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フィクションの部 DAY3〜4「撮影前半」

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2022.03.18

執筆者 : 阿部航太

フィクションの部  DAY3〜4「撮影前半」の写真

2021/11/13 7:00-18:30、11/20 8:00-21:00

朝7時、初日の撮影は清澄白河のとあるカフェから。機材が搬入され、それぞれの部署で撮影の準備が始まる。プロジェクト全体を通して、時間通りにメンバー全員が集まることはほぼなかったのだが、撮影日でもそのゆるさは変わることはなく、それを見ているとこれからの進行が少々不安になる。集合時間の30分後にようやくオールスタッフミーティングが開かれる。その日の撮影スケジュールを全員で共有した後、テイがメンバーたちにこう伝えた。

「今日早くから本当にありがとうございます。私、8年前の大学の卒業制作のときも早く起きて……なんか懐かしいなと思って。これからの撮影も、何年か後に楽しい思い出になったらいいなと思います。」

演技

「ジウンさんは、何か聞かれたら、自分なりに返事をすればいい。」
「英語、入れても大丈夫。カイルさんが話しやすいやりかたでいいです。」

セリフの確認をする中で、テイが俳優たちに伝える。台本には重要なセリフのみがあり、その前後の会話に対しての指示は記されていない。テイは“役柄とバックグラウンドを共有できる”というポイントを重視してキャスティングした。だからこそ、俳優のそれぞれの素直な反応が、撮影時のアクションやセリフになればいいと考えた。それでも現場ではイメージ通りにことは進まない。短いセリフや単純なアクションをこなすように俳優が動き、どうしても“演じている感じ”が出てしまう。テイが「うーん……なんかスムーズすぎますね。」と頭を抱える。

アドリブを積極的に採用する姿勢ではあるが、テイは俳優たちに全てを委ねようとしているわけではない。本番前にも、テイは俳優たちと個別に話をする機会をつくり、その中で登場人物たちがそれぞれのシーンで何を思うか、対話しながらキャラクターをつくりあげていった。その作業は、それぞれの個人的な事情や、それに対する感情を共有することになるため(ネガティブな記憶や感情を再び掘り起こすことにもなりかねない)、テイは慎重にプロセスを踏んでいった。ただし、テイも俳優たちも、映画の中の登場人物たちの境遇や考えを確実に理解しているとも言い難い。“想像”することでしか導き出せないセリフもある。夜の橋を主人公の「リー」が歩くシーンを撮影するとき、彼女が夜景を見ながら何を思い浮かべているかを、マンションの窓の灯りが並ぶ風景を見ながら、テイと「リー」を演じるジウンが話していた。

テイ「何かな。例えば故郷の家とか。実家はマンションですか?」
ジウン「いや、一軒家です。」
テイ「そうですか……。じゃあ例えば友達のキンさんの家が、あたたかいマンションとか……。」
ジウン「でもこういう風景、なんか韓国にもありそう。」
テイ(上を見上げて)「飛行機。結構来ますね。20秒に1回くらい……。ジウンさん本当は先週……」
ジウン「そう、帰れなかったんですよ。韓国に……。」

進行

「あと10分でテスト始めます!」

演出部のショウが声をあげる。当日のスケジュールの進行を担う演出部は、部署それぞれがこだわりを持って続ける作業をなんとか収拾させ、設定した時間通りに撮影を進めていくのが仕事である。通常の映画の現場では、一番大きな声を発するのがこの役割を担う人で、そのリーダーシップが撮影を順調に進めていくための鍵になるという。しかし、この現場はそれとは少し異なる進み方をしている。もともとショウは一昨年から発声障害で声が出しづらい状態が続いている。ただショウ自身はそれを悲観視せず、その中で人とどう関わるかを考えたいと、プロジェクト初期の段階で話をしていた。そのショウの言葉は現場でどう響いているのか。
とにもかくにも、誰もが初めての撮影であるこの現場は、なかなか想定通りに進まない。予想外なところで時間がかかってしまったり、ロケ地が変更になって移動の途中で路頭に迷ったり。そこでショウは度々声をあげるが、どうしても後手にまわってしまい、なかなか現場をリードできない。テイも常に次のシーンの演出に悩みながら進めているところもあり、演出部にスムーズに意思を伝達することもできていない。このように、声の大きなリーダーが不在のまま現場は進んでいく。

役割とコミュニケーション

カイルが「今はドアがセンター。他のオプションは、建物がセンターでドアが右ぐらい。でもこのアングルは公園も見えるから……。」とカメラアングルをテイに提案する。カイルはプロとしての経験はないが、映像プロダクションのマネージャーとして働きながら、個人的に友人らと映像制作をしていることもあり、カメラを扱う知識はある。そういった専門的な知識や経験は、言うまでもなく撮影を進めていく上で重要な力となった。同様に、大学で録音を学び、機材の扱いに慣れているパイは録音部を支える存在であったし、舞台をつくる経験を持つエイスケが、細かな演技のコツを俳優らへ伝えたりする場面も目にした。
しかし、撮影未経験のメンバーたちが、経験者と同様に動き出すのにはそこまで時間はかからなかった。撮影1日目(DAY3)の午後にはそれぞれの役割を理解しつつあるようには見えたし、すでに撮影2日目(DAY4)にはそれぞれが自発的に動き始めていた。主役のジウンのヘアメイクをやりながら「疲れてない? なんかエネルギーになるもの買って来ようか?」と気遣う美術部のパイヴァ。その横から録音部のケイがピンマイクをジウンに取り付けながら「今日は何曜日ですか? 土曜日? 土曜日の韓国語は?」と、流れるようにマイクテストを行っている。また部署ごとの役割の中でも、個々のメンバーそれぞれの“得意なこと”が見えてくる。例えばカメラのフォーカスをコントロールする役目を担うことが多い撮影部のJPが、コントローラーを持って小さなモニターの前に腰を落ち着けると妙な安心感がある。そうしてそれぞれの仕事にのめり込むメンバーたちを見ると、俳優、スタッフ関わらず皆がどこかそのポジションを“演じ”ているように見えてくる。録音部のパイが「もうちょっとマイクを下向きにした方が」と同じ台湾で生まれ育ったケイにあえて日本語で指示を出す。特殊なこの現場において、それぞれの“役割”は、メンバーたちの振る舞いをつくる。どこかわざとらしい言動ではあるのだが、他人行儀なそれとも異なる。今ここにある現場を共有し、自分の役割を探し、それを纏い、コミュニケーションを交わす中で特有なグルーヴが生まれている。

オフ

現役美大生であるセイブンとヒョンジンが、橋の欄干に寄りかかって話をしている。それぞれが通う大学のこと、先生、先輩アーティストについての話が聞こえてくる。撮影の現場では、どうしても“待ち”の時間が発生する。1日の撮影の中でも頻繁に待機時間があり、荷物のあるベース(拠点)で、他のメンバーたちの作業終了の報告を待つことになる。ただ待つことはそれなりに苦痛なのだが、メンバーたちにとっては改めてそれぞれのことを共有する良い時間になっていたように見えた。

セイブン「韓国語読めない。」
キン「日本語の方が覚えやすいっすよね。」

アントン「JLPT(日本語能力検定)N1今度受ける。全然勉強してない。」
パイヴァ「N1?すごいね!でもあと2週間あるから大丈夫だよ!」

カイル「フィリピンってクリスマスが4ヶ月あるんでしょ?」
JP「そう、バーマンス(ber month)って呼んでるんだけど。」

オフの状態の会話からは、“役割”を一時的に脱いだメンバーたちの表情が垣間見える。撮影2日目(DAY4)の終盤、すでに終了予定の時刻をオーバーして撮影が続いていたとき、待機中の撮影部カイルと録音部パイの間でこんなやりとりがあった。

カイル「パイさんは、普段もサウンドの仕事をしているの?」
パイ「いや、やってるんだけど、こういったクリエイティブの感じじゃないかな。だからやりたいって思って。」
カイル「そうなんだ、専門技術があるように見えたから。」
パイ「大学ではこういうことやってたんだけど、今は全然できてなくて。」
カイル「それは自分も同じで。今はやれてないけど、いつかはこっちの道に行きたいと思っていて……。お互いがんばろう。なにか良い情報があったら交換して、連絡とっていこうよ。」

幸運なことに天気にも恵まれ大きなトラブルもなく、なんとか撮影の前半2日を乗り切った。メンバーたちは、非日常であった毎週末のロケに段々と慣れてきているように見える。ただ、映画に必要なシーンのまだ半分も撮影できておらず、全体のイメージは繋がっていない。“映画”となっていくのは、まだまだこれからだ。

執筆:阿部航太(プロデューサー、記録)

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