Traveling Research Laboratory(WEB)

アーティストのmamoru、下道基行、デザイナーの丸山晶崇が中心となり、2014年に活動を開始。随時、メンバーを更新しながらフィールドワークの手法やアウトプット、リサーチ過程におけるさまざまな要素、ふるまいに関するグループリサーチを行ってきた「旅するリサーチ・ラボラトリー」。

これまでの旅と活動から得たキーワード、考察や観察を「Field Note」に記し、「Archive」には旅やイベントのレポートを兼ねて発行された印刷物などを掲載。旅するリサーチ・ラボラトリーによる4年間の試行錯誤を共有しています。

東京アートポイント計画 2017年度公開報告会(APM#05)

アートプロジェクトの現場から、1年間の成果を発表!

2018年3月25日、アーツカウンシル東京にて、「Artpoint Meeting #05 -公開報告会-」を開催しました。東京都内各地でアートプロジェクトを展開してきた東京アートポイント計画の参加団体と担当プログラムオフィサーが、2017年度の活動について公開プレゼンテーション。それぞれのプロジェクトから、どんな出会いと悩みが生まれたのでしょうか?

1年間の活動を振り返りながら、改めて、日常や社会に芸術文化が果たしえる可能性について考え、ことばを紡ぎました。当日の様子をご紹介します。

*各プロジェクトの概要については、イベントページやプロジェクトの公式ウェブサイトをご覧ください。

東京アートポイント計画の1年

報告会の冒頭では、アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー・大内伸輔が、2017年度全体を振り返りました。これまでに45の団体と36のアートプロジェクトを実施してきた東京アートポイント計画。今年度は11のアートプロジェクトをNPOとともに共催しました。そのうち3つのプロジェクトが2017年度で終了し、2つのプロジェクトが新たにスタートしています。

汐入タワープログラム(4年目/2017年度で終了)―一般社団法人 CIAN、荒川区 [南千住地域]

アーツカウンシル東京・大内伸輔

「汐入タワー」の解体が決定し、最後のプログラムを開催して終了したプロジェクト。前身となる「川俣正・東京インプログレス―隅田川からの眺め」から関わってきた、プログラムオフィサーの大内がタワーの解体プロセスを発表しました。
事業紹介ページ
解体プロセスをレポート「さよなら、汐入タワー」(東京アートポイント計画通信)

東京スープとブランケット紀行(4年目/2017年度で終了)―一般社団法人指輪ホテル [江古田地域 ほか]

ディレクター・羊屋白玉さんとプロジェクトメンバー

「看取り」をテーマに展開した4年間。その軌跡をまとめた冊子『東京スープとブランケット紀行』の一部をプロジェクトメンバーで読み上げました。東京とは、看取りとは、そしてアートプロジェクトを「わざわざ」やる意味とは何か。4年間考え続けたことを演劇的な手法で発表しました。
事業紹介ページ
プロジェクト全体を振りかえるディレクター・羊屋白玉さんのインタビュー(東京アートポイント計画通信)

リライトプロジェクト(3年目/2017年度で終了)―NPO法人インビジブル [六本木地域 ほか]

(写真左から)NPO法人インビジブル・林曉甫さん、菊池宏子さん、室内直美さん

宮島達男さんのパブリックアート作品《Counter Void》の再点灯を巡り、立ち上がったリライトプロジェクト。3年間の過程でさまざまな変化を遂げてきました。人材育成、地域の小学校の参加、NPOの活躍の3点でアートプロジェクトとしてのアウトカム(成果)を振り返り、都市型アートプロジェクトの可能性について提示しました。
プロジェクト公式ウェブサイト
社会彫刻家を目指して活動したRelight Committeeそれぞれの「アクション」(リライトプロジェクト)
リライトプロジェクトとNPOの活動を語ったインビジブルのインタビュー(東京アートポイント計画通信)

トッピングイースト(4年目)―NPO法人トッピングイースト [東東京地域]

(写真左から)NPO法人トッピングイースト・西村幸知さん、清宮陵一さん、アーツカウンシル東京・上地里佳、嘉原妙

「東東京」「音」をテーマに据えつつ、全くタイプの異なる3プログラムを展開してきたプロジェクト。プログラムごとにまったく異なる人が、異なる関心を持って参加しています。その多様な展開と関わる人のエピソード、そして今後の展望を語りました。
プロジェクト公式ウェブサイト
音楽家・コムアイ(水曜日のカンパネラ)さんとBLOOMING EASTのリサーチも開始。(CINRA.NET)

Betweens Passport Initiative(2年目)―一般社団法人kuriya [新宿区ほか都内各所]

一般社団法人kuriya・海老原周子さん

2年目を迎え、体制づくりからプログラムづくりへ。『移民』の若者のエンパワメントを目指し、定時制高校での居場所づくり、アーティストと協働したリサーチを開始。近年、文化セクターで注目される「社会包摂」の盛り上がりと、そのことが生み出す問題も共有しました。
プロジェクト公式ウェブサイト

東京ステイ(2年目)―NPO法人場所と物語 [都内各所]

NPO法人場所と物語・石神夏希さん

「住むことと旅人の間の身体性を取り戻す」ことを目指し、豊かな「ステイ(滞在)」の可能性を探るプロジェクト。「フィールドワーク」から「ピルグリム(巡礼)」という手法の発見に至るプロセスを共有しました。2017年度はピルグリムを実践するためのツールブック『日常の巡礼』を発行しました。
プロジェクト公式ウェブサイト

500年のcommonを考えるプロジェクト「YATO」(1年目)―社会福祉法人東香会 [町田市忠生地域]

社会福祉法人東香会・齋藤紘良さん

テーマは「これからの500年間、ここが人が集う場所で有り続けるにはどうしたら良いか?」。町田市忠生地域を舞台に、保育園を営む社会福祉法人が、地域に根ざしたリサーチをし、記録し・伝承することに実験的に取り組みはじめました。

HAPPY TURN/神津島(1年目)―NPO法人神津島盛り上げ隊 [神津島]

NPO法人神津島盛り上げ隊・中村圭さん

船で12時間、プロペラ機で40分。伊豆七島のひとつ、神津島でスタートしたアートプロジェクト。「Iターン、Uターン、色々あるけれど、前向きに幸せに島に帰ってくる(=ターンする)機会をつくりたい。島に関わる人が幸せになるような活動にしていきたい」と、想いを語りました。

TERATOTERA(8年目)―一般社団法人Ongoing [JR 高円寺駅ー国分寺駅地域]

一般社団法人Ongoing・高村瑞世さん

まちなかアートフェスティバルや映像祭など、年間4〜5プログラムを展開してきたTERATOTERA。毎年公募で集まる「TERAKKO」が、アーティストの企画制作に関わったり、パフォーマンスに出演したりする点が特徴です。2018年度はさらに「TERAKKO」主導の展開を目指します。
プロジェクト公式ウェブサイト

アートアクセスあだち 音まち千住の縁(7年目)―東京藝術大学音楽学部・大学院国際芸術創造研究科、NPO法人音まち計画、足立区 [千住地域]

NPO法人音まち計画の事務局チーム、足立区担当者の皆さん、プログラムオフィサー・村岡宏太

「ティーンズ楽団」や「タウンレコーダー」、「だじゃれ音楽研究会」など、アーティストプログラムごとにユニークな市民コミュニティが築かれているアートアクセスあだち。近年では出会った仲間とともに新たなプロジェクトを自主的に立ち上げる人も増えるなど、その広がりを共有しました。
プロジェクト公式ウェブサイト

小金井アートフル・アクション!(7年目)―NPO法人アートフル・アクション、小金井市 [小金井市]

(写真左から)NPO法人アートフル・アクション・宮下美穂さん、プログラムオフィサー・佐藤李青、上地里佳

3カ年かけて展開したプログラム「小金井と私 秘かな表現」を中心に振り返りました。プロジェクトを通し「個人はどこまでまちを使い倒していいのか」「個人の意欲や意識がどこまでまちで許容されるのか」を考え続けてきた1年でした。
プロジェクト公式ウェブサイト
今年度実施したプログラム「小金井と私 秘かな表現 想起の遠足」(小金井アートフル・アクション!)

アートプロジェクトが何かを手にするまでの四苦八苦

アーツカウンシル東京・森司

最後に東京アートポイント計画のディレクター・森からご挨拶をして報告会を締めました。

「今回は1年目から8年目のアートプロジェクトについて、一斉に発表してもらいました。そのことによって、プロジェクトの立ち上がりのアクション、5年、10年と続けていった後の“にじみ方”など、継続することで得られる成長や違いをご覧いただけたと思います。どんなプロジェクトも最初数年間は暗中模索が続くものです。でも、その何かを手にするまでの四苦八苦をこえた先に文化事業としての成果がみえてくるはず。今後ともぜひ東京アートポイント計画に関心を持っていただければ幸いです」

11事業それぞれの特色が見えた報告会。2018年度もまたそれぞれのアートプロジェクトで、さまざまな試みが展開されることでしょう。ぜひお楽しみに。

日本の“最涯(さいはて)”から“最先端”の文化を創造する試み<奥能登国際芸術祭>

芸術祭が群雄割拠する日本で、数々の芸術祭のディレクターを務めてきた北川フラムさんが「日本の“最涯(さいはて)”から“最先端”の文化を創造する試み」としての新たな芸術祭を立ち上げました。それが昨年9月に石川県珠洲市で開催された<奥能登国際芸術祭>です。コミュニケーションディレクターとして、「最涯」と称される珠洲(すず)市に7万人を超える来訪者を集めた福田敏也さんは、どのような広報活動に取り組んだのでしょうか。当日行われた講座の様子をレポートいたします。

芸術祭とは何なのかという問い

コミュニケーションディレクターを引き受けた福田さんは、自問自答を続けながら広報プランニングに取り組んでいくことになります。「芸術祭の存在理由とは何なのか?」「珠洲が振り向かれる理由は何なのか?」。歴史をたどれば、かつて大陸交易が盛んだった時代の物流の要衝で、祭りや芸術などの文化があり、美しい儀礼や食文化が今日まで連綿と残されてきた珠洲。しかし、一方で日本の商業機能が江戸に移ったあと、その役割を終え、高度経済経済の恩恵も受けることなくフリーズドライされてしまった珠洲。交通アクセスも悪く、過疎地でもある珠洲での芸術祭開催を決めた北川さんに、「北川フラムにとっての芸術祭とは何なのか?」を今一度問い直す自問自答のドキュメントを書いたといいます。

奥能登国際芸術祭公式写真(撮影Naoki Ishikawa、画像提供:奥能登国際芸術祭実行委員会事務局)

総合ディレクター北川フラムさんの答え

北川さんに確認した自問自答ポイントは次のようなものでした。「連続的に持続されていくことを考えよう。過疎はマイナスじゃない。過疎だからこそ奇跡的に守られてきたもの、そこにこそ超プラスがある。地元で守り続けられてきた価値に気づいている人の最先端にいるのがアーティストだとすれば、彼ら・彼女らこそが土地の独自性に想像力を働かせることができるはずだ。これは、ダメなものを上から目線で助ける活動じゃない。守られてきた価値に敬意を払い、素晴らしさに共鳴する活動である。重要なのは気づきの伝染、さらにそこから生まれるコミュニティと未来への引き継ぎなのだ。」

<奥能登国際芸術祭2017>コミュニケーションディレクターの福田敏也さん。

「知らせる」から「評判を拡げる」への転換

北川さんとのすり合わせで疑問が晴れ始めた福田さんは、もう一度珠洲の特異性に目を向けます。忘れ去られた古き良き日本が守られた、貴重な地域価値を再認識してもらうためのきっかけになる芸術祭を、ただ「知らせる」のではなく、その「評判を拡げる」「気づきの連鎖を発生させる」「芸術祭コアファンから動かす」という発想の転換。そこにヒントがありました。残すべき地域価値に気づく人を増やす、気づきのコミュニケーションこそが、地域価値の維持装置としての芸術祭を継続して機能させることになるのではないか。

また、かつて大陸との交易をしてきた珠洲だからこそ、こまめにバイリンガル発信すれば広くアジア諸国まで届くのではないかと福田さんは考えました。そして、アーティストたちが珠洲の地で何を発見して作品制作にいたったのか、というストーリーをアーティストの言葉を通じて知ってもらうことで、芸術祭を開催する意味を珠洲市民に届けることに力点を置いたコンテンツをつくりました。アーティストが発見した珠洲という文脈で発信することで、アートや芸術祭のファンにも評判が拡がる流れを生み出す広報です。

フリーペーパー「おくノート」。

福田さんの考えた広報戦略

実際の広報ツールとしては、珠洲市の食や文化を紹介するフリーペーパー「おくノート」(全4部)と公式ウェブサイトの特集記事として公開されたインタビューシリーズ「珠洲を語る」を中心に据えて展開していきました。そしてその内容を多くの芸術祭ファンに見てもらうためにFacebook広告も活用しました。「おくノート」は、当初の珠洲を紹介するという路線から芸術祭情報提供に移行するなど、進行に合わせたシフトチェンジを経て、珠洲市の各家庭へのポスティング配布も継続的に行ったそうです。「珠洲を語る」では、珠洲の魅力の発見者という視点で、アーティスト、地元サポーターやボランティアスタッフなど異なる層の言葉を等価に扱い、他の芸術祭との差を明確にしながら、「評判を拡げる」コミュニケーション活動に取り組みました。

教頭の坂本有理(左)、コーディネーターの中田一会(中)、ゲストの福田敏也さん(右)。

珠洲の人たちの反応

講座の最後に行われた質疑応答では、地元の賛否についての質問もありました。県民性もあるかもしれませんが、賛成反対にはっきりわかれることはなく、少し遠巻きに見られている印象もある一方で、作品解説やサイト管理の仕事を通じて、作品の面白さを共有したり、珠洲に芸術祭が来たことの誇りを感じてもらえた手応えを福田さんは感じたそうです。北川さんは近隣住民を重要なターゲットと位置づけ、年配の方にも面白がってもらえるような、わかりやすい芸術祭を意識的に設計していたといいますから、その一定の成果はあったのではないでしょうか。

講座のなかで特に印象的だったのは、「都会人論理を疑う」という言葉。冬の北陸のごちそうはカニだから、お店に行けばおいしいカニにありつけるはず、という名産品とお店がパッケージされているという、思い込みはないでしょうか?珠洲の人たちにとってのカニは、市場に買いに行くのではなく、人からもらうもの。それは都会では見かけなくなった、貨幣経済を介さない、豊かなコミュニケーションの現れであると感じました。地域創生が叫ばれ、芸術祭が乱立する現代において、福田さんのお話から芸術祭広報のあり方を見つめ直すヒントがあったのではないでしょうか。

<開催概要>
「技術を深める(第2回)」
日時:2017年11月21日(木)19:00~21:00(18:45開場)
会場:ROOM302(東京都千代田区外神田6-11-14-302 [3331 Arts Chiyoda])
募集人数:30名(事前申込者優先)
参加費:1,500円(連続講座受講生は1,000円)
テーマ:アートプロジェクトを伝えるための技術~地域と芸術をつなぐ、広報、PR、コミュニケーション・デザインとは?~
ゲスト:福田敏也(博報堂-Chief Creative X Technology Officer/大阪芸術大学デザイン学科教授/777 Creative Strategies代表取締役/FabCafe LLP. Founder & Creative Director)
コーディネーター:中田一会(アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー/コミュニケーション・デザイン担当)

アートプロジェクトの運営スキルを身につけよう・事務局ビギナー編

アートプロジェクトを“動かす人”を対象に、ミニレクチャーや実践ワークをとおして運営に必要なスキルを養う公開講座「技術を深める」シリーズ。第1回は事務局ビギナーを対象に開催し、事務局運営に必要な「技術」に迫りました。その様子をレポートいたします。

本講座は、2016年度に「思考と技術と対話の学校」で開催された基礎プログラム2「技術編」の内容をまとめた冊子『アートプロジェクトの現場で使える27の技術』を教材に展開しました。

アートプロジェクトの現場にいると、とにかく毎日が目まぐるしく、目の前のことに精一杯になってしまいがち、疲弊して周りが見えなくなってしまいがちです。そんな現場の現状をなんとかしたいという想いから生まれた冊子。アートプロジェクトの事務局長や映像作家、編集者など様々な立場の活動を、「技術」の側面から読み解き、現場の課題と向き合うための手がかりを収録したヒント集です。

今回のファシリテーターは、基礎プログラム2「技術編」で企画運営を担当し、冊子編集にもかかわった坂本有理、坂田太郎 、及位友美の3名。会場には、制作スタッフやコーディネーターなどの仕事を始めて半年〜10年以上という幅広いキャリアをもつ参加者が集まりました。

ファシリテーターを務めた及位友美(左)、坂本有理(中央)、坂田太郎(右)

講座は、冊子の目次「はじめる」「うごかす」「ふかめる」「のこす」の4章に沿って進行。ポイントごとに、受講生に手を動かし考えてもらうワークを行いました。

はじめる

まず自分がどのような立ち位置にいるのかを把握することが大切。どんな立場や距離感で、どのように、なぜかかわるのかひとつひとつ確認し、息切れせず継続的に運営することを目指します。チームづくりや、会議の設計、関係者間のコミュニケーションについて考えてみることも有効です。

ワーク1:自分の現在地をつかむ
10分間で自分とアート、アートプロジェクトとのかかわり方を模造紙に書き出し、グループ内で自己紹介がてら内容を発表します。

ワーク2:体制図をかいてみる
自分がいまかかわっているプロジェクトやチームの体制図を模造紙に書き込み、グループ内で発表。体制ができているのか、不具合は生じていないか、図に落とし込みながら確認していきます。

うごかす

互いの立ち位置が見えチームとしての一体感が出てきたら、いよいよ実行に移していきましょう。ここで重要なのは、社会と企画の関係性を考え、伝える相手の顔を思い浮かべかたちに落とし込んでいくこと。企画書の作成や資金集め、プレゼンテーションなどを行うとき、なぜこの企画・プロジェクトをいまやらなければならないのか? を考え、説明できるようになっている状態が理想的です。

ワーク3:申請書を読み解く
企画提案書や申請書を書く際、相手や目的に合わせ、相手が求めていることは何なのか、応募要項などをよく読み込み、ポイントを端的に説明できるよう準備する必要があります。

実施会場を探すための企画申請書をもとに、なぜこの企画を実現したいのか? 社会性は、独自性はどこにあるのか? を受講生が読み解き、発表を行いました。

ふかめる

実施するには、伝えるためのことばを磨くことはもちろん、感受性を高める、相手に関心を持ち話をよく聞くなどのコミュニケーションの精度を上げることが必要不可欠。また、組織内でディベートを行ったり、プロジェクトを実施する地域に住む人々に開かれた拠点をつくったりするなどの工夫も大切です。

ワーク4:メールニュース原稿に赤入れする
参加者に配られたのは、東京アートポイント計画が発行するメールニュースで実際に配信されたプロジェクト紹介記事の初稿と、最終稿。最初に書かれた原稿は、一番言いたいことが何なのかが見えづらいものでした。ブラッシュアップしていったものが最終稿です。2つの原稿を読み比べていきます。

のこす

アートプロジェクトを動かすときに皆が直面する課題の一つが、どうやって残すか。プロジェクトは多くの人が関わり、常に動き、変化していくものです。それをどのように記録・アーカイブし、伝えていくか頭を悩ませる事務局も多いのではないでしょうか。

冊子には、評価・検証のためにデータを残す事例や、10年後、20年後にそれを参照しプロジェクトに参加した者以外が実践してくれる可能性も考慮しドキュメントにまとめた事例、残す意図を考慮した上でプロに映像撮影を頼む事例などが紹介されています。

まとめ

本講座の参加者からは、「ワークを通し自分のことを振り返りながら受講できただけでなく、他の受講者のことも知ることができた」などの感想をいただきました。

ファシリテーター一同、運営に携わる人々が本書をもとに、普段の活動の中で立ち止まって、思考をしたり新たな一歩を踏み出したりするヒントを受け取る時間になればと願っています。今回の内容が気になった方、実際に事務局運営で壁にぶつかっている方、仕事の進め方に疑問を感じている方、ぜひ今回の講座で使用した『アートプロジェクトの現場で使える27の技術』を手にとってみてはいかがでしょうか。冊子は、ウェブサイトからお申込みいただけるほか、PDFでダウンロードもしていただけます。

【開催概要】
「技術を深める(第1回)」
日時:2017年10月3日(火)19:00〜21:30
会場:3331 Arts Chiyoda ROOM302(千代田区外神田6-11-14 3F)
募集人数:30名(事前申込者優先)
参加費:1,500円(連続講座受講生は1,000円)※冊子つき
テーマ:第1回 アートプロジェクトをはじめるための技術~アートプロジェクトの運営スキルを身につけよう・事務局ビギナー編~
ファシリテーター:坂本有理(アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー)、坂田太郎(P3 art and environment リサーチャー/サイト・イン・レジデンス) 、及位友美(voids/コーディネーター)

アートセンターのような《さいはての「キャバレー準備中」》(EAT&ART TARO)

Tokyo Art Reaserch Lab公開講座「アートプロジェクトの今を共有する(第3回)」には、現代美術アーティストのEAT&ART TARO(以下、TARO)さんをお招きし、最新作《さいはての「キャバレー準備中」》のお話を中心に伺いました。誰もが毎日関わる「食」は、日本各地で行われる芸術祭やアートプロジェクトなどでも、様々な役割を担っています。特に地域型芸術祭においては、土地に根付く食文化や名産品を活かしたメニュー開発や、地域住民が運営するレストランなどの取り組みも増えています。そんななか、食をテーマに作品をつくるアーティストのTAROさんが、芸術祭の現場で求められる役割はどのようなものなのでしょうか。食がつなぐアートと地域のあり方について話が展開された当日の様子をレポートします。

人々を食でつなげてきたEAT&ART TARO

調理師として働いていたTAROさんは、美術館やギャラリーでのケータリングをきっかけに、10年ほど前から作品制作を始めます。自らが注文した飲み物が自分の次に注文する人に渡っていき、“次の人におごる”連鎖を生む《おごりカフェ》や、離れた場所にいる人と宅配便を使って手づくりの食事などを交換し合う、文通ならぬ《食通》など、食で人々をつなぐ作品を手がけてきました。

千葉県市原市で開催された<いちはらアート×ミックス>(2014)では、おにぎりをおいしく食べるためという設定で運動会を行う《おにぎりのための、毎週運動会》を発表し、幅広い世代を集めました。“運動会の後のおにぎりのおいしさ”を味わうことを大切にしたため、食材にはあえてこだわらず、どこでも手に入るものを選んだといいます。

作品は広く地元住民に愛され、市原市の3つの小学校では、会期終了後も、運動会競技の大玉ころがしはおにぎりころがしに姿を変えて受け継がれています。2017年の同プロジェクト実施時には、ほぼ地元住民に運営も引き継がれ、運動会に対する住民たちの主体性と熱意を感じたため、自身は身を引き、作家名自体を冠することもやめたそうです。

いちはらアート×ミックス 2014で行われた《おにぎりのための、毎週運動会》の様子。

越後妻有の主婦たちとの協働作業

<大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015>では、越後妻有「上郷クローブ座」で地元の主婦たちが郷土料理中心のコース料理を提供する動きを、《「上郷クローブ座」レストラン》として演劇仕立てで展開しました。主役となる主婦のみなさんに気軽に参加してもらうため、あえて演劇であることは伝えず、あくまでも料理を出すときにお客さんに少し話しかけるだけ、と伝え、帰宅後に夕飯の支度ができる時間設定にするなどの工夫をし、大きな疑問も持たれずにうまく事が運んでいました。しかし、2017年に演出家が参加した公演では、「どうも演劇をしている気がする」「稽古ってどういうこと?」などと少しずつ主婦たちの疑問が膨らんできてしまい、今後、プロジェクトが一筋縄では立ち行かなくなることを懸念したTAROさん。2018年夏の大地の芸術祭における発表に向けて策を練っているそうです。

《さいはての「キャバレー準備中」》

アートセンターのような《さいはての「キャバレー準備中」》という作品

続いて、本題である最新作《さいはての「キャバレー準備中」》のお話に。奥能登半島の突端にある石川県珠洲(すず)市を舞台とする「奥能登国際芸術2017」のためのリサーチを続けるうち、かつてフェリー待合所だった海沿いのレストランが廃業したという知らせを受け、視察に向かいました。珠洲には珍しいフランス風のしつらえから映画「華麗なるギャッツビー」に登場する舞踏会のシーンを連想したTAROさんは、元レストランを「準備中の」キャバレーに変貌させることを思いつきます。常に準備中のキャバレーの片隅で飲食を楽しみながら、芸術家たちが集ったフランス発のキャバレーのように、芸術祭スタッフや珠洲市職員、ボランティアスタッフやアーティストなどが集う、アートセンターのような作品が誕生しました。

観客に滞在してもらうための食

“準備中のキャバレー”というキーワードに惹かれた人々が集うようになり、イベント告知時にはチケットが数日で売り切れたり、1日の最大集客数が1200名に達したりと、大きな評判を呼ぶようになります。会場構成は、裏口から厨房を抜けて中に入ると、自由に過ごせるカフェあり、最後にキャバレーの楽屋のようなしつらえがある空間を設けました。料理を主役とせず観客が場所にとどまってもらうための要素と考え、地元食材だけを用いるのではなく、キャバレーにありそうなパフェやクリームソーダなどを出しました。

主催者からのオーダーとの向き合い方

これまでにたくさんの芸術祭に招聘されてきたTAROさんですが、主催者からのオーダーに応えようとリサーチに力を入れすぎると、何をつくっていいかわからなくなったり、地元で困っていることを解決してあげなければと考えすぎて、かえって作品が魅力を失ってしまうこともあったといいます。時にはオーダーをそのまま受け入れず、アーティストができることに向き合うのも重要なこと。オーダーとのバランスをとりつつも、作品をどう別の次元にジャンプさせるかを重視して考えを巡らせていくそうです。

スタッフとの関係性が可能にすること

これまでに数々のプロジェクトを可能にしてきたTAROさんにとって、実現を支えてくれるスタッフの存在は大きなものです。経験上、ボランティアに頼るだけではスタッフが集まらないことを知っていたTAROさんは、食事を提供して得た利益から給料を支払うことでお金をまわしました。

今回のキャバレーでも、ホールをまわしてくれるスタッフがいるからこそ、会期中も自身が裏方にまわることができ、会期後に作家本人がいなくなった後も、地元住民だけで継続してもらえる可能性を探ることにもつながりました。実際に、看板をそのままにしてキャバレーを残すよう調整しているそうです(本講座終了後の2018年1月12日付け、<奥能登国際芸術祭>お知らせページで《さいはての「キャバレー準備中」》の貸館開始が発表されました)。

講座の最後には会場からの質疑応答も行われました。「何をもってプロジェクトの成功と考えるか」との問いに対して、TAROさんは「アーティストである自分としては、珠洲という最涯の地にキャバレーをつくることができた時点で成功と考えています。例えば人口を増やすなど、成功を図る物差しは様々ですが、それはそれ。とはいえプロジェクトの様々な側面を楽しんでもらえたり、評価してもらえるのは素直にうれしいし、その人たちの考える成功はそこにあるのだと思います」と答えました。

今年行われる大地の芸術祭では、北川フラムさんから「革新的な作品を頼むよ」と言われているというTAROさん、どのような作品を生み出すのか、今から楽しみです。

<開催概要>
「アートプロジェクトの今を共有する(第3回)」
日時:2017年12月22日(金)19:30~21:00(19:15開場)
会場: ROOM302(東京都千代田区外神田6-11-14-302 [3331 Arts Chiyoda])
募集人数:30名(事前申込者優先)
参加費: 無料
テーマ:EAT&ART TARO《さいはての「キャバレー準備中」》の舞台裏~食がつなぐアートと地域の次なるかたち~
ゲスト:EAT&ART TARO(現代美術アーティスト)

札幌国際芸術祭2017が生まれる時(細川麻沙美)

アートプロジェクトの今を共有する(第2回)のゲストには、10月1日に会期を終えたばかりの<札幌国際芸術祭2017>で事務局マネージャーを務められた、細川麻沙美さんをお迎えしました。

近年、日本各地で芸術祭が行われるなかで、それぞれの芸術祭は行政からのオーダーに応えつつも、独自性を求めて試行錯誤する傾向が見られます。音楽とのコラボレーションを試みた<Reborn-Art Festival>や、宇宙というカテゴリーに着目した<種子島宇宙芸術祭>などはその一例と言えるでしょう。<札幌国際芸術祭>もまた、初年度から音楽家をゲストディレクターに迎え、音楽と芸術の境界を探るような試みに特徴がありますが、手法も言語も違う異ジャンルが融合を図るには難しさもつきまといます。その困難に事務局がどのように向かい合ったのか、細川さんにお話をうかがいました。その様子をレポートいたします。

札幌国際芸術祭2017が生まれる時

ゲストディレクターの大友良英さんが、芸術祭の企画の初期から名前をあげていたアーティストが、テニスコーツでした。ミュージシャンである彼らには、できあがったものを提示するのではなく、場にいる人を巻き込みながら、そこでしかできないことを試みてもらう活動を想定し、大友さんはここに「芸術祭ってなんだ?」という問いの糸口があると考えたようです。大友さんがこれまでの活動を通じて知り合った表現者たちと、大友さんの近著のタイトルでもある、まさしく「音楽と美術のあいだ」を探りながら、札幌の市民を企画段階から巻き込んでつくりあげられる芸術祭は、即興性の高いものになっていきました。

札幌国際芸術祭2017バンドメンバー(企画メンバー) 撮影:クスミエリカ 提供:札幌国際芸術祭実行委員会。

即興性を保ち、越境を可能にするための作法

イベントの即時性や即興性は参加者のワクワク感を増幅させますが、同時に事務局は、その開催速度に四苦八苦していました。アーティスト同士の直接的なやりとりから、急遽翌日にライブが行われるなど、日々同時多発的に行われるイベントの数々に、事前告知ができないばかりか、事務局も全貌を把握できていない状況。それでもアーティストや企画者の主体性にできる限り委ねる、という大友さんの意図を担保するため、事務局はできる限りルールを決めすぎず、先導するリーダーがある程度の道筋をつけ、最低限の予算と環境を整えたうえで自由な発想を促すよう努力しました。

札幌国際芸術祭2017前夜祭の様子(撮影:小牧寿里、提供:札幌国際芸術祭実行委員会)。

また今回の芸術祭では「音楽と美術のあいだ」のような表現やイベントを実現させるため、現場での模索が多く試みられたと感じているといいます。アーティスト自身はその間を簡単に越境する、というよりその意識なく表現をしていると思われますが、現場を支える側となると音楽と美術、双方のプロがいなければ、アーティストたちがストレスなく自由に越境していくことは難しいものです。仕事の進め方や共通言語も違う異業種間の意思疎通はなかなか困難で、どのように体制を組めばお互いのストレスを軽減できるのか、開催を通じて実践していました。

札幌国際芸術祭2017・事務局マネージャー細川麻沙美さん。

事務局の動きは一般の方にはなかなか分からないものです。ですが、追われるような連日の現場対応に事務局は少人数で何とか対応しました。芸術祭の評価は、どうしても動員数や経済効果といった数字で測られがちですが、前回はかなわなかった市民参加を積極的に受け入れることで、メディアに取り上げられる機会も実際にかなり増えました。

コーディネーターを務めた橋本誠(左)と細川麻沙美さん(右)。

運営ボランティアを入れないことが可能にしたこと

前回の様々なボランティア活動の中には、会場の監視や運営もその活動に含まれていました。こういった時にただの労働となってしまうような活動は、その人員確保や調整に事務局が時間を取られることにもなりがちです。そのためコストがかかる部分もありますが、運営にはボランティアを入れずに運営会社に任せることにしました。事務局がそういった対応に終われることがなくなり、調整にかかっていた手間が省かれた結果、即興的なイベントに対応できる余裕を担保できた、と細川さんは感じているといいます。これは芸術祭を終えてから実感した新たな発見。ボランティア活動には、能動的な意思を持って参加してもらいたいと考え、前回から参加してくれている常連ボランティアを中心にディスカッションから始めました。時間を制限しないかたちで関わってもらうことができたうえに、活動に参加してもらう人には責任感をもって全うしてもらうことを可能にしました。

前回の芸術祭終了後にたちあがったSIAFラボは、ラウンジとプロジェクトルームを拠点に芸術祭のアーカイブや研究機能としての活動を続けており、引き続き次回開催に向けての活動の軸になっていきます。2020年の<札幌国際芸術祭>がどんなかたちに進化していくのか、期待しましょう。

<開催概要>
「アートプロジェクトの今を共有する(第2回)」
日時:2017年10月12日(木)19:30~21:00(19:15開場)
会場: 3331 Arts Chiyoda (東京都千代田区外神田6-11-14 3F)
募集人数:30名(事前申込者優先)
参加費: 無料
テーマ:集まれアートマネージャー!~音楽と美術、芸術と生活のあいだの祭典「札幌国際芸術祭2017」の試みを紐解く~
ゲスト:細川麻沙美(プロジェクト・コーディネーター/札幌国際芸術祭事務局マネージャー)
コーディネーター:橋本誠 (アートプロデューサー/一般社団法人ノマドプロダクション 代表理事)

美術館と図書館の機能が混ざり合う、太田市美術館・図書館(小金沢智)

最新の芸術祭やアートプロジェクト・文化事業から注目トピックを紹介していく公開講座「アートプロジェクトの今を共有する」シリーズ。第1回では、美術館の名を冠しながらも、周辺街区との連携や、市民参加型のプロジェクトを積極的に展開する太田市美術館・図書館のコンセプトと取り組みに注目し、事例として取り上げました。会場には、4月にグランドオープンしたばかりの同館の取り組みに関心を寄せる、たくさんのお客様にお集まりいただきました。その様子をレポートいたします。

市民とのワークショップによって設計された新たな文化交流施設

日本博物館史の振り返りから、同館学芸員・小金沢さんのお話はスタートしました。館内に工房が併設されるなど、教育普及機能を備えた宮城県美術館、美術館がゆるやかにまちに開かれるきっかけとなった金沢21世紀美術館など、美術品の収集や研究という従来の機能にとどまらず、教育普及機能の拡充や美術館の外にまで及ぶ活動の広がりを見せる傾向があります。そこから22万人が暮らす太田市へ目を移すと、図書館は4館あるものの美術館はありませんでした。

太田市美術館・図書館は、空洞化がすすむ太田駅周辺の賑わい創出を目的に生まれた施設です。市が太田駅北口ロータリー跡地を買い上げ、まちづくり拠点型の文化交流施設として整備するという方針が、2013年5月の政策会議において発表されたことをきっかけに動き出します。建築の基本設計は、建築家の平田晃久さんと市民によるワークショップを経て検討され、最終的に美術館と図書館という異なる施設が複合的に混ざり合うようなプランが採択されました。太田市直営の施設として、総合ディレクションをスパイラル/株式会社ワコールアートセンターが、収書支援を紀伊国屋書店が担う形で、2017年1月14日にプレオープン。4月1日には晴れてグランドオープンを迎えました。同月23日には、遠田誠さんによる演出・振付の開館記念パフォーマンス「オオタドン」が花を添えました。太田市の歴史や名物などを盛り込んだ祭唄に乗せ、地元のチアダンスや太極拳のチームなどが勇壮な踊りや唄を活き活きと披露する映像からは、市民ひとりひとりが持つ地元への誇りが感じられます。

開館記念パフォーマンス「オオタドン」(撮影:Shinya Kigure+Lo.cul.P)

開館記念展のために太田で生まれた作品たち

続いて、同月26日から開催された開館記念展「未来への狼火」についても作品画像を織り交ぜながらご説明いただきました。地元作家を紹介するとともに、現代美術家たちには実際に太田市に足を運んでもらい、新作を制作しました。藤原泰佑さんは太田のまちの姿を描き、淺井裕介さんは太田の土を用いてボランティアとともに壁画を描き、シンガーソングライターの前野健太さんは太田での詩と歌の制作に挑みました。また、地元の詩人、清水房之丞さんの詩をスロープの壁面に掲示し、太田で両親が出会ったという石内都さんの、母の遺品を撮り続けた写真のシリーズを展示したほか、片山真里さんや林勇気さんといった注目を集める若手作家も名を連ねました。

開館記念展「未来への狼火」会場風景(撮影Shinya Kigure+Lo.cul.P)

美術館と図書館の機能がまざりあうことによる出会いや発見

続いて開催した展覧会は、「本と美術の展覧会vol.1『絵と言葉のまじわりが物語のはじまり~絵本原画からそうぞうの森へ~』」と題し、絵本を全体のコンセプトの題材にしたもの。例えば、須永有さんの絵に長嶋有さん、福永信さんの解説コメントが添えられ、大小島真木さんの作品は、鑑賞者が作品のなかに物語を探し出し、そこから描いた絵や文章を展示室内に埋めるなど、文章と絵画がゆるやかに接続し、流れ出していくようです。

本と美術の展覧会「絵と言葉のまじわりが物語のはじまり」会場風景(撮影:Shinya Kigure+Lo.cul.P)

まちなかでの展開と今後の課題

活動は展示室内だけにとどまらず、館内のいたるところまで拡張し、なかにはまちに飛び出すものもあります。例えば、「まちじゅう図書館」は、図書ディレクターである花井裕一郎さんによる企画で、太田市内の商店や事務所のオーナーが所蔵する思い入れのある本を、太田を訪れた人や市民が自由に手に取り、それをきっかけに館長との会話を楽しんでもらうための触れ合いを生みだす図書館です。2017年1月14日にオープンし、現在は41の施設が参加するまでになりました。

ユニークな活動を続け注目を集める一方、幾つかの課題もあります。ものづくりのまち太田にある地元企業や専門家、また近隣の美術館や自治体、海外のアートセンターとの連携を図るにはどうすべきか。アートプロジェクトをまちなかでどう展開していくべきか、美術館と図書館というふたつの事業をより積極的にコラボレーションさせるにはどうしたらよいのか。また、その人材育成をどうすべきか、など考えていくべきことはまだあるということです。

太田市の文化再生をめざして

最後に設けられた質疑応答のコーナーでは、近隣の館林市在住の方から「もともと車社会なこともあり駅近隣には歩く人もまばらで、文化に対する関心も薄い地域だったが、この施設ができたことで若い親子連れが駅周辺にも集まるようになってきた。また文化に若い世代が目を向けるようになり、太田市の文化再生の兆しが見える」といった変化が共有されるなど、参考になるコメントもありました。

総合ディレクションを担うスパイラルのシニアキュレーター岡田勉さんは「美術館施設としては小さいが、まちなかを使うことで世界一大きな美術館になるのではないか」とおっしゃっているそうですが、そんな壮大な野望を秘め、動き出したばかりの太田市美術館・図書館が今後どのような広がりを見せてくれるのか、ますます今後が楽しみです。

続く第2回では、会期を終えたばかりの「札幌国際芸術祭2017」から、事務局マネージャーの細川麻沙美さんをお迎えしてお話を伺いました。まさに「今」を共有する内容になりましたので、次回レポートにもご期待ください。

【開催概要】
「アートプロジェクトの今を共有する(第1回)
日時:2017年9月15日(金)19:30~21:00(19:15開場)
会場:3331 Arts Chiyoda ROOM302(東京都千代田区外神田6-11-14 3F)
募集人数:30名(事前申込者優先)
参加費:無料
テーマ:これからの文化施設とアートプロジェクト
~まちから得たものをまちへ返す「太田市美術館・図書館」の試み~
ゲスト:小金沢智 (太田市美術館・図書館学芸員)
コーディネーター:橋本誠 (アートプロデューサー/一般社団法人ノマドプロダクション 代表理事)

アートプロジェクトの「言葉」に関するメディア開発:メディア/レターの届け方 2017→2018

近年、日本各地で増加するアートプロジェクトにおいては、その実施プロセスや成果等を可視化し、広く共有する目的で様々な形態の報告書やドキュメントブックなどが発行されています。それらの発行物は、書店販売など一般流通に乗らないものも多いため、制作だけでなく「届ける」ところまでを設計することが必要となります。

またドキュメントブックは、ひとつひとつのプログラムのみならず、それを生み出した母体となる団体やプロジェクトの理念や文脈が込められています。複数のプログラムを抱える活動において、そこに通底する価値を広く社会に伝えることは重要です。

本プログラムではアートプロジェクトから生まれた「言葉」(報告書やドキュメントブックなどの発行物)の届け方の手法を研究・開発します。昨年度に引き続き、今年度はアーツカウンシル東京の取り組みから「東京アートポイント計画」「Tokyo Art Research Lab」「Art Support Tohoku-Tokyo(東京都による芸術文化を活用した被災地支援事業)」を取り上げ、その発行物を届けるためのメディア開発(パッケージ及びレター)を行います。冊子を届けるだけでなく、事業のアウトプット(発行物)とアウトカム(成果)の関係性を可視化することを目指します。

文化と日常を行き来するサイクルをつくる(APM#04 後編)

Artpoint Meeting #04 -日常に還す- レポート後編

Artpoint Meeting 第4回のテーマは、「日常に還す」。ゲストとして登場したのは、驚きと発見を与える日本や世界の暮らしを紹介しながら、生活に活かすことを目指す世田谷区の文化施設「生活工房」学芸員の竹田由美さんと、レコードやラジオや遠足といったツールを通して、身の回りの世界と人の関係を編み直してきた、文化活動家でアーティストのアサダワタルさん。

日常に寄り添いつつも、そのなかに埋没せず、新たな視点をもたらす。難しいバランスが求められる展覧会やプロジェクトの現場で、二人は何を考えてきたのか。会場との活発なやりとりも行われたイベントの様子を、ライターの杉原環樹がレポートします。

>>レポート前編

会場からの質問や感想を眺めながらスタート。

プロジェクトのはじまりとは?「成功」とは?

小休止を挟んだ後半戦。ここからは、会場からの質問をもとに、東京アートポイント計画ディレクターの森司とモデレーターの中田一会も加えたフロアディスカッションが行われました。ホワイトボードには、ゲストの二人に聞きたいことがズラリと並びます。

このやりとりの中でも感じられたのは、竹田さんとアサダさんが、日常生活で出会う場面にとても繊細な目を向けながら、その意味や効果を冷静に分析しているということ。

たとえば世界各地の移動する民族の暮らしに関心を持ち、現地で集めたものを個人のスペースでも展示しているという竹田さん。「企画のヒントはどこから得る?」との質問に、「日々の『おや?』という感覚がヒントになることが多い」と答えます。

「先日、歩きスマホをする理由を尋ねたアンケートの答えの一位が『暇だから』というもので、驚いたんです。周囲の環境の変化や、危機に関心を持たずに歩いているのは、生物として危ういなと。ほかにも、昼間に月が出ていることに驚く人を見て、こちらが驚いたり……。人類の危機を感じたとき、何かやりたくなるかもしれません(笑)」。

一方、「なぜレコードなのか? ものにする理由は?」と問われたアサダさんは、「かたちに残すことへのこだわりがあるわけではなく、使用するメディアの前に人が見えるかどうか、という考え方をしている」と話します。

「高齢者も多い復興住宅が舞台の『ラジオ下神白』では、手渡しできるメディアを使うことで会話が生まれることが重要でした。また、『千住タウンレーベル』のレコードでヒントにしたのは、人が群がる昔の蓄音機屋や街頭テレビの前の風景。アナログかデジタルかではなく、その取り組みの場づくりにふさわしい手段をいつも選んでいます」。

そして、なかでもとくに興味深かったのが、「一番プロジェクトが成功したと思った出来事は?」という質問。「日常に還す」というテーマの核心に触れる問いです。

アサダさんが話したのは、こどもを通じてまちに関わりたいと、「小金井と私」に3年間ずっと関わっている、ある参加者の話。彼女はプロジェクトのなかでこどもにカメラを持たせて、普段は親が触れない保育園への通園の風景を撮ってもらったり、地図を描いてもらったりする「こどもみちを行く」という企画を自分で立ち上げました。

「その展示には彼女が尊敬する保育園の園長先生も来てくれました。面白いのはそこからで、プロジェクト終了後にその園長先生を自宅に招くイベントが企画されたり、より日常生活のなかでのアクションへと緩やかにつながったこと。他にもプロジェクトに参加した小学5年生の女の子たちを軸に、自主的に振り返りの会が行われたり、ある参加者はこのまちで出会った農家さんとの交流を丁寧に継続していたり。こんな風に、プロジェクトという一本の川だったものが、参加者たちのアクションによってどんどん細かい支流に分かれていき、日常の中に続いていくのはいいな、と思うんです」。

これに対して竹田さんも、「眠りの展覧会のとき、ずっと睡眠に悩んでいたという高齢者の方に『今日はぐっすり眠れそう』と言っていただけたのが嬉しかった」と回答。しかし展覧会の経験が日常に活かされるかは、来場者数などの数値では測れないもの。イベント終了後にお話を聞くと、「成功」感に感じる難しさも率直に語ってくれました。

「来場者へのモニタリングを最近は行なっていなくて、成功したことを聞かれたときには正直ドキッとしました。ただ、福島の復興住宅で、故郷に帰還した方も含めて場の姿を記録し続けるアサダさんの活動は参考になります。いろんな人の知恵を借りて、取り組みの『あと』までじっくり追っていく必要があることをあらためて感じました」。

森司(アーツカウンシル東京 東京アートポイント計画ディレクター)

そんな二人の話を聞きながら、「日常を編集する仕方に驚いた」と森は言います。熱量を持って現代を眺めながら、それをデザインの眼で客観的に視覚化する竹田さん。まちにダイブしつつ、小さな想起をすくうアサダさん。「所作はそれぞれ違いますが、人間が人間らしく生きるための根源的な時間への問いを、今日は感じた」と話します。

「機械的で四角四面のカチカチとした時間と、農業など自然に関わる人の時間。あるいは企業人である大人のビジネス的な時間と、プライベートな時間。そこには、体感や質の違いがある。お二人の話からは、『日常に何を還すのか』への答えよりも前に、『私たちが日々の中に何を置いてきたのか』ということについて考えさせられました」。

文化と日常を行き来するサイクルをつくる

こうして、3時間におよぶイベントは終了。「日常に還す」という抽象的なテーマについて語る中で、ゲストの二人は何を感じたのか。撤収中の会場でお話を聞きました。

発表の冒頭で、生活を「さまざまなものが混ざった未分化なもの」と表現していた竹田さん。触れ方が難しい対象を解きほぐすうえで、丁寧な空間への落とし込みや視覚化のほかに多用されていると感じたのが、異なる時空間の暮らしを参照する視点でした。

「たとえば、エチオピアには戸籍がなく、人々には正式な名前がないんです。だからパスポートを取るときに行き先に適した名前を選んだりする。そんな風に、『当たり前』は時空が変われば変わるもの。自分の日常は誰かの非日常で、自分はマジョリティだと思えば、いきなりマイノリティになる。そこで感じる驚きは大切で、そういう相対化を繰り返すことによって、生活を考えるための素材は集まってくると思っています」。

では、それをただの「異文化体験」にせず、生活に活かすうえで重要なこととは?

「展覧会は、語り合うための場づくりだと思っています。展示をきっかけに、来場者の方がお互いの生活を話し始める。そこで大切なのは、展示にかけた思いを前面に出すのではなく、余白を多く残すこと。準備中はすごく熱くなっているのですが、感じたものを話し合ってもらうための余地を残す工夫に、多くの時間をかけていますね」。

その竹田さんの工夫を発表から感じ、「生活工房はいい意味で暑苦しくなく、だからこそ多くの人が乗れる。企画との距離感の取り方が上手いなぁと感じた」とアサダさん。

そんなアサダさんに聞きたかったのは、後半で話された、小金井のプロジェクトの参加者が始めた自主的な取り組みについて。「日常に還す」ことを考えてきた今回のイベントですが、日常に「還り切って」しまったら、そこからは文化の持つ新鮮な視線は奪われてしまのではないか。そのジレンマをアサダさんはどう感じているのでしょう?

「プロジェクトで一度いろんな人が混じり、ヘンテコな状況が生まれ、こんなことをしてもいいと人に思わせる。もちろんその後、それがただの日常に潜っていき、息苦しさを感じることはあると思うんです。でも、『あのとき視点が変わった』という経験や学んだスキルが残れば、それを活かしながらまた息継ぎのように新鮮な空気を吸える」。

そして重要なのは、そんな日常との往復やサイクルをつくることだと言います。

「アートプロジェクトには、小さな革命を起こす起爆剤だけではなく、生活でしんどくなったときに使える常備薬の役割もある。参加者が、アート的な視点というものを使えるようになること。そうした感性のサイクルをつくることが、大事だと思うんです」。

日常とは? 文化とは? 日常と文化の関係とは?——。そんな大きな疑問に迫ろうした今回の「Artpoint Meeting」。ゲストのお話からは、自分に密着した世界に考えるためのかたちを与え、その自明性を揺らす、さまざまな工夫が感じられました。

一方、そこで見えてきたのは、語ろうとすればするほど奥行きを増し、手触りを変えていく日常のやっかいで面白い性格。「日常とは?」。イベントを通して、会場を訪れた参加者のなかには、その問いがより深いものとして刻まれたのではないかと思います。

「Artpoint Meeting」は今後も定期的に開催。取り組みを通して生まれた疑問をさらに深め、共有する場所として、ひきつづき展開されていきます。

(イベント撮影:高岡弘)

生活を解きほぐし、考えるための「かたち」を与える(APM#04 前編)

Artpoint Meeting #04 -日常に還す- レポート前編

アートの現場で頻繁に耳にする「日常」という言葉。この身近で、だからこそ捉えがたい対象に取り組む実践者はどのように向きあっているのでしょうか。それぞれの現場でまちと文化に関わるゲストとの対話から、これからのアートプロジェクトの言葉を育てる東京アートポイント計画のトークイベント「Artpoint Meeting」。その第4回が、1月27日、東京・渋谷の複合施設「100 BANCH」で開催されました。

今回のテーマは、「日常に還す」。ゲストとして登場したのは、驚きと発見を与える日本や世界の暮らしを紹介しながら、生活に活かすことを目指す世田谷区の文化施設「生活工房」学芸員の竹田由美さんと、レコードやラジオや遠足といったツールを通して、身の回りの世界と人の関係を編み直してきた、文化活動家でアーティストのアサダワタルさん。

日常に寄り添いつつも、そのなかに埋没せず、新たな視点をもたらす。難しいバランスが求められる展覧会やプロジェクトの現場で、二人は何を考えてきたのか。会場との活発なやりとりも行われたイベントの様子を、ライターの杉原環樹がレポートします。

プロジェクトが触れる「日常」ってそもそも何だろう? 

イベントは、モデレーターの東京アートポイント計画プログラムオフィサー、中田一会による趣旨説明からスタート。東京アートポイント計画が伴走している多くのアートプロジェクトでは、「日常の景色を少し変える」といった表現がよく使われます。

しかし、「そもそも、日常とは? 文化とは? 日常と文化の関係とは?」と中田。日頃はあらためて考えてみることもないそうした疑問を通して、「自分たちが行うアートプロジェクトは、日常にとってどんな意味があるのかを考えたい」と語ります。

モデレーターを務めた中田一会(アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー)。企画担当者として今回のテーマを解題。日常×文化とは?

生活を解きほぐし、考えるための「かたち」を与える

一人目のゲストは、三軒茶屋駅に直結したビルのなかにある暮らしのデザインミュージアム「生活工房」の竹田由美さん。「生活者が漠然と抱く疑問を共有し、目に見える活動にしていく事業」を行うことを活動方針に設立され、2017年に20周年を迎えたこの施設では、衣・食・住と明確に分けられない「未分化なもの」である生活の問題を、住民と考える場をつくってきました。

その中で竹田さんが大切にしている視点のひとつが、「歴史の重なりの上に自分がいる感覚」。現在では、インターネットでヨコのつながりは簡単に生まれる一方、土の存在のなさが象徴するように、タテのつながりは失われているのでは、と問いかけます。

竹田由美さん(公益財団法人せたがや文化財団生活工房主任/学芸員)

落葉広葉樹林帯の暮らしを紹介する「ブナ帯☆ワンダーランド」展や、1952年にドイツで始まった映像の百科事典プロジェクト「エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ」から、手を動かしながら人類の普遍的な営みに触れる連続ワークショップは、この問題意識から生まれたもの。身近な草木からヒモのつくり方を学んだ後者のある回では、「周囲のもので何でもつくれる感覚を実感した」などの感想が聞かれたと言います。

「意識的に参加する人が多いワークショップの方が、展覧会よりも『日常に還っていく』感覚は強いと思います。しかし、生活圏に密接していて鑑賞無料の生活工房では、何気なく観られる展覧会を通して、多くの人の生活に関わりたい。なかでも予想以上の広がりがあったのが、『ただのいぬ。』プロジェクトと『活版再生展』です」。

「ブナ帯☆ワンダーランド」展(2015年)
映像百科事典「エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ」より ©️(公財)下中記念財団
ECフィルムから人類の営みを学び、実際に手を動かしてみる連続ワークショップ「映像のフィールドワーク・ラボ」。第1回「ひもをうむ」の様子。

「ただのいぬ。」は、保健所などに保護された犬をめぐるプロジェクト。2005年に開催されたその第一回展には、12日間の会期にも関わらず5000人が来場しました。

「この展覧会では、会場に『光の部屋』と『暗闇の部屋』を設けました。『光の部屋』には新しい飼い主のもとに引き取られた犬の写真、『暗闇の部屋』には殺処分された犬の写真が展示され、部屋に入るかは鑑賞者に委ねられます。いわば傍観者として訪れていた鑑賞者は、その能動的な選択を通して、どうしても当事者に近づいていきます」。

その後、大きな反響を得た展示は各地を巡回しました。さらに、迷い犬の原因のひとつでもある犬鑑札装着の不徹底を改善するため、世田谷区の鑑札をデザイナーの深澤直人さんとリニューアル。災害時のペットの同行避難を扱う展覧会を開催するなど、多角的な取り組みに発展しました。「その原動力は行政ではなく一般の人の声」だと竹田さんは言います。

「ただのいぬ。」展(2005年)
デザイナー・深澤直人さんとリニューアルした世田谷区の「犬鑑札」。

一方、2007年の「活版再生展」では、世田谷の廃業予定の印刷所から活版印刷機を引き継ぎ、廃れつつあるこの技術の魅力を現役のデザイナーらと紹介しました。面白いのは会期終了後、その巨大な印刷機を20代のデザイナーが引き取り、活用・運営していく場を50代の印刷会社の経営者が提供したこと。これは収蔵品を持たない施設ゆえの動きだったと語ります。

「活版を知らない20代が全盛期を担った70代-80代に学び、活版を捨ててきた世代(50代)がまたその価値に気付く。そこで引き継がれたのは、技術だけでなく精神でもあります。最近、活版印刷の価値は若い人の間で見直されつつありますが、生活工房が印刷機を収蔵し、たまに開放するだけでは、こうした生きた表現や経済活動にはつながらなかったように思います」。

「活版再生展」(2007年)

展覧会を出発点に、まちに視点や思いを広げること。そんな中で、「生活を根底から考える展示」として最後に紹介されたのが、世界各地の眠り方や寝床の展示を通して「生き方」について考える、2012年の「I’m so sleepy どうにも眠くなる展覧会」と、さらに問題意識を発展させた、2016年の「時間をめぐる、めぐる時間の展覧会」です。

私たちは普段、時間は一様に流れていると考えてしまいます。しかし、異なる時代や地域に目を向ければ、多様な時の姿があるもの。実際日本でも、明治のある時期まで一時間の長さは一律ではなく、1920年には近代の時間概念を啓蒙する展覧会が開かれ、驚異的な動員を記録しました。その現代版を目指し、自然との関係から現代生活の時間を問い直す1年間のワークショップなどを通して、「時間をめぐる」展が行われました。

「時間はカレンダーや時計の中にあるのか? そんな疑問から『時間をめぐる』展では、自然や身体に流れる時間に触れようと、動植物の時間の把握の仕方や、各地の時の過ごし方の紹介を行いました。たとえば、後者に関する『時の大河』は、世界における同じ時期の営みを、巨大な円環状の構造物で世田谷から南極までを一望できるもの。太陽や月はひとつしかないのに、世界にはこれだけいろんな時間があることを、視覚的に見せました」。

「時間について悩む人は多いですが、そこに多様性があると知ることは、それだけで孤独を見つめ直すきっかけになる」と竹田さん。自分の生活は、日頃はなかなか客観的に捉えられないもの。しかし生活工房の取り組みからは、デザインの情報整理の力や身体の感覚を通じて、そこに考えるための輪郭を与えるさまざまな工夫が感じられました。

「I’m so sleepy どうにも眠くなる展覧会」(2012年)
「時間をめぐる、めぐる時間の展覧会」(2016年)

風景、音、人に出会い直すための表現と想起

続いてのゲストは、アーティストで文化活動家のアサダワタルさん。文化活動家とは不思議な肩書きですが、実際にその活動は名づけがたいほど多様です。音楽家としてドラムを演奏したり、アーティストとしてまちなかのプロジェクトを仕掛けたり、文筆家としてコミュニティについての本を書いたり……。かつては大阪で、表現活動と街の人々との出会いをつくる、いくつものスペースの設立や運営にも携わっていました。

「最初は音楽家として出発したのですが、次第に個人の表現だけでなく、それを生活と地続きの場で起こしたいと活動を拡張していきました」とアサダさん。さまざまな実践で培った横断的な感性やスキルを、生活の中のコミュニケーションに転用しています。

アサダワタルさん(文化活動家・アーティスト)

最初に紹介されたのは、北海道の知床にある全国初の義務教育学校(小・中学校の教育を一貫して行う学校)、知床ウトロ学校で2017年に行われた、校歌のカラオケ映像を制作するワークショップ。そこでは、幅広い年代の生徒が自ら撮影した歌詞にもとづく映像や手書きのテロップが組み合わされ、現場の楽しさが伝わる映像が生まれました。

なかでも面白かったのは、生徒が先生に歌詞の意味を尋ねる場面。普段は教える立場の先生が難しい言葉の表現に戸惑う姿は、いつもの関係に新しい視点をもたらします。

「ワークショップで大事にしているのは、コミュニティに非日常の視点を持ち込むことです。校歌とは、地域の記憶が刻まれた一種のコミュニティ・ソング。大事に歌い継ぎながら、それを使って遊んだ経験も、こどもたちには記憶してほしいと考えました」。

知床ウトロ学校で校歌のカラオケ映像を編集している様子(撮影:加藤甫/提供:一般社団法人AISプランニング)
あの手この手でカラオケの「テロップ」を表現するパフォーマンスを児童と行った。(撮影:加藤甫/提供:一般社団法人AISプランニング)

何気なく触れている身の回りの音が、表現によって異なる意味を帯びること。これを都市で展開したのが、2016年秋に始まった「千住タウンレーベル」です。東京・足立区を舞台にしたプロジェクト「アートアクセスあだち 音まち千住の縁」の一環であるこの取り組みは、一言で言えば、まちの情報が詰まった「タウン誌」の音バージョン。

制作されたレコード「音盤千住」には、音の記者である「タウンレコーダー」が自分の関心から残したいと集めた、まちの音が収められています。たとえば、もんじゃ焼きに似た地元の料理「ボッタ」を焼く音や、市場のダミ声、道行く人のインタビュー……。生まれては消えていく「ただの音」からは、驚くほどまちの風景が喚起されます。

「また、『聴きめぐり千住』というイベントでは、録音が行われた現場を訪れて、記録した音と実際の音を聴き比べました。レコードを通して、まちの風景、音、人をあらためて感じてもらう。音盤づくりだけでなく、それを使った試みが大事なんです」。

千住タウンレーベルから生まれた「音盤千住」。
「聴きめぐり千住」で、まちの鯛焼き屋と大福屋の「いらっしゃいませ!」を聴き比べ。音とともに試食もできる(撮影:冨田了平)

そんなアサダさんが、自身のテーマだと語るのが「表現と想起」です。2017年からは「福島藝術計画×Art Support Tohoku-Tokyo」事業の一環として、福島県いわき市にある震災避難者のための復興公営住宅 下神白(しもかじろ)団地で、「ラジオ下神白」という取り組みをはじめました。これは、住民に思い出深い音楽について聞き、その楽曲を契機に故郷の記憶を語り合い、それらをラジオ風にCDに収めて配布するというもの。

「記憶を交換することは、じつはなかなか難しい。そこに音楽を挟むことで、対話や交流のための別の入口をつくれないかと。復興住宅は特殊なコミュニティで、根付くことが一概には良いとは言えない場所です。一方、参加者にはすでに帰還した方もいて、コミュニティの姿は変わり続けている。この取り組みでは、その変化も記録したいと思っています」。

ラジオ下神白から生まれたCD。住民の語りと思い出にまつわる音楽が収められている。
復興公営住宅「下神白団地」の一戸一戸を巡って配布する。住民のお宅で一緒に再生してみることも。

もうひとつ、東京・小金井市で展開しているのが、「小金井と私 秘かな表現」という取り組みです。2015年に始まったワークショップでは、参加住民の日常生活のなかに潜むささやかな関心や行為を「表現」として見つめ直すアクションを行いました。その体験を足がかりに、翌年には「この小金井のまちで、今はもうないけれど大切な“モノ”や“場所”についての記憶」について広く市民にインタビュー。その成果などを展示した市民生活展「想起のボタン」を開催。そして今年度は3年間の集大成として記憶をもとにまちを案内する「想起の遠足」を実施。

「たとえば、昔のパン屋の味を再現して食べたり、『遠足』と題してかつての通学路を歩いたり。一個一個はとても個人的な記憶ですが、それを触媒に別の住民の記憶が編集され、ほかのまちの人にも何かを想起させる。そして、その経験がそれぞれのまちに還っていく。そんな『思い出すこと』との出会いをつくれたら、と考えました」。

音や風景、人との会話を通して、大きな「歴史」には残らないかもしれない小さな「記憶」を丹念に残すこと。アサダさんの活動であらためて気づくのは、そのように記録されたかたちになることで、記憶はその持ち主にも他者にも別の可能性を開き得るということです。その表現が今後どんな広がりを生むのか、楽しみになる発表となりました。

>>レポート後編へ続く

「想起の遠足」大遠足の記念写真。小金井に住む人の記憶を頼りに参加者全員で「遠足」した。

(イベント撮影:高岡弘)