地域のよりよい「文化の生態系」をつくるには?ー2日目後半(4/5)

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2025.11.18

執筆者 : 小林瑠音

地域のよりよい「文化の生態系」をつくるには?ー2日目後半(4/5)の写真

「2011年以降に生まれたアートプロジェクトと、それらを取り巻く社会状況を振り返りながら、これからの時代に応答するアートプロジェクトのかたちを考えるシリーズ」として2022年に始動したプログラム「新たな航路を切り開く」。その一環として、2025年7月31日と8月1日の2日間にわたって連続講座「パートナーシップで公共を立ち上げる」が開催されました。ここでは、行政と民間のパートナーシップに着目し、自治体の政策と現場をどう紐づけていくのか、それらの方法が、これからの「公共」を立ち上げるためにどのような意義を果たすのかなどについて、秋田と沖縄の事例をもとに議論しました。自治体文化政策担当者を中心に、各地のアーツカウンシルや民間企業、芸術団体の関係者等約30名が参加した講座の模様をレポートします。

(取材・執筆:小林瑠音/編集:小山冴子/撮影:齋藤彰英)


振り返り・ディスカッション「パートナーシップで公共を立ち上げるには」

後半は、今回の連続講座のスピーカー5名全員が登壇し、会場からの質問をふまえながら、振り返りとディスカッションを行いました。

次世代への託し方:個人を犠牲にしない

最初に大きな論点の一つとなったのが、どのようにして自分たちの実践や役割を次世代に託していくかということ。まず三富さんが、例えば政治家との会合などで保守的なカルチャーや価値観の違いに直面した際に、「自分自身は、そこはもう役割だと割り切って冷静に対応できる部分はあるんですが、しかし、そのように個人を犠牲にしてそれを成り立たせていいのだろうか。自分はそれを苦でなくできるけれども、別の人にその役割を託せるのだろうか」と問いかけます。

それに対して林さんは、個人を犠牲にしない方がいいと断言。「自分もある程度は個人を犠牲にしてると思うんです。ただ、これまでは属人的にいろいろな人たちが制度を少しずつうまく改革してくれたけど、多分これからはもう少し、組織とか継続性、安定性を考えて、自分がどういう風にそこを辞めて、次の人にどう託すか、そういうことを考えていかなきゃいけない。だから三富さんが言うように、他人に託せるのか、それは本当に安定性があるのかを念頭に、ひとつひとつアクションを考えていくことが本当に大事」だと語りました。 この点について、まさに今年度で任期満了を予定している上地さんは、「1年後や5年後とかではなくて、さらに30年後、40年後みたいなビジョンをいかに共有しながら進めることができるかを考えている」と強調しました。

さらに、1日目のお話の中で、「引き継ぐのは仕事ではなく考え方」という金言を呈した齋藤さんは、その具体的な方法について、「やっぱり熱量だけじゃなくて自分が今までどういう経過を経て誰と交渉してここまで来たかを記したアーカイブを残そうと思っていて、それは個人史に近いんだけど、手順と信頼関係の築き方が参考になればいいなと考えています」と加えました。

チームづくり:組織内部でのコミュニケーション

次の論点は、会場からの質問も多かった、組織内部でのコミュニケーションの在り方に注目が集まりました。

三富さんは、アートセンターでは、現在は管理職を置いたチーム編成にしつつ、月一回はマネジメント担当者と議題を決めずに2時間ほど話す機会を設けたり、それぞれのスタッフと一対一でじっくり話すタイミングを設定したりしているといいます。さらには、部署編成も1年単位という短いスパンで変更しながらベストを探っている時期だと説明。河北新報やアーツセンターのウェブサイトにコラムを持ちながら、そこでアーツセンターや文化創造館の意義や取り組みを継続的に発信することも、スタッフと方向性を共有するうえで重要な役割を果たしていると付け加えました。

続けて、沖縄のケースについて上地さんは、ディレクターを置かないフラットな体制を維持するために、会議の時間をできるだけ長くとっていると説明。「毎週火曜日と決めて午前中いっぱいスタッフ全員で話すようにしていたり、不定期でPO勉強会をやっていて、今関心を持っていることや自分の専門を話したり、新しく入ってきた人は自己紹介をするなどしています」。

他方、林さんは、特に次年度の事業を決める際には、「自由な対話とフェアな形式のバランス」を重視していると話します。また、劇場でのチームのトップとして重視するのは、「意識的に自分の不在をつくること」だと強調。「自分が大事にしているのは、あまり信頼されないようにすること。たとえば、具合が悪いときは無理せず休む。すると、あいつはまとめ役のポジションだけどすぐ休むし、あんまり信用できないからみんなでちゃんと話そうみたいな感じになってチームが育つ部分があるのではないか。常に強く意見を言ったり、常に全部をチェックしていると思われない方がいいと考えています」。

文化の生態系:雇用環境、報酬規定、キャリア形成

午後のディスカッションで最も白熱したのが、芸術分野の雇用・労働環境の問題。

これに対して上地さんは、「就任1年目は仕事を把握するのに精一杯で、やっと何か見えてきたな、みたいな時に辞めないといけないので、長期的な視野で関わることができる人材がいない状況がすごくもったいない」と語ります。最近では、上地さんも林さんも、地元の新聞に寄稿する形で、那覇市だけでなく、県にも専門人材を登用する体制の整備を訴えています。

さらに、林さんからは、芸術分野の報酬規定についても課題が共有されました。「たとえば照明スタッフは報酬基準が(日本照明家)協会等の中で定められている。でもそれって美術とか演劇に当てはめることが難しい。特にアーティストにはそういうものがないので、実は裏方よりもアーティストの方が報酬をもらっていない状況がよくあります。アーティストの報酬ガイドラインみたいなものは、(沖縄県)文化振興会という行政でもなく民間でもなく半行政みたいなところがやるべきだなと思いつつも、まだ着手できてないのが現状です」。

そのうえで、林さんは、「文化の生態系」を地域の中で議論し、芸術分野に携わる人たちが報酬や待遇をアップデートしながら定年まで働くことができるようなキャリアパスを考えていくことが必要だと指摘します。「もしかしたら行政職の中にもそういう専門的なポジションができて、そこもキャリアパスに入ってくるかもしれない。その場合はどれくらいの待遇を設定するのか、行政の側からもちゃんと考えて欲しい」と投げかけました。

そこで、司会の佐藤李青(さとうりせい)は、「流動性が必ずしも悪いものではなくて、雇用の流動性が不安定性と結びつくこと自体が問題」と補足。

司会を務めたアーツカウンシル東京プログラムオフィサーの佐藤李青。

林さんも、「多分そこに文化芸術の雇用のジレンマがあって、文化芸術の場合重要なポジションに同じ人が10年以上いるとあまり良くないんですよね。行政って基本的にはサービスの内容が一定でやるべきことが決まっているから、誰が異動しても同じサービスを提供できるということが前提としてあると思うんですけど、文化芸術はそうはいかなくて、この人だからこういうことができる、この人はこういう人と繋がっている、という事がどうしても起きて、形骸化してきたりマンネリ化してくるので、文化芸術には流動性も必要だと思います」と述べました。

沖縄文化の産業化とは

さらに、参加者からの質問が集中したのが、沖縄アーツカウンシル立ち上げの際の指針となった「沖縄文化の産業化」。芸術分野において自立があり得るのかといった問いが相次ぎました。

上地さんは、現在沖縄アーツカウンシルでは、助成事業の採択上限を3回に設定しており、採択数が上がるにつれて補助率を徐々に下げていくことで、自立を促す方法をとっていると説明した後に、「ただ、お金になることを支援することが公共がやるべきことなのかと言われると疑問で、おじいおばあの活動、歌や祭りや記録の継承に向き合っている人たちなど、支援が届きづらい人たちといかに一緒に活動するか、ということなのではないかと思います。必ずしも稼ぐということを重視していないようなケースに対して、自走化や産業化というところに紐づくだけの指標で評価することは見直していきたい。文化の産業化をアーツカウンシルが背負わなくてもいいのではと個人的には思っている」と語りました。

続けて林さんも、文化の中にも営利産業と非営利産業とがあるとしたうえで、営利産業ではなく非営理産業として続けていくことも文化のあり方なので、利益を上げて大きくしていくというよりも、今の規模を維持しながら、継続性を目的としていくということが重要になってくるのではないか、と提示しました。

パートナーシップを築く相手との関係性

最後に、今回のテーマである「パートナーシップ」を築く相手との関係性について、それぞれのスタンスが共有されました。

三富さんは、「アーツセンターとしては、今まで守ってきたものをそのまま同じように守ろうとしている人たちとはパートナーシップを組むのは非常に難しいなというのを感じていて、これから想定される社会に対して、活動を継承していくために更新することを厭わないと思える人たちであればパートナーシップは組めると思ってやっています」と答えました。

斎藤さんは、「公的資金で何を支援するか」という上地さんの問いかけを拾いながら、 「市民協働の視点から言うと、やはりパブリックとコモンに分かれるんですね。そこで、コモンっていう部分をいかに持っているかが重要。ちょっとだけ自分の活動を街に開くとか、隣にいる人のためにちょっと視点を広げてみるようなところがあると一緒に後押しできると思います」と話しました。

林さんは、「今日ここにいらっしゃる人たちは基本的に『制度』の側、つまりは『権力者』だということ。パートナーシップを組む時にこれを忘れちゃいけない。確かに、芸術分野で働く我々自身が対遇が良くなかったり、屈辱的な思いをしてきたり、もう大変なんだよっていう気持ちになるんですけれど、でも社会的に見れば明らかに権力側なんですよね。なぜなら誰にお金を渡すか、誰をパートナーにするかを選ぶことができるから。そんな特権的な立場にいる人間としての責任は、文化芸術という形で、いろんな声が社会にちゃんと聞こえてくるような仕組みを整えることなのではないかと考えています」と提示しました。

上地さんも、「確かにお金を支出するかどうかはどうしても制度側の判断になるので、そういう意味ではこれはパートナーシップなのかなと疑問に思ったりもしますが、助成する/しない、審査する/されるという形だけではない関係性をいかに結ぶかということをやり続ける先に、文化芸術を育んでいく基盤ができていくのかなと思いました」と結びました。

4名の意見交換を終始見守っていた芹沢さんは、これまで数々のアートプロジェクトを統括してきた自身の経験から、「今日ここに集まってくださっている方々は、相対的に見れば権力側に立っているというのは確かに正しいかもしれないし、個人的には居心地悪いなと思う時もよくある。でも権力側に立っていること自体がものすごく罪悪だというところまで自分を追い詰める必要はないのではないか。権力側と非権力側の関係性は変えられるし、もう変わり始めているとも思う」と補足しました。そのうえで、「今回のようなミーティングって今までなかったでしょう? 終わりのない対話を続けていくより他にないんじゃないかな」と締めくくりました。

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官民に開かれた全国規模のミーティング・スポット:継続化への期待ー2日目を終えて(5/5)

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