝えたいという気持ちはすごくあるんですが、なかなか難しい。ふらっと入ってきた人が、見ただけでわかるような作品ではないことも多いし。

石部(巧):説明されるのが嫌な人もいるから難しいんですけど、一応、展示を一通り見て、入口付近に戻ってきたタイミングで「説明してもいいですか」って声をかけるようにしています。だいたいの人は聞いてくれますね。この場所は決してアクセスがいいわけではないので、せっかく遠くまで見に来てくれたなら、ぱっと見て帰ってもらうのももったいないし、楽しんでもらえたらいいなと思っています。

亀戸アートセンターと二人

――お二人は肩書きとして、アーティストなのか、亀戸アートセンターの人なのか、いま意識しているのはどちらが多いですか?

chappy:わたしはずっと絵描きと言ってますね。

石部(巧):僕も昔は絵を描いていたんですが、いまはミクストメディアで作品制作をしています。最近は、二人ともアーティストとして展示する機会をつくれていなくて、グループ展にちょいちょい参加するぐらいなんです。なので、肩書きか……。ほかのスペースのみなさんは何て言ってるんですかね。

chappy:うちは最近だと、「亀戸さん」って言われることが多いかな。

赤い服で、茶髪のボブカットのひとが、亀戸アートセンターの前に微笑んでいる

石部(巧):そうですね。亀戸アートセンターは、いわゆるアーティスト自身がディレクションする「アーティスト・ラン・スペース」っていう雰囲気でもないのかなって思ってます。この場所も本業のひとつなので。

ここは二人のなかで意見が違うのかもしれないですけど、僕はここでお金をちゃんと稼いで生活できるようにしたい、この仕事だけでも本業にできればいいなっていう感覚があります。そういう「職場」っていうイメージが強いかもしれないです。

chappy:わたしは作家さんと空間をつくり上げるとか、いい展示ができるように、アイデアを出したり、一緒につくる場所っていう意識が強いですね。自分たちも作家だから、展示してもらう作家の気持ちもいろいろわかるなって思っちゃうし。

――この場所をひらいたことで、自分自身のアート観や作家性に変化があったと思いますか?

chappy:場所の運営と、自分の作品制作のバランスに悩んでいますね。折り合いが上手くいっていないと言うか。展示を回すためにいろんなことをしなきゃいけなくて、パワーを吸い取られ…。ただ、自分の作品をつくりたい気持ちもあるので、いまはどうにかタイミングをみつけて制作するっていう感じです。わたしは制作にも時間がかかるタイプなので、なおさら場所の運営とのバランスをとるのが難しいんだと思います。

石部(巧):僕は変わったかもしれないな。苦しみとか、みんな頑張ってるなとか、ほかの作家と共有できる部分が増えた気がします。そういう意味では、作品をつくる仲間ができた感覚ですね。作家さんって、結構孤独な人が多いと思うんですよ。ファンがいても、歳をとると辞めてしまったりとか。なので若い作家さんをはじめ、いろいろな作家さんと知り合うことができて、繋がれているのは自分にとってもすごく大きいですね。

――亀戸アートセンターをひらくモチベーションとしては、自分たちが作家と出会いたいという気持ちと、まちや地域の人に見てほしい気持ちと、どちらが大きいのでしょうか?

石部(巧):それはやっぱり、まちの人に見てもらいたいです。

chappy:それもあってドリンクを出しています。まちの人も、どういう場所だろうって思っているみたいで、飲み物を買うついでに「なかも見れるの?」って言って入ってくれるので。

窓に冷やし甘酒300円とかかれた紙が貼ってある

石部(巧):最初はまちの人も自然と集まるのかなって思っていたんですよ。このエリアにはほかにアートスペースが少ないので、珍しいから入って来るかなと思ったんですけど、意外と入ってこない。やっぱり怖いのかなとか、普段ギャラリーとかに行かない人にとっては、わけわかんないスペースなんだろうなって思いました。美術館だったらまだ入りやすいけど、民間のギャラリーだと余計にね。

chappy:入ったら何か買わされるのかなとかね、思っちゃったり。

石部(巧):あとは「美術なんてわかんないから」って言う人が結構いて。そんなこと言ったら僕もわかんないけどな、とか思いながら(笑)。でも、少しずつですが近所の人でも興味を持ってくれる人は増えてきたと思います。本当は、もっといっぱい来てくれたらいいなと思いますけど。

chappy:ただ、空間としてここはそんなに広くないので、大人が何人かいるだけで圧迫感がある。ZONSHANGとヌキ本の2組による展示のときは、お客さんがすごく多くて、もうわけわかんない感じになっちゃって。それはそれで楽しみ方があるし、コンセプトや作品解説を聞かなくても面白がってくれる人はいました。でも、作品や展覧会について話すことで、より面白さがわかる内容でもあったので、そのあたりが気になりつつ、でもあわあわして手が回らず……。たくさんの人が来すぎてもバランスが難しいんですよね。

亀戸アートセンターと黒い文字で書かれた、50センチほどの白い看板が傘立ての横に置かれている

亀戸アートセンターの今後

――展示の内容によっても見えてくる状況は変わるので、ひらきかたや、続けかたも一概には正解を出しにくいですよね。ではあらためて、この場所のこれからの展望やビジョンをお聞かせください。

石部(巧):まずは、海外の人にも展示してもらいたいですね。日本でヒットしていないけど、海外ではヒットする作家さんもいるので、またその逆もあるのかなって思っていて。コロナの規制が緩くなってきて、去年あたりからうちにも海外のお客さんがたくさん来るようになりました。だからできるだけ海外の人にもアピールしたり、海外の作家さんを呼んだり、アプローチを広げたいと思っています。

あとは場所を長く続けること。生活とここの運営が成り立つなら、すごくいい仕事だなと思います。自分の好きな作家さんが、自分の場所で展示して、それを見ていられるし。僕はサラリーマンとして働いていた時期もあるんですけど、ストレスで喘息になったりもしたんですよ。サラリーマンとして働き続けていれば、多分お金は安定するし、普通の生活は問題なくできるけど、「なんか面白くない」ということがすごく辛くて。いまの生活は面白さが全然違うんです。でも、安定はしていないので歳をとって体が弱っていくことを考えると怖いんですけどね。

chappy:いまは作品が売れないわけでは全然なくて、海外の人からも問い合わせがある状況に可能性を感じている段階かな。今後はアルバイトとかをはじめるかもしれないけど、それでもいいと思えるんです。そんなにアートセンターでお金を回すことにこだわるわけでもなく、別でお金を稼ぐ選択肢も持っていると思えば、ちょっとは気が楽ですし。

石部(巧):僕はそこは違っていて。いまからアルバイトをしたくないっていう気持ちがすごくありますね。

chappy:わたしは多分好きなほうなのかな。アルバイトそのものの環境も面白いと思えるタイプだから。こういう二人で亀戸アートセンターをやっています(笑)。

亀戸アートセンターの前に立って、少し横を向いてカメラに目線を合わせている青い帽子の人と、茶髪の人。手前には甘酒コーヒーとかかれた看板も見える

――

秘密基地のような建物のなかに、いろいろな工夫がつまっている亀戸アートセンター。
作品販売だけでなく、ドリンクやグッズ販売、シルクスクリーンプリントの仕組み、会期や営業時間の設定など、その場所に行きたくなる価値をさまざまに用意していました。
展示を見に行くこと、好きな作家の作品を手に入れることが好きな二人だからこそ、その面白さを伝えるための方法は、今後さらに広がっていく予感がします。

――

亀戸アートセンター
住所:東京都江東区亀戸9-17-8 KKビル101
アクセス:都営新宿線 東大島駅・大島口より徒歩12分、東武鉄道亀戸線 亀戸水神駅より徒歩12分
公式ウェブサイト:https://kac.amebaownd.com

話し手:石部巧、石部奈々美(chappy)
聞き手:櫻井駿介、小山冴子、屋宜初音
執筆:屋宜初音
編集:櫻井駿介、小山冴子

>YouTubeでは短編ラジオ(YouTube字幕あり)を公開しています

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