残すことは、難しい。ウェブで「タイムカプセル」を立ち上げるまでの試行錯誤|「東京プロジェクトスタディ アーカイブサイト」制作振り返り座談会(前編)
BACK大切な瞬間が、言葉が、流れてしまう。プロセスを重視するアートプロジェクトにおいて、「記録/アーカイブ」は常に悩ましいテーマです。アーツカウンシル東京の人材育成事業「Tokyo Art Research Lab(TARL)」でも、これまでに記録に関するさまざまな試みを重ねてきました。
その一環で2019年6月に公開された「東京プロジェクトスタディ アーカイブサイト」は、「東京プロジェクトスタディ」の取り組みを残すために制作したウェブサイトです。
創作の現場に伴走するアーカイブとは、どのようにあるべきなのか。どのような形で残せば、記録として役立つのか。アーカイブサイト構築を手掛けた、5名のクリエイターとアーツカウンシル東京の担当者と共に、試行錯誤に満ちた制作過程を振り返りました。
■最終的なアウトプットが見えないプログラムだからこそ、アーカイブサイトが必要
アーツカウンシル東京 坂本有理(以下、坂本):「東京プロジェクトスタディ」は、15~20名規模のチームごとにアートプロジェクトの核をつくるための「スタディ」(勉強、調査、研究、試作)を重ねていく試みです。2018年度は5つのスタディを展開しました。実際に参加できる人数は限られているけれど、公的な文化事業としては、多くの方がこの試みから生まれたものにアクセスできるような道はつくりたい。
そういう意図で、TARLでは情報発信やアーカイブを重視しています。まず東京プロジェクトスタディをどのように残すかを考えました。スタディは、チームごとに初期テーマだけが設定されていて、進め方もやりながら考えるという点が特徴的です。最終的なアウトプットがどんな形になるか分からないんです。なので、冊子やドキュメントブックのような、かっちりまとまった形のアーカイブではなく、更新性や動きのある感じが欲しかった。また、この東京において多種多様な試みが展開されているという状態を可視化したかったんです。
それで、ウェブサイトとして残すのが良いのではと考え、今回の「東京プロジェクトスタディ アーカイブサイト」をみなさんとつくることになりました。
坂本:プロジェクトチームはウェブチーム3名と編集チーム2名。そのなかでも最初にお声がけしたのが、ウェブディレクターの萩原俊矢さんでした。萩原さんには、Tokyo Art Research Labの研究・開発プログラム「旅するリサーチ・ラボラトリー」のウェブサイトを手掛けていただいたことがあって、考え方、つくり方がとても面白かったんです。
ウェブディレクション/プログラミング担当 萩原俊矢(以下、萩原):お声がけいただいたのは、2018年9月のことでしたね。僕はちょうど、福井県の「XSTUDIO」という取り組みにスタジオリーダーとして関わっていて。都市部の若者たちが福井県に集まって、地元の企業とコラボレーションして新しいプロジェクトをつくるプログラムなんですが、その事業と東京プロジェクトスタディがシンクロする部分があるんじゃないかなと思って。プログラムとしても面白そうだし、それをどう残していくのかというテーマも面白そうだなと考えました。
■記録用ツールの導入がうまくいかなかった理由
萩原:それで最初は、記録を残すためのツールとして XSTUDIOでも使っている「Scrapbox」の導入をお勧めしました。みんなでつくるWikipediaみたいな仕組みで、グループ内に自由にページをつくれて、かつそのページにタグ付けもできるサービス。写真も入れられるし、動画サービスなども貼れるし、情報を横断して見られる。ページに「発見」というタグを付けておけば、全メンバーの「発見」リストが見られたりするなど、結構面白いツールです。
それが導入できたら、各スタディ分全部のデータが揃って、そのままウェブサイトにできるかなと思ったんです。気付いたことが時系列でずらっと並んでいたり、一方ではタグによって横断してスタディの状態を見られたりする、リゾーム構造(※)的で直感的なサイトができるかも、と。
※リゾーム(地下茎)構造:整然としたツリー構造ではなく、横断的に錯綜したネットワーク型の構造のこと
坂本:そう、初回の打ち合わせで、XSTUDIOでのScrapbox活用例も見せていただいて、すごくいいなと思いました。直後に東京プロジェクトスタディの各スタディが集まる合同会があったので、さっそくツールを導入してみたのですが……まったくうまくいかなかったんですよね、これが。使い方もレクチャーし、スタディに伴走するアーツカウンシル東京のスタッフ「スタディマネージャー」(以下、「スタマネ」)にも協力してもらったのですが、全然使われなくて。
アーカイブって、やる動機がないと実現しないというか。記録をそういった形で残したいと望んでいるのは、企画運営している私たち、アーツカウンシル東京チームなんですよね。いかに記録用の仕組みを用意しても、当然ながらそこにモチベーションがないと参加者は使ってくれません。そういうことに興味を持ってくれる人がいるんじゃないかなと、ちょっと期待はしていたんですが……。
萩原:僕らが、参加者に向けて、記録の意義や面白さを共有しきれなかったことも原因かなと思います。メモはわざわざ他人に見せるのではなく、自分のノートに書きたいという人がたくさんいるのは当たり前。実際、XSTUDIOの場合は、かなり時間をかけて導入してもらいました。みんなに面白いと思ってもらえるまで、ひたすら自分でScrapboxを使い続けました。
坂本:そういう役割の人が、専任でいないと無理でしたね。私たちも盛り上げ方が分かっていなくて、面白さみたいなものも伝えられなくて。東京プロジェクトスタディの参加者は、スタディのテーマと向き合いたくて、それに時間を使いたい人たち。それでScrapboxの導入は2カ月ぐらいで諦めました。
■大事な断片が流れていく。「主観的情報」と「客観的情報」をいかに残すか
萩原:ただ、スタディごとに動画や音声、写真、議事録などの基本的なデータは残っていると伺っていたので、参加者と共にツールで共有することは諦めたけれど、ひとまずそのまま記録を溜めていくことにしたんですよね。後半、編集をしっかり入れていく必要はあるだろうな、と思いつつ。
そんなことを考えながら、初めてスタディの現場を見学させてもらったのが11月のことでした。見ていると、車座になり、ゲストも交えて話すなかで、やっぱりみんな一生懸命メモを取っているんですよね。ここにいっぱい気付きとかがあるんだろうなと思って、こういうのがちゃんと可視化されて、つながっていくと本当は情報としてすごく面白いだろうなと思いました。
この一人ひとりのメモをなんとか残したい。メモのような「主観的な情報」と、映像や文字起こしを再編集したテキストのような「客観的な情報」の双方があることをこの時点で意識しはじめました。
ウェブサイトデザイン担当 井山桂一(以下、井山):見学した後、「大切な断片が流れていく、どうしよう!」という話を萩原さんと僕でしましたね。しかもスタディ自体はどんどん進んでいて、その時点で3回目ぐらい。もう始めには戻れない。今ある素材でなんとかするしかない、と。でも同時に、いったい誰が今ある素材の文字起こしや編集をするんだろう?というのも問題で。
■メモは参加者のプライベート。 スタディマネージャーでも集めるのが難しかった
坂本:その時点ではまだ、編集のお二人にお声がけできてなかったですもんね。本来は最初に声がけしないといけないんですが、ボリュームや落としどころが見えなくて。あと東京プロジェクトスタディそのものが初年度で手探りだったので運営だけで手一杯で……。
それで、ひとまず手書きのメモとかを逃してはならないと、各スタディに伴走するスタマネにウェブサイトのためにそういった記録の収集に協力してほしいと伝えました。とはいえ、やはり運営に追われて、なかなか残す余裕がない。あと、参加者との関係性から遠慮したりもして。ということで、それもあまりうまくはいかなかった。
当たり前ですけれど、参加者のメモはプライベートなものだったりするから、その場で「写真を撮らせてください」とは言いづらい。こちらとしては、いい素材なんだけれども、どうアーカイブ化するかは、本当に悩ましかった。
結局、解決の糸口が見つかるというわけではなく、やはり動画、音声、写真を残しておくぐらい。ただ、スタディによって、丁寧な議事録だったり、手書きのメモのようなものがあったりして、各スタディの特徴を感じられそうなものが集まってきました。そうして、遅ればせながら編集として川村さんに声をかけたのが2018年12月のことですね。
■外側から見る編集と、内側から見る編集の両方が大切
坂本:そもそもアーカイブは、過去には遡れず、現在からでないと始められないもの。だから川村さんには最初、「もっと早く声がけしてほしかった」と言われました。
編集担当 川村庸子(以下、川村):そうでしたね(笑)。編集者を入れるなら、ものごとが始まる前から声をかけてもらうのが理想ですから。ひとまずそのときにあった素材を見せてもらって、編集パートナーとして高橋さんに声をかけることにしました。
私の場合は、もともと友人たちがスタディ4のナビゲーターをしていたので、2018年10月に一度現場を見に行っていて、これはスタディごとにまったく異なる動きなんだろうなという体感があったんです。だとしたら、全体を俯瞰することも大事だけど、それぞれのスタディの細部が見えている人がいないと、乱暴な編集になってしまう。
そこで、編集やライティングの技術だけじゃなくて、身体的に活動を理解してくれる人と組みたかったんです。高橋さんの場合は、もともと友人だったし、プロジェクトという運動量のある出来事のレポートを書くのがうまい方だなと思ってみていました。何より、すでにスタディ4の記録メンバーでもあった。彼となら一緒に編集しながら外側から引いて見たり、内側から見たりという行き来ができるんじゃないかと思ったんです。
編集担当 高橋創一(以下、高橋):年末に電話がかかってきたのを覚えていますよ。私が記録と編集担当で参加していたスタディ4では、毎回「ラボ通信」という前回の活動を振り返るペーパーをつくっていたんです。だけど、他のスタディが何をやっているのかは全然知らなかった。そこで川村さんと各スタディの見学に行くところから始めました。
■スタディを“邪魔しない”アーカイブサイトにしたかった
川村:この時期は、「東京プロジェクトスタディ全体の報告会をどうするか」が話題でしたね。締めに入っているというか。印象的だったのは、スタディ2の見学に行ったときのことです。
喧々諤々の議論が行われていて。そのなかで「正直、報告会は余計だよね」みたいな話も出ているわけですよ。「こんなに頻繁に集まって、家に帰って文章を書いたり、メールでもやりとりしているなかで、それをわざわざ外の人のために形を整えて発表する必要があるんだろうか。本筋から外れちゃうよね」みたいな話をしていて。その感覚は真っ当だし、私も、同じことを感じました。
そこでさらに「アーカイブサイトをつくります。これをやってください、あれをやってください」とお願いするのは違うなと。何かものをつくるときは、その組織やプロジェクトに対して制作物がどのように作用するかを考えます。東京プロジェクトスタディの場合は、こんなに現場が充実しているんだから、アーカイブが活動の邪魔をしないことが大事。すでにあるものは何か、それをどのように編集したら中の人、外の人、両者にとって機能するのかを考えはじめました。
■スタディごとの感触、しゃべり方、姿勢、バラバラな感じを確かめる
高橋:それと私たちは、現場をたくさん見学して、スタディごとの「感触」を確かめてまわりましたね。見ていたのは、しゃべり方とか姿勢みたいなものです。スタディの活動ってものすごく生々しいので、単純に、第三者の目に触れるよう、左の箱から右の箱に情報を移すということは、難しいんじゃないのかなと。
川村:たとえばスタディ2は、ディスカッションというよりも「チャット」。LINEでは短文でテンポよくやりとりしていて、集まると、円になりながら全員でだらだらしゃべっている。そして急に「あのさ」みたいな感じで、ポーンと話が飛んで、そこから次のヒントが見えたりする。あの部室での会話っぽい雰囲気がすごくいいなと思いました。そういう空気感をどう残すかが課題で。
スタディ5の場合は、いろいろなワークはあるものの、何かを議論や表現しているというよりは、おいしいものを食べながら一緒に時間を過ごして、ときおり言葉を交わし合う。みんな寝転がったり、絵を描いたりしていて、一見話を聞いていないようにも見えるけれど、それぞれが自分に合った方法で思索している。あまりにもどのスタディもバラバラで、アーカイブの形式を揃えるのは難しいなと理解しました。
■「数年後に機能するタイムカプセル」を目指す
坂本:そうやってそれぞれにリサーチや構想を重ねてもらいつつ、ウェブチームと編集チームの双方が顔合わせをしたのが2019年2月の初頭。その後、ミーティングを重ね、チーム全体の目指す方針として、川村さんが基本的な考え方として提案してくださった方針が「タイムカプセル」でした。
川村:東日本大震災以降、SNSがインフラ的な役割になってきて、ウェブサイトの位置付けが大きく変わったと思うんですよ。それまで特徴とされてきた即時性/更新性はSNSが担うようになり、アーカイブ性が高まってきている。では、東京プロジェクトスタディではどのような軸で、何をアーカイブしていくのか。
そこで、参加者にとって、数年後に当時のことを思い出せるタイムカプセルのようなウェブサイトがあったらいいなと。活動の足取りが残せれば、当事者はもちろんのこと、第三者が見たときに「つくるヒント」として価値が発生するかもしれない。現在や来年というよりは、2~5年後ぐらいに機能する素材庫のようなイメージでした。
萩原:このアイデアが出てきたときのことは、よく覚えています。ウェブチーム的にも、もともと考えていたことにも近くて、違和感がなくて。
坂本:とにかく、メモなども含めていろいろぼこぼこ詰め込もうという話は、編集チームが参加する前段でもしていましたからね。
川村:私たちが参加する手前の議論は知らなかったんですが、先ほどみなさんのお話を聞いて、結果的に同じ方向を見ていたんだなと思いました。
リサーチやディスカッションをじっくり重ね、「スタディをスタディらしく残すこと」を考え続けた制作チーム。半年近い構想期間を経て、いよいよサイトづくりにとりかかります。後編では、アーカイブサイトの具体的なつくり方とその設計思想、プロセスについてメンバーが振り返ります。
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(撮影:加藤甫)