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REPORT

ディスカッション3「ゆるやかに混ざり合う社会はどう生まれる?―『違い』を『出会い』に変換する」レポート

公開日|2020.03.18

開催日:2020年2月12日(水)
ゲスト:徳永智子(筑波大学人間系教育学域助教)横堀ふみ(NPO法人DANCE BOX プログラムディレクター)
モデレーター:上地里佳(アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー)

「いまの社会で、これからの実践を立ち上げるための新たな視座を獲得する対話シリーズ」として全4回にわたってひらかれる対話の場「ディスカッション」。2019年度は、アーツカウンシル東京プログラムオフィサーの上地里佳が企画・モデレーターを務め、「これからの東京を考えるための回路をつくること」を試みます。
第3回(令和2年2月12日)のテーマは、「『違い』を『出会い』に変換する」。ゲストは、多文化の居場所づくりの研究・実践を重ねる教育社会学者の徳永智子さん、劇場Art Theater dB神戸を拠点に多文化をかけ合わせながらパフォーマンスや企画制作に取り組むNPO法人DANCE BOX プログラムディレクターの横堀ふみさんのお二人です。

「普段すれ違う人々のなかに、いろんなルーツを持つ人がいて、私たちがアートプロジェクトを行う際にも移民の方や海外ルーツの方と協働する機会が増えてきています。そして、私の地元であり、ゆくゆくは拠点を移す予定である沖縄県宮古島でも、近年のリゾート開発が進むにつれて海外からの労働者流入が起こっています。彼(彼女)らと、どのように出会い、よりよい暮らしや価値観を育んでいくことができるのかについて関心があります」(上地)

モデレーターの上地による、ディスカッションにあたってのきっかけが語られたあと、ゲストのお二人の活動をおさらいしながら、多様な文化が同居する社会における「違い」と「出会い」について考えました。

場所や領域を越境して考える:徳永智子

筑波大学人間系教育学域の助教である徳永智子さん。「教育社会学」を専門分野に置き、移民の若者たちにとっての居場所づくりを考え、実践を重ねてこられました。ご自身の育った場所も、日本、アメリカ、インドネシアにまたがり、研究分野においても学際的に学びを深め、「場所や領域を行き来しながら」活動されています。かねてから多文化共生を考える徳永さんは、いまの日本はひとつの転換期を迎えていると言います。

「最初に、日本はすでに多文化社会です。外国人を日本に受け入れるか、受け入れないかという議論を聞くことがありますが、80年代に多くのアジアの女性たちが来日したことからはじまり、日本には多文化社会の歴史がかたちづくられています。さらに、去年の4月には改正出入国管理法が施行され、正面から外国人労働者を受け入れる体制になりました。新たな法の施行に伴い、いままさに『多文化共生』が重要になってきていると思います」(徳永)

徳永さんが大学で受け持つ「越境と日本社会」に関する授業の受講者の多くは多様なルーツを持つ学生たち。一方的に語る講義ではなく、ともに考え議論する場づくりを行い、そのなかで徳永さんが培った「多文化・多言語」との向き合い方について語ってくれました

海外からの労働者の受け入れを拡大する法案は施行されたものの、外国人児童の教育環境整備など、生活者としてサポートするという点において、現段階では多くの課題が残っています。どういうふうに外国人との暮らしをつくっていくのか、転換期のいまこそ考えていく必要があります。

「ただ、これらの問題を考えるのは、マジョリティである日本人だけではだめなんです。日本人が外国人をどう支援するかではなく、共生の難しさも含めて、一緒に考えて実践すること、対等な目線で議論して『多文化共生』を実現していく必要があります。今日のディスカッションで私がキーワードとして考えたのは、『越境』と『出会い』。これらが、多文化における『共生』につながるのではないかと思います」(徳永)

1999年より舞台芸術制作者として「NPO法人DANCE BOX」に務め、さまざまな舞台公演をプロデュースしてきた横堀ふみさん。拠点を置く神戸市長田区は、市内でも高齢化率、空き家率が高い、課題先進地域と言われています。そして長田区のもうひとつの特徴は、その国際性。人口のおよそ1割弱が、ベトナムや韓国、フィリピンなど海外の地域をルーツとする移住者なのです。

「『DANCE BOX』が長田区で活動をはじめたばかりの頃、地域のリサーチやヒアリングをベースにプログラムを組み立てていきました。そして徐々に若いアーティストを受け入れられるような土壌をつくりながら、同時に、国際プログラムとして、アジアやアメリカ、ドイツなどからのアーティストと協働してプログラムを制作しています。ただ、あるとき、ふと気づいたことがありました。それは『国際って、海外の地域のことだけを指すの?』ということでした」(横堀)

「新長田で踊っている人に会いに行く」(NPO法人DANCE BOX, 2010年)フィールドワークにて、老人ホームでの一幕。横堀さんは、イベントの最後に、アリランや民謡が流れるなか、在日コリアンのおじいちゃんおばあちゃんが踊る姿を見て、「こんなに美しい踊りがこの世にあるのか」と、感動したそう

長田区には、各国の料理店・食材店、そしてコミュニティが形成され、多文化が深く根付いています。それならば、海外でなくとも長田区でこそ国際的なプログラムができるのではないかと思い直した横堀さんは、2014年から移住者や在日の方々と一緒につくるプログラムを進めることにしました。地道なリサーチやフィールドワークを積み重ねて2017年にできた舞台作品が、その名も「滲むライフ」。

「この作品は、在日コリアンが行う『チェサ』という故人を弔う儀式を舞台上で再現することと、新長田の日常のひとつの風景である『カラオケと踊りのある場』をつくる、そんな2部構成の作品でした。実際には、長い時間をかけて、在日コリアンのおじいちゃん、おばあちゃんとエクササイズして、話して、学んで、一緒に過ごして、作品をつくりあげていきました。そのときに強く実感したのは、ダンスは文化や料理を含めた、人の生活のいろんな要素と絡まり合いながら生まれてきたものなんだってこと。公演に来てくれたお客さんの様子を聞くなかで、どこか感情にふれる部分があったのかもしれません」(横堀)

対等な関係のままに話すこと

お二人の活動紹介を経て、ディスカッションの時間が続きます。横堀さんが行った「滲むライフ」の紹介を受けて、徳永さんから熱い感想が語られました。

―徳永智子(以下、T):横堀さんの話を聞いて、私も「滲むライフ」の公演の場にいたかったなと思いました。在日コリアンのおじいちゃんやおばあちゃん、その孫や、友達に連れてこられた人、たまたまそこに居合わせた人、いろんな人が同じようにパフォーマンスを共有できる場だったのだろうなと想像します。もしかして、多文化共生には関心なかったけど、来てみたらすごく感動して涙が出てきた、というような人もいたのかもしれませんよね。

―上地(以下、U):私も横堀さんと同じようにアートプロジェクトに従事する者として、地域へ根気強くアプローチする姿勢に感銘を受けました。積み重ねてきた地道なアプローチが、ちゃんと舞台に表れていますよね。この2年後に行った「多国籍カラオケ大会」でも、涙した人が多かったと聞きました。

―横堀ふみ(以下、Y):「多国籍カラオケ大会」は、私の念願の企画なんです。2014年の事業で、最初は、ベトナム人の方々と演劇をつくりたいと思って走り出したのですが、気づけばカラオケ大会になっていたという企画がありました(笑)。でもこのかたちになって良かったなと思います。ベトナムコミュニティのレストランに行くと、みんなカラオケが好きで歌っているんです。だから、「多国籍カラオケ大会」のときにも「自分の大好きな歌を歌ってください、できれば故郷の歌が聞きたいです」というお願いをしていました。なかには、故郷の歌は歌いたくない人や「日本の歌が歌いたい」という人もいましたが、それはそれでOK。あと、これまでこの地域を引っ張ってきたおっちゃんたちにも出てもらいました。そして、司会は長田区の多文化の歴史を知り尽くしているプロフェッショナルの方にお願いして、歌っている方のそれぞれの背景や、どんな思いで生活しているのか、自然に引き出してもらいました。上手い下手は関係なく、しみじみ良かったですね。染み入るものがありました。

―T:これは、すごく学びの多い事例だと思います。よくNPO団体などの多文化共生の取り組みを聞くと、外国人が消費されてしまう現実があるんです。例えば、「『多国籍カラオケ大会』やるから、外国語で歌って!」みたいなお願いをしてしまって、結局外国人が歌わされて、それを日本人が聞くという妙な上下関係の構造が生まれる。対等な関係をつくり、優劣をつくらないように気をつけていても、そのようなことが起きてしまうのです。横堀さんの話からは、そういうものを微塵も感じさせませんよね。

―Y:どんなプロジェクトでもそうですが、主催する側は力関係におけるパワーを持つ立場にありますよね。対等な関係を決して崩さないために、その前提に自覚的であることは、常に心がけています。

―U:今回伺ったプロジェクトは、演者、観客、支援者、制作者といった役割があいまいになるようなプログラムをつくっていますが、舞台美術からもそのポリシーが伝わってきました。舞台と客席が地続きになっている会場の仕立てが、それぞれの境界をゆるやかにして、対等な関係をつくる意識にもつながっているようです。

想像して、異文化へと歩み寄る

ディスカッションの後半は、参加者からの質問に答えながら進行していきます。とりわけ対話が白熱したのは、多文化共生を考えるうえで「マジョリティ」にどう開くべきか、という問題です。多様なルーツを持つ、いわゆる「マイノリティ」と言われる人たちが日本社会のマジョリティから独立して自由になりたいという思いと、保守的なマジョリティにも理解を広げるためにはお互いが歩み寄る必要がある、というジレンマがあるのです。

―T:例えば、私が主催しているマイノリティの人たちが集まっている交流の場を、外に開いてしまっていいものかと頭を悩ませることがあります。同じ文化、言語、経験を共有している人が集まるからこそ安心していられる場所があるとすると、そこにいろんな人を招き入れてしまえば、その瞬間にそこは居心地のいい場所ではなくなってしまう可能性があります。けれど、いろんな人が交流できる居場所があったほうがいいってなったとき、その線引きはすごく難しい。

―Y:私も、その線引きはすごく大事だなと思います。長田区のおばあちゃんのもとへ話を聞きに行くときは、できる限り少人数のスタッフで行くようにしました。最終的には開いたかたちのプログラムにしますが、プロセスの段階では、どこまで開くか、閉じるか、というところにはすごく気を遣います。

―T:いまひとつ思っているのは、いろんな居場所を持っていたほうがいいなということです。あるときは、同じような人が集まるインフォーマルなサポートの場。あるときは、マジョリティと呼ばれる人がいて緊張感のある場。そこは一見ネガティブなようだけど、難しい議論もできるかもしれないし、次の居場所につながるきっかけが生まれるかもしれない。これまでつくってきた交流の場をいつ開いて、閉ざせばいいのかというのは、こういった実践を行ううえで、大事な問いだと思います。


多文化共生の下地をきちんとつくるために、マジョリティと多様なルーツを持つ人との出会い方についても、試行錯誤があるようです。ただ、そのうえで徳永さんは、すでに日常のなかで私たちは「混じり合っている」とも話します。


―T:授業やプログラムよりもっと日常的な場所、例えばスーパーやコンビニ、銭湯など、日常生活のなかには多様なルーツの人と混じり合っている場所はたくさんあります。けれど、そのときは何も考えず通り過ぎていくことが多いです。コンビニで働いている人の背景まではなかなか考えないものですが、そこで一歩先の想像力を膨らませてみる。共感はできないかもしれないけど、想像して、その人に歩み寄ることがとても大事だと思います。例えば今日、これから帰る途中に「そういえばこんな人と出会っていたな」と気づくかもしれません。日常世界にもっと目を凝らせば、ヒントはそこかしこにあります。

多文化共生をもたらすもの

日本における移民や外国人労働者にまつわる情報はメディアを通じて入手できますが、いまいち実感を持って理解できていないということが往々にしてあります。徳永さんの授業の受講生は、実習のなかで定時制高校へ赴き、交流した際に「すごく可哀想な生徒だと思っていたから、あんなにポジティブで元気だと思わなかった」と驚いたそうです。そういった機会を得てはじめて「出会う」ことができるように感じますが、かねてから多文化社会である日本で、私たちは多様なルーツの人とすでに出会っているはずです。必要なのは、日常生活ですれ違う異文化の人々に気づき、想像して、「出会い直す」こと。それが多文化社会を実現するために個人ができる最初のステップなのだと教わりました。
多様なルーツを持つ人に対して「受け入れる/受け入れられる」という二項対立から抜け出し、いかに一人の人間として出会うことができるか。自らの偏見を取り払い、常に想像力を働かせながら日々の生活を送ることができたのなら、個人としての成長にもつながるのではないか。ひいては、「多文化」に限らず、同じ文化の同じ世代・異なる世代とのより良い共生にも作用するのではないかと思いました。

執筆 浅見 旬
撮影 齋藤 彰英
運営 NPO法人Art Bridge Institute