コウシンキョク-交新局|Artpoint Radio 東京を歩く #6
執筆者 : 屋宜初音
2025.02.20
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「Artpoint Radio 東京を歩く」では、都内にあるさまざまな拠点を尋ねてその運営にかかわっている方にインタビューを行い、その様子をラジオとレポート記事の2つの形式でお届けします。
拠点によって、その業態や運営の手法、目指す風景はさまざま。そうした数多くのまちなかにある風景には、運営者たちの社会への眼差しが映し出されているのではないでしょうか。
本シリーズでは、拠点の運営にかかわるひとびとの言葉から、東京の現在の姿をともに考えていきます。
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第5回は江戸川区東葛西にある「東葛西1-11-6 A倉庫」を訪れました。東京メトロ葛西駅から徒歩15分程、環状七号線には多くの輸送トラックが走り、住宅街には小さな町工場や工場跡地なども残るエリアです。少し路地に入った拠点の近くには、小川が流れ、焼き芋屋さんの軽トラックや、帰宅途中のこどもたちがおしゃべりをしながら行き交う風景が広がっていました。
東葛西1-11-6 A倉庫(以下:A倉庫)は、元床柱工場をリノベーションしたスペースで、アトリエ兼展示スペースとして利用されています。いまは、運営メンバーが平日を中心にスタジオとして利用しながら、週末を中心にさまざまな企画展示やイベントを開催しています。
今回お話を伺ったのは運営メンバーの髙橋義明(たかはし よしあき)さんです。もともと建築を学んでいた髙橋さんは、内装や展示設営のお仕事をする傍ら、A倉庫を運営しています。「東葛西1-11-6 A倉庫」という名前に込めた思いから、展示へのこだわり、また髙橋さんご自身の経験についてお聞きしました。
髙橋:そうです。この名前になったのは2年前からで、それより前は「EFAG」(East Factory Art Galleryの略称)という名前で2016年からやっていました。でもやっぱり、常々ギャラリーという名前に違和感も持っていて、それで2年前にリニューアルオープンしようというときに、拠点の名前も住所をそのまま「東葛西1-11-6 A倉庫」に変えたんです。たとえば拠点の屋号を掲げると、屋根の下で何かが行われている感じがあるんですけど、住所そのままの名前って、地面の上でその都度何かが立ち上がっている感覚があるというか。ここを、そういった場所にしていきたいなって思って名前を変えることにしました。
髙橋:EFAGをオープンした当時は、東京の東側にはアートの拠点って少なかったんです。アトリエを探していたのがはじまりなんですが、そのときは西側の物件も考えていました。西側にはアートのコミュニティができあがっている感じもしていたので。でも僕がもともと建築の出身だったということもあって、絵画とか彫刻とかと、僕らのインスタレーションは混ざり合えないのではないかって勝手に感じてしまっていたんです。それで独自の文脈をつくらないといけないという思いもあって、東京の東側でやろうと決めました。でもやっぱり、この物件を見つけたことが本当に大きいですね。
髙橋:いまは僕と安達淳(あだち あつし)くんの二人がメインで動いています。二人とも武蔵野美術大学の建築学科出身で、当時から一緒にいたんです。大学院を出るタイミングで、僕も安達くんもアトリエがなくなってしまうので、物件を探しはじめました。しかも、そこそこ天井高があるところじゃないと、僕らの作品はつくれないというのもあって。そのときに、ここを見つけて、これだけ広かったら作品を展示できるスペースもつくれるねと話をして、入口側に白壁の空間をつくることにしました。もともとの入口は6枚組の木の扉で渋くて好きだったのですが、残せる状態じゃなかったので、大工の友達に教わりながら現在のかたちに落ち着きました。
髙橋:ありがとうございます。アトリエの写真は、個人的な興味関心もあるのですが、純粋に僕がアーティストであるかどうかに関わらず友達の家に行くことが大好きだっていうところからはじまっていますね。もしアーティストさんが嫌じゃなければ、みんなにも共有できるといいなと思って。それで試しにお願いしてみたら、OKしてくれる方が思いのほか多くて。
話を聞くと、意外と展示の依頼を受けるときにアトリエまで訪問される方は少ないらしいんです。アーティストさんにとっても、アトリエに興味を持ってくれるのは嬉しいことなんだということに気が付きました。個人的には、アトリエはプライベートな部分でもあるから、見せたくない人もたくさんいるだろうと思っていたんですけど、OKしてくれる方が結構多いので嬉しいですね。
髙橋:そうなんです。展示がはじまる前にアップできる写真ってやはり少ないので、そう言った面でもアトリエの写真とか、アーティストの過去作が見られるといいなって思いますね。実際に、投稿への反応もとてもいいんです。
髙橋:はい、そうです。でも本当の発起人は写真家の濱田晋(はまだ しん)くんとアーティストの光岡幸一(みつおか こういち)くんです。かれらが、この場所は広いしアートブックフェアをやってみたらいいじゃんって言ってくれて。それをほかのアーティストにも話してみたら、いろんな人が出展するよと手を挙げてくれたこともあり、やってみることになったんです。コロナ禍が落ち着いてきた時期でもあったので、「みんなコロナ禍の間にも、こんなにつくってたんだ」という感動も大きくて、すごくエネルギーをもらえる企画になりました。
髙橋:そうですね、徐々に変わってきているという感じです。展示してくださった方にフィードバックをもらうなかで設えを変える場合もあります。たとえばA倉庫の看板も、屋外に明かりが欲しいという意見をもらったこともあり、照明としても機能する看板をつくったんですよ。あるいは、白壁が少ないという意見をもらったら、キッチン部分の壁を白壁にしたり。
髙橋:僕と安達くんはサイトスペシフィックな作品をつくっていたので、白壁で展示をした経験がなかったんです。だから白壁に対するこだわりもなくて。建築を学んできたという背景もあるからか、木材の壁がむき出しで残っている感じとか、つくりかけの感じもすごく好きなんですよね。それに、もともと入って右手の入口側のスペース以外は展示スペースにする想定じゃなかったことも大きいと思います。奥側は当初アトリエとして使っていたから、わざわざ白壁にしなくていいよねと思っていたんです。でも、段々と展示スペースが広くなってきて、いまでは白い空間と木の空間が混ざり合った雰囲気になりました。
髙橋:作家さんはワクワクするって言ってくださいますね。この空間を使いながら、緊張感を持って取り組んでいるからこそ、本当にすごくいい展示が続いているんです。そうして、いい展示が続けば、それがいい意味でプレッシャーになって次の展示に影響するのかなとも思いますし、僕ら自身にもプレッシャーになりますよね。
ただ、個人的にはやっぱり、おもしろいことをしなきゃとか奇をてらおうというよりは、作家さんがやりたいって言ったことを実現してあげたい、という気持ちが強いです。だから作家さんが試したいことは、本当に全部試してみるようにしています。
髙橋:たくさんありますね。リニューアルする前は、毎度お馴染みのメンバーが集う場所って感じで、それはそれで楽しく有意義な時間でもあったのですが、活動が広がっていかない感じもあったんです。でも最近は展示ごとに来る人も変わって、それはアーティストさんの力でもあるんですけど、いろんな人に知ってもらえて、リピートしてくれる人も増えてきました。こんな遠いところまで何度も来てもらえて、すごくありがたいです。
髙橋:僕も安達くんも、この場所以外にそれぞれ仕事をしていて、その収入でここの家賃を払うことができているので、この場所だけで収益化を目指さなくても維持できるんですよね。作家さんからお金は取らない、と決めているわけではないんですけど、いまはケースバイケースというか、その都度話し合うようにしています。
やっぱり作家さんにとっても、展示をするための材料費はかかるし、人によって価値観もまちまちなので、僕らがサポートで入らせてもらう割合も変わっていきます。作家自身で什器をつくれるなら僕がつくる必要はないし、つくれない人なら一緒に話し合いながらつくる。展示によって輸送代やDM製作費などの支出も異なってくるし、基本的にはアーティストさんが黒字にならない場合は、お金は大丈夫ですと伝えています。もちろん、最初にパーセンテージを決めた方がやりやすいっていう方もいらっしゃって、そういう場合はしっかり数字をベースに決めることもあるし、本当にまちまちですね。そうはいっても、多くのアーティストさんが謝礼費として売り上げをプールしてくれてますし、アーティスト自らA倉庫の運営を気にしてくれて物販を強化してくれたり、本当に頭が上がらない状態で、僕たちもそういった力添えがあるからこそ楽しく続けてこれているんだと思います。
髙橋:それはリニューアルしてから顕著に変わった部分なんです。いまは、僕たちから声をかけて展示をお願いすることが多いです。それまでは僕たちの友達が中心となって展示をしていました。当時は、いろんな展覧会を見に行って、この人すごいなって思うこともあったんですけど、こういうのが僕も若かったというのでしょうか、ライバルだと勝手に思う部分が生まれて交流を避ける時期もあったんです。でもリニューアルを経て、自分自身のスタンスを考え直して、建築をベースに活動しようと思ってからは、素直に作家さんに対して作品のことを好きですって伝えられるようになりましたね。
髙橋:A倉庫として二人ないしグループ展を企画したりすることは稀で、基本的にはアーティスト主導で企画していただくことが多いですね。アーティストさんに、一緒に展示したい人はいますかと聞いたりして。そうしていくと、アーティスト自身も新しい発見もあって楽しめる気がします。
僕は企画することに関してはまだまだ経験が浅いので、コミュニケーションをはかりながら、その都度自分ができる役割をなんとか見つけて、みんなと同じ空気を吸えるように頑張っています。それが現時点での勉強法でもあるという感じですね。
髙橋:生業としては、建築の仕事とか展覧会の設営とかをやっています。A倉庫の肩書きとしては「借主」と言っていますね。肩書きってすごく難しくて、なるべくみんな同じだったらいいな……と思っているんです。「借りる人」であれば誰でもなれるというか、たまたま借りている者ですと言えるので、借主を使っていますね。そういう立場だから、なんでもできることはやりますよ、という感じです。
髙橋:もともとアーティストとして活動していたんですけど、この場所をリニューアルする前、いろんな要因で作品をつくれなくなってしまった時期があったんです。そのときに、復活するきっかけをつくってくれたアーティストがいました。大学時代からの親友なんですけど、僕が作品をつくれなくなったときに「義明の力が必要です」「僕は絵しか書けないから、ほかの部分を全部やって欲しいです」って言ってくれて。
それがきっかけになって、彼がギャラリーで展示をするときに、僕が会場構成を担うことになりました。それがなんか、すごく楽しかったんですよね。アーティストも「こんなに気が楽なことは初めてです」って言ってくれて。そのとき、僕はこっちの方が向いてるというか、こういうことを続けていきたいなって思ったんです。そうした経験もあったからこそ、A倉庫の展示でも好きなアーティストへの声掛けをはじめました。
髙橋:そうですね、それもあるかもしれないです。できることがあれば一緒にやりたいなって思っています。この場所で展示するのって、面積も広いしすごく大変というか、プレッシャーもあると思うので、それでも展示をしたいという方々は本当にすごいなって思います。大変さを理解しているからこそ、頭が上がらないし、僕にできることがあれば何でもやりたいという気持ちです。
髙橋:それは、いま開催している「今夜、キリマンジャロへ飛ぶ」展でも感じましたね。もともと会場に山をつくる予定だったんです。展覧会名でもあるキリマンジャロのように、視点の変わるレベルをもう一つつくろうと話して、いろんな大きさの山を検討していました。でもほかの作品を置いてみると、それだけでも面積をとるし、山はなくてもいいんじゃないかという流れに変わりました。最初はつくる方向で考えていたし、なんなら僕たちが設営をサポートする部分はそこしかなかったんですよ。でも、みんなで話し合いながら、今回は山をつくらない方向でまとまったんです。
こういったプラン変更ができるのは、A倉庫でのかかわりを仕事にしていないからだとも思います。仕事としてやるとなったら、話の流れで「山がないほうがいいね」となったとしても、すでに材料の準備もしているわけだし、途中でプランを動かしにくいなと。それは自分が携わる内装の仕事でも同じで、ジレンマを抱えていますね。
髙橋:実は、やってみたいと思っているんですよ。たとえば建築の展示だったり、あとは討論会もしたいですね。夏になるとここはすごく暑いので、汗をかきながら話し合いたい。暑さと討論会ってすごく相性がいいかもと思っていて。ほかにもいろいろと企画していて、2025年も素敵な展示が続いていきます!
髙橋:ずっと、この場所にいるわけにもいかないだろうなとは思いますよね。たくさん苦労もあったけど、ここは本当にいい物件なんですよ。だからこそ、そろそろ新しい人に受け渡したりして、この恩恵を誰かに渡したほうがいいんじゃないかと思ったりしています。なので、いまもほかの場所を探してはいるんですけど、やっぱり見つからないんですよね。理想の間取りを書いてみたら、結局ここみたいな感じになっちゃうし。この規模の拠点ってすごくいいじゃないですか。作家さんにとってもいいし、アートを見る環境の幅も増えるし。ゆくゆくは、こういった場所をほかにもつくって、繋げて、巡回展ができたらいいなとも想像しています。
髙橋:時間をかけて一生懸命つくった作品が、短い展示期間で、限定された人だけが見て終わりって、もったいないなと思うんですよ。だから、たとえばほかのスペースと組んで、お互いに巡回展ができたらいいなと考えています。現実には輸送費の問題なんかもあるので、なんとかインフラを整えられたらいいですよね。
髙橋:ないですね。やっぱりすごく楽しいですし、もしこの場所がなくなったら僕は何をやってきたかわかんない人になっちゃうので(笑) この場所は人生の一部というか、自分のアイデンティティにもなっている気がして。だから、こういった場所はこれからも続けていきたいなと思っていますね。
髙橋:こういった場所を続けてくのってやっぱり難しい部分もあって、たとえば経済的な壁にもぶち当たることはありますし。助成金をもらえるようにするとか、そういった試みもはじめてみたり、長期スパンで考えていかなきゃなと思っていますね。
あと、個人的にはレビューサイトをつくりたいです。展示を見る人をもっと増やしたいし、見た展示や作品について話せる環境をつくりたいと思っています。僕は「読書メーター」っていう、本の感想をシェアするアプリをよく利用しているんですけど、それがすごく楽しくて。同じ小説を読んだ人にしかわからない記号が感想に入っていたりとか、読んだ人から独自の言葉が生まれてきている。そういう受け手側から生まれる共通言語というか、語るための言葉が美術にもあるといいなと思います。美術の言葉ってやっぱり少ないと思っているんです。それはもちろん美術が言葉で説明しづらいということもあるんですけど、言葉にする人もすごく限られていると思うんです。言葉にすることが評価に繋がっちゃって、言葉にしづらい雰囲気もあるような気がして。そういう緊張感みたいなものをほぐしたいですね。レビューサイトで、美術について気軽に話せる環境をつくることができれば、美術を見る人も増えていくかもしれないし、そういった土壌づくりみたいなこともやっていきたいなと思っています。
髙橋:それは展示をしているときにすごく思うことなんです。僕が展示をしたときに、僕の作品を見た人と僕とで共通言語がつくり出せなくて、そのことにすごく悩んだ経験もあります。この場所をやっていても、もう少し言説化というか、鑑賞者とアーティストをつなげられるような言語が必要だと思いますね。
展示期間中は、アーティストともよく話すんです。その在廊中の会話とか、いろんな言葉を届けられたらすごくいいなって思います。やっぱり、いろんな人に見てもらうことは大事だと思うし、それだけのものをみなさんはつくっているから、できる限り見てほしいいし、巡回展もできるといいですよね。
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「地面の上に何かが立ち上がっている感覚が生まれるから、拠点の名前は住所をそのままにした」という言葉の通り、インタビューからは展示する作家それぞれとコミュニケーションをとりながら空間に手を加え、ともに展示をつくりあげていく感覚を大切にされていることが伝わってきました。
A倉庫の企画では、状況に合わせて対応していく柔軟さや、作家の意志に寄り添い、ともにつくることを大切にされている一方で、鑑賞者と作家の共通言語をつくるための仕組みづくりに関心を寄せるなど、髙橋さん自身がさまざまな視点を併せ持っていることが印象的です。より多くの人が美術に触れ、楽しむための環境づくりをさまざまな視点から考える。そんな髙橋さんの関心とともに、A倉庫の活動の幅はこれからも広がっていくのだろうなと、楽しみになりました。
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東葛西1-11-6 A倉庫
住所:〒134-0084 東京都江戸川区東葛西1-11-6 A倉庫
アクセス:東京メトロ東西線葛西駅から徒歩16分
インスタグラム:https://www.instagram.com/efag.css/
話し手:髙橋義明
聞き手:小山冴子、櫻井駿介、屋宜初音
執筆:屋宜初音
編集:小山冴子、櫻井駿介