これまでの悩みからまた悩んでみる。お互いに聞いてみたい質問は?
執筆者 : 中田一会(きてん企画室)
2021.04.27
2021年3月3日、「つどつど会(都度集うアートマネージャー連絡会議)」第5回をオンラインで開催しました。
>前回のレポートはこちら。
北は秋田から南は大分まで、幅広い現場を手掛ける5名のアートマネージャーが集まり、情報共有や相談を重ねてきたつどつど会。第5回はいよいよ最終回です。これまで悩みに悩み、お互いへの質問を重ねてきましたが、最後はゲストをお招きして相談する会を設けました。
ゲストは、NPO法人BEPPU PROJECT代表の山出淳也さん。大分県別府市をベースに15年以上に渡り、文化事業や地域振興、観光振興のプロジェクトを手掛けてこられました。アーティストでありながら、20人以上のスタッフを擁するアート組織の経営者でもあります。
今回は山出さんに向け、メンバーそれぞれが聞いてみたいこと、相談したいことを用意して臨みました。
山出さんから最初にことわりがあったのは「私は経営者の立場で話します。皆さんは組織や団体に所属されている側なのでそこは違うかもしれない」ということ。雇用するスタッフや長期的な事業の成長を設計し、実現していくのが経営者の仕事。立場が違えば視点も異なります。それでも、これまで現場視点で悩んできたメンバーにとっては、マクロな位置からヒントを受け取る時間になりました。
つどつど会#05の中でやりとりされた質疑応答の一部をご紹介します。
Q. チーム内で思いやビジョンを共有する際に、工夫していることはありますか?(大政愛さん/はじまりの美術館)
A. BEPPU PROJECTの週1回の朝礼で、私が今考えていることを話すようにしています。私は時にビジョンメーカーの役割を求められますが、必ずしもやりたいことが自分の中にあるわけではありません。だけど、「やらなければならないこと」はあるんです。地域や組織が10年後どうあるべきか、そのためには3年後に何が必要か。全体像を考え、予算と準備のことを考えて、バラバラの事業として動かしています。だから資金源もバラバラに調達することになります。そうして、結果的にある段階で目標が達成されるようにしているんです。同時に事業評価のロジックモデルをつくっていたりもします。そういった考えの過程をスタッフに共有することを大事にしています。
ただ、現在の問題はビジョンを考えるのが山出だけだということ。今、私が倒れたら考える人がいなくなってしまうので、組織全体でそれを組み立てられるようにしたいです。どうやってボトムアップ型にするかがこれからのチャレンジポイント。
Q. 試行錯誤しながら事務局長をやっています。山出さんが事務局長に期待される役割はどのような形ですか?(三富章恵さん/NPO法人アーツセンターあきた)
A. 困りごとに対して判断をし、業務を滞りなく進めていく部分、スタッフの健康管理なども含めて事務局長が担っています。労務のトップとして組織を動かす役割です。一方、仕事を生み出していくのは代表である私の役割です。実はBEPPU PROJECTでは2020年に8年ぶりに事務局長職を復活させたんです。私は仕事をつくるために外の会議に参加したり、人に会ったりなどでほとんど事務所にいませんでした。それでは判断する人がいなくてスタッフも困ります。そこで、新しい事務局長には法人理事になってもらい、経営者として迎えました。私と事務局長は毎週1時間ぐらいしっかり話し合い、事務局長が責任を持つ事項については私でも変えられません。組織によって事務局長や経営者のあり方は違うと思いますが、私達の場合はそうしています。
Q. 私達の団体は、今は終了した芸術祭のボランティア組織からはじまりました。「自分達で芸術祭をできるようになろう」という思いはあっても、関わり方やモチベーションがバラバラ。団体としては不安定なことが悩みです。(蟻川小百合さん/みずつち市民サポーターズ)
A. そもそもつながりが生まれ、団体が残っていることが奇跡。水と土の芸術祭が残した最大の財産が皆さんじゃないかなと私は思います。ちょっと強い言い方だけど、「そこで何かをしなければいけない」とかの考えはオマケでもいいぐらい。ただ、そういう成り立ちを持つ組織が、新たに事業を立ち上げていくことが難しいのはよくわかります。
BEPPU PROJECTも2005年当初は市民団体でした。でも予算の大きな事業をやろうとするとボランティアでは難しくなり、組織化の必要が生まれました。現在、BEPPU PROJECTでは事務局を、会社組織に近い形のNPO法人として運営しています。言ってみればこれはクローズドな組織です。一方で職員ではない市民にとっては、NPOの会員になったり、企画ごとにボランティアとして参加することもできる。
もし、今後「みずつち市民サポーターズ」が何らかの事業を実現したいと強く考えるのであれば、実行のフェーズを引き受ける別法人をつくるのもありなのではないでしょうか。母体は市民サポーターズなんだけど、市民サポーターズの運営やその意思から生まれた事業を仕事としてやってくれる法人。通常はその法人が上部組織としてあり、そこで決まった事業のお手伝いを、市民サポーターズのような想いがある方々が実施していくことはよくあります。その逆の発想もありかなと思いました。芸術祭から生まれたそういう組織って日本ではなかなかないから実現したら面白いですね。
Q. 担当している事業は民間企業がはじめたアートプロジェクトを行政が引き継ぐ形ではじまりました。公共の文化事業として継続していくためには、使える記録が残っている必要があると考えています。(岡田千絵さん/公益財団法人墨田区文化振興財団)
A. 自分たちがやっていることを社会や地域に関わる人に伝えていくには、アーカイブだけではなくて、事業評価を組み立てなおすことも必要かもしれません。たとえば私達の場合、「混浴温泉世界」では「中心市街地の活性化」を掲げて、活性化のための検証可能な数値を探しました。結果的に「観光消費額」という計算式で表しています。また、個展形式の芸術祭「In Beppu」に切り替えてからは、来場者の数よりも発信の量と質を重視しています。そういった成果の考え方と数値そのものを、講演会などの際に市民や行政の担当者、他地域の方に向けて、一目でわかるポンチ絵にして提示するんです。そして後からはPDFで渡していく。そういった私自身が話したことの資料もBEPPU PROJECTの記録だと思っています。
Q. 山出さんがこれからのBEPPU PROJECTに必要だと思うこと、目指したいことはなんですか? (佐藤李青/アーツカウンシル東京)
A. ひとつにはスタッフの給料を上げたいと思っています。NPOや、アートや地域に関わる人の給与水準をあげたいんです。現状、別府市の平均年収よりはBEPPU PROJECTの方が上で、大分県の平均年収よりは下。この数年のうちにはそこを超えたいと思っています。それはこの仕事が社会に必要だと信じているからです。今の10代だったり、次世代の人たちがアートマネジメントのこういう仕事ができるんだと思えるようにしなくては。
そしてこれは、特に地方において極めて重要だと思います。少子高齢化や一極集中によって、地方行政の存続が今後難しくなっていくかもしれない。そんな時に地域と繋がり活動する組織、地域の可能性を生み出し続ける新たな公共とも言える組織が今以上に必要になるのではないか、そう考えています。
もうひとつは愛情を持っていくこと。物事にどれだけの愛を注げるかがとても大事で、いろいろな人たちと一緒に事業を育てていく必要があります。アートプロジェクトは赤ちゃんみたいなものだと言われることがあります。なるべく多くの人に関わってもらって実現していく。
それ以外のことは経験すればなんとかなります。スキルだって振り返ったら身についていくもの。そこについては心配していません。ただスキルって、チャレンジしない限りは得られないんです。失敗を恐れず、挑戦し続けるかどうかで差がでますね。
蟻川小百合さん(みずつち市民サポーターズ/新潟県)
「別の現場で働いている方々と定期的に話ができる場というのは大変貴重で、まして市民団体の立場で参加させていただき、勉強になると同時にたくさん刺激を受けました。自分たちの活動や組織のことを、少し離れたところで考えられる機会としてもまた意味がありました。
山出さんは、人の立場に寄り添って考えながらそれぞれの質問に答えてくださっていたのが印象的でした。安心して『悩んでいることを思い切ってぶつけてみよう』という気持ちになりました。勇気づけられるようなお言葉で、具体的なアドバイスをいただき、とてもありがたかったです。もちろん団体のメンバーにも共有して一緒に考えていきたいと思います。
広い視野、長期的な視点を持つことは、頭ではわかっているつもりでもなかなか簡単ではないですが、この先をつないでいかなくてはと気持ちが引き締まりました」
大政愛さん(はじまりの美術館/福島県)
「つどつど会全体も最終回の山出さんとのお時間も一人で参加するのはもったいない、美術館のスタッフ全員で参加したい時間でした。大人数でのZoomもいいですが、この規模感はクローズドで全員の顔が見えるちょうどいい人数で、いろいろなトピックについて横断的にお話を伺えてとてもありがたい時間でした。
特に山出さんのお話は、たくさんの言葉をプレゼントいただいたような、濃密な時間でした。『アーティストの代表作をうちはつくりたい』という言葉を聞いて、丁寧に一緒に展覧会をつくったアーティストの方々やそれを楽しむお客さんの顔を思い出し、自分たちもまたそのような展覧会やプロジェクトを作っていきたいと思いました。
また、お話の中で様々な時間や地域のスケールの行き来があり、度々ハッとされました。私たちは『寛容で創造的な社会が開かれていくきっかけになること』を目指して場所を運営したり活動を続けたりしています。現場で常に動いていると年単位での思考が難しいことが多いですが、さっそく4月から様々な単位で分割して、考えて、目標をたて、振り返り・評価していきたいと思いました。
岡田千絵さん(公益財団法人墨田区文化振興財団/東京都)
「山出さんのお話は、はじめに経営者の視点と雇用者の視点は違うというところから切り出されて、自分がいかに未熟者かと感じました。プロジェクトとの向き合い方やスパンの考え方も、これまでいい上司、いいチームでやってこれていたので、なんとなく人が考えたものに掴まりながらやってこれていたのだと思います。山出さんが、『人材を使い捨てにしない価値の見える化をしておく、いなくなるとリソースがなくなるんだ、リソースが組織の成長につながるんだ』と仰っていたことが印象的で、今の組織や現場でも使えると思いました。みずつち市民サポーターズに対しての話も『こういった団体があることが財産。集いたい喜びを共有していることそのものがすごい』とおっしゃっていて。仕事で接する市民の方の顔がたくさん浮かびました。市民プロジェクトのちょうどいい継続を見守ることも仕事にするにはどうすれば? と悩んでいたことに少しヒントを得ました。
つどつど会のメンバーは、共通する部分もあれば、組織体制や規模が違う、始まり方が違う、設立年数が違う、ミッションが違う、都市の規模が違う……など違う部分の方が多いけれど、(雑な言い方をしてしまいますが)『扱ってるものが一緒』という点で気軽に話してみようと思えました。5回の会の中でそれぞれのお仕事の役割を知ったけれども、オンラインでなければそれぞれのパーソナリティーやバックグランドについても休憩時間や帰り道で聞いたりしてみたかったなあと妄想します。
全5回を振り返ると、自分自身ははじめからぶれずに記録についての課題を吐露し続けたなと思いました。私達の活動は、行政や企業にとっても参考になることがあると信じ、企画実施後もいろんな人の目に触れるよう使える情報にしたいです」
月田尚子さん(NPO法人BEPPU PROJECT/大分県)
「お世話になりました。つどつど会5回を通して、みなさんとつながって課題を共有できたことがありがたかったです。直接会ってお話しすれば、もっといろいろと深い話が出来ただろうなと思いました。うちは職員が20人くらいいるので困ったときに相談できる人が周りにいるのですが、少人数の団体だったらこういう場やつながりは重要だと思いました。山出の話は私にとっては答え合わせのような時間だったのですが、つどつど会5回を通じた課題の解決のヒントにもつながったようにも感じています」
三富章恵さん(NPO法人アーツセンターあきた/秋田県)
「組織を超えて同じような活動をされている方とお話をすること、とても貴重な時間でした。アーツセンターあきたという組織を立ち上げて3年目を終えようとして、多くの課題の洗い出しと解決に向けた取り組みを進めている今、そして新しい組織のようなものの立ち上げに改めて向き合っている今だからこそ、とても刺激になり、学びの多い会でした。新しい視点を得たり、思考を深めるきっかけになりました。このまま延々に毎月参加し続けたいと思ったりもしますが、きっと限られた5回をこのタイミングでいただけたことが、ご縁なのだろうなと考えています」
レポート執筆:中田一会(きてん企画室)