「手話を使い会話する。」講座レポート 前編

手話でのコミュニケーションの基礎とろう文化を学ぶ「アートプロジェクトの担い手のための手話講座」。

3ステップで通年開催される講座のひとつ「手話を使い会話する。」が2022年10月、3331 Arts Chiyoda 3F ROOM302にて開かれた。

講師は、俳優/手話・身体表現ワークショップ講師の河合祐三子さん、手話通訳は、瀬戸口裕子さん。全6回の講座内の前半3回の様子を、実際に講座を体験したライターの視点からお届けする。

10月13日 4名のゲストを迎えての座談会

2022年10月13日、「手話を使い会話する。」に参加するメンバー9名がROOM302に集った。

河合さん「本日はろう者のゲストを呼んでいます。みなさん、ろう者がどんな人なのか、手話とはなんなのか、知らないことやわからないことがたくさんあると思います。この場のこの時間は無礼講で講座に参加していただければ。

タブーだと思っていることでも、気になることがあれば、とにかく聞いてみてください。遠慮はいりません」

ゲストは、澤田利江さん、平塚かず美さん、福島ケンゾーさん、袴田容代さんの4名。いきなりのゲストに戸惑いつつも、さまざまな質問が挙げられていた。ここでは、交わされたやり取りをいくつか紹介したい。

左上が通訳の瀬戸口さん、左下が澤田さん、中央下が袴田さん、右上が福島さん、右下が平塚さん。

Q. 聴こえないのは、生まれたときからなのか、途中からなのか?

澤田さん「私は2歳のときまで聴こえていました。そのあと高熱を出して、ろう者となりました」

平塚さん「私も澤田さんと同じです。1歳のときに高熱で、本当に死ぬかもしれない状況でした。薬を打った影響で聴こえなくなりました」

袴田さん「私は生まれつきです。両親はろう者です。でも妹は聴者です」

福島さん「私も生まれつきです。母が聴者、おじとおばがろう者。兄弟8人いるのですが、その中の半分がろう者、半分が聴者です」

Q . どんな仕事をしているのか?

澤田さん「鹿児島で、特定非営利活動法人NPOデフNetworkかごしまの理事長をしています。あとは日本手話の講師もしています」

福島さん「澤田さんと16年ほど一緒に仕事をしています。現在は就労継続支援B型の作業所の施設長です。以前は、放課後等デイサービス『デフキッズ』で10年ほど働いていました」

袴田さん「大学でテレワークをして3年目です。ホームページに載せるチラシをPowerPointでつくったり、Illustratorを使ってペットボトルのラベルづくりをしたり、イラストデザインの仕事をしています」

平塚さん「3つあります。1つが、日本ろう者劇団の裏方です。現代劇などさまざまなレパートリーはあるのですが、いまは手話狂言(注)がメインです。2つ目が、手話指導の仕事を月に1、2回。3つ目が浜松町にある『対話の森』で働いています」

※手話狂言
「狂言のセリフは室町時代から江戸時代までの古いことばです。日本ろう者劇団は和泉流狂言師三宅右近師の指導により、昔から継承された狂言特有の動き、運びをそのままに、手話表現の研究を重ね、古典芸能にふさわしい手話狂言を作ることにつとめました。手話のセリフと声のタイミングや間の取り方にも工夫を重ね、古典芸能の強靭さと手話の豊かな表現力をあわせもつ、手話狂言が誕生したのです。台詞を手話及び声で表情豊かに表現しますので、聞こえる人も聞こえない人も共に楽しむことができます」

社会福祉法人トット基金 演目紹介「手話狂言とは
この日は、通訳として、小松智美さんも参加。写真はZoomで参加しているゲストの手話を読み取り会場に通訳している様子。

Q . それぞれどのように手話を学んでいったのか?

福島さん「生まれてから6歳までは奄美にいましたが、ろう学校がないのでやむなく『普通校』に通っていました。昭和50年代頃の話なのですが、ろう者はすごく馬鹿にされていて、いじめもあり、苦労も多く、いいことがありませんでした。家に帰れば手話ができるので早く帰りたいと考えていました。

小学校1年生になって、鹿児島県立鹿児島聾学校に通いはじめました。鹿児島県のろう学校はひとつしかないので、地元や親元を離れて、福祉施設や寄宿舎に入ったりするろう者が多くいました。

いい面としては、施設や寄宿舎だと手話でコミュニケーションがとれるんです。それがすごいたのしい。手話が日常的にあるのが幸せだった。施設や寄宿舎で、ずーっとしゃべっていて。先輩の手話を見て覚えていました。わからないものは『その手話って何?』ってたずねて。思い返すと、先輩のおかげでいまの自分があるような感覚があります」

袴田さん「わたしは3歳のときに浜松聾学校に通いはじめました。でも、私の発声が上手だったらしく、『幼稚園にいったらどう』と先生に言われて。両親は『娘はろうだけど、「普通」の子と同じ学校にいけるんだうれしい』と思ったらしくて、当時は情報も知識もなかったので、幼稚園に行きつつ、週1日だけは、浜松聾学校に口話の訓練で通うようになったんです。

幼稚園は音楽が有名なところだったので、楽器を色々やらされて苦しかったです。コミュニケーションも通じないし、会話もできない、周りの人が何を言っているのかわからないまま過ごしていました。しばらくして、浜松聾学校に通う同級生と、幼稚園がメインの私では学習の差も出てきて。両親がその状況に気づいて、浜松聾学校に戻りました。それが小学校1年生の頃です。

まずはキュードサイン(指文字とは違う方法で、口形と手の動きで五十音をあらわす方法)を学ぶところからスタートしました。中学3年生までは、授業中もキュードサインで会話をしていて。

高校からは千葉にある大学付属のろう学校に入りました。先生は日本語対応手話を使っていて、『普通校』から進学した人も、ろう学校出身の人もいて、クラスで使われているコミュニケーション方法は半分口話、半分手話という感じでした。私は指文字もできたので、それが主なコミュニケーションの方法でした。

寄宿舎にいたので、夏休みとかに実家に帰って指文字をやると、両親に『手話をやってよ』って言われていましたね。手話をより使うようになったのは、学校を卒業して、社会に出てから。そこでやっぱり手話がいいなと思うようになって。手話が最初からあってほしかったなと今は思いますけどね」

平塚さん「私は2歳から4歳まで日本聾話学校に通いました。遊びを組み合わせつつ、アルファベットが書いてあるカードを書き文字で覚える場所でした。その後は、東京都立のろう学校に通いはじめて。そこでも同じように50音の絵かるたと単語をつなげて言葉を覚えていきました。

小学4年生ごろには、口話と同時に手話で話していました。でも、手話の語彙は口話の語彙より少なかったです。高校に入って、ろうの先生や周りの生徒たちが流ちょうな手話で会話していてカルチャーショックを受けました。高校を卒業してからも、日本語対応手話でした。劇団活動を始めてから、日本手話ができるようになっていきました。

学びの手助けとしては、マンガがすごいよかったです。セリフが、吹き出しになっているのとか。後は動きとか『ドカン』とか『ゴー』とか、さまざまなオノマトペも描かれている。聴こえないからどんな音があるかわかっていなかったんですけど、聴者にはこんなふうに聴こえているのかも、と。マンガで知らない世界を知ることができた。マンガに惹きつけられて、読みながら日本語も培っていけました」

澤田さん「両親もろう者だったので家でのコミュニケーション方法は手話でした。

幼稚部3年のときに『普通校』に通うことになって、ずっと聴者の世界で生きてきました。口話が上手いわけではないし、聴者のみなさんと声の出し方が違ったと思うんだけど、まわりのサポートも得つつ聴者の世界にいました。

コミュニケーションの壁はもちろんあって。学校は『口話で読み取らなきゃ』っていう気持ちで行くけど、家の中でも口話が求められていたら心は折れていたかもしれない。通じないと困るからがんばってはみるのだけれど、ずっとそれだと、なかなか安心して関われない。家に帰ったら手話で気楽に話ができる、声を出しなさいと言われることもない。精神的に安定できる場所があってよかった。

口話は、相手が話していることを100%理解できるわけではないんです。一部わかるところを自分でつなぎ合わせている。手話勉強中のみなさんはわかると思うんですけど、一部の手話だけわかって組み合わせて内容を想像している、それと同じような状況でした。私にとって、みてわかる言語も安心して関われる言語も手話なので、そこから知識も得やすい。今は手話で楽しく生きています」

Q . 映画や舞台、ドラマでろう者役を聴者が演じることをどう思うか?

福島さん「違和感しかない。影響力があるメディアで、ろう文化が大事にされていなくて、芸能人だから有名人が演じるからっていうことだけで『ろう者』が注目されるのは残念」

平塚さん「手話は小さいときから習得していく文法がある言語。短期間で手話を習った人の表現は生きた手話ではない感じがする。日本人がちょっと英語を学んで話をしてもネイティブにはなれないように、なかなか難しい」

袴田さん「ろう者役はろう者がやるべきだと思います。それだけじゃなくて他の障害も同じだと思う。当事者の方が演じるのが適任なのではないか。その人にあった表現ができると思う」

当日は、他にもさまざまな質問が挙がった。クローズドな場所だからこそ、自分自身が持っている偏見があらわになることや、誤解されることへのおそれが低減されている環境だったのかもしれない。また座談会の途中には、ゲストから、メンバーへの質問も挙がっていた。「ろう者が無意識に出している音、ドアをバタン!と閉める音などに対して何か伝えますか?」「もし自分がろう者になったらまず何をしますか?」。それぞれじっくり考えているうちに時間は過ぎていった。

10月27日 さまざまな手段を、そのときそのときに合わせて選んでいく

10月27日、今回は手話で自己紹介し、「ぽたぽた」「ぴかぴか」「ねばねば」などオノマトペが書かれたカードをそれぞれ1枚選び、身体で表現するワークをすることから講座がはじまった。

河合さん「前回、手話通訳者がゲストに通訳している間に、メンバー同士で会話をしている瞬間がありました。ろう者もその会話を知りたいけれど、通訳も途中なのでできない。アートプロジェクトの現場でそういったことが起こったとき、どうするのがいいのか、さまざまな立場で考えてみるのがいいかもしれません。『話をする際は、その前に挙手をする』『雑談するときに、それを通訳してほしいか/必要ないか伝える』など決まりを考えてみたり。そもそも、他の人がしているちょっとした雑談が気になる人もいれば、ならない人もいると思うので、そこに集まる人や状況に合わせて考えていく必要もあります」

前回の振り返りに続いて行ったのは、音声を使わずに呼びかけをする練習だ。音声なしで、どう相手に気づいてもらえるのか、身体を動かしながら試していく。

河合さん「相手の視界に入ることで気づいてもらえます。ただ、いきなり飛び出てくると驚いてしまうので、まずは手で合図をして近づいていくのがいいと思います。あるいは近づきすぎる前に、遠くから大きく手を振って合図を出すのもOKです」

またろう者と出会ったときに手話でコミュニケーションをとろうとするだけではなく、筆談など、その人その状況にあった関わり方を考えていくことも重要だ、と河合さんは話す。

河合さん「筆談ひとつとっても、文章だけで伝えるのではなく、絵や図を交えた方がわかりやすい場合もあります。また書いたものを消してしまうのではなく、残しておくことで、前提が確認しやすい場合もあるんです」

続いて教えてくれたのは「どうぞ、こちらです」と伝えたいときのジェスチャーについてだ。

河合さん「聴者が方向を手で示すとき、人差し指で指すのではなく、手のひら全体で示す人が多いように思います。でもそれだと、ろう者にはどこを指しているのかがわかりにくいので、明確に指差しで示してほしい場合があります。また指差しするときに、指だけではなく、表情や顎の方向、首や腕の傾きなどを工夫することで、距離感を伝えることもできます」

ひとつのやり方に縛られすぎず、その状況に合う伝え方を選んでいく姿勢の大切さを教えてもらった。そう感じながら過ごしていると、河合さんは最後に次のように語った。

河合さん「ろう者は、一方的に助けなきゃ・支援しなきゃいけない存在ではありません。一方的に寄り添ってほしい、合わせてほしいのではなく、ろう者の文脈をまず知ってほしい。その上で、一人ひとり関わり方は違うから話をして、一緒にいい方法を考えていってほしいです」

11月10日 実際の場面を想定してロールプレイをしてみる

11月10日、アートプロジェクトにまつわる場面を想定して、メンバーと河合さんとでロールプレイを実施する回となった。実際に行ったのは3つの場面だ。今回は発話と手話での会話は禁止して、前回練習した筆談と指差しを使ってロールプレイが行われた。

場面1:本屋。お客さんが探している本を店員として探す

店員役をメンバーが、お客さん役を河合さんが担当。探している本の特徴(形、大きさ、色など)を身振り手振りや筆談をしながらすり合わせていった。

場面2:美術館。アルバイトに、絵画の展示場所を指示する

展示場所を伝える役をメンバーが、実際に指示を受けて設置する役を河合さんが担当。これまでに学んだ指差しやNMM(非手指要素)などを意識しながら実践した。

場面3:劇場。受付でのチケット売買のやりとりや座席の誘導をする

受付スタッフ役をメンバーが、お客さん役を河合さんが担当。筆談なども取り入れながら、その場で最適なコミュニケーション方法を模索していった。

ロールプレイの後は、河合さんから、それぞれの対応に関してフィードバックの時間があった。どのような伝え方だと誤解が生まれやすいのか、どうするとシンプルに伝えられるのか、正解はない。ただロールプレイを自分がやってみたり、他の人が実践しているのを眺め、フィードバックをもらう。そんな機会を得られることがこれまで無かったので、実際に経験しながらコミュニケーションの選択肢を考えていける貴重な時間だった。前半3回の講座で学び、実践したことを、すでに自分が携わっている現場でどう取り入れていけるのか現場と後半の講座を往復しながら引き続き考えていきたい。

後半レポートはこちら

(執筆:木村和博/編集:嘉原妙/撮影:齋藤彰英

関連情報

ステップ1「ろう者の感覚を知る、手話を体験する」レポート
ステップ2「手話と出会う。」レポート

「手話と出会う。」オリジナル映像教材を活用したオンライン講座

手話でのコミュニケーションの基礎とろう文化を学ぶ「アートプロジェクトの担い手のための手話講座」。

3ステップで通年開催される講座のひとつ「手話と出会う。」が2022年9月、オンライン講座として開かれた。

講師は、俳優/手話・身体表現ワークショップ講師の河合祐三子さん、手話通訳は、瀬戸口裕子さん。ステップ2の講座の様子を、実際に手話講座に立ち会った企画者の視点からご紹介する。

映像プログラムによる個人学習とオンライン講座での実践

ステップ2は、2021年度に制作・公開した「映像プログラム|手話と出会うアートプロジェクトの担い手のための手話講座」を教材に、オンラインで手話でのコミュニケーションの基礎を学ぶ講座だ。参加者は、事前に映像プログラムを視聴して個人学習を行い、毎週木曜日に開講されるオンライン講座に参加。アートに関わる手話単語だけでなく、ろう者と聴者のコミュニケーションの違いなど、ろう文化にも触れる時間となった。

9月1日(木)第1回 手話の基礎表現を学ぼう

第1回で学んだのは、自分の名前の表し方、時間・数字・曜日の表現について。例えば、名前に含まれる山、川、谷、木、田など、そのものの形から手話表現が生まれているものがあることや、本や寺など動作から手話表現が生まれているものがあるといった、手話言語の成り立ちについても学習する時間となった。

数字の「0(ゼロ)」と英語の「O(オー)」は似ている。その違いは数字の「0」は手の形を少しだけ震わせるといった違いがあることや、手話で表す際、利き手は動きが多く、非利き手はあまり動かさないといった解説など、個人学習ではなかなか気づけないポイントをオンライン講座では補足し解説した。

9月8日(木)第2回 自分のことを伝えてみよう

第2回は、音声言語を使わないサイレントな状態で河合さんが参加者の名前を呼び、参加者(名前を呼ばれた人)は前回の復習を兼ねて「私は〇〇です」と手話で自己紹介する時間からスタート。さらに、手話で足し算、引き算、掛け算、割り算の問題を出し合って答えるゲームをしながら数字の表し方を復習した。また、講座のなかで河合さん自身の経験やろう者の学習環境についても共有があった。

河合さん「私は幼い頃、掛け算などは先生の『口形』を見て覚えました。だから、『7(しち)』や『4(し)』など口形が似ているものは読み取るのが難しくて不安になって、算数に苦手意識があります。現在のこどもたちは、手話で学習できているのでうらやましいです」

続いて、ろう者とのコミュニケーションにおいて大切な、反応を示すこと、YES/NOの示し方について学習。「いいえ」や「NO」を示すときの首振りや、感情の度合いの表し方など、NMM(非手指要素)についても一つひとつ練習した。例えば、星1つのときの「嬉しい(=そんなに嬉しくない表情と動作)」、星3つのときの「嬉しい!」や星5つの「とっても嬉しい!!」では、星が増えるごとに手話のスピードが速く強く表現され、顔の表情も目が大きく見開いたり、眉や肩が上がったりなどの変化が出てくる。

この日は、最後に色の手話表現を学んだ。「あなたの好きな色はなんですか?/あなたの嫌いな色はなんですか?」というやりとりを河合さんと参加者で行い、「好き/嫌い」を伝える練習を行った。

9月15日(木)第3回 仕事のことを伝えてみよう

第3回は、職業・役割の表し方について学習。事務、広報、企画、編集、アート、イベントなどアートに関係する仕事はどのように表せばいいのか具体的に学んでいった。手話では「美術」+「場所(または建物)」で「美術館」と表すなど、「〇〇+場所」「〇〇+担当」「〇〇+人」というように、組み合わせて表現できる。

次に、学んだ手話を使って、実際に参加者と河合さんで仕事に関する会話のやりとりをしてみた。「あなたの仕事はなんですか?」と河合さんが質問し、参加者の1人が手話で答える。それをもう1人の参加者は読み取り、相手の仕事について再度手話で表現する。

この回では、自分のことを伝えるだけでなく、相手の手話をしっかりと見て、理解し、確認する練習を行うことができた。

9月22日(木)第4回 CL表現(描写的表現)を学ぼう

第4回は、はじめに前回の振り返りと、河合さんからろう者と会話をするときのアドバイスがあった。

河合さん「まずは、相手の目を見ること。次に、相手の言っていることがわからないときは、はっきりと『わからない』ことを伝えてください。それは失礼なことではありません。他にも『ちょっと待ってください』『もう少しゆっくり表してください』『それは何ですか?』など、確認してコミュニケーションすることが大切です。ろう者は確認し、納得してコミュニケーションを進めるという文化があります」

続いて、目で見たままを伝えるということや、さまざまなCL表現(描写的表現)について学習した。

河合さん「CL表現とは、『Classifier(類辞)』という意味です。木や鉛筆など『細長いもの』を数えるときは1本、2本と数えますね。紙やお皿など『薄いもの』を数えるときは1枚、2枚、本のような『厚みのあるもの』は1冊、2冊というように、こうした類別詞を手話では『手形』で表します。CLには形を表現する『実体CL』と動きを表現する『操作CL』があります」

実は、今年度開催した手話講座のステップ1では参加者たちと伝達ゲームを行ったが、そのとき行っていたのもCL表現だった。

ピンポン玉とバランスボール、水玉模様やストライプ柄、さまざまなグラスの形、行列、ギャラリーの壁に絵が飾られている様子など、イラストに描かれたものを見たまま表す練習や、瓶からコップに牛乳を注ぐ動画を見て、その質感や質量、状態を表す練習を行った。

物の形、大きさ、動きや位置、見たままを表すことは、手形だけではなくNMMが重要になってくることを実感した回だった。

9月29日(木)第5回 間違いやすいポイントを知ろう

最終回は、再び音声言語を使わないサイレントな状態で、河合さんと2、3人のグループで会話の練習を行った。参加者は、お互いに助け合って河合さんとコミュニケーションしても良いという設定で行われた。

これまでステップ2で学習してきた「YES/NO」や「わかる/わからない」の反応をはっきりと示すこと、NMMや度合いを会話のなかで行ってみる。わからない手話表現や単語があったときは筆談も使いながら、「あなたの趣味は何ですか?」「どんな映画を見ますか?」「今日はもう晩御飯を食べましたか?」などの日常会話の練習を行った。会話のなかで、「ちょっと待ってください。それは何ですか?」「わからないです。もう一度お願いします」と自然と確認し合う参加者の様子があった。

最後に、参加者との会話をふまえて河合さんからアドバイスがあった。

河合さん「うーん、と考えているときは、『ちょっと待ってください。今、考えています』ということも示すのが良いです。そうした反応がないと、ろう者は、相手が考えている状態なのか、それともわからない状態なのか、どっちなのだろうと心配になるんですね。自分の状態も相手にはっきりと伝える、それも大切なポイントです」

ろう者とのコミュニケーションでは、自分の意思や状態も具体的に伝える必要があること、その重要性に改めて気づく最終回だった。

コミュニケーションとは、一方的に行うものではない。相手の様子を見て、自分の意思や状態を伝え、お互いに確認し合いながら会話を重ねていくもの。人と人が出会い、お互いの感覚の違いを認めながら、諦めずに伝え合う行為だと思う。

ステップ2「手話と出会う。」では、各回で映像プログラムの内容や前回実施した内容を復習し学習を深めるだけでなく、繰り返し繰り返し手話表現の表し方や、音声言語に頼らない状況をつくり手話での会話練習を重ねてきた。限られた時間ではあったが、手話での会話、ろう者とコミュニケーションするときの身体感覚を少しでも掴んでもらえていたなら嬉しい。

視覚身体言語である手話は、目で見て、繰り返し、繰り返し身体を使って学ぶ必要がある。だから、参加者のみなさんにも、引き続き「映像プログラム」も活用いただきながら学習を重ねてみてほしい。さらに、各地のアートプロジェクトの担い手の方々にも、この「映像プログラム」が「手話と出会う」きっかけや、アートプロジェクトのアクセシビリティを考える一助となることを願っている。

私も引き続き、手話でのコミュニケーションやろう文化について知り、学び、アートプロジェクトの現場で実践を重ねていこうと思う。

(執筆・編集:嘉原妙/撮影:齋藤彰英

関連情報

ステップ1「ろう者の感覚を知る、手話を体験する」レポート

東京アートポイント計画 ウェブサイト(2022年度〜)

地域社会を担うNPOとともにアートプロジェクトを実践する「東京アートポイント計画」のウェブサイトです。

このウェブサイトでは、東京アートポイント計画で共催してきた「プロジェクト」や関連資料を紹介しています。また、国際的な事業発信に向けて「英語ページ」を制作しました。

Tokyo Art Research Lab ウェブサイト(2022年度〜)

アートプロジェクトの担い手のためのプラットフォーム「Tokyo Art Research Lab(TARL)」のウェブサイトです。

TARLで取り組む「プロジェクト」や、そこから生まれた書籍や映像などの「資料」、それらのつくり手となったさまざまな専門性をもつ「ひとびと」の一覧を公開しています。プロジェクトと資料は、アートマネジメントの知見や時代に応答するテーマ、これまでの歩みなどの「キーワード」から検索することができます。

はじめのシート[配信編・収録編]

配信収録講座では、機材の操作方法に関するレクチャーだけでなく、映像コンテンツ制作の際に生じるコミュニケーションの必要性について取り上げました。はじめのシート[配信編・収録編]は、企画を立ち上げ実施するまでに必要なチェックポイントを確認できるツールです。以下の資料解説や、講座レポートと合わせてご活用ください。

*ウェブサイトからダウンロードを行い、エクセルでの使用を推奨します。プルダウン(項目の選択)はダウンロードするまでお使いになれません。エクセルが使えない場合、Googleが提供しているスプレッドシート等でもひらくことができます。
*PDF版を印刷し、記入しながら使うこともできます。

▶ 講座のレポートはこちら
「アートプロジェクトの担い手のための配信・収録講座」レポート【前編】
「アートプロジェクトの担い手のための配信・収録講座」レポート【後編】

資料解説

ここでは、ツールに関する解説/映像コンテンツの制作手順や考え方をご紹介します。

映像コンテンツ(ライブ配信・収録配信等)の制作に向けた段取り

「対面イベント」「収録配信イベント」「ライブ配信イベント」は、それぞれ得意なことが異なります。手段を検討する前に、まずは制作コンテンツの「実施主旨の優先順位」を考え、それに適した手段を検討します。流れとしては、以下を想定してみるといいでしょう。

  • 主旨の優先順位検討
  • 手段の検討(ライブ配信・収録配信・対面イベント)
  • コンテンツ概要と会場状況の確認
  • 規模の確認
  • 運営メンバー構成の検討
  • スケジュールの検討

また、優先順位の検討・確認を通してイベントの骨格を視覚化することで、コンテンツ制作に関わる内部スタッフだけでなく、外部委託者との円滑なイメージ共有を行なうことができます。

企画の主旨を踏まえ、優先順位を考える

企画をつくる際に優先する項目として、例えば以下の1〜7などが考えられます。

  1. 詳細な情報伝達
  2. アーカイブ性
  3. 広域性
  4. 社会状況に応じた即時性・即効性
  5. 視聴者の参加性(相互性・共同作業)
  6. ライブ感
  7. 専門性

優先したい項目に応じて、相性の良い実施手段を検討していきます。例えば1〜3を優先したいのであれば「収録配信」が向いており、3〜6であれば「ライブ配信」が、5〜7であれば「対面イベント」での実施が相性の良い手段となるでしょう。

一方で、それぞれの手段には相性の悪い項目があります。アーカイブ性の高い手段(収録映像)では、ライブ感との相性が良くありません。それを補うために、観客を入れたハイブリッド方式による収録も候補として考えられますが、スタッフ数の増大や現場で必要となるコミュニケーションが複雑化します。また、物理的な問題として登壇者と観客の間にカメラが設置されてしまうなど、会場構成も難しくなります。そのため、ハイブリッド方式ではなく収録方法を工夫してライブ感を補うことをおすすめします。

例えば、収録前に事前アンケートを募集し視聴者の参加性を補う。あるいは、収録会場に少数の鑑賞者役スタッフを入れ、「拍手」や「笑い声」など臨場感を感じさせるノイズを含めて収録することにより、ライブ性を補う方法などを検討してみましょう。

会場の条件や、映像コンテンツの概要を定める

実施手段の検討後は、映像コンテンツの概要、使用会場の確認を行いましょう。例えば、あらかじめ確認すべき項目として以下をあげることができるでしょう。

  • コンテンツに関する確認項目
    実施日と準備期間/広報期間/内容/コンテンツの長さ・本数/視聴料の有無/使用プラットフォーム/遠隔登壇者の有無/観客の有無
  • 会場に関する確認項目
    室内もしくは屋外/周辺の音環境(騒音具合:幹線道路・駅・空調)/会場の広さ/照明環境(明るさや会場照明の種類)/ネット環境の有無/LANケーブル使用の可否/ネット回線速度

また、事前に映像コンテンツを公開するプラットフォームの特性も確認しましょう。視聴料の有無や映像の質(解像度やクリアさ)によって、使用できるプラットフォームが変わります。

会場確認においては、抜け落ちやすい項目として「周辺の音環境」や「照明環境」があります。そうした情報(映像におけるノイズ)は現場にいる時には気づきにくいもの。ぜひ、会場確認の際にはスマートフォンなどを使って数分間動画を撮影し、映像を客観的に確認するようにしましょう。そうした環境や条件などを踏まえ、マイクの種類や補助照明の検討を行います。

企画規模をまとめ、共有できるようにする

以上を踏まえ「はじめのシート[配信編・収録編]」に企画内容をまとめ、実施規模を確認します。シートにまとめることで確認項目の漏れや、外部委託スタッフとのミーティングを円滑に行いながら、必要なスタッフ数や機材構成を検討することができます。企画の準備状況に応じて変更や追加項目が出た場合は、適宜修正を加え、現場の運営を安心・安全に進めるためのコミュニケーションツールとして活用していただければ幸いです。

もくじ
  • 説明(シートの使い方)
  • はじめのシート[配信編]
  • はじめのシート[収録編]
  • はじめのシート[配信編]選択項目の参照シート
  • はじめのシート[収録編]選択項目の参照シート
  • めとてラボ

    誰もが「わたし」を起点にできる共創の場を

    視覚言語(日本の手話)で話すろう者・難聴者・CODA(ろう者の親をもつ聴者)が主体となり、異なる身体性や感覚世界をもつ人々とともに、自らの感覚や言語を起点にコミュニケーションを創発する場をつくるプロジェクト。手話を通じて育まれてきた文化を見つめ直し、それらを巡る視点や言葉を辿りながら、多様な背景をもつ人々が、それぞれの文化の異なりを認め合うための環境づくりを目指している。

    実績

    めとてラボでは、誰もが「わたし」を起点にできる共創的な場づくりを目指し、その環境や仕組み、空間設計などを含めた幅広い視点からのリサーチを続けている。また、活動のなかでさまざまな専門家や実践者と出会い、ヒアリングやディスカッションを通して視覚言語やろう文化を複数の視点から捉え直すことで、これからの活動にとって必要な取り組みを発見しながら実験を重ねている。

    2022年度は、拠点づくりのためのリサーチと、手話通訳環境の整備と技術やツールの開発を目指す「つなぐラボ」を行った。自らの身体や言語を見つめ、それに合う空間を設計していくことは、それらを肯定していくプロセスでもある。拠点づくりでは、“ろう者の身体感覚や手話言語からなる、会話空間を起点とした空間設計があるのではないか”という視点から、アメリカにあるろう者のための大学・ギャローデット大学の取り組みから生まれた「デフ・スペース」に着目。国内にあるデフスペースを再発見すべく、拠点や文化施設、各地域のろうコミュニティのリサーチのため、福島、長野、愛知を訪れた。2023年度には米・ギャローデット大学と筑波技術大学大学院にてデフスペースデザインの研究をしていた福島愛未を招いたイベントを行ったほか、一般社団法人日本ろう芸術協会とともに西日暮里に新たな拠点「5005(ごーまるまるごー)」をオープンした。内装や什器の設計においても、デフスペースリサーチで得た知見を取り入れ、今後も実験を続けていく。

    手話は視覚を起点としている言語で、音声言語は聴覚を起点としている。そこには、視覚と聴覚のそれぞれからなる言語体系ゆえのリズムや、対話の重なり方、空間の使い方などさまざまなズレが生じる。このズレを意識しながら、いかに共創へと接続するかを模索していくために、手話通訳の現場においてどのようなルールや条件、進め方のリズムが必要なのかを探究し、技術やツール開発を行う「つなぐラボ」を開始した。異なる文化や感覚の間をどのようにつないでいくのかを検討するため、手話通訳者だけではなく、さまざまな言語間の通訳者、翻訳者にヒアリングを行っている。

    また、暮らしのなかにある手話をどのように継承し、保存していくのかという観点から、各地に残る地域特有の手話言語のリサーチや、暮らしのなかにある手話の記憶・記録をアーカイブするための取り組みも実施。消滅危機言語である手話の記憶・記録のアーカイブについて考える「ホームビデオ鑑賞会」では、聴者とろう者がともに集い、ホームビデオを見ながらの対話を通して、ろう者の暮らしのなかにある文化や時代の変遷に考えを巡らせた。

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