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REPORT

「Multicultural Film Making—ルーツが異なる他者と映画をつくる」#9 フィクションの部 DAY5〜6「撮影後半」

公開日|2022.03.18

2021/11/27 7:30-21:00、12/4 7:00-21:00

ポーランドへ一時帰国していたコンスタンチャアが戻ってきた。日本に戻り隔離期間を経てようやくの現場参加になる。

ヒョンジン「実家に帰ってたんですか?」
コンスタンチャア「ほんと時間かかる。行くのに時間かかるし、隔離もあるし。」
キン「ポーランドってヨーロッパの端?」
コンスタンチャア「いや真んなか、ドイツとロシアの間」
ヒョンジン「あ、ポーランド出身?」

撮影の中盤になってようやく互いの出自を共有しているメンバーたち。撮影日3日目(DAY5)は、渋谷のギャラリーからはじまる。

演技 その2

ギャラリーで撮影するのは、ジウン演じる「リー」が中国出身のアーティストに出会う場面。アーティストを演じるのは、同様に中国出身で現在美術大学の大学院で絵画を学んでいるセイブン。ギャラリーに飾られた絵画も全てセイブンにより描かれたものである。設定から小道具となる絵画まで、映画のなかのアーティストとセイブンとはほぼ重なった存在である。だからなのか、この部分のセリフは台本では一切記されていない。その方針は理解しつつも、日本語の発話に対して不安を覚えるセイブンにテイは繰り返しこう話す。

テイ「ふたりはペラペラじゃないから」
セイブン(ジウンを指して)「ペラペラですよ」
テイ「日本語ネイティブじゃないから。自分の言葉でいいです。」

そうして“演技”は極力抑えられ、セイブン自身が考えていること、語る言葉、描いているものが、そのまま映画の一部となっていく。映画でメインに映る絵画には、男性か女性か不明瞭な上半身の胸部分に花が描かれている。絵の選定はセイブンに一任されていたが、どれにすべきか迷っていたところ、ジウンが「なんか迷ってたから、これは?!って決めちゃいました」という経緯で決まったらしい。

ジウン「これは自分を見て描いたんですか?」
セイブン「そう。」
ジウン「私も、彫刻つくるといつも私になっちゃうんですよ。」

ギャラリーの撮影は午前中に終了し、午後の撮影では美術部のキンが出演するシーンの撮影に移る。キンは主役の「リー」の友人役「キン イナ」を演じる。彼女は、演じるキンと同じく在日コリアンという設定。「重なる部分はあるけれど、全く同じとは言えないから、名前も変えたい」という希望もあり、本名を少しだけ変えた役名をキン自身が考案した(ほぼ同様の理由で、ジウンも本名を少し変換した「リー ウンジ」を役名としていた)。ロケ地となる焼肉店は、もともとテイがよく行く店であり、台湾出身の店主にテイ自身が打診して撮影で使わせてもらえることになった。そこで、「キン」がバイト終わりに大学の先輩主催の飲み会に合流する、というシーンを撮影する。

ヒョンジン「どんな感じかな?」
キン「キン イナです。」
ヒョンジン「え?!みたいな。なに人?とかって。日本語上手ですね、とかも。」
キン「日本生まれ日本育ちなんで、当たり前っていうか……」
ヒョンジン「……え?どういうこと?」

飲み会グループのひとりとして、韓国出身のヒョンジンも出演している。このシーンは、「キン」が出自に関する無自覚な言葉を投げかけられるシーン。その言葉を発す役(日本生まれ育ちの日本人という設定)を9歳のときに韓国から日本へ移住したヒョンジンが演じる。どういった会話があったらいいかと練習するふたりの間では、どんどんアイディアが生まれている。前回のレポートで記したように、このシーンについてもテイと演じるメンバーとの間で事前の打ち合わせはあった。それを聞いていたので大きな動揺はなかったが、その盛り上がるリハーサル風景を見ていて、どこかで自分がそのような攻撃者になったこともあったのではないか、という不安な感情が湧いてくる。

テイ「オンニイですよね?」
ジウン「そうです、オンニイです。」
キン「先輩とかつけた方がいいですか?」
ヒョンジン「いや先輩はつけない方がいいかも。」

「リー」と「キン」の会話シーンのセリフも、ジウン、キン、ヒョンジンが現場で知恵を出し合ってつくっていった。登場人物の関係性を表現するのに、韓国語でどの単語を使うのがベストか? どのタイミングで韓国語から日本語に切り替えるのか? それぞれにルーツが重なる部分はあっても、韓国語・日本語との関わりが全く異なる3人のやりとりは、その内容が全くわからない自分にとっても興味深いものに見えた。

進行その2

「テイさん、次に行きましょう。次の方が大事だから。」
「1回切りますか? はい……カット!」

撮影が中盤を過ぎて、ショウの判断が現場の進行とリンクしてきた。特段何かきっかけがあった訳ではない。声量も変わらない。それにも関わらず、ショウの声が現場で聞こえるようになってきていた。それぞれの部署のメンバーたちが自分のやることを理解してきたため、現場自体の混乱が少し落ち着いてきたこと、そしてショウ自身の判断の精度が上がってきたことが要因かもしれない。ただもうひとつ考えられるのが、ショウとテイの関係性の変化である。テイも撮影が進むにつれて、演出の判断をショウと頻繁に共有するようになっていった。

テイ「自転車この向きでいいかな?」
ショウ「いや、あっちから来たなら逆向きに停めると思います。」

ショウ「こっちはどうですか?」
テイ「柱と柱の間?……いいですね。」

もちろんギリギリまで悩んだ後にテイが最終の決断をする。しかしその過程で共有の頻度が上がることにより、若干ではあるが撮影チーム全体の連携が向上する。テイが大声を出す頻度も減っていく。そしてショウは、大きな声を張り上げないまま、現場全体の進行を担う存在になっていく。

役割とコミュニケーション その2

セイブン「そうアップロード」
エイスケ「アップロード?下载(ダウンロードの中国語)の反対?」
セイブン「あ、違うか」
エイスケ「アップデートじゃない?」
セイブン「そう、アップデート。変わるんじゃなくてアップデート。」

セイブンのセリフのチェックをエイスケが助けている。ドキュメンタリーの部からテーマとなっていた、扱える言語が異なるなかでのコミュニケーションは、現場ではほとんど課題となることはなかった。しかしそれは、このような場面でメンバー間での細やかな対応があったこと、そしてそれを実践できるメンバーたちのスキルによるものであった。日本語、英語、中国語を自在に操るエイスケの言語力はプロジェクトを通してチーム内のコミュニケーションを支えていたし、先述のヒョンジンの韓国語に対するサポートや、ほぼ完璧に日本語を扱うアントンの英語話者に対するサポートなども記す必要があるだろう。

また、各部署の自主性もどんどん加速していく。スタッフのサポートから離れ、メンバー自身の判断で撮影が進行する。

アントン「そこブーム(マイク)映ります。全然無理だ……そっち見えないから、そこから出せば?」
カイル「チョウさん、トシキさん、少し後ろ下がってくれますか? その方がカメラを扱いやすい」
トシキ「あ、それ私やります。」

頻繁に生まれる人手不足の状況も手が空いたメンバーが自主的にサポートをする。主演のジウンがレフ板を持ち、助演のトシキがフォーカスを操る。何度も繰り返しテイクを重ねた後、チョウとカイルが小さな画面でプレビューを確認しながら無言でうなづき合う。そこで「はい、OKです!」というテイの声が響く。

キン「めっちゃいい。」
チョウ「なんとも……」
ショウ「そう、なんとも言えない!」

濃厚な4日間の撮影が終わった。その後、いくつかの追加シーンを別日に撮影はしたものの、メンバーたちはこの短期間で1本の映画を撮影してしまった。運営チームがこの撮影計画を立てたときは、実際にその日数内に撮影できるのかは半信半疑ではあった。だからこそ“計画通りに進んでよかった”とホッとする気持ちより、“本当にできてしまった!”という驚きの方が圧倒的に大きかった。
フィクションの部での映画制作は、ワークショップの域を越えていた。ただ単に映像づくりを体験して楽しむという姿勢ではなく、“よい作品”をつくるという意志のもと全員が動いていたし、日を追うごとにそれぞれのスキルと、チームの連携は向上していった。このプロジェクトのことを知らずにこの撮影現場を見たならば、きっとプロフェッショナルなチームだと勘違いしたと思う。そして、この協働の体験を通して、メンバーたちの間の関係性も著しく変化したはずだ。この特別な期間でそれぞれが役割を担い、その役割を通して生まれた関係。そこにあるのは、横並びの平等でもヒエラルキーでもなく、凸凹なものを補いながらともに前へ進んでいく姿勢だ。

「毎週会っていて……来週からそれがなくなると寂しくなります。」

現場での最後のミーティングで、テイはメンバーたちに改めて感謝を伝えた。撮影した映像は、この後、テイによって編集され1本の映画となる。そこには何が映っているのか。ルーツが異なるメンバーたちが協働してつくったこの映画には、いったいどんな“まち”が存在しているのだろうか。

執筆:阿部航太(プロデューサー、記録)