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「手話を使い会話する。」講座レポート 後編

2023.02.06

執筆者 : 木村和博

「手話を使い会話する。」講座レポート 後編の写真

手話でのコミュニケーションの基礎とろう文化を学ぶ「アートプロジェクトの担い手のための手話講座」。3ステップで通年開催される講座のひとつ「手話を使い会話する。」が2022年10月〜12月、3331 Arts Chiyoda 3F ROOM302にて開かれた。

講師は、俳優/手話・身体表現ワークショップ講師の河合祐三子さん、手話通訳は、瀬戸口裕子さん。全6回の講座内の後半3回の様子を、実際に講座を体験したライターの視点からお届けする。

前半レポートはこちら

11月24日 劇場と美術館を想定したロールプレイ

11月24日、アートプロジェクトにまつわる場面を想定して、メンバーと河合さんとでロールプレイを実施する回となった。実際に行ったのは2つの場面だ。

場面1:劇場。上演される演目のタイトルや開場・開演時間、チケット料金、お手洗いや自販機の場所、緊急時の対応などが記載された資料が当日共有される。前回同様、受付スタッフ役をメンバーが、お客さん役を河合さんが担当。受付でのチケット販売のやりとりや座席の誘導を筆談なども取り入れながら実施した。

場面2:美術館。美術展の内容や開館時間、入場料金、お手洗いや自販機の場所、鑑賞の際の注意事項などが記載された資料が当日共有される。受付や会場内のスタッフをメンバーが、お客さん役を河合さんが担当した。

ロールプレイ前には、配布資料を読みながらコミュニケーションにおけるポイントを河合さんとメンバー同士で話す時間が設けられた。「時間を伝えるときは、『19時』ではなく『午後7時』と伝える」「説明するときは館内マップも活用する、目印を認識しておく」「開演前アナウンスは『手話』でも伝える」などさまざまなアイデアが語られた。

ロールプレイの実施後には、河合さんから、それぞれの対応に関してフィードバックの時間があった。筆談時の文章を簡潔にすること、手のひら(五指を揃えて)ではなく指差しで方向を示すこと、時間を明確に伝えること。これまでの講座で学んだことではあるが、実践するとなると慣れていないこともあり、なかなか難しい。メンバーの様子を見ると、実際にやってみることで感じられたことが多くあったように思えた。

12月1日 ゲストを迎えて舞台公演における案内対応を想定したロールプレイ

12月1日、ゲストに高田和香子さんを迎え、劇場で舞台公演が開催される場面を想定して、受付や会場でのご案内対応のロールプレイを実施。河合さんはロールプレイの前に次のように語る。

河合さん「通じ合わないことがあって当然です。そのときどう工夫するのか。正解はありません。もしかしたらそこから新しい伝え方の発見ができるかもしれない。これまでと違うコミュニケーションが生まれるかもしれません」

筆者はこの日、実際に受付スタッフの役割を担当した。正直、目の前のお客さんとどうやりとりするかよりも、チケットの種別や開場時間・開演時間はいつなのかなど、スタッフとして頭に入れておく情報を把握することでいっぱいいっぱいだった。当たり前だが、自分自身に余裕がないと、他者とのコミュニケーションが雑になってしまうと痛感した。

ロールプレイ後には、高田さん、河合さんからフィードバックが行われた。手話を読み取れないときはわかったふりをせず筆談でやりとりすること、手話や身体の動きが読み取りづらくならないよう、ろう者とやりとりをするときは相手との距離を詰めすぎないこと、多様な特性をもつ人が来ても対応できるような事前準備をしておくことなど、さまざまな視点がメンバーに共有された。

高田さん「『手話ができます』と伝えてくれる人もいます。そう言われると、自分にとって自然なスピードで話していいんだと思ってしまうんですね。だから、名前や数字を伝えられるぐらいの手話の習熟度だったら、わざわざ『手話ができます』と伝える必要があるのか悩ましいところ。手話でのやりとりが難しいと感じたときは、筆談に切り替えてもらった方がいいですね」

河合さん「『手話ができる』と伝えること、そのものが悪いわけではないです。でも、それで誤解が生まれてコミュニケーションがずれてしまう場合があるということを覚えておいてもいいかもしれません」

後半には高田さんへの質疑応答の時間があり、さまざまな話が展開された。

高田さん「丁寧に対応してもらえるのはありがたいんですが、周りの視線がすごく刺さる感じもあるんです。聴者と一緒に、平等に誘導してもらえるのがうれしい。ろう者も一人の人間なので、同じようにみてほしいんです」

河合さん「そのためにも文化を知ることがまず大切です。ろう者がこんな文化を持っているんだと知る。そして人として尊重する。『聴こえないから』ではなくて、違う文化があることを理解することが大切なんです」

12月8日 カフェ併設の美術館での案内対応を想定したロールプレイ

12月8日、ゲストに越後節子さんを迎え、カフェ併設の美術館での案内対応を想定したロールプレイを実施。

筆者はこの日、美術館内での監視スタッフ役を担当した。積極的に鑑賞者とコミュニケーションをとるのではなく、作品保護のために必要なことや鑑賞者が困っている様子があったときのみ声がけすることを心掛けた。必須で伝えるべきことが明確になり、その分、伝える手段をどう準備しておくのがいいか考えやすくなった。目の前にいる人との臨機応変なやりとりもたしかに重要だ。ただその手前にある準備をしっかりしておくことが、現場にいるスタッフの個人スキルに任せすぎない形で、さまざまな特性をもつ人たちが安心できる環境づくりにつながるのではないかと感じた。

ロールプレイ後には、越後さん、河合さんからフィードバックが行われた。作品に近づきすぎているときは明確にNGラインを示してほしいこと、障害者手帳の確認の仕方、手話や筆談ですべてを確認するのではなく身振りなど別の方法でシンプルに伝えられないか考えてみてほしいなど、具体的なポイントが多く共有された。

後半には質疑応答の時間があった。受付対応のとき、筆談で長文を書かれてしまって時間がかかり自分の後ろに長蛇の列ができてしまったこと、緊急時の誘導で腕を急に掴まれて嫌だったこと、話しかけるときの肩の叩き方、越後さんが通っていた学校での学習環境などが語られた。

越後さん「ろう学校に通っていましたが、手話は禁止されていて、口話を教えられました。小学校2年生のときに転校して、そこは授業で口話を使うんですが、休憩とか給食のときは手話がOKな環境でした。同級生の手話をみて学んで習得していきました。

私にとって、口話はあまり役に立ちませんでした。私は聴こえないので、発語しても自分の声からフィードバックを得られない。聴こえるこどもたちは自分の声が聴こえます。だからフィードバックが得られてコントロール方法を学んでいける。私の場合は手話であれば、それを見ることでフィードバックが得られる。聴者とろう者で言語が違うだけなんです。だからそれぞれに合う学び方で成長できればいいのにと思います」

河合さん「いろんな人がいて、コミュニケーションがうまくいかない場合があると思います。ではどうするか、さまざまなコミュニケーション手段を持っていてほしい。そこがこの講座の目的です」

「コミュニケーション:手話を使い会話する。」と題された今回の講座。「手話を使い会話する」ことの実践というよりは、他者を尊重して関わるとはどういうことなのか、自身の身体を通して考える機会だったように思う。

また参加して、目の前にいる人を尊重するには2つのことが大事なのではないかと気づいた。社会においてその人の文化がどのような状況に置かれているのか知ること。唯一の正解があると思い込まず互いにコミュニケーション手段を考えること。知るだけでは頭でっかちになってしまう。でも、知ることをないがしろにすると、実践のなかで他者の文化を無意識に傷つけてしまったり、差別をしたりするかもしれない。

他者の文化を知ろうとすること、目の前にいる人と一緒に考えること、その両方を積み重ねる。それを個人に託すのではなく、そうした積み重ねが実践しやすい環境づくりをする。自分自身が携わるプロジェクトからすこしずつ実践していきたい。そう思わせてくれる講座だった。

(執筆:木村和博/編集:嘉原妙/撮影:齋藤彰英

関連情報

ステップ1「ろう者の感覚を知る、手話を体験する」レポート
ステップ2「手話と出会う。」レポート

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