フィクションの部 DAY5〜6「撮影後半」
執筆者 : 阿部航太
2022.03.18
2021/9/4 13:00-19:00
メンバーたちが、プロジェクトの拠点であるROOM302に集まった。昨夜、画面越しに出会ったメンバーたちとの初めての対面となるが、まだお互いに緊張して言葉を交わせないでいるようすも見られた。7人のメンバーは2つのグループに分かれて、DAY2のプログラムの説明が始まった。
DAY2では、各メンバーのシネマポートレイト(映像表現によるポートレイト)をつくるために、まちに出てフィールドワークを行う。これはただのアクティビティではなく、映画をつくるにあたって重要なリサーチの一環であり、その目的を達成するために下記のルールを設定した。
【まちに出て自身のルーツを探す旅】
チーム内で3つの役割をローテーションしながら、メンバーそれぞれのルーツをまちで探して記録する。
①探す人
・自身のルーツに関係のある、または想起させる「場所・もの・瞬間」を探す
②インタビューと録音をする人
・「探す人」がまちで見つけたものにまつわるエピソードを聞いて録音する
③写真を撮る人
・探す人の旅と、その舞台となるまちを写真で記録する
フィールドはROOM302がある3331 Arts Chiyodaから徒歩圏内である、文京区、江東区、千代田区に分けて、各グループには紙の地図を手渡した。この旅ではGoogle Mapなどのオンラインの地図の使用は禁止。馴染みのないまちを、紙の地図を頼りにそれぞれの判断で歩いていく。その中でメンバーたちは自身のルーツを見つけるのだろうか。 そして、その過程において、メンバーたちの間ではどのようなコミュニケーションが生まれるのだろうか。
グループA1の4人は、はじめの「探す人」であるヒョンジンを先頭にあてもなく歩き始める。「改めて探すと、見つからないなあ……」とあせるように探す彼女だったが、そのうちにいくつか気になる風景に出会っていく。まず写真におさめたのは、何の変哲もない坂道。しかしヒョンジンはそこにもうひとつの風景を見ていた。
「私が生まれてから9歳までいた釜山っていうまちは、山がたくさんあって、すごい急な坂道がたくさんあるまちで。……坂道を登ったところに家があったので、そのときは。小学校の低学年だったので、毎日大変だなって思いながら歩いた思い出があります。」
また、その近くで「駐輪禁止」の張り紙を見つけ、路上における駐輪・駐車のシステムが整っておらず、違法駐車やいさかいが絶えなかったという釜山のエピソードを語る。9歳まで過ごした釜山について、細かなことまで記憶に残っているようだ。メンバー選考の面談の際に、ヒョンジンは釜山について「日本に慣れていくにつれて、現実の釜山ではなく私の心の中にある釜山というものができて。帰りたいなと思うけど、そこには帰れないんですよね。現実とぶつかっちゃうから。」と話していた。
そして、それから少し歩いた先に見つけたのが、住宅前に所狭しと並べられた鉢植えだった。ここにも釜山の思い出が蘇る何かがあるのかと聞いていると、彼女は“日本”の話を始めた。
「このブロックの上に乗っている植物。この細々としたのを見ると、日本らしさを感じるんですよね。かわいらしいじゃないですか。絶対に自分の敷地、自分の所有地をはみ出さずに、だけど個性を出して、こう植物を育てているのを見ると、すごい日本らしいなって感じるっていうか、なんかそこにキュンとするんですよね。」
自身のルーツを探す旅で、ヒョンジンは「釜山」と「日本」という2つのまちを探していた。9歳というと、自我も芽ばえ、自分の住む世界についても少なからず理解している年齢だと思う。そのタイミングでの大きな変化が、彼女にとってどんな影響を与えたのか、私には想像することは難しい。この鉢植えについての語りは、“日本”という言葉の中に彼女自身を含めているという印象を受ける一方で、どこかそれを客観視しているようにも響く。
写真を撮影しようと、マスクをはずしたとき、懐かしい匂いがしたとパイが話す。そのまま話を続けそうになった彼を止めて、アントンが録音の準備をする。
「このあたりは緑の香りがする。コロナになってから周りの匂いがしたことはなかなかないので、懐かしいなと思った。台湾ではよく週末、夜にお散歩してて。大学の、こんな感じの緑があって、人がいなそうな……(ここでカラスの鳴き声)……カラスはいないです。……日本なら公園とか。近所だと新宿中央公園とかよく通っています。夜はちょっと危ないですが、人がいないから……ひとりで外国にいるときは、それはちょっと注意してるかな。台湾にいたときは危ないっていう感じは思ったことないけど。」
私自身、台湾に何度も行っているけれど、身の危険を感じたことはない。ただし、滞在中は当たり前に外国にいるという緊張感がずっとあり、それは数年たったとしても簡単に無くなるものでもないのだろう。と、自分の出張や旅行のことを思い出しながら聞いていると、パイが「パスポート持たないと、在留カード持たないと。」と続けた。私がイメージしていた“危険”とは異なる角度の話に変わっていく。アントンはすぐに理解して「お巡りさんとかがよく聞いてくるんですか?」と返す。
パイ「そう。最近もあったんですね。多分テロとかがあって。」
アントン「3年くらいここに住んでるけど、1回もない。」
パイ「えー! ああ、多分あれじゃない?アジアの顔なので・」
アントン「そう……よくないなあ……。」
パイ「ああ! 文句大会になっちゃった!」
異国に住んでいるという境遇を共有しつつも、このまちにある偏見によって経験にずれが生じる。苦々しい返答をするアントンと、それを笑って「文句大会」と自身の発言を茶化すパイ。私自身はその背景にある差別意識への苛立ちとともに、そこに居合わせた際の居心地の悪さをも同時に感じていた。
グループA2の3人は、外に出てすぐに地図を広げて道を確認していた。ショウの希望で神田の古書店街に向かうつもりだったようだが、後で聞くと、結局たどり着けなかったらしい。道ゆく人に訪ねたりしてもわからず、最終的にはそれぞれの直感にまかせて歩き始めた。
「自分のルーツとか言われると、ほんとに困っちゃう。いやー、困っちゃう。」
そう独り言のようにつぶやくショウを、チョウが写真で撮影する。その背景には、2つのマンションらしき建物にはさまれた狭く伸びた道がある。
「住宅街とかを見るのが好きで。どこに向かうでもなくひたすら歩いて、建物と建物の間を写真に撮ったりするのが好きで。いつも友達にも優柔不断って言われてて。ラーメンか、チャーハンかって言われたら、とりあえず半ラーメン、半チャーハンセットを頼む。どっちかに決めるのが苦手で。日本と中国どっちが故郷ですか?と聞かれても、どっちも故郷じゃないかなって答えちゃう。」
撮影されたその場所は、DAY1でヒョンジンが自身の「現在」として披露した写真を思い起こさせた。ヒョンジンは「家と家が寄り添ったかたちで豊かに共存している様」に魅力を感じていると語っていた。同じく建物の間に魅力を感じ、普段もそういった写真を撮ることがあるというショウは、そこに「どっちつかず」な自分を重ねていた。
ヒョンジンが9歳という物心ついてからのタイミングで日本へ移ったのに対し、ショウは2歳のときに家族と香港から日本にやってきた。香港の記憶はかすかで、日本においても自分が「外国人」であることをそこまで意識せずに育ったという。「逆につらい思い出とかがないのが戸惑いというか……。」とも語っている。ただ、自身のルーツについて、それまで自覚的ではなかったというだけで、根底には香港と今まで過ごしてきた横浜との揺らぎがあった。その様子が、ここで撮影された写真、そして彼女の言葉から見えてくる。
ショウ「どっちかに決めなくてもいいのかなっていうのが今の自分のスタンスで。」
コンスタンチャア「その両方っていうの、めっちゃわかります。私もそうで。」
幼少期から世界の様々な場所で住んできた経験のあるコンスタンチャアが答える。ポーランド人として生まれながら、自身はポーランド人としての意識が薄いという。そのことを「前は、私が完全にポーランド人じゃないことを良くないと思ってたんですけど。今は大人になってから、まあ別にそれはそれでいい、自分らしいと思います。」と語っている。
「色々な場所に住んでいたせいで、なんかひとつの場所にすごく強い関係がないので、友達とかもいつもバイバイしなきゃいけなかったから。私のルーツに一番強い関係があるのは私の家族。いつも場所とか人が変わっても、家族がいつも私と一緒に引っ越したので、すごく強い関係があります。」
「自身のルーツを探す旅」を終えてROOM302に戻ってきたメンバーたち。今日のプログラムはこれで終了ではなく、それぞれの旅の記録を編集して「シネマポートレイト」をつくり、その上映会までを行う。メンバーたちはグループの中で意見を出し合いながら、撮影してきた写真の並び順を決め、録音した音声を聞き直し、使いたいエピソードを選ぶ。細かな編集や加工はできないが、この“選び、並べ替える”作業を通して、映像制作の基礎的なプロセスに触れることになる。
上映会では、計7本のシネマポートレイトが披露された。部屋の電気を消し、大きなスクリーンにプロジェクターで映像を投影する。メンバーそれぞれのモノローグとともに、彼ら彼女らが見つけてきた風景が映し出された。個人の声とともに眺めるその風景は、自分ひとりが眺めていた風景とは全く異なるものとして見えてくる。撮影された場所は、ここから徒歩で行けるほど近くの「東京」である。私にとっては10年以上も住んでいるまちで、なにかしら見覚えのある風景ばかりなのに。それでも“異なる”ように見えるのは、私がその風景を通して、メンバーそれぞれのルーツである他の場所、時間、人を見ることができたからだと思う。7本で合計15分程度の映像ではあるものの、地理的にも、時間的にも重層的な映像に新鮮な感動を覚えた。
長い1日だったDAY2はこれで終了。明日は、ドキュメンタリーA期の最終日であるDAY3だ。メンバー同士のフィールドワークを経て、リサーチの手法や機材の扱いかたを学んだメンバーたち。明日は、新たな「他者」に会いに行く。
執筆:阿部航太(プロデューサー、記録)
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