芸術祭で紹介するアートの「質」を見直す。現代芸術活動グループ「目」×BEPPU PROJECTの舞台裏。―TARL集中講座(1)レポート(後編)

NPO法人BEPPU PROJECTが事務局を担う別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」実行委員会は、2009年より3年毎に開催してきた国際芸術フェスティバル「混浴温泉世界」を、2015年、3回目の開催をもって終了し、2016年からは、毎年1組のアーティストと向き合い、別府で新作をつくり出す個展形式の芸術祭「in BEPPU」を開始しました。

BEPPU PROJECTのこれまでの活動を振り返った後は、2016年から始まった個展形式の展覧会「in BEPPU」の話題へ。後編は、NPO法人BEPPU PROJECT代表理事の山出淳也さんと、現代芸術活動グループ「目」から荒神明香さんと南川憲二さんによる「目 In Beppu」にまつわるトークをレポートします。

前編「100組の作家ではなく1組の作家へ。芸術祭の形を大胆に転換した「BEPPU PROJECT」の設計思想」はこちら

「目 In Beppu」へ

「アーティストとしっかり向き合い、より良いプロジェクトを実現するために、ずっと個展をしたかったんです」と語る山出さんは、「限られた予算を大勢のアーティストに分配するよりも、1組のアーティストに集中して、もっと自由度の高い制作をしてほしかった」と言います。

「3年に一度とはいえ、大勢の作家と同時に向き合おうとすると、一人一人の濃度がどうしても薄くなっていってしまう。僕らはプロジェクトが実現するまでの期間、そのアーティストのことだけに集中できる環境を作りたいなってずっと思っていたんです」。

スクリーンの前で、4人の人物がトークを行っている。3人がまとまって座り、スクリーンを挟んで反対側に、1人座っている
TARL集中講座「アートプロジェクトが向かう、これからの在り方」第1回。写真左から、現代芸術活動グループ「目」の荒神明香さん、南川憲二さん、NPO法人BEPPU PROJECT代表理事の山出淳也さん。

「in BEPPU」 第1回の作家として選んだのは、現代芸術活動チーム「目」でした。目は、アーティストの荒神明香さん、ディレクターの南川憲二さん、制作統括の増井宏文さんの3名からなるチームで、果てしなく膨大な謎と不確かさの中にあるこの世界の可能性を信じ、鑑賞者自身がその不確かさを実感として引き寄せるような体験を、作品として展開しています。

「目の作品には環境や空間を一変させていく、自分が見ている風景が確かなものかどうかをあやふやにしていくメッセージがあると思いました。『in BEPPU』 では、自分たちが日常に見ている風景をアーティストの力や想像力によって変化させていきたいと考え、目を招聘しました」と山出さん。

たくさんの机やコピー機、資料などが置かれた空間のなか、4人ほどの人物が座って仕事をしている。一面が窓になっており、窓の外には山や光る球体が見える
目 In Beppu「奥行きの近く」目 (撮影:久保貴史)(C)別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」実行委員会

「奥行きの近く」と名付けられた作品の会場となったのは、なんと別府市役所。ここでも鑑賞はツアー形式で行われました。集合場所は別府市役所の1階。そこに、まさに市役所然としたシンプルな受付があり、椅子の並んだ待合場所があります。時間になると予約した人が呼ばれ、鑑賞時の注意が書かれた「誓約書」にサインをしてから、案内人と一緒に出発します。各回20名程度の鑑賞者は、どこにどのような作品があるのかは一切説明されないまま、館内を歩き、市長応接室にたどり着くと、しばらく滞在します。そこで姉妹都市からの贈り物などが並ぶ室内を見渡すうちに、観客は窓の外が霧に覆われ、そこに大きな球体が浮かんでいることに、だんだんと気づいていくのです。

電気がついておらず薄暗い、天井の高い部屋の中に2人の人物がいる。部屋には大きな机が2つと、それを挟んで椅子が10ほど並んでいる。2人は机を挟んで椅子に座っている。部屋の囲む窓の外には光る球体が見える
目 In Beppu「奥行きの近く」目 (撮影:久保貴史)(C)別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」実行委員会

「奥行きを感じながらも身体が吸い込まれそうになるくらいの球体がいい」という荒神さんのイメージをもとにつくられた、まるで遠くにある太陽のように大きな球体。球体は霧の向こうにあるらしく、あくまでもぼんやりと柔らかい光を放っていて、輪郭がぼやけています。そして霧の空間をずっと見ていると、小さな球体も見えてきます。

この部屋で10分か15分ほど過ごした後、また案内人の合図で観客は部屋を出て、来たときと同じルートで集合場所へと戻っていきます。来るときに通った窓の外にも、霧の中に小さな球体が外にぼんやりと浮かぶ風景があったことに気づく人も多かったそうです。同じ道のはずなのに、行きと帰りではまるで違った空間に見えてきて、市役所の備品や案内板、職員の振る舞いすらも、現実の事なのか作品の一部なのか、曖昧になってきます。これまで自分が見ていた風景は、現実のものだったのか?観客は、たよりない不確かな現実の中に置き去りにされてしまいます。

たくさんの机やコピー機、資料などが置かれた無人の空間。窓の外には山や光る球体が見える
目 In Beppu「奥行きの近く」目 (撮影:久保貴史)(C)別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」実行委員会

「アーティストの作品を解説したり、分かりやすく答えに導くのではなく、見る人の想像力を誘発するような伝え方を開発したいと思っているんです。だから、オチをつけるような作品であってほしくないと考えていました。あらかじめ答えが用意されたものではなく、ずっとモヤモヤ感をひきずっていくようなプロジェクトでいいんじゃないかと考えていました。また、多くの方が体験できるプロジェクトであってほしかった。

アートって、答えがあるから面白いわけでもないし、答えがなかったら豊かというわけでもなくて、一人一人がある瞬間にふと作品のことを思い出したり、そこから全然違うことを夢みたり、心の中の何かを活性化させたり、そういうことができるものだと思うんです。そういうプロジェクトが市役所の中で、実現できることを、とっても楽しみにしていました」と山出さんは言います。

今回、会場が市役所であることで、多くの制約や困難があったそうです。霧で覆われたような窓の外の空間を実現するためには、市役所の3階までを、横幅30メートルほどもある足場で囲い、巨大な空間をつくらなければなりませんでした。その中に霧を充満させるために、建築基準法やその他様々な条例を調べ、各部署と相談・検討を重ねたそうです。ツアー形式にしたのも、そもそもは様々な制約をクリアするためでしたが、その形式と今回の作品の意図が、ぴったりはまったのだと南川さんは言います。「BEPPU PROJECTのスタッフが、作品を第一に考えて、どんな制約があってもコンセプトが成立するよう、ギリギリまで一緒に考えてくれました」。

3階建てほどの大きな建物の隣に、パイプやビニールシートでつくられた仮設の構造物が立っている。
目 In Beppu「奥行きの近く」目/会場外観 (撮影:久保貴史)(C)別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」実行委員会

目のお二人の話の中から、今回のプロジェクトが、BEPPU PROJECTとアーティスト、双方の意見を交換しながら、作品を第一にじっくりと作り上げられてきたのが見えてきたような気がしました。「in BEPPU」は、1組の作家に時間をかけて向き合うことができる個展形式であったからこそ、コンセプト上の譲れない部分をお互いに確認しあいながら進めていくことができたのでしょう。

「僕はどんどん拡大することよりも、深くなっていく在り方に興味があるんです。個展形式に切り替えたことで、作家と向き合う時間をしっかり取ることができ、コンセプトを深く掘り下げて考えることができるようになりました。今後はもっとたくさんの人たちが関わって、作品の実現について一緒に考えていけるようなプロジェクトをやっていきたいと思っています」と山出さんは語ります。

建物の屋上を3人の人物が歩いている。屋上からは空や山、街並みが見える
目 In Beppu リサーチ風景

アートプロジェクトが向かう、これからの在り方

フェスティバル型の「混浴温泉世界」は、個展形式の芸術祭「in BEPPU」へと大胆な切り替えを行いました。乱立する芸術祭の在り方とその差別化が課題となる中で、山出さんのトークから見えてきたのは、フェスティバル型やツアー型といった芸術祭の「様式」を変容させることではなく、芸術祭で紹介するアートが社会の中で持つ意義や、その「質」を改めて見直すことの大切さでした。

拡大し薄くなっていくのではなく、凝縮させ深くしていくこと。地域やアーティストと真摯に向き合い、そのことによって関わった人自身も成長できるような現場をつくること。2020年を超えてその先のビジョンをどう考えるのか。そのあたりから再びしっかりと見据えるべき時にきているような気がします。

*関連リンク

BEPPU PROJECT
目 In Beppu
思考と技術と対話の学校 集中講座|第1回 アートプロジェクトが向かう、これからの在り方

アートの現場で働く人のための一冊『働き方の育て方』を読む(若林朋子×山内真理×帆足亜紀×菊池宏子)

アートプロジェクトや芸術祭の運営を支える担い手たちの「働き方」を考える

2014年末にスタートした、TARL研究・開発「『幸せな現場づくり』のための研究会」。本研究会では、全国各地のアートプロジェクトや芸術祭の運営を支える担い手たちの「働き方」について、約2年間にわたり対話を重ねてきました。

研究会のメンバーは、アート・コーディネーター、会計士、コミュニティデザイナー、プランナーという専門性の異なる4名の女性。アート業界を第一線で支えている研究員たちが、行きつ戻りつ「働き方」について語り合いながら、問題の在りかや理想を言葉にしてきました。そして交わされた議論をまとめたものが、2016年9月末にアーツカウンシル東京より発行された冊子『働き方の育て方 アートの現場で共通認識をつくる』です。彼女たちの言葉の端々には、アートプロジェクトの現場の担い手たちが日々の運営をとおして指針に迷ったとき、明日からでも活用できる知見が詰まっています。アートの現場での「働き方」に対して共通の認識をもつためにつくられた本書は、様々な現場で活動の手引書/ワークブックとして使えるはず。

本記事では、2016年12月6日に開催した「『幸せな現場づくり』のための研究会」報告会の様子を、TARL運営事務局でアート・コーディネーターとしても活動する及位友美がレポートします。研究会メンバーによる本書を読み解くためのクロストークから、アートの現場の働き方について考えてみましょう。

写真から:【登壇者】若林朋子(プロジェクト・コーディネーター/プランナー)、山内真理(公認会計士・税理士/Arts and Law代表理事)、帆足亜紀(アート・コーディネーター/横浜トリエンナーレ組織委員会事務局プロジェクト・マネージャー)、菊池宏子(コミュニティデザイナー/アーティスト) 【モデレーター】森司(Tokyo Art Research Lab ディレクター/「思考と技術と対話の学校」校長/東京アートポイント計画ディレクター)。

アートの現場で働く人ための一冊『働き方の育て方 アートの現場で共通認識をつくる』を読む

本書は2部構成になっています。7つのトピックをめぐる対談を収録した前半【研究員対談】と、そこから浮かびあがってきたキーワードを図解したキーワード集の後半【共通認識をつくるための言葉】、という構成。対談では研究員同士が2、3名ずつ組み合わせを変え、どのように「働き方」と向き合うかということについて意見を交わしています。「『幸せな現場づくり』のための研究会」では、収録された7つの対談を行う前にも、20回以上に及び対話を重ねてきたといいます。

この日の報告会は、本書の「おわりに」を黙読するところからスタート。研究員たちの研究会での取り組みに対する想いが、「Moving forward-飾りじゃないのよ、文化は」というタイトルのもと語られています。

「おわりに」の黙読からスタートする報告会

研究会の問題意識の立脚点として、この日のモデレーターを努めたアーツカウンシル東京・TARLディレクターの森が指摘したのが、最初の研究員対談TALK1「アート『で』社会と関わるには?」のなかで触れられている、帆足のコメントです。

「設置の根拠となる制度が確立している美術館などを除くと、芸術祭やフェスティバルを運営する実行委員会や、アートNPOなどは組織基盤がまだ弱く、雇用の長期ビジョンや労働環境が整っていません。やることはどんどん膨らんでいるものの、そこにいる人の働き方についての議論は、置き去りにされているなと感じます。」
(p.15 TALK1 アート「で」社会と関わるには? より)

この意識そのものは、研究会での対話のなかから生まれているもの。4名の研究員はみな立場や経験こそ違えども、見えている「課題」が共通だったと帆足が振り返りました。

ここからは後半パートのキーワード集【共通認識をつくるための言葉】と紐づけて、この日に展開された研究員による解説と、対話の一部をご紹介します。研究員対談のなかに出てきた言葉で、キーワード集でも取り上げているものは、ページ数を記してリンクするかたちを取っています。研究員対談を読み進めながらキーワード集をひもといたり、キーワード集を読み改めて対談に立ち戻ったりしながら、本書を活用する助けになれば幸いです。

キーワード集「共通認識をつくるための言葉」を読む

研究員:菊池宏子( コミュニティデザイナー/アーティスト/米国・日本クリエィティブ・エコロジー代表/NPO法人インビジブル クリエイティブ・ディレクター)。

「コミュニティ・エンゲージメントの構造」(p.120)

菊池|コミュニティ・エンゲージメントは、概念は簡単ですが応用するのが難しい。応用の仕方は各現場で考えていかなければなりません。この概念は簡単に言うと、関係性をどう構築していくかという方法論です。例えば『アウトリーチ』は主体が手を伸ばして地域に働きかける方法ですが、『エンゲージメント』は主体が相手と同じ立ち位置で手をつなぐ方法、とイメージしていただくと分かりやすいかもしれません。わたしがこの概念を学んだアメリカは、人種が多様な社会というバックグラウンドがあり、その多様なものをひとつの形にしていく手段やアプローチとして、エンゲージメントの方法論を用います。

「エンゲージメントを活用したボランティア育成モデル」(p.122-123)

菊池|この項目では、時間をかけて関係をつくることで、ボランティアのプロジェクトへのコミットメントの度合いが深まっていく様子を図で表現しています。

帆足|私が横浜トリエンナーレのサポーター組織をどのようにマネジメントしていけばいいかを考えていたときに、菊池さんのお話を聞いてこのような方法論があれば頭を整理して考えられると感じました。

菊池|アートの現場で働く人は、プロジェクトを進めるときは組織の一員として動きます。属人的な働き方をしていると、そのポジションに別の人が入ったときに、組織として事業を継続することが難しくなってしまいますよね。大切なことは、組織の自分と個人の自分を切り分けることであるとも言えます。また、日本人の気質に合うコミュニティ・エンゲージメントを丁寧に見ていく必要もあります。その方法論が、立脚する文化によって多種多様である点も面白いところですね

研究員:若林朋子(プロジェクト・コーディネーター/プランナー)

「評価」(p.128-129)

若林|『評価』はアートの業界の重要課題です。でも、評価を厳密に突き詰めてやろうとすればするほど、現場の担当者は苦しくなる。多くの場合、借り物の物差しで評価するからです。自分たちが必要とする評価の方法を、自ら考えることが大事です。そのため、本書に『評価の前に』チェックリスト(p.129)を掲載しました。第三者に評価を依頼する前に、まずは自分たちがどのような評価を行いたいのか、評価結果をどのように使いたいのかなどの項目です。

もうひとつ評価の件で提案したいのが『まわさないPDCA』です。評価することにばかり時間と労力を割いて、次年度の企画が疎かになってはいないかという問題提起です。評価しても、その結果を事業計画にいかしていない。たとえば、外部委員を呼んで評価委員会を開いても、既に次年度の事業が始まっていて、評価で把握した課題を翌年の事業計画に反映できないサイクルだったりします。もう形だけのPDCAは『まわさない』。評価は次期Planにいかしてこそ、そして何をおいてもPlanの充実が大事です。

「助成」(p.130-131)

若林|この項目でいちばんお伝えしたかったことは、『受け手(助成される側)だけでなく、出し手(助成者)にも目的がある』という部分です。やみくもに申請するのではなく、助成者はどのような目的で支援しているのか、考える必要があるということ。助成者は、何らかの変化を起こしたい、社会を変えたいとの目的で助成プログラムを実施しています。採択の確率だけでなく、助成者の想いやミッションに共感できるかという視点でぜひ申請して欲しいです。助成側にも、助成目的が明快なプログラムが増えていくことを期待します。

研究員:山内真理(公認会計士・税理士/Arts and Law代表理事)

「会計」「財務会計と管理会計」「財務諸表」(p.138-139、p.140-141、p.142-143)


山内|
p.138を見ていただくと分かるとおり、会計は英語ではAccount for、説明するという言葉に由来します。つまり会計は自分たちの活動を説明するための『道具』として使えるものであり、それが本来の目的です。
p.140には『財務会計』という言葉がありますが、財務会計とは組織を取り巻く外部の人たちに報告するための会計です。財務会計の手段となるものがp.142にある『財務諸表』で、一般的には『決算書』と呼ばれるものです。法令によっては『計算書類』とも呼ばれます。

決算書は、経済活動の面から自分たちの活動の状況や成果を可視化して報告するものなので、自分たちの活動を誰かに伝える際の道具として使うことで、説得力をもつことができます。

NPO法人の財務諸表を具体的に見ていくと、活動計算書(p.144)には収益と費用が記載され、自分たちがどのような努力をしてどのような成果をあげたか、その関係がわかるようになっています。貸借対照表(p.145)は、ある一時点での財政状況を確認するものとして、団体が健全な財政状態にあることを相手にアピールするためにも使える書類と考えてください。

帆足|
今のお話を聞いていて思い出したのが、p.65の山内さんのコメントです。活動計算書一枚を見るだけで、その事業がどのような人たちに支えられ、どのような人たちが関わっているかということが分かります。山内さんは会計士という社会ともっとも接点がありそうな『お金』を扱う専門家であり、『数字しか見ていない』と言いながらも、数字以外のところもしっかり見ていらっしゃるんですよね。

TALK4 お金『で』コミュニケーションするには?(p.65)

山内|組織の収入構造からは、事業が誰に愛されているかが見て取れます。例えば地域内で事業収入を得つつ、一般の人からも寄付を多く集めている事業は、対価を払って直接価値を享受している人以外にも、プログラムの必要性や当事者意識をもって関わってくれている人が多くいるという指標になります。

研究員:帆足亜紀(アート・コーディネーター/横浜トリエンナーレ組織委員会事務局プロジェクト・マネージャー)。

「予算要求」「決裁」(p.132-133、p.136-137)

帆足|私がプロジェクト・マネージャーとして関わっている横浜トリエンナーレは、3ヵ年で約9億円の予算がつく横浜市主催の事業です(p.31)。そのため行政の動きと連動した時間軸のなかで、事業を動かしていくことに日々直面しています。多くのアートプロジェクトには公的なお金が絡んでいます。そんな行政とお金の動きを、国と自治体、そして議会の動きと連動してカレンダーにしたものが、p.134-135のスケジュール表です。私自身、もう6年もヨコトリで仕事をしているのですが、この研究会をはじめるまで、このような動きの存在は分かっていても、きちんと把握できていませんでした。市の職員の方たちには、議会のタイミングで忙しくなるというルーティンがあるわけです。


帆足|
予算要求に関して言うと、税制の話題も研究会では挙がっていましたね。昨今ですと、地域の芸術祭の開催をめぐって、議会が市長に反対するという政治的対立に巻き込まれる例も見られます。議会は納税者の意見を反映しているとはいえ、このような構図のなかに、アート側が巻き込まれるとアートは本来の力が発揮しにくくなったりします。アートを扱う私たちは、本当は作品の話がしたいんです。作品一つひとつに対して、この作品には歴史的な文脈からどのような意味があり、社会に対して何を投げかけているのか、といった話です。芸術祭の開催の是非をめぐってメディアは面白おかしく取り上げますが、このような作品の価値についてはどのように議論をしていけばいいのでしょう。アートの話をするためにも、行政のなかで政策や予算が決定されるプロセスに関する知識を、アート側がもっておく必要があります。
それに関連して、p.136-137では決裁の話にも触れています。決裁のプロセスはピラミッド構造になっていて、複数の人を経て決定されていくものです。このような行政のシステムを、身につける必要はありませんが、把握しておくことで行政の方たちと共通の言語をもつことができるとも言えます

まとめ さらなる議論のテーブルが拡がることを目指して

『幸せな現場づくり』のための研究会では、このようにアートの現場を運営していくなかでぶつかる、社会のシステムに関わる技術的なトピックが多く語られました。一方で、最後の項目で帆足が触れたとおり、研究員たちが膨大な時間をかけて議論をしたのは“アートの話”だったこともわかります。

研究会から生まれた本書『働き方の育て方 アートの現場で共通認識をつくる』が伝えるものは、アートプロジェクトにさまざまな位相で関わるステークホルダーとのコミュニケーションを、よりスムーズなものにする言葉や概念、方法論です。アートプロジェクトの現場の担い手のあなたも、これからの自分の働き方や活動のベースの指南書として、ぜひ活用いただければ幸いです。そしてこの本をきっかけに、さらなる議論のテーブルが広がっていくことへの期待とともに、報告会は締めくくられました。

関連リンク

TARL研究・開発「『幸せな現場づくり』のための研究会」
「『幸せな現場づくり』のための研究会」報告会イベント概要
冊子『働き方の育て方 アートの現場で共通認識をつくる』

執筆: 及位友美(TARL運営事務局 / voids / コーディネーター)

「主体」を見つけ、「共」を育てる/郊外都市を「ふるさと」に(APM#02 後編)

ART POINT MEETING #02 –公(おおやけ)をつくる– レポート【後編】

 「公(おおやけ)」といっても、そこに「みんなのもの」という有機的な実感を伴わせるのは、なかなか難しいもの。それぞれの地域で活躍するナビゲーターたちは、場所の抱える課題や可能性を共有する上で、どんな工夫や仕組みづくりを行っているのでしょうか。レポート後半は、徳島県神山町で地方創生のためのプロジェクトを行う一般社団法人「神山つなぐ公社」理事の西村佳哲さん、東京都西部・多摩地域の活性化を金融機関の立場から模索する「多摩信用金庫」の長島剛さんが登場します。ライターの杉原環樹がレポートします。

>>レポート前編はこちら

「主体」を見つけ、新しい「共」を育てる

 つづくナビゲーターは、2014年に移住した徳島県神山町で「神山つなぐ公社」を立ち上げた西村佳哲さん。神山町は、2004年に設立されたクリエイティブな街づくりを目指す「NPOグリーンバレー」の活動で知られる地域。西村さんは、はじめそのウェブサイト制作で地域と関わりますが、行政から「地方創生プログラムを一緒に考えてほしい」との要望を受け、「外部コンサルに任せるくらいなら」と参加を決めました。

神山つなぐ公社 理事・西村佳哲さん

 大人数の協議会形式では、一人ひとりの発話時間が短く十分なプロセスになりません。次の時代を模索したいのなら役付の年長者より、働き盛りや子育て世代の若手でメンバーを構成するべき。西村さんは「働き方研究」による知見を生かして、町役場の若手職員と若手住民等が語り合う、有機的なワーキンググループを形づくります。

いくらグッドアイデアが生まれても、『誰がそれをやるの?』となることはよくありますよね。このワーキンググループの利点は、発話回数が増えると同時に、プロジェクトを担う『主体』が見つけやすくなること。限られた人数で話し合うことで、あの人はこんなことを言っていたと、誰が何をやりたがっているのかが見えやすくなるんです」

 さらに実行主体を明確にするべく「新たに地域公社をつくるとしたら、あなたはそのどれに関わるか?」と問いかけます。3週間の検討期間を経て「役場を辞めてでもやる!」という人も登場。推進組織として2016年春、一般社団法人「神山つなぐ公社」が生まれます。

 つなぐ公社では、「まちを将来世代につなぐプロジェクト」として、現在、街の血行を良くする22個のプロジェクトが展開。面白いのが、「まちを将来世代につなぐ」という言葉が一種の枕詞となり、多岐にわたる分野の見通しを良くしていること。「まちを将来世代につなぐ〇〇とは?」と考えることで、存在意義の再考が容易になります。

神山つなぐ公社メンバー(公式ウェブサイトより

 そんな西村さんが大事にする、つなぐ公社の設計思想があります。ひとつ目は、デザイナーのジェームス・ヤングの言葉「アイデアとは、既にあるものの新しい組み合わせである」。これは、こぐま座をモチーフにした公社のロゴにも現れている考え方です。バラバラの星をつないだ「星座」のように、さきのワーキンググループを通して、まちにいるさまざまなレイヤーの人々の間に、新しい関係を見出すことを目指しています。

 次の設計思想は、「今夜冷蔵庫にあるものでなにか美味しいものをつくる主義」。「あれがあったら」「こんな人がいれば」とないものねだりに陥らず、いまその場に居合わせる人や、資源や、つながりからアイデアをつくることが大事だと思う、と語ります。

 最後に、「あたらしい公、あたらしい共、あたらしい私を育ててみる」。なぜ、公共という言葉を分けるのか。かつてサンフランシスコ旅行のさい、西村さんは同地の歩道にある街路樹が各家ごとに異なることに気づきます。調べてみると、土地所有をめぐるグランドデザインの違いが発覚。日本では家を一歩出れば公共空間ですが、同地の歩道は個人の敷地の一部で、そこは各家庭が社会に提供している、「公」と「私」の間の「共」領域だったのです。

「公」と「私」を紐とく

「日本でこの『共』の領域を担ってきたのは、企業だと思う。結果として人々は、働いているか、あるいはお金を使っている姿が常態化した。その他の『共』領域での振る舞い方はトレーニング出来ていない。神山では、新しい『公・共・私』のあり方を意識したいと思っています」

 ほかにも、手を上げない役人や住民も関われるよう、ワーキンググループのメンバー選びを公募では行っていないなど、前編でPO佐藤が提示した「閉じ方をどうするか」という問題に関わるお話も聞けました。身の回りの状況や要素を、単に寄せ集めるのはなく、整理すること。こうしたデザインの感覚が、西村さんの活動には貫かれていると感じます。

聞き手:東京アートポイント計画 プログラムオフィサー・芦部玲奈

郊外都市を「ふるさと」にする、信用金庫の挑戦

 3人目に登場した長島剛さんは、多摩信用金庫、通称「たましん」の職員として、東京西部にある多摩地域のネットワークづくりに取り組んできました。しかし、人口も多い多摩地域の何が課題なのか。長島さんはそれを「県庁がないこと」だと言います。

 26市3町1村で構成され、約421万人が暮らす多摩地域。「自然環境」「大学・高専」「芸術・文化」「研究開発型企業」の4つが豊かで、長島さんも日常生活で不便を感じることはないと語ります。しかし都道府県レベルの規模を持つ一方、県庁のような、地域に特化したまとめ役は不在。近年では人口や製造業の事業所も減っていると言います。

多摩信用金庫 価値創造事業部 地域連携支援部長・長島剛さん

 そんななか長島さんは、「都心」と「地方」という区分からあぶれる、「郊外都市」の課題に向き合ってきました。とはいえ、それをなぜ信用金庫が行うのでしょうか。

「たましんを含め、多くの信用金庫は昭和8年に誕生しました。当時恐慌が起こり、銀行がお金を貸せなくなったため、地元の人々が出資し合い、信用金庫を設立したんです。つまり信用金庫は、地方銀行を含む『地域金融機関』であると同時に、相互扶助のために住民が出資する『協同組織金融機関』でもある。そのため、同じ金融サービスでも利益を優先する銀行とは異なり、地域を支えるコンサル機能が求められるんです

意外と知られていない「信用金庫」の位置づけをレクチャー

 このユニークな立場を生かし、長島さんが始めた試みのひとつが「広報たまちいき」です。きっかけは、JR中央線の高架化によって、南口は国立市、北口は国分寺市である国立駅で、市の境界線がわからなくなったこと。市境の近くに住む住民は、市を超えた情報を求めていましたが、市役所は自分の街の情報のみを発信していました。

 そこで長島さんは、越境的に情報を扱う新聞として「広報たまちいき」を創刊。現在の発行部数は、7万部を超えます。さらに面白いのは、大手新聞社をリタイアした地元で暮らす元新聞記者たちが、記事の執筆を担っていること。時間に余裕ができた元支局長クラスの記者たちに声をかけることで、高い質の記事を掲載できているのです。

 またひとつの取り組みが、「創業支援センターTAMA」です。これは、多摩地域での創業者を増やすという課題から生まれた試み。創業者向け説明会などを行ったものの、なかなか成果が上がらなかったとき、長島さんは、地域にじつは多くの中間支援機関が存在することに気がつきます。そこで彼らに呼びかけ、いまでは50個の組織と連携しながら、セミナーや「自治体と支援機関のマッチング会」など創業したい人を支える仕組みを拡げていると言います。

自分たちだけ何とかしようとするのではなく、芋づる式に人をつなぎ、みんなの気持ちを高めていく。自治体と支援機関のマッチング会では、行政と支援機関の人々を半数ずつ集めていますが、その中で自然と、いつの間にか化学反応が生まれてきました」

「広報たまちいき」を会場でも配布

 ほかにもたましんでは、市役所との人事交流を実施。人を入れ替えることで、行政と信用金庫の双方が何を考えているのか、見えやすくなったと言います。また、東京学芸大学で行われるイベント「青少年のための科学の祭典」に50万円の出資を求められたさいは、5万円を出資する企業を10社集めて、大学と地域企業の接点も作りました。

 長島さんのお話で印象的だったのは、その活動が漠然とした善意ではなく、信用金庫としての必然性に基づいていること。作りたい多摩の姿を、こう話してくれました。

「地域でトップのシェアを持つ信用金庫として、何をやるべきか考えたとき、街を豊かにしていくしかないと思ったんです。それは結果的に、我々の会社のためにもなる。そしてこの活動を通して、多摩に『ふるさと』の意識が芽生えたらいいなと思います」

聞き手:東京アートポイント計画 プログラムオフィサー・中田一会

個人の小さな行動が、まちに新しい領域をつくる

 3人のプレゼン後は、参加者同士の意見交換や、イベントを通して気になった言葉を全員で共有するクロージングセッションを実施。普段、それぞれの場所で活動するナビゲーターは、今回、どんなことを感じたのか。イベント終了後の会場でお聞きしました。

 長島さんは、西村さんが話した「まちを将来世代につなぐ〜」という枕詞の発想が印象に残った様子。「ばらばらの事業でも、この言葉の仕組みによって、全体の理念が伝わりやすくなるなと。これは僕も、どこかで使わせてもらおうと思いました(笑)」

 一方、「こうしたイベントで人が集まった後、実弾をいくつ作れるのかが大事だと思うんです。我々にとっての実弾とは、実際に創業資金を我々から借りてくれること」という冷静なお話も。

「我々のセミナーだと、そういった人は参加者の約40%。多いと感じるかもしれませんが、それは会の終了後、こうした組み合わせをしたらどうかと、提案の連絡を取ってアフターケアしているから。イベント後の一声がすごく重要で、それが人に火をつける。具体的な人の動きによってしか、地域は変わらないと思うんです」

 実際のプレイヤーの重要性は、田口さんの口からも。ほかのナビゲーターが人を巻き込み、「公」と「民」からこぼれる「共」の領域を作っているのを聞き、そうした曖昧な領域は「ポンと作れるものではなく、人によって生まれる」と感じたと言います。

「自分は今日のイベントの中では、もっとも公の人間。人の巻き込み方の点で、もっと学ばなければいけないことがあると感じました。城崎はこれまで、一泊二日でカニを食べにいくところという印象の場所だった。でも、それを変えていかないといけない」

 イベントの間に、長島さんと「モチベーションはあるけど、目標を実現するノウハウが不足している」と話していたという田口さん。次の課題は、その人たちをいかに「主体」にしていくか。目標を掲げるだけではなく、実際に街を変えるような仕組みをこれからも考えたいと語ります。

 そして西村さんが強く感じたのは、「中間支援組織としての求心力の必要性」。たとえば長島さんの活動においても、金融機関であることが、みんながたましんを頼る大きな動機になっていました。「みんながその組織を頼らざるを得ない、そんな求心力となる資源って何だろうか。今日はそんなことを、あらためて考えさせられました」。

 また、今回のようにさまざまなプロジェクト、個人が集まる場については、「それぞれのレイヤーで粛々と生きるのは簡単ですが、外に出ることで普段と異なる言葉を話す必要が生まれ、共通の言語が生まれる」と、その混じり合いの重要性を指摘します。

「著名な市民活動家の加藤哲夫さんは『市民の日本語』という本で、役人と市民は同じ日本語でも違う言葉を使っていると書いています。それをすり合わせないと、コミュニケーション自体が成立しない。実際に会って腹を割って話すことで、まるで子どもが新しい言葉を覚えるように、共通の認識が生まれる。そういう場は必要だと思います」

 「公をつくる」という、一見抽象的で、大げさにも思えるテーマを設けた今回のイベント。しかし、三人のナビゲーターの活動からは、個人の小さな行動の蓄積が、それまでなかった新しい領域を街に作り出している、という点が見えてきたように思います。

 そしてまた、単に場所を設けて人を集めるのではなく、田口さんによる制作者と住民の双方が関わりやすい施設の運営方針や、西村さんによるメンバーの主体化、長島さんによる地域の人的資源の掘り起こしなど、関わる人々の動機に寄り添う仕組みが、その活動を有機的に駆動させていることも、共通していたことだと感じました。

 今後も、約半年に1回のペースで開催される「ART POINT MEETING」。さまざまな活動の接触は、どんな新しい動きを作り出していくのか。ぜひ、ご期待ください!

イベント後半の会場全体でのセッション

>>レポート前編はこちら

(撮影:冨田了平)

顔の見える「わたしたち」をつくるには?/ひとりの帰郷者の「おせっかい」から(APM#02 前編)

ART POINT MEETING #02 –公(おおやけ)をつくる- レポート【前編】

 地域に深く入り込み活躍するプロジェクトの担い手を通して、立場や考え方の異なる人々をつなぐ「ことば」を考えるトークイベント「東京アートポイント計画 ART POINT MEETING」。2016年夏に始まったこの企画の第二回が、2017年2月12日、東京・丸の内にある起業家のための支援施設「Startup Hub Tokyo」を舞台に開催されました。

 今回のテーマは、「公(おおやけ)をつくる」。ナビゲーターとして招かれたのは、兵庫県豊岡のアーティスト・イン・レジデンス施設「城崎国際アートセンター」で館長と広報・マーケティングディレクターを務める田口幹也さん、徳島県神山町で地方創生のためのプロジェクトを行う一般社団法人「神山つなぐ公社」理事の西村佳哲さん、東京都西部・多摩地域の活性化を金融機関の立場から模索する「多摩信用金庫」の長島剛さんといった3名です。

 「公(おおやけ)」といっても、そこに「みんなのもの」という有機的な実感を伴わせるのは、なかなか難しいもの。それぞれの地域で活躍するナビゲーターたちは、場所の抱える課題や可能性を共有する上で、どんな工夫や仕組みづくりを行っているのでしょうか。多くの参加者で溢れたイベントの様子を、ライターの杉原環樹がレポートします。

顔の見える「わたしたち」をつくるために

 快晴となった当日。イベントの口火を切ったのは、東京アートポイント計画プログラムオフィサーの佐藤李青。「公をつくる」というテーマの趣旨説明を行いました。

 そもそも「公」が、なぜアートプロジェクトにとって重要なのでしょうか。日本において「公」というと、「行政」の領域として捉えられがち。また、それを単純に「私」という概念と対立させて捉える場合もあります。しかし今回は、もっと広く、等身大の意味で「公」について考える機会にしたいと佐藤は語ります。それは都内の様々なアートプロジェクトを共催する自分たち「東京アートポイント計画」の活動を次のように位置づけているから。

東京アートポイント計画 プログラムオフィサー・佐藤李青

「僕たちの関わるアートプロジェクトは、表現というものを間に噛ませることで、街や地域の人々に、顔の見える『わたしたち』の関係をつくっていると考えています」

 生活や暮らしに関わる意識を、アートや文化という術を使ってつくること。とはいえその活動の中では、異なる背景を持った人々が関わるゆえの難しさも感じてきたと、彼は続けます。

「たとえば『わたしたち』という枠組みを設ける上で、想定できていない人々の存在があるのではないか。また、ひとりひとりと向き合おうとすれば、プロジェクトの規模をむやみに大きくしない方がいいという問題もあります。そうした意味では、プロジェクトを開いていくことと同時に、きちんと『閉じる』ことも重要なのではないかと感じます」。

 東京アートポイント計画でNPOとともにアートプロジェクトに伴走するプログラムオフィサー達も、課題と感じているという、自分ごととしての「公」のつくり方。ナビゲーター3人は、そこにどんな視座を与えるのでしょうか。

街ににじみ出す、ひとりの帰郷者の「おせっかい」

 最初のナビゲーターは、兵庫県豊岡市のアーティスト・イン・レジデンス施設「城崎国際アートセンター」(KIAC)において、館長と広報・マーケティングディレクターを勤める田口幹也さん。田口さんがKIACでの活動を始め、豊岡市の活性化に関わり出した経緯は非常にユニークです。そもそも豊岡市は、志賀直哉の短編小説「城の崎にて」で知られる城崎温泉や、コウノトリの野生復帰活動でも有名。しかし彼が、故郷であるこの土地の魅力を再認識したのは、東日本大震災後の一時帰郷のときだと語ります。

城崎国際アートセンター 館長兼広報・マーケティングディレクター・田口幹也さん

「東京で飲食店経営や出版業に携わっていましたが、震災後に帰郷すると、いくらいても飽きないことに気づきました。でも、城崎の知名度は、東京ではそれほどない。街の良さをきちんと発信できていないのではないか、という思いが大きくなったんです」

 そこで、移住を決めた田口さんは「おせっかい。」という肩書きの名刺をつくり、自主的な地域のPR活動支援を展開しました。2013年に開始した「本と温泉」プロジェクトも、温泉旅館の若手経営者の会の要望を受け、田口さんが「おっせかい」したもの。東京の人脈を生かし、街に眠る文化資源を「わかるようにすること」を目指したと語ります。

 代表的なものが、志賀直哉来湯100周年を記念した「城の崎にて」の復刻。現代人にも世界観が伝わるように注釈本をセットにし、浴衣で持ち運べるよう、本を小型化しました。第二弾では、作家・万城目学さんが城崎を訪れ、タオル地の装幀が大きな反響を呼んだ『城崎裁判』を書き下ろし。さらに2016年には、城崎に思い出があるという作家・湊かなえさんが『城崎へかえる』を執筆。これらの書籍はいずれも現地でしか購入できず、その土地で買って楽しむ「地産地読」の試みとして話題になりました。

本と温泉

 そんな取り組みを行うなか、KIACのアドバイザーだった劇作家の平田オリザさんの推薦や、中貝宗治市長の英断によって、田口さんはKIACの館長に就任します。もともと県運営の大会議場として建てられたこの施設は、利用数の減少により、2012年に豊岡市へ移譲されていました。その有効活用として始まった滞在制作プログラムで重要なのは、「さまざまなレイヤーで市民が関われること」だと言います。

「KIACの滞在制作では、作品の完成を義務付けていません。ただし、滞在期間中にかならず、無料の市民交流プログラムを実施することをお願いしています。練習の公開やワークショップ、試演会の実施など、作り手と受け手の双方が無理なく出会える環境を作りたいと思っています」

 こうした姿勢の結果、2016年度には40件の応募から選ばれた国内外の17団体を招聘。1000人規模のホールを持つ強みを生かしつつ、国際的な認知を高めています。

城崎国際アートセンター(photo:Madoka Nishiyama)
平田オリザさんによるワークショップの様子(Photo:Igaki Photo)

 一方、各地の自治体と同様、人口減少に悩む豊岡市。そこでとくに大切なのは、教育環境の整備ですが、豊岡市ではコミュニケーション教育として演劇を活用した授業の推進も行なっています。今年度は城崎国際アートセンターの芸術監督を務める平田さんによる授業を市内のモデル校で実施、あわせて現地の先生へのワークショップを開催し、ノウハウの伝達が進められているとのこと。田口さんの「おせっかい」と芸術・文化で地方創生を目指す豊岡が合わさり、土地の可能性を多くの人々に実感させているのです。

 外から戻って来た人間として、難しさを感じることはなかったのかといった質問に、「しょせん、おせっかいはおせっかい」と田口さん。土地にある価値を、東京で培った経験を余すことなく使いつつ、飄々と掘り起こす姿が印象的なプレゼンとなりました。

聞き手:東京アートポイント計画 プログラムオフィサー・上地里佳

>>レポート後編へつづく

(撮影:冨田了平)

潮目のまちから―文化政策の可能性と、いわきの多様性

福島藝術計画 × Art Support Tohoku-Tokyo(東京都による芸術文化を活用した被災地支援事業)で実施した、文化政策について考えるプログラム「マナビバ。」の2016年度の記録集です。講演、シンポジウムなどの記録をし収録したほか、いわきで文化にかかわる方々へのインタビューなども収録しました。

もくじ

Chapter 1

文化の対象はどこまで広がっているのか?
大澤寅雄さん(文化生態観察/株式会社ニッセイ基礎研究所芸術文化プロジェクト准主任研究員)

事例紹介:文化×障害福祉
北山剛さん(特定非営利活動法人ソーシャルデザインワークス代表理事)

Chapter 2
地域の多様性を大切にするには?
長嶋由紀子さん(文化政策研究者)
鈴木一郎太さん(株式会社大と小とレフ取締役)

事例紹介1:文化×多様性×伝統芸能
夏井芳徳さん(民俗学者/いわき市立いわき総合図書館 館長)

事例紹介2:文化×多様性×潮目の海
富原聖一さん(獣医/アクアマリンふくしま アクアマリンふくしま環境研究所所長)

事例紹介3:文化×多様性×対話の場づくり
菅波香織さん(弁護士/いわき未来会議 事務局長)

Chapter 3
なぜ文化に政策が必要なのか
小林真理さん(東京大学大学院人文社会系研究科文化資源学研究専攻 教授)
宮道成彦さん(神戸市 市民参画推進局 文化交流部 文化創生都市づくり担当部長)
佐藤栄介さん(大分市 商工労働観光部 商工労政課 アートを活かしたまちづくり担当)

パネルディスカッション
小林真理さん×宮道成彦さん×佐藤栄介さん×大石時雄さん×森司

interview
潮目のまちから、文化を考える 
佐々木吉晴さん(いわき市立美術館館長)

行政と民間に必要な文化政策の「対峙」 
大石時雄さん(いわき芸術文化交流館アリオス支配人)

おわりに