共通: 年度: 2024
手話ワイプを“脇役”にしない|柔らかなモデルをつくる(2)
アーツカウンシル東京による「東京アートポイント計画」では、近年、手話やろう文化、視覚身体言語などを中心に「アクセシビリティ」や「情報保障」について考え、実践してきました。これまでの取り組みを振り返ったとき、その共通項として見えてきたのは、唯一無二のフォーマットを追求するのではなく、可変的に試行錯誤を続ける姿勢です。
本シリーズ「柔らかなモデルをつくる」では、「東京アートポイント計画」のスタッフが「アクセシビリティ」や「情報保障」について考え、実践してきた企画・制作プロセスを紹介し、noteでの連載を通じて“柔らかなモデル”について考えていきます。
今回紹介する事業は、映像シリーズ「Knock!! 拠点を訪ねて-芸術文化の場をひらくひと-」です。
Knock!! 拠点を訪ねて-芸術文化の場をひらくひと-

アートプロジェクトを地域にひらき、豊かな活動を育む役割をもつ「拠点」。映像シリーズ「Knock!! 拠点を訪ねて-芸術文化の場をひらくひと-」では、都内で拠点運営に携わるメンバーの対談を収録しました。
映像では各拠点の特性や地域性を紹介しながら、場所を維持するための仕組み、日々向き合っている課題、そして可能性について考えています。
自然体のままでいられる現場
収録は、登壇者が運営する拠点の一角で行っています。
事前の打ち合わせでは対談のトピックを検討し、情報保障として「字幕」と「手話ワイプ」が映像に入ることも伝えました。そして収録当日には「普段よりも少しだけ、ゆっくりした口調」で話してもらうようにお願いしています。

というのも、もし観客が現地にいれば、空間の特徴や、話者の細やかな表情といった立体的な情報を手に入れることができますが、視聴者が映像から得られるのは一定の画角で切り取られた情報です。
さらには、カメラを前に話者自身も緊張して早口になってしまうこともあります。ここに加えて「通訳しやすいように」と話し方に意識を向けすぎてしまうと、今度は普段のリズムから外れて不自然な間も生まれやすい。
どのような空気感や言葉を視聴者に届けたいのか。通訳チームやカメラマンと話しながら、むしろその人が自然体でいられる空気や表情づくりが「視聴者の安心できる映像」の要素になるのだと意識するようになりました。


視聴者が映像から得られる情報を想像し、柔らかな空気感で現場をつくる。一方で、あえて台本は固めすぎず、対談の中で新たな発見が得られるような緊張感のある余白を持つことも目指していました。
手話ワイプの収録準備
対談の収録を終えたら、いよいよ手話ワイプの収録準備に移ります。手話通訳のメンバーとも、以下のような段取りで進捗を共有していました。
- 手話通訳のメンバーと対談収録の前に打ち合わせ、企画趣旨を説明
- 対談の収録後に、手話ワイプを収録するための機材レイアウト、制作映像のイメージを共有して意見交換
- 対談映像のラフデータと、文字起こしのテキストデータを早めに共有
- 手話ワイプ収録当日までに、字幕原稿をレイアウトした映像を共有
手話ワイプの収録会場では、字幕付きの映像を大きなモニターに映し、映像の音をはっきりと聞き取れるようにスピーカーを設置。収録には丸一日をかけ、細かに休憩も挟みながら、収録したワイプ映像をその場で順次チェックしていきました。

あらためて、手話ワイプを検証する
特に映像における「手話ワイプ」の位置づけについては、制作チームで何度も議論しています。ここには、手話ワイプそのもの、そして手話ワイプの制作プロセスを企画の“脇役”にせず、映像としてどのように調和できるのかを試行錯誤したいというねらいもありました。
わたしたちが見慣れていたのは、画面の隅に小さく入った青い背景のワイプです。それを土台にして、手話を読み取ることのできる大きさや切り抜き方、視線に無理のないレイアウト、話者の雰囲気に合った軽やかな色合いについてあらためて検証してみる。メンバーそれぞれの経験を話したり、別事業に関わっていたろう者や通訳チームの方にも意見を仰ぎました。
また、話者によって手話ワイプを切り替えるタイミング、字幕表示の位置や速度など、悩みながらも最後まで調整し、それぞれの要素がお互いを妨げずに共存できる映像づくりを心がけています。

映像編集と同時に、企画の制作プロセスについても関係者で振り返っていました。そこで手話通訳の方から挙がったのは「手話ワイプを後撮りする場合でも、対談当日にも立ち会えるといいかもしれない」という視点です。
そうすれば、その場で登壇者に言葉の意味を確認できるだけでなく、その人の口調、声色、現場の雰囲気も掴むことができます。
「振り返りの時間」は、チームで企画をつくる醍醐味です。
関係者と経験を分かち合い、個々の気づきや発見を知る。そうして、それぞれのノウハウを更新し、次の企画づくりに向けて視界を広げていくのだと思います。
YouTubeにて映像を公開中
2つの対談映像はTARLのYouTubeチャンネルで公開中です。拠点を運営する当事者ならではの葛藤や実感が語られているので、手話ワイプや字幕、映像構成にも注目しながら、ぜひご覧ください。
できることは違うが、悩みは似ているパートナーシップは励まされる——都立第五福竜丸展示館+一般社団法人NOOK「カロクリサイクル」【ジムジム会2024#1レポート】
東京アートポイント計画に参加する複数のアートプロジェクトの事務局が集い、活動を展開するうえでの手法や視点を学び合ったり、悩みや課題を共有し合う勉強会「ジムジム会(事務局による事務局のためのジムのような勉強会)」。2024年度は全体のテーマを「パートナーシップ」として行います。5月31日、江東区夢の島の都立第五福竜丸展示館で開かれた第1回の様子をレポートします。
今年度のジムジム会は、活動テーマを「パートナーシップ」としています。ここでのパートナーシップとは、アートプロジェクトの事務局と、地域の行政機関や施設、団体などとの協働関係のこと。普段の活動の幅を広げるこうしたかかわりは、関係者それぞれに新たな視点や課題の解決をもたらす可能性があるほか、東京アートポイント計画との共催を卒業したあとの活動の持続可能性を模索する意味でも、事務局にとって重要なものと言えます。
いっぽうで、一言で「パートナー」と言っても、そのかかわり方や活動の仕方はプロジェクトごとにさまざま。また、すべての事務局が、地域のなかにそうした協働相手を見出しているわけではありません。そこで今年度のジムジム会では、すでに地域のパートナーと取り組みをはじめている事務局の現場をみんなで見学し、その知見を共有することにしました。
こうしたなかで開かれた第1回目のジムジム会では、一般社団法人NOOKが江東区を拠点に展開する「災禍の記録(=カロク)」をめぐるプロジェクト「カロクリサイクル」と、同区内にある第五福竜丸展示館のかかわりや活動について取り上げました。両者は災禍の記憶や記録を伝えるという取り組みの共通性から、2023年より協働を行なっています。

各プロジェクトのメンバーたちをはじめ、東京都やUR都市機構の職員など約20名ほどが参加したジムジム会当日。会場に集まった参加者はまず、展示館の学芸員である蓮沼佑助さんの案内で館内をひと巡りしました。
第五福竜丸展示館は、その名の通り、1954年3月1日にアメリカがマーシャル諸島のビキニ環礁で行った水爆実験で被害を受けたマグロ漁船「第五福竜丸」の実物と、その関連資料を展示している施設です。この事件では、「死の灰」と呼ばれる放射性降下物に触れた船の乗組員23名が被ばく。周辺の島々で暮らす人たちにも深刻な被害をもたらしました。
第五福竜丸の船体はその後、放射能の減衰を待ち、東京水産大学(現・東京海洋大学)で学生のための練習船として使われていましたが、1967年に廃棄処分に。以降、ごみの埋立地として知られた夢の島に放置されていましたが、地元・江東区の住民を中心に起こった保存運動の末に東京都の所有となり、1976年に開館したこの施設で展示されてきました。
こうして生まれた展示館では、事件の経緯や社会的影響、最初の犠牲者となった久保山愛吉さんら乗組員をめぐる状況などを、豊富な資料を通して知ることができます。また、第五福竜丸の被ばくに限らず、1945年7月16日のアメリカのトリニティ実験以来、人類が行ってきた2000回を超える核実験の歴史を紹介し、その幅広い被害も伝えています。参加者には同館に訪れたのが初めての人も多く、展示物にじっと目を向けていました。

当事者の経験をいかに伝えるのかという共通の関心
その後、展示室の一角で、蓮沼さんとカロクリサイクルの運営に携わるアーティストの瀬尾夏美さん、プログラムオフィサーの佐藤李青(聞き手)によるトークが行われました。

カロクリサイクルの運営母体で瀬尾さんが代表を務める一般社団法人NOOKは、2011年の東日本大震災を機に、2015年に設立されたアーティストや研究者らの集まりです。同団体ではこれまで、仙台を拠点に東北を中心とした被災地のリサーチや記録、それを通した表現活動を展開してきましたが、2022年に東京アートポイント計画での事業「カロクリサイクル」がはじまるとともに、東京都に活動拠点を移しました。2023年にはUR都市機構の協力のもと、江東区にある大島四丁目団地の一角に拠点「Studio 04」を設置して、東北での経験を活かした活動をはじめています。
この拠点の移動の理由について瀬尾さんは、「東北での活動を東京に持ってくることで、別の回路やネットワークをつくれるのではないか」と考えた点や、瀬尾さん自身をはじめNOOKのメンバーにはもともと東京出身者が多かった点などを挙げ、「東京にも、自然災害や戦争などいろんな歴史の蓄積がありますが、普段はあまり見えてきません。東京に住む自分たちの背景にも災禍の経験があることを、東北での活動を通して感じるようになったんです」と話しました。
NOOKと第五福竜丸展示館の接点が生まれたのは、瀬尾さんたちが都内にある災害や戦争についての博物館・資料館巡りをしているなかで、同じ江東区内に第五福竜丸展示館があることに気づいたことがきっかけでした。瀬尾さんたちが同館を訪れ、じっくり時間をかけて展示を見ていると、その真剣な姿を目にした学芸員・市田真理さんから声がかかります。市田さんは以前から瀬尾さんの活動を知っていたそうで、これがこの二組の出会いとなりました。
この出会いについて瀬尾さんは、「近年は、東京電力福島第一原子力発電所での事故の文脈を通じて第五福竜丸展示館を訪れる人も増えていると聞きました。これまでも社会的な出来事や関心が変化してきたなかで、展示館自体も、同時代的な動きに合わせて展示内容をアクティブに変えてきたそうです。その姿勢と、被災地のアクティブな記録を目指してきたNOOKの活動には通じる部分が多いと感じてきました」と振り返りました。

さらに瀬尾さんは、第五福竜丸の被ばくと、原発事故をはじめとした東北の状況には、大国や都市の論理に基づく仕組みや行動によって、マーシャル諸島や東北といった相対的に周縁的な地域に甚大な被害がもたらされるという「構造的な類似」もあると指摘します。
例えばマーシャル諸島では近年、地球温暖化がもたらす海面上昇によって島々が水没する可能性が指摘されていますが、そのことによって土地にまつわる物語や記憶が失われてしまうことを嘆く現地の人たちの声は、瀬尾さんたちが震災後に陸前高田の嵩上げ工事について聞いた現地の声とも重なっていました。こうしたつながりから瀬尾さんは、展示館でもインタビューを上映しているマーシャル諸島の詩人キャシー・ジェトニル=キジナーさんの書籍の挿画も手掛けることになりました。
もうひとつ瀬尾さんたちにとって重要だったのは、第五福竜丸展示館とカロクリサイクルの活動に、当事者の経験をいかに伝えるのかという共通の問題意識があったことでした。
カロクリサイクルが取り組む記憶の継承活動では、記憶をどう扱うかという倫理の問題がつねに重要ですが、展示館でも蓮沼さんを含む3人の常勤職員が、それぞれの視点から歴史的な出来事の伝え方を日々試行錯誤しています。そのことを踏まえ瀬尾さんは、「展示館はまさに『伝える現場』。当事者から聞いたことを大切に受け止めながら、スタッフのみなさん、ボランティアのみなさんがそれぞれに悩みながらも、伝えることを実践している場所ですよね。アートの人たちを含め、出来事から距離があると感じる人たちは、自分が語っていいのか、伝えていいのかと悩みます。ですが、それで諦めて何もしないのではなく、関心があることは聞いて、学んで、自分なりに『伝える』実践をしていったら良いと思うんです。展示館のような『伝える』現場で働く人たちに学ぶことがあるし、悩みを共有して、協働できることもたくさんあるはず」と話しました。
互いの解像度と、活動の幅を上げる協働のかたち
出会いのあと、展示館の市田さんをNOOKのYouTube番組「テレビノーク」にゲストで招くなどして交流してきた二組。その両者が本格的に一緒に行った活動が、2023年の7月から9月にかけての計5日間にわたって開催されたワークショップ「記録から表現をつくる 2023」です。

「記録から表現をつくる」は、NOOKが2022年から開催している「残された記録を見る、あるいは新しく記録をすることから、表現をつくるワークショップ」です。公募で集まった10数名の参加者が、記録を使って活動する人の話を聞いたり、それをもとに話し合いをしたりしながら、各自のテーマを設定。期間中にテーマを掘り下げ、最終日に開催される展示においてそれを共有し、対話を行うという内容で、2023年にはリサーチ先として第五福竜丸展示館を訪問。「記録を使い、伝える先輩」として市田さんの話を聞き、そこから各自が表現を探し、かたちにしました。

参加者の表現は多岐にわたりましたが、瀬尾さんはその一つとして、新潟で新潟水俣病の被害者の声を長く聞いてきたという参加者の話が印象的だったといいます。その人は、新潟水俣病の影響で魚が食べられなくなることを嘆くある漁師の話を扱いましたが、第五福竜丸展示館でも放射能の影響でマグロが大量に廃棄されたことが紹介されていました。このつながりについて瀬尾さんは、「そんな風に、何かの現場にかかわっている人は、記録や語りを受け取る解像度が高いため、別の現場に来たときに、互いに共通した課題意識や感覚が発見できたりします。ワークショップの面白さの一つは、そうやって現場同士の結びつきが生まれるところだと思います」と指摘します。
その話を聞いた蓮沼さんは、「資料館でも汚染の被害は紹介していますが、漁師がどう感じたのかは展示できていません。それを表現にしてもらえるのは大きいです」とコメント。また佐藤も、「普段展示を通して何かを伝える機会は多いけれど、人がそこから何を受け取ったのかを知る機会は、じつは少ないですよね。それが表現として見えたのもおもしろいポイントだったと市田さんも感想を話されていました」と紹介。記録に触れた人が表現をすることの意義を語りました。
両者のかかわりはその後も続きます。2023年には、公募で集まった参加者が江東区にかかわりのある人たちに「窓」についての話を聞き、その成果を発表した「とある窓」展で、展示物のひとつとして市田さんの話が扱われました。これは、参加者の一人である柳川悠月さんが記憶の継承について学ぶ大学生だったことを受け、瀬尾さんが彼女に市田さんを紹介したことで生まれた縁でした。
さらに、第五福竜丸の被ばくから70年目となる2024年には、この出来事を幅広い人たちに伝えるための展示館によるSNSの発信企画に、柳川さんが協力。文章と、マンガ家・イラストレーターのかつしかけいたさんによるイラストで、70年前の「その日」に何があったのかを約1年にわたり投稿する「第五福竜丸航海記」という企画が生まれ、いまも続いています。

違うけれど似ている、横のネットワークの重要性
トークの最後は、佐藤の「パートナーとはどのような存在でしょうか? 一緒に一回のイベントをやることだけではないのだと思います。展示館とNOOKでは偶然の出会いからはじまりさまざまな活動を行っていますが、そのときのパートナーという存在について聞かせてください」という質問を起点に、両者の関係をあらためて振り返りました。
この質問に蓮沼さんは、展示館では普段、学校や近隣地域と交流することはあっても、自分たちと同じような活動を行う団体との具体的な活動につながるようなネットワークが少なかったと語ります。また、普段の仕事のなかでは、どうしても見学者と「説明をする側/される側」という一方通行な関係になってしまうことが多く、そうした関係性を超えて活動の幅を広げるためにも、「以前からNOOKのようにオリジナリティのある企画で展示館を活用してくれる人たちを求めていた」と振り返ります。

この話を聞いた瀬尾さんは、自身も記憶継承をめぐって活動するなかで、「さまざまな資料館の人たちが悩みながら発信している姿を見てきた」と語ります。「私自身はアーティストで、どちらかというと、出来事を抽象化して感覚的に表現にするような仕事をしています。そういう自分の仕事は、事実性を大事にする資料館の人にはどう受け取ってもらえるんだろうと思っていたんですけど、実際にかかわってみると、資料館の人たちからは『もっとやって』と言われることも多いんですよね」として、記憶継承に関する施設にじつは表現分野とのかかわりに対するニーズが潜在していることを示唆しました。
実際、蓮沼さんも「我々のような施設の人間は資料に基づいてしか語れません。そこからこぼれ落ちるものを他の人が表現してくれるのは、痒いところに手が届く感じがします」と話すように、こうしたかかわりは、施設の資料に普段とは異なる光を当てる可能性も秘めていると言えるでしょう。
トークの最後では、瀬尾さんがここまで話してきた内容を踏まえ、「できることは違うけれど、悩みは似ているというようなパートナーシップは励まされます」とコメント。「もし資料館の人がもっと越境的な表現が必要だと感じるときは私たちのような表現者に声をかけて使ってもらいたいし、アートの人たちはもっと資料館を活用したほうがいいんじゃないかなと思います」と語り、こうした協働がほかの施設や地域でも広がっていくことに期待を寄せました。
両者の対話のあとの展示館では、その場に残り、長い時間、感想を話し合う参加者たちの姿が多く見られました。

今回、「ジムジム会」のメンバーを迎えた蓮沼さんにあらためてこの日の感想を聞くと、「とても心地よい、やりやすい会でした。私たちとしても、この展示館の特殊性を理解してくれる人たちとの対話を求めていたんです」とのコメントが。「行政や学校への説明はどうしても形式的になってしまい、自分の言葉で話せないけれど、今日のようにその壁を越えてお互いに悩みが話せる機会はうれしいです」として、「思考がほぐれた感じがしました」と手応えを話してくれました。
「記憶を継承する」という共通の関心に、異なる専門性や立場からかかわる二組の活動について学んだ今回の「ジムジム会」。そこからは、互いの活動に相補的に新しい可能性と広がりをもたらす、「パートナーシップ」のひとつの良いかたちが感じられました。今年度のジムジム会では、このテーマについて引き続き考えていく予定です。

撮影:小野悠介(7、8枚目除く)
“知る選択肢”としてのメディア|柔らかなモデルをつくる(1)
誰もが互いの価値観や個性を尊重し合い、ともに生きていく社会の実現を目指し、行政、企業、NPOをはじめ、さまざまな分野でアクセシビリティや情報保障に関する活動が広がっています。文化事業の領域においても、さまざまな身体性や感覚を持つ人々との協働が増えつつあり、あらゆる人が芸術文化を享受できる環境づくりへと動きはじめています。
『まず、話してみる。― コミュニケーションを更新する3つの実践』はじめに
アーツカウンシル東京による「東京アートポイント計画」では、アートプロジェクトの担い手や文化事業に携わる人々に向けて様々なプロジェクトやイベントに取り組んでいます。
わたしたちスタッフも、近年では手話やろう文化、視覚身体言語などを中心に「アクセシビリティ」や「情報保障」について考え、実践してきました。
これまでの取り組みをを振り返ったとき、その共通項として見えてきたのは、唯一無二のフォーマットを追求するのではなく、可変的に試行錯誤を続ける姿勢です。
本シリーズ「柔らかなモデルをつくる」では、わたしたちが取り組んできた文化事業の企画・制作プロセスを紹介し、noteでの連載を通じて“柔らかなモデル”について考えていきます。ぜひ、それぞれの現場で参照いただけると嬉しいです。
はじめに紹介する事業は、2023年度に取り組んだ「まず、話してみる。― コミュニケーションを更新する3つの実践」です。
まず、話してみる。― コミュニケーションを更新する3つの実践
東京アートポイント計画のインキュベーション事業「Tokyo Art Research Lab(TARL)」では、アートプロジェクトの担い手に向けた資料制作や、講座、研究開発などを実施しています。
その一つ「まず、話してみる。― コミュニケーションを更新する3つの実践」では、アーツカウンシル東京が実施したアクセシビリティや情報保障に関わる3つの企画を事例に、その実践者をゲストに迎え座談会を実施しました。そして、その座談会の内容を「冊子」と「映像」として公開しています。
座談会の場づくり
座談会にはそれぞれ、2名のゲスト、1名の司会(モデレーター)、3名の手話通訳が出演しています。座談会当日までの大まかな流れは以下の通りです。
- 事前に制作チーム、登壇メンバーが顔を合わせ、コンセプトやスケジュールを確認しながら座談会のトピックを話し合う
- それらの議事録から進行台本、絵コンテを作成する
- 座談会の一週間前までに制作チーム、登壇者、手話通訳と資料を共有
- 座談会当日にも全員で映像構成を確認、手話通訳に用いる表現を確認
座談会の登壇者は、ろう者、CODA(ろう者の親をもつ聴者)、聴者の割合がそれぞれ異なります。視覚言語である手話を口語に訳す通訳(読み取り)、そして口語を手話に訳す通訳(表出)の方々を登壇者や関係者にヒアリングしながら依頼しました。
今回、手話通訳は読み取り・表出ともに現場で同時収録を行い、コミュニケーションのライブ感を大切にしています。会場では相手の動きが見やすいように、登壇者の配置、手話通訳との距離感を確認し、映像にしたときの身体の向きや目の動きにも気を配ります。

フォントやレイアウト、トンマナを確認しながらデザインを固める作業は「誰にこの企画を届けたいのか」「どんな人がいつ見るのか」など、企画のコンセプトやターゲットを振り返る機会にもなります。打ち合わせのたびに少しずつ、わたしたち自身も言葉や視点を手に入れていきました。
「これまで・これから文化事業に取り組もうとしている人が、各現場での発見や課題を参照できるように、実践者の言葉や感情を記録しよう。」
「この企画そのものが実験の途上にあるからこそ、教本のようにお堅いものにするのではなく軽やかな風合いに仕上げよう。」
「映像と冊子でテーマカラーを揃えるとしても、画面と紙面で見え方が変わるはず。それぞれ見やすい色味に調整しよう。」

それぞれの編集作業
映像には初出情報を補足するキャプションや、事業の記録写真を挿入しています。実際にプロジェクトで制作した映像コンテンツがあれば、その一部を切り取り活用することで、視聴者が事例の背景をイメージできるようにしました。
音声もできる限り聞きやすいように調整しながら、字幕についてもフォントや表示速度などを細かく検討しています。口語をそのまま文字起こしして表示すると読みにくい部分も多い。そのため、前後の文脈を踏まえてニュアンスがぶれないように、主語や述語を補うこともあります。
冊子にも、映像と同じように記録写真やキャプションで情報を補ったほか、座談会の雰囲気や手話の動きを少しでも伝えようと、連続写真を入れるなど工夫しました。
さらには座談会では細かく触れなかった、各事業の体制図や、企画の変遷を掲載し、視覚的にもイメージを掴みやすい構成を考えています。座談会のテキストでは重複するトピックは統合したり、特徴的な発言を抜き出してレイアウトすることで、紙面にメリハリをつけていきました。


映像と冊子の同時制作には、資料の内容にアクセスしたいと思ったときに、より自分に合った方法で「知る」環境を選べることも意図しています。情報保障の観点はもちろんですが、これは文化事業のアウトプットの仕組みを多元的に捉える(何を、誰に、どのように届けるのかを細やかに考える)ためのメディアの実験でもありました。
重要なことは、映像を補うためだけの冊子でも、あるいは冊子を補うためだけの映像でもない、それぞれのメディアに適した情報量や見え方を研究したことです。冊子と映像は、それぞれ個別にも成立し、2つを照らし合わせることによって理解を深めることもできます。
「言葉」を見つける工程
冊子のために書き下ろした「はじめに」と「おわりに」のテキストも映像化に取り組みましたが、そのプロセスにも発見がありました。
通訳の方と原稿を読み合わせていると、主語や述語がはっきりしていなかったり、似たような言葉を繰り返していたりと、想像よりも手話表現を考えるために確認すべきことが多い。さらには無意識のうちに専門用語を多用したり、前提となる情報が足りていなかったりと、元の文章をもう一度推敲することになりました。
核になる「言葉」を探して、紡ぎ直し、本来の文脈や意図を損ねないように翻訳し、何度も書き直しながら収録用の台本を制作する。それは文章を変えてしまう、あるいは磨き上げるというよりは、手話表現を確認しながらイメージを膨らませるような工程です。

通訳の準備として、紙面だけではなく「話者」の実際の声、話し方を事前に聞いておけると安心するという声もありました。考えてみると、それは通訳に限った話しではありません。
出会って、話して、イメージを受け取り合いながら「企画の芯を共有」し、メンバーそれぞれの「居られる場」をつくる。つまり、企画に関わる人々が、時間や場所をともにしてコミュニケーションを交わすことには、お互いの歩幅や呼吸を近づける意味合いがある。それは既に知っていたことのようで、意識して体系化しきれていないプロセスだったようにも思います。
今回の取り組みは、あらためてメディアの特性や、企画の制作プロセスを「つくり手」と「受け手」それぞれの視点で捉える機会になりました。
成果物を公開中
冊子は以下のウェブサイトでPDFを公開しているほか、郵送対応も行っています。映像はTARLのYouTubeチャンネルで公開中です。
≫まず、話してみる。― コミュニケーションを更新する3つの実践
≫まず、話してみる。― コミュニケーションを更新する3つの実践【映像編】
それぞれに現場にある気づきや悩み、展望が語られていますので、よりご自身が見やすい、聞きやすいメディアを選んで実践者の言葉を辿っていただければと思います。
テキスト:櫻井駿介(アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー)
柔らかなモデルをつくる
アーツカウンシル東京による「東京アートポイント計画」では、アートプロジェクトの担い手や文化事業に携わる人々に向けて様々なプロジェクトやイベントに取り組んでいます。わたしたちスタッフも、近年では手話やろう文化、視覚身体言語などを中心に「アクセシビリティ」や「情報保障」について考え、実践してきました。
これまでの取り組みをを振り返ったとき、その共通項として見えてきたのは、唯一無二のフォーマットを追求するのではなく、可変的に試行錯誤を続ける姿勢です。本シリーズ「柔らかなモデルをつくる」では、わたしたちが取り組んできた文化事業の企画・制作プロセスを紹介し、レポートの連載を通じて“柔らかなモデル”について考えていきます。
目次
- “知る選択肢”としてのメディア|柔らかなモデルをつくる(1)
- 手話ワイプを“脇役”にしない|柔らかなモデルをつくる(2)
- “実感”が身体を解きほぐす|柔らかなモデルをつくる(3)
- わたしらしく居られる“環境”|柔らかなモデルをつくる(4)
- “間(あわい)”に立って、繋ぎ続ける|柔らかなモデルをつくる(5)
ジムジム会 2024
6つのアートプロジェクトが現場の知見を共有しあい、ネットワークを形成する互助会
アートプロジェクトは、企画や広報、経理などを担当する事務局の人々によって支えられています。
人手や時間、資金が限られているなかで、安定した体制で長く活動を続けていくためにはどうすればいいのか。日々プロジェクトの運営方法を模索し、さまざまな悩みを抱えながら活動している現状があります。
そこで、2019年度から同じような悩みを抱える「東京アートポイント計画」に参加する団体が集まり、「事務局による事務局のためのジムのような勉強会(通称:ジムジム会)」をひらき、広報やウェブサイト制作などの実務的な課題について共有し、学び合ってきました。
2024年度は、「パートナー」を主題として全4回のプログラムを実施。東京アートポイント計画の共催団体が集い、事業に関連する拠点やイベント等を訪問します。
プロジェクトで協働している地域団体、文化施設、自治体等との連携の現場や課題、成果を共有し合い、文化事業が地域に根ざすための仕組みと継続性についてディスカッションすることで、現場を動かすスキルの獲得や新たなネットワークの形成を目指します。
詳細
スケジュール
- 2024年5月31日 第1回
[ホスト] カロクリサイクル × [パートナー] 都立 第五福竜丸展示館
カロクリサイクルがリサーチの一環として連携している施設「都立第五福竜丸展示館」を訪問。展示館担当者による館内ツアーや、カロクリサイクルとの事業連携、今後の活動の展望について話を伺う。
- 2024年10月18日 第2回
[ホスト] ACKT(アクト/アートセンタークニタチ)× [パートナー] 地域の団体や拠点
国立市内および近辺に点在するアトリエ・ギャラリー・店舗を会場に展示とまちを横断するプログラム「Kunitachi Art Center 2024」を巡り、地域とともにつくるアートプロジェクトの現場を知る。
- 2024年12月18日 第3回
[ホスト] 多摩の未来の地勢図 Cleaving Art Meeting × [パートナー] 昭島市立光華小学校
多摩地域の小学校の図工専科教員を対象としたプログラム「ざいしらべ」を通じて、多摩の未来の地勢図が協働している小学校を訪問し、教員や小学校との連携における現場の活動内容を紹介する。
- 2025年2月19日 第4回
[ホスト] アートアクセスあだち 音まち千住の縁 × [パートナー] 足立区
10年以上にわたり東京アートポイント計画として活動してきたNPO法人音まち計画と、足立区シティプロモーション課の連携について、プロジェクトを地域で展開するうえでの工夫、試行錯誤を共有する。
内容
- アートプロジェクトの事務局が集う会の開催
- アートプロジェクト間での連携団体の現場訪問及びネットワークの形成
小野悠介
矢野淳
梅田哲也
自分のアートプロジェクトをつくる 2024
自分のなかから生まれる問いをつかまえ、アートプロジェクトをつくる力を身につける
この10年で、わたしたちを取り巻く社会状況はめまぐるしく変化しました。これまでの考え方では捉えきれないような状況が次々と発生し、新たに炙り出される課題に応答するように、さまざまなアートプロジェクトが生まれました。しかしこのような状況は、どこかで一区切りつくようなものではなく、わたしたちはこれからもまた新しい状況に出会い、そのたびに自分たちの足元を見直し、生き方を更新する必要に迫られるでしょう。激しく変化し続けるこれからの時代に求められるアートプロジェクトとは、一体どのようなものなのでしょうか。
「自分のアートプロジェクトをつくる」では、アートプロジェクトの立ち上げやディレクションに関心のある方を対象に、ゼミ形式の演習を行います。状況に対してどのような問題意識をもち、どのようにアクションしていけるのかを、ゲストやナビゲーターとのディスカッション、参加者同士のワークを通して深めます。演習の中で自身の経験や視点を共有していただくゲストは、梅田哲也(アーティスト)、矢野淳(合同会社MARBLiNG代表)、阿部航太(デザイナー/文化人類学専攻)。自分のなかから生まれる問いをつかまえ、アートプロジェクトを構想し、動かしていくための力を身につけます。
詳細
スケジュール
10月6日(日)13:00〜17:30
第1回 イントロダクションと自己紹介
- イントロダクション
- 「新たな航路を切り開く」というテーマについて(芹沢高志)
- 自己紹介
10月19日(土)13:00〜17:30
第2回 レクチャーとディスカッション
- アートプロジェクトの考え方についてのレクチャー(芹沢高志)
- ディスカッション
11月9日(土)13:00〜17:30
第3回 プレゼンテーションとディスカッション
- 梅田哲也によるプレゼンテーション
- ディスカッション
11月30日(土)13:00〜17:30
第4回 プレゼンテーションとディスカッション
- 矢野淳によるプレゼンテーション
- ディスカッション
12月7日(土)13:00〜17:30
第5回 中間発表
- 構想中のプロジェクトの中間プレゼンテーション
- フィードバック/ディスカッション
- プロジェクトを深める
12月22日(日)13:00〜17:30
第6回 プレゼンテーションとディスカッション
- 阿部航太によるプレゼンテーション
- ディスカッション
1月18日(土)13:00〜17:30
第7回 ディスカッション
- 構想中のプロジェクトについてディスカッション
- 最終発表へ向け準備
2月1日(土)/2日(日)ともに13:00~18:00
第8回 最終発表
- 自分のアートプロジェクトをプレゼンテーション
- 講評(芹沢高志、森司)
- これからのアートプロジェクトについてディスカッション
会場
アーツカウンシル東京(東京都千代田区九段北4丁目 1-28 九段ファーストプレイス5階)
参加費
32,000円(税込)
ナビゲーターメッセージ(芹沢高志)
アートとはまずもって、個人個人の内面にこそ、決定的に働きかけてくるものだ。自分自身の問題と向き合うための術であるとも言えるだろう。
今、私たちは、歴史的にみても大変な時代を生きている。どこに問題があるのかわからない、いや、そもそも問題があるのかないのか、それさえもわからない時がある。こういう時はひとまず立ち止まり、何が問題なのか、自分の心に問うてみる必要がある。他人が言うからではなく、いかに些細な違和感であれ、自分個人にとっての問題を発見していくことが大切なのではないだろうか。自分にとって本当に大切な問いとはなんなのか? それを形として表現していくための力を、この演習を通して培っていければと思う。
ともに舟を漕ぎ出そうとする方々の参加を心待ちにしている。
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