「信頼」の先に広がる、自走的な活動とネットワーク。3地域の事例から「つなぎ手」とパートナーの関係を考える(APM#17 後編)
執筆者 : 杉原環樹
2026.03.30
Artpoint Meeting #17の全登壇者、左から、荻原康子さん、森司(ACT)、ゲストの野村政之さん、若菜ひとみさん、立石沙織さん、佐藤李青(ACT)。
アートプロジェクトを運営するなかで生まれる悩みや気づき、言葉にしにくい問題意識を言語化し、参加者と共有するトークシリーズ「Artpoint Meeting」。第17回が、2026年1月18日、東京都墨田区の「YKK60ビル」を会場に開催されました。
墨田区のアートプロジェクト「隅田川 森羅万象 墨に夢」(通称、「すみゆめ」)と連携してひらかれた今回のテーマは、「コミュニティに伴走する、“つなぎ手”のはたらき」。地域で活動するさまざまな立場の人々との協働には、かれらとの関係を柔軟かつ創造的に結ぶ「つなぎ手」の存在が不可欠です。今回は、いずれも地域に広く深く入り込み、関係性の網の目を紡いできた実践者たちの言葉を頼りに、この役割のあり方を考えます。
ゲストは「信州アーツカウンシル」ゼネラルコーディネーターの野村政之(のむらまさし)さん、「アーツカウンシルしずおか」プログラムコーディネーターの立石沙織(たていしさおり)さんと同アシスタントコーディネーターの若菜ひとみ(わかなひとみ)さん。また、「すみゆめ」統括ディレクターの荻原康子(おぎわらやすこ)さん、東京アートポイント計画ディレクターの森司も登壇し、プロジェクトのなかで感じる実感や課題を共有しました。イベント当日の模様を、ライターの杉原環樹がレポートします。
(取材・執筆:杉原環樹/編集:永峰美佳/撮影:池田宏*1-4、9-13、18枚目)

冒頭、墨田区で2016年から行われているアートプロジェクト「隅田川 森羅万象 墨に夢」(以下、「すみゆめ」)について、統括ディレクターの荻原康子さんが発表を行いました。

「すみゆめ」の源流は、2000年まで遡ります。当時、企業メセナ協議会でアサヒビールのメセナ・プログラムにかかわっていた荻原さんは、本社を置く墨田の地域資源とアートをつなぐ企画を提案。当初は職人や町工場と現代美術を組み合わせるものでしたが、次第に江戸文化を育んだ「隅田川」に着目し、「すみだ川アートプロジェクト」(2009年〜)へと発展。その後、すみだ北斎美術館の開館などを機に区の事業として継承され、地元ゆかりの葛飾北斎が描いた「森羅万象」を冠し、2016年に新たなスタートを切りました。

墨田区は面積こそ23区中17番目と決して大きくありませんが、人口は増加傾向にあり、「暮らし続けたい、働き続けたい、訪れたいまち」を謳います。そんななか、「すみゆめ」は生涯この地域に暮らした北斎に因(ちな)み、多様な表現を行う人々がつながり、この地を賑やかに彩ることをめざし、毎年秋のメイン開催に向けた①企画の公募、②月一回の寄合などによるネットワーク形成、③主催企画の実施といった事業を展開しています。
2025年は、主催企画2件と、公募による11件のプロジェクトが実施されました。メイン期間は9月から12月ですが、夏頃からワークショップなどの取り組みがはじまり、約4ヶ月間にわたりまちの至るところで活動が展開されました。

例えば、主催企画の一つ「すみゆめ踊行列 : SUMIBON」は、関東大震災と東京大空襲で甚大な被害を受けた隅田公園を舞台に、鎮魂の意味も込めた生演奏盆踊りを中心に構成(2025年は雨天のため屋内開催)。また、区内各所で制作された巨大ダンボール力士が集結するKOSUGE1-16による「どんどこ!巨大紙相撲~北斎すみゆめ場所~」は、大相撲の本拠地がある地域性をいかし、日本相撲協会の協力を取りつけ、地元企業から懸賞品を募るなど、地域の文化コミュニティがつながる場を創出しています。

10年目を迎えた今年度までの実績は、主催企画26件、プロジェクト企画152件にのぼります。荻原さんはその成果として、大きく4つのポイントを挙げました。
第一に、「アートの視点からの隅田川へのアプローチ」。川面をファスナーでひらくように航行する鈴木康広の作品《ファスナーの船》をはじめ、水上バスなどの交通網の創造的な活用を実証したことで、「すみゆめ」以外でも川の有効利用が増える波及効果を生みました。第二に、「公共空間や遊休施設での賑わい創出」。公園や寺社、空き工場など、場の新たな魅力を引き出しており、堤防でバーをひらくといったユニークな事例も生まれています。

第三に、「地域資源からの新たな創造」。北斎や隅田川をテーマに、リサーチに基づいた多彩な表現が誕生し、運営に区民が主体的にかかわる参加型企画が多いのも特徴です。そして最後が、「参加団体の相互協力」。月一回の寄合を通じて互いの拠点を訪問し、情報を交換し合うことで、イベントがないときでも自律的に協力できる強固なネットワークが築かれています。
さらに今後の展開として、2026年9〜12月に開催される「すみだ五彩の芸術祭」(以下、「すみだ五彩」)について触れました。「すみゆめ」はこの新たな芸術祭で公募プロジェクトの事務局を担い、10年間で培ったノウハウをいかして企画の実現に伴走します。また、最後にはホームページで公開中の「すみゆめプロジェクト in SUMIDA」マップも紹介。区内を5エリアに分け、地域特性や伝承、過去のプロジェクト実施場所などが網羅されたもので、荻原さんは墨田での活動を考える人にその活用を呼びかけ、発表を終えました。

ここから、荻原さんと、東京アートポイント計画ディレクターの森司の対話が行われました。

森はまず、「会場には『つなぎ手』という言葉を新鮮に聞いている人と、懐かしく感じている人がいるのでは」と問いかけ、その言葉がたどってきた歴史について触れました。
「つなぎ手」という言葉は、1990年代後半からまちなかのアートの現場で使われていたと言います。その状況は、社会との接点からアートの現場を捉えた研究活動「ドキュメント2000」に詳しく、『社会とアートのえんむすび1996-2000—つなぎ手たちの実践』(2001年)という本にまとめられています。また、水戸芸術館の主任学芸員(当時)の逢坂恵理子さんらが作品と観客のつなぎ手の必要を説き、大学における人材の育成を主張したのもこの頃。これを受け荻原さんも、阪神・淡路大震災以降のNPO法の制定やアウトリーチ概念の普及もその背景にある、と振り返りました。

ここで森は、「つなぎ手の必要性は昔から変わらないが、その『意味』は変わっているのではないでしょうか」とし、「なぜいまあらためてそれが必要か?」と問いかけました。
例えば、2009年にはじまった東京アートポイント計画では、まちなかで活動するにあたり、アーティストだけでは通年での活動発信や継続的な関係性の構築が難しく、つくり手と地域の両方を見られる存在が必要だと考えたことなどを紹介。また、その伴走役=つなぎ手たるプログラムオフィサーには、先導役としての旗振りではなく、複数年で事業を行う持続可能な関係を築くために、はやる気持ちを抑え、むしろ「待つ」姿勢を求めてきたと言いいます。
一方、荻原さんは、「すみだ五彩」の公募プロジェクトの伴走支援を「すみゆめ」が担っていることに言及し、「公共空間で企画を行うには、管理者への申請や町会への挨拶など、やりたいという想いだけでは実現できない調整が必要になる」と指摘。これに森が「まちなかには美術館のようなキュレーターもいないしね」と応じると、荻原さんも頷き、「すみゆめ」でも回を重ねるごとにアーティストやスタッフを含めた参加者が地域との関係構築に長けていくとし、「結果だけでなく、そのプロセスを一緒に走れることに伴走者としての喜びがある」と語りました。

議論は、つなぎ手の他の役割にも広がりました。森は、活動の継続には「価値化」が必要と指摘。アーティストが苦手としがちな記録や検証のプロセスを担い、経験を言語化して豊かな資源にすることも、つなぎ手の重要な役割であると説きます。荻原さんも同意し、現場の言葉に関して、なるべく平易な言葉を使うことと、地域へのリスペクトを忘れずに「ご一緒いただけますか?」という姿勢を保つことを大切にしていると話しました。
さらに森は、つなぎ手の役割は企画の「実施」「記録」「言語化」にとどまらず、会場での安全管理や来場者の誘導といった「運営」、また昨今ニーズが高まるボランティアなどの市民参加のケアやマネジメントを行う「お世話役」にも広がっていると述べます。
最後に、まとめのコメントを振られると、荻原さんは「市民とアーティスト双方がハッピーな関係になるには、やはり関係性をつくるつなぎ手が必要」とふたたび強調。そしてこうした関係性は、その土地ごとに独自に蓄積されるものだと話しました。これに森は、確かに地域特有の関係性はある一方で、マネジメントの基礎として、ある種のスキルや手順のようなものには、地域を超えて共有できる汎用性もあるはず、と指摘します。
そこで森が強調したのが、つなぎ手が個人ではなく組織、例えばNPOのような形式をとることの重要性です。このように同じ職能に関心をもつメンバーが集まることで、「お互いにキャッチボールをして企画を練り上げたり、疲れたメンバーが休息できる余裕が生まれ、新たな参加者の可能性が広がる。こうしたオープンな関係性を担保することが、プロジェクトを持続可能なものにしていく鍵ではないか」と投げかけ、セッションを終えました。
続いて、「信州アーツカウンシル」(以下、信州AC)ゼネラルコーディネーターの野村政之さんが登壇しました。
野村さんは、アーツカウンシル東京や沖縄アーツカウンシルを経て、地元の長野県に戻り、2022年の設立から信州アーツカウンシルに携わっています。同組織は「アートを身近に、暮らしをゆたかに、さまざまな人が文化を創り、支え合う」を掲げ、地域の文化芸術活動の担い手を支援しており、多方面の機関と緩やかに連携しながら、あくまで住民主体の活動に対する助成、相談、助言などを行う「寄り添い型」の支援を特徴としています。

活動の柱としては、県内の民間団体から計画を公募し伴走支援を行う「助成事業」(令和7年度は50件を採択)や、大学や自治体、社会福祉団体などと連携する「協働・共創」のプログラムに加え、主催事業として、県内のさまざまな立場の学芸員による共同企画の展覧会「シンビズム」や、アーティスト・イン・レジデンスのネットワーク化なども展開しています。

野村さんは、これらの活動の根底にある考え方として「文化芸術を媒介とした協働・共創」を挙げます。「文化芸術が『お皿』になり、そこにまちづくりや観光、福祉、教育など、さまざまな分野の人々が参画することで、新しいチャレンジが可能になる」。アートを触媒に、新しいチームワークが生まれ、地域課題へのリーチや価値創造につなげる狙いです。こうした文化の捉え方は、東日本大震災の被災地リサーチから生じた、地域文化を多様な主体が担う場のあり方を指す「文化的コモンズ」という概念にも通じるものです。
具体的な事例として紹介されたのが、上田市の「のきした」です。コロナ禍に、ゲストハウスを駆け込み寺的に開放したり、映画館をこどもたちの居場所にしたりした民間の活動ですが、野村さんはこうしたNPOとの協働について、単なる資金的支援ではなく、「我々も団体から地域の現状を学び、必要な支援を一緒に考えていく相互関係」と定義します。

支援のプロセスとして、特に重視しているのが、採択初年度の「現地ヒアリング」です。書類だけでは見えない位置関係や課題の切実さを肌感覚でつかむため、広い県内のどこであっても足を運びます。「何より『来てくれた』ことで信頼関係が生まれる」と野村さん。現場での経験を共有し、2年目、3年目と伴走を続けるなかで、団体の活動が「自分たちのやりたいこと」でありながら、同時に公共性を帯びたものへと発展していくようサポートしています。

3年間伴走支援を行った団体は「文化共創パートナー」と名づけられ、今度はかれらがそれぞれの地域で新たな担い手を支援することも期待されています。いわば地域に主体的なプレイヤーが連鎖的に増えていく構造ですが、その目的の一つは、芸術文化を身近にすることです。県内全域、どの県民にとっても近くに芸術文化がある環境をつくること。特に中山間地域では文化をめぐる環境が厳しさを増していますが、アクティブに活動する民間団体が近くにあれば、行政との連携により、文化的な活動の継続が可能になり得るのです。

さらに野村さんは、地理的な広がりだけでなく、分野・領域を超えた中間支援の広がりの重要性も指摘しました。従来のような行政→アーツカウンシル→助成団体という垂直的な支援を超え、文化共創パートナーのような民間団体がハブとなることで、そこからいままで接続できなかった別の団体や個人へと、支援が飛び石のように行き渡る構造です。
民間団体はそれぞれ、福祉、教育、こども、伝統文化など固有の専門性や関心をもちます。かれらが中間支援的な役割を担うことで、多重な支援のレイヤーが生まれ、行政やアーツカウンシルだけでは届かない多様な市民層へのリーチが可能になる。野村さんは、こうした分野横断的なつなぎ手が多層的に存在することで、先述の「文化的コモンズ」のような環境が実現していくのではないかと展望を語りました。

その後の、進行役を務めた東京アートポイント計画プログラムオフィサーの佐藤李青とのやりとりでは、「アート拠点」という言葉も話題に。野村さんは、当初、長野県の文化芸術振興計画に登場するこの言葉を捉え切れずにいたが、東京アートポイン計画の活動を想起するなかで、物理的な場所だけではなく、文化共創パートナーのような人の活動そのものも「アート拠点(アートポイント)」になり得ると理解できた、と話しました。
また、会場でも配布した事業内容を紹介するパンフレットについて、各地域で活動する者同士が、「峠の向こうに似たような関心をもつ人がいる」と互いに気づく媒体になっていると紹介。文化芸術のプレイヤーは地域では孤独感を感じている場合も多いとして、そうした人たちの活動を励ましたり、応援したりするのが自分たちの活動だとまとめました。
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