「言葉」を効果的に届けるには?
BACKデザイナー、編集者と研究・開発チームを組む
近年、各地で増加するアートプロジェクトにおいては、その実施プロセスや成果等を可視化し、広く共有する目的で様々な形態の報告書やドキュメントブックなどが発行されています。ただし、それらの発行物は、書店販売などの一般流通に乗らないものも多いため、制作だけでなく「届ける」ところまでを設計することが必要です。また、発行物を通して、そこに通底する価値を広く社会に伝えることも重要です。
TARLでは、そんなアートプロジェクト資料を収集し、広く活用していく環境づくりのため、これまでにアーカイブセンターの開設や、検索データベース「SEARCH302の」の開発に取り組んできました。
そして、今回、新たな研究・開発プログラム「アートプロジェクトの「言葉」に関するメディア開発:メディア/レターの届け方」として、「届け方」に焦点を当てた試みに着手。
多種多様な形態で、それぞれ異なる目的をもつアートプロジェクト資料を、どんな風に届ければ、効果的に活用してもらえるのだろうか? 資料の流通に適したデザインとは何か?
そんな問いを抱えつつ研究・開発チームに参加した、アーツカウンシル東京・中田一会がレポートします。
テーマ|4事業22冊の発行物を効果的に届けたい
題材として取り上げたのは、「東京アートポイント計画」「Tokyo Art Research Lab」「Art Support Tohoku-Tokyo」「TURN」という、アーツカウンシル東京の事業推進室事業調整課で取り組む4事業において発行された冊子です。その数、22冊。
例年通りであれば、これらの冊子は年度末にダンボール箱に詰め、A4サイズの送付状を添えた上で、各研究機関や専門家、芸術文化施設等に向けて発送します。しかし、この方法では、年度切り替わりの多忙な時期に、開封されるのも活用されるのも遅れてしまうことが課題でした。
案1|そのままフィルム梱包して届けてはどうか?
今回の研究・開発では、美術家・北澤潤さんの日常をメディアとして届けるプロジェクト「DAILY LIFE」などのデザインを手がけるデザイナー・川村格夫さん、アートプロジェクトをはじめ様々な活動体のことばの届け方に長けている編集者・川村庸子さんと佐藤恵美さん、そしてアーツカウンシル東京のプログラムオフィサー・佐藤李青と中田一会が研究開発チームを組みました。
「中身が見えることが解決策になるのでは?」
ディスカッションを重ねてたどり着いたのは、「束ねた冊子をそのまま包んで送る」という大胆なアイデア。梱包用の透明ラップでぐるぐる巻きにして、本束の形そのままで届けられないか検証をしてみることに。
ところがリサーチの結果、(1)丁合とラッピングをこの方法で印刷会社に発注すると予算がかなり割高になること、(2)配送業者の多くは透明で生の形状の荷物は配送不可の可能性が高いことが判明しました。
案2|本棚がそのまま届くような形状で届けるのはどうか?
そこで次のアイデアとして登場したのが、1面が空いたダンボール箱に冊子を納め、透明フィルムで梱包するような形状です。川村格夫さんからはこんなプロトタイプの写真が届きました。
「本棚がそのまま届く」イメージです。
この形状であれば、ダンボール箱に納めながらも中身が見え、資料としてすぐに活用してもらえそうです。郵便局の窓口にプロトタイプを持ち込んで確認をとったところ、配送可能とのことでした。
そこで、この方向で進めることとし、「Box」は川村格夫さんが専門の業者に相談しつつ制作コストを試算しながらデザインを制作。
また、冊子と事業の関係性を伝えるメディアとして、川村庸子さん、佐藤恵美さんとは送付状に代わる「Letter」の企画制作を進めました。こちらは各事業の状況や、その中でも特に伝えたいテーマを読み物としてまとめていきました。
最終案|Words Binder 2016 / Box + Letter
以上の案2をブラッシュアップして仕上げたのが、「Words Binder 2016 / Box + Letter」です。
プロセス|作業ラインも含めて設計
ちなみに今回は、Boxのスタンプ押印、組み立て、冊子の丁合、箱詰め、梱包に至るまで、すべて手作業で進めました。事業を担当するアーツカウンシル東京・プログラムオフィサー総出の発送作業!
「言葉を年度末のご挨拶としてギフト的に届ける」ことに取り組むにあたり、あえて手作業に挑みました。モチベーションと手間の関係性や、作業ラインについてもデザイナー・川村格夫さんから提案を受けて実験的に構成。
結果と振返り|好評の一方、郵送の思わぬ落とし穴が発覚
新しい言葉の届け方として、包み方と伝え方の両面で試行錯誤を重ねた今回の研究・開発。お届けした先からは、「本棚が届いたようでうれしい。そのまま棚に並べました」「どの冊子も充実した内容なので施設で活用したい。SNSで投稿してもいいでしょうか」「今年もたくさん届きました。早速開封しました」などのコメントを多数いただきました。
一方で、郵送に関して想定していないアクシデントも。それは、郵送の中継局によっては、発送元への確認無しでガムテープ補強されてしまうということ。
「ガムテ姿」の一報を受けたときの衝撃は忘れられません……。1面が開いているように見える見た目が、郵送担当者には不安に感じられたのかもしれません。
ただし、その点に関しては、厚みのある透明フィルムで全体をしっかり包み込み、強度的に問題ない(=空いている面を下にして激しく振っても破れない)ことを郵便局で確認してから発送しています。それにも関わらず、発送先約20件にヒアリングした結果、おおよそ2/3でテープ補強を確認。中身に問題ないとはいえ、意図通りの姿で届かなかったBoxがかなりの数あったようで、大変残念です。
郵便局の窓口に問い合わせると、発送ラベルの「摘要欄」に禁止事項(「テープ補強禁止」など)を記入することで防げたかもしれないとの回答でしたが、それでもテープ補強される可能性はあるようです。
まとめ|言葉の届け方を考える
今回の研究開発プログラムでは、冊子の届け方ひとつでも「つくる→組む→届ける」というプロセスがあり、どこからどこまでを誰と手がけ、委ねていくかの設計も重要であることがわかりました。そのバランスによってコストや手間は変動しますが、物質的な「言葉」としての冊子の届け方には、もう少し工夫の余地や選択肢がありそうです。
また、このほかに、広く伝えて届ける方法としては、公立図書館に冊子を寄贈すること、国立国会図書館のデジタルアーカイブ事業にウェブサイトを収集してもらうことなどのアプローチもあり、Tokyo Art Research Labや東京アートポイント計画では実際に行っています。
アートプロジェクトの現場の課題の解決や、知見の可視化を目指し、様々な課題に挑むTARLの研究・開発プロジェクト。今回の検証結果やこれまでの蓄積を活かし、より良い届け方を今後も考え、検証していきます。