表現の境界線をなくすクリエイション〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ 2017〉
BACK近年、障害のあるなしに関係なく、多様な人々が参加できる表現の場づくりや、社会包摂型のアートプロジェクトが増えています。「アートプロジェクトの今を共有する」最終回は、〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ2017〉で総合ディレクターを務めた栗栖良依さんにお話を伺いました。栗栖さんのこれまでの歩みや試行錯誤をはじめ、多様な人々が関わることで生まれる新たな表現の可能性について、参加者とともに考えた講座の模様をレポートします。
人生の転機から〈横浜ランデヴープロジェクト〉のディレクターへ
栗栖さんの人生の転機は2010年。3月に右膝関節に悪性腫瘍が発覚し、骨肉腫を患った栗栖さんは、抗がん治療や手術を繰り返します。2011年4月に社会復帰をしますが、1年ほど仕事を休んだので、それまでの全部をリセットせざるを得なくなりました。退院した直後に、スパイラルの松田朋春さんに声を掛けられたことをきっかけに携わり始めたのが、象の鼻テラスで展開している〈横浜ランデヴープロジェクト〉。スパイラルと横浜市の文化観光局が始めたこのプロジェクトは、アーティストと企業、地場産業の職人をつなげてものづくりをするプロジェクトでした。たまたま地元の障害者施設と出会ったことから、施設にアーティストを派遣してものづくりをする活動をしていたところ、栗栖さんはプロジェクトのディレクターに就任します。
表現活動への挑戦 〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ 2014〉
2011年、〈横浜ランデヴープロジェクト〉で行っていたことを、展示会などの形で世の中へ出す時に新たに〈SLOW LABEL〉と名付けました。始まりはものづくりでしたが、障害のある人とない人が出会うきっかけをアーティストがつくるというプロジェクトへと展開していきます。2011〜2013年までの3年間ものづくりに携わってきましたが、障害者施設で売れるものをつくることに限界を感じ始めた栗栖さん。ものづくりではなく、表現活動であれば、もっと多様な人が関わることができ、社会へその価値を伝えられるのではないかと可能性を感じていました。そして2014年〈横浜トリエンナーレ〉の開催に合わせて〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ〉を立ち上げます。プロのアーティストやデザイナーの技術と、障害のある人たちの突出した感覚や能力をかけ合わせて、新しい芸術表現を紹介するようなフェスティバルを目指しました。
〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ〉が他のトリエンナーレと大きく違うのは、発展進行形のプロジェクトであることです。フェスティバルをつくりあげる過程で、いかに人を巻き込んで意識を変えていくことができるかに重点を置いています。目の前にある課題を発掘して、それを解決して次へ向かうことで、2020年には社会に変化が訪れることを期待しているのです。そのため、当初から2021年以降はパラトリエンナーレを開催しないことを宣言しています。2021年以降は障害のある人でも当たり前に〈横浜トリエンナーレ〉に参加することができる社会を目指しているからです。
人と技術を開発するプロジェクト〈SLOW MOVEMENT〉の立ち上げ
2014年の立ち上げ年は、障害のある人たちが参加したくても参加することができない環境に気付かされた年でした。障害のある人は、自分ひとりではワークショップに参加できない物理的な壁、不特定多数の人々が来る場所に行くことによる精神的な壁、さらにはコミュニケーションのツールが手話や点字など、特殊であるために情報が届きにくい、という情報面での壁があったのです。そうした課題をクリアするための人と技術を開発するためのプロジェクトとして2015年に立ち上げたのが、〈SLOW MOVEMENT(スロームーブメント)〉でした。障害のある人が舞台にあがるまで、そして舞台上でのサポートをする専門家(アクセスコーディネーターとアカンパニスト)の育成や、目が見えない人や耳が聞こえない人と一緒に楽しむための演出技術の開発を企業や個人と共に行いました。〈SLOW MOVEMENT〉として〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ〉とは活動を分けることで、横浜市を飛び出し、国内外で活動することが可能になりました。アジアでの活動のほか、栗栖さんは2016年〈リオ2016パラリンピック競技大会〉のフラッグハンドオーバーセレモニーにステージアドバイザーとして関わりました。現在は、新豊洲Brilliaランニングスタジアムを、為末大さん、株式会社Xiborgの遠藤謙さんと共に運営し、個人の身体のパフォーマンスを上げるために、フィジカルトレーナーや理学療法士と障害のある人の身体へのアプローチを研究して、プログラムを開発しています。
表現の境界線をなくすクリエイション〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ 2017〉
2017年、2度目となる〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ〉を、創作期間・発表・記録展示の3部構成で開催しました。創作期間には、アート作品のワークショップやアーティストが横浜市内をはじめ日本各地、また、海外を訪れそこにいる人たちとできるクリエイションを探りました。発表期間のパフォーミングアーツは規模が大きくなり、2014年からの参加者はサーカスという高度な表現活動に挑戦しています。栗栖さんがパフォーマンスについて考えるときは、表現の境界線をなくすことを意識しているそうです。障害のあるなしや種別によって分けることはせず、混ぜるようなつくりかたをしています。
2020年、その先を見据えて
2020年、栗栖さんは〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ〉総合ディレクター、〈東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会〉開閉会式の総合プランニングチームメンバー、日本財団〈DIVERSITY IN THE ARTS〉国際障害者舞台芸術祭のプログラムアドバイザー、3つのプロジェクトに関わる予定です。こうしたプロジェクトをつくりあげる過程で、人や環境に何を残せるのか、続けていくことができるのかということを考えながら取り組んでいます。3つの重要な場所に関わりながらも、それぞれの過程で開発した技術や人材を別のところで活かすなど、全体をうまく連携しながら活動をしていきたいと栗栖さんは語ります。
質疑応答の時間には参加者から、「2020年以降に〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ〉が〈横浜トリエンナーレ〉へ自然に入っていくために、どのような道筋を描いているか?」という質問がありました。栗栖さんは、2020年まではアート作品としての質を追求し、2020年以降は作品ではなく、活動の質を追い求めるように方向転換をしようと考えているそうです。そのために医療機関や教育機関の方とコンタクトを取り始めるなど、すでに2023年から2025年を見据えながら計画を立てているとのことでした。
2020年に向けてのビジョンを聞こうと思っていた会場の参加者からは、栗栖さんが更にその先を見据えていることを知って、驚きの声も上がりました。2020年の先へ、栗栖さんが描く表現活動や社会のイメージはどのように実現化されていくのでしょうか。この先も活動から目が離せません。
<開催概要>
「アートプロジェクトの今を共有する(第4回)」
日時:2018年2月15日(木)19:30〜21:00
会場:ROOM302(東京都千代田区外神田6-11-14-302 [3331 Arts Chiyoda])
募集人数:30名(事前申込者優先)
参加費:無料
テーマ:〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ2017〉がつなぐ世界
〜栗栖良依が挑む多様性と協働から生まれる表現〜
ゲスト:栗栖良依(SLOW LABELディレクター/ヨコハマ・パラトリエンナーレ総合ディレクター)
コーディネーター:橋本誠(一般社団法人ノマドプロダクション 代表理事)