その場にいるすべての人にとっての創造的体験(宮下美穂×佐藤李青)

対談シリーズ「表現をめぐる小さな哲学〜小金井アートフル・アクション!の現場より〜」の第4回はNPO法人アートフル・アクション!の宮下美穂さんとアーツカウンシル東京の佐藤李青の対話(後半)をお届けします(前半はこちら)。対談は今回で最終回。前回に引き続き、話題は現場を動かす方法論から、最後は目指すべき場のありかたへと向かいます。

話し手のプロフィール
宮下美穂(NPO法人アートフル・アクション!事務局長)
佐藤李青(アーツカウンシル東京プログラムオフィサー)

(構成:大谷薫子)

その場にいるすべての人にとっての創造的体験

佐藤 以前、宮下さんにTARLの学校でお話しをしてもらったとき、みんなものすごく共感していたんです。でも同時に、どうしたら宮下さんが言うような場をつくれるんだろうとも言っていたんです。ふだんの仕事では「どう最短距離で成果を得るか」を考えてしまうけれど、宮下さんはそうではないやり方を話しているように思えた。そうしたいって思うけど、自分が手を動かすと、どうしていいかわからなくなるだろうと言っていました。

宮下 昔、李青さんに「宮下さん、結局、なにがきてもやり方はいつも同じですね、現場をつくる方法論はいつも同じですね」って言われたことがあります。覚えてます? 

佐藤 覚えてないですけど、言いそうですね(笑)。そう思うので。

宮下 たぶん方法論は変わらないんです。つまり指揮系統をはっきりさせて、参加する人たちに指示どおりに動いてもらうみたいなことはできないし、したくない。むしろ予測できないことがいっぱい出てくることのほうが面白いし、ズレとか違いから次のステップ、次に進むべき道が出てくることこそクリエイティブだと思うので、場をつくるときは、最小限の安全管理みたいなことだけは最初に言うけど、それ以外のことは、あまり言わない。説明って常に多いことがいいのか、わからないなって思いはじめているんですよ。「あなたはあなたの経験で判断して動いていいよ」みたいなことのほうが、実は動きが早いなって。
安全管理にしても、私がエキスパートというわけではなく、それぞれの人の気づきをあげてもらってそれを共有していきます。マニュアルにしてしまうとその時点で完成してしまって、逆に現場で役に立たない。

佐藤 個々の判断にかなり任せているということですね?

宮下 学校のワークショップでも、子どもたちだけが豊かな時間を体験するのではなくて、そこに関わる大人たちにとってもよい体験となるために、それぞれの人の判断で相対してくださいと言っています。それぞれの人がそれぞれの度合いで主体的に関わる現場のほうが、みんなにとって創造的な体験になるし、そうあってほしい。
そこには、それぞれの人の来し方に裏づけられた、ものごとへの対処の仕方や向き合い方がある。たとえば目の前で赤ちゃんが大泣きしているような状況下で、それぞれの人がそれぞれの人のアイデアや知恵や思いやりで「どうして泣いているのかな? どうすれば泣きやむかな?」と自分なりの関わり方を考えて対処すればいいと思う。学生は経験が浅いからダメというわけでもなくて、私たちの半分くらいの人生経験であるがゆえの目線でアプローチすることができますよね。
スピード感があるだけではなく、決して狭い意味で利己的にならず、思いやりに満ちた共同作業の中でその場にいるそれぞれの人が、それぞれの経験のなかでできることをやっていく。それが循環していく中で自由度が増し、有機的に自走する場というのが自然にうまれてくることがあって、みんなすごいなって思います。

準備と安全管理の幅

佐藤 そういう場での動き方は、スタッフのなかでリレーみたいに伝わっていくんですか?

宮下 基本的にはリレーですね。でも、リニアに一対一でバトンを渡すわけではないような気がします。あの人はこうやっているけど、自分だったらこういうふうにするとやりやすいといったことを試しながら。こことの関わりの長い人がバトンを渡す側になるとも限らなくて、関わりの浅い人から指摘されることも、学ぶことも多い。重要なのはそれを聞く場があるってことのほうかな。遠慮せずに「こういうやり方、どうだろう?」って、それぞれが言えることが大事ですね。

佐藤 それぞれの生活経験や職業経験から、知恵とかアイデアを出し合って?

宮下 たとえば「子どもが怪我をしないようにしてください」と言ったときに、怪我をしないやり方を自分でやって見せてあげようと思うならそうすればいいし、体の使い方が不慣れで不安定な子どもの体を支えてあげようと思うのならそうすればいい。一方で、少しくらい怪我をしないと道具の使い方を覚えないよねっていう話もあって、そのときは小さい怪我からしていったほうがいいっていう選択もありえます。
大人たちにも「怪我をしないように防具をしてきてください」みたいなことは言わないので、自己判断で手袋をして来る人もいれば、素手で来る人もいる。いろいろなあり方の人がその場でないまぜになっていることはむしろいいし、そういう大人の姿を子どもも見ればいいって思います。

佐藤 宮下さんが仰っていることって、本番で動ける体をつくるための態度でもあると思うのですが、準備運動みたいなことはしないんですか?

宮下 小学校に行くときは、ワークショップの前に実験とリサーチはすごくしますよ。素材や道具がこれで本当に適しているだろうかとか、この量で足りるのだろうかとか、この伝え方や考え方でいいのかとか。大人が7、8人集まって、実験を4、5回くらいはやって現場に行きます。子どもに刃物を渡すときは、切れない刃物よりも、切れる刃物のほうが怪我をしにくいので、ワークショップの前日に大人が刃物を研いだりね。そういう過程でアイデアが生まれることもとても多いです。

佐藤 その場合の準備と安全管理って、通常の意味よりは幅が広いかもしれませんね。「なにか起こった」ときに電話をかける病院の連絡先を知っているということだけではなく、素材や道具に触れておくことで「なにが起こりうるか」を身体的に理解しておくことや、経験豊富な人も含めていろんな人が現場にいることで、結果的に誰かの大きな怪我を防ぐこともあるかもしれないですからね。

宮下 30分のスピーチを30分でとりこぼしがないように話すための予行練習みたいなことはしないですね。その場その場であれが足りない、これが足りないっていうのは当然、発生するし、天候によっても事態はどんどん変わりますから。
いずれにせよ、これは危険だからとか、怒られるからといった理由で、無条件降伏することは絶対にないです。これをこっちに、これはあっちにみたいなことで、いわば「やりくり」しながら、課題を解決しながらできるかなって考え続けますね。その結果、想定していたこととは違うことになったり、予定外の豊かな産物が生まれたりすることがある。それを実現するのが、個々の多様な経験と、考え続けようとするマインドをもちつづけられる場なのかな。

佐藤 でも、そういうマインドをもつことは簡単にできないこともあると思うんですが、そうしたときはどうするんですか?

宮下 やってみる(笑)。まあ、まずはともかくやってみよう、って。
たとえば立派な桜の原木が手に入ったら、どうしたら子どもたちのワークショップで使えるかを考えて、どのくらいの大人の力でくり抜けるか、みたいなことを試します。そのときに、刃物の使い方について経験のある人はその技を尊重しますけど、使ったことのない人もやってみたらいい。刃物の使い方だけではなく、見守りとか、その人オリジナルの技が必ずある。
少なくともやってみる、なにかしらはかなりしっかりやってみる。でも、出た先ではほとんど即興です。全部設えてブースみたいに垣根をつくって、この人はこの担当、というようにパッケージして現場に行ったら、参加した大人にもセンシング能力はつかない。この状況、危なくない?みたいな感覚は、とても大事な気がします。

私的なセンサーでひらかれた身体

佐藤 日本にいる「移民」の若者たちを対象としたBetweens Passport Initiativeというプロジェクトを2016年度から担当しているんですが、このプロジェクトは「移民」の若者たちが社会で抱えている困難や社会課題に目を向けるだけでなく、彼ら/彼女らがもっているポジティブな能力とどう向き合うかに取り組んでいます。なにがポジティブかというと、たとえばなにかの状況において足りないものがあったとしても「その瞬間になにができるか」を考えて、なんとかやる方法を編みだしていくのがうまいんだそうです。準備や物が足りなくても、これだったらこうやれちゃうよねっていう対応の技術がすごく高い。

宮下 それこそダイバーシティだし、サバイバルですよね。系統立てて積み上げていかなくても、散り散りになっているパーツをかき集めて必要な「もの」「こと」にしていく。まあ、「栽培された思考」に対して「野生の思考」— 概念的にはずっと前から言われているブリコラージュなのだけど、百の仕事ができるという意味で百姓でもあるし、即興でもあるかな。
細かい専門分野ごとに準備とか技術を積み上げて堅牢な楼閣に身を潜めるみたいなことって、実は脆かったりする。そういう意味だと、細い糸作戦とよく言っている作戦(笑)もあります。休みなく働き続けることが社会人であるというレッテルを疑わない社会に対して、自分の感覚を信じて休んでみる、そこでの出会いや変化の中で菌糸のように人とつながったり、出来事につなげたりしていく。実はそちらのほうがタフだし、多様ゆえに変化に強いって気がします。

佐藤 それこそ、いま社会にとって必要な技術だという気がします。継続的に関わったり、安定してなにかをやり続けていくという考え方が、マイノリティになったりすることもあるのかもしれないし。

宮下 もちろん、技能や専門性を獲得するためには知識や技術を積み上げていくことが重要な分野もあると思うのですよ。それは大切なこと。けれど、無意識か意識的かは別にして、獲得したその技術や分野の尺度が、その人が世界と相対するときの価値判断の尺度になってしまって、物事と出会うときの曖昧さを排除したり、生物としての人間の原初的な能力や直観、好奇心が覆い隠されてしまうとしたら、もったいないですよね。
その人の原初的な能力や可能性を後ろに引っ込めて、社会のルールに乗って生きられるようになることが大人になることや人が社会化されることとされてしまったら、とても偏狭なものしか生まれない気がします。

佐藤 宮下さんの話をうかがっていると、社会に足りない技術を補うということではなくて、そもそもそういうあり方で動くことのほうが自然だよね、みたいな価値転換を促されるような気になってきます。なんでそれができないんだろう、という疑問すら湧いてきますが、一方で最初の質問に戻るんですが、実際にやろうとすると、とても難しいことなんだと思います。
宮下さんがつくる場に関わるうちに、そこにいられる技術、そこで動ける態度みたいなものが生まれるのでしょうか? それともなにか意識していることはあるのでしょうか?

宮下 なんでしょうね。「あなたはどう思う?」とか、「その方法で本当にいいの?」みたいな問い掛けはかなりしつこくしますけど。たとえば些細なことですが、ワークショップのアンケートをつくるときも、自然科学系の教育を受けた人に多いですけど、数量化できるということで項目をつくるんですよね。「分析しやすいから」って。
それはそれでいいのですが、ここでなにを分析したいの?ということを尋ねたときに、前年度と比較したいということもありますが、そのことによってそこで起きたこととか、聞きたいことが聞けなくなるのであれば、「比較」が重要なのではないかもしれない。なによりも、次になにかをつなげるために人になにかを尋ねたかったら、そのワークショップを開催した意図や方法に即した問い掛け方があるよね、って。
アンケートだけでなくミーティングの資料も、既成の方法にこだわる必要もなくて、大きな模造紙に書いたほうがと思えばそうすればいいし、しゃべり続けたければそうすればいい。自分のなかの問いとか、そこでつかんだことを伝えたり、残したりするのにふさわしい技、方法というのを見出してくださいという話は結構、長くして、本人が答えを見出すまで待ちたいと思います。そのときも、答えがあってそこに誘導するみたいなことはしたくはないし、そもそも答えはもっていない。だから、考え続けることに伴走はするし、私も自分の意見は言いますが、最後はその人に委ねたいと思っています。そうしなければ、やったことに対するリフレクションというか、照り返しも自分のこととして受け止められない。そういうやりとりは、あらゆる場面で起こります。結構しつこいですね(笑)。

佐藤 根気が要りそうですね。

宮下 そのとき、その場でいちばん必要なことはなんなのか、その問いをちゃんと考えるということですよね。さらにその問いを解くための方法というのは、アートに限らず、360度あらゆる技術が考えられるはず。そういうことを自由に考えられるようなクリエイティビティや場があることも大事だと思っています。
だから「アートがなにかを解決する」みたいなところに逃げちゃわないで、できるだけ事の本質は自分にとってなんであるのかを、全方位的に考えようとする心と体というのがあったらいいですよね。結局、とことん考えなければ問いの本質も、解決の本質もわからない。その問いを探すためには、身体が社会の規範や常識で閉じるのではなく、私的なセンサーでひらかれてなければ、見つけられないと思うんです。

佐藤 そうした問い掛けに対する多様な方法を持つという意味では、本来、教育という枠組みが拾うところでもあると思うのですが、見落とされがちな気がします。

宮下 いまの教育「システム」の問題はあるのかもしれないですね。考える動機とか、学ぶ動機とか、自分が本当にそれを望んでいるかどうかよりも、与えられた課題をクリアするための努力のほうが要求される。そのことで自分の感情とか違和感みたいなものを小さい頃から封じ込めていくと、自分の身体や心で出来事や身のまわりを先入観なしにセンシングする能力がどこかで摩滅していく気がするんです。
自分の感情や違和感を隠蔽して生きるのと、心を開いて受け止めながら生きるのと、どちらのほうがその人が持って生まれた潜在的な能力を発揮することができたのかなって思うとなかなか難しいなって。どんなに稚拙でも、その場その場で立ち止まって問わないと、どんどんイージーになって、気がつかなくなっていくという気がします。

佐藤 そうやって問い続けることは、ぐっと踏みとどまる力が必要そうですが、同時に宙ぶらりんな気持ちにもなりそうですね。

宮下 うん、答えの無さに耐えないといけないからね。先日、長島確さんにお話をうかがったのですが、長島さんは、自分のオリジナリティとか、確固たる「自己」を求めて内面を掘り下げ、求め続けることはけっこう問題のように思われているようで、作り手になろうとしている学生たちには「自分の中からなにかを出そうと掘り続けることをやめよう。それはきついし、案外出てこない。とりあえずそこに頼るとすぐ枯れる。その代わりたくさんインプットして、いろんなものを見るとかパクれ」と言っていると聞きました。また、いま若い人たちが作ったり見たりする映画や小説が描く社会、時代の物語にしても、ある種のハッピーエンドを設定しないとやっていられないぐらい、悲惨な絶望感を生きているというか、未来がない感があるのでは?という話もしていました。
私たちの世代の20代、30代の頃は、頑張ればなんとかなるというその幻想に騙されて生きて来られた。でも、今の若い世代にはその幻想のもつ言葉は通じない。高度経済成長は終わって、バブルも弾けたわけで、なりふり構わずに高みという幻想を目指すのではなく、むしろ宙づりにされた曖昧な日々を淡々と生きること。これを単純に日常などと言ってしまうつもりは全くないのだけれどね。
確固たる「自己」やある種のハッピーエンドを設定するのではなく、問い続けるということを保証するのは、自分を照らす、自分を客観的に眺めることを強いてくる表現やその表現を成り立たせる場があると良いのかな?と思います。蛸壺のような穴を孤独に掘り続けてもいいですが、その方法以外にもあるかもしれないねと、ささやかでも対話を繰り返しながら、体と心を緩やかに開いていくことができるといいな、と思います。

バラバラに存在しながら、照らし合う場

宮下 そういう意味でもそれぞれの人が自分自身のセンサーを頼りに身体を開いて、世界に身をさらしていくことができる場や状況って、けっこう大切だと思うのです。個々の身体が既成の価値や周りからの評価、期待のなかでがんじがらめになってシェルターを閉じていくと、孤立化したり、あるいは自分で自分を疎外してしまう。浅学ですが、近代においては、「世界」とか「家族」とか「共同体」みたいな価値が厳然とあって、仮に疎外された主体であっても「個人」がそのなかで相対化された。けれど現代は、そのどれもがなし崩しになって、個人さえもが分裂している感じがします。自分で自分を侵食している。「個人」や「自己」が溶け出して体をなさない。「表現」というのは瓦解していく自己をつなぎとめ、貼り合わせようとする懸命な防衛かもしれません。これは、なんだか、かきむしること、みたいな感じもします。この、貼り合わされた自己が、いわゆる近代的な自我という概念に沿うような自己である必要は全くないのですが。それにしても、自分を掘り続けることを少しやめることともつながります。

佐藤 そうした「個人」と「個人」の関係を編みなおすような場のあり方が必要なんですかね。

宮下 自分自身からも疎外されるような状況においては、「個人」対「個人」という構図がもはや成り立たないのかなって気もしているんです。肉体はそこにあるけどね。
数年前、国立ハンセン病資料館で一遍聖絵・極楽寺絵図の展示があって、会期中、オリジナルが展示されたので観てきたのですが、その絵には、身分の高い人や念仏踊をしている町衆、宴会をしている人もいたり、遊女もいるなかで、癩病を病む人も描かれていて、お寺の軒下のようなところでお酒を飲んでる描写もあったりするんです。この絵は、病むこととか弱さをその社会が、あるいは一遍がどのように捉え扱っているのか、その考え方が端的に扱われていて、興味深い。もちろん、この時代にも厳然たる差別はあったのでしょうが、街のなかに暮らしながら、さまざまなかたちで隣り合わせに居ることが、少なくともここに描かれています。
翻って、今日、個が溶け出ようとするぎりぎりの一人ひとりが、他者との違いや自分のなかにある分裂をも内包しつつ、閉じたシェルターを広げていくことで、他者や世界との境界線が重なったり緩んだりするのではないかと思うんです。かきむしるような状態で開けといわれても、それは……ってかんじだけれど、少なくとも、その人がその人としてシェルターを広げていくことのできるときが来るまでそれを待つ、一遍にはなにも求めずに受け入れる感じがあるような気がする。簡単なことではないと思うのですが。そしてこちら側に答えがあるわけではないのだけれど。

佐藤 ワークショップで、大人たちが研いだノコギリや鑿(のみ)を子どもたちに手渡すという現場のお話がありましたね。怪我をしないように研いでいるわけですけど、刺されたら死ぬものを道具として使っているともいえる。でも、だからといって、なにかあってもそう簡単に死なないものだとも知っている。シェルターが広がることで、そのすれすれ感みたいなものが人と人との関係のなかに生まれるとおもしろいかもしれないですね。

宮下 狭いシェルターのなかで身体を縮こまらせて生きているなって気づいたら、このくらいなら死にやしないんじゃない?っていう「このくらい」が広くなっていくと、生きやすくなるかもしれないですよね。多様な状況や様態/容態がバラバラに存在しながら、その存在を照らし合う場、みたいなものがうまれえるような気がするんです。許し合う場、ではなく照らし合う場、ですね。

(了)

国立ハンセン病資料室編『一遍聖絵・極楽寺絵図にみるハンセン病患者 ~中世前期の患者への眼差しと処遇~』図録では、画面左手で、踊り念仏を見学する群衆の「両手に下駄で「いざる」の人は障碍者、覆面の2人組は「癩者」」なのではないかと指摘されている。画像)国立国会図書館デジタルコレクション「一遍上人絵伝」第7巻より。

バラバラな個々のスケールを宿す複雑な場(宮下美穂×佐藤李青)

対談シリーズ「表現をめぐる小さな哲学〜小金井アートフル・アクション!の現場より〜」の第3回はNPO法人アートフル・アクション!の宮下美穂さんとアーツカウンシル東京の佐藤李青の対話(前半)をお届けします。いったい、どのような「哲学」がそれぞれの現場には込められていたのか? 小金井の事業の立ち上がりから伴走してきた佐藤と、現場の思考の一端が語り合われます。

話し手のプロフィール
宮下美穂(NPO法人アートフル・アクション!事務局長)
佐藤李青(アーツカウンシル東京プログラムオフィサー)

(構成:大谷薫子/写真キャプション:宮下美穂)

バラバラな個々のスケールを宿す複雑な場

佐藤 ここのNPOの活動にコアに関わっている人は、何人くらいいるのですか?

宮下 ほとんどいないです。ここのNPOにスタッフとして関わってくれている人たちも、ほかのNPOなど、別に仕事をもっている人もいますし、ここのほかに幾つかの活動場所や仕事をもっていて、参加できることや時間があるときに一緒に活動する人が多いですね。
プロジェクトの運営にしても、たとえば小学校で絵を描くワークショップをやるときにはイラストレーターや絵描きが参加したり、大きな構造物をつくるときには建築家が手伝いに来たりします。学校のワークショップには関わらなくても、手仕事が得意な人などは、いろいろなマーケットを自分たちで立ち上げて、手芸品や焼き菓子などを売り買いする「いいとこ日曜市」というとてもリベラルな場を自らつくっていたりします。

佐藤 雑多な植物が育つ畑っぽいですね。絶妙なバランスで生態系が成り立っているというか。

宮下 私、もともと造園、ランドスケープデザインを仕事にしているんです。多様な生物がひとつの敷地、エリアのなかに生息するためには、雑木の斜面林や田んぼ、土の畦道、氾濫原、湿地、草地、小川が流れている、いろんな要素があるということが必要条件なんですね。景観としても、同じ植物が一面に機械的に植わっているより美しいです。そこにあるのは、ある種の複雑さ。多様というより複雑さ。そして、作為的でないバランス/均衡がある。そんな情景とも通じる気がします。

佐藤 なにかの活動を共にしようとするとき、時間の感覚や物事に向き合う態度に対する共通のスケールのようなものをつくっていくのは大事なことだと思うのですが、それが規格的に揃ってしまうのもよくない気がします。揃えたほうが物事を早く進めやすいし、社会的に求められるスケールにも合わせやすい。
でも、宮下さんがつくる場は社会的なスケールに合わせつつも、個々人のスケールの伸び縮みを大切にするというか、むしろ、それがバラバラであることが社会的なスケールだよね、ということを提起しているように思うのですが。

宮下 数少なく意識していることのひとつは、私の言っていることにNO!と言ってくれる人が多いほどチームは健全だ、ということです。つまり、それぞれの人の抱えている背景やその人らしさがもっているものは、すべからく等価で、それを盲目的にこちら側に引き寄せるのは暴力だと思うし、違っていてもわかり合うことはできる、それぞれの人の背景をもって、一緒に事に向かうゆるいゆるい集まりがいいかなと思っているんです。成果に関しても同じで、「これ」を獲得しよう、という単一の目標を設定することは大人の場合も、子どもの場合もしません。

偏在するコモンズ、日常と地続きにある表現

佐藤 周りの大きな流れに同調していなかったり、正反対のことをしていたりする人がいても、それを保障することによって場全体の空間が成り立っている。まさに民主主義ですね。

宮下 それはすごく大事ですよね。
ここで「のはら1号」という移動ミュージアムをつくったんです。野原って、野っ原のことですけど、台車がついた箱で、扉を開け、テーブルをはね上げると、そこが展示スペースになるんです。引き出しもついています。そこに自分が描いた絵を飾ってもいいし、歌ってもいいし、紙芝居をしてもいいし、そのあたりに咲いているお花を飾ってもいい。ようは人が表現することとか、誰もが思い思いに存在するということが肯定されるべきだという思いを「のはら1号」には託しています。

「のはら1号」はいろんな活動に出かけて行く。出た先で大人も子どもも活動に熱中している間、見守り隊のように優しい佇まいでそこにいる。活動ごとに違う内容が展示され、違う表情となる。

昨年はいろんなところに「のはら1号」を引いて出かけたんですけど、その場所、場所でそれを人が取り囲み、ささやかなコモンズ(公共圏)が生まれました。点在、偏在するコモンズですね。いま、あらゆることが所有で語られますが、どこにも属さない「野原」みたいなものが移動し、所有、非所有の境界線を緩くすること、揺さぶることで、遍在するコモンズのイメージをまちの中に生み出せたらいいなと思っています。
「のはら1号」にはメインプランナーがいるのですが、その彼が不在のときに、腕に覚えのある人たちが「のはら1号」に歩み寄って、「こういう窓があったらいい」とか、「引き出しにストッパーがあるとどうだろう?」とか呟きながら拡張させていったんです。そのときも「これはウケてくれるかな?」とか、「これは嫌がるかな?」とか、不在の彼のことを慮りながらね。この人たちの振る舞いも、ささやかなコモンズでした。

第四小学校のワークショップでは、活動中に生まれた子どもたちの作品を、その日が終了するごとに「のはら1号」に展示をしていった。最終日には子どもたちと一緒に屋外に出る。「のはらくんを引きたい人?」と声を掛けたら、たくさんの子どもたちが手を上げてくれた。

佐藤 「バラバラ」であることに目を向けるためにも、一人ひとりが変わっていくことにフォーカスすると、場の規模はおのずと小さくなりますよね。顔が見えるくらいの適度な近さをもった場をつくることも、小さなコモンズをつくることにつながっているのかなと思います。
「想起の大遠足」に参加して、これは遠足であることが重要なんだなって思ったんです。
象徴的だったのが、「遠足だからやっぱり記念写真だよね」って、みんなで階段に並んで、途中で写真館のおじさんに写真を撮ってもらったじゃないですか。でも、その写真が見事にピンボケしていた(笑)。遠足の最後の日、スタッフや参加者みんなでその写真を見ながら笑い合ったことがとても印象的でした。
たとえば、あれが「演劇の公演です」って、きちんとした枠組みと仕立てがあったら、笑いは起きなかったと思うんです。失敗になってしまうから。日常と地続きの枠組みである「遠足」という設定の妙ですね。誰もが一度は参加したことがあるだろう「遠足」を通してみんなが一日を一緒に過ごす、そのことでプログラムを仕掛ける側と参加する側に生まれた関係性がなければ、あの笑いは生まれなかった。
遠足は出し物の精度ではなく、みんなでどこかに行く、その過程が目的にもなりますしね。それがなんだか小金井の現場らしいなと思いました。

宮下 別に私、ピンボケしてくれと言ったわけじゃないからね(笑)。
「想起の遠足」のディレクター、アサダワタルさんとのここでの3年間の活動も、私たちそれぞれの人生や暮らしのなかに表現があったり、生きることのなかに真実があったりすることを大事にしたいと思いながら続けてきました。そのときの表現とか真実は既成の価値や評価軸で言ったら、こぼれ落ちるかもしれない。でも、常にはっきりした目標や成果に応えていくことで、ほころびとか、柔らかいものとか、曖昧さが削がれてしまうとしたら、人間という生き物としてもったいないですよね。

想起の遠足の中のプログラム「いつかの通学路」で、ランドセルを背負いながら夕暮れの通学路をみんなで歩いた。大人もいろんなことを思い出した。じゃんけんで負けたらみんなのランドセルを持って帰る遊び、やったよね。その記憶から、当時の子どもたちの関係や街の様子、家に帰ってからの出来事まで、連綿と思い出した。
「想起の遠足 本町小編」。家族や保護者に聞いた通学路の思い出を、即興で設えられた縁台にせき立てられるように登って、アサダワタルさんのギターと歌、松村拓海さんのフルートに合わせてラップのようなプレゼンテーション。田んぼの脇でカエルと出会った、お友だちが肥溜めにはまった……まちの風景は違うけど、同じように学校に通っていたんだな。

「小金井と私 秘かな表現」に参加してくれたみどりさんは、事後のインタビューで、市民が公募で参加したんだから、事務局がなにかしてくれるのかと思ったら、なにもしてくれない。「えー?なにこれ」って思っていたら、どこかの段階で、「ああ、自分がやらないとダメなんだ」と気づいた。そしたらいろんなことができるようになったって話してくれました。
「小金井と私 秘かな表現」は、一応、3年間という手続き的な会期は終わりましたが、この活動に参加してくださった方々は、街をネタに独自の活動を独自で自在に始めています。小学生の参加者もいますが、相手や状況にさりげなく配慮し、熟慮し、決めごとをゆるくずらしながら事を成していく姿は、とても成熟していると思います。

問いを続けること、そのこと自体が生きること

宮下 パウル・ツェラーン(1920年〜1970年、両親を強制収容所で亡くしたユダヤ人の詩人)の詩を題材にした作品を幾つもつくっているアンゼルム・キーファーというドイツの美術家がいますよね。私、なぜ人は表現するのか、人にとって表現とはなにか、ということを永らく考えているんですけど、『翼ある夜 ツェランとキーファー』(みすず書房)という本を読んでいて思ったんです。キーファーにとって、「自分が生きている人生をかけてツェラーンが何者であるかを知りたい」とか、「ツェラーンの詩を読み解きたい」と願うことと創造することは同義であったんじゃないかと。
それは自分なりに物事を理解していく営み、すなわち生きるということをどうつかんでいくか、ということだとも思うのです。ものをつくるという行為を通じてなにかを理解する、獲得するみたいなことはすごくあるのかなっていう気がする。それは、言語化できない「なにか」ですけれどね。

佐藤 表現するという行為や、それに向き合う態度が大切だろう、と。こういう話をすると「アートは非合理的なものだから」とか、「それがアートのやり方ですね」とか、「プロセスが大事なんですね」といった言葉を投げかけられることがよくありますが、それには若干の違和感があります。 
あたかもアートをやる人たちはめんどうなことを選んでいる人たちみたいに思われる節がありますが、自分にとって知りたいこと、希求していることに向かうために最適な方法としてそれを選んでいるという意味で、かなり合理的だと思うんです。むしろアートってめんどくさがりの人がやっていることも多い気がします(笑)。回り道をしているようで近道をしている。

宮下 問いと答えが一対一対応で、問いには予め答えがあるということに疑いをもたないと、造形をしたり、表現をしたりする行為は厄介でわかりにくいなって思うかもしれないですね。それは問いと答えどころの話ではなくて、そこにある真実、そもそも真実ってなんなの?っていう問いを続けることにつながりますよね。この、問いを続けること、そのこと自体が生きることでもあるのかな。
ツェラーンの詩に対する畏怖や愛や尊厳から、キーファーはつくるということを通じてそれを体験し、理解しようとしたと思うのだけど、人がなにかを理解する手続きとして理にかなっている方法とも思えるんです。
本来の意味で「理に叶うこと」と考えると、合理ということも矮小化されている気がします。近代から現代にかけて、目先から見て無駄だと思われるものを力技で剥ぎ取っていって、暮らしの場がどんどん痩せ細っていったんでしょうね。

佐藤 そういう見方を獲得するためには、そもそもの価値転換が求められるような気がします。視点を変更するようなきっかけが必要なのかもしれませんね。

宮下 よその市の学校のワークショップのときに、船をつくりながらある子どもが「北朝鮮、うざいよね」と言ったと聞きました。むずかしいですよね。その子自身の経験からくる発言でもなく、メディアか大人の影響かと思うんですけど、飛んで来た球を打ち返すだけで、そこに何が潜んでいるのかをさまざまに考えてみるということが減っている気がします。
今年、市内の小学校でやった匂いや音を描くというワークショップは、たとえば焼き魚の匂いがしたから「魚」を書くというのではなくて、魚の匂いそのものを描いてみるというもので、子どもたちに抽象的に考えるということを体験してほしいと考えました。

グラウンドで音や風、匂いを感じて戻ってきた子どもたち。そのときに採取した音をもう一度聴きながら、一人の内省からグループで経験を共有し合いながら描く。机の上だけでなく、全身を使って床の上で。
具体的な太陽や芝生が登場するとグループのなかで「それは違うよ、見えたものを描くんじゃないよ」「感じたそのままを描くってどういうこと?」という言葉のやりとりも聞こえた。

市内の別の小学校でやった自画像を描くワークショップのときも、私たちが考えたのは、アウトプットとしての顔の絵ではなくて、裸の自分と向き合わなければいけないという状況に子どもたちが否応なしに出会う場をつくることにありました。このワークショップでは、しばらく自画像が描けない少年がいて、このままでは展示のときに一人だけ白紙になってしまう、それではかわいそうだと周りの大人は心配しましたが、私は白紙の自画像もすばらしいと思ったし、自画像が描けないということがなんであるのか、ということは深く考えるに足ることだと思っています。小学生でも体験を抽象化して、自分を相対化して見る経験をすることは可能だし、大切だと思っています。

佐藤 描くことではなく、描こうとすることによって見え方が変わる。たしかに、その態度が大事ですよね。
たとえばTARLの学校の成果を振り返ろうとすると、ついつい「(受講生は学校の経験を経て)なにか実践できたか」といった具体的な経験、つまり実績に目を向けてしまいがちです。もちろん、実践はとても大切です。でも、まだやってはいないけど、やろうという意思をもっている、なにかをしようとしている態度がある限り、物事の見方も変わるし、人との出会い方も変わっているんだろうと思います。そういうことに宿る価値も見落としてはいけないなって。このまえ、ひさしぶりに受講生と再会する機会があって、それに気がついたときに反省しました(笑)。とてもとらえがたく、ほかの人とは共有しがたいものかもしれませんが。

宮下 成果は問題にしないということではありませんし、プロセスがよければいいと言うつもりもないのです。昨今のプロセスが大事という議論にも問題を感じます。階段を登るというイメージがあると、因果になってしまいますが、そのイメージを外すと、プロセスと成果は一方向のベクトルではなくて、たとえば成果からプロセスを見直すことで第3の解釈や別の道が見つかるということもあるかもしれません。
ひとつをクリアしたら次に進むという階段上る方式より、ときに降りてみる、踊り場で佇んでみることで、隣のビルに移るハシゴを掛けられるかもしれない。

学ぶこと、生きること、ただそこに居ること

佐藤 そもそもの宮下さんの行為や態度が現場に作用していることもある気がしますが。

宮下 どうでしょうね。ワークショップをしに外に出ても、誠実さ、あるいは他者への好奇心みたいなものがあればいいし、参加したその人がその人として、その場なり、参加者、子どもなりに寄り添ってくれたらいいって思っていて。
かがわ工房という施設に、去年まで造形のサポートとして行っていましたが、役割があるんだかないんだかわからない感じでぷらぷらしていました。「今日は大きい絵を描きましょう!」なんて言って床に大きな紙を置くと、そこに寝転んでちまちま描いている人がいるかと思えば、ほかの人が描いているところに割り込んで侵食して描いていく人もいたりしてね。一見すると無為な時間だけれど、とても高密度な人の営みがある。そこにわかった顔をして介入したり、指揮をとったり、意味を外から付与するのは、人に対するマナー違反って感じがするよね。
どうしてもね、よいことをしているのだから、彼らは幸せに違いないと思いたいし、出た先で手伝いたくなってしまう、教えたくなってしまうのは情としてよくわかる。でも、その度に「教えないでください、誘導しないでください」って私からさんざん言われて、最初はずいぶん戸惑ったと言う人もいます。「ただそこに居るって、けっこうハードル高いんですね」と。でも、私自身はその戸惑いとか、おののきのほうが大事だって思っています。
説明したり、働きかけたりしていくこと、これが正解だとある方向に引っ張ること自体が、浅薄な感じがすることもあるし、よく見ることとか、よく聞くこと、心を開いて、その場で起きることを湯水のように受け続けることがひっくり返してみると、ある種の能動性につながるみたいなことがあるのかなって。それは湯水のように浴びたから、(インプットしたから)次に能動的になるということではなく、湯水のように浴びること自体にある種の積極性、能動性が宿っているはず、ということです。受動ー能動という単純な二項の問題でもない。手を出して手伝うことをせず、そこに佇むことによって、スタッフにもとても大きな気づきがあると思うんです。手伝うという関係性に陥るとそれは見えなくなってしまうけれど。

佐藤 宮下さんのお話は、常になんらかの価値転換を要求してくるように感じます。教えるー教わるもそうですし、大人—子どももそうですし、表現者—鑑賞者もそうかもしれない。

宮下 私の子どもがまだ赤ん坊だった頃を思いだすとね、私が子どもを抱いているようで、私のほうが抱っこされていたんだなっていう記憶があります。大人って常に教える側ではないし、子どもから学ぶことはとても多い。学ぶっていうことも深く考えたいことですよね。
人にとって表現するということは、私自身は生きるために不可欠だと思うんですけど、人間にとって表現するということはどういうことなんだろうということを、その場、その場で考えられたらいいなって思います。そして、ささやかでもふう変わりでも、なにかを試みる時間が生まれるといいなと思っています。

後半につづく)

その人自身の地下水脈で何かが醸成され、育まれ、全体としての自分に出会う(宮地尚子×宮下美穂)

対談シリーズ「表現をめぐる小さな哲学〜小金井アートフル・アクション!の現場より〜」の第2回は、前回に引き続き、精神科医の宮地尚子さんとNPO法人アートフル・アクション!の宮下美穂さんの対談(後半)をお届けします(前半はこちら)。人と人との関係のありかたは、どうあるべきなのか? 表現のもたらす意義とは何なのだろうか? 前回の対話に続いて、話題はより深まっていきます。

話し手のプロフィール
宮地尚子(精神科医)
宮下美穂(NPO法人アートフル・アクション!事務局長)

(構成:大谷薫子/写真キャプション:宮下美穂)

その人自身の地下水脈で何かが醸成され、育まれ、全体としての自分に出会う

宮地 ワークショップをやると、その成果を報告書として出さないといけないじゃないですか。でもそこで報告されることって、短期で表面に見えてくる成果の話ですよね。もちろん、表面的に見えることも大事だけど、心のなかで起きているいろいろなこと、誰かとの関係のなかで起きること、そのときには感じないんだけど、別の場所や時間に及ぼされる影響とか。小金井の活動というのは、そういう見えない水脈が地下でどんどん広がっていく動きのような気がしています。

宮下 ここにはいろんな関わり方をしている大人がたくさんいますが、その一人ひとりのなかに流れる水脈、関わり合う人と人の間に流れる水脈が動いていることを感じます。この間も、「描いた絵は作品として壁に飾らねばならない」といった、伝統的な美術教育を受けてきた人が「この場所に来て、やっと描くということの広がりを感じました」みたいなことを言っていたり。
だから、自明だとみんなが思っている既存の方法論やルールだけに縛られるのではなくて、時間がかかってもいいから、いつ地上に水が出てくるかわからないけど、その人自身の地下水脈でなにかが醸成されて、育まれて、全体としてのその人に出会えるといいですよね。
考えてみれば、小学校にワークショップに行く場合でも、大人たちとなにかをつくる場合でも、それぞれの人の表現や創造というのはワークショプによってのみ生まれるわけではないですね。すでに彼らの存在自体はワークショップの有無に関わらずそこにある。そのことを私たちは丁寧に感じて、彼らが持っているものに私たちが沿わせてもらって、乗せてもらって、お互いに事が始まるような、丁寧な言葉にならない対話が必要な気がします。気をつけないとワークショップの場では、はい、教えてあげます、授けてあげます、こっちに素敵な世界があるよと、あたかも誘導するようになってしまう。それはなんだか高みから見下ろすようになってしまって、少し苦しいですね。

宮地 宮下さんは子どもに対して、あまり褒めたりしないですよね。私は子どもたちと一緒になって床に座って絵を描いているうちに煮詰まってくると、横の子が描いているものを見てインスピレーションをもらうんです。そのとき、それ、面白いね、なんて褒めたりするんだけど、それをあまりやると宮下さんのやりたいことと違ってくるのかなって。
声をかける、かけないというのは、臨床の感覚とも似ていると思うでのですが、たとえば固まっている子に声をかけたほうがいいのか、かけないほうがいいのか、そこは難しい距離感。正しい答えなんてないんでしょうけど、わりと意識的に言わないで静かに見守ることが多いのかなって。

宮下 褒めるということの良し悪しというより、褒める人=ある種の評価を下す人という力関係に陥ってしまうとしたら、少し危ない気がします。相手が子どもであっても、もちろん大人でも、自分以外の人の選択やこうしてみたい、という意思を尊重し続ける距離をお互いに維持することは大切だと思います。褒めるって、なんとなく、あなたの価値を私はわかっていますよ、みたいな感じがするときがある。
最近はワークショップの場では、どれだけ私たちがほかの人から学べるのか、ということを考えます。なにかを一緒にする過程を通して、あなた自身がかけがえのないあなたである、ということを、アーティストも含めて、それぞれが見つけることのできる機会であればいいと思っています。それは平場なんですよね。ヒエラルキーはいらない。だから、大人が褒めたり、一方的に誰かのワンダーランドに引っ張ったりしていく必要はない。見えにくいパワーゲームのなかに無意識に引きずり込まない誠意は、アート、などということを標榜するうえで絶対的に必要なのかなと思います。

ものをつくること、空虚さに寄り添っていくこと

宮地 さっき宮下さんが言われた宙ぶらりんの状態を持ちこたえるとか(前半「曖昧さ、儚さのなかに佇むこと」参照)、その人の営みにおいて、表現というのいったんは拡散していくんだけど、どこかで凝縮しなくてはいけない。結晶というと綺麗すぎるから、凝縮って言ったほうがいいかな。その凝縮がいわゆる表現ということになるんだろうなって思うんです。でも、凝縮される瞬間っていうのは、人によって違いますよね。

宮下 ええ、瞬間も違うし、形態も違うし、求め具合も違うと思いますよね。私は、人って生き延びるために表現が必要だってずっと思っているんです。つまり、その人がその人として生きていくのを支えるのは、ひろい意味での表現なのではないかって。「その人がその人として生きる」ということが本当にどのようなものであるのかは、社会が決めることでも、決定版みたいなものもなくて、その人自身が日々の営みの中で凝縮したりほぐしたりしながら、ゆらぎながら繰り返していく中にあるのかなと思っています。
ですから、子どもの頃の体験で、学校の授業で絵が下手とか、歌うことは苦手とかいうことを刷り込まれて、私は絵が描けない、歌は苦手、ダンスなんて恥ずかしい、と固まっちゃう大人になるなんてことは、やめたほうがいい。自分が自分でいることに、上手いも下手もないですよね。それから、「表現」を、絵や歌、物語、ダンスみたいなジャンルに分けること、既存のジャンルに当てはめることもないと思っています。

宮地 人間っていろいろなものを抱えながら生きているじゃないですか。解決できないどうしようもないこととか、すぐには決められないこととか。そういうものを抱えながら生きていくしかなくて、そういうときに、体を動かしたり、ものをつくったり、表現をすることが、非常に重要になってくると思います。答えは出なくても、そうした漠とした時間をやり過ごすためだけでもいいし、自分のなかにある「言葉にできない」とか、「言葉にしてもどうしようもない」という思いを少しでも出してみる、そういうことがとても意味があるような気がします。

宮下 私、美大を卒業しましたが、絵が上手だったわけでもなんでもないんです。けれど多感な18才(笑)は、強く感じる空虚さに対して、ある日、ものをつくるということは、この空虚さに寄り添っていく、宙に浮く遥かな感じを抱きかかえるようなものなのだろうと思った。思ったっていうか、発見した。その日のこと、いまも覚えています。
結局、私自身は、手を動かしてものをつくる人にならなかったし、そのことから離れてしまった気がしているけど、手や体を動かしてなにかをつくる、表現をすることは、この世界と出会っていくときに私を支えてくれる、あるいはより深い宙空に出会わせてくれるのだろうなっていう予感はあります。それは外に向けたものではなく、ときに自分と向き合うためなのかもしれませんが。そのときの表現は合目的的な、課題解決ではないことはもちろん、世界を切り開いて分け入っていく衝動/希求となったり、その過程でその人でしか見いだすことのできない瞬間に出会うことにもつながるかもしれません。

宮地 ポーリン・ボスという人の『あいまいな喪失とトラウマからの回復』(誠信書房 、2015)という本があります。この「あいまいな喪失」というのは、たとえば身近な人が行方不明になってそのままわからない状態、親がアルツハイマーになって本来の姿ではなくなってしまった状態、つまりいないのにいるという状態といるのにいないという状態のことを言いますが、アートというのは、曖昧なものを曖昧なまま出せるからいいのだと書いていて、本当にそうだなって思いました。
このあいだ、私も自分のなかでモヤモヤしていることがあって、殴り描きをしていたら、あれって思ったの。頭のなかで考えていることとぜんぜん違うんだって。相手との関係にしても、相手の人間性や存在感を意識よりもっと複雑に感じ取っていて、それが絵を描くときに現れるんだなって思いました。色やかたち、質感、大きさなどとてもたくさんのファクターがありますよね。

人はただその人として、そこにいることが許されてもいい

宮地 宮下さんがいつだったか、「自分の仮説が合っているのかどうか、自分のプロジェクトを通して検証したい」と言ってましたよね。それってどんな仮説?

宮下 どのプロジェクトでも土台に常にある仮説というのは、人間は掛け値ない圧倒的な肯定というのが必要なのかもしれないってことかな。私、初めてピナ・バウシュの「カフェミュラー」をなんの知識もなく見たとき、小さいテレビのモニターで見たんですけど、掛け値ない圧倒的な肯定を感じた。そして「人って赦されていいんだ」って思えたんです。それまで頑張り続けることでなにかが得られていくんだ、頑張ることは当たり前だって思っていたけど、人はただその人として、そこにいることが赦されてもいいのかもしれないなって。

宮地 そういう意味では、呉夏枝(お・はぢ)さんのワークショップも印象的でしたね。着古した編み物を持ってきてひたすら皆でほどく。ほどいていると見えてくることがたくさんあって、それぞれの編み物がどう編まれていったのかはほどいていく過程でいちばんよくわかる。それから、私は、結局、持って行ったセーターはほどかずにほかのものをほどいて、そのセーターはほかの人にあげた。それもとてもよい経験でした。ほどかなければいけないという縛りからもほどけた。いま、ほどく時期ではない、ということ、そのままでいいというようなことが感じられました。それは赦されるからほどけていく、ということでもありますね。ここでの活動が、なにかをしっかりとつくらなければ、ということから、ほぐされる、ほどく、赦されて、ほどくことができる、そういう場や時間を共有できるものであるといいですよね。

宮下 ええ、本当にね。既成の価値とか学校の成績みたいなものを物差しにせず、たんにあなたはあなたでいいと赦され、ほどかれる感覚というのは、ある種の肯定される感覚だと思うのです。それはずっと考え続けていることです。近代的な、構築することや何かを生み出すことが正しく、停滞すること、立ち止まること、痛むことは弱さで、それは排除される、それはなんとなく違うかなと思う。人と人が出会ったり、なにかをつくったりするときに、戦いで勝ち取っていくということではなくて、そこにいること自体が、よいものであるとか、よいものにつながっていくみたいな有りようをつくりたいですね。

(了)

呉夏枝さんのワークショップ。持ち寄ったウールの着物をほどくワークショップ。手元を見つめながら、心と頭は別のところに。時折は初めて会う隣の人とうなづきあう。 ほどいた毛糸は蒸して綛(かせ)にして、また、編めるようにする。別のものに生まれ変わる。カメラを構えるのは呉さん。持ち寄った衣類の撮影。記憶とともにカルテになる。

その場に放つ、自由に預ける(宮地尚子×宮下美穂)

対談シリーズ「表現をめぐる小さな哲学〜小金井アートフル・アクション!の現場より〜」の第1回は精神科医の宮地尚子さんとNPO法人アートフル・アクション!の宮下美穂さんの対談(前半)をお届けします。これまでに何度も小金井アートフル・アクション!の活動に参加されてきたという宮地さんは、その体験を手掛かりに宮下さんとの対話を展開します。話は、具体的な現場のシーンから始まり、場のありよう、感覚や時間との向き合い方へと広がっていきます。

話し手のプロフィール
宮地尚子(精神科医)
宮下美穂(NPO法人アートフル・アクション!事務局長)

(構成:大谷薫子/写真キャプション:宮下美穂)

その場に放つ、自由に預ける

宮下 宮地さんに最初にお会いしたのは、2013年頃ですね。

宮地 そうですね。小学校でのワークショップに何度か参加したり、展示を見たり、トークに呼んでいただいたり、その都度、いろんなお話をさせてもらっています。

宮下 ワークショップごとに整理した写真があるので、それを見ながらお話しましょうか。これは前原小学校と第四小学校でやった「音の贈り物」という活動です。それぞれの学校に通う子どもたちが楽器をつくって、その楽器が奏でる音を互いの学校のお友だちに贈り合いました。

のこぎりの音、金物を叩く音、木を叩く音で教室中が満ちるなか、友だちの音を聞きあう。そのうち、工作している大音量がだんだんリズムを生んでくる。

群馬からはひょうたん、秋田からは鬼くるみ、沖縄からはサンゴの死骸、山口からは建設現場の板材、近場では学芸大の竹など、楽器になる素材を自然から集めてきて、プログラムが始まるまえ、子どもたちがそれらを加工する際に使う道具や難易度について確認をする実験を3度ほどしました。宮地さんにはそのうちの1回に来てもらいましたね。夜、暗くなってからも、王冠をカナヅチでうったり、ノコギリで竹を切ったり。

宮地 ノコギリなんて、持ったの何十年ぶりだったんですけど、いきなり切れって言われてね(笑)

日本中から集められた素材。これなんだろう?と触ってみるところから始まる。素材にバリエーションがあることは想像力を喚起する。素材の持つ力はとても大きい。
少し難しい工具は大人が扱った。見たことのない電動工具や少し怖そうな鉈(なた)。道具を使う大人の周りにはいつも子どもが集まる。

宮下 これは本町小学校での「自画像を描く」かな。

大きな紙に思い思いに自分を描く。どんどん拡張していくと、隣のお友だちの絵にも触れてくる。触れるどころか自分の描いた絵にも侵食してきたりもする。そういえば、あなたと私の境界って、どこにあるんだろう。

宮地 このときは、子どもたちに混じって自画像を描かせてもらいました。私、ここに来るときは参加者目線で、特に子どもの目線を感じてみたいので、子どもと一緒に地べたに座って。

宮下 このワークショップの初日、ゲストアーティストのいちむらみさこさんが、自画像を描くにあたって、子どもたちに自分の顔や鼻、耳たぶ、体のいろんなところを触れさせるような準備体操をしたんですが、体操が終わると、「はい、下描き終わり」って言ったことが印象的でした。下書用の紙にいわゆるエスキスとして描いて、「さあ、本番用の紙にちゃんと書きましょう」では、失敗できない!という緊張感だけが高まりますから、いいステップだったと思います。

準備体操はエスキス。体をほぐして、心もほぐす。自分の体の隅々を改めて触ってみることも、新鮮な経験。

自画像を描くためには、子どもなりに自分と向き合うことが必要ですよね。下描きのあと自分と格闘しながら描く子、伸びやかに描く子、ぜんぜん描けないで唸る子、それでも最後には帳尻を合わせて描く子、本当にいろいろでした。
ワークショップの最後は自分が描いた自画像を持って外をパレードして、学校の近所の吹きさらしの公園で、ブランコやジャングルジム、ケヤキの木などを使って展示をしました。美術館や公民館に展示したら、子どもたちはあんなに伸びやかに適当なことをしなかったかもしれないですね。

できあがった自画像をもって街に出る。少し照れながら、でも楽しそう。自分を描いた絵をもって街を歩くなんて、ちょっとすごいな。大人になったらこんなパレードはできないかもしれない。
公園での展示。ジャングルジムや立木、ブランコなどを支えにしながら、どんどん立体的になってくる。最後には公園全体が自画像に。

展示の日はとても寒くて、子どもたちもざわざわしていたし、展示の技術も素朴ではあったけれど、自分自身を外に見せる、反対に自分で自分を外側から見る、あるいは一生懸命、自分自身を遊ぶといった行為を、伸びやかに懸命にやっていましたね。

宮地 外の空気、風、温度などいろいろなことを思い出してきたんだけど、宮下さんがやるワークショップは野外が多くて、それがとてもいいですよね。いろいろな要素が入りこむなかでやっていて、とても偶発的なものが多いわけです。
それってある意味、危険も伴うことも多くて大丈夫かなってハラハラもするけど、子どもたちのサポートとしてワークショップに参加する大人たちも注意を払っているし、周到な準備と安全管理もしたうえで、子どもたちをなるべくその場に放つ、自由に預けるみたいな、その許容力とか包容力が面白いし、五感、六感、すべてを使うとても贅沢なプロジェクトが多いですよね。

自分の身体を使ってセンシングし、感覚を獲得していくこと

宮下 頭だけではなくて、体でわかっていくことって大事だと思うんです。たとえば薄い大きな板をノコギリで切るときには、最初は優しく切り始め、あとは急がず同じピッチで切り進むと綺麗に切れます。力を入れれば切れるわけではない。そういうことは体で感じて、わかっていくしかないですね。
それは大自然に行って野生を取り戻すみたいなこととは違いますが、身の回りの微妙な差異に対して自分の身体を使ってセンシングし、感覚を獲得していくことで、それはとても新鮮なことかもしれない。
そういう意味では、子どもたちの身体に新しい刺激が自然に入っていって、その刺激を受け止め、委ね、身体がひらかれてなにかを感じるようになっていくということに対して、極力、邪魔をせずに、その機会を私たちがつくるということに留めて、待ちたい。もしかしたら身体は感じないかもしれないけどね。

宮地 あと、素材にすごくこだわっていますよね。そこは子どもだからって妥協しない。色とか、質感とか、材質にわかるような違いがあって、そのことで生まれる効果というのがあるんだなって思います。

宮下 素材がもっている力はとてもおもしろくて、いろんな可能性が感じられます。たとえば重さ。重たくあるべきものを重たいと感じることはとても大事だと思っています。前原小学校での船をつくるワークショップのとき、桜の原木をたくさん使いましたが、子たちは、ああ、生の木ってこんなに重たいんだって、身体でわかったと思います。
湿って苔が生えていたり、嗅いだことのない匂いがしたりする素材というのは、たとえばビニールやプラスチックの素材と向き合うときとは違うものを感じ取ってくれたんじゃないかな。固そうに見えたけれど意外と鑿(ノミ)がサクッと木に入るとか、節は硬いとかね。

宮地 感覚記憶として一生、残りますよね。そういうところに苦労を厭わないですよね。

宮下 準備する大人のほうも、竹林で竹を切ったり、埼玉の山まで木を採りにいったりするんですけど、楽しいですよ。材料に触れている間にアイディアが出てきたり、これからやろうとしているプログラムに肯定感が生まれたりするんです。そういうことは子どもも大人も同じですね。

山積みにされた桜の木を選んで勇んで切り始める。すぐさま困難を自覚するが、手伝ってもらったり、別のかたちに転換したりと工夫が始まった。それは最初には予想もできないし、ルールもない。つくっていくことはやり直しの連続、いや、やり直しこそがつくっていくことかもしれない。
やり直しを繰り返して完成した船は野川に運ばれ、旅に出る。思い思いの場所に置いたあと、進水する。
ワークショップのあと、子どもたちはこの船で旅に出たい場所を想像して版画にした。苦労してつくりあげた船で出る旅は、ただの空想で旅をするときのものとはその道のりの具体性も違ってくるだろう。

宮地 宮下さんがやっている活動って、最初はよくわからなかったんです。わからないから参与観察的にときどき行かせてもらうんですけど、びっくりすることが多い。いきなりノコギリを渡されたりね。でも、それがすごく楽しくて、リフレッシュできる。私はふだん大学で教えていて、すべて言葉、言葉、言葉で、あらゆることを漢字の熟語にしなくてはいけないような世界のなかで、それが窮屈に思うことも多いので。

宮下 学校では国語、算数、理科、社会みたいな教科で世界がわけられ、社会ではよく「会社の顔」とか言いますけど、役割で世界がわけられますよね。入ってくるものも、出ていくものも整然と分けられて、結果として一人の人間もその人のなかでセパレート=分断されて、ひとつのホール、つまり「全体としての自分」でいられることが比較的、少ないのではないかと思うんです。
それに対して、ここの活動というのは整然とした答えもないし、答えが出ないなかで中空に浮き続けるようなケースがすごく多い。これは一体なんなんだ?って、いろんな感覚や経験を総動員して考えることが必要になる。ここにスタッフで来てくれる人でも、最初はその曖昧さ、宙ぶらりんに止まることに耐えられないという人が多いんだけど、曖昧さを拒まずにそれを持ったまま進むということがけっこう面白いかもって思えるようになってくると、セパレートされない「全体としての自分」というものに寄っていけるんじゃないかと思っているんです。これはどちらかというと、子どもより大人にとって大切なことかな。

宮地 宮下さんのワークショップに参加していると、自分のなかにある子どもが喜ぶんです。私が参加するときはそれに出会いたい、出したいというのがあります。ワークショップの最中、大人として気をつけなくてはいけないというバランスももちろんあるんですけど。
私は大学に勤める人間としては、かなり自由なほうだと思うんですけど、それでも、ああ、もっと自由に、ここまで手放してもいいのかってどこか解放されるんです。私たちが学校教育のなかで身に受けてきたいろんなものをアンラーニングする時間なのかもしれませんね。

宮下 練習してなにかができるようになろうというアプローチは、これまでここでやってきた活動には皆無かもしれないですね。繰り返して改善していくということを、私自身があまり考えたことがないんですよ。
一回で起こるそのことを信じよう、信じたい、みたいなこともあるような気がする。 それは目の前で起きていることの表層、目に見える様子が成果だということではなくて、 その一回を、生きているその人の全てが詰まったものとして受け止めていきたいということです。

曖昧さ、儚さのなかに佇むこと

宮地 ある意味、儚いですよね。終わったら撤収して、なくなってしまうという意味でも。もちろん写真とか映像で記録を残せるけど、その瞬間、そこで手足を動かしてやっているからこそ感じられる空間感覚とか、その日の天気とか、かたちとしては残らないものに切実さがある。なにか、旅と似ていますよね。そういう感覚が面白いから、私はときどき出させてもらっているのかなって感じがします。

小学校での活動風景。風に揺れたり光があったり、予期せぬ要素が場所をどんどん変えていく。子どもたちはその変化に合わせて自分の振る舞いや造形を変えていく。その一瞬一瞬が貴重な出会いのようだ。
公園中に張りめぐらせた糸の作品は、活動終了後、ハサミで切ることなく参加した大人たちが丁寧にほどき、ほぐし、糸玉にし、図工室に戻した。切って捨ててもいいのだけれど、慈しみながら図工室に戻したことを子どもたちがどこかで感じてくれることも一つの願い。

宮下 ええ、その一回のチャンスのなかで出会えることや、感じられることってありますよね。身体から力を抜いて、身構えずに、やってくるもの、入ってくる刺激、出来事を受け入れていくことで、身体や心がひらかれる感覚を得たり、経験したりしていくことが大事だと思うんです。
でもそれって一瞬でなくなってしまう儚さとか、答えや正解がないなかで宙ぶらりんになるような曖昧さを持ちこたえる態度とか技術が必要で、表現というのはそうした中空に浮いて考え続けることを支える技術、あるいはその態度そのもののような気が私はするんです。

宮地 そのときどきのワークショップに深度はあるんですけど、同時に解放された空間のなかで、いろいろな方向でいろいろなことが同時に起きていますよね。子どもたちのワークショップでも、そのプロセスに関わる大人たちが、表立って話すわけではないけど、自分のなかに抱えている問題や葛藤を処理できないまま持ちかえったり、自分なりに対処したり、 少しずつ発散したりするなかで成長もする、ということが起きているんだと思います。
こうしたことって決して子どもたちのためだけではなくて、本当に必要なのは大人のほうだと思う。でも、そういう機会もなかなかなくて、絵を描くといったら自分は下手だとか、ダンスは踊れないといった自制がはたらいて、できない。

宮下 決められた目標に向かって、リニアに階段を登っていくような道のほうが、曖昧さやとても切実でリアルな逡巡を切り捨ててしまうことが多いですよね。全体としての生とか、ホールとしての人間の存在を、どんどん削いでいってしまう気がするんです。 学校の教育は、仮に短い時間でも積み重ねていって成果を求めることやなにかを修得することを望む傾向があるんでしょうね。だからこそ時間が限られている出会いのなかでは目標とかゴールが決まっていることはせずに、曖昧さとか、儚さのなかに佇むことに宿るものを大事にしたいと思っています。子どもたちは身体的にそのことを受け入れてくれるような気もする。
その一方で、もし、時間をかけて、手触りを大切にしながら、なにかを繰り返すことが可能であれば、同じことを繰り返すことで必ず生まれるその度ごとの微かな違いを感知し、認めながら、ともに佇むことができるような活動もやってみたい。端からはなにも起こってないように見えても、そこにいる人たちには確かに感じられるものがあって、それを互いに思いやることができることもある。そういう意味で、技術習得型と言われるようなこともふくめて、いろんな可能性に対してひらかれていたいなと思います。

後半に続く)

アートプロジェクトの「体験を紡ぐ」

アートプロジェクトや作品について語るガイドツアーやトークプログラム、活動を伝えるためのメディアや場づくりなどをテーマとする連続講座「体験を紡ぐ」。2017年7月から2018年1月の間、全14回にわたって開催してきた通年の学びの様子をご紹介します。

興味・関心を共にする受講生とサポート体制

7月8日。もうひとつの連続講座「言葉を紡ぐ」と合同でキックオフ。20代から40代、前年度に開催していた「基礎プログラム」受講生や、既にボランティアや仕事で関わる方など、アートプロジェクトへの興味・関心を強く持つ10名の受講生が集まりました。ここに講座を伴走する2名のスクールマネージャーが加わり、授業のポイントや予習・課題作成のための情報提供など学びのサポートをしました。

紡ぐための準備運動

多様な実践例を知る準備運動から授業は始まりました。小金井の現場で活動中のアサダワタルさんによる、まちを歩きながら自身の記憶と風景を重ねるワークショップや、L PACK.さんによるランチタイムを利用しながらの活動紹介は、このコースならでは。授業というより現場そのものに近い体験の後に、その時間を振り返り、受講生自身の手により紡ぐアプローチの可能性を考えることで思考を解しました。
スクールマネージャーからは、紡ぐ時に意識したいポイントとして価値化・言語化・距離化・体験化・意識化というキーワードを提示。課題では、これまでに受講生が取り組んできた「紡ぐ」体験について考えてもらいながら、授業で学んでいくポイントを共有しました。

L PACK.と共に過ごしたランチタイムではコーヒーのドリップも体験

体験を紡ぐ実践(ガイドツアー編)

前半で力を入れたのがガイドツアーの実践企画。別コース「言葉を紡ぐ」の受講生を対象に、「興味はあるが詳しくない知人を連れていく」という設定で取り組みました。
横浜臨海部や横浜創造界隈の活動についての基礎知識をおさえ、〈黄金町バザール〉をはじめとする事例や様々な拠点、人に出会うフィールドワークなど、2人1組で授業外の時間も使いながら企画やリサーチを進め、プラン発表を経てブラッシュアップした5つの内容で実践に取り組みました。
(1)横浜アートプロジェクトの実践を巡る~寿町と黄金町の奏でるブルース~
(2)こがねちょう のきさきアートツアー
(3)台湾の作品と対話ツアー
(4)はけのみち散歩~横浜の土を踏む、川に尋ねる、声と出会う~
(5)横浜の間(ま)をめぐるツアー
参加者からのフィードバックを受け、振り返りも行うことで手応えや改善点を確認しました。

「こがねちょう のきさきアートツアー」の様子

体験を紡ぐ実践(紙メディア編)

後半では、ガイドツアーとは異なる複数のアプローチに取り組みました。まずは、ガイドツアー編と同じく、横浜創造界隈とアートプロジェクトを対象としながら、紙媒体を通して伝える企画を検討。影山裕樹さんのレクチャーとワークショップを通して、伝える相手を具体的にイメージしながら媒体の仕様やトーンを考えていく術を学びました。それを生かして『ウラヨコ界隈(β版)』というネーミングでフリーペーパーの原稿制作や画像のセレクト作業などに取り組み、編集やデザインのプロセスを体験しました。
また、できあがったフリーペーパーを知人に配布しフィードバックを受け、振り返りも行うことで手応えや改善点を確認しました。

影山裕樹さんによる媒体企画ワークショップの様子

体験を紡ぐ実践(場づくり:〈MOTサテライト〉編)

ガイドツアー編では受講生が今ひとつ踏み込むことができなかった、アートプロジェクトや作品そのものと向き合うということを重視しながら、鑑賞者の体験を豊かにするための各種プログラムの検討を行いました。清澄白河を舞台にした〈MOTサテライト 2017秋 むすぶ風景〉を3グループに分かれてリサーチ・フィールドワークし、会場を訪れた観客にどのような体験プログラムが提供できるのかを考え、プロジェクトを企画した学芸員の小高日香理さんにその内容をプレゼンテーションしました。企画の意図や、それぞれの作品がどのようなプロセスを経て完成、展示されているのか。またすでに行われている取り組みについても知ることで、企画への理解度や、紡ぐ立場の設定が重要になることを改めて実感する機会となりました。

〈MOTサテライト〉フィールドワークの様子

体験を紡ぐ実践(場づくり:〈TERATOTERA祭り〉編)

〈MOTサテライト〉編同様、アートプロジェクトや作品そのものへの理解を深めるための体験とは何かをテーマにトークプログラムの企画を検討。三鷹を舞台にした〈TERATOTERA祭り2017〉について語り合う場づくりをしました。ボランティア「テラッコ」として運営に関わった4名を招き、以下の3テーマで対話。受講生は担当パートごとに場のファシリテートをしました。
(1)コミュニティ
(2)祭り
(3)政治性(Neo-political)
言語化しがたい作品の魅力や、わかりにくい制作プロセス、アーティストの制作時の様子などをテラッコに語ってもらい意見を交わすことで、お互いに〈TERATOTERA祭り〉に対する理解を深める機会となりました。

TERATOTERAボランティア「テラッコ」とのトーク

体験を紡ぐ実践(自主企画・調査編)

受講生それぞれの興味を深めるために、「体験を紡ぐ」様々な自主企画や調査にも取り組みました。それぞれのテーマとアプローチを定め、リサーチを中心にした人、実践につなげるための実験をした人、実践と検証を繰り返した人、実施を前提に企画をつくりこんだ人、それぞれに修了後の活動などに生かすための可能性を探りました。

自主企画や調査の結果を共有した最終回の様子

自主企画・調査一覧

授業の内容、ゲスト情報、受講生の声などは「思考と技術と対話の学校2017 アニュアルレポート」でご覧いただけます。

<開催概要>
日程:2017年7月8日(ガイダンス)、7月15日、7月29日、8月19日、8月26日、9月2日、9月23日、10月14日、10月28日、11月11日、12月2日、12月16日、2018年1月6日、1月13日(全14回・すべて土曜日)10:15~17:00
会場:ROOM302(東京都千代田区外神田6-11-14-302 [3331 Arts Chiyoda 3F])、ノマドプロダクション事務所(東京都文京区春日2-14-9 SPICE)ほか
対象:アートプロジェクトの現場に既に関わっており自らの専門分野として言葉や体験を「紡ぐ力」を磨きたい人
料金:一般:60,000円 学生:40,000円
定員:15名程度
スクールマネージャー:坂田太郎(P3 art and environment リサーチャー/サイト・イン・レジデンス)、野崎美樹(SLOW LABELプロジェクトマネージャー/コーディネーター)

アートプロジェクトのための「言葉を紡ぐ」

アートプロジェクトを言葉にして伝えることをテーマとして、2017年7月から2018年1月の間、全11回にわたって開催してきた連続講座「言葉を紡ぐ」。通年の学びの様子をご紹介します。

多様な受講生とサポート体制

7月8日。もうひとつの連続講座「体験を紡ぐ」と合同でキックオフ。10代から50代、アートは観るだけという方から、既にボランティアや仕事で関わる方まで、多様ながらも同じ興味を持つ28名の受講生が集まりました。ここに講座を伴走する3名のスクールマネージャーが加わり、授業のポイントや予習・課題作成のための情報提供など学びのサポートをしました(後半からは、2名のエディターも文章指導で参加)。

アートプロジェクトを捉える

アートプロジェクトを伝えるためには、まず、各々の視点からアートプロジェクトを捉える必要があります。準備運動として、具体的な事例と向き合い、思考を耕すことから授業を始めました。さいたまトリエンナーレ2016で、長島確+やじるしのチームによって展開されたアートプロジェクト《←(やじるし)》を事例に議論する、日本美術史の文脈でアートプロジェクトの歴史を知る、芸術祭やアートプロジェクトに関する記事を媒体別に読み比べるなど、前半の授業ではアートプロジェクトを複数の切り口から読み解くことを試みました。

グループディスカッションの様子

現場を体験する

中盤では、別コースの受講生である「体験を紡ぐ」メンバーが企画した横浜創造界隈のアートプロジェクトを体験するツアーに参加。教室で話を聞くのとは異なり、まちを歩きながら、自分が何を感じ、何を考えたのか、能動的に対話する時間を過ごしました。中間課題でも、ボランティア体験などを通して現場に触れる機会を設け、アートプロジェクトに関わることで見えてくる視点を養いました。

横浜創造界隈のアートプロジェクトを体験するツアー

立場と伝え方を知る、見方と書き方を知る

修了課題への取り組みを見据え、言葉で伝える際に外すことのできないポイントも確認します。アートプロジェクトをどのような立場から伝えるのか。運営の担い手なのか、あくまで鑑賞や取材で訪れた外部者の立場からなのか。コロカル編集部の2人を迎えた回では、編集部員の立場になり企画書をプレゼンするワークショップも行い、編集の視点と、伝える相手を意識した上で企画を立てることの難しさ、大切さを学びました。

コロカル編集部によるワークショップ

紡ぐための言葉を知る

後半では、修了課題への取り組みと並行して、藤浩志さんから言語化できない「もやもや」に対する向き合い方、小川希さんからアーティストに向き合う姿勢などの話を聞き、言葉にすることの難しさにもふれました。

小川希さんとの対話

修了課題

修了課題では、それぞれに取り上げるテーマと伝える対象、手法(掲載媒体の設定など)を設定の上、言葉で他者に伝えるコンテンツの作成に取り組みました。スクールマネージャーと相談しながら設定を検討しエントリーシートを作成。プロトタイプの提出、中間提出のプロセスにおいては、構成や文章表現に関してエディターからも具体的な改善点のアドバイスなどを行いました。

授業の最終回では、通年の振り返りと修了課題の発表、森校長とゲストの多田智美さんによる講評を行い、18名が修了しました。

森校長とゲストの多田智美さんによる講評

修了課題一覧

授業の内容、ゲスト情報、受講生の声などは「思考と技術と対話の学校2017 アニュアルレポート」でご覧いただけます。

<開催概要>
日程:2017年7月8日(ガイダンス)、7月22日、8月5日、8月26日、9月2日、9月16日、10月7日、11月11日、12月9日、12月23日、2018年1月20日(全11回・すべて土曜日)10:15~17:00
会場:ROOM302(東京都千代田区外神田6-11-14-302 [3331 Arts Chiyoda 3F])ほか
対象:これからアートプロジェクトに関わろうとしている人・すでに現場経験はあるけれど「言葉にする力」を養いたい人
料金:一般:60,000円 学生:40,000円
定員:30名程度
スクールマネージャー:阿比留ひろみ(一般社団法人ノマドプロダクション)、猪股春香(アートマネージャー/春々堂/株式会社ふくしごと)、関川歩(Art Bridge Institute 事務局長)
エディター:上條桂子(編集者/ライター)、佐藤恵美(編集者/ライター)

表現の境界線をなくすクリエイション〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ 2017〉

近年、障害のあるなしに関係なく、多様な人々が参加できる表現の場づくりや、社会包摂型のアートプロジェクトが増えています。「アートプロジェクトの今を共有する」最終回は、〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ2017〉で総合ディレクターを務めた栗栖良依さんにお話を伺いました。栗栖さんのこれまでの歩みや試行錯誤をはじめ、多様な人々が関わることで生まれる新たな表現の可能性について、参加者とともに考えた講座の模様をレポートします。

ー人生の転機から〈横浜ランデヴープロジェクト〉のディレクターへ

栗栖さんの人生の転機は2010年。3月に右膝関節に悪性腫瘍が発覚し、骨肉腫を患った栗栖さんは、抗がん治療や手術を繰り返します。2011年4月に社会復帰をしますが、1年ほど仕事を休んだので、それまでの全部をリセットせざるを得なくなりました。退院した直後に、スパイラルの松田朋春さんに声を掛けられたことをきっかけに携わり始めたのが、象の鼻テラスで展開している〈横浜ランデヴープロジェクト〉。スパイラルと横浜市の文化観光局が始めたこのプロジェクトは、アーティストと企業、地場産業の職人をつなげてものづくりをするプロジェクトでした。たまたま地元の障害者施設と出会ったことから、施設にアーティストを派遣してものづくりをする活動をしていたところ、栗栖さんはプロジェクトのディレクターに就任します。

コーディネーターの橋本誠(左)、ゲストの栗栖良依さん(右)

ー表現活動への挑戦 〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ 2014〉

2011年、〈横浜ランデヴープロジェクト〉で行っていたことを、展示会などの形で世の中へ出す時に新たに〈SLOW LABEL〉と名付けました。始まりはものづくりでしたが、障害のある人とない人が出会うきっかけをアーティストがつくるというプロジェクトへと展開していきます。2011〜2013年までの3年間ものづくりに携わってきましたが、障害者施設で売れるものをつくることに限界を感じ始めた栗栖さん。ものづくりではなく、表現活動であれば、もっと多様な人が関わることができ、社会へその価値を伝えられるのではないかと可能性を感じていました。そして2014年〈横浜トリエンナーレ〉の開催に合わせて〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ〉を立ち上げます。プロのアーティストやデザイナーの技術と、障害のある人たちの突出した感覚や能力をかけ合わせて、新しい芸術表現を紹介するようなフェスティバルを目指しました。
〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ〉が他のトリエンナーレと大きく違うのは、発展進行形のプロジェクトであることです。フェスティバルをつくりあげる過程で、いかに人を巻き込んで意識を変えていくことができるかに重点を置いています。目の前にある課題を発掘して、それを解決して次へ向かうことで、2020年には社会に変化が訪れることを期待しているのです。そのため、当初から2021年以降はパラトリエンナーレを開催しないことを宣言しています。2021年以降は障害のある人でも当たり前に〈横浜トリエンナーレ〉に参加することができる社会を目指しているからです。

栗栖良依さん

ー人と技術を開発するプロジェクト〈SLOW MOVEMENT〉の立ち上げ

2014年の立ち上げ年は、障害のある人たちが参加したくても参加することができない環境に気付かされた年でした。障害のある人は、自分ひとりではワークショップに参加できない物理的な壁、不特定多数の人々が来る場所に行くことによる精神的な壁、さらにはコミュニケーションのツールが手話や点字など、特殊であるために情報が届きにくい、という情報面での壁があったのです。そうした課題をクリアするための人と技術を開発するためのプロジェクトとして2015年に立ち上げたのが、〈SLOW MOVEMENT(スロームーブメント)〉でした。障害のある人が舞台にあがるまで、そして舞台上でのサポートをする専門家(アクセスコーディネーターとアカンパニスト)の育成や、目が見えない人や耳が聞こえない人と一緒に楽しむための演出技術の開発を企業や個人と共に行いました。〈SLOW MOVEMENT〉として〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ〉とは活動を分けることで、横浜市を飛び出し、国内外で活動することが可能になりました。アジアでの活動のほか、栗栖さんは2016年〈リオ2016パラリンピック競技大会〉のフラッグハンドオーバーセレモニーにステージアドバイザーとして関わりました。現在は、新豊洲Brilliaランニングスタジアムを、為末大さん、株式会社Xiborgの遠藤謙さんと共に運営し、個人の身体のパフォーマンスを上げるために、フィジカルトレーナーや理学療法士と障害のある人の身体へのアプローチを研究して、プログラムを開発しています。

ー表現の境界線をなくすクリエイション〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ 2017〉

2017年、2度目となる〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ〉を、創作期間・発表・記録展示の3部構成で開催しました。創作期間には、アート作品のワークショップやアーティストが横浜市内をはじめ日本各地、また、海外を訪れそこにいる人たちとできるクリエイションを探りました。発表期間のパフォーミングアーツは規模が大きくなり、2014年からの参加者はサーカスという高度な表現活動に挑戦しています。栗栖さんがパフォーマンスについて考えるときは、表現の境界線をなくすことを意識しているそうです。障害のあるなしや種別によって分けることはせず、混ぜるようなつくりかたをしています。

ー2020年、その先を見据えて

2020年、栗栖さんは〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ〉総合ディレクター、〈東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会〉開閉会式の総合プランニングチームメンバー、日本財団〈DIVERSITY IN THE ARTS〉国際障害者舞台芸術祭のプログラムアドバイザー、3つのプロジェクトに関わる予定です。こうしたプロジェクトをつくりあげる過程で、人や環境に何を残せるのか、続けていくことができるのかということを考えながら取り組んでいます。3つの重要な場所に関わりながらも、それぞれの過程で開発した技術や人材を別のところで活かすなど、全体をうまく連携しながら活動をしていきたいと栗栖さんは語ります。

質疑応答の時間には参加者から、「2020年以降に〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ〉が〈横浜トリエンナーレ〉へ自然に入っていくために、どのような道筋を描いているか?」という質問がありました。栗栖さんは、2020年まではアート作品としての質を追求し、2020年以降は作品ではなく、活動の質を追い求めるように方向転換をしようと考えているそうです。そのために医療機関や教育機関の方とコンタクトを取り始めるなど、すでに2023年から2025年を見据えながら計画を立てているとのことでした。

2020年に向けてのビジョンを聞こうと思っていた会場の参加者からは、栗栖さんが更にその先を見据えていることを知って、驚きの声も上がりました。2020年の先へ、栗栖さんが描く表現活動や社会のイメージはどのように実現化されていくのでしょうか。この先も活動から目が離せません。

<開催概要>
「アートプロジェクトの今を共有する(第4回)」
日時:2018年2月15日(木)19:30〜21:00
会場:ROOM302(東京都千代田区外神田6-11-14-302 [3331 Arts Chiyoda])
募集人数:30名(事前申込者優先)
料金:無料
テーマ:〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ2017〉がつなぐ世界
〜栗栖良依が挑む多様性と協働から生まれる表現〜
ゲスト: 栗栖良依(SLOW LABELディレクター/ヨコハマ・パラトリエンナーレ総合ディレクター)
コーディネーター:橋本誠(一般社団法人ノマドプロダクション 代表理事)

「言葉」の文脈を繋ぎ、適切に届けるには?

「つくる」で終わらせない。ドキュメントの「届け方」を、2017年度も研究・開発しました。

近年、日本各地で増加するアートプロジェクトにおいては、その実施プロセスや成果等を可視化し、広く共有する目的で様々な形態の報告書やドキュメントブックなどが発行されています。それらは、書店販売など一般流通に乗らないものも多いため、制作だけでなく「届ける」ところまでを設計することが必要となります。

またそれらのドキュメントには、母体となる団体やプロジェクトの理念や文脈が込められています。複数のプロジェクトを抱える団体において、そこに通底する価値を広く社会に伝えることは重要です。

TARL研究・開発プログラム「アートプロジェクトの「言葉」に関するメディア開発:メディア/レターの届け方(2017)」では、アートプロジェクトから生まれた「言葉」(ドキュメント)の届け方の手法を研究・開発しました。

前年度に引き続き、本年度はアーツカウンシル東京の取り組みから「東京アートポイント計画」「Tokyo Art Research Lab」「Art Support Tohoku-Tokyo(東京都による芸術文化を活用した被災地支援事業)」を取り上げ、ドキュメントを届けるためのメディア開発(パッケージ及びレター)を試みました。特に力を入れたのは、冊子を届けるだけでなく、プロジェクトのアウトプットとして発せられた「言葉」を、より広い文脈と接続し、可視化することです。

完成|「Words Binder 2017 / Box+Letter」

先に完成品からご紹介します。本年度発送したのは11点のドキュメント(冊子8点、リーフレット形態のもの3点)です。それらを透明のボックスに納め、レターが見えるような形に仕上げました。また、今回はプロジェクトを横断した「言葉」の紹介や、それぞれの背景を紹介するようなコンテンツ(レター)も制作し、添えています。

表側(冊子が見える)/裏側(レターが読める)
レター表面。ディレクターメッセージと、各プロジェクトの概況を掲載
レター裏面。2017年度のプロジェクトから生まれた言葉をピックアップして紹介。
内容物一覧。判型も生まれた背景も異なる11種の印刷物をどう物理的に納め、言葉として届けるかが課題でした。

プロセス|届け方の改善と、臨機応変な対応

さて、完成品を先にご覧いただくと、スッと綺麗な形に仕上がっているように見えますが、その過程には様々な試行錯誤がありました。

「11種類のドキュメントを届ける」だけでも、例えばこんな課題があります。

●各プロジェクトの共催団体がそれぞれ年度末に向けてドキュメントを制作するため、印刷物としての判型やボリューム、タイトル等が発送タイミングの直前までわからない。
→サイズや紹介方法を包括できるようハード面・ソフト面双方で工夫する

●「東京アートポイント計画」「Tokyo Art Research Lab」「Art Support Tohoku-Tokyo(東京都による芸術文化を活用した被災地支援事業)」という3つの事業を横断するので、それぞれの背景が複雑。
→説明のためのコンテンツ(レター)の構成を検討する

●アートプロジェクトの「成果」をどう表現するべきか?
→各プロジェクトで「何を行ったか」はドキュメントに記載されているが、それらを俯瞰した伝え方をレター上で検討

●美しく、安全に届けるための適切な設計とは?
→前年度、配送業者側で箱を補強されてしまうアクシデントがあったので、避けたい。

こうした「どうしよう?」を前に、研究・開発チームであるデザイナー・川村格夫さん、編集者・川村庸子さん佐藤恵美さん、アーツカウンシル東京のプログラムオフィサー・佐藤李青中田一会が一つひとつの課題に取り組みました。

2018年1月、前年度の発送物を振り返り、本年度の検討をスタート。
ドキュメントの仕様や基本情報を確認しつつ、ボックスとレターの仕様を決めていく。
プロジェクト成果の見せ方について、様々なアイデアを交わしました。
今回もアーツカウンシル東京・プログラムオフィサーの手作業で発送。作業ラインや工程もデザイナーとともに開発。
300件の制作はなかなか大変。工程上の問題や、外部発注、予算のバランスも適宜調整。

フィードバック|「言葉」は狙いどおり届いた?

こうして2018年3月末、約300件の「Words Binder 2017 / Box+Letter」を全国の文化活動拠点や、研究者、プロジェクトのコラボレーターに向けて発送しました。

「資料として活用します」「この◎◎◎、興味深いですね」といったメッセージをいただきましたが、特に見た目からわかりやすく「ギフト」にしたことで、SNS上でも好評だった様子。また、届いた瞬間から「どういったドキュメントがどういった意図で入っているか」をすぐに理解してもらえ、「どう活用できそうか」のコメントも添えた反応をいただきました。

SNSで投稿いただいた内容を一部ご紹介します。

大分県竹田市の文化拠点「真抄洞 shinshodo」さんの投稿。箱から内容物まで丁寧にご紹介いただきました。全国の拠点で配架していただくのも目的のひとつ。
ドキュメントのひとつを担当いただいた福岡県在住の編集者の方の投稿。各プロジェクトのコラボレーターに他の活動を知っていただくことも大切にしています。
届け方やメッセージの編集方法に注目いただいた投稿も。

まとめ|イメージを共有しやすい「かたち」を選ぶ

前回よりも受け取った方からの反応が良かった要因のひとつには、今回の「透明なクリアケースで荷物を送る」という「かたち」が通常のギフトの配送方法に近いことが影響しているのだと思います。たとえば、実物のハコが届く以前に、ハコのイメージを説明するときには「化粧品をいれるクリアケースの大きいものです」という言葉を使っていましたが、すでにある「かたち」に手を加えることが今回のハコのデザインのポイントになりました。(前年度の配送時の経験(デザインしたハコにガムテープで補強される…)を教訓に、今回の制作の意図を理解せずとも大切に配送してもらうように、という考えもありました)。

前年度のアクシデント。デザインしたハコが配送業者によって補強されてしまった。2017年度は「わかりやすいパッケージ」を目指すことに。

また、レターの裏面には、同封したドキュメントから抜き出した印象的な言葉を配置しました。当初は、ほかのドキュメントと差異化を図るため、また各プロジェクトに横断的な価値を伝えるための独自のコンテンツをつくる案も検討していました。しかし、結果的には、各ドキュメントの要点となるような言葉を選んでひとつのメディアに配置することで、複数のドキュメントを、ひとつの発送物として送るために機能するレターとなり、かつ今後継続していく「フォーマット」を生み出すことにもつながりました。

レターの裏面に、同封したドキュメントから抜き出した印象的な言葉を配置。

いろいろと検討した結果、シンプルなかたちに落ち着いた。と、言ってしまえば元も子もないですが、この一連のプロセスからは、こうした取り組みの課題となる「コスト」面でも進展がのぞめることが見えてきました。つまり、定型の素材を使うことで調達費用を減らす、フォーマットを開発することで運用のコストを軽くする、という可能性です。そうした「かたち」は受け手にとっても理解しやすいものになるのだと思います(もちろん、きちんとした手間をかけること、議論に時間を費やすことは外せないとして)。

アートプロジェクトの現場の課題の解決や、知見の可視化を目指し、様々な課題に挑むTARLの研究・開発プログラム。今回の検証結果やこれまでの蓄積を活かし、より良い届け方を今後も考え、検証していきます。