15年目のアートプロジェクトに、行政とアートNPOのパートナーシップを学ぶ——足立区シティプロモーション課×「アートアクセスあだち 音まち千住の縁」【ジムジム会2024 #4 レポート】
執筆者 : 杉原環樹
2025.03.31

2025.03.31
執筆者 : 杉原環樹
東京アートポイント計画に参加する複数のアートプロジェクトの事務局が集い、活動を展開するうえでの手法や視点を学び合ったり、悩みや課題を共有し合う勉強会「ジムジム会(事務局による事務局のためのジムのような勉強会)」。2024年度は全体のテーマを「パートナーシップ」として行います。2024年12月18日、昭島市立光華小学校でひらかれた第3回の様子をレポートします。
アートプロジェクトは、行政機関や地域で活動するプレイヤーとどのような協働関係を築くことができるのか? そうした問いかけから、「パートナーシップ」をテーマに掲げた今年度のジムジム会。その第3回では、JR青梅線の昭島駅からすぐの場所にある、昭島市立光華小学校(以下、光華小)を訪れました。
同校は、「まず、やってみよう! 〜私の学校は、私がつくる!〜」を学校教育目標に掲げ、全国で初めて、ブランコのような遊具ではなく、こどもが自由な発想で遊べる遊び場「プレイパーク」を敷地内につくるなど、型にはまらない学校運営で注目されています。ここでは現在、小金井市を拠点に、多摩地域全域で活動を展開するアートプロジェクト「多摩の未来の地勢図」との共同の取り組みが進められています。
裏門から敷地に入り、いろんな植物や不思議な作業台が置かれた学級園を横目に建物に向かうと、迎えてくれたのは眞砂野裕(まさの ゆたか)校長。2022年に着任した眞砂野さんは、同校の冒険的な運営をリードするキーパーソンです。
案内されて校舎の中に入ると、廊下のど真ん中に、段ボールを積み上げ、「あるきます」という大きな紙が貼られた謎のオブジェが。「廊下を走ると風で段ボールが倒れる仕組みなんです」と眞砂野さん。同校の自由な雰囲気は、そんな場面からもさっそく感じられました。
図書室に到着したジムジム会の一行は、はじめに「多摩の未来の地勢図」を運営するNPO法人アートフル・アクションの宮下美穂(みやした みほ)さんより、活動の簡単な紹介を受けました。
「多摩の未来の地勢図」は、2011〜2020年にかけて小金井で実施した事業「小金井アートフル・アクション!」を引き継ぎ、そこで積み重ねた経験を多摩地域全域で中間支援的に活かすことを視野に、2021年にスタートしたアートプロジェクトです。
現在、東京都の人口のおよそ3分の1に当たる約420万人が暮らす多摩地域。多摩川や奥多摩といった豊かな自然も広がるこの地域は、同時に、高度経済成長期に都心への通勤者のベッドタウンとして拡大した多摩ニュータウンや、航空自衛隊横田基地や国立療養所多磨全生園といった特徴的な施設も擁しています。
「多摩の未来の地勢図」では、そんな多摩地域を日本の近現代を映す鏡と捉え、自分たちの暮らしやその背景にあるものに意識を向けようとしてきました。その実践は、既存の学問ではすくいとれないものを、表現の回路を通じてそれぞれが身体的に、足元から考える場をつくる点に特徴があります。
そのプログラムのひとつが、「ざいしらべ」です。これは、さまざまなものが自動化・パッケージ化される社会のなかで、素材や技術、「つくる」ということについて、小学生や図工の先生たちとあらためて考えるプログラム。光華小とアートフル・アクションの最初の接点は、2023年度にこの「ざいしらべ」のなかで実施した「つくることを考えてみよう」という企画において、光華小の6年生のこどもたちと広葉樹による造形に取り組む連続授業を行ったことでした。その詳細は『つくることを考えてみよう 森とであう』という冊子にまとめられています。
「ざいしらべ」の活動は、多摩地域のさまざまな小学校と連携して行われています。例えば奥多摩町立氷川小学校では、造形作家の下中菜穂さんが、こどもたちと総合学習の枠で奥多摩学習を実施しました。また、「アーティストが学校にやってきた」というプログラムでは、2023年度には氷川小学校にアーティストの五十嵐靖晃さんが滞在。2024年度には光華小に弓指寛治さんが通い、こどもたちと交流してきました。
今回のジムジム会の時期にちょうど光華小に通っていた弓指さんは、4年2組にクラスの一員として加わり、こどもたちと同じ授業を受けるとともに、おいかけっこなどで交流。2025年1月からは図工準備室で、この経験を通した制作を行うといいます。
大人のアーティストが、学校に入り込む。一見すると、不安視する声も起きそうなこの企画を行う理由について、宮下さんは、かつての学校には先生だけでなく地域のさまざまな大人が出入りしていたと指摘。「私たちのNPOが何かを差し出し、こどもたちが受け取るという一方通行の関係を超えないといけない。その点、私たちよりもアーティストが学校にいるほうが撹乱材料になるんです。学校には、先生たちも知らないことがあるんだということをみんなで考えたくて、この取り組みをしています」と話します。
それを聞いた眞砂野さんは、この活動をしている理由について、「じつはまだよくわかっていないんです」と笑いつつ、「今日もみなさんが門から入ってきたとき、明らかに教員ではない人たちだということがわかりました。こうした出来事自体が、学校という場所ではひとつの刺激になる。そういう刺激のある学校でありたいんです」と答えました。
眞砂野さんがこうした考えを持つのは、以前より学校にゲストを招いて話してもらうなどの活動を行ってきたものの、「そうした機会も素晴らしいのですが、どうしても打ち上げ花火的になってしまう」との実感があったから。その点、「弓指さんのような入り方は学校内でのハレーションやこどもへの残り方が違う」と語り、「一時的な体験ではなく、出来事を一緒に営んでいくこと。そして、外部に期待するのではなく、学校が内部から変わっていくこと。ここに今後の地域連携の大きなヒントがあるのでは」と指摘しました。
その後、眞砂野さんの話を本格的に聞く前に、みんなで校庭にあるプレイパークを見学しに行くことになりました。
「光華小プレイパーク」は、2023年9月に一部を開けたのち、同年11月にグランドオープンしました。この遊び場をつくった理由について眞砂野さんは、「プレイパークをつくること自体が目的ではなく、つくりたい学校の具現化がプレイパークなんです」と説明。遊び場の一角に掲げられた看板には、「あそびの中ではまずやってみることが大事」「『やりたいこと』をとことんやろう」と、目指すべき学校のあり方が書かれています。
この日も遊び場は小学生たちで溢れかえっていました。ジムジム会のメンバーがぞろぞろと歩いていると、多くのこどもたちが近づいてきて、不思議そうに話しかけてきます。プレイパークは地域にも開放されており、近隣の幼稚園や保育園の園児たち、障害者施設の利用者の人々が遊びに来たり、散歩に訪れたりすることもあるそうです。
モンキーブリッジや、図工の古賀先生がつくったハンモック、プレイリーダーでもある大工さんや卒業生の中学生とつくったボルダリング付きの滑り台……敷地にはさまざまな遊具が置かれています。
驚くことに、焚き火ができるファイヤーピットもあります。この装置を使い、一食分の食事をつくる強者もいるのだとか。「不登校傾向にある子が、このファイヤーピットのところではヒーローになれたりするんです」と眞砂野さん。「遊んでいて怪我などないのかとよく聞かれますが、こどもは自分のできることに合わせて遊ぶもの。こどもの『やってみたい』をやっていいと言うためにこのプレイパークをつくったんです」と語ります。
実際、この日見たこどもたちの姿も自由奔放。見学中も、何人もの子が「これやっていい?」と聞きに訪れ、眞砂野さんも「いいよ」と背中を押します。地面がボコボコに掘られていたり、パイプでつくった道にいろんなものを転がしたり、こどもたちはさまざまな工夫をして遊んでいます。遊び場ではシルバー人材センターのスタッフが見守り役として常駐していますが、この自由さを大切にするため、できるだけ注意はしないように頼んでいると言います。
校庭を歩くなかで印象的だったのは、こどもたちと眞砂野さんの関係です。友達とのあいだで嫌なことがあったのか、「相談したい」と声をかけてきた子に、眞砂野さんが「明日話を聞くからな」と返し、その子が「わかった!」と返事をして去っていく場面も。こうした光景からは、先生と生徒というより、人と人のあいだの信頼感のようなものが感じられました。
同校にはほかにも、「食べられる教育」とも訳されるエディブル・エデュケーションの実践として、冒頭に触れた学級園もあります。現在は2年生を中心に、江戸東京野菜の金町コカブを栽培。育てた野菜をファイヤーピットで焼くこともあります。眞砂野さんは「ただ場所をつくるだけでなく、そうやってこどもたち自身がここを“自分たちの場所だ”と感じることが大事」と話します。
図書室に戻った一行は、ここから眞砂野さんの話を聞きました。
眞砂野さんは以前、校長先生の全国大会で訪れたある先進的な教育を行う学校で、登壇者が会場の校長先生たちに向かって「小学校の経験で、いま役に立っていることはあるか?」と尋ねた際、「べつに覚えていなくてもいいんじゃないか、小学校は無駄なことがたくさんある場所だ、と感じた」と振り返ります。また、こどもたちに将来、間違った方向へと進んでほしくないということを熱を込めて語り、「いま、間違ったり失敗したりしてもいい。むしろそうした体験を通して人間の根幹をつくる。そのことは絶対に間違えてはいけない」と強調します。
「やってみたい」を後押しするプレイパークは、こうした人間としての根幹づくりの揺りかごとなるものです。ここでこどもたちは、自分が活躍できる居場所を見つけ、誰に言われずとも順番待ちをし、ときに何もせずぼーっとする貴重な時間を過ごします。「水を使って池をつくる、枯葉でプールをつくる、マシュマロを焼いて溶け方を観察する。そうしたことを“知的好奇心”と呼ぶのではないか?」と眞砂野さん。「よく、この場所ではこどもがいい顔をしているとか、主体性を育てるとか言われますが、こどもってもともと主体的な存在だと感じます」。
そもそも光華小がプレイパークをつくった背景には、今後の社会への見通しと、そこで求められる人間像があります。現在の日本の教育が指標とする2040年の社会状況について、眞砂野さんは「厳しくなる」と指摘。そのような不安定な時代には、いつでも、どこでも、誰とでも協働して生き延びていく能力が必要であり、そうした、自主的に責任感を持って社会を変えていく力である「agency(エージェンシー)」をこどもたちに獲得してもらいたいという願いが、現在の活動の大きな動機だと語ります。
そのために力を入れているのが、学校全体の雰囲気を変えることです。同校では「まずやってみよう」を合言葉に、生徒や教員のアイデアをできるだけ実行しようとしてきました。
例えば2023年には、6年生の要望を受けて、「防災体験」と称し、体育館でのお泊まり会を行いました。「全考集会」という全校児童で何かを話し合う年3回の会や、「じつはあまり多くない」という、教員同士で教育について語る会も開催。後者では、フィンランドの教育も取材した映画『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』(2015)を見たり、「漢字テストで100点を取ることは学力が高いのか」といったテーマで議論を行ったりするなど、教員の意識自体を変えていきました。
もうひとつ、プレイパーク設置の要因として大きかったのが、非常に熱意のある図工の先生や、保護者として既に地元のNPO主催のプレイパークのスタッフをしている教員が学校にいたことでした。
こうした活動が認められ、光華小のプレイパークは、東京都の「子供の『遊び』推進プロジェクト」に2年連続で採択。活動のうえで重要な予算を得ました。プロジェクトの一環として2024年11月に行われた1週間のイベントには、児童を含む1300人が参加。他地域から家族で訪れた不登校のこどもがいる保護者が、校庭で遊ぶ我が子の姿に涙する光景もあったと言います。
一方で、課題もあります。そのひとつは「継続性」。現在、同校ではプレイパークに関わる保護者25名などからなるLINEグループをつくっていますが、眞砂野さんらキーパーソンが抜けた後のことも考えないといけません。また、関係者がこの場所で大切にすべきことを共有する「目的の浸透と定着」、学校内にあるプレイパークの価値を周知し、地域の人たちが自然と手伝いたくなるような空気づくりも求められています。
話を聞いた宮下さんは、眞砂野さんも触れた継続性について、人事異動はシステム上避けられないものの、眞砂野さんとの活動を通して、「ここまではやっていい」という活動の加減を教員が自分で判断できるようになること、また、この学校での経験を異動先でも活かすことで東京全体が変わっていく可能性もあるという点を、ポイントとして話しました。
その後は、会場も交えて、短い質疑応答と意見交換が行われました。
プレイパークで遊ぶこどもたちに勢いを感じたという参加者から、「この場所にはとどまらない出来事も広がっているか?」と問われると、眞砂野さんは「確実に増えている」と返答。その一例として、朝のボール遊びを禁止されたこどもたちが、自分たちでボールを管理するからやらせてほしいと交渉した出来事に言及。校内放送で「明日、ボールが3個落ちてたら禁止する」と訴えたものの、残念ながらが落ちていたことを機に、「全考集会」でこの問題をどう考えたらいいか、みんなで話し合ったエピソードを紹介しました。
また、地域連携についての質問もありました。宮下さんは現在、光華小以外に小金井市内の学校でも、授業を通した地域とのつながりを模索しているとし、その連携の呼びかけ方として、「学校のために関わってほしい」ではなく、「地域の自治を考える入り口として学校という場所を使おう」という関係がつくれるとよい、と語ります。
これに対して眞砂野さんは、そもそも社会教育法では、地域全体で学校を運営するため、「地域学校協働本部」というネットワークをつくることが勧められているものの、多摩地域で唯一、昭島市はこれをつくれていないという背景を紹介。地域や学校の行事などに関わる住民が高齢化、固定化するなかで、「多摩の未来の地勢図」との連携などを通じて、自主的、実質的にこうしたネットワークをつくっていく必要がある、と話しました。
最後に、アートプロジェクトが学校とかかわろうとする場合は、校長先生に相談するのがいいのかと問われると、眞砂野さんは「それが一番早い」と返答。講師を含めて45人ほどの教員がかかわる光華小のような組織では、校長の動きがポイントになると指摘します。他方、宮下さんも、眞砂野さんのような校長は珍しいとしつつ、やはり地域の人が学校に関わろうとした場合、校長の色が学校の方針に強く影響していることが多い、と語りました。
プレイパークの見学から、眞砂野さんや宮下さんのトークまで、じつに盛りだくさんで充実していた今回のジムジム回。多摩の未来の地勢図が光華小を舞台に実施しているプログラムの具体的な連携な話というよりも、もっとひろく、それぞれの活動を通した地域やこどもたちへのまなざし、態度について伺う会となりました。
そして、今回参加しながら強く感じたのは、眞砂野さんと宮下さんのまなざしの共通性です。2人の話には、大人の都合により、本来的な遊びの楽しみや現実の手触りから遠ざけられるこどもへの危機感、そうした状況を要求する社会への批判精神が通底していました。
また、こうした社会に応答するための術として、学校という場に着目し、小学校の図工の先生たちとともに授業自体から変化させていこうとする活動を続けてきた「多摩の未来の地勢図」に対して、既存の小学校の枠にとらわれず、それを内部から実験的に変えようとしていた光華小が門戸を開いたことは、重なるビジョンを持つ者同士のパートナーシップとして理想的な出会いだと感じました。それは、これまで「多摩の未来の地勢図」が積み重ねてきた各学校の先生たちとの連携や実践があってこそ、つながったものなのだろうと思います。
今年度のジムジム回も残すところあと1回。第4回となる次回は、2月19日、「アートアクセスあだち 音まち千住の縁」の取り組みについて学ぶ予定です。
撮影:小野悠介(7枚目除く)
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