生きる力としての物語の力。わたしたちはどう取り戻すのか。 —石神夏希「東京ステイ」インタビュー〈後篇〉

「東京ステイ」は、劇作家の石神夏希さんを中心としたNPO法人「場所と物語」が2016年から取り組んでいるプロジェクト。何気ない普段のまちの光景に対して、私たちはどのように異なる視点、「物語」を見出しうるのか。そんな問いを掲げたこのプロジェクトでは、現在、「巡礼」を意味する“ピルグリム”と呼ばれる実験を通して、そのアプローチを模索しています。

「場所との関係を、自分なりに紡ぎ直していける物語の力に興味がある」と語る石神さん。形成過程のプロジェクトのなかで、彼女はどんなことを感じ、何を考えてきたのか。伴走者である東京アートポイント計画ディレクター・森司との対話から探ります。

〈前篇〉「巡礼から生まれる、「場所」との新しい物語 —石神夏希「東京ステイ」インタビュー」

ピルグリム=偶然をキャッチする身構えの鍛錬

——「東京の物語にチェックインする」で、メンバー間の違和感が浮き彫りになった「東京ステイ」。そこからはどんな活動をされたのでしょうか?

石神:ひとつは、ゲストを呼んだレクチャー&ディスカッションです。自分たちのフィールドワークの「なんか違うニュアンス」を、先駆者の話から考えようとしました。
たとえば「カレーキャラバン」の加藤文俊さんからは、フィールドワークには自分が移動しないという方法もある、ということを学びました。もうひとつ大きかったのは、NPOで夏に自主的に行った千葉での合宿です。ここで、そのあと実験することになる「ピルグリム」のヒントを掴んだ気がしました。

——というと?

石神:合宿中にいろんなトラブルがあったんです。車が壊れてしまったり、真夜中に来たメンバーに買い出しを頼んだらコンビニがものすごく遠かったり。でも、それが楽しかった。こういう、偶然を受け止めながらあえて遠回りをして集まり、ひとときを共有したあと、日常に還っていくことがしたいと。2017年10月には東京の檜原村で、ピルグリムの実験のための合宿をしたのですが、そこでも現地で何をするかよりも、どう集まり、解散するかの設計を試そうとしました。

東京ステイ「レクチャー&ディスカッション」

——秋に行った檜原村の合宿では、参加した全員に「朝8時には出発して、6時間かけて辿り着くこと」がミッションとして与えられたそうですね。

石神:メンバーは、それぞれが選んだルート上で「一緒に檜原村へ連れてきたかった人」への手紙を書き上げ、その過程をSNS上にテキストや写真で共有しました。遠回りしたり寄り道したりしながら、偶然が起きる状態をどう仕込むか。こう言うと、完成されたピルグリムの手法があるようですが、むしろ自分たちがいま、ピルグリムを通して偶然をキャッチする身構えを稽古しているんです。

:演劇っぽいね(笑)。

石神:そうですね(笑)。偶然を受け入れて思いもよらない展開につなげる身体性は、都市やコミュニティと関わりながら演劇のプロジェクトを立ち上げるなかで、自分も学んできた実感があるんです。アクシデントから何かが生まれる。実際、檜原村でも雨のために予定していたバンガローに泊まれなかったのですが、たまたま寄った喫茶店に泊めてもらえることになって……。

東京ステイ「ピルグリム(巡礼)」。それぞれが目的地までさまざまなルートで向かい、手紙を書き、読み合う。

——千葉の合宿といい、いろいろ起きますね(笑)。

:その日、店番をしていたおばあちゃんの娘さんがバレエをされている方で。私たちが文化の話をしているのが聞こえるわけですよね。それで信頼されたみたいで、「使っていいわよ」と。あの日、雨が降らなければあの場はなかった。偶然が必然を呼び、とても良い場になったんです。合宿ではなくてサバイバル、本当の意味での「東京ステイ」をしたんですよね。

嘉原妙(東京アートポイント計画・プログラムオフィサー):もうひとつ、あの日みんなで書いてきた手紙を読みあったのも大きかったですよね。プロジェクトで集まったメンバーなのですが、あそこでそれぞれ個人の物語を共有した感覚がありました。

石神:そうですね。その場に連れてきたかった人への手紙ということで、私は父に向けて書いたのですが、みんな家族など、それまでお互いに話したことがなかったようなプライベートな関係性について書いていました。

:それぞれの人との距離感の話なんです。生々しくもあるけど、他者にはそれが物語になる。また現地へのプロセスも含んでいるので、妙に上演台本っぽいものでしたね。

石神:今日、どうやってここに来たかという内面的な旅の記録でもあった。SNSに上がる文章や写真も、必ずしも直接その人を語っていなくて、聞こえた音や見た風景についてでした。でもそこには、思っているその人の気配がどこか含まれていた気がします。

《hato_pepin “でも私はだれを幸せにするために生まれてきたわけでもないのだと、自分の好きなように幸せにも不幸せにもなっていいのだとわかったから、私はいま檜原村にいます。” #場所と物語 #東京ステイ #ピルグリム》東京ステイ檜原村合宿での石神さんのInstagram投稿。道中の思考と言葉を記録していった。

当事者と観察者が同居する「あわい」

——「上演台本っぽさ」とも関わりますが、石神さんは劇作家としてもまちに溶け込むような作品を作られている。演劇作品とプロジェクトの関係をどう考えていますか?

石神:もちろん両者の質は違いますが、自分にできることはそんなに多くないから、結果的に似てくる部分もあります。とくに、2017年秋に上演した『青に会う2017.10-11』 は、東京ステイの合宿と時期が重なっていたので、双方に影響があったと思います。これは京都の舞鶴市で2週間のアーティスト・イン・レジデンスを通じたリサーチから生まれた作品で、パフォーマーが演じる架空の人物が、実際に舞鶴のまちで2週間、滞在して生活する様子を演劇としてノンストップで上演し続けるものです。毎日、特設サイトに翌日の戯曲がアップされ、そこに書かれた日時と場所に行くことで観ることができるのですが、上演される内容はスーパーで買い物をするとか、地域の方と待ち合わせして会うとか、ごく普通の出来事で。

『青に会う 2017.10-11』(舞鶴、2017年)(映像:和久井幸一)

——戯曲の存在を知らない人々には、ただの日常の一コマに過ぎないと。

石神:演劇における日常と非日常の反転は、よく考えますね。東京ステイのメンバーの間でも、以前から「住む」ことと、旅など「滞在する」ことの間を考えたいと話していて。東京にはいろんな場所から人が集まりますが、たとえば3年間、東京で暮らすのは、「住む」なのか「滞在する」なのか。根を張るのでも旅するのでもなく、その間がいろいろあっていいんじゃないかと。その間で宙ぶらりんな日常のあり方を探ってみたい。

——当事者(住む)と、観察者(滞在する)の間を行き来するということですか?

:いや、当事者と観察者という二項対立ではないんですよ。そのどちらかの視点になるのは簡単なことで。むしろ、ピルグリムをしているときに起こるのは、立場が入れ替わるのではなく、同じ立場のまま変わっていくこと。当事者のまま観察者に、観察者のまま当事者になる。それらが同居しちゃう状態をいかにつくるかを考えているんです。

——重なり合う「あわい」の部分が大切ということですね。

石神:そうですね。まちで誰かとすれ違ったときに、その人の内側から自分を見る。自分のまなざしがその人を通じて自分に跳ね返ってくる。自分が他者であることに気づくというか、そうしたところに生まれる想像力に関心がある。

:アートポイントでは、石神さん以外にもさまざまな演劇人と仕事をしているのですが、彼女の演劇は、僕の言葉で言うと「1分の1の演劇」。つまり、この実社会における演劇なんです。ただのフィクションではなく、生活のなかに生に出てくる「演じること」と「演じないこと」の区別もつかない小さなあわいを重要にしている。その目線や感性があることが、いまも試行錯誤するこのプロジェクトのエンジンなんです。

場所と自分の関係を変える物語の力

——最後に、プロジェクトの今後について考えていることを聞かせてください。

石神:いま取り組んでいるのは、イラストレーターの寺本愛さん、編集者の安東嵩史さん、場所と物語メンバーでもあるアートディレクターの小田雄太くんと一緒に、これまで主に言葉で表現してきたピルグリムを、「十牛図」で視覚的に表現するブック制作です。「十牛図」というのは禅の思想を土台にした10コマ漫画のような絵で、悟りを開くプロセスを人(自我)と牛(真の自己)との関係に重ねて描いたもの。牛を追いかけ、苦労してつかまえて、牛を我が物にして家に帰ると、牛のことも自分のことも忘れてありのままの自然が見えてくるという展開なのですが、面白いのは、10コマ目、つまりラストが酒瓶をぶら下げて市井に戻る図なんです。つまり、悟りを開いたら、俗世に戻ってくる。

——日常と違うレイヤーに行って、日常に戻ってくる。

石神:私たちもピルグリムを通じて、そこにいない誰かに向かって手紙を書く、いわば「生霊を道連れに都市をさまよう」ような非日常的な時間を過ごして、だけど最後には全員が集合してご飯を食べながら手紙や体験を共有し、日常に還る。でもその日常は、すでにピルグリムをする前の日常とは変わってしまっている。もう元には戻れないんです。以前、メンバーの馬場さんから、「この活動に対して、(いい意味で)一貫したアウェイ感を感じている」と言われました。それはとても大事なことだと思っていて。普段はビジネスをバリバリしている人たちが、時間を贅沢に無駄遣いしてモヤモヤしたまま帰る。そうやって持ち帰ったモヤモヤが、それぞれの現場に少しずつ影響を及ぼしていく。このプロジェクトが、そんな場所になればと思うんです。

『東京ステイ 日常の巡礼 まちと出会いなおす10のステップ』ブックの詳細についてはこちらの記事に詳しい。

:さっき言った石神さんの持つ日常への感性、このプロジェクトを通して見つけようとしている能力は、これからとても必要なものだと思っています。大きな変化のなかでサバイバルして、そこをすり抜ける術。とくに2020年の東京オリンピック後の東京において。

石神:「場所と物語」というテーマになぜ自分は取り組みたいのか。それは、選べない場所や状況のなかで生きている人たちも、生まれてきたことを肯定できる世界であってほしいということなんです。そのとき大切なのが、自分がどうしてそこにいるのか、つまり、場所との関係を自分なりに紡ぐことができる物語の力だと思う。それは、受け入れがたい事態を変えていったり、次の場所へ進んでいく力にもなると思うんです。

——現実はひとつだけど、どう解釈するかで向き合い方は変えていける。

石神:自分と場所との関係性、つまり物語を編み直す力は、誰もが無意識に使っている「生きる力」だと思いますが、普段は見えづらいし、その必要性を切実に感じることは少ないかもしれません。だけど今後、だんだんと人口が減り、活気がなくなったり、貧しくなっていく社会ではなおのこと、その力が必要になるし、なければ本当の危機になってしまうと思う。このプロジェクトで考えたいことは、そんな物語の力を一人ひとりがどう取り戻すかなんじゃないかと思っています。

Profile

石神夏希(いしがみ・なつき)

劇作家/ペピン結構設計/NPO場所と物語 理事長/The CAVE 取締役
高校卒業と同時に劇団・ペピン結構設計を結成。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。近年は横浜を拠点に国内外に滞在し、都市やコミュニティを素材にサイトスペシフィックな演劇やアートプロジェクトを手がける。またNPO場所と物語 理事長、遊休不動産を活用したクリエイティブ拠点「The CAVE」の立ち上げおよびプログラムディレクション、住宅・都市系シンクタンクでの研究執筆、株式会社ロフトワークへの参加など、さまざまな領域を行き来して劇作家として活動している。
主な作品に『花嫁』(横浜・黄金町、2013年)、『Fantastic Arcade Project』(北九州、2013~2015年)、『パラダイス仏生山』(高松、2014~2016年)、『ギブ・ミー・チョコレート!』(横浜・本牧、メルボルン、マニラ、2015~2017年)、『青に会う 2017.10-11』(舞鶴、2017年)、共著に『Sensuous City―官能都市』(Home’s総研、2015年)など。
http://pepin.jp/

NPO法人場所と物語

2016年6月設立。不動産、建築、アート、デザイン、メディア、まちづくりなど領域横断的に活動するメンバーで構成される。「物語」という手段を通じて「場所」に潜在する価値や個性を発見し、表現し、発信することを目指している。
「物語」は人が世界と関係性を結び、今ここで生きる意義を見出す手段であり、人間に備わる根源的な力である。またあらゆる場所の価値はひとつの大きな声ではなく、さまざまな人の声によって物語られることでより豊かになると考えている。
http://bashomono.com/

東京ステイ

東京都、アーツカウンシル東京、NPO法人場所と物語によるアートプロジェクト(2016年7月〜)。
「東京ステイ」の「ステイ」とは、宿泊だけでなく「住むこと」と「旅すること」の間を揺らぎ続ける暮らし方や、立ち止まること・佇むことも含む。さらに2017年からは「共居性(きょうきょせい)」という言葉を手がかりに、自己と他者とが共に居ること・居場所を立ち上げることに向き合っている。
『ピルグリム(巡礼)』は、2017年から本プロジェクトで実験中の都市の歩き方。目的地に向かって合理的に/効率的に/最短距離で歩きがちな東京で、旅人のようにまちと出会い直すこと。そして、まちに対する消費的な態度を避け自ら何かをつくり出す感受性・身体性を取り戻すことを目指している。
http://bashomono.com/tokyo-stay

巡礼から生まれる、「場所」との新しい物語 —石神夏希「東京ステイ」インタビュー〈前篇〉

「東京アートポイント計画」に参加する多くのアートプロジェクトは、いったいどのような問題意識のもと、どんな活動を行ってきたのでしょうか。この「プロジェクトインタビュー」シリーズでは、それぞれの取り組みを率いてきた表現者やNPOへの取材を通して、当事者の思いやこれからのアートプロジェクトのためのヒントに迫ります。

今回取り上げる「東京ステイ」は、劇作家の石神夏希さんを中心としたNPO法人「場所と物語」が2016年から取り組んでいるプロジェクト。何気ない普段のまちの光景に対して、私たちはどのように異なる視点、「物語」を見出しうるのか。そんな問いを掲げたこのプロジェクトでは、現在、「巡礼」を意味する“ピルグリム”と呼ばれる実験を通して、そのアプローチを模索しています。

「場所との関係を、自分なりに紡ぎ直していける物語の力に興味がある」と語る石神さん。形成過程のプロジェクトのなかで、彼女はどんなことを感じ、何を考えてきたのか。伴走者である東京アートポイント計画ディレクター・森司との対話から探ります。

「まちとなり」の感覚を呼び起こす、演劇の力

——「東京ステイ」は、いままさに形成されつつある新しいプロジェクトですが、石神さんは運営団体のNPOの名前でもある「場所と物語」を、以前から肩書きとして使っていたそうですね。このテーマに関心を持ち始めたきっかけからお聞きできますか?

石神:私は現在も「ペピン結構設計」という劇団で活動しているのですが、劇場に限らず、テナントビルの空室や人が住んでいる家など日常生活に近い空間で、その場所から演劇を立ち上げる作品が多かったんです。そのなかで建築や不動産、都市やコミュニティに取り組む方と関わる機会が増えていきました。そのうち集合住宅や複合施設のコンセプトを一緒に考えたり、エリアの活性化プロジェクトに呼んでいただいたりするようになって。「劇作家」という職能がプロジェクトに入ることを、皆さん面白がってくれたんですね。

——演劇的な視点が、まちの現場でも求められるようになったと。

石神:関わりながら段階的に、という感じですね。ただそうして活動範囲が広がったとき、それぞれの業界で自分の職能を説明しようとすると、「劇作・演出・企画・執筆」と肩書がやたら長くなってしまって。でも、自分としては劇場でやってきたのと同じことを、さまざまな現場でやっているだけという感覚でした。その違和感を解消するために考えた言葉が、「場所と物語」だったんです。

ペピン結構設計《パラダイス仏生山 – 仏生山の記憶をたどるまちあるき》 (2016) (写真:菅原康太)

——そもそも、なぜ劇場の外で演劇を?

石神:それまで何もなかった場所で演劇が立ち上がる瞬間を見るのが好きなんです。

——一方、現代の都市にはどんな関心を持っているのでしょう?

石神:2015年にHOME’S総研というシンクタンクから発行された『Sensuous City[官能都市]』というレポートに企画チームの一人として携わりました。ここでの「官能」とは食品の製品開発で行われる「官能試験」といった、人間の五感を意味する言葉です。よくある、都市の「住みよさランキング」みたいなものでは、緑の多さや病院の数などが指標になることが多いですよね。このレポートでは「歩いていて美味しそうな匂いが漂ってきた」とか「活気ある街の喧騒を心地よく感じた」といった、五感を通じた体験から新しい指標をつくり、全国の都市を調査しました。その結果、そうした体験がその街で暮らす幸福度・満足度と相関することがわかったんです。一方で問題なのは、まち以前に人の感受性の方じゃないかとも思ったんです。それが鈍いままなら、まちの官能性を感応できない。

——たしかに場所と人の関係は、記憶や想像力でも変わりますよね。どこかにある、ありふれたショッピングモールが、誰かにとっては「特別な場所」になることもある。

石神:そうした「人となり」ならぬ「まちとなり」のようなもの。「物言いはぶっきらぼうだけど優しい」みたいなことが「人となり」と呼ばれるように、まちにも属性では測れない個性がある。私、昨年まで横浜の鶴見川のそばの、どの駅からもバスに乗らないと行けない場所に住んでいたんです。静かな住宅街と低家賃の古いアパートが混在しているエリアで、夜中におじさんが道端に座り込んでお酒を飲んでいたり、土手にブルーシートが被せてあって警察がウロウロしていたり……ちょっと寂しい場所だったんですが、当時の自分はそのザラザラした感じに安心したんです。「快適」「心地よい」とは異なる場所への感覚を呼び覚ますことも、演劇やアートが持っている力だと思います。

「ステイ」とは何か?

——その石神さんも参加して、2016年度に始まったのが「東京ステイ」です。このプロジェクトはどのようなかたちで動き出したのですか?

石神:最初は、東京のステイ体験を考えることから始まったんです。いまの東京の宿泊体験は豊かと言えるのかと。「東京R不動産」の馬場正尊さんや「ロフトワーク」の林千晶さんなど、領域横断的に建築やまちづくりに関わる方々が集まり、私は演劇というフィールドから参加しました。ただ、活動開始から約一年が経つなかで自分たちの活動に対するイメージは大きく変わってきています。

:当初は、本当に「ホテルをつくろう」という話も出ていたんですよね。皆さん、事業のプロばかりだから、新しい宿泊のアイデアはすぐ出るし、実際つくれると。しかし、そこにはアートポイント的なアートプロジェクトのイメージとの乖離があったんです。そこで、事業を引っ張ってくれるピースとして呼ばれたのが石神さんだった。

——なぜ石神さんを?

:命をかけて遠回りする人がほしかったから。一足飛びに結論に行けるのなら、それはビジネスの答えになってしまう。でも、アートポイントでやりたいのは、よくわからない新しいもの、もっと微細なアートなんです。いわば、さっき石神さんが話した鶴見のザラザラした風景への感覚。勉強や訓練では得られない、そういうセンサーやこだわりを地で持っている人がほしかった。じつは、僕は以前、茨城県の取手アートプロジェクトでの「あしたの郊外」というプロジェクトの公募で、石神さんのプレゼンを聞いているんですよ。

石神:あ!(笑) 郊外の空き家や団地についてのアイデアを募集する公募で、ペピン結構設計として応募したんです。鉄道によって生まれた「都市と郊外」という関係性を解体するために、取手と徳島に同じ名前の村をつくって、住民同士が黒潮に乗って船で交流するというアイデアでした。2014年ですね。

:「素っ頓狂なことを言う人がいるな」と思って、ヘンテコなことをしている人たちという認識はあったんです(笑)。文化事業は普通、エッジが立っていないといけないんだけど、東京ステイはより崩れていくべきだと思った。その部分を期待しました。

石神:プロジェクト開始後、一年目はとても苦しかったですね。そもそもアートとは何か、アートプロジェクトをするとはどういうことか、メンバー間で言葉が噛み合わなかった。一方、アートポイントのプログラムオフィサーや森さんからは、「すぐに答えを出してはいけない」というプレッシャーも感じていました。

:それが、アートポイント事業のユニークさだと思うんです。すごく高度で複雑なことでも、納品時には綺麗に整理されるのがビジネスのプロトコル。だけどアートポイントでは、すでにあるオペレーション・システム(OS)の上に合理的に乗るアプリケーションではなく、「東京ステイ」というOS自体をつくりましょうと問いかけていて。

——ビジネスのコードから逸脱することが大切だと。

石神:そんなやりとりを続けるなかで、だんだんプロジェクトのかたちが変わっていきました。たとえば、「ステイ」は「泊まる」ことだけではないよねと。じゃあ「佇む」なのか、「滞在する」なのか……。私たちがいま考えているのは、これは居場所に関わるプロジェクトではないかということです。居場所は、「私がここにいていい」と感じられる場所。それを、いろんな他者と立ち上げること。私たちは中国語の「共居性(きょうきょせい)」という言葉を使っていますが、「東京ステイ」はそうしたことに関わるプロジェクトだと思っています。

「東京ステイ」のウェブサイト。プロジェクトを通して得た視点や言葉が綴られている。

「なんか違うね」が揃っていった

——その変化の過程で、2017年3月に行われた最初のイベントが、大森・平和島エリアを舞台にした「東京の物語にチェックインする」です。これは、参加者がQRコードの載ったカードと鍵を受け取り、まちを自由に歩きながら特定の場所でコードを読む。すると、風景に目を向けさせる質問やエピソードが現れ、それらを通して場所と向き合うものでした。

石神:このころ、メンバーでよくフィールドワークをしていたんですが、ようやく少し共通言語が生まれつつある時期だったんです。私たちがしているのは、目的地に向かって歩くのではなく、ゴールなく歩き続ける「ピルグリム」(巡礼)のようなものではないかと。その私たちの実験を、参加者と一緒にしてみたかった。そこで選んだのが、以前もフィールドワークで訪れていた大森・平和島エリアだったんです。

東京ステイ「東京の物語にチェックインする」(2017年3月11日開催)より。第一部ではQRコードガイドブックを片手に思いおもいのルートで散策した。

——なぜこのエリアにしたのですか?

石神:大森・平和島は、観光で訪れて滞在する場所というイメージを持っている人は多くないエリアだと思います。でも海外の友人から頼まれて宿を探しているとき、平和島に24時間営業の温泉があって、外国人観光客が仮眠をとる休憩所として人気だと知ったんです。ちょうど、海外からの観光客数は延びているのに、宿泊数が増えていないとニュースで報じられた頃で、大田区は特区民泊に取り組んでいました。しかも調べてみると、大森・平和島はその歴史も含めて面白い場所だったんです。たとえば、大森エリアは海苔の漁場を埋め立ててできていたり、大田市場に隣接する野鳥公園は自然と生まれた野鳥の生態系を守るためにできていたり。また平和島競艇場も、第二次世界大戦中には捕虜収容所があった場所で、それが「平和島」という名前の由来になっています。そうした歴史のレイヤーが面白かったことが、まずありましたね。

:一方、メンバーの間でズレがあったんです。プロジェクトが行き詰まっていた。でも、場所と物語だから、とにかくどこかに出かけてみてくれと。フィールドワークはそのくらいの動機で始まったのですが、そうして議論が身体化するなかで、「実際に歩くとなんか違うよね」という感覚がメンバーから出てきたんです。変な言い方ですが、ズレとズレをアジャスト(調整)していった。

石神:うんうん、そうだった。

:「なんか違うね」が揃っていき、ズレを共有できるようになった。 なかでも一番大きなズレが平和島だったと僕は受け取りました。

東京ステイ「東京の物語にチェックインする」(2017年3月11日開催)より。第二部のトークセッション&ワークショップの様子。

——そのズレの共有の経験とは、具体的には?

石神:一度、みんなで高円寺を歩いたんです。メンバーはビジネスであれ出来事であれ都市で何かを生み出していくスペシャリストたちだから、まちの文脈や、何があれば人が喜ぶか、パッと掴む力が身についているんです。ただ、そうやって素早く答えを出した瞬間、モヤモヤしたものがスキップされてしまう危機感があって。「いまの文化や経済の流れはこうだ」と語った途端、「なぜこのおじさんは路上に座っているの?」とか、「なぜこんな不思議な店があるの?」とか、そうした疑問を彼ら本人に聞く必要がなくなっちゃう。モヤモヤに向き合わなくなってしまう。

——さっきの表現だと、ピルグリムではなくゴールを目指すものになっていた?

石神:そうですね。最初からゴールを目指すのではなく事後的ではありましたが、チームとして議論をすると、「こっちの方が気持ちいいし、共感してもらえるよね」という出口に向かって編集されていく力が強かった。

:雑誌ならそれですぐつくれると思うんです。「いまのトレンドはこれ」と。ただそこにはノイズがなかった。そのノイズのなさは、僕には問いのなさに思えたんです。

石神:そのなかで平和島には、これはメンバーの中にはひょっとして「来たくない」と言う人もいるかもしないという感覚があって。それが良かったんだと思います。

:実際、イベント当日の最後のメンバーの振り返りトークは、前提が共有されていないことがわかってしまうような話をしていたんです。そのズレは面白かったですね。

石神:大森・平和島で集まってみて、ズレがあることをハッキリみんなで確認することができたと思います。違和感を共有できた。その意味で、大森・平和島の経験はすごく有意義でした。

〈後篇〉「生きる力としての物語の力。わたしたちはどう取り戻すのか。 —石神夏希「東京ステイ」インタビュー」へ続く。

Profile

石神夏希(いしがみ・なつき)

劇作家/ペピン結構設計/NPO場所と物語 理事長/The CAVE 取締役
高校卒業と同時に劇団・ペピン結構設計を結成。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。近年は横浜を拠点に国内外に滞在し、都市やコミュニティを素材にサイトスペシフィックな演劇やアートプロジェクトを手がける。またNPO場所と物語 理事長、遊休不動産を活用したクリエイティブ拠点「The CAVE」の立ち上げおよびプログラムディレクション、住宅・都市系シンクタンクでの研究執筆、株式会社ロフトワークへの参加など、さまざまな領域を行き来して劇作家として活動している。
主な作品に『花嫁』(横浜・黄金町、2013年)、『Fantastic Arcade Project』(北九州、2013~2015年)、『パラダイス仏生山』(高松、2014~2016年)、『ギブ・ミー・チョコレート!』(横浜・本牧、メルボルン、マニラ、2015~2017年)、『青に会う 2017.10-11』(舞鶴、2017年)、共著に『Sensuous City―官能都市』(Home’s総研、2015年)など。
http://pepin.jp/

NPO法人場所と物語

2016年6月設立。不動産、建築、アート、デザイン、メディア、まちづくりなど領域横断的に活動するメンバーで構成される。「物語」という手段を通じて「場所」に潜在する価値や個性を発見し、表現し、発信することを目指している。
「物語」は人が世界と関係性を結び、今ここで生きる意義を見出す手段であり、人間に備わる根源的な力である。またあらゆる場所の価値はひとつの大きな声ではなく、さまざまな人の声によって物語られることでより豊かになると考えている。
http://bashomono.com/

東京ステイ

東京都、アーツカウンシル東京、NPO法人場所と物語によるアートプロジェクト(2016年7月〜)。
「東京ステイ」の「ステイ」とは、宿泊だけでなく「住むこと」と「旅すること」の間を揺らぎ続ける暮らし方や、立ち止まること・佇むことも含む。さらに2017年からは「共居性(きょうきょせい)」という言葉を手がかりに、自己と他者とが共に居ること・居場所を立ち上げることに向き合っている。
『ピルグリム(巡礼)』は、2017年から本プロジェクトで実験中の都市の歩き方。目的地に向かって合理的に/効率的に/最短距離で歩きがちな東京で、旅人のようにまちと出会い直すこと。そして、まちに対する消費的な態度を避け自ら何かをつくり出す感受性・身体性を取り戻すことを目指している。
http://bashomono.com/tokyo-stay