2018年、5つの「東京プロジェクトスタディ」報告会

Tokyo Art Research Lab「思考と技術と対話の学校」にて6か月にわたり展開した「東京プロジェクトスタディ」。今回は、2月24日(日)に開催した報告会の様子をお届けします。

“東京で何かを「つくる」としたら”という投げかけのもと、5組のナビゲーターが参加者と共にチームをつくり、それぞれが向き合うテーマに沿ってスタディ(勉強、調査、研究、試作)を重ねる「東京プロジェクトスタディ」。企画や作品など「かたち」にすることは必須とせず、決められているのは初動のみ。内容や進め方は、活動を展開しながら設定していきました。5組のスタディが、半年間どのような活動を行ってきたのか。プロジェクトがかたちになる前の「種」と向き合った各スタディの変遷や断片にふれる半日となりました。

スタディ1 「東京でつくる」ということ―前提を問う、ことばにする、自分の芯に気づく

ナビゲーター:石神夏希 (劇作家/ペピン結構設計/NPO法人場所と物語 理事長/The CAVE 取締役)、スタディマネージャー:嘉原妙 (アーツカウンシル東京プログラムオフィサー)

会場に投げかけられた東京やつくることにまつわる質問に対して、「Yes」と「No」に分かれて着席し、発言しあっている様子。

スタディ1は、「東京でつくること」を入口に、参加者それぞれが抱えている課題や関心について徹底的に対話し、スタディをへて芽生えた気づきや問いを参加者一人ひとりがエッセイにまとめていきました。毎月ディスカッションと書くことを繰り返しながら、東京でつくるということ、自分とつくることの関係について思考を重ねたこのスタディでは、東京との物理的な距離もさまざまなつくり手をゲストに招き、彼らの活動をケーススタディにディスカッションを展開。ときには言葉を離れ、映像をとおして東京について考えるワークショップも行いました。

報告会では、スタディ1のメンバ―が考えた質問を軸に、会場全体で、東京について、つくることについて、思考を巡らせる時間をもちました。「あなたは東京の一部ですか?」「いまの東京はおもしろいですか、おもしろくないですか?」「あなたにとって東京とつくることとの間には関係がありますか?」などの質問が投げかけられ、Yes/No に分かれて考えを述べあうなど、スタディ1が向き合ってきたものにふれる時間となりました。

スタディ1のメンバ―が考えた「東京でつくる」を巡る問いの一覧。

スタディ2 2027年ミュンスターへの旅

ナビゲーター:佐藤慎也 (建築家、プロジェクト構造設計)、居間 theater (パフォーマンスプロジェクト)、スタディマネージャー:坂本有理 (アーツカウンシル東京プログラムオフィサー)

スタディ2の発表の様子。勉強から実践への展開を表すシーンでは、「ひとつには彫刻という概念とその拡張について、もうひとつにはミュンスターに対しての東京(そしてそこにおける公共空間)について、このふたつをどちらも手放さず生かしながら次の段階へ進もうと思う」
という言葉を背景にパフォーマンスが進む。

1977年よりドイツのミュンスターにて10年に1度開催されている「ミュンスター彫刻プロジェクト」。スタディ2は、次回2027年に同プロジェクトに招聘されることを目指し、勉強やリサーチを重ねました。報告会では、活動のプロセスやエッセンスをパフォーマンス仕立てで紹介。ナビゲーターとミュンスターとの出会いからはじまり、村田真さん(美術ジャーナリスト)、小田原のどかさん(彫刻家)、今和泉隆行さん(空想地図作家)らをゲストに「ミュンスター彫刻プロジェクト」や「彫刻」について学んだこと、彫刻の概念やその拡張など議論したテーマにもふれていきます。

「東京藝術大学美術学部の前身となる東京美術学校が開校した1887年から2027年までの間10年ごとに、東京のまちなかに公共彫刻を設置する『東京彫刻計画』というプロジェクトがおこなわれている」というフィクションをベースに、都内に点在する彫刻をマッピングし、実際に歩いてみてまわった経験をへての気づきや問い、さまざまな文脈で設置された彫刻についてのエピソードも織り交ぜながら、「彫刻とは何か」という問いを巡る思考の変遷を辿りました。

「このスタディは必ずしも一つの答えは導きだしていない。それぞれの参加者の視点から、彫刻に興味をもち、彫刻を媒介として、それぞれが思考しているのです。可能性は無限大。刮目せよ! 旅はまだ始まったばかりなのである。」という台詞でパフォーマンスは締めくくられた。

スタディ3 Music For A Space—東京から聴こえてくる音楽

ナビゲーター:清宮陵一 (音楽レーベルVINYLSOYUZ LLC 代表/NPO法人トッピングイースト 理事長) スタディマネージャー:大内伸輔 (アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー)

スタディ3のメンバーの「人生で最も影響を受けた曲」を眺めながらふりかえっている様子。

音楽産業と公共空間における音楽のあり方や融合の可能性を探ることを目指し、さまざまな角度から音楽に携わるゲストを招きディスカッションを重ねたスタディ3。「人生で最も影響を受けた曲」を紹介し、エピソードを話し合った初回にならい、まずは会場全体で、人生の一曲を付箋に書いて貼り出すところからはじまりました。ゲストゆかりの場所を訪れながらおこなわれた全11回のスタディについて、「経済活動」「社会活動」「実践」「消費」の4点からなる座標軸をもちいてふりかえりました。

スタディ3の活動で試行した座標軸。

後半のディスカッションでは、スタディをとおして4つの座標でいまの音楽業界のあり方と向き合ってみたけれど、経済活動と社会活動をいったりきたりしていたりと、どちらか一方だけということではなく、それぞれの座標がクロスしたりまざりあったりしていることもあるのではないかという対話もなされました。参加者からは、自分が知っている音楽の体験はまだまだ狭かった、ステレオタイプだったなど、スタディの感想が話されました。

スタディ4 部屋しかないところからラボを建てる—知らないだれかの話を聞きに行く、チームで思考する

ナビゲーター:瀬尾夏美、小森はるか、礒崎未菜 (一般社団法人NOOK)、スタディマネージャー:佐藤李青 (アーツカウンシル東京プログラムオフィサー)

みなでテーブルを囲み対話を重ねるスタディ4。対話の要素を板書する様子なども含めて普段の活動風景を再現しながら展開した。

スタディ4は、メンバ―それぞれの関心をもちより、いっせいに調べ、それをまた共有し、反応し、価値化する活動をおこなってきました。「聞くという行為にはかならず相手がいます。相手が語ったことを聞く。そこで一度編集が入ります。共有する場で語り直す。そしてまた編集が入る。そのことを恐れるのではなく、編集がかかってしまうことを前提にしたうえで、うまく共有する仕組み自体を考えられたらおもしろいのではないか。それは、チームで思考する態度やあり方を共有することから始められるのではと考えました」とナビゲーターの瀬尾さんは語ります。

思ったよりもできなかったことは「聞く」ことだったといいます。語り手に会いに行く筋道(アポイントメントの取り方)、聞いたあとどうするのか(アウトプット)が未定だったり、親密な相手に聞くことで関係性が変わるのではという恐怖感が先に立ってしまうという状況もおきていたとのこと。「まずはとにかくおしゃべりして、『聞くこと』をはじめるために必要なものを考えていきました。そうしたなかで、活動が公的なものとなるような仕組みをつくろうという方向性も出てきました。」とファシリテーターの小屋さんはいいます。

繰り返し一緒におしゃべりしたことで、だれかの関心事が身体にしみついて、変わっていくといったように、ラボで話したことが徐々に実装されていき「聞こえる身体」になった感覚が芽生えていったようです。互いの言葉を聞き合いながら、いま東京にある問題系や関心事を知り、そこから誰かに話しを聞きにいき、また戻ってきて、共有することを試みながら、その価値を読み深めていく。東京という大きな都市の片隅に、既存の答えを求めるわけではない、余白のような場を立ち上げていく過程が紹介されました。

活動日に話されたことを内部共有用として「ラボ通信」にまとめ、話したことを定着させていった。ふりかえりのためのツールとしても活用された。

スタディ5 自分の足で「あるく みる きく」ために―知ること、表現すること、伝えること、そしてまた知ること(=生きること)

ナビゲーター:宮下美穂(NPO法人アートフル・アクション 事務局長、スタディマネージャー:佐藤李青(アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー)

スタディ5の活動風景を紹介している様子。

3名のゲストアーティスト(揚妻博之さん、大西暢夫さん、花崎攝さん)と直接対話したり、作品制作の過程にふれながら、自分自身の表現やリサーチを深めていったスタディ5。さまざまなワークショップを組み込みながら活動が展開されていきました。たとえば、2人1組でひとりが目隠しをし、パートナーに連れられて音をきいたり、匂いをかいだり、周りが見えない状態で空間を経験する「ブラインドウォーク」。ほぼ初対面なのに身を預けなくてはならず、普段はしない経験だったと参加者は語ります。その他にも、演劇のメソッドをもちいて演じてみたり、ひもや竹の棒などささやかな道具をつかって身体の拡張や人との距離を意識するよう身体を動かしてみたり、詩を書いて朗読したり、他者の呼吸や間合いを意識するようなことも。野宿の経験をエッセイにしたり、身近な人を写真に撮ってくるという宿題が出たこともありました。

その宿題をきっかけに、そんなときに思い浮かぶ「身近な人」がいないと気づく人もいたとのこと。表現をするというのは、こんなにも自分のことをさらけだすんだなと、その辛さがわかったとある参加者はいいます。ときには参加者からの問いかけにアーティストが答えに窮することもあったそうです。そんなときは、次の回でまたそのことについて、アーティストと参加者が対話を重ね、連続して展開されるスタディならではの関係性が育まれて行ったようです。「表現はアウトプットがすべてとは思っておらず、表現することによってまた新しい何かがはじまると思っている。」と宮下さんは語りました。

スタディ5の活動をふりかえりながら各回の様子や感想を述べあっている様子。

報告会の最後には、「この5つのスタディが、新たなプロジェクトにつながっていくのか、そうでないのかはわかりません。そうした明解ではない困難さが、新たなことを生み出そうとするスタディならではなのだと思います。みなさんは、スタディをとおして自分たちの立ち位置を探る。そしてその基点から、さまざまな方向に、表現と向き合う入口を探していくような時間を過ごされたのではないかと感じました」と森校長が締めくくりました。

半年間のスタディをへて生み出されたものとは何だったのか。TARLでは、それぞれの活動の展開を今後も見守っていきたいと思います。

執筆:坂本有理 
撮影:川瀬一絵

物語から女性像をたどる―現在のイメージをとらえ直せるか

4回目を迎えた対話シリーズ「ディスカッション」。今回は「物語から女性像をたどる―現在のイメージをとらえ直せるか」と題して、1月16日(水)に俳優、美術家の遠藤麻衣さんと、日本文学研究者の恋田知子さんをゲストにお迎えして開催されました。

このテーマを選んだ理由として、今回のモデレータであるアーツカウンシル東京プログラムオフィサーの村岡宏太から、社会の中での女性像について、明文化されていないけれど共有、潜在化されているイメージがあり、それをどのように別の視点からとらえ直すことができるのかに着目したと説明。さらに、「遠藤さんの作品は女性像の新しい解釈に挑んでおり、その遠藤さんと言葉を交わす中で、女性や性を古典や人類史の観点から見てみてはどうだろうか、という話になりました。そこで、日本中世文芸の研究を専門に行っている恋田さんをお招きして、現在の女性像というものは日本の文化に根ざしたものなのか、それとも近代化以降のものなのかを考えられる内容にしたいと思いました」と今回の骨子を述べました。

最初は恋田さんのお話から。『異界へいざなう女 絵巻・奈良絵本をひもとく』(平凡社、2017年)という著書もある恋田さんは、室町時代から江戸時代中期にかけて制作・享受された短篇物語「お伽草子」の中でも、「女性が蛇に変化する」話を取り上げました。「能や物語などの中世文芸では、女性が蛇に変化する話が多く、とくに仏教説話では女性の嫉妬心や執着心の象徴として扱われていました。女性を穢れたものとみなす当時の仏教において、蛇への変身はそうした思想の反映でもありました」と述べたうえで、一般的には「安珍清姫」として知られている悲恋の物語であり、日本で最も有名な「女性が蛇に変化する」話、能の「道成寺」について解説しました。

これは紀州、現在の和歌山県日高郡日高川町の道成寺を舞台としたもので、釣り鐘の供養にあたり、女性を絶対に入れてはならないと住職がお触れを出したものの、供養の舞を舞わせてほしいと頼み込んできた女を寺男は供養の場に入れてしまいます。女はその鐘に近づき、鐘を落としてその中に入ってしまいますが、そこで住職はかつてある娘が男に裏切られたと思い込み、毒蛇となって、道成寺の鐘に隠れた男を炎で焼き殺してしまったことを語ります。果たしてその鐘の中からは蛇に変身した女が現れ、炎で自分の身を焼き、日高川に姿を消していきました――というのが話の大筋。「この話の原型は平安時代の説話集『大日本国法華験記』に載っています。もともとは法華経の教えを説くためのお話だったのですが、室町時代になって『道成寺縁起絵巻』にも描かれました」として、ここでは説話から縁起絵巻というメディアの変化に即して、話の内容、設定が変わった点を見ていきます。

「道成寺説話と道成寺縁起絵巻の相違点としては、女の大蛇への変身過程と、僧侶の遺体の描かれ方が挙げられます。この二点が変化したのは絵画と詞書による絵巻というメディアに合わせたからだと言えます。また、女の設定も人妻へと変化しており、これは能での娘という立場よりも罪深いもので、かつご利益を説くための振り幅の広さを持たせているとも言えます」。

また参考として、女だけではなく蛇に変化する男の話を『地蔵堂草紙』や『諏訪の本地』などを例としてお話しいただきましたが、男性の場合は淫欲を戒めるための一時的な変化であったり、異界往還のツールであったりすることが多い旨を指摘し、女性とは変化の意味合いが異なると語りました。

国立国会図書館蔵『道成寺絵巻』(賢学の草子) 〔江戸時代後期〕写 安珍・清姫で知られる紀州・道成寺の縁起の異本。 想いのあまり大蛇と化した女が鐘の中に隠れた僧の賢学を巻きつけようとする場面。

続いて、遠藤麻衣さん。普段はパフォーマンス作品などを発表している遠藤さんですが、自分の身体や社会的な「女性」であることから逃れられず、男女の対立をどう超えられるのかということに関心を持っていると言います。そこから女が蛇に変化する道成寺の話に興味を抱き、制作したパフォーマンス作品が『コンテンポラリーへびんぽじゃじゃりの引退』です。「私は女性が『蛇的な状態』になっているのは若くて、無敵である印象を受けました。でも人は生きている限り年を取る、そのことをどう描けるかと考えてつくったのがこの作品です。かつてヘビ女だったけれどいまは人間として生きている女性と蛇が登場し、人間の女性が過去を振り返る形でヘビ女としてパフォーマンスします。ヘビは過去から現在の時間の流れの中にいて、その時空が交差する点で合体して一人のアイドルとしてライブを行う、というものです。ダンサー、振付師の神村恵さんと一緒にパフォーマンスを行いました」。

また、2017年に発表した「アイ・アム・ノット・フェミニスト!」は、遠藤さんが夫婦で婚姻契約書をつくり、自分の結婚式をパフォーマンス作品として発表したというもの。「ゲーテ・インスティトゥート 東京ドイツ文化センターでの滞在制作だったのですが、会場ではそのときの居住スペースをそのまま展示して、さらに結婚式のパフォーマンスを実施しました。作成した婚姻契約書は実際に夫婦間で機能するようにつくりました」。男女のカップルが結婚を選択した場合、それは現在の日本の民法における婚姻制度の不平等を追認することになる、という問題意識がひとつの作品へと結実したと言えます。

2018年「コンテンポラリーへびんぽじゃじゃりの引退」(撮影:Ujin Matsuo)
「アイ・アム・ノット・フェミニスト!」パフォーマンス風景 – Festival/Tokyo 2017(撮影:Alloposidae)

ここまでのお二人の発表を受けて、事前の打ち合わせの際に浮かんだ「婚姻」「恋愛」「宗教」「物語」「蛇」「主体と客体」「女性像」「メディア」「家族」、以上9つのキーワードを村岡が提示し、それらの中でお互いに気になるものをピックアップして対話を深めることに。

まず選ばれたのは「蛇」。女性と蛇の関係について、恋田さんは「ギリシア神話のメドューサにおける女性の長い髪と蛇のフォルムなど、洋の東西を問わず、女性と蛇に共通性を見出す例は多くあります。また蛇が脱皮する生き物ということから、女性の生理周期を重ね合わる分析をしている人も。女性の体内に蛇がいると解釈している書物もあり、蛇は嫉妬や罪深さ、執着の象徴として長く扱われてきました。さきほどの仏教説話では、女性がそのようなネガティブな感情の隠喩として結びつきやすかったのではないでしょうか」と説明。

また、遠藤さんが「女性が成仏するときに男性に一度変わるという話を聞きました」と言うと、恋田さんは「法華経の『変成男子』という思想ですね。女性が成仏することは難しいため、一度男性に成ることで成仏するというものです」と応えたうえで、最近ニュースで目にした男性から尼さんになったというトランスジェンダーの方の話を紹介し、変成男子の思想は女性差別的だと言われているけれども、「男性になる」という性別越境を認めているとも解釈でき、現代でもさまざまなとらえ方が可能なのではと述べました。それを受けて遠藤さんは「私も変成男子の話を聞いて、ポジティブな印象を受けました。物語やイメージによってティピカルな像を強調する面はありますが、一方で描かれているイメージについて、性別、社会的役割が違う立場のほうが感情移入できるはずだと思っていて。なかなかそうはいかない状況だけれど、古典の物語の中ではすでに性別を越境していて、よかったなと思いました(笑)」と言い、ティピカルな女性像が近代以降にできたものに依拠しているのではとの疑問を提示しました。

この流れを汲んで、次に「仏教」の話題に移り、恋田さんはお伽草子の『磯崎』を話題に挙げました。「この話は、まず武士が鎌倉に出かけ、そのあいだ奥さんは家で留守をしていたのですが、その武士が帰ってきたときには鎌倉で出会った新しい奥さんを連れてきてしまいます。その元の奥さんは嫉妬で身を焦がし、能楽師から借りた鬼の面をつけてその新しい奥さんを覗き見ますが、憎い気持ちが増して思わず殴り殺してしまいます。するとその鬼の面が取れなくなり、本物の鬼のようになる、という話です。この後、仏教色の強い解決を迎えるのですが、この話の中に執着が勝るとこうなるんだ、という例話として道成寺の話が出てくるのです。

道成寺の話を説くにしても、『磯崎』の中では女性の立場で説いており、物語を場にあわせて変化させていることがわかります」と述べ、続けて「室町時代以降は国家の後ろ盾がなくなり、戦乱の中で寺社も生き残らなければならなくなりました。より多くの大衆に思想を広めるため『磯崎』のような三角関係など身近な話で共感を得るようにしていった面もあります。さらにこの『磯崎』に関連して、実際の肉付きの鬼の面を伝えるお寺も存在しています。そういうものを見に行きたいと思わせて参詣者を獲得していくところなど、当時の信仰心のあり方やお寺の戦略にもおもしろさを感じます」と解説。

遠藤さんからは、「お話を聞いていると、当時の宗教の感じが、現代で言うとことのファッションビルがお客さんを呼ぶための広告みたいな、都合のいい話をしているように思えました。昔の仏教を考えると、いまよりも尊いもののように見えるけれど、どうだったのでしょうか」と質問が上がり、恋田さんは「時代によって変化してきます。中世の人々は来世に救いを求めて熱心に信仰し、迎える寺側も物語や絵画などを活用しながら、教えを広めていったのでしょう。それが江戸時代になると、幕府による宗教統制などもあって、進行やご利益を疑うような視点が広まっていくのです。室町時代はその過渡期。物語などからは信じつつ疑うような視点もうかがえ、混沌としている様子がわかり、そこがまたおもしろいのです」と信仰心がその時代時代によって変化していることを示しました。

ディスカッションの後半は、来場者がこれまでの対話を聞いて質問したいと思ったこと、気になったことを紙にメモし、それを回収して読み上げる形式で進めました。「蛇と人間の関係」「性別を超えた存在」「男性優位の社会」「イメージと身体」など、さまざまなトピックが上がり、熱気を帯びた応答が続きました。中でもやはり「女性」「性」に関する話題が多く、「過去と今で女性の性が変わっていないと思う具体例」という質問には、恋田さんが「蛇になる話は非現実的ですが、たとえば道成寺縁起絵巻から展開した『賢覚草紙絵巻』では、男性がいかに身勝手かを強調し、女性の悲恋を浮かび上がらせています。これは女子大などで話すとウケがいいのですが(笑)、現実は男性のほうが執着して別れるときに大変だという意見も多く寄せられ、そういう意味では時代で変わるものはありますが、背景となる思想を考えると変わっていないものがあるように思います。またお伽草子には変身談が多くあります。何か別のものに変わりたいという願望は時代を経ても変わらないのかなとも思います」と応えました。

「婚姻」というキーワードについては、「中世の日本は一夫一婦制ではなかったと思いますが、嫉妬の感情とどう付き合ってきたのでしょうか」という質問が上がりました。これに「妻問婚の平安時代から一夫一婦制の嫁入り婚に変わって、しかも一夫一婦制だけど妾がたくさんいるような、一夫一婦多妾制のかたちになって、『磯崎』のような悲劇の物語が生まれました。ちなみに、室町時代には『後妻(うわなり)打ち』という風習がありました。これは夫が離縁して新しく妻を迎えたときに、先妻が親族などを募って、新しい妻の家財道具などを壊しにいく、というもの。そういうもので嫉妬心をはらしていたようです」と恋田さんが言うと、遠藤さんは「過去のお話を聞いて、全部過剰だと思ったんです(笑)」と続け、「過剰だから残っているんでしょうね。過剰だけど、共感するところがあるから残り続けるのかなと」(恋田さん)、「普段、あるご家庭のベビーシッターの仕事をしているんですが、その家の子どもとつくっているお話が過剰なストーリーなんです。そういう話が過剰になるのは日常と離れているからつくれるんだろうと思いますし、あえて過剰にすることで感情がおさまるという物語の力があるのかなと思ったりします」(遠藤さん)と言葉を重ねました。

また、遠藤さんの作品に関して、「結婚とフェミニストの矛盾が前提となっているように思ったが、何故そのような設定にしたのか」という質問が上がり、「私の仮定しているフェミニストはティピカルなイメージ。フェミニストになることとフェミニズムの考えは別だと思っています」と遠藤さんが応えました。

今回のディスカッションは「女性像」を一旦「蛇に変化した女」の話からたどり、そこに遠藤さんのパフォーマンスの話を接続することで、物語に端を発する過去の女性像と、現在の女性像の齟齬と共通点が浮かび上がったように見えました。いまの社会の中で流通している多様な「女性像」のイメージを、一度限定するところから考え始めることで、「とらえ直す」ための動線が引かれ、各々の立場からの言葉を交わし合うことができたのではないでしょうか。

(執筆:高橋創一)

FIELD RECORDING vol.02 特集:表現の水脈をたどる

『東北の風景をきく FIELD RECORDING』は、変わりゆく震災後の東北のいまと、表現の生態系を定点観測するジャーナルです。

東北の地での実践に出会ってゆくと、過去の経験やほかの地の実践や人々の姿につながってゆくことが起きます。それは、震災直後の自身のふるまいだったり、その地で暮らす他者の経験、そして震災とは関係のない出来事までほんとうにさまざまです。いまわたしたちが目撃している「表現」は、地中の水脈のように見えにくい経験のリレーとして現在に現れているものなのかもしれない。目に見える表現だけでなく、その背景には、どのような態度や作法が育まれているのだろう。

vol.02の特集「表現の水脈をたどる」では、現在と過去を行き来しながら、土地を歩き、東北から現れてきた表現の水脈をたどってみることにしました。

目次
  • はじめに
  • Interview
    きむらとしろうじんじんさんにきく
    名付けられる側に回り続ける
  • Memo
    2011年3月11日~2012年10月10日 きむらとしろうじんじん
  • さみしさという媒介についての試論 瀬尾夏美
    旅するからだ:ことばと絵をつくる ふるさと 瀬尾夏美
  • 8年目の荒浜を歩く 村上 慧
  • Conversation
    くり返し、くり返し訪ねる 「RE:プロジェクト」座談会
  • 東北からの表現
    かもめマシーン『俺が代』/中﨑 透『Like a Rolling Riceball』
  • わたしの東北の風景
  • 編集後記 佐藤李青
  • 参加者一覧

「やってみる、たちどまる、そしてまたはじめる」小金井アートフル・アクション!2009-2017活動記録

『小金井アートフル・アクション!』(小金井市芸術文化振興計画推進事業)2009〜2017年の活動記録です。小金井市芸術文化振興計画は、市民が芸術文化活動へ参加することで、地域や芸術文化そのものへ新たな見方を発見していくことをテーマとして掲げています。

本書では、計画目標の実現に向けて事業実施を担ったNPOが、活動に参加した市民、学校の授業に参加したこどもたち、教員の方々、アーティストらとともに活動を振り返りました。

目次
  • はじめに
  • 計画の体系図
  • 計画の進捗
  • ⅰ モノとコトをつくる―小学校の活動を例にしながら
    • 1 物語と出会う、自分の物語をつくる
    • 2 フィールドと交感する
    • 3 モノとコトをつくる
    • 4 みること、描くこと
  • 観察のこころみ
  • 保育園でのこころみ
  • 開催記録
  • ⅱ 街のなかに、外に出て行くこと、街のなかのきざしをつかむ―振り返りつつ、未来を展望する
    • 街って何だろう?そして、街は誰のもの?
    • 越境すること、アートにしかできないこと、アートにできること
    • まちに暮らす人と出会うこと、街そのものと出会うこと
  • ⅲ コトを育む人、場が生まれてコトが生まれる、こと
  • 本報告書で取り上げた活動に参加したアーティスト
  • 小金井市芸術文化振興計画事業にかかる 補助・助成・共催・事業委託一覧

プロジェクトを拡げる「メディア」のつかいかた(APM#07)

小さな活動とメディアの関係を考える

2019年1月26日、東京文化会館大会議室にて、東京アートポイント計画のトークシリーズ「Artpoint Meeting」を開催しました。第7回のテーマは、「プロジェクトを拡げる『メディア』のつかいかた」。

アートプロジェクトを豊かに育てていくには、その想いを共有する「メディア」が重要です。特に「小さな活動」においては、適切な規模を設定し、密度の高い活動をしつつ、そこで得た体験や知識を外部に向けて開くことが求められます。今回のArtpoint Meetingでは新聞やテレビのような大きなメディア(マスメディア)ではなく、みずから企画し、ことばを編む「小さなメディア」に着目して、そのつかいかたを考えました。

ローカルライフマガジン『雛形』編集長・森若奈さん、コミュニケーションプランナー・中田一会さんをゲストに迎え、さまざまな角度から小さな活動とメディアの関係について語りました。

メディアをつくる→メディアをつかう

イベントは、ゲストそれぞれのプレゼンテーションからスタート。

森若奈さんには、『雛形』での記事のつくりかたやメディアづくりの考え方を共有いただきました。編集という仕事がどのような役割を果たし、どのような点を大切にしているのか。プロジェクトとメディアの関係とはどうあるべきか。『雛形』以外にも、奥能登国際芸術祭のフリーペーパー「おくノート」や、伊勢神宮外宮参道のおみくじ型メディア「伊勢の道しるべ」など、多彩なアプローチをご紹介いただきました。

「言っていること」と「やっていること」のバランス

続いて、中田一会さんには、広報コミュニケーションの立場から、組織/プロジェクトと情報発信の関係についてお話しいただきました。組織や個人みずからメディアを持ち、運営するようになった時代においては、「事業=やっていること」と「情報発信=言っていること」のバランスに気を配ることが重要。設計の際に行うアプローチからその考え方を紐解いていただきました。

プロジェクトとメディアの関係は? 編集と広報それぞれの視点から

後半のトークセッションと質疑応答では、編集と広報それぞれの立場から共通点・相違点を眺め、メディアとプロジェクトの関係について思考を深めていきました。

話題に上がったのは、取材対象とのコミュニケーションで気をつけていること、チームを組む際の考え方、原稿の赤字の入れ方、品質の捉え方、終了を予期したメディアの立ち上げ方法など。実践者ならではの具体的なエピソードが多く語られました。

ゲスト両方に共通していたのは、「プロジェクト(活動)とメディア(情報発信)は切り離されるものではなく、メディアづくりも活動の一部である」という考え方。メディアづくりは、人と人とをつなぐコミュニケーション活動にも企画を通したリサーチにもなり、何よりプロジェクトに宿る意思や言葉を共有していく手段です。

アートプロジェクトを通し、豊かな関係性を紡いでいくためにも、メディアは重要だと改めて確認した一日でした。

東京アートポイント計画「Artpoint Meeting」では、今後もアートプロジェクトや地域での活動にまつわるテーマを取り上げ、考えていきます。次回もどうかお楽しみに!

聞き手は東京アートポイント計画ディレクター・森司が務めました。
会場では、東京アートポイント計画のアートプロジェクトでこれまでに制作したメディアも多数ご紹介。
参加された方々からは「メディアもプロジェクトの一環であるということに納得。企画・取材・記事化というプロセスは、活動の意思を可視化することに有効ですね」「配り方・伝え方そのものがメディアになるような企画を考えてみたいです」「自分もメディアをつくってみたくなりました」などのコメントをいただきました!

(撮影:加藤 甫)