15年目のアートプロジェクトに、行政とアートNPOのパートナーシップを学ぶ——足立区シティプロモーション課×「アートアクセスあだち 音まち千住の縁」【ジムジム会2024 #4 レポート】

東京アートポイント計画に参加する複数のアートプロジェクトの事務局が集い、活動を展開する際の手法や視点を学び合ったり、悩みや課題を共有し合う勉強会「ジムジム会(事務局による事務局のためのジムのような勉強会)」。2024年度は全体のテーマを「パートナーシップ」として行っています。2025年2月19日、足立区千住の「仲町の家」で開催された第4回の様子をレポートします。

行政と組むことで、どのような可能性がひらけるか?

アートプロジェクトの事務局と、まちで活動する人々との「パートナーシップ」について学んできた、今年のジムジム会。その最終回に当たる今回は、足立区で活動する「アートアクセスあだち 音まち千住の縁」(以下、「音まち」)と、足立区シティプロモーション課の協働について知ろうと、音まちの運営する「仲町の家」をみんなで訪れました。

「音まち」は、まちに芸術文化を通じた「縁」をつくるアートプロジェクトとして、2011年に開始。2021年まで足立区、東京藝術大学(以下、藝大)、NPO法人音まち計画(以下、音まち計画)、アーツカウンシル東京、東京都の5者で共催し、東京アートポイント計画(以下、アートポイント)として実施しました。アートポイントからは2021年に卒業しますが、活動はその後も足立区、藝大、音まち計画の3者で継続。2024年度にはその代表的なプログラム「Memorial Rebirth 千住」(以下、「メモリバ」)を実施するにあたり、再び共催事業として展開することになりました。

また、アートポイントでは2024年から本格的に、基礎自治体と組んでアートプロジェクトを行う「東京都・区市町村連携事業」を開始したという背景があり、「音まち」は区市町村との連携のモデル事業としても位置付けられています。冒頭にマイクを握ったプログラムオフィサーの櫻井駿介(さくらい しゅんすけ)は、「行政と組むことでまちなかでの活動の可能性がひらけるのではないか。今後、行政と組む事務局もあると思うので、今日はたくさん質問してください」と参加者に呼びかけました。

お話を伺ったのは、「音まち」のディレクター吉田武司(よしだ たけし)さんと、シティプロモーション課長の栗木希(くりき のぞみ)さん。2015年から音まちに関わる吉田さんは、それ以前にはアートポイントのプログラムオフィサーや、アートプロジェクト「三宅島大学」開催時の三宅村役場の職員など、さまざまな立場からアートプロジェクトに携わってきました。一方の栗木さんは、「まちの魅力をつくる仕事」と紹介するシティプロモーション課に入って7年目、課長を4年勤めています。会の前半では、お二人から足立区やシティプロモーション課、音まちの活動について聞きました。

まちへの誇りを醸成するための、シティプロモーション課の試行錯誤

東京23区の最北東に当たる足立区は、23区内で3番目の面積と4番目の人口を擁し、江戸時代に「江戸四宿」のひとつ「千住宿」として栄えた歴史を持つエリアです。そんな足立区は近年、7エリアで再開発が進み、5つの大学が誘致されるなど、「100年に1度」とも言える変化の時を迎えています。

この背景のひとつが、2005年、北千住駅前再開発の終了や少子高齢化、つくばエクスプレス開業などで地域が変化するなか、新たな戦略として策定された「足立区文化・産業・芸術新都心構想」です。2006年には藝大の千住キャンパスが開校。足立区と藝大は同年「アートリエゾンセンター」を組織し、教育や福祉分野との事業も展開してきました。そしてこの藝大の誘致が、「音まち」にもつながりました。

「音まち」と足立区の関係性の特徴は、地域文化課などではなく、シティプロモーション課が所管している点です。足立区では、区役所のすべての事業を貫き、まちの魅力を上げることを担っているこの「シティプロモーション課」ですが、もともとは、まちの売り込みや知名度向上を目指し、地方都市に多くつくられてきたものでした。その場合、プロモーションの対象の中心となるのは、まちの「外」の人たちです。しかし、都市型の先駆となった足立区では、区民、つまり「中」の人へ向けたプロモーションを展開している点に大きな特徴があると、栗木さんは言います。

足立区で同課が設けられた背景には、足立区民を対象にした世論調査で住んでいるまちのイメージを「汚い」「治安が悪い」と答えるなど、住民が地域に対して愛着はありつつも誇りを持てない状況があったと言います。実際、足立区には「治安」「学力」「貧困の連鎖」「健康」という4つのボトルネック的課題があると栗木さん。そこで同課では、4つのプロモーションとして「磨く」「創る」「つなぐ」「戦略的報道・広報」をキーワードに、こうした課題に対して継続的にアプローチをしてきました。

そのひとつが、広報物改革です。同課ではポスターやチラシなどの企画から完成まで伴走する作成支援を行っており、その数は年間450件。今回の会に参加した同課の菊地敬太(きくち けいた)さんは、「区の広報物には‟届くけどよくわからない”という印象があるため、目的や対象を明確にした広報物づくりを目指している」と話します。例えば、健診受診を促すチラシは、以前はそれまでのフォーマットを踏襲した文字だけのものでしたが、伝えたいメッセージを明確にし、大きくビジュアルを入れることで、健診率が1.4%(2000人)アップしました。

当日のスライドより

また、野菜を食べて健康寿命を延ばすことを促すキャンペーンには、若者世代に情報を届けることが難しいという課題がありました。そこで、身近なファミリーレストランやコンビニなどに協力してもらい、野菜摂取を啓発する取り組みを展開。セブン-イレブンと足立区のおいしい給食レシピを再現した商品を共同開発したり、大型商業施設や鉄道事業者とコラボ企画を実施するなど、多くの民間との協創に取り組んでいます。

こうした「創る」プロモーション活動は予算化されていませんが、そのなかで唯一予算化がされているのが「音まち」だといいます。では、この活動はなぜ生まれたのか? 

その始まりは2010年、シビックプライド醸成のための提言書に、「音まち」と関わりの深い現代美術作家の大巻伸嗣(おおまき しんじ)さんと藝大教授の熊倉純子(くまくら すみこ)さんのコメントが掲載されたことでした。これを見た職員が区内の大巻さんのスタジオを訪問。その後、アートポイントの説明会に訪れました。「当時は藝大を誘致したものの、学生の姿を見ないとの声が上がっていて。そこでもっと藝大との距離を近づけたいと、『音まち』の活動が始まったんです」と栗木さん。運営には音まち計画、足立区、藝大が関わりますが、それぞれに役割を分担し、「関係者全員が汗をかいていることが特徴」だと語ります。

当日のスライドより。それぞれが役割を分担し、全員が汗をかく

市民を巻き込んだ「音まち」の活動。まちに広がり出した地域活動

「ここから、よっしーの番」と、栗木さんから親しげにマイクを渡された吉田さん。栗木さんの最後の言葉を受けて、「どのくらい汗をかいているかというと、隔週火曜に関係する3者で運営会議を行い、毎回20〜30人が参加しています。区からも係長以下3名が必ず参加していて、こうした体制はほかのプロジェクトで見たことがない」と話し始めます。

そんな「音まち」では、現在、通年で主に6つのプロジェクトを展開しています。

今回の会場になった「仲町の家」は、2018年にオープンした、築100年以上の日本家屋を利用した文化サロンです。ここでは自主イベント以外にも、拠点形成事業のパイロットプログラムとして外部の企画開催に協力することもあり、現在は年間25プログラムほどの利用があるといいます。

一方の「メモリバ」は、先述の大巻さんと協働し、無数のシャボン玉で風景を一変させる、2024年で10回目の大規模開催を迎えたイベントです。もともとは千住で行われていましたが、その後、西新井や加平、舎人と足立区の他の地域でも開催。運営に多くの市民が関わることでも知られ、運営チーム「大巻電機K.K.」は大規模開催以外にも、大学や地域のお祭り、福祉施設などで小さな「メモリバ」を年5回ほど開催しています。

「Memorial Rebirth 千住 2024 舎人公園」 (撮影:冨田了平)

2013年から運営する「イミグレーション・ミュージアム・東京」は、海外ルーツの方も多い区の特徴を背景に、海外ルーツの人々と協働し、空き店舗や小学校を一時的なミュージアムとして活動してきました。2021年からは区内の小中学校で多文化社会を学ぶアウトリーチプロジェクトも行い、これまでに小学校12校と中学校2校で実施しています。

同じく、2011年からと長い歴史を持つ「千住だじゃれ音楽祭」は、作曲家の野村誠(のむら まこと)さんと取り組む、音楽とだじゃれを掛け合わせたプログラム。運営チームである「だじゃれ音楽研究会」では老若男女30人ほど(登録は120人ほど)が活動し、現在も2025年10月に開催予定のイベント「キタ!千住の1010人」に向けて、関係各所との調整が進んでいます。

他方、新しく始まったプロジェクトもあります。2021年に始まった「1DAYパフォーマンス表現街」では、1日限定で、千住ほんちょう商店街の軒先をステージに見立て、全国から公募したパフォーマーたちによるパフォーマンスを実施。出演者は、「うまくなくてもええじゃないか、やってみてもええじゃないか」をテーマに、そのスキルに限らず先着順で決められ、定員50名のところ2024年には67組の応募があるなど、年々盛り上がりが増している催しです。

もうひとつ、2024年に始まった「千住藝大おばけキャンパス」は、先述の熊倉さんやドラマトゥルクの長島確(ながしま かく)さんの企画で、人の少ない藝大千住キャンパスの特徴を活かし、その校舎をおばけやしきに見立てるもの。演出には音楽や映像、心理学などさまざまな専攻の藝大生の技術が生かされ、学生が学んだことを地域にひらくプログラムになっています。

こうした活動を行う「音まち」ですが、栗木さんはその行政内の課題を、予算取り(財政調整)が難しいところと説明。アートプロジェクトは、一過性のイベントではなく日常的な営みとしてありますが、行政的にはどうしてもイベントだと捉えられることも多く、費用対効果が求められたり、区民への広がりが気にされたりする場面もあるといいます。

しかし、音まちの活動を続けてきたことで、メディアでの北千住エリアの紹介のされ方がアートに絡んだものとなったりと、芸術文化が盛んなまちとしてのイメージは着実に浸透。「個人的にはこれも『音まち』の成果と考えている」と話します。

当日のスライドより。音まちの活動を通じてさまざまな人がつながり、新しい動きが各所で起こっている。

会議の時間や細かな数値を大切にし、まちなかに活動の種を見出す

会の後半では、栗木さんと吉田さんに、櫻井も交えたディスカッションが行われました。

二人の話を聞いた櫻井が、「音まち」による小学校や商店街などの利用は、区との連携があるからこそではないかと尋ねると、吉田さんは、実際、そうした交渉は行政から声をかけてもらうとスムーズだとし、最初の声かけは区の人にお願いしていると話します。

他方、自治体では単年度事業が多く、職員の異動もありますが、シティプロモーション課ではどのような引き継ぎをしているかを問われると、栗木さんは、新しい職員も「最初はわからなくても、隔週の全体会議に出ているとわかってくる」と返答。吉田さんも、新しい人には「だじゃれ音楽研究会」のような市民の集まりに参加してもらうことを意識していると話します。これに4年目の菊地さんも頷き、「会議に出たり資料を読むだけではなく、「メモリバ」でシャボン玉の機械を運ぶなど、一緒に作業をするなかで自分ごとになっていった」と自身の経験を振り返りました。

アートプロジェクトでは、たびたびその評価の難しさが課題となります。この点に関して栗木さんは、参加者やかかわり手の広がりは役所内で丁寧に共有するようにしていると話します。

それに対して、役所向けの資料づくりを担当するNPOでは、「数値では測れないとはいえ、数値で判断されることもあるので、できるだけいろんな数を用意するようにしている」と吉田さん。例えば来場者内の区民数や、グループメールやメールニュースの参加者・登録者数、パブリシティの数など、可能な限りいろんな数値を記載。「そうした資料から次の予算取りに向けた物語を一緒につくっていくイメージだ」と説明します。

では、「音まち」では、プロジェクトの「ビジョン」、将来像をどのように捉えているのでしょうか? そう問われた栗木さんは、「シティプロモーション課として区民の誇りを高めるという目標や戦略はあるが、『音まち』に5年後はこのようになっているべきなどの事業方針はない。つくるとそれだけになってしまうし、私たちの課はチャンスがあれば新たな価値や物事をつくっていくことが仕事」とコメント。対する吉田さんも、メモリバの活動が地域的にも領域的にも広がっていることを例に、事業らしさを失わないようにしつつ、次につながる種を意識することが運営側のビジョンだと、柔軟な方針を大切にしていると語りました。

さらに、行政としてNPOと協働する利点を聞かれた栗木さんは、「そもそも藝大と区だけでは音まちの運営はできない。NPOがあることでイベントが実行できるなど、なくてはならない存在」と返答。また、「東京都・区市町村連携事業」を担当するプログラムオフィサーの大川直志(おおかわ ただし)は、今日の感想を聞かれ、栗木さんが「音まち」を機に文化活動とかかわりができたと話したことに触れ、「行政の担当者と話をしていると、地域のつくり手との関係がないという声が非常に多い。そんななかで、行政の方がまちの地域活動を深く認識されているのが素晴らしいと感じた」と話しました。

行政の担当者と、『文化』のフレキシブルな捉え方を共有する

その後、会場にマイクを向けると、音まちの活動や、音まち計画と足立区の関係について聞いた会場のメンバーからは、多くの質問が飛びました。

カロクリサイクル」の中村大地(なかむら だいち)さんは、「音まち」に「大巻電機K.K.」や「だじゃれ音楽研究会」などの市民主体の活動が多い背景について質問。これに吉田さんは、こうした活動においても資料の用意や予定の設定にはNPOが関わっており、必ずしも市民だけで自走しているわけではないが、長年活動するなか、「1DAYパフォーマンス表現街」にメモリバを出したいという提案があるなど、自発的な動きが生まれ始めたと答えました。

すると今度は、栗木さんから参加者に向けて、行政との関わりにおいてどんなことを感じているかとの質問が。これに、国立市の「ACKT(アクト/アートセンタークニタチ)」の安藤涼(あんどう りょう)さんは、自分たちも市と協働しているが、その関係には足立区と音まちほどの親密さはなく、その関係をどのように縮められるかが課題と話します。それに対して栗木さんは共感を示し、担当者によっても関係は大きく変わるはず、と話しました。

めとてラボ」の和田夏実(わだ なつみ)さんからは、シティプロモーション課が担う広報物の作成支援について、その業務の内訳を尋ねる質問がありました。これに栗木さんは、デザインなどを外注することはあるが、キャッチコピーやレイアウトラフの作成などは内製で行っているとし、同課は役所内の広告代理店のようなイメージと説明します。

さらに和田さんからは、シティプロモーション課の未来へのまなざしについてもう少し聞きたいとの声も。それに対して栗木さんは、同課の目標は唯一「区民がまちに誇りを持てるようにすること」であり、そのためにやれることはすべてやると返答。そうして一つひとつの事業の質を上げることが必要と話します。その意味でシティプロモーション課のまなざしは未来ではなく「現在」に向いているのではないかと櫻井から問われると、栗木さんは頷き、「自分たちの良さは、あらかじめ決まっていることをやるだけにとどまらず、現実のなかでフレキシブルに動けること。今日はそれをあらためて感じた」と語りました。

会の最後にマイクを振られたアートポイントのディレクター森司(もり つかさ)は、音まちと足立区の話を聞いた感想として、「15年間活動すると、プロジェクトが育ち、学ぶことが多いなと感じた」とコメント。近年、「東京都・区市町村連携事業」で行政との協働を模索していることを踏まえ、その先行例である音まちの活動にとってとくに重要だったのはシティプロモーション課の存在だとし、「文化を専門とする課では、担当者が誠実に文化と向き合うゆえに『文化』の解釈がかっちりしているが、シティプロモーション課は良い意味で『文化』のフレームを取っ払って柔軟に向き合っている」ことがポイントだと話しました。

また、これから行政と活動していくうえで、あらためて「アートプロジェクト」という言葉を上手く使っていく必要があると感じたと言い、「課題は多いけれど、一足飛びではなく一歩一歩やることで進んでいくと思う」と、メンバーたちにメッセージを送りました。

「パートナーシップ」をテーマに、全4回にわたって各プロジェクトの現場を訪ねてきた今年度の「ジムジム会」。そこには、活動における問題意識の共通性に基づくもの(都立第五福竜丸展示館+「カロクリサイクル」)や、まちなかのネットワークを広げるための契機とするもの(「Kunitachi Art Center」×「ACKT」)、既存の制度を考えるための機会をつくろうとするもの(昭島市立光華小学校+「多摩の未来の地勢図」)、そして今回の音まちと足立区のように、NPOと行政の目標の重なりを長い時間をかけて育て、磨き上げたものまで、4者4様のパートナーシップのかたちがありました。

同時に4者には、取り組みの広がりや深化、あるいは活動の持続性を求めるなかで、外部のパートナーとの関わりのなかに、その手がかりを求める姿勢が共通していたように思います。今回のジムジム会を通してシェアされた視点が、参加したメンバーのプロジェクトのなかでどのように生かされていくのか。これからも注目したいと思います。

ジムジム会 参加メンバー一同

撮影:小野悠介(7枚目写真、スライド除く)

現実の手触りを失う社会のなかで、「小学校」という場所でできること——昭島市立光華小学校+NPO法人アートフル・アクション「多摩の未来の地勢図」【ジムジム会2024 #3 レポート】

東京アートポイント計画に参加する複数のアートプロジェクトの事務局が集い、活動を展開するうえでの手法や視点を学び合ったり、悩みや課題を共有し合う勉強会「ジムジム会(事務局による事務局のためのジムのような勉強会)」。2024年度は全体のテーマを「パートナーシップ」として行います。2024年12月18日、昭島市立光華小学校でひらかれた第3回の様子をレポートします。

小学校の校庭に、こどもが自由に遊べる「プレイパーク」を

アートプロジェクトは、行政機関や地域で活動するプレイヤーとどのような協働関係を築くことができるのか? そうした問いかけから、「パートナーシップ」をテーマに掲げた今年度のジムジム会。その第3回では、JR青梅線の昭島駅からすぐの場所にある、昭島市立光華小学校(以下、光華小)を訪れました。

同校は、「まず、やってみよう! 〜私の学校は、私がつくる!〜」を学校教育目標に掲げ、全国で初めて、ブランコのような遊具ではなく、こどもが自由な発想で遊べる遊び場「プレイパーク」を敷地内につくるなど、型にはまらない学校運営で注目されています。ここでは現在、小金井市を拠点に、多摩地域全域で活動を展開するアートプロジェクト「多摩の未来の地勢図」との共同の取り組みが進められています。

裏門から敷地に入り、いろんな植物や不思議な作業台が置かれた学級園を横目に建物に向かうと、迎えてくれたのは眞砂野裕(まさの ゆたか)校長。2022年に着任した眞砂野さんは、同校の冒険的な運営をリードするキーパーソンです。

案内されて校舎の中に入ると、廊下のど真ん中に、段ボールを積み上げ、「あるきます」という大きな紙が貼られた謎のオブジェが。「廊下を走ると風で段ボールが倒れる仕組みなんです」と眞砂野さん。同校の自由な雰囲気は、そんな場面からもさっそく感じられました。

よそ者」の訪問がもたらすハレーションが、小学校を内部から変えていく

図書室に到着したジムジム会の一行は、はじめに「多摩の未来の地勢図」を運営するNPO法人アートフル・アクションの宮下美穂(みやした みほ)さんより、活動の簡単な紹介を受けました。

「多摩の未来の地勢図」は、2011〜2020年にかけて小金井で実施した事業「小金井アートフル・アクション!」を引き継ぎ、そこで積み重ねた経験を多摩地域全域で中間支援的に活かすことを視野に、2021年にスタートしたアートプロジェクトです。

現在、東京都の人口のおよそ3分の1に当たる約420万人が暮らす多摩地域。多摩川や奥多摩といった豊かな自然も広がるこの地域は、同時に、高度経済成長期に都心への通勤者のベッドタウンとして拡大した多摩ニュータウンや、航空自衛隊横田基地や国立療養所多磨全生園といった特徴的な施設も擁しています。

「多摩の未来の地勢図」では、そんな多摩地域を日本の近現代を映す鏡と捉え、自分たちの暮らしやその背景にあるものに意識を向けようとしてきました。その実践は、既存の学問ではすくいとれないものを、表現の回路を通じてそれぞれが身体的に、足元から考える場をつくる点に特徴があります。

そのプログラムのひとつが、「ざいしらべ」です。これは、さまざまなものが自動化・パッケージ化される社会のなかで、素材や技術、「つくる」ということについて、小学生や図工の先生たちとあらためて考えるプログラム。光華小とアートフル・アクションの最初の接点は、2023年度にこの「ざいしらべ」のなかで実施した「つくることを考えてみよう」という企画において、光華小の6年生のこどもたちと広葉樹による造形に取り組む連続授業を行ったことでした。その詳細は『つくることを考えてみよう 森とであう』という冊子にまとめられています。

「ざいしらべ」の活動は、多摩地域のさまざまな小学校と連携して行われています。例えば奥多摩町立氷川小学校では、造形作家の下中菜穂さんが、こどもたちと総合学習の枠で奥多摩学習を実施しました。また、「アーティストが学校にやってきた」というプログラムでは、2023年度には氷川小学校にアーティストの五十嵐靖晃さんが滞在。2024年度には光華小に弓指寛治さんが通い、こどもたちと交流してきました。

今回のジムジム会の時期にちょうど光華小に通っていた弓指さんは、4年2組にクラスの一員として加わり、こどもたちと同じ授業を受けるとともに、おいかけっこなどで交流。2025年1月からは図工準備室で、この経験を通した制作を行うといいます。

大人のアーティストが、学校に入り込む。一見すると、不安視する声も起きそうなこの企画を行う理由について、宮下さんは、かつての学校には先生だけでなく地域のさまざまな大人が出入りしていたと指摘。「私たちのNPOが何かを差し出し、こどもたちが受け取るという一方通行の関係を超えないといけない。その点、私たちよりもアーティストが学校にいるほうが撹乱材料になるんです。学校には、先生たちも知らないことがあるんだということをみんなで考えたくて、この取り組みをしています」と話します。

それを聞いた眞砂野さんは、この活動をしている理由について、「じつはまだよくわかっていないんです」と笑いつつ、「今日もみなさんが門から入ってきたとき、明らかに教員ではない人たちだということがわかりました。こうした出来事自体が、学校という場所ではひとつの刺激になる。そういう刺激のある学校でありたいんです」と答えました。

眞砂野さんがこうした考えを持つのは、以前より学校にゲストを招いて話してもらうなどの活動を行ってきたものの、「そうした機会も素晴らしいのですが、どうしても打ち上げ花火的になってしまう」との実感があったから。その点、「弓指さんのような入り方は学校内でのハレーションやこどもへの残り方が違う」と語り、「一時的な体験ではなく、出来事を一緒に営んでいくこと。そして、外部に期待するのではなく、学校が内部から変わっていくこと。ここに今後の地域連携の大きなヒントがあるのでは」と指摘しました。

「やってみたい」を後押しする、自主的な学びの場としてのプレイパーク

その後、眞砂野さんの話を本格的に聞く前に、みんなで校庭にあるプレイパークを見学しに行くことになりました。

「光華小プレイパーク」は、2023年9月に一部を開けたのち、同年11月にグランドオープンしました。この遊び場をつくった理由について眞砂野さんは、「プレイパークをつくること自体が目的ではなく、つくりたい学校の具現化がプレイパークなんです」と説明。遊び場の一角に掲げられた看板には、「あそびの中ではまずやってみることが大事」「『やりたいこと』をとことんやろう」と、目指すべき学校のあり方が書かれています。

この日も遊び場は小学生たちで溢れかえっていました。ジムジム会のメンバーがぞろぞろと歩いていると、多くのこどもたちが近づいてきて、不思議そうに話しかけてきます。プレイパークは地域にも開放されており、近隣の幼稚園や保育園の園児たち、障害者施設の利用者の人々が遊びに来たり、散歩に訪れたりすることもあるそうです。

モンキーブリッジや、図工の古賀先生がつくったハンモック、プレイリーダーでもある大工さんや卒業生の中学生とつくったボルダリング付きの滑り台……敷地にはさまざまな遊具が置かれています。

驚くことに、焚き火ができるファイヤーピットもあります。この装置を使い、一食分の食事をつくる強者もいるのだとか。「不登校傾向にある子が、このファイヤーピットのところではヒーローになれたりするんです」と眞砂野さん。「遊んでいて怪我などないのかとよく聞かれますが、こどもは自分のできることに合わせて遊ぶもの。こどもの『やってみたい』をやっていいと言うためにこのプレイパークをつくったんです」と語ります。

実際、この日見たこどもたちの姿も自由奔放。見学中も、何人もの子が「これやっていい?」と聞きに訪れ、眞砂野さんも「いいよ」と背中を押します。地面がボコボコに掘られていたり、パイプでつくった道にいろんなものを転がしたり、こどもたちはさまざまな工夫をして遊んでいます。遊び場ではシルバー人材センターのスタッフが見守り役として常駐していますが、この自由さを大切にするため、できるだけ注意はしないように頼んでいると言います。

校庭を歩くなかで印象的だったのは、こどもたちと眞砂野さんの関係です。友達とのあいだで嫌なことがあったのか、「相談したい」と声をかけてきた子に、眞砂野さんが「明日話を聞くからな」と返し、その子が「わかった!」と返事をして去っていく場面も。こうした光景からは、先生と生徒というより、人と人のあいだの信頼感のようなものが感じられました。

同校にはほかにも、「食べられる教育」とも訳されるエディブル・エデュケーションの実践として、冒頭に触れた学級園もあります。現在は2年生を中心に、江戸東京野菜の金町コカブを栽培。育てた野菜をファイヤーピットで焼くこともあります。眞砂野さんは「ただ場所をつくるだけでなく、そうやってこどもたち自身がここを“自分たちの場所だ”と感じることが大事」と話します。

不安定化する社会のなかで、しなやかに生き延びていく基礎をつくる

図書室に戻った一行は、ここから眞砂野さんの話を聞きました。

眞砂野さんは以前、校長先生の全国大会で訪れたある先進的な教育を行う学校で、登壇者が会場の校長先生たちに向かって「小学校の経験で、いま役に立っていることはあるか?」と尋ねた際、「べつに覚えていなくてもいいんじゃないか、小学校は無駄なことがたくさんある場所だ、と感じた」と振り返ります。また、こどもたちに将来、間違った方向へと進んでほしくないということを熱を込めて語り、「いま、間違ったり失敗したりしてもいい。むしろそうした体験を通して人間の根幹をつくる。そのことは絶対に間違えてはいけない」と強調します。

「やってみたい」を後押しするプレイパークは、こうした人間としての根幹づくりの揺りかごとなるものです。ここでこどもたちは、自分が活躍できる居場所を見つけ、誰に言われずとも順番待ちをし、ときに何もせずぼーっとする貴重な時間を過ごします。「水を使って池をつくる、枯葉でプールをつくる、マシュマロを焼いて溶け方を観察する。そうしたことを“知的好奇心”と呼ぶのではないか?」と眞砂野さん。「よく、この場所ではこどもがいい顔をしているとか、主体性を育てるとか言われますが、こどもってもともと主体的な存在だと感じます」。

そもそも光華小がプレイパークをつくった背景には、今後の社会への見通しと、そこで求められる人間像があります。現在の日本の教育が指標とする2040年の社会状況について、眞砂野さんは「厳しくなる」と指摘。そのような不安定な時代には、いつでも、どこでも、誰とでも協働して生き延びていく能力が必要であり、そうした、自主的に責任感を持って社会を変えていく力である「agency(エージェンシー)」をこどもたちに獲得してもらいたいという願いが、現在の活動の大きな動機だと語ります。

そのために力を入れているのが、学校全体の雰囲気を変えることです。同校では「まずやってみよう」を合言葉に、生徒や教員のアイデアをできるだけ実行しようとしてきました。

例えば2023年には、6年生の要望を受けて、「防災体験」と称し、体育館でのお泊まり会を行いました。「全考集会」という全校児童で何かを話し合う年3回の会や、「じつはあまり多くない」という、教員同士で教育について語る会も開催。後者では、フィンランドの教育も取材した映画『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』(2015)を見たり、「漢字テストで100点を取ることは学力が高いのか」といったテーマで議論を行ったりするなど、教員の意識自体を変えていきました。

「継続性」や「目的の浸透」という課題

もうひとつ、プレイパーク設置の要因として大きかったのが、非常に熱意のある図工の先生や、保護者として既に地元のNPO主催のプレイパークのスタッフをしている教員が学校にいたことでした。

こうした活動が認められ、光華小のプレイパークは、東京都の「子供の『遊び』推進プロジェクト」に2年連続で採択。活動のうえで重要な予算を得ました。プロジェクトの一環として2024年11月に行われた1週間のイベントには、児童を含む1300人が参加。他地域から家族で訪れた不登校のこどもがいる保護者が、校庭で遊ぶ我が子の姿に涙する光景もあったと言います。

一方で、課題もあります。そのひとつは「継続性」。現在、同校ではプレイパークに関わる保護者25名などからなるLINEグループをつくっていますが、眞砂野さんらキーパーソンが抜けた後のことも考えないといけません。また、関係者がこの場所で大切にすべきことを共有する「目的の浸透と定着」、学校内にあるプレイパークの価値を周知し、地域の人たちが自然と手伝いたくなるような空気づくりも求められています。

話を聞いた宮下さんは、眞砂野さんも触れた継続性について、人事異動はシステム上避けられないものの、眞砂野さんとの活動を通して、「ここまではやっていい」という活動の加減を教員が自分で判断できるようになること、また、この学校での経験を異動先でも活かすことで東京全体が変わっていく可能性もあるという点を、ポイントとして話しました。

小学校という場を使って、自分たちで地域をつくる土壌を育てる

その後は、会場も交えて、短い質疑応答と意見交換が行われました。

図 18

プレイパークで遊ぶこどもたちに勢いを感じたという参加者から、「この場所にはとどまらない出来事も広がっているか?」と問われると、眞砂野さんは「確実に増えている」と返答。その一例として、朝のボール遊びを禁止されたこどもたちが、自分たちでボールを管理するからやらせてほしいと交渉した出来事に言及。校内放送で「明日、ボールが3個落ちてたら禁止する」と訴えたものの、残念ながらが落ちていたことを機に、「全考集会」でこの問題をどう考えたらいいか、みんなで話し合ったエピソードを紹介しました。

また、地域連携についての質問もありました。宮下さんは現在、光華小以外に小金井市内の学校でも、授業を通した地域とのつながりを模索しているとし、その連携の呼びかけ方として、「学校のために関わってほしい」ではなく、「地域の自治を考える入り口として学校という場所を使おう」という関係がつくれるとよい、と語ります。

これに対して眞砂野さんは、そもそも社会教育法では、地域全体で学校を運営するため、「地域学校協働本部」というネットワークをつくることが勧められているものの、多摩地域で唯一、昭島市はこれをつくれていないという背景を紹介。地域や学校の行事などに関わる住民が高齢化、固定化するなかで、「多摩の未来の地勢図」との連携などを通じて、自主的、実質的にこうしたネットワークをつくっていく必要がある、と話しました。

最後に、アートプロジェクトが学校とかかわろうとする場合は、校長先生に相談するのがいいのかと問われると、眞砂野さんは「それが一番早い」と返答。講師を含めて45人ほどの教員がかかわる光華小のような組織では、校長の動きがポイントになると指摘します。他方、宮下さんも、眞砂野さんのような校長は珍しいとしつつ、やはり地域の人が学校に関わろうとした場合、校長の色が学校の方針に強く影響していることが多い、と語りました。

プレイパークの見学から、眞砂野さんや宮下さんのトークまで、じつに盛りだくさんで充実していた今回のジムジム回。多摩の未来の地勢図が光華小を舞台に実施しているプログラムの具体的な連携な話というよりも、もっとひろく、それぞれの活動を通した地域やこどもたちへのまなざし、態度について伺う会となりました。

そして、今回参加しながら強く感じたのは、眞砂野さんと宮下さんのまなざしの共通性です。2人の話には、大人の都合により、本来的な遊びの楽しみや現実の手触りから遠ざけられるこどもへの危機感、そうした状況を要求する社会への批判精神が通底していました。

また、こうした社会に応答するための術として、学校という場に着目し、小学校の図工の先生たちとともに授業自体から変化させていこうとする活動を続けてきた「多摩の未来の地勢図」に対して、既存の小学校の枠にとらわれず、それを内部から実験的に変えようとしていた光華小が門戸を開いたことは、重なるビジョンを持つ者同士のパートナーシップとして理想的な出会いだと感じました。それは、これまで「多摩の未来の地勢図」が積み重ねてきた各学校の先生たちとの連携や実践があってこそ、つながったものなのだろうと思います。

今年度のジムジム回も残すところあと1回。第4回となる次回は、2月19日、「アートアクセスあだち 音まち千住の縁」の取り組みについて学ぶ予定です。

撮影:小野悠介(7枚目除く)

2024レポート③ 自分のアートプロジェクトに向き合う態度

演習「自分のアートプロジェクトをつくる」は、これからの時代に応答するアートプロジェクトのかたちを考えるシリーズ「新たな航路を切り開く」の一環として開催している、ゼミ形式の演習です。ナビゲーターはP3 art and environment統括ディレクターの芹沢高志さん。アートプロジェクトを立ち上げたい方やディレクションに関心のある方を対象としています。

2024年度は10月初旬から翌年2月初旬までの約4ヶ月にわたって行いました。
この演習の様子を、3つの記事でレポートします。

ゲスト回や中間発表、ディスカッションの時間を通して、自分の課題意識や問いを深めながら、「自分のアートプロジェクト」をブラッシュアップしていった受講生たち。これから展覧会の開催を控え具体的に準備を進めていく人、実際に企画を実施し、その振り返りを踏まえて今後の展開を見据えていく人もいれば、試行錯誤しながらワークショップのためのツールを開発する人がいたり、逡巡のなかでようやく自分の問いの輪郭が見えてきた人など、演習を重ねるたびに、受講生同士で対話し、迷い、悩みながらも、一歩一歩考えて進んでいく姿が印象的でした。

最終発表では、受講生それぞれの具体的なアートプロジェクトの企画構想が発表されました。講評では、ナビゲーターや講評ゲストを中心にフィードバックしながら、受講生からの質疑応答やアイデアの共有などを進める時間となりました。

最終発表の様子。受講生が自分のアートプロジェクトについてプレゼンし、講評と質疑応答の時間をもった。
受講生一人ひとりのプロジェクトにアドバイスをする芹沢高志さん。
フィードバックに真摯に耳を傾ける受講生。ここからさらにブラッシュアップしていこうという姿勢が伺える。
日本の民謡をテーマに企画構想した受講生は、民謡作曲ツールを開発し、実際に受講生全員と作曲体験ワークショップを実施するなど、プレゼン方法にもさまざまな創意工夫がなされていた。

演習を終えた受講生からは、「言い訳のできない自分と向き合う時間を得られた」「アートやアートプロジェクトの答えは、一人ひとり少しずつ違うように、『自分のアートプロジェクト』は誰かから教わるものではなく、自分のなかにあるものを探る過程なのだとわかった」「さまざまな文脈で制作している方を知り、新しい価値観や考えを学ぶことができた」「アートプロジェクトというと芸術祭のような大掛かりなものをイメージしていたが、自分の関心を育てるなかでアートプロジェクトになっていくこともあり得るのだと知った」など、アートプロジェクトの捉え方そのものが更新されたという意見が多数寄せられました。
最後に、ナビゲーターの芹沢高志さんが、演習を振り返りながら、あらためて受講生のみなさんに寄せられたメッセージをご紹介します。

2024年度「演習|自分のアートプロジェクトをつくる」を終えて

2025年2月1日、2日の両日で「最終発表」を終え、「新たな航路を切り開く」の2024年度「演習|自分のアートプロジェクトをつくる」の全工程を無事に終えることができました。今回は自分がやってみたいと思っていることをおぼろげながらにも見つけ出していった方から、まさに今、実行の現場を抱え、自分のアートプロジェクトの実施に七転八倒で取り組んでおられる方まで、それこそプロジェクトのフェーズは各人各様、非常に多様なものでしたが、みな等しく、自らのモチベーションと真摯に向き合っていく姿がとても印象的でした。
今回の演習では、特に自分がそのプロジェクトをはじめようと思いついた動機を見つめてほしいと繰り返し強調していきました。アートプロジェクトという以上、自分ひとりの興味に閉じることなく、それを「社会化」していかねばならないわけですが、その基本の基本として、初心といってもいい、自分がなぜそれに取り組もうと考えたのか、そこを冷静に見つめ直してほしいと思ったからです。「社会化」は大変な作業ではあるけれど、同時にアートプロジェクトの醍醐味でもあります。そうなのだけれど、あえてこの演習ではその前の、自分にとっての動機にこだわってほしいと述べ続けました。そこを明確に意識さえしていれば、今後実現のために降りかかってくるさまざまな困難に対しても、勇気をもって乗り越えていくことができると思うからです。最近では山積みになった社会課題を前にして、課題解決のためにプロジェクトを立案し頑張るのだけれど、そのうちそれを自分がやる意味を見いだせなくなり、ひとり思い悩むケースにも多々接することがあります。その意味でも、あらためて自分の切実な動機に向かい合っておくことは極めて重要なことと思えたのです。

2月22日、23日、デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)において「全国アートNPOフォーラム2025 in 神戸」が開催されましたが、その総合テーマは「態度が歴史になる」というものでした。まさにそうで、私はこの態度ということを強調したかったのだと言ってもいいと思います。
ハラルド・ゼーマンが組織した歴史的な展覧会、「態度が形になるとき」が開かれたのは1969年のことでした。その頃から、アートをアートピース(作品)としてだけに捉えず、全体をプロセスとして見ていく見方が生まれはじめていました。アートを、周囲との応答のなかでダイナミックに創造、形成され続けていくトータルなプロセスとして捉える視点です。まさにいま、我々がアートプロジェクトという用語で語る一群の表現にも当てはまることでしょう。
態度が問題になるのなら、それは私たちが生きていくことと直結します。アートはどこか遠くにある、近づき難い存在などではなく、まさにいまを生きるわれわれ一人ひとりのごく身近、いや私たちのなかにあると言ってもいい。
私としては各自が立案、実行していくアートプロジェクトを、自分の生きる「態度」と遊離させてほしくはなかった。この演習を「自分のアートプロジェクトをつくる」としたのも、そんな思いからでした。ゲストとしてお招きした梅田哲也、矢野淳、阿部航太のお三方も、まさに生きていく態度と活動が見事に同期している方々で、その意味でも受講したみなさんにも大きな刺激を与えたように思います。
受講生のみなさん、運営チームのみなさん、ゲストに来てくださったみなさん、本当にありがとうございました。3回目となる本演習も、非常に手応えのあるものとなりました。

芹沢高志

2024年10月から約4ヶ月にわたって、悩みながら「自分のアートプロジェクト」を探り、問い続けた受講生のみなさん。これから一人ひとりがどのように企画をあたため育んでいくのか。今後の活動を楽しみにしています。

写真:齋藤彰英

2024レポート② 3人のゲストの実践の風景

演習「自分のアートプロジェクトをつくる」は、これからの時代に応答するアートプロジェクトのかたちを考えるシリーズ「新たな航路を切り開く」の一環として開催している、ゼミ形式の演習です。ナビゲーターはP3 art and environment統括ディレクターの芹沢高志さん。アートプロジェクトを立ち上げたい方やディレクションに関心のある方を対象としています。

2024年度は10月初旬から翌年2月初旬までの約4ヶ月にわたって行いました。
この演習の様子を、3つの記事でレポートします。

演習では、受講生それぞれがまず自分のなかの問いをつかまえ、それをどのようにアートプロジェクトとしてかたちにしていくのかを考えていきます。そのために、受講生同士のディスカッションやナビゲーターによる講義のほか、3名のゲストを招き、ゲストによるトークとその後のディスカッションの回を設けています。

今年度のゲストは、梅田哲也さん(アーティスト)、矢野淳さん(株式会社MARBLiNG代表)、阿部航太さん(デザイナー/文化人類学専攻/一般社団法人パンタナル代表)の3名。

それぞれのゲスト回を紹介します。

梅田哲也さん(アーティスト)

11月9日(土)は、梅田哲也さん(アーティスト)をゲストにお招きしました。建物の構造や周囲の環境から着想を得て、日常で手にする身近な素材や現地にあるものと、音や水、重力などの物理現象や自然環境を組み合わせた作品を多数発表してきた梅田さん。近年では《O回》(さいたま国際芸術祭2020)や「梅田哲也展 wait this is my favorite part 待ってここ好きなとこなんだ」(ワタリウム美術館、2024)など、案内人に連れていかれるようにして観客が会場を回遊し、観客もいつのまにかパフォーマンスの一部になっているといった演劇的な手法も取り入れています。

前回の演習で「アートプロジェクトの構想を考えるためには日頃の小さな習慣の積み重ねが大事」とアドバイスをもらった受講生たち。梅田さんが生み出すさまざまな仕掛けやアイデアは、どのような習慣からやってくるのか、何を考えているのかと、スタートから質問が尽きない回となりました。

梅田さんの作品が展示される場は、美術館から廃墟、はたまた船の上までと多様です。発表される形態も、展示、パフォーマンス、公演、ライブなど幅広く手がけられています。しかし、梅田さんにとっては、場所がどこであっても、それぞれの作品で自分がやっていることそのものはあまり変わらないと言います。どちらかと言えば、「環境と素材が変わっていく」感覚を持っているとのこと。

そのなかで梅田さんがどうしても気になる・手放せないと言うのが、「もの」。芸術祭などに招聘されたとき、作品展示後には建物が解体されてしまう、廃棄されてしまうと聞くと、つい大きなガラスの水球などでも持ち帰ってしまうため、ぞろぞろとものが増え、移動するときには大所帯の家族になったような感覚があるそう。持ち帰られた素材は、別の場所で展示されたり、そのうち居場所が見つかってそこに置かれるようになるものもあると言います。

梅田さんの作品では、展示物であっても、元からそこに素材が置かれていたかのような馴染み方をしているものがあったり、演出上で配置された人なのか、たまたま通りがかった人なのか、境目がわからなくなるようなことがあったりします。梅田さん曰く「何もつくってないねと言われることがあるが、そう思われたら最高。でも、場づくりはちゃんとやっているんです」とのこと。場と向き合いながらつくっていく。場ができてくると、そこにいる観客たちが動きだし、その動きがまた別の動きにつながっていく。観客がパフォーマンスのなかに含まれていくような回遊型の作品の場合は特に、そうした動きのつながりを、まるでスコアを書くようにしてつくっているそうです。

自分がその場所で作品を展示したい、関わりたいという強い動機を探すため、何度も場所に足を運んでさまざまな人と知り合い、話し、関連書籍を一通り読み漁る。その小さなディテールを積み重ねていくことが、作品制作につながっていると梅田さんは言います。海外で展示をする際も、何をするかが決まっていなくてもとにかく音が出せる準備だけはして行って、その場で音を披露してみると、その流れでライブをする話が持ちかけられることもあるそう。そうやってまず動くことから次の動きにつながっていきます。一方で、美術館など規定がある場所では、そのレギュレーションといかに向き合い、ハッキングしていくかという話も。アートだからこそできることの可能性についても言及されました。

受講生からは「作品を通して鑑賞者に伝えたいことは?」などの質問がありました。梅田さんは「その場所にその作品が置かれた時、どういう振る舞いをするかを考えることはあるものの、(想定外のできごとも含め)鑑賞者と一緒につくるという意識でいる」と答えました。
また、「人と話すことが苦手」といったコミュニケーションに関する質問には、「すごく得意なことがあるわけではないがその場にいると雰囲気が明るくなるような人、一極集中型ではない、アートとは無関係に思える友人と一緒にやってみたら?」という提案も。梅田さんの答えに共通していたのは、目の前で起きようとしていることに目を凝らし、想像しようとする姿勢。アートプロジェクトの現場では、どんなに対策を考えていても思いも寄らないことが多々起こるもの。受講生たちは梅田さんのお話からそこに踏み出すヒントをもらったのではないでしょうか。

矢野淳さん(株式会社MARBLiNG代表)

11月30日(土)は、福島県飯舘村で「図図倉庫(ズットソーコ)」という文化拠点を運営する矢野淳さんをゲストにお迎えしました。東京出身の矢野さんは、東日本大震災後に物理学者のお父さまが福島県飯舘村でNPOを設立したことをきっかけに、高校生の頃、まだ帰宅困難指示が解除される以前から飯舘村に通われていました。飯舘村は、東京電力福島第一原子力発電所事故の影響により全村避難を経験した場所です。「震災以前と風景はほとんど変わらないのに、人だけが居ない不思議な光景だった」と当時の飯舘村の様子を矢野さんは振り返ります。

その後、大学卒業を機に東京と飯舘村の二拠点生活をスタートした矢野さん。飯舘村の地域再生に携わるなかで、元飯舘村地域おこし協力隊の松本奈々さんと出会い、2021年に合同会社MARBLiNGを設立(現在は株式会社)。同年、飯舘村のホームセンター跡地にある1,000平米の建屋を飯舘村の資源を活用してリノベーションし「図図倉庫」をオープンしました。現在、図図倉庫は、シェアオフィスやテナントとして、企業、研究者、移住者など多くの人が集い、新たな実験ができる場として開かれ、トレーラーカフェやイベントの開催などさまざまな人が楽しめる場所となっています。

「飯舘村は、震災以前からあった高齢化や過疎化といった地域課題に加え、震災後の原発事故による環境課題を抱えています。それは、ある意味で『世界最先端の課題』がある村だと捉え直すことができるのではないか。そうすることで、世界中の人々が飯舘村に関わってくれるのではないか。そんなふうに、飯舘村の課題を捉え直していこうというのがわたしたちの活動です」と矢野さんは語ります。

なかでも近年取り組まれている図図倉庫の常設展示「環境世界を旅する」とツアープログラム「環世界探索紀行」は、その飯舘村の課題の捉え直しをアートや演劇などの表現の手法を用いた興味深いものでした。常設展示では、150億年前の宇宙誕生から飯舘村の現在に至るまでの経緯を壮大な物語のように絵で表現し、実際に村民や研究者が収集した飯舘村の土のサンプルとともに、原発事故により大地に降り注いだ放射性物質がどのような状態にあるのかを模型などで示したり、放射線、放射能、放射性物質とは何か、またその半減期についてわかりやすく図式化されるなど、訪れた人が想像を膨らませて考えていけるような工夫がなされていました。
「環世界探索紀行」のツアープログラムは、飯舘村を「いきる博物館」と位置付け、演劇的な手法を用いて、この地域の風土や歴史、文化、人と出会うというもので、道先案内人が同行し、立ち寄る各所でさまざまな出会いの入り口を開いてくれます。参加者は「探索者」として、飯舘村の各所を訪れながら、ときには素粒子や天体、生き物、この土地の人々の視点を想像しながら、目には見えないけれど、飯舘村に積層する記憶や過去・現在・未来の時間の地層を発見し、感じ、考えていくというものです。

矢野さんは「デザインは翻訳作業で、アートは “わたしからは世界はこう見えるよ” ということを表現するものだ」と言います。「例えば、放射線のことなどニュースで見たりするけれど、よくわからないですよね。でもそうしたわからないものを、研究者とデザイナーが協働したり、演劇やアートといった表現を通して示すことで、“飯舘村の人や研究者、図図倉庫のわたしたちは世界をこう捉えているよ” ということを伝えていけるんじゃないか。こうした活動を通して、じゃあ自分は世界をどう見ているのだろう?と、訪れた人が考えるきっかけになったらいいなと思っています」

その他にも「農×デザイン塾」という企画を通して新たなお店づくりや産業創出に取り組むなど、環境づくりを軸に幅広い活動を展開している図図倉庫の取り組みに圧倒された受講生のみなさん。質疑応答では、「世界最先端の課題だと、いつ実感したのか?」「図図倉庫の要素や使い方はどのように計画したのか?」などの質問が出ました。
それに対して矢野さんは、村民へのヒアリングを実施していた際、ある女性から震災以前の暮らしが果たして本当に幸せだったと言えるかわからない、という本音に触れたエピソードを踏まえ、「この場所なら私自身も暮らしたい、と思える場をつくることが大事だと思った」と語りました。また、「飯舘村は、どんどん変化していて、いま必要な要素がもしかしたら来年にはいらなくなることも。だから、常に可変し続ける場なんですね。『つながりを再生する秘密基地』と位置付けている理由も、図図倉庫(ズットソーコ)という名前も、家具なども移動式にしているので空間の隅に寄せれば倉庫に戻るという意味もあるんです」と矢野さんは語ります。その答えからも、環境の変化に柔軟に応答しながら活動しようとする姿勢が伝わってくるものでした。

矢野さんの取り組みや視点に共通しているのは、人の持つ知的好奇心や探究心を信じて「自分なりにやっていく」ということ。「自分のアートプロジェクト」の企画構想を進める受講生にとっても、改めて「自分なりにやる」とはどういうことなのかを考えるヒントが詰まった時間でした。

阿部航太さん(デザイナー/文化人類学専攻/一般社団法人パンタナル代表)

12月22日(日)は、デザイナーの阿部航太さんをゲストにお迎えしました。阿部さんは現在、高知県土佐市在住。日本で技能実習生として生活する外国人と地域住民との交流づくりを目指す「わくせいプロジェクト in 土佐市」を展開するほか、東京アートポイント計画の共催事業であり、海外に(も)ルーツをもつ人々とともに映像制作を中心としたワークショップを行うプロジェクト「KINOミーティング」を運営しています。阿部さんの肩書きには「文化人類学専攻」の単語が。一見、「デザイナー」との関連性がよくわからないようにも思えますが、お話しを伺ううち、阿部さんの現在に至るまで道のりと指標となる考え方に深く結びついていることがわかってきました。

埼玉県の新興住宅地で育った阿部さん。イギリスの美大に進学後、日本でグラフィックデザインの仕事に携わりました。大阪で太陽の塔(岡本太郎作)の先に建つショッピングモールのデザインを担当したときに、土地の文脈から離れ、商業的なデザインのみを追求する姿勢に疑問を覚えたことをきっかけに、独立。当時出会った、鈴木裕之『恋する文化人類学者 結婚を通して異文化を理解する』(世界思想社、2015)を通し、文化人類学の視点に惹かれ、縁あってブラジルに向かいました。

文化人類学の魅力は「自分が一生触れられない考え方・別の見方があって、いまよりもっと自由に生きられると感じるところ」だという阿部さん。その阿部さんがブラジルで衝撃を受けたのが、まちなかの壁面に描かれたグラフィティでした。現地で心惹かれた瞬間にアクションカメラで撮りためたグラフィティの魅力をどうにか誰かに伝えたいと、グラフィティアーティストへのインタビューや街の風景を含めた漫画を制作し、リソグラフで印刷した本を制作し出版。さらには帰国後、漫画ではこの面白さを伝えきれていないと考え、撮りためた映像をもとに映画を制作。また、4万字にもわたる映画パンフレットを自ら取材・制作しました。アーティストがグラフィティをまちなかに置いていく行為を公共空間をデザインする行為として捉えること、そしてその構造をビジュアルコミュニケーションを用いて伝えることを通して、“デザインの文脈で文化人類学をする”ことを考えていったのだそう。

グラフィティアーティストへの取材や多様な人々が行き交うブラジルの都市で生活するなかで生まれたのが、「​​どうしたら自分とは異なるバックグラウンドの人と関わっていけるのか?」という疑問でした。ここを起点に阿部さんの活動は、「KINOミーティング」や「わくせいプロジェクト in 土佐市」へと展開していきます。

「KINOミーティング」は、“海外に(も)ルーツをもつ人たち”を対象に、映像制作のワークショップを展開するアートプロジェクト。阿部さんはプロデュースと企画運営を担当しています。異なるルーツをもつ参加者たちがグループを組み、写真や映像、音声を用いて自分たちのルーツを辿っていきます。撮影など参加者の役割を固定せず、ローテーションさせていくことでプロジェクトとしてのバランスを保っているそうです。KINOミーティングは、公開されているアーカイブも豊富。あとから振り返る作業ができる大切さを考え、「誰が書いたか、誰がどう見たか」を意識して記録に残しています。

「わくせいプロジェクト in 土佐市」は、阿部さんが高知県土佐市に地域おこし協力隊として移住しスタートさせました。技能実習生と地域をつなぐこのプロジェクトは、10年計画の想定。あいさつからはじまって、少しずつ距離を縮められる「場」をつくっています。スパイスやハーブなど多国籍食材を扱うスーパーマーケットを入り口に、イベントやワークショップもできるコミュニティスペース、地域の中高生・大学生を対象としたデザインの学校など、多機能スペースとして運営をはじめました。2025年度からは、地域おこし協力隊としての任務は期限を迎え、いよいよフリーランスとしての取り組みがスタートします。

今年度の受講生のなかには、地域おこし協力隊として演劇の手法を用いたアートプロジェクトを構想する方や、翻訳やまちに住む日本語を母語としない方、海外にルーツをもつ方とのアートプロジェクトに興味をもつ方など、阿部さんの活動と興味範囲が重なる方もいて、どのように地縁のない地域に入り込むか、日本に住む外国人とどのように知り合えば良いのかなどの質問があがりました。まずは既にあるコミュニティやイベントなどに足を運んで、気軽な気持ちで出会ってみること、属性やリサーチで得た知識よりも、その人、個人に出会うという意識を大事にすること、そして何よりも「自分がおもしろい」と思ってはじめた、その原点を忘れないこと。阿部さんの答えは、演習のなかで繰り返し問われる「なぜ自分がそれをやりたいと思うのか」にも通じるものでした。

撮影:齋藤彰英

>>2024レポート③ 自分のアートプロジェクトに向き合う態度

2024レポート① 対話を通して自分の問いを見つける

演習「自分のアートプロジェクトをつくる」は、これからの時代に応答するアートプロジェクトのかたちを考えるシリーズ「新たな航路を切り開く」の一環として開催している、ゼミ形式の演習です。ナビゲーターはP3 art and environment統括ディレクターの芹沢高志さん。アートプロジェクトを立ち上げたい方やディレクションに関心のある方を対象としています。

2024年度は10月初旬から翌年2月初旬までの約4ヶ月にわたって行いました。
この演習の様子を、3つの記事でレポートします。

演習「自分のアートプロジェクトをつくる」は、興味や問い、向き合うテーマなど、一人ひとり異なる背景を持つ人々が出会い、対話を通して自分自身の考えや視点に気づき、あらためてその考えや問いを軸に「自分のアートプロジェクト」の企画構想に取り組むプログラムです。対面講座でのディスカッションや受講生それぞれの発表に加え、講座以外の場としてオンラインツールを活用したコミュニケーションの場を設けています。
受講生は、他の受講生やナビゲーター、マネージャーとの対話や意見交換を通して、「自分の考えるアートとは何か」「なぜ、いまこの企画に取り組むのか」「アートプロジェクトを通して何を実現したいのか」といった、自らの問いを深めていきます。

演習は、全8回の対面講座(うち、最終回は2日連続で開催)で、ナビゲーターによる講義のほか、ディスカッション回や中間発表回があり、その間に3回のゲスト回を挟む構成です。今年度のゲストは、梅田哲也さん(アーティスト)、矢野淳さん(株式会社MARBLiNG代表)、阿部航太さん(デザイナー/文化人類学専攻/一般社団法人パンタナル代表)の3名。ゲスト回では、それぞれのゲストの経験を手がかりに、受講生はさまざまな視点からアートやアートプロジェクトの実践のあり方について考えていきます。さらに、各ゲストが、いまこの時代をどのように捉え、何をどのように表現しようとしているのかを知る回となっています。これらの講座を通じて、受講生は自分のなかにある問いを発見し、あらためて向き合っていきます。

受講生同士、初めての顔合わせ

2024年10月6日(日)、今年度最初の演習がスタート。例年通り、初回はナビゲーターの芹沢さんから、この演習の目的や内容について説明し、その後、受講生たちの自己紹介を行いました。なぜこの演習に参加したのか、現段階で構想している企画やアイデアについて共有しながら、一人ひとりの興味関心を軸に自己紹介が展開されました。

今年度の受講生もとてもバラエティ豊かな方々でした。海洋環境に興味を持ち、海と人の関わりをテーマに創作活動を進めている方、喪失体験や悲しみをテーマに表現活動を模索している方、日本の伝統音楽や民謡の作曲のデータベース化に取り組もうとされている方など、非常に具体的なテーマを設定し、実際に企画を始動している方もいました。

また、福祉事業に携わっている方やアーティストとして活動している方は、それぞれの活動のなかで、あらためて自分自身の取り組みを見直しながら、次の取り組みの一歩を探っている方も。さらに、映画制作や展覧会企画などさまざまな実践を積み重ねている高校生の受講も。

このように世代も興味関心も幅広く、それぞれバックグラウンドが異なる受講生たち。一人ひとりの自己紹介には、アートに対する可能性や期待、そして、まだかたちの見えないことに向き合おうとする際のドキドキと戸惑いの気持ちが滲んでいました。だからこそ、この演習を通して「きっかけを掴みたい」「何ができるのか、何をしたいのか考えたい」という受講生の強い想いが伝わってきました。

日々の習慣から企画の問いが見つかる

10月19日(土)第2回の演習では、ナビゲーターの芹沢さんより、まずは自身のアーティストとの出会いやP3 art and environment設立の経緯、これまで20年以上に渡り手がけられてきた国内の芸術祭について具体的な事例を交えて紹介されました。

また、1927年にホワイトキューブの概念が生まれ、その後、ランドアートやハプニング、リレーショナルアートなど、アーティストの表現活動の場がストリートへと展開し、現在のアートプロジェクトにもつながっていく系譜についても解説。さらに、「アートはよくわからない」という言説にも触れ「アートは誰にとっても『わからない』という特質を持っていること、アートの前では、わたしたちは常に平等である」という視点が共有されました。

その後、森司(アーツカウンシル東京 東京アートポイント計画ディレクター)による企画構想のためのグループワークが行われました。ワークでは、「アートプロジェクトを企画構想するにあたって、自分の企画のなかで最も大事にしたいのは何か?」という問いかけからはじまり、「その場で、明日にでもすぐできる小さなプロジェクトを考えてみよう」「そのプロジェクトを実現させるために必要な技術と習慣を考えてみよう」といった、企画を考える前段の準備運動のようなワークが展開されました。

アートプロジェクトをつくる、企画を考えると言うと、アーティストをはじめ、さまざまな人がかかわる規模の大きな企画をつい想定しがちですが、「自分の」アートプロジェクトを考える場合、もっと身近なところからはじめてもよいのか、と気づきを得た受講生のみなさん。とはいえ、「自分の」アートプロジェクトとなると、はてさて何からはじめたらいいのかわからなくなってしまう人も多いでしょう。

森は、アートプロジェクトをつくるためには、「習慣と技術」が要になってくると言います。「アートやアートプロジェクトには、こうすれば正解だというルールがありません。自由すぎてわからなくなってしまう。だからこそ、自分にとっての羅針盤が必要です。それが自分自身の習慣と技術です」。繰り返し、繰り返し習慣化されているものがあるからこそ、日常のなかで不意に出会う違和感や機微にハッと気づいたりする。それが企画の出発点である「問い」になっていきます。また、自分が惹かれるアートプロジェクトを見つけた時は、どこが良いと感じるのか、それはどういった方法(技術)で行われているのかを分析し、学び続けることが大切です。

「みなさんが、これから取り組む演習は、自分がやりたいことをやるための『準備』。そして実は、その準備自体がアートプロジェクトとして成り立っていく可能性もあるんですよ」と森は言います。アートプロジェクトのイメージや規模について、受講生も意識をほぐされた時間となったようで、その後も活気のあるディスカッションが各グループで行われていました。
受講生同士で対話し、ゲストやナビゲーターたちとも議論を深めながら、自分のアートプロジェクトのかたちを探る演習は、こうしてスタートしました。

>>2024レポート② 3人のゲストの実践の風景

Artpoint Radio 東京を歩く

わたしたちの暮らすまちには、数多くの「拠点」があります。そこは日常的に人々が集う場になっていたり、展覧会を企画していたり、アトリエや倉庫として活用したりと、さまざまな姿を見せています。そして、そうした数多くの拠点には、その運営者たちの社会への眼差しが映し出されているのではないでしょうか。

本企画では、都内に設立された拠点をめぐりながら、その運営メンバーにインタビューを実施し、その様子をラジオとレポート記事の2つの形式で公開します。拠点の運営に関わるひとびとの言葉から、東京の現在の姿をともに考えます。

レポート(全8回)

  1. 第1回:OGU MAG+(齊藤英子さん)
  2. 第2回:亀戸アートセンター(石部巧さん、石部奈々美さん)
  3. 第3回:Hand Saw Press(安藤僚子さん)
  4. 第4回:STUDIO322(赤羽佑樹さん、いしかわみちこさん、佐久間茜さん)
  5. 第5回:東葛西1-11-6 A倉庫(髙橋義明さん)
  6. 第6回:コウシンキョク-交新局(平山匠さん)
  7. 第7回:水性(前澤秀登さん)
  8. 第8回:WALLA(大石一貴さん、大野陽生さん、前田春日美さん、吉野俊太郎さん)

ラジオ(全8回)

第5回:わたしたちの“ウェブアクセシビリティ”は広がり続ける | わたしたちの“ウェブアクセシビリティ”を考える

このレポートでは、複雑で多様化する現代のユーザー環境と、ウェブサイト制作のプロセスを見つめ直しながら、ウェブアクセシビリティの“いま”を捉え直します。

全5回を通じて、ウェブサイトづくりのこれからや、わたしたち一人ひとりができることを探ります。

  1. 第1回:ウェブサイトのユーザーに出会う
  2. 第2回:ウェブアクセシビリティの現状を整理する
  3. 第3回:ウェブアクセシビリティ向上に取り組む
  4. 第4回:ユーザーが多様であるという気づき
  5. (この記事) 第5回:わたしたちの“ウェブアクセシビリティ”は広がり続ける

最終回では、これまでを振り返りながら、ウェブアクセシビリティについて、わたし自身がいま感じていること、そして、これからさらに深く考えたいことをご紹介しつつ、それぞれの視点について自分なりにもう一歩踏み込んでみたいと思います。

マルチバーサルの時代(かも)

イラスト。奥と手前に2つの木があり、たくさんの人がそれぞれ木の実を取りに来ている。奥の木には『contents』と書かれた大きな林檎が1つだけあり、3人がそれにかじりついている。手前の木には、小さくさまざまな形の林檎が実っており、3人がそれぞれ収穫している。そのうちの一人は車椅子に乗り、もう一人はメガネをかけている。

「ユニバーサルデザイン」はもともと建築の分野から生まれた概念で、アメリカの建築家ロナルド・メイスが提唱しました。誰にでも使いやすい、普遍的なデザインを目指すもので、物理的な空間や素材を扱う建築分野において、「どうすればすべての人にとって使いやすく、開かれたものにできるか」という課題から導き出された考え方だといえます。

これはウェブアクセシビリティにもつながる重要な視点です。しかし、情報空間では「すべての人にできるだけ共通するものを提供する」だけでなく、ユーザーごとにカスタマイズすることが可能です。たとえば、ウェブサイトの画面においても言語は好きなように翻訳できますし、色はユーザーの設定に応じて変更できます。文字サイズやレイアウトも、好みの環境に合わせて最適化することができます。

ウェブサイトのスクリーンショット。中央に『DOCUMENTA FIFTEEN』の文字と日付が表示されている。上部にはメニューがあり、『Easy Read』『IS』『Contrast』『Simple Design』などの選択肢が並んでいる。
ドクメンタ15のウェブサイトのトップページ、Easy Read、手話、シンプルデザインなど、ユーザーが選択できる表示オプションが用意されている。DOCUMENTA FIFTEEN(2022)、DOCUMENTA、https://documenta-fifteen.de/en/

こうした考え方を取り入れた例として、ウェブデザインの世界でも新しい取り組みが出てきています。たとえば、ドイツの芸術祭「ドクメンタ15」のウェブサイトは、通常版とは別に、シンプルな英語で読みやすさを重視した「シンプルデザイン版」など、いくつかのオプションを提供しています。また、「国立アートリサーチセンター」のウェブサイトでは、「文字色・背景色変更機能のご紹介」というページで、ユーザーが自分の環境に合わせて閲覧設定を最適化するためのヒントを提示しています。これらは「ユニバーサルデザイン」を目指しつつも、ユーザーが自分の好みや環境に合わせて表示を調整できる柔軟性を取り入れた事例だといえるでしょう。

個別最適化の流れが強まる中で、ウェブアクセシビリティはデザイナーやエンジニアだけの課題ではなく、クライアント、ブラウザ開発者、OSやハードウェアのメーカーなど、情報環境をつくるすべての関係者が考え、連携していくものになっていくのかもしれません。

AIによる情報変換の可能性

ウェブサイトのスクリーンショット。大見出しに「GTP-4.5が登場」とある記事の詳細ページ。
記事本文の上に、「記事を音声で聴く 9:53」とかかれたボタンとプレイヤーのユーザーインターフェイスが設置されている
Open AI のウェブサイトでは記事を音声とテキストで提供している。Open AI(2025)、https://openai.com/ja-JP/index/introducing-gpt-4-5/

さらに、近年のAI技術の発展によって、情報の届け方も変わりつつあります。たとえば、ChatGPTの開発を行うOpenAI社のウェブサイトでは、記事の内容をテキストだけでなく、生成音声でも提供しています。このように、情報を「固定のフォーマットで一律に提示する」のではなく、ユーザーが「必要に応じて適切な形でアクセスできる」仕組みが整いつつあるのです。音声、文字、画像、映像といった情報がAIによって自在に変換され、より多様な方法でアクセスできる未来が、すでに現実になりつつあります。

これは、ウェブデザインにおけるアクセシビリティ向上という枠を超えた話かもしれません。しかし、情報が多様な形に変換できる時代において、私たちは「ひとつの完成されたデザインを提供する」だけではなく、「環境やニーズに応じた柔軟な選択肢をデザインする」ことを考えるべきなのかもしれません。マルチバーサルという概念は、そうした時代の変化に対応する、新しいデザインの方向性として提案できるのではないでしょうか。

アクセスしやすさだけでは楽しさに行きつかない(かも)

正直にいえば、ウェブアクセシビリティについて考えれば考えるほど、どうしたらいいのかわからなくなることが増えます。小さな組織で取り組み続けることに限界も感じています。

さまざまな身体感覚を持つ人たちがさまざまな環境でウェブサイトを利用しています。実際にお話を聞いてみると、それぞれに複雑な経験や人生や想いがあり、「アクセスしづらい」と感じる背景もさまざまだということがわかります。そうした人の存在を知り、できる限り一緒によいウェブサイトを目指したいと思う一方で、すべてのユーザーを想定し、向き合いながら情報発信を継続することの難しさも痛感しています。

だからこそ、100点を目指そうとすると、どこまでも課題が広がり、沼にハマってしまう。一つのデザインですべてを解決しようとするのではなく、ときには「ポジティブなあきらめ」も必要なのかもしれません。

これまでに紹介してきたプロセスを踏めば、「アクセスしやすい状況」はある程度達成できるはずです。しかし、その先にある「楽しくて、満足できる状況」は、どうすれば実現できるのでしょうか。そのためには、それぞれのユーザー環境に応じた体験設計が不可欠ではないかと考えています。

ウェブアクセシビリティの専門家の伊敷さんは「スクリーンリーダーでアクセスしやすいサイトはあるけれど、楽しいと感じるサイトには、まだ出会ったことがない」と話していました。また、ある弱視のスクリーンリーダーユーザーは「(本を読むなら)機械音声の読み上げよりも、人間の声による朗読のほうが好き」と言います。

こうした言葉を聞くと、「情報にアクセスできること」と「その情報を楽しめること」は別の話なのだと、改めて気づかされます。目で見るユーザーと同じ情報を、スクリーンリーダーを通じて音声で得られるようにすることは大切です。しかし、それだけでは「楽しい」と感じるには至らないのかもしれません。

では、どのような視点があれば、より満足できる体験につながるのでしょうか。ここで、ヒントになりそうな事例とエピソードをご紹介します。

1. オーディオ(音で)で楽しむゲーム

オーディオゲームセンター」という「音」を活用したゲームの可能性を広げる取り組みがあります。この展示会でわたしが体験したのは、車のエンジン音などの効果音と実況ナレーションを聞きながらハンドルを操作して順位を競うレーシングゲームです。それは普段は視覚から多くの情報を得ているわたしにとっても新鮮で、楽しい体験でした。

オーディオゲームセンターの展示会や取り組みを紹介 。CCBT(2025年)、視オーディオディスクリプション版 オーディオゲームセンター + CCBT|ショーケース・プログラム [動画]、 YouTube

これは音からゲームをつくる「オーディオゲーム」に特化したからこそ実現できた表現です。こうしたアプローチをウェブ制作に活かすにはどうすればいいのか、まだ明確な答えを持っているわけではありませんが、自分なりに考え続け、さまざまな人とともに探求していきたいと思います。

2. CUI(キャラクタユーザインターフェース)

:黒い画面に白い英字がたくさん書かれている。ところどころに緑や青の文字で『grep』などのコンピューターへの指示を出すコマンドが打たれている。
CUIは「文字」で構成されるインターフェース、いまも多くのエンジニアがコマンドプロンプトやターミナルとして利用している。Emx(2006)、File:Bash screenshot.png、Wikimedia Commons、https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Bash_screenshot.png

スクリーンリーダーに向けたデザインを考える上で、ヒントになりそうなエピソードがあります。視覚に障害があり、普段はスクリーンリーダーを利用する方々と話していたとき、昔のコンピューター環境の話題になり、スクリーンリーダーの変遷について教えてもらいました。

スクリーンリーダーの歴史は意外と古く、1980年代には国産のスクリーンリーダー「BRPC」が存在していました。当時のコンピューターは「Windows」以前の時代であり、画面にはアイコンやボタンがなく、文字だけで操作する「CUI(キャラクタユーザインターフェース)」が主流でした。マウスを世に広めたのはMacだと言われていますが、当時普及していた「MS-DOS(エムエスドス)」などのOS(オペレーティングシステム)では、キーボードを使って文字のみで操作するスタイルが一般的でした。

1990年代に入ると、WindowsやmacOSの普及によって、コンピューターの操作は「GUI(グラフィカルユーザインターフェース)」というマウスやタッチパネルなど視覚的に操作できるシステムが主流になっていきます。それまでのCUI環境が、視覚的な2次元空間へと変化したことで、スクリーンリーダーにも大きな転換期が訪れました。1995年には「95Reader」、1998年には「PC-Talker」がリリースされ、GUI環境でも音声による操作が可能になったといいます。

当時を振り返る中で「MS-DOSが主流だったときには、コマンドを覚えれば視覚障害があってもワープロ機能を使ったり、PCの操作ができた」という話を聞きました。現在のGUI環境では、画面上の情報量が増え、マウスによる操作が求められる場面も多くなりましたが、CUIはテキストベースである分、構造がシンプルで、コマンドさえ習得すれば一定の操作が可能になるという側面があったのです。

実は現在でもエンジニアの多くがCUIでコンピューターを操作することからもわかるように、CUI独自の操作性や機能的な魅力があります。ウェブデザインにおいて、CUI的な「シンプルで直感的な操作性」を取り入れる可能性については、まだ十分に模索されていないのかもしれません。スクリーンリーダーユーザーのお話を聞く中で、GUIとは異なるコンピューターの使い方にもこれからのアクセシビリティと表現のヒントが隠れているのかも、と感じました。

「目安箱」なら始めやすい(かも)

イラスト。ブラウザの枠が窓に見立てられている。その窓を挟み、駅の窓口のような穴の空いたガラス越しに2人が会話している。手前の人物は身振り手振りで話し、内側の人物は『I see』と言っている。どちらも若干焦った様子をしている。窓ガラスの手前右端にオレンジ色の「SUGGESTION BOX」という文字の書かれた意見箱がおいてある。

これまで、多様なユーザーの声を制作に取り入れることの重要性を考えてきました。それと同時に、そういった制作フローを確立することの難しさについても触れてきました。

実際のユーザーの声を聞く手立てとして、「ご意見・ご要望」や「アンケート」「お問い合わせ」などを収集するフォームを活用するのはどうでしょうか?

多くのウェブサイトにはすでに「お問い合わせ」ページが設けられていると思います。お問い合わせフォームはユーザーが困ったこと、聞きたいことを情報発信側に伝えるシンプルな手段です。そこで、お問い合わせに限らず、アンケートフォームや、ご意見・ご要望を集める「目安箱」のような仕組みを整えるだけでも、ウェブサイトはすこしひらかれたものになるはずです。今回のプロジェクトを進めるなかでも、「お問い合わせ」に関する対応について、ユーザーから興味深い話をいくつか伺いました。

エピソード1:スクリーンリーダーユーザー用にCAPTCHAを無効化する金融機関

スクリーンリーダーを使う視覚に障害のあるユーザーが、ウェブサービスにログインするときに起こった困りごとについての話です。

とある金融機関のウェブサイトでは、マイページにログインするときのセキュリティ対策としてCAPTCHA(スパム対策のために人間とロボットを判別する仕組み)が設置されていました。

CAPTCHAは「車」や「信号機」などが写っている画像を選択するような視覚に依存した形式が多く、意図的にユーザーにわかりづらい選択を迫るように設計されているため、アクセシビリティの観点ではしばしば課題に挙がります。その金融機関のサイトでは音声版のCAPTCHAも提供されていましたが、パソコンが読み上げる英語のスペルを即座に正確に認識し、入力する必要があり、そのユーザーは認証に失敗してログインできなくなってしまったといいます。

行き詰まって問い合わせ窓口に連絡すると、担当者の方がそのユーザーのアカウントに対してCAPTCHAを無効化する対応をとってくれたそうです。このように、ユーザーの状況を把握したうえで柔軟な対応があると、アクセスしづらいと感じているユーザーにとっての精神的な負担は大きく軽減されます。

エピソード2:問い合わせすらできないオンライン配信サイト

お笑いライブを見ることが趣味だというスクリーンリーダーユーザーの方からは、ある大手のチケット販売兼イベント配信サービスのウェブサイトでの困りごとを聞きました。事前にチケットを購入し、いざ配信を視聴しようとウェブページをひらいたところ、配信ページがスクリーンリーダーに対応しておらず、操作ができなかったといいます。

そこでサポートを求めようと問い合わせのページを探しましたが、窓口となる情報が一切見つけられなかったそうです。その結果、チケットを持っていたにもかかわらず、視聴を諦めるしかありませんでした。

エピソード3:「問い合わせ」への制作者側の期待

わたしの友人でもあるウェブデザイナーの方は、ウェブアクセシビリティの向上に取り組みたいと考えていたものの、クライアントにそれを優先事項として理解してもらえず、もやもやとした気持ちでいました。

残念ながら、現実にはアクセシビリティの向上が企業にとって直接的な利益にならないと考えられ、ほかの課題と比べて優先度が上がらず、予算化や実行に至らないケースがあります。

実施されたとしても、WCAGなどの規格準拠のスコアを高めることが目的化し、一部のページや機能を意図的に診断対象から除外するなど、課題を感じながらも形式的な対応にとどまることがあります。また、多様性に触れるブランディングの一環としてアクセシビリティが捉えられることも少なくありません。もちろん、それでも一歩前進していることには違いありませんが、本来の目的を見失い、手段が優先されてしまっているともいえます。

そこで、彼が期待を寄せていたのが「ユーザーからの問い合わせ」です。「この機能を使ってウェブサイトを操作できると嬉しい」「こうすると、わたしの環境でもアクセスがしやすくなる」といった声が企業に直接届くことで、ウェブアクセシビリティを向上することの大切さを企業担当者が実感する機会が増え、対応の優先度が上がるかもしれない。と、期待を話してくれました。

もちろん、本来であれば企業側が主体となって取り組むべき課題ですが、現実には、企業内でも情報発信に関するさまざまな課題が存在します。アクセシビリティの向上に向けた社内調整が難しく、動きづらさを感じている担当者もいるかもしれません。そうした場合、具体的な「お問い合わせ」が最後の一押しとなり、制作の現場でも期待されているのです。

接点をつくりフィードバックを得る

以上のエピソードからも、「お問い合わせ」が、クライアントはもちろんウェブサイトを制作するチーム全体側と多様なユーザーをつなぐ重要な接点になり得ることがわかります。一方で、昨今では「カスタマーハラスメント(カスハラ)」という言葉が広がっているように、顧客と企業(ウェブサイトの窓口)が直接やり取りをすることに抵抗を感じることもあれば、お互いにとって少なからぬ負担になる場面もあるでしょう。

たとえばその負担を減らすためには、ウェブアクセシビリティについてのアンケートフォームを常設するなど、直接的なやりとりではなく、まずはユーザーの意見を集めて現状を確認することから検討してもいいでしょう。段取りや工夫次第で、ユーザー(顧客)の気持ちを運営側(企業)が知る機会を少ない負荷で増やすことができるのではないでしょうか。

こうした「目安箱」や「アンケートフォーム」は、現在運用中のウェブサイトであっても比較的気軽にユーザーとの接点を持つことにつながり、ウェブアクセシビリティの向上について考え合う機会になるでしょう。

ユーザーにはそれぞれの生活や文化がある

 さまざまな障害のある方に話を聞くと、ウェブサイトの利用方法は実に多様でした。地域情報を調べる、生協のネット通販を利用する、乗換案内で交通情報を調べる、YouTubeで動画をみる、ライブ配信を視聴する——それぞれの目的や習慣に応じて、さまざまな人がさまざまな方法で活用しています。当事者団体を通じて仲間と最新情報を共有できる状況の方もいれば、そうしたつながりが見つからず、インターネット上で同じような境遇の仲間やコミュニティを探している人もいます。

今回お話を聞いた視覚障害のある方のなかには、読書が趣味という方が多くいました。点字の本、墨字(印刷された文字)の本、DAISY(デイジー)(注1)と呼ばれる音声朗読の本など、それぞれ自分に合う方法で読書を楽しんでいました。

話を聞くうちに、「ユーザー」ではなく「○○さん」として具体的な姿が見えてきます。かれらの存在や考えを知ることで、「この人たちと一緒にアクセシビリティを考えてみたい」と思うようになりました。

ウェブサイトをつくるとき、画面の向こうの人の姿を思い浮かべるのは簡単ではありません。アクセス数やコンバージョン率といったデータの中で、「ユーザー」という言葉にまとめられた存在が、一人ひとりの生活や文化を持つ実在の人であることを、つい忘れてしまいがちです。

わたしはまだまだ、その方々のことや、かれらの属する文化的な背景を十分に理解しているとは言えません。それでも、知らないままにウェブサイトをつくらなければならない状況があるからこそ、自分たちの作り出すコード(デザインやプログラムなどの仕組み)がどのような人に届いているのかを知りたいと感じます。

「ユーザー」という抽象的な概念ではなく、「○○さん」として具体的に思い浮かべながら、かれらならどう考えるか、どう感じるかを想像し、これからのウェブデザインやアクセシビリティの向上に取り組みたい。それは、とても創造的な思考のプロセスだと信じています。

おわりに

イラスト。黒と白がグラデーションに混ざる雲を前に、立ち尽くす後ろ姿の人物。手前には長く影が伸びている。

全5回にわたり、ウェブアクセシビリティについて考えてきました。わたし自身、まだ整理しきれていないことも多く、経験や知識も十分ではないため、はっきりしない物言いが多かったかもしれません。それでも、ここまで読んでくださった方がいて、「ユーザー」や「ウェブアクセシビリティ」について、少しでも深く考えるきっかけになったとしたら、それはとても光栄です。

高度に情報化されていく社会の中で、ウェブサイトやアプリケーション開発の現場は年々そのプロセスが複雑化し、分業も進んでいます。その一方で、アクセシビリティの向上に全体感をもって取り組む人材が十分にいるとは言えない状況です。

デザイナー、エンジニア、編集者、クライアント、そしてユーザー。情報に関わる立場の異なるあらゆる人が、ユニバーサルにもマルチバーサルにも、さまざまなレベルで「アクセスしやすさ」を考えて取り組むことが理想です。ですが、現実には簡単なことではありません。わたしたちが、それぞれにできることをやるしかない中で、「本当に良くなっているのだろうか」「自分だけが頑張っても意味があるのか」など、全体感が見えないアクセシビリティへの取り組みには不安がつきものです。

だからといって、ただ無心に「〇〇障害の方にはこれが必要」「レベルAAに準拠するためにはこの配色」といったように、与えられた枠組みに従うだけでは、多様な環境からアクセスするユーザー一人ひとりが感じているリアリティがこぼれ落ちてしまいます。

こうした状況に悩みながら、社会全体に向き合ってウェブアクセシビリティ向上への取り組みをどう進めていけるのか。それを立ち止まって考えたいと思い、この企画を進めてきました。

このプロジェクトの実行と執筆にあたり、さまざまな環境でウェブサイトを利用する多様なユーザーの方々にお話を伺いました。日々の暮らしや個人的な感じ方のリアリティ、情報社会におけるアクセシビリティへの想いなど、つぶさに共有してくださった方々、貴重なフィードバックを寄せてくださった方々、推進役としてともに歩んでくださったチームの皆さま、ご協力いただいた関係者の皆さまに、心より感謝申し上げます。

そして、日本語・英語・パソコン・スマホ・スクリーンリーダーなど、多様な環境からこのテキストを読んでくださったユーザーのみなさま、本当にありがとうございます。

文: 萩原俊矢, イラストレーション: Maya Numata


訳注

注1

DAISY(デイジー)はDigital Accessible Information Systemを略したもの。日本語では「アクセシブルな情報システム」と訳される。印刷物を読むことが困難な方のためのデジタル録音図書の国際標準規格。

目次

このレポートは全5回でお届けしました。

  1. 第1回:ウェブサイトのユーザーに出会う
  2. 第2回:ウェブアクセシビリティの現状を整理する
  3. 第3回:ウェブアクセシビリティ向上に取り組む
  4. 第4回:ユーザーが多様であるという気づき
  5. (この記事) 第5回:わたしたちの“ウェブアクセシビリティ”は広がり続ける

第4回:ユーザーが多様であるという気づき | わたしたちの“ウェブアクセシビリティ”を考える

このレポートでは、複雑で多様化する現代のユーザー環境と、ウェブサイト制作のプロセスを見つめ直しながら、ウェブアクセシビリティの“いま”を捉え直します。

全5回を通じて、ウェブサイトづくりのこれからや、わたしたち一人ひとりができることを探ります。

  1. 第1回:ウェブサイトのユーザーに出会う
  2. 第2回:ウェブアクセシビリティの現状を整理する
  3. 第3回:ウェブアクセシビリティ向上に取り組む
  4. (この記事) 第4回:ユーザーが多様であるという気づき
  5. 第5回:わたしたちの“ウェブアクセシビリティ”は広がり続ける

ユーザーの感想は気づきをもたらす

イラスト。左上に描かれたきれいな球体の中に『DESIGN』の文字がある。球体から伸びた矢印の先に、さまざまな漫画の吹き出しに囲まれた『Design』の文字が描かれている。

これまでも述べてきたように、ウェブサイトを閲覧・操作するユーザーの多様な視点から意見をもらうことで、制作者では気づけないアクセスしにくさが浮かび上がります。特に、「一般的」とされている設計では考慮されにくい環境で利用するユーザーの感想は、貴重な気づきをもたらします。こういった方々はUX(ユーザー体験)デザインの世界において「エクストリームユーザー(注1)」と呼ばれます。

制作者がどれだけ意識的にウェブアクセシビリティを考え、工夫を凝らしてデザインしても、実際のユーザーが感じるアクセスしづらさは、つくり手の意識の外側からやってきます。よかれと思って実装した機能が、あるユーザーにとってはむしろアクセスの妨げになったり、便利だと思って加えた演出が、別のユーザーにとっては先に進めなくなる要因になってしまうことがあるのです。

制作者が多様なユーザーのアクセスのしかたを的確に想像しながらデザインできれば理想的ですが、経験を積まないとその勘所をつかむことは難しいでしょう。だからこそ、ユーザーとの接点を増やし、実際の声を聞くことが重要になります。

ここでは、わたしがこれまでに経験したユーザーによるレビューの中で、よく意見をもらうポイントを紹介します。

ポイント1:キーボード操作で開けないメニュー

「マウスカーソルを乗せたとき」にメニューが展開するようなインターフェースが、キーボードでは操作できないことがしばしば起こります。また、「Tabキー」で画面上のボタンなど操作可能な要素を選択した際に、強調表示するフォーカスリング機能が無効化されていると、いまどの要素を選択しているのかがわからず、操作ができなくなります。

これらは、実際にキーボードだけで操作してみると、すぐに気づくことができるポイントです。開発者からすると比較的手軽にアクセシビリティ向上に繋げられるポイントと言えます。

ポイント2:操作の「手応え」は大切

ユーザーがボタンをマウスカーソルでクリックしたり、タッチパネルでタップしたときに、その操作に対してインターフェースが適切な反応を示すことは、些末なようで実はとても大切なポイントです。

もし、マウスカーソルをボタンに乗せても、ボタンをクリックしても反応がないとしたら、操作している側はほんの少しだけ不安な気持ちが残ります。多くの人にとっては気にならない程度の違和感かもしれませんが、こうした小さな不安の積み重ねが漠然としたアクセスしにくさを感じさせます。

少し話はそれますが、「ストリートファイター」という格闘ゲームをご存知でしょうか?

この作品は近年、情報のアクセシビリティの観点からも注目されています。このゲームでは、プレイヤーがキャラクターを操作し、攻撃や防御をするたびに、効果音やコントローラーの振動による反応が起こるため、視覚に障害がある方でも楽しめるようです。実際に、ゲームが好きな全盲のスクリーンリーダーユーザーの方から「ストリートファイターは、攻撃や防御、一挙手一投足の動きに対して音や振動のフィードバックがあり、遊んでいてとても臨場感がある」という話を聞いたことがあります。

ウェブサイトのデザインにおいても、ユーザーの操作に対しての反応・手応えを意識的に設計することで、多様な人に、操作できている実感を生み出すことができるのです。

ポイント3:読みやすさは相対的なバランス

色のメリハリは、ウェブサイトの見やすさに大きく関わるポイントです。一般的にウェブアクセシビリティの規格では、背景色と文字色のコントラスト比は「4.5:1」以上が「レベルAA」として推奨されています。

「コントラスト比」という言葉に耳慣れない方もいるかもしれません。たとえば、白い背景に黒い文字を配置すると、最大のコントラスト比である「21:1」になります。一方で、薄いグレーの背景に濃いグレーの文字を使うと、コントラスト比が低くなり、視認性が低下して文字を判別しづらくなります。

しかし、コントラスト比の基準を満たしているからといって、必ずしもすべての人にとって読みやすいとは限りません。逆に、コントラストを強くしすぎると、別の問題が生じることもあります。たとえば、真っ白で広い面積の背景の上に黒い文字を小さく配置すると、「眩しくて読めない」と感じる人がいます。

また、色に関係なく、文字サイズが小さすぎたり、密度の高くアキが均一ではない書体では、文字が潰れて読みにくくなることがあります。

「読みやすさ」とはコントラスト比だけでなく、画面全体の明るさ、文字の大きさ、書体の種類、さらには文章の書き方など、さまざまな要素が絡み合って決まります。そのため、一概に「正解」を定義するのは難しいものなのです。

気づきを分類し「担当者」と「ゴール」を決める

こうした小さな改善を積み重ね、ウェブサイトが不便になることはまずありません。きっと多くの人にとって快適な状態に近づいていくはずです。

しかし、実際にユーザーにウェブサイトをレビューしてもらうと、そこで指摘される内容はもっと曖昧で、不確かで、感覚的です。複数の課題が混在していたり、課題なのかも漠然としていて、「それって個人の好みでは?」とツッコミをいれたくなるようなこともあるかもしれません。そうした多様で自由なコメントを前に混乱しそうになったら、まずは次のように分類してみることをおすすめします。

  • 設計関連:サイトの構造や導線など
  • デザイン関連:色やレイアウト、意匠など
  • 実装関連:操作性や挙動、技術的な不具合など
  • コンテンツ関連:情報の伝え方、文章の表現など

たとえば、このようなカテゴリーに分けて整理すると、誰が主に対応を検討すべきかが明確になります。たとえば、「文字が見にくい」というユーザーの意見に対して、「デザイナーが担当し、リンクテキストを区別しやすくするために色や装飾を見直す」といった具体的なゴールを設定できます。「課題の担当者」と「何をもって解決したといえるのか」の二つの観点を明確にすることで、チームで分担しながらアクセシビリティの向上に取り組みやすくなります。

ウェブアクセシビリティは広がり続ける

イラスト。筒の上部に『ゴール』と書かれた看板がついており、その中にはハートが積み上がったオブジェが奥にある。手前には、いくつものハートがゴロゴロと自由に積み重なり、山になっており、『ゴール』と書かれた看板が転がっている。

多様なユーザーにウェブサイトを見てもらうと、コントラスト比が低く見えにくい、スクリーンリーダーで適切に読み上げられない、一貫性のないデザインが気になって先に進もうと思えないなど、ユーザーの知覚の特性によって共通する課題があるように感じることがあります。しかし、だからといって「〇〇に障害のある人はこう見る」と決めつけてしまうと、ユーザーや環境ごとの感じ方の違いや、一人ひとり異なる繊細な感覚を見落としてしまうことにもなります。

実際のところ、色の見え方は人それぞれで、わたしが出会った人たちの中でも感じ方はさまざまでした。色覚の多様性は奥深く、一律に「これが最適な配色」と言えるものは存在しません。アクセスのしづらさは単純に「ある・ない」で分けられるものではなく、グラデーションのようにつながっています。固定された枠組みに当てはめることで分かりやすくなることもありますが、実際はもっと複雑で、一つのルールで単純に捉えられるものではないということです。

一方で、より効率的にウェブアクセシビリティの向上に取り組みたい企業や組織からは、ウェブアクセシビリティの指針や対応チェックリストを求められることも多く、わたし自身もそうした資料の作成に携わった経験があります。組織が大きくなればなるほど、ウェブサイトに関わるステークホルダーは増え、一貫して継続できる仕組みとするためにも基準となるものを明確にしたいと考えます。

たとえば、ウェブサイトを管理・運営する担当者からは「委託先の制作会社に伝えるための対応チェックリストがほしい」と言われることがあり、受託側のエンジニアやデザイナーからは「どこでも利用できるベストなメニューの実装方法を教えてほしい」と相談を受けることがあります。

たしかに、チェックリストやWCAGのような規格は、何をすべきかを明確にし、対応状況を把握する上でとても有用です。しかし、それだけでは結局ユーザーの姿がみえず実感を伴わない対応をせざるを得ません。チェックリストの背後には、一律に定義できないユーザーそれぞれの思いや感じ方があるのですが、そのグラデーションは捉えづらく、「型にはめること」と相反することでもあります。

アクセシビリティに100点満点はない

つまり、ゴールを設けられないウェブアクセシビリティに「100点満点」はありません。どれだけ工夫を重ねても、すべてのユーザーにとって完璧にアクセスしやすいデザインを実現するのは不可能です。しかし、部分的な調整を続けることは着実にアクセシビリティの向上につながります。

繰り返しになりますが、まず何から手を付けていいかと悩んだら、まずはガイドラインを参考に、実際にウェブサイトをキーボード操作だけで動かしてみる、スクリーンリーダーで読み上げを試してみるなど、いつもとは異なる環境でウェブサイトを操作してみましょう。それだけでも新たな気づきが生まれます。さらに、自分とは異なる環境でウェブサイトを利用するユーザーに直接意見を聞くことができれば、より具体的な改善のヒントが見えてくるでしょう。

チェックリストや規格の背後にある「一般的と括られてこなかったユーザー」のさまざまなウェブサイトのアクセスしづらさに気づくことで、アクセシビリティは単なるチェックリストを達成するためのものではなく、さまざまな環境に対して改善を繰り返す継続的な取り組みに発展していくのではないでしょうか。

文: 萩原俊矢, イラストレーション: Maya Numata

訳注

注1

Extreme Users、 Wikipedia (英語版)、https://en.wikipedia.org/wiki/Extreme_users (2025)

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このレポートは全5回でお届けします。

  1. 第1回:ウェブサイトのユーザーに出会う
  2. 第2回:ウェブアクセシビリティの現状を整理する
  3. 第3回:ウェブアクセシビリティ向上に取り組む
  4. (この記事) 第4回:ユーザーが多様であるという気づき
  5. 第5回:わたしたちの“ウェブアクセシビリティ”は広がり続ける

第3回:ウェブアクセシビリティ向上に取り組む | わたしたちの“ウェブアクセシビリティ”を考える

このレポートでは、複雑で多様化する現代のユーザー環境と、ウェブサイト制作のプロセスを見つめ直しながら、ウェブアクセシビリティの“いま”を捉え直します。

全5回を通じて、ウェブサイトづくりのこれからや、わたしたち一人ひとりができることを探ります。

  1. 第1回:ウェブサイトのユーザーに出会う
  2. 第2回:ウェブアクセシビリティの現状を整理する
  3. (この記事) 第3回:ウェブアクセシビリティ向上に取り組む
  4. 第4回:ユーザーが多様であるという気づき
  5. 第5回:わたしたちの“ウェブアクセシビリティ”は広がり続ける

TARLウェブサイトのリニューアルとアクセシビリティ向上のプロセス

イラスト。手前から奥へと連なる山々が広がる。それぞれの山の頂上へと続く道があり、山頂には旗が立っている。

このレポートを掲載している「Tokyo Art Research Lab(TARL)」のウェブサイトは、2022年から2023年にかけて大幅なリニューアルを行いました。わたしはTARLサイトの制作を担当しており、このプロジェクトでは、さまざまなユーザーが直感的に各コンテンツを活用できるように、導線づくりや情報の整理、ウェブアクセシビリティの向上に取り組んでいます。

TARLサイトに限らず、一般的にウェブサイト制作の流れは、次のような段階に分けられます。

  1. 企画:ウェブサイトの目的やペルソナ(主たるターゲットとなるユーザー)、コンテンツの方向性を決定する
  2. 設計:ユーザ体験やウェブサイトの構造を検討する
  3. デザイン:設計をもとに、インターフェースをデザインする
  4. 実装:デザインに基づき、システムを構築する
  5. テスト:完成したサイトを確認し、必要に応じて修正を行う
  6. 公開:ウェブサイトをリリースする
  7. 運用:ユーザーからのフィードバックやアクセス解析の結果をもとに、継続的な改善を行う

各段階の詳細については、拙著『アートプロジェクトのためのウェブサイト制作 コ・クリエイションの手引き』(2023年)で詳しく解説しています。より具体的に知りたい方は、ぜひご覧ください。

早い段階からアクセシビリティ向上に取り組む

図。上部に青いグラデーションで『アクセスしやすい』と書かれた折れ線グラフ。横軸には『企画』『設計』『デザイン』『実装』『テスト』『公開』『運用』の文字が均等に配置されている。各エリアに置かれた点は徐々に上昇し、『公開』で頂点を迎え、『運用』で少し下がる。
筆者の考える「アクセスしやすい」ウェブサイト制作のプロセス。ウェブサイト制作の早い段階からユーザーを巻き込むことでアクセシビリティを向上できる。

まず、ウェブアクセシビリティの向上を目指すには、すべての段階を多様なユーザーとともに進め、検証と実験を繰り返すことが理想です。しかし、実際の制作現場では、費用や時間、人材などに限りがあるので、そうした体制を実現することは簡単ではありません。

限られた条件下で取り組むのであれば、できるだけ早い段階で多様なユーザーの意見を可視化する機会をつくることをおすすめします。

わたしの経験上、ウェブサイト制作の早い時期に多様なユーザーに意見をもらったり、制作チームでアクセシビリティに関する意識合わせを行ったりすると、その後の各段階でアクセスしやすさを意識した制作に繋がる印象があります。

「実際に稼働するテスト段階でまとめて確認すればいいのでは?」と思う方もいるかもしれません。しかし、図にもあるとおり、実装のあとになにか根本的な課題が見つかると、その修正には膨大な時間がかかり、改善できないままリリースせざるを得ないことがあるのです。早い段階で気づくことができれば、わずかな修正でアクセシビリティを向上できることがあります。

TARLウェブサイトでの取り組み

TARLウェブサイトでは、初期段階の「3.デザイン」で、ウェブサイト全体の構成をさまざまなユーザーに見てもらい、感じたことや気になることを共有してもらうレビューの機会を設けました。その際には、伊敷さんに紹介していただいた「サニーバンク」のみなさんが協力してくださいました。レビューではさまざまな意見をいただきましたが、一例として次のような課題が明らかになりました。

レイアウトに関すること

  • ナビゲーションのデザインが分かりづらい
  • 離れた場所に配置されたボタンの存在に気づきにくい

配色に関すること

  • テキストが小さい、または色が薄くて視認性が低い
  • キーカラーの配色がビビッドでまぶしい

言葉づかいに関すること

  • 英語やカタカナを多用した文言が読みづらい
  • ボタンに書いてある文言の意味が直感的ではない

これから実装する際に気をつけること

  • 複雑なインターフェースで、キーボード操作が困難な箇所がある
  • 問い合わせフォームのエラー表示が、スクリーンリーダーで適切に通知されない可能性がある

こうした課題をデザインやプログラムをつくり込む前に発見できると、修正の手間を最小限に抑えることができます。レビューを経て、デザイン面ではウェブサイト全体のカラーパターンや、直感的に操作できないレイアウトを修正。さらには実装上の懸念点をあらかじめ洗い出すことで、次の段階に自信を持って進むことができました。

テスト段階でないと、わからないこともある

とはいえ、デザインや実装が完了した「5.テスト」の段階にならないと発見できない課題も多くあります。特に、スクリーンリーダーが読み上げる内容が、視覚的に得られる情報とどれだけ一致しているのかは、プログラミングの構造と、画像やアイコンに設定される代替テキストによるところが大きく、この段階でのチェックが欠かせません。

TARLウェブサイトでは、視覚に障害のあるスクリーンリーダーユーザー3名に実際に操作してもらい、使いやすさを確認しました。また、わたしもNVDAという無料で高性能のスクリーンリーダーを導入し、最低限の動作をチェックしています。

見た目がデザイン通りに整っていても、HTMLのコーディング(コードの記述方法)によっては、見た目の通りに読み上げられるとは限りません。そのため、実際にスクリーンリーダーで試して確認することは、ウェブアクセシビリティ向上の重要なプロセスとなります。スクリーンリーダーに初めて触れる人はショートカットキーの一覧表を見ながら、閲覧の仕方をYouTubeなどで調べるとよいでしょう。

一方で、パソコンやスマートフォンへの対応に加え、スクリーンリーダーの確認まですべてをエンジニアに求めると「大変すぎる」「負担が大きい」と言われることもあります。実際に、個々の確認や実装までには多くの手数がかかるため、制作チームでデバッグ(テストと修正の作業)の役割を分担できるように体制を考えることや、あらかじめ予算やスケジュールに余裕を持っておくことも重要です。

これまでよりも制作プロセスは複雑かつ大変になることは避けられません。しかし、多様なユーザーに見ていただく段階をつくり、さまざまな環境で確認しながら開発を行うことで、制作チームだけでは気づけなかったアクセスのしづらさが明らかになり、メンバーそれぞれが実感を伴いながらアクセシビリティ向上を進めることができます。

TARLウェブサイトのリニューアルについては、制作チームによる振り返り座談会のレポートも公開しているので、ぜひご覧ください。

ターゲットを絞っても、アクセスは開こう

図。中央が高く盛り上がった山の形をしたグラフ。中央には「ペルソナとして意識されやすいユーザー層」とある。山の裾野は左右に広がっていて両端6分の1程度の領域には「エクストリームユーザー層(想定外の使い方をする層)」とある。
ペルソナは基本的に中央に位置する人を想定し情報発信を組み立てる手法。実際のユーザー層の裾野は広く、想定外の使い方をするユーザーのことをエクストリームユーザーともいう。

ここで、さらにウェブサイト制作の初期段階にまで立ち返り、ウェブアクセシビリティ向上の要点に目を向けてみます。ウェブサイトの設計をはじめる際には、「ペルソナ」と呼ばれる架空のユーザー像を具体的に設定し、その人物に届くように情報設計を行うことがあります。ペルソナは、クライアントとチーム間で情報発信の軸がぶれないようにする「ものさし」として機能するため、設計段階では役に立つ手法といえるでしょう。

一方で、ウェブサイトの強みは「誰もが気軽にアクセスできること」です。事実として画面の向こうには多様なユーザーが存在します。

ユーザーの多様さには精神や身体の特性、年齢、ネット環境といった条件だけでなく、性格や価値観、趣味・嗜好の違いも含まれます。それぞれが異なる世界を持つことが当たり前で、美術が好きな人、ファッションが好きな人、スポーツが好きな人、読書が好きな人、そこには本来垣根はありません。SNSやウェブサイトを通じて、アートシーンの動向を追ったり、気になるブランドの新作コレクションをチェックしたり、試合結果の速報を気にかけたり、誰しもがインターネットを通じて自分の欲しい情報にアクセスしようとしています。

自分たちのウェブサイトにどんなペルソナが設定されていようとも、情報そのものは誰にでもひらかれた状態を目指すこと。

それは当たり前のことですが、ペルソナを重視していくと見落としがちなポイントです。先進的なファッションブランドのウェブサイトであれ、自治体のウェブサイトであれ、どのようなペルソナを想定しても、それがウェブアクセシビリティの検討を無視してよい理由にはなりません。

ユーザーを制作現場に招き入れるには

イラスト。もやもやとしたオレンジ色の背景の上に、ノートパソコンが描かれている。ディスプレイにはZOOM通話画面があり8人の人物が映っている。話す人、腕を組む人、考えごとをする人、カメラをオフにする人などが描かれている。

では、どうやって「ユーザーの声」を制作現場に取り入れることができるのでしょうか。

一つの方法として、専門サービスや専門家に依頼する手段があります。前述のサニーバンクのように、障害のある当事者にレビューをお願いできるサービスが、多くはありませんが存在します。こうしたサービスを活用すれば、フィードバックを得られる場を制作過程に円滑に組み込むことができるでしょう。ただし、費用や時間がかかるので、プロジェクトの企画段階で予算やスケジュールを確保しなければなりません。

そうしたリソースを確保できない、準備が間に合わない場合は、あなたの身近にいる「自分とは異なる感覚や特性・属性を持つ人」に声をかけてみるのはどうでしょう。年齢や身体感覚、言語、情報リテラシー、デザインの好みが異なる人にウェブサイトを使ってもらい、率直な意見を聞くだけでも、制作チームでは気づけなかった課題が見えてくることがあります。

あなたがディレクターやエンジニアだとすれば、クライアント側にもユーザーを巻き込むことの重要性を理解してもらうことが必要です。実装やデザインの領域でアクセシビリティを向上しても、クライアントから提供される文章やバナー画像、PDFファイルがそもそもアクセスしづらい、ということもあるからです。

ただし、ユーザーからのフィードバックをクライアントや制作者が直接受けることは、精神的な負担が大きい場合もあるので注意が必要です。制作者へのリスペクトがないままに「アクセスしづらい」「こうしてほしい」と厳しい意見をぶつけられることもあれば、その逆に、制作チームが無意識のうちにユーザーへプレッシャーを与えてしまうこともあります。

同じ意見であっても、チームが共有する姿勢や、事前の心構え、場の設計によって受け止め方は大きく変わります。そのため、「前向きに発言する」「お互いを責めず、課題に感じることに対して話をする」といったグラウンドルールをチーム全体で合意し、共有しておくことが大切です。こうしたルールがあることで、制作者とユーザーが安心して率直な意見を交わし、建設的なフィードバックのやり取りがしやすくなります。

多様な視点を交えることで、ウェブサイトはより良くなる(ことが多い)

さまざまな視点から得た気づきをもとにウェブサイトのアクセスしやすさを向上させると、ほとんどの場合、より多くの方にとって理解しやすいものになっていきます。それはウェブサイトの制作者側が無意識に「このくらいは分かるだろう」と判断していた部分が浮かび上がるからです。こうした積み重ねはアクセシビリティの向上にとどまらず、ウェブサイトそのものの品質向上につながります。ただし、すべての課題がそのように解決できるわけではありません。情報を発信する側と、ウェブサイト利用者の立場が相反する場面もあります。

たとえば、スパム対策として導入されるロボットと人間を区別し認証する機能「CAPTCHA」は、不正利用を防止する一方で、視覚に障害のある方やコンピューターの操作に慣れていない方にとって大きな障壁となります。また、収益のために表示されるバナーやポップアップ広告は、閉じるボタンが非常に小さく、コンテンツにかぶさるように次々と表示され、すぐに外部サイトに誘導される罠のような仕組みでユーザー体験を大きく損ないます。こうした広告に関しては、エンジニアやデザイナーの立場からも導入を望まない声が多いにもかかわらず、運営の収益化のために入れざるを得ないケースがある、という意見が今回のリサーチの中でも多く聞かれました。

手軽に導入でき、サイトの閲覧数が収益に直結することから、近年では多くのウェブサイトが広告ツールを利用しています。しかし、そこで配信される広告の内容やバナー表示の仕組みは広告会社が管轄しており、広告を導入した側は「広告会社の仕組みを利用しているだけ」という認識を持っているのかもしれません。責任の所在が曖昧になりがちな構造の中で、広告はアクセシビリティとの共存が特に難しい要素のひとつです。簡単には解決できない、複雑な課題だと言えるでしょう。

ウェブサイトで良質なコンテンツを発信し続けるために、収益が重要になるのは当然のことです。しかし、広告が多くのユーザーにとってスムーズな閲覧を妨げる要因になっていることもまた現実です。このように、現在の複雑なネット社会には、アクセシビリティと相性のよくない構造上の障壁も存在しています。

「わかりやすさ」だけが正解ではない

もう一つ、陥りやすいこととして、ウェブアクセシビリティの向上に取り組むと、チーム全体が「わかりやすさ」を重視しすぎてしまうことがあります。デザインにとって「わかりやすいこと」がすべてではない、という視点も大切にしたいです。

デザインの世界にはさまざまな価値観があります。たとえば、建築家のルイス・サリヴァンは「形態は機能に従う」と述べ、機能性を重視する考えを示しました。また、デザイナーでありコンピューター科学者でもあるジョン・マエダは、「シンプリシティの法則」を提唱し、シンプルで直感的であることの重要性を説いています。

一方で、インダストリアルデザイナーのエットレ・ソットサスは、「デザインはたった一人のためにあれば良い」といい、個性や感情を重視しました。また、バウハウス出身の画家のジョセフ・アルバースは、色は絶対的なものではなく、相対的なものという「色彩の相互作用」の理論を打ち立て、配色に絶対(的な正解)はないと考えました。

このようにデザインの表現に一つの答えはなく、つくり手の多様な価値観が反映されることが魅力でもあります。わたし自身、まだ試行錯誤の途中ですが、斬新なインターフェースデザインであっても、アクセスしやすさを損なわずに成立させる方法があるのではないかと感じています。一つのデザインですべてを満たすのは難しいかもしれません。しかし、デジタルのデザインはユーザーの環境に応じて変化できるものだからこそ、新しい表現を活かしながらアクセシビリティを高める方法を模索していきたいと考えています。

アクセシビリティは、これまでのデザインの歴史や挑戦を否定するものではなく、デザインの可能性を広げるものでもあるはずです。「理解しやすさ」「新規性や華やかさ」、そして「アクセスしやすいこと」。これらのバランスを考える過程そのものが創造的な試みになるはずです。

新しいバランスを目指すうえで、多様なユーザーとのコラボレーションはインスピレーションをもたらし、より豊かな表現を生み出すきっかけになり得ます。アクセシビリティ向上において、わかりやすさだけが価値のすべてではないという視点を併せ持つことで、楽しみながら新たなアイデアを導き出すことができるはずです。

少しずつでも変えてみよう

今回は多様なユーザーをウェブ制作の現場に招く必要性とその効果について取り上げました。しかし現実としては、その必要性が十分に認識されて「当たり前」になるまでには、まだほど遠いという印象があります。

しかし、だからこそ、いまのチームや状況のなかでできることを模索し、多様な視点が交わるタイミングや方法を少しずつ増やしていくことが、これからの、わたしたちのウェブサイト制作の可能性を広げるために大切なのではないでしょうか。完璧なやり方にこだわらなくても、一歩ずつ試しながら、新たな気づきを得て、より開かれた制作のあり方をつくっていける時期なのかもしれません。

文: 萩原俊矢, イラストレーション: Maya Numata

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このレポートは全5回でお届けします。

  1. 第1回:ウェブサイトのユーザーに出会う
  2. 第2回:ウェブアクセシビリティの現状を整理する
  3. (この記事) 第3回:ウェブアクセシビリティ向上に取り組む
  4. 第4回:ユーザーが多様であるという気づき
  5. 第5回:わたしたちの“ウェブアクセシビリティ”は広がり続ける

第2回:ウェブアクセシビリティの現状を整理する | わたしたちの“ウェブアクセシビリティ”を考える

このレポートでは、複雑で多様化する現代のユーザー環境と、ウェブサイト制作のプロセスを見つめ直しながら、ウェブアクセシビリティの“いま”を捉え直します。

全5回を通じて、ウェブサイトづくりのこれからや、わたしたち一人ひとりができることを探ります。

  1. 第1回:ウェブサイトのユーザーに出会う
  2. (この記事) 第2回:ウェブアクセシビリティの現状を整理する
  3. 第3回:ウェブアクセシビリティ向上に取り組む
  4. 第4回:ユーザーが多様であるという気づき
  5. 第5回:わたしたちの“ウェブアクセシビリティ”は広がり続ける

ウェブアクセシビリティへの注目が高まる

イラスト。暗い舞台の上に『A11Y』の文字があり、スポットライトが当たっている。手前では劇場のカーテンが開いている。
アクセシビリティは、ウェブやエンジニアの業界ではA11Yと省略される。これは、”Accessibility”の”A”と”Y”の間に11文字があるため。

2024年4月、改正障害者差別解消法の施行により、民間企業においても合理的配慮(注1)の提供が努力義務から義務へと変更されました。これは、障害のある人たちが積み重ねてきた不断の働きかけによって実現した大きな変化である、と本で読んだことがあります(注2)。

一方で、情報を発信する側には、「具体的に何をどう進めればよいのかがわからない」という不安を抱えている方もいるのではないでしょうか。今回の施行によって、全てのウェブサイトはアクセシブルでなければならないと規制されるわけではありません。しかし、ユーザーからの「操作できない」といった問い合わせに向き合う機会も増えるでしょうし、多様なユーザーを想定したウェブサイトへの改修作業がはじまる場合もあるでしょう。

こうした状況のなか、公的機関の取り組みも活発です。内容の詳細は後述しますが、デジタル庁による「ウェブアクセシビリティ導入ガイドブック」の発表や、総務省による「みんなの公共サイト運用ガイドライン2024年版」の公開など、つくり手を支援する資料の整備が進んでいます。法改正や公的機関の働きかけが広がる現代は、情報を発信する側にとってもウェブアクセシビリティ向上への取り組みをはじめる好機といえるでしょう。

近年、ウェブサービスのプラットフォームを開発する企業、特にインターネットを介してユーザーにソフトウェアを提供するSaaS(Software as a Service)と呼ばれる領域のエンジニアやデザイナーの間でも、アクセシビリティへの関心が高まっています。多くのユーザーが同じサービスを利用する仕組みだからこそ、より多様な人がアクセスしやすい環境を整える必要があり、開発者たちはアクセシビリティに関する取り組みやノウハウをウェブ上で公開しているほか、勉強会も活発に開催しています。

法改正を機にアクセシビリティへの注目が高まると同時に、SaaSなどのITテクノロジーを活用する企業にとっては、ウェブアクセシビリティの向上が自社製品の品質向上に直結する重要な要素と認識している面もあるのかもしれません。

三角形の図。下から順に『アクセスしやすい』『利用しやすい』『安心しやすい』『満足しやすい』の順で階層構造になっている。
坂本貴史(2012)、 『Evaluation method of UX “The User Experience Honeycomb”』、 blog / bookslope、https://bookslope.jp/blog/2012/07/evaluationuxhoneycomb.html

坂本貴史(さかもと・たかし)さんが作成したユーザー体験の評価軸を示す図をご存じでしょうか。ウェブサイト制作におけるユーザー体験の評価の段階を示しており、デジタル庁のガイドブックにも掲載されています。

まず、「アクセシブル=情報にアクセスしやすい状態」が最下層となり、その上に「利用しやすい」「安心しやすい」「満足しやすい」といった評価軸が積み重なります。

「満足するユーザー体験」とは何かについては、第5回でも考えますが、それは一足飛びに達成できるものではないことが、この図からもよくわかります。つくり手としてどこを目指すにせよ、まず「あらゆる人にとってアクセスしやすい状態」が、ユーザーにとっての良質な体験の土台となることは確かでしょう。

規格やルール

イラスト。『W3C』『AA』『WCAG』『ARIA』『2.0』『JIS-8341』などの文字が書かれたブロックがごちゃごちゃに散らばっている。周囲には、はてなマークが点在している。

多様なユーザーにとってアクセシブルな環境を実現するために、制作の現場ではさまざまな規格やルールが整備されています。法律のような強制力はありませんが、国際的・専門的に検証された指針として、多くの場面で活用されているものです。ここでは、その代表的なものを紹介します。

WCAG(ウェブコンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン)

WCAG」は、ウェブアクセシビリティに関する国際的なガイドラインであり、W3C(ワールド・ワイド・ウェブ・コンソーシアム)が策定しています。達成基準には「A」「AA」「AAA」の3段階があり、たとえAであってもすべてに準拠することは簡単ではありません。多くの企業や団体では「AA準拠」を「目標とする」ことが一般的です。「目標とする」という表現は曖昧ですが、準拠することが簡単ではないことの裏返しでもあります。

2025年現在の最新版は「WCAG 2.2」で、2023年10月に正式に公開されました。日本国内でも、WCAG 2.2を基準にする動きが広がっています。

このガイドラインは、「知覚可能」「操作可能」「理解可能」「堅牢」という4つの原則に基づいていて、より多くのユーザーに適したウェブ環境を実現するための指針となっています。たとえば、次のような基準が設けられています。

  • 知覚可能
    • 文字と背景の色のコントラスト比が十分か
    • 画像や動画には代替テキストや字幕が提供されているか
  • 操作可能
    • すべての機能がキーボード操作でも利用できるか
    • ボタンやリンクが押しやすい設計になっているか
  • 理解可能
    • ナビゲーションが統一されているか
    • エラーメッセージが明確で分かりやすいか
  • 堅牢
    • スクリーンリーダーなどの支援技術と互換性があるか
    • 標準仕様に準拠した正しいコードで構築されているか

このように、デザインや実装に関することだけではなく、文書表現や全体の統一感などその範囲は多岐にわたります。このように、WCAGは、情報発信をする側にとって重要な指針ですが、内容が専門的なため、技術に明るくない人や初めて読む人は難解に感じるでしょう。実際に取り組みをはじめる際には、後述する「ウェブアクセシビリティ導入ガイドブック」と併用すると理解がしやすいです。

JIS X 8341-3:2016

JIS(日本産業規格)は日本国内向けに策定された基準で、ウェブアクセシビリティに関する規格として「JIS X 8341-3:2016(正式名称は高齢者・障害者等配慮設計指針-情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス-第3部:ウェブコンテンツ)」があります。「8341」は「やさしい」とも読めることから、「JISやさしい」と覚えると親しみやすいかもしれません。

この規格は、WCAG 2.0と内容が完全に一致しています。ただ、WCAG2.0が公開されたのは2008年で、当時はスマートフォンやタブレットの普及が現在ほど進んでおらず、モバイル対応が十分ではないという課題が指摘されていました。そのため、2025年現在ではJIS X 8341-3の改定が検討されており、最新のWCAG 2.2を基に、新たな達成基準の追加やモバイル対応の強化が予定されています。(注3)

みんなの公共サイト運用ガイドライン(総務省)

総務省が発表した、公共機関のウェブサイト向けの資料が「みんなの公共サイト運用ガイドライン」です。2024年に新しいバージョンが公開され、「JIS X 8341-3」改正の動向や、求められる取り組みの解説、公的機関による事例の紹介、関係法令や参照文書の最新版などが盛り込まれています。

このガイドラインでは、特に新しくウェブサイトをつくる際の基本的な考え方や注意点が整理されています。公共機関だけでなく、規模の大きなウェブサイトや情報提供を目的とするウェブサイトの運営者にとっても参考になる内容です。

約180ページとボリュームがありますが、ウェブ運営に関わる人は一度目を通しておくとよいでしょう。

ウェブアクセシビリティ導入ガイドブック(デジタル庁)

デジタル庁が発表した「ウェブアクセシビリティ導入ガイドブック」は、ウェブアクセシビリティの基本的な考え方や導入手順をまとめた資料です。このガイドブックは、JIS X 8341-3やWCAGに基づいていますが、専門的な用語が多いこれらとは異なり、初心者にも理解しやすいように画像や具体例を交えて解説されています。

ウェブアクセシビリティに取り組みはじめたばかりの方は、まずこの資料を読むことでスムーズに全体感が理解できるでしょう。ただし、技術の話やデザイン面での工夫、コンテンツ制作における視点まで、対象とする範囲は多岐にわたるため、自分一人ではなく情報発信を行うチーム全体で共有し、一緒に学ぶ機会を持つことをおすすめします。

APG(ARIA オーサリング・プラクティス・ガイド)

ARIAは、スクリーンリーダーやキーボード操作を利用するユーザーが、ウェブサイトをより操作しやすくするための仕様です。その具体的な実装方法をまとめたものが「APG(ARIA オーサリング・プラクティス・ガイド)」です。

一般的にウェブサイトには、ナビゲーションメニューやポップアップウィンドウ、ボタンなど、さまざまなインターフェースの要素があります。これらが技術的に適切につくられていないと、スクリーンリーダーを使うユーザーや、キーボード等で操作するユーザーにとって、使いづらいものになってしまうのです。

APGでは、そうした課題を解決するために、具体的な解説とともに汎用的に適用できる実装方法の事例集などを用いて解説しています。ウェブ開発者にとっては、実際に動くサンプルを解説付きで確認できるため、とても参考になる資料です。

ウェブアクセシビリティ向上に取り組む側の不安

以上のように、インターネット上にはウェブアクセシビリティの向上を支援するさまざまな資料が公開されています。とはいえ、初めて取り組む場合は不安もあるし、資料を読む順番もわからないし、実際にどうやってはじめればよいのかわからないかもしれません。多くのウェブサイト制作の現場では、「ウェブアクセシビリティ向上に取り組む」というときに、次のような進め方で実践しているようです。

  1. axe DevTools(注4)やLighthouse(注5)などのツールを使い、自動診断を行う。または、JIS X 8341-3:2016 や WCAG 2.2 に基づく評価・診断を専門業者に依頼する
  2. 指摘された大量の問題点(数十から数百個)の中から、なんとなく重要そうで数が多いものを修正する
  3. 専門業者が再診断し、目標とする規格への準拠具合をA、AAなどのスコアとして評価する
  4. 診断結果のスコア表とウェブアクセシビリティ方針をウェブサイトで公開する

このような進め方が間違っているとはいいませんが、あまりに数多くの問題点が指摘されるために、「なぜそれが課題となるのか」を一つひとつ十分に理解できないこともあるでしょう。またスコアを公表するにあたって、それぞれの問題の背景や事情と向き合うよりも、AAを一つでも増やせるように指摘項目をつぶす作業に尽力してしまいがちです。

そうして多様な環境やユーザーの実態がつかめないままアクセシビリティ向上を進めていると、「この対応は本当に意味があるのだろうか……?」という不安を抱えたままひたすら課題をこなす状況に制作者が陥ることがあるのです。

次回は、実際の取り組みを例に挙げ、ウェブサイトにおける「実感」をともなうアクセシビリティ向上について考えてみましょう。

文: 萩原俊矢, イラストレーション: Maya Numata

訳注

注1

合理的配慮については、次の記事がわかりやすく参考になります。

星加良司, 石村研二 (2024)、「合理的配慮」を考える:その1:「合理的」な「配慮」って何?[ウェブ記事]、 DIVERSITY IN THE ARTS TODAY、https://www.diversity-in-the-arts.jp/stories/47810

注2

松波めぐみ(2024)、「社会モデルで考える」ためのレッスンーー障害者差別解消法と合理的配慮の理解と活用のために、生活書院、50

注3

中村直樹(2024)、JIS X 8341-3の改正に関する準備──ウェブアクセシビリティ基盤委員会作業部会6、 ウェブアクセシビリティ基盤委員会、 https://waic.jp/news/ciaj-column-13/

注4

axe(アックス)は、ウェブアクセシビリティの自動テストツール。ウェブサイトがアクセシビリティ基準(WCAGなど)に適合しているかをチェックすることができます。https://www.deque.com/axe/

axe DevToolsを用いたチェック実施方法の例はfreeeアクセシビリティー・ガイドラインも参考になります。
https://a11y-guidelines.freee.co.jp/checks/examples/axe.html#check-example-axe

注5

Lighthouseは、Googleが提供するウェブページのパフォーマンスやアクセシビリティを分析できる自動テストツール。
https://developer.chrome.com/docs/lighthouse/overview/

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  1. 第1回:ウェブサイトのユーザーに出会う
  2. (この記事) 第2回:ウェブアクセシビリティの現状を整理する
  3. 第3回:ウェブアクセシビリティ向上に取り組む
  4. 第4回:ユーザーが多様であるという気づき
  5. 第5回:わたしたちの“ウェブアクセシビリティ”は広がり続ける