NPO法人BEPPU PROJECTが事務局を担う別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」実行委員会は、2009年より3年毎に開催してきた国際芸術フェスティバル「混浴温泉世界」を、2015年、3回目の開催をもって終了し、2016年からは、毎年1組のアーティストと向き合い、別府で新作をつくり出す個展形式の芸術祭「in BEPPU」を開始しました。
BEPPU PROJECTのこれまでの活動を振り返った後は、2016年から始まった個展形式の展覧会「in BEPPU」の話題へ。後編は、NPO法人BEPPU PROJECT代表理事の山出淳也さんと、現代芸術活動グループ「目」から荒神明香さんと南川憲二さんによる「目 In Beppu」にまつわるトークをレポートします。
前編「100組の作家ではなく1組の作家へ。芸術祭の形を大胆に転換した「BEPPU PROJECT」の設計思想」はこちら
「目 In Beppu」へ
「アーティストとしっかり向き合い、より良いプロジェクトを実現するために、ずっと個展をしたかったんです」と語る山出さんは、「限られた予算を大勢のアーティストに分配するよりも、1組のアーティストに集中して、もっと自由度の高い制作をしてほしかった」と言います。
「3年に一度とはいえ、大勢の作家と同時に向き合おうとすると、一人一人の濃度がどうしても薄くなっていってしまう。僕らはプロジェクトが実現するまでの期間、そのアーティストのことだけに集中できる環境を作りたいなってずっと思っていたんです」。
「in BEPPU」 第1回の作家として選んだのは、現代芸術活動チーム「目」でした。目は、アーティストの荒神明香さん、ディレクターの南川憲二さん、制作統括の増井宏文さんの3名からなるチームで、果てしなく膨大な謎と不確かさの中にあるこの世界の可能性を信じ、鑑賞者自身がその不確かさを実感として引き寄せるような体験を、作品として展開しています。
「目の作品には環境や空間を一変させていく、自分が見ている風景が確かなものかどうかをあやふやにしていくメッセージがあると思いました。『in BEPPU』 では、自分たちが日常に見ている風景をアーティストの力や想像力によって変化させていきたいと考え、目を招聘しました」と山出さん。
「奥行きの近く」と名付けられた作品の会場となったのは、なんと別府市役所。ここでも鑑賞はツアー形式で行われました。集合場所は別府市役所の1階。そこに、まさに市役所然としたシンプルな受付があり、椅子の並んだ待合場所があります。時間になると予約した人が呼ばれ、鑑賞時の注意が書かれた「誓約書」にサインをしてから、案内人と一緒に出発します。各回20名程度の鑑賞者は、どこにどのような作品があるのかは一切説明されないまま、館内を歩き、市長応接室にたどり着くと、しばらく滞在します。そこで姉妹都市からの贈り物などが並ぶ室内を見渡すうちに、観客は窓の外が霧に覆われ、そこに大きな球体が浮かんでいることに、だんだんと気づいていくのです。
「奥行きを感じながらも身体が吸い込まれそうになるくらいの球体がいい」という荒神さんのイメージをもとにつくられた、まるで遠くにある太陽のように大きな球体。球体は霧の向こうにあるらしく、あくまでもぼんやりと柔らかい光を放っていて、輪郭がぼやけています。そして霧の空間をずっと見ていると、小さな球体も見えてきます。
この部屋で10分か15分ほど過ごした後、また案内人の合図で観客は部屋を出て、来たときと同じルートで集合場所へと戻っていきます。来るときに通った窓の外にも、霧の中に小さな球体が外にぼんやりと浮かぶ風景があったことに気づく人も多かったそうです。同じ道のはずなのに、行きと帰りではまるで違った空間に見えてきて、市役所の備品や案内板、職員の振る舞いすらも、現実の事なのか作品の一部なのか、曖昧になってきます。これまで自分が見ていた風景は、現実のものだったのか?観客は、たよりない不確かな現実の中に置き去りにされてしまいます。
「アーティストの作品を解説したり、分かりやすく答えに導くのではなく、見る人の想像力を誘発するような伝え方を開発したいと思っているんです。だから、オチをつけるような作品であってほしくないと考えていました。あらかじめ答えが用意されたものではなく、ずっとモヤモヤ感をひきずっていくようなプロジェクトでいいんじゃないかと考えていました。また、多くの方が体験できるプロジェクトであってほしかった。
アートって、答えがあるから面白いわけでもないし、答えがなかったら豊かというわけでもなくて、一人一人がある瞬間にふと作品のことを思い出したり、そこから全然違うことを夢みたり、心の中の何かを活性化させたり、そういうことができるものだと思うんです。そういうプロジェクトが市役所の中で、実現できることを、とっても楽しみにしていました」と山出さんは言います。
今回、会場が市役所であることで、多くの制約や困難があったそうです。霧で覆われたような窓の外の空間を実現するためには、市役所の3階までを、横幅30メートルほどもある足場で囲い、巨大な空間をつくらなければなりませんでした。その中に霧を充満させるために、建築基準法やその他様々な条例を調べ、各部署と相談・検討を重ねたそうです。ツアー形式にしたのも、そもそもは様々な制約をクリアするためでしたが、その形式と今回の作品の意図が、ぴったりはまったのだと南川さんは言います。「BEPPU PROJECTのスタッフが、作品を第一に考えて、どんな制約があってもコンセプトが成立するよう、ギリギリまで一緒に考えてくれました」。
目のお二人の話の中から、今回のプロジェクトが、BEPPU PROJECTとアーティスト、双方の意見を交換しながら、作品を第一にじっくりと作り上げられてきたのが見えてきたような気がしました。「in BEPPU」は、1組の作家に時間をかけて向き合うことができる個展形式であったからこそ、コンセプト上の譲れない部分をお互いに確認しあいながら進めていくことができたのでしょう。
「僕はどんどん拡大することよりも、深くなっていく在り方に興味があるんです。個展形式に切り替えたことで、作家と向き合う時間をしっかり取ることができ、コンセプトを深く掘り下げて考えることができるようになりました。今後はもっとたくさんの人たちが関わって、作品の実現について一緒に考えていけるようなプロジェクトをやっていきたいと思っています」と山出さんは語ります。
アートプロジェクトが向かう、これからの在り方
フェスティバル型の「混浴温泉世界」は、個展形式の芸術祭「in BEPPU」へと大胆な切り替えを行いました。乱立する芸術祭の在り方とその差別化が課題となる中で、山出さんのトークから見えてきたのは、フェスティバル型やツアー型といった芸術祭の「様式」を変容させることではなく、芸術祭で紹介するアートが社会の中で持つ意義や、その「質」を改めて見直すことの大切さでした。
拡大し薄くなっていくのではなく、凝縮させ深くしていくこと。地域やアーティストと真摯に向き合い、そのことによって関わった人自身も成長できるような現場をつくること。2020年を超えてその先のビジョンをどう考えるのか。そのあたりから再びしっかりと見据えるべき時にきているような気がします。
*関連リンク
・BEPPU PROJECT
・目 In Beppu
・思考と技術と対話の学校 集中講座|第1回 アートプロジェクトが向かう、これからの在り方