現在位置

  1. ホーム
  2. /
  3. レポート
  4. /
  5. 走りながらアーカイブするには?(菊池宏子×若林朋子)

走りながらアーカイブするには?(菊池宏子×若林朋子)

BACK

2017.01.24

対談メンバー

菊池宏子さん(コミュニティデザイナー/アーティスト/米国・日本クリエィティブ・エコロジー代表)
若林朋子さん(プロジェクト・コーディネーター、プランナー)

記録だけではなく「記憶」を残す

菊池:アーカイブは、後回しにされがちですよね。どうしても目の前のことに追われてしまい、プロジェクトの流れや終わり方など全体のことを考える時間と心のゆとりがなかなか持てないのが実情です。

また、アートプロジェクトというのは、方向性は見えているけれども、何が生まれてくるかやってみないとわからないという不確かな営みです。よって、アーカイブにまつわる様々な手法や方法論はあるものの、何をどのようにアーカイブするかという技術は確立しにくいと感じています。

プロジェクトの「質」をどのように表現するかもアーカイブの大きな課題です。「アート」のプロジェクトであるからこそ、アーカイブの定義やアプローチは、アートプロジェクトらしい側面を追求した残し方を考えることが大切です。もちろん、どんなメディアを使って、誰のため、何のためにアーカイブするのかを考えながら。誰も使わないものを残すくらいなら、そうした根本的な部分を考えることに時間を使ったほうがいいと思います。

若林:アートプロジェクトのアーカイブは「走りながら残す」というのが大事ということですね。プロジェクトが終われば、みんなもう次を見て走り始めないといけないので、アーカイブは置き去りにされがちですものね。大事なことは期中にアーカイブを残し始める、少なくとも残し方を共有しておくことに尽きると思います。

アーカイブをつくるプロセスに関わると、自分たちがやったことを客観的に振り返ることができる良さもあります。「この時にみんなこういうことを考えていたんだね」などと確認し合えると、プロジェクトに関わった人の相互理解や、次に向けたモチベーションの醸成につながるかもしれません。自分自身の考えを更新できるという作用もあります。

また、アーカイブは、誰かに引っ張り出されて参照されてこそ残す意味があるので、それを想定して残す必要があると思います。のちに参照する人が新たな視点でそれを読み解くことで、アーカイブが更新され続け、さらに後世まで残っていくのだと思います。だからこそ、アートのプロセスをどのようにアーカイブするかは難しいですよね。

菊池:私は、パフォーマンスアートなど、時間やプロセスをベースにしたアートに関わることが多かったので、「一体、作品はどこ?」という話を、ずっとしてきました。かたちを成さない対象とそのプロセスをいかにアーカイブするかは、パフォーマンスアートなどモノが最終的な着地点でない作品やプロジェクトの試行錯誤を参照すると、手がかりを得られるかもしれません。

例えば、フルクサスは、ポスターやチケットなどの印刷物などを通して、活動の痕跡に出会うことができます。同じように、ミーティングの板書やナプキンに描いた絵など、その瞬間はあまり重要性を感じなくても、あとで振り返ってみてその時の経緯を想起させるモノを通して、記録だけではなく「記憶」を残すアーカイブが大切なのではないかと思っています。

若林:なるほど。実践者としての経験を活かしたアーカイブの捉え方ですね。最近私が感じるのは、ビッグデータとアーカイブの関係です。ビッグデータの扱い方によって、今後のアートプロジェクトのアーカイブのあり方は大きく変化するだろうと思います。SNSには、膨大な数の、人々の率直な感想や行動記録が溢れています。つまり、膨大なビックデータはアーカイブの対象でもあり、人の手を借りてアーカイブを残す大きな手段でもあると感じます。

アーカイブの「期間」と「対象」を設定する

菊池:一体、アーカイブする上で、アートプロジェクトは、いつ始まりいつ終わるのでしょうか?

コミュニティエンゲージメントの考え方に、「インパクトエコー」というフェーズがあります。準備段階に始まり、ピークがあり、後処理の次に当たる「共感・共鳴段階」のことを指します。展示やアートプロジェクトのイベントなどのピーク時に盛り上がるのは当たり前ですが、その後にこれがきっかけとなってアートに興味を持ってくれた人たちをどのように関与のサイクルに引き寄せるか。まだ盛り上がりからの余韻が残っているからこそ、イベントの後にも注目する必要があり、そこから関係構築が行われます。アーカイブをつくる際に、このインパクトエコーの部分をどこまで入れるかは、大事なポイントです。

若林:個人の共感・共鳴に加え、社会的なインパクトを見る際も、「エコー」の長さ、つまり期間の設定は大事だということですね。一つのプロジェクトも、期間の設定によって、いろいろな視点でアーカイブしたり、評価したりできますものね。

菊池:私が関わっていたボストン美術館のティーンアーツカウンシルプログラムが10年目を迎え、ケーススタディにまとめようという話があるんです。当時参加した高校生の直後の様子に関してはまとめてありますが、その後月日が流れ、どんな大人になっているのか振り返りを行うものです。その時に大事だと思うのは、プラスのインパクトだけを拾わないということです。まったくインパクトがない場合もあるし、逆にプロジェクトのせいで起こってしまったマイナスのインパクトもあり得ます。「やってよかったね」という運営側の満足で終わらせず、そこまで見届ける必要があると思うんです。

ただ、10年ほどのスパンで物事を追いかけるのは簡単ではないと思います。しかし、ロビーイングなどもそうですが、市場の強化に向けて動く複合的なシステムを手がけていく必要を非常に感じています。その活動の一つに、長期的に物事を記録・評価する専門的な組織が出てくるといいなと思います。

若林:アートプロジェクトがいつ始まりいつ終わるか、そんな風に考えたことはありませんでした。期間の設定というのは、いろいろなことを再考するいい手がかりになりそうですね。例えばアーカイブとしての報告書も、「年次報告書」「アニュアルレポート」のように1年毎につくるケースが多いですが、別の設定があってもいいなと思いました。

菊池│:期間のほかにも、「対象」の設定も大切です。少し前にバークレー美術館のオーディエンス・コミュニティエンゲージメントの分析と戦略づくりを行いました。カリフォルニア州立大学バークレー校の構内にあった美術館をバークレー駅近くに移設するにあたって、どういった人々や地域コミュニティ団体を対象にプログラムをつくっていくかというプランを練るものです。

まず彼らが、美術館として地域のどのような問題を考えたいかヒアリングをし、どのような層の子供たちや地域住民に来てほしいかを議論しました。そして、対象地域の抱える課題を明らかにして、連携先のNPOや学校法人をピックアップし、3つのフェーズに分けて、段階的な関係構築を提案しました。こうした美術館建設前のリサーチとプランニングは、近年、アメリカではとても多く見られます。日本の美術館では、短期的な広報に基づく話はしますが、中高生など含む誰もが、文化事業に長期的に関われる習慣を育む「エンゲージメント」の構築はまだできていないと思います。

若林:エンゲージメントは、事前の緻密な設計によるものなのですね。

菊池:そうなんです。こうした取り組みは、ハードにも影響を及ぼします。例えば、青少年の妊娠率が非常に高い地域では、アートの知識や体験の前に、単純に「美術館は安全な場所ですよ」というコミュニケーションを図った事例があります。まず、授乳室やおむつ交換台、赤ちゃんを寝かせられたりできる部屋をつくったり、椅子を増やすなど彼らが過ごしやすくなるように、直接的な環境整備を行いました。

自分たちがどんな地域にいて、誰と、どのような関係を結びたいか。欧米の美術館では、地域の人が日常的に来館する環境を整えることに対して非常に意欲的です。

ミッションとアーカイブを結びつける

若林:アーカイブの期間と対象の話が出ましたが、改めて、そもそもなぜそれをやっているのかという、プロジェクトのビジョンやミッションが端的に表現されていることは、とても大事なことだと思いました。それによって、受け手もアーカイブの見方や引き出し方が違ってきますよね。

菊池:アーカイブのつくり手も、同じ写真が100枚あっても、何のためのアーカイブかがわからないと、どの写真を選択したらいいのかも不明瞭ですよね。また、アーカイブ事業としての方向性がプロジェクト内でしっかり意識共有をされていないと、どのような観点でアーカイブするのか迷いが出てしまいます。

一方でミッションについて議論する際に、よく課題は何かという話が出てきますが、アートプロジェクトというのは、すべてにおいて問題解決である必要はないと思います。例えば「障害者のための」といった文言があると、立ち位置がわかり易いですよね。「子供から大人まで」とするとぼやける。しかし、確かにわかりやすさは大事なのですが、判断基準をそれだけにしてしまうのは危険です。ターゲットに関しても同様で、アートであるならば、それ以上のものが何か打ち出せないだろうかという思いがあります。

若林:「アートプロジェクトのミッションすべてが課題解決である必要はない」というお話は、同感です。非営利セクターというのは、総じて政府や行政の手が行き届かない「社会課題」の解決をミッションに掲げるNPOやプロジェクトが多いですよね。環境、医療・福祉、教育、地域活性、多文化共生、労働、人権など、それぞれ抱える課題が明確なので、団体や活動のミッションがわかり易く、ゴールや評価軸も設定しやすい。

それに対してアート業界は、同じ非営利セクターにあってずっとプレッシャーを感じてきたと思います。表現や創造行為は、必ずしも誰もが認める社会課題と結びついているわけではありません。でも、世のなかに理解してもらうため、それは時に助成金を得るためだったりするわけですが、無理にプロジェクトのミッションや目標を社会課題に結び付けて設定することがある。実情と齟齬が生じるので、実際の活動や評価においても精神的にも苦しくなってしまう。社会課解決をミッションに掲げれば、おのずと課題を解決したかどうかが問われます。しかし、社会課題というのはとても複雑で、二重三重に問題を孕んでいることも多いので、表面的な取り組みではそうそう簡単に「アートで課題解決」できるわけではありません。

無理矢理課題と結びつけずとも、自分たちが世に問いたいもの、表現したいものをしっかり前面に押し出していく。本当にやりたいことは何かをずっと問い続けて、折に触れて更新していく。ミッションというのは、時の流れや環境の変化に応じて変わっていってもいいものです。そうして培われた、研ぎ澄まされたミッションがあってこそ、アーカイブも濃密なものになり、機能するのだと思います。

菊池:その通りだと思います。さらに、現在関わっている人、そして未来の参加者へつなげるためにと対象を意識すると、アーカイブによってミッションや活動の全体の流れが見え易くなります。それによって、プロジェクトの魅力や特徴、意義などが表面化し、参加意識も高まります。また今後組織に関わる人のためにも、組織としての継続性を考え、誰がその組織に属したとしても過去の経緯がわかるようにする責任、というものがあるのではないかと思います。

日本のアートプロジェクトは、トップが強い体質の組織が多いため、人材の代謝が起きた時に、組織固有のミッションや思想が受け継がれないケースが多いと感じます。本来、誰がトップになっても、組織の人格というのはブレない状態がいいのではないでしょうか。

若林:組織の在りようやプロジェクトの存続と、アーカイブとは、実は密接に関わっているというわけですね。それは、非常に鋭いご指摘だと思います。

確かに、組織やプロジェクトの過去の情報や、年次報告、クリッピング、記録画像・映像、活動年表、資料室、ウェブサイト掲載情報などがしっかりしていて、問い合わせるとすぐに情報提供してもらえるプロジェクトは、それだけで運営母体がしっかりしているんだろうなと信頼度が増します。逆にとにかく事業だけ回していて記録やアーカイブには無頓着だったり、昔はしっかりしていたアーカイブが次第に雑になったりするのを見ると、ここの組織は大丈夫だろうか、何か起きているのではないかと思ったりします。

アート業界は人材がよく流動するので、組織としての「申し送り」のためにもアーカイブは重要ですね。菊池さんが指摘されたトップの交代問題についても、同じことが言えると思いました。

菊池:ミッションとアーカイブ、組織構成、評価など、様々なものが結びついていることを意識する必要があるなと思います。

若林:自分たちが何をやりたいかを問い続けて、プロジェクトを動かし、それを記録し、更新していくという流れでしょうか。ミッションとアーカイブを、鏡のように対応させていくというイメージは、いままで持ったことがありませんでしたが、非常に大事な視点だと思います。アートプロジェクトを走らせながら、頭の片隅でいつも意識しておきたいですね。

対談日:2015年10月7日

SHARE

関連レポート