共通: 年度: 2024
松浦千恵
狭間明日実
中川佳洋
福島愛未
“実感”が身体を解きほぐす|柔らかなモデルをつくる(3)
アーツカウンシル東京による「東京アートポイント計画」では、近年、手話やろう文化、視覚身体言語などを中心に「アクセシビリティ」や「情報保障」について考え、実践してきました。これまでの取り組みを振り返ったとき、その共通項として見えてきたのは、唯一無二のフォーマットを追求するのではなく、可変的に試行錯誤を続ける姿勢です。
本シリーズ「柔らかなモデルをつくる」では、「東京アートポイント計画」のスタッフが「アクセシビリティ」や「情報保障」について考え、実践してきた企画・制作プロセスを紹介し、noteでの連載を通じて“柔らかなモデル”について考えていきます。
今回紹介するのは、インキュベーション事業「Tokyo Art Research Lab(TARL)」の一環として実施していた「アートプロジェクトの担い手のための手話講座」です。
アートプロジェクトの担い手のための手話講座
言語としての手話だけでなく、ろう者と聴者の感覚の違いや「ろう文化」について学ぶ「アートプロジェクトの担い手のための手話講座」は、2020年度から2023年度にかけて開催した人気シリーズです。
この講座では、手話やろう文化を知り、実際に体を動かしながら発話に頼らないコミュニケーションの姿勢を身につけることを目指しています。企画の詳細は、『まず、話してみる。』の座談会でも紹介しているので、ぜひご覧ください。
異なりを知るための助走
情報保障やアクセシビリティを考えるとき、この講座はスタッフにとっても「他者とのコミュニケーション」の姿勢を振り返る起点になっていました。
ろう者の方々とやり取りをするために、一つひとつの単語や文法を学ぶ、あるいは設備や道具を整えることも重要です。しかし、時には自分の知らない表現に出会ったり、あるいは相手に伝わっていないと感じたりすることもあります。

伝えようとして、相手とずれてしまうのは当たり前のことです。ずれていると気づいたときに指差しとか、表情など表現を工夫してみるのが大切です。
河合祐三子(講師)
また受け手は、相手の手だけではなく、表情、身体全体の動きをみてください。たとえばマグカップの渡し方一つとっても、小指をたてて渡すのと、雑に渡すのでも印象が違いますよね。それも情報になる。指の形によっても違うでしょう。カップといってもいろんな種類があります。
「ろう者の感覚を知る、手話を体験する。」レポートより(執筆 : 木村和博)
相手が何を見ているのか、何を伝えようとしているのかを、思い込みを取り払って受け取ろうとしてみる。そのためには、さまざまな人と人との間には、感覚や文化の異なりがあることを「知る」ことが大切です。

うーん、と考えているときは、「ちょっと待ってください。今、考えています」ということも示すのが良いです。そうした反応がないと、ろう者は、相手が考えている状態なのか、それともわからない状態なのか、どっちなのだろうと心配になるんですね。自分の状態も相手にはっきりと伝える、それも大切なポイントです。
河合祐三子(講師)
「手話と出会う。」レポートより(執筆 : 嘉原妙)
自分の感覚だけに頼らず、相手の状況を想像する。その上で、どのようにコミュニケーションを「はじめる」のか、そして「続ける」のか。
一度ではなかなか習慣にできないことなので、何度も繰り返し実践したり、日常生活の中で思い出す機会をつくる必要があります。この講座は、講師と生徒の関係というよりは、1人の人間同士としてコミュニケーションを重ねることで、講座で得た感覚のまま日々の暮らしに戻る「助走」のような時間だったようにも感じました。
企画を通じて、スタッフが学ぶ
4年にわたり開催された本シリーズは、運営チームも入れ替わりながら担当しています。ときには講座担当ではないスタッフも加わり、実際に身体を動かしながら仕事や日常への「助走」をつけていたのだと振り返ります。
同時に、各回のレポートを担当していたライターの方々、講座に来ていただいたゲストの方々にとっても学びの場になっていました。

ろう者と聴者のコミュニケーションの違いやそれによるズレは、日々、身近なところで起こっているのだろう。もし、私がカフェの定員で、ろう者の方と出会ったら、どのようにコミュニケーションしようとするだろうか。きっとほかの参加者も、それぞれのなかで考えを巡らせていたはずだ。
柏木ゆか(ライター)
今回のワークショップを通して、ろう者と聴者の感覚や物事の捉え方の違いがあることを、ゲストそれぞれの実体験も交えながら知ることができた。そこにあるズレに意識を向けることで、どうすればお互いに伝え合うことができるのか、その学びの入口に立てたように思う。そして、まだまだではあるものの、発話に頼らずとも身体でコミュニケーションすることができるのだという自信にもなった。
「ろう者の感覚を知る、手話を体験する」レポートより

「手話を使い会話する」ことの実践というよりは、他者を尊重して関わるとはどういうことなのか、自身の身体を通して考える機会だったように思う。
木村和博(ライター)
また参加して、目の前にいる人を尊重するには2つのことが大事なのではないかと気づいた。社会においてその人の文化がどのような状況に置かれているのか知ること。唯一の正解があると思い込まず互いにコミュニケーション手段を考えること。知るだけでは頭でっかちになってしまう。でも、知ることをないがしろにすると、実践のなかで他者の文化を無意識に傷つけてしまったり、差別をしたりするかもしれない。
他者の文化を知ろうとすること、目の前にいる人と一緒に考えること、その両方を積み重ねる。それを個人に託すのではなく、そうした積み重ねが実践しやすい環境づくりをする。自分自身が携わるプロジェクトからすこしずつ実践していきたい。そう思わせてくれる講座だった。
2022年度「手話を使い会話する。」レポートより
企画づくり、そして生活に必要な「相手のことを想像する力」。この講座は、その姿勢をスタッフ、受講者、関係者たちが実感・実践する機会になっていました。
解きほぐした身体で、それぞれの取り組みや暮らしに経験を還元する。その起点づくりが、アクセシビリティや情報保障を思考する基盤を育むのだと思います。
映像講座・レポート記事・指文字表を公開中
手話講座では21本の映像プログラムをYouTubeチャンネルで公開しているほか、実施レポートの記事をウェブサイトに掲載しています。また、手話を体験する補足資料として、指文字表「相手から見たときの指文字/自分から見たときの指文字」もダウンロードすることができます。
≫映像プログラム|手話と出会う 〜アートプロジェクトの担い手のための手話講座〜 基礎編(映像プログラム)はこちら
≫「相手から見たときの指文字/自分から見たときの指文字」はこちら
実際に講座に関わる人数は限られているからこそ「レポート」や「映像」として企画を発信、アーカイブすることにも力を入れています。
わたしたちの取り組みや気付きの一端が、場所や時間を越えてどこかに届くように。そして、わたしたち自身が経験を振り返り、誰かに伝えられるように。次の一歩を動かす準備を続けています。
屋宜初音
加藤友香
手話ワイプを“脇役”にしない|柔らかなモデルをつくる(2)
アーツカウンシル東京による「東京アートポイント計画」では、近年、手話やろう文化、視覚身体言語などを中心に「アクセシビリティ」や「情報保障」について考え、実践してきました。これまでの取り組みを振り返ったとき、その共通項として見えてきたのは、唯一無二のフォーマットを追求するのではなく、可変的に試行錯誤を続ける姿勢です。
本シリーズ「柔らかなモデルをつくる」では、「東京アートポイント計画」のスタッフが「アクセシビリティ」や「情報保障」について考え、実践してきた企画・制作プロセスを紹介し、noteでの連載を通じて“柔らかなモデル”について考えていきます。
今回紹介する事業は、映像シリーズ「Knock!! 拠点を訪ねて-芸術文化の場をひらくひと-」です。
Knock!! 拠点を訪ねて-芸術文化の場をひらくひと-

アートプロジェクトを地域にひらき、豊かな活動を育む役割をもつ「拠点」。映像シリーズ「Knock!! 拠点を訪ねて-芸術文化の場をひらくひと-」では、都内で拠点運営に携わるメンバーの対談を収録しました。
映像では各拠点の特性や地域性を紹介しながら、場所を維持するための仕組み、日々向き合っている課題、そして可能性について考えています。
自然体のままでいられる現場
収録は、登壇者が運営する拠点の一角で行っています。
事前の打ち合わせでは対談のトピックを検討し、情報保障として「字幕」と「手話ワイプ」が映像に入ることも伝えました。そして収録当日には「普段よりも少しだけ、ゆっくりした口調」で話してもらうようにお願いしています。

というのも、もし観客が現地にいれば、空間の特徴や、話者の細やかな表情といった立体的な情報を手に入れることができますが、視聴者が映像から得られるのは一定の画角で切り取られた情報です。
さらには、カメラを前に話者自身も緊張して早口になってしまうこともあります。ここに加えて「通訳しやすいように」と話し方に意識を向けすぎてしまうと、今度は普段のリズムから外れて不自然な間も生まれやすい。
どのような空気感や言葉を視聴者に届けたいのか。通訳チームやカメラマンと話しながら、むしろその人が自然体でいられる空気や表情づくりが「視聴者の安心できる映像」の要素になるのだと意識するようになりました。


視聴者が映像から得られる情報を想像し、柔らかな空気感で現場をつくる。一方で、あえて台本は固めすぎず、対談の中で新たな発見が得られるような緊張感のある余白を持つことも目指していました。
手話ワイプの収録準備
対談の収録を終えたら、いよいよ手話ワイプの収録準備に移ります。手話通訳のメンバーとも、以下のような段取りで進捗を共有していました。
- 手話通訳のメンバーと対談収録の前に打ち合わせ、企画趣旨を説明
- 対談の収録後に、手話ワイプを収録するための機材レイアウト、制作映像のイメージを共有して意見交換
- 対談映像のラフデータと、文字起こしのテキストデータを早めに共有
- 手話ワイプ収録当日までに、字幕原稿をレイアウトした映像を共有
手話ワイプの収録会場では、字幕付きの映像を大きなモニターに映し、映像の音をはっきりと聞き取れるようにスピーカーを設置。収録には丸一日をかけ、細かに休憩も挟みながら、収録したワイプ映像をその場で順次チェックしていきました。

あらためて、手話ワイプを検証する
特に映像における「手話ワイプ」の位置づけについては、制作チームで何度も議論しています。ここには、手話ワイプそのもの、そして手話ワイプの制作プロセスを企画の“脇役”にせず、映像としてどのように調和できるのかを試行錯誤したいというねらいもありました。
わたしたちが見慣れていたのは、画面の隅に小さく入った青い背景のワイプです。それを土台にして、手話を読み取ることのできる大きさや切り抜き方、視線に無理のないレイアウト、話者の雰囲気に合った軽やかな色合いについてあらためて検証してみる。メンバーそれぞれの経験を話したり、別事業に関わっていたろう者や通訳チームの方にも意見を仰ぎました。
また、話者によって手話ワイプを切り替えるタイミング、字幕表示の位置や速度など、悩みながらも最後まで調整し、それぞれの要素がお互いを妨げずに共存できる映像づくりを心がけています。

映像編集と同時に、企画の制作プロセスについても関係者で振り返っていました。そこで手話通訳の方から挙がったのは「手話ワイプを後撮りする場合でも、対談当日にも立ち会えるといいかもしれない」という視点です。
そうすれば、その場で登壇者に言葉の意味を確認できるだけでなく、その人の口調、声色、現場の雰囲気も掴むことができます。
「振り返りの時間」は、チームで企画をつくる醍醐味です。
関係者と経験を分かち合い、個々の気づきや発見を知る。そうして、それぞれのノウハウを更新し、次の企画づくりに向けて視界を広げていくのだと思います。
YouTubeにて映像を公開中
2つの対談映像はTARLのYouTubeチャンネルで公開中です。拠点を運営する当事者ならではの葛藤や実感が語られているので、手話ワイプや字幕、映像構成にも注目しながら、ぜひご覧ください。
できることは違うが、悩みは似ているパートナーシップは励まされる——都立第五福竜丸展示館+一般社団法人NOOK「カロクリサイクル」【ジムジム会2024#1レポート】
東京アートポイント計画に参加する複数のアートプロジェクトの事務局が集い、活動を展開するうえでの手法や視点を学び合ったり、悩みや課題を共有し合う勉強会「ジムジム会(事務局による事務局のためのジムのような勉強会)」。2024年度は全体のテーマを「パートナーシップ」として行います。5月31日、江東区夢の島の都立第五福竜丸展示館で開かれた第1回の様子をレポートします。
今年度のジムジム会は、活動テーマを「パートナーシップ」としています。ここでのパートナーシップとは、アートプロジェクトの事務局と、地域の行政機関や施設、団体などとの協働関係のこと。普段の活動の幅を広げるこうしたかかわりは、関係者それぞれに新たな視点や課題の解決をもたらす可能性があるほか、東京アートポイント計画との共催を卒業したあとの活動の持続可能性を模索する意味でも、事務局にとって重要なものと言えます。
いっぽうで、一言で「パートナー」と言っても、そのかかわり方や活動の仕方はプロジェクトごとにさまざま。また、すべての事務局が、地域のなかにそうした協働相手を見出しているわけではありません。そこで今年度のジムジム会では、すでに地域のパートナーと取り組みをはじめている事務局の現場をみんなで見学し、その知見を共有することにしました。
こうしたなかで開かれた第1回目のジムジム会では、一般社団法人NOOKが江東区を拠点に展開する「災禍の記録(=カロク)」をめぐるプロジェクト「カロクリサイクル」と、同区内にある第五福竜丸展示館のかかわりや活動について取り上げました。両者は災禍の記憶や記録を伝えるという取り組みの共通性から、2023年より協働を行なっています。

各プロジェクトのメンバーたちをはじめ、東京都やUR都市機構の職員など約20名ほどが参加したジムジム会当日。会場に集まった参加者はまず、展示館の学芸員である蓮沼佑助さんの案内で館内をひと巡りしました。
第五福竜丸展示館は、その名の通り、1954年3月1日にアメリカがマーシャル諸島のビキニ環礁で行った水爆実験で被害を受けたマグロ漁船「第五福竜丸」の実物と、その関連資料を展示している施設です。この事件では、「死の灰」と呼ばれる放射性降下物に触れた船の乗組員23名が被ばく。周辺の島々で暮らす人たちにも深刻な被害をもたらしました。
第五福竜丸の船体はその後、放射能の減衰を待ち、東京水産大学(現・東京海洋大学)で学生のための練習船として使われていましたが、1967年に廃棄処分に。以降、ごみの埋立地として知られた夢の島に放置されていましたが、地元・江東区の住民を中心に起こった保存運動の末に東京都の所有となり、1976年に開館したこの施設で展示されてきました。
こうして生まれた展示館では、事件の経緯や社会的影響、最初の犠牲者となった久保山愛吉さんら乗組員をめぐる状況などを、豊富な資料を通して知ることができます。また、第五福竜丸の被ばくに限らず、1945年7月16日のアメリカのトリニティ実験以来、人類が行ってきた2000回を超える核実験の歴史を紹介し、その幅広い被害も伝えています。参加者には同館に訪れたのが初めての人も多く、展示物にじっと目を向けていました。

当事者の経験をいかに伝えるのかという共通の関心
その後、展示室の一角で、蓮沼さんとカロクリサイクルの運営に携わるアーティストの瀬尾夏美さん、プログラムオフィサーの佐藤李青(聞き手)によるトークが行われました。

カロクリサイクルの運営母体で瀬尾さんが代表を務める一般社団法人NOOKは、2011年の東日本大震災を機に、2015年に設立されたアーティストや研究者らの集まりです。同団体ではこれまで、仙台を拠点に東北を中心とした被災地のリサーチや記録、それを通した表現活動を展開してきましたが、2022年に東京アートポイント計画での事業「カロクリサイクル」がはじまるとともに、東京都に活動拠点を移しました。2023年にはUR都市機構の協力のもと、江東区にある大島四丁目団地の一角に拠点「Studio 04」を設置して、東北での経験を活かした活動をはじめています。
この拠点の移動の理由について瀬尾さんは、「東北での活動を東京に持ってくることで、別の回路やネットワークをつくれるのではないか」と考えた点や、瀬尾さん自身をはじめNOOKのメンバーにはもともと東京出身者が多かった点などを挙げ、「東京にも、自然災害や戦争などいろんな歴史の蓄積がありますが、普段はあまり見えてきません。東京に住む自分たちの背景にも災禍の経験があることを、東北での活動を通して感じるようになったんです」と話しました。
NOOKと第五福竜丸展示館の接点が生まれたのは、瀬尾さんたちが都内にある災害や戦争についての博物館・資料館巡りをしているなかで、同じ江東区内に第五福竜丸展示館があることに気づいたことがきっかけでした。瀬尾さんたちが同館を訪れ、じっくり時間をかけて展示を見ていると、その真剣な姿を目にした学芸員・市田真理さんから声がかかります。市田さんは以前から瀬尾さんの活動を知っていたそうで、これがこの二組の出会いとなりました。
この出会いについて瀬尾さんは、「近年は、東京電力福島第一原子力発電所での事故の文脈を通じて第五福竜丸展示館を訪れる人も増えていると聞きました。これまでも社会的な出来事や関心が変化してきたなかで、展示館自体も、同時代的な動きに合わせて展示内容をアクティブに変えてきたそうです。その姿勢と、被災地のアクティブな記録を目指してきたNOOKの活動には通じる部分が多いと感じてきました」と振り返りました。

さらに瀬尾さんは、第五福竜丸の被ばくと、原発事故をはじめとした東北の状況には、大国や都市の論理に基づく仕組みや行動によって、マーシャル諸島や東北といった相対的に周縁的な地域に甚大な被害がもたらされるという「構造的な類似」もあると指摘します。
例えばマーシャル諸島では近年、地球温暖化がもたらす海面上昇によって島々が水没する可能性が指摘されていますが、そのことによって土地にまつわる物語や記憶が失われてしまうことを嘆く現地の人たちの声は、瀬尾さんたちが震災後に陸前高田の嵩上げ工事について聞いた現地の声とも重なっていました。こうしたつながりから瀬尾さんは、展示館でもインタビューを上映しているマーシャル諸島の詩人キャシー・ジェトニル=キジナーさんの書籍の挿画も手掛けることになりました。
もうひとつ瀬尾さんたちにとって重要だったのは、第五福竜丸展示館とカロクリサイクルの活動に、当事者の経験をいかに伝えるのかという共通の問題意識があったことでした。
カロクリサイクルが取り組む記憶の継承活動では、記憶をどう扱うかという倫理の問題がつねに重要ですが、展示館でも蓮沼さんを含む3人の常勤職員が、それぞれの視点から歴史的な出来事の伝え方を日々試行錯誤しています。そのことを踏まえ瀬尾さんは、「展示館はまさに『伝える現場』。当事者から聞いたことを大切に受け止めながら、スタッフのみなさん、ボランティアのみなさんがそれぞれに悩みながらも、伝えることを実践している場所ですよね。アートの人たちを含め、出来事から距離があると感じる人たちは、自分が語っていいのか、伝えていいのかと悩みます。ですが、それで諦めて何もしないのではなく、関心があることは聞いて、学んで、自分なりに『伝える』実践をしていったら良いと思うんです。展示館のような『伝える』現場で働く人たちに学ぶことがあるし、悩みを共有して、協働できることもたくさんあるはず」と話しました。
互いの解像度と、活動の幅を上げる協働のかたち
出会いのあと、展示館の市田さんをNOOKのYouTube番組「テレビノーク」にゲストで招くなどして交流してきた二組。その両者が本格的に一緒に行った活動が、2023年の7月から9月にかけての計5日間にわたって開催されたワークショップ「記録から表現をつくる 2023」です。

「記録から表現をつくる」は、NOOKが2022年から開催している「残された記録を見る、あるいは新しく記録をすることから、表現をつくるワークショップ」です。公募で集まった10数名の参加者が、記録を使って活動する人の話を聞いたり、それをもとに話し合いをしたりしながら、各自のテーマを設定。期間中にテーマを掘り下げ、最終日に開催される展示においてそれを共有し、対話を行うという内容で、2023年にはリサーチ先として第五福竜丸展示館を訪問。「記録を使い、伝える先輩」として市田さんの話を聞き、そこから各自が表現を探し、かたちにしました。

参加者の表現は多岐にわたりましたが、瀬尾さんはその一つとして、新潟で新潟水俣病の被害者の声を長く聞いてきたという参加者の話が印象的だったといいます。その人は、新潟水俣病の影響で魚が食べられなくなることを嘆くある漁師の話を扱いましたが、第五福竜丸展示館でも放射能の影響でマグロが大量に廃棄されたことが紹介されていました。このつながりについて瀬尾さんは、「そんな風に、何かの現場にかかわっている人は、記録や語りを受け取る解像度が高いため、別の現場に来たときに、互いに共通した課題意識や感覚が発見できたりします。ワークショップの面白さの一つは、そうやって現場同士の結びつきが生まれるところだと思います」と指摘します。
その話を聞いた蓮沼さんは、「資料館でも汚染の被害は紹介していますが、漁師がどう感じたのかは展示できていません。それを表現にしてもらえるのは大きいです」とコメント。また佐藤も、「普段展示を通して何かを伝える機会は多いけれど、人がそこから何を受け取ったのかを知る機会は、じつは少ないですよね。それが表現として見えたのもおもしろいポイントだったと市田さんも感想を話されていました」と紹介。記録に触れた人が表現をすることの意義を語りました。
両者のかかわりはその後も続きます。2023年には、公募で集まった参加者が江東区にかかわりのある人たちに「窓」についての話を聞き、その成果を発表した「とある窓」展で、展示物のひとつとして市田さんの話が扱われました。これは、参加者の一人である柳川悠月さんが記憶の継承について学ぶ大学生だったことを受け、瀬尾さんが彼女に市田さんを紹介したことで生まれた縁でした。
さらに、第五福竜丸の被ばくから70年目となる2024年には、この出来事を幅広い人たちに伝えるための展示館によるSNSの発信企画に、柳川さんが協力。文章と、マンガ家・イラストレーターのかつしかけいたさんによるイラストで、70年前の「その日」に何があったのかを約1年にわたり投稿する「第五福竜丸航海記」という企画が生まれ、いまも続いています。

違うけれど似ている、横のネットワークの重要性
トークの最後は、佐藤の「パートナーとはどのような存在でしょうか? 一緒に一回のイベントをやることだけではないのだと思います。展示館とNOOKでは偶然の出会いからはじまりさまざまな活動を行っていますが、そのときのパートナーという存在について聞かせてください」という質問を起点に、両者の関係をあらためて振り返りました。
この質問に蓮沼さんは、展示館では普段、学校や近隣地域と交流することはあっても、自分たちと同じような活動を行う団体との具体的な活動につながるようなネットワークが少なかったと語ります。また、普段の仕事のなかでは、どうしても見学者と「説明をする側/される側」という一方通行な関係になってしまうことが多く、そうした関係性を超えて活動の幅を広げるためにも、「以前からNOOKのようにオリジナリティのある企画で展示館を活用してくれる人たちを求めていた」と振り返ります。

この話を聞いた瀬尾さんは、自身も記憶継承をめぐって活動するなかで、「さまざまな資料館の人たちが悩みながら発信している姿を見てきた」と語ります。「私自身はアーティストで、どちらかというと、出来事を抽象化して感覚的に表現にするような仕事をしています。そういう自分の仕事は、事実性を大事にする資料館の人にはどう受け取ってもらえるんだろうと思っていたんですけど、実際にかかわってみると、資料館の人たちからは『もっとやって』と言われることも多いんですよね」として、記憶継承に関する施設にじつは表現分野とのかかわりに対するニーズが潜在していることを示唆しました。
実際、蓮沼さんも「我々のような施設の人間は資料に基づいてしか語れません。そこからこぼれ落ちるものを他の人が表現してくれるのは、痒いところに手が届く感じがします」と話すように、こうしたかかわりは、施設の資料に普段とは異なる光を当てる可能性も秘めていると言えるでしょう。
トークの最後では、瀬尾さんがここまで話してきた内容を踏まえ、「できることは違うけれど、悩みは似ているというようなパートナーシップは励まされます」とコメント。「もし資料館の人がもっと越境的な表現が必要だと感じるときは私たちのような表現者に声をかけて使ってもらいたいし、アートの人たちはもっと資料館を活用したほうがいいんじゃないかなと思います」と語り、こうした協働がほかの施設や地域でも広がっていくことに期待を寄せました。
両者の対話のあとの展示館では、その場に残り、長い時間、感想を話し合う参加者たちの姿が多く見られました。

今回、「ジムジム会」のメンバーを迎えた蓮沼さんにあらためてこの日の感想を聞くと、「とても心地よい、やりやすい会でした。私たちとしても、この展示館の特殊性を理解してくれる人たちとの対話を求めていたんです」とのコメントが。「行政や学校への説明はどうしても形式的になってしまい、自分の言葉で話せないけれど、今日のようにその壁を越えてお互いに悩みが話せる機会はうれしいです」として、「思考がほぐれた感じがしました」と手応えを話してくれました。
「記憶を継承する」という共通の関心に、異なる専門性や立場からかかわる二組の活動について学んだ今回の「ジムジム会」。そこからは、互いの活動に相補的に新しい可能性と広がりをもたらす、「パートナーシップ」のひとつの良いかたちが感じられました。今年度のジムジム会では、このテーマについて引き続き考えていく予定です。

撮影:小野悠介(7、8枚目除く)