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「ろう者の感覚を知る、手話を体験する」レポート後編

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2024.03.21

執筆者 : 柏木ゆか

「ろう者の感覚を知る、手話を体験する」レポート後編の写真

身体をつかい手話やろう文化に触れるワークショップ「ろう者の感覚を知る、手話を体験する 2023」が、アーツカウンシル東京で実施された。同ワークショップは、10月開催のコースと11月開催の2コースがあり、それぞれ全3回を1セットとして実施された。各回ごとのテーマは「目で見て伝え合う。身体表現ワークショップ」(第1回)、「聞こえの体験とワークショップ」(第2回)、「ろう者とのコミュニケーション」(第3回)。また、第2回、第3回には、ろう者のゲスト講師を招くなど、さまざまなろう者との対話の場も設けられた。なお第3回では、10月コースと11月コースとで、それぞれ別のゲストが招かれた。

本レポートの後編では、筆者がワークショップに参加して知った「ろう者の視点や感覚」、「ろう者とのコミュニケーションにおいて大切なこと」などの気づきを、第3回のワークの体験を中心に振り返りながら紹介する。

色や形を全身で表現して伝えてみる

10月コースの第3回にはダンサー、俳優などアーティストとしても活動する南雲麻衣さんと、俳優としても活動する藤田さや夏さんがゲストに招かれた。南雲さんとは、『SHAPE IT!』というコミュニケーションゲームを体験。机の上には、色と形がそれぞれ異なるカードがたくさん並べられる。

一番右が南雲麻衣さん

南雲「これらのカードの大きさや色は全て異なります。私が動きや表情である一つのカードを表すので、どれを差しているのかみなさんで当ててみましょう」

参加者は南雲さんの指や体の動きを見ながら、カルタのように早押しで解答していく。丸や三角など形がシンプルなものはわかりやすいが、線のように特徴の少ないものや逆に形が複雑なものは、すぐさま判別するのが難しい。

今度は参加者が表現して南雲さんに当ててもらう番だ。南雲さんに伝わるまでには少し時間がかかるが、なんとか伝えようとコミュニケーションしているのがわかる。たとえば、階段状になっているカードを表す際に、参加者の一人がパントマイムのように階段を降りる動きを見せてくれた。こうした動作で表現する方法は、このワークショップがはじまったばかりの頃なら思いつかなかっただろう。ワークを体験してきた参加者のなかで、身体をつかった発想がだんだんと広がっているのを感じた。

状況を表すためにチームで協力して表現する

こうしたワークを一緒に体験してきたことで、参加者同士もだいぶ打ち解けてきた。ゲストの藤田さや夏さんとは、第2回のゲストであるマリーさん考案の「絵」をつかうワークを行った。これは、参加者の3、4人が1チームになり、風景画や抽象画がプリントされたものから1枚好きな絵を選んで、その絵から感じた音や光を各チームで協力しながら身体で表現して伝えるというものだ。

左側が藤田さや夏さん

絵を見ながら筆者が悩んでいると「温かい感じがする絵ですね」「この光が大事だと思う!」「私はこの人をやってみる!」など、参加者それぞれの意見が飛び交いはじめた。何かの答えを探すのではなく、感じたことを瞬時にまずは伝える。そして会場に用意された道具(色紙やテープなど)をつかって表現しようと身体を動かす。ワークショップ3回目にもなると、参加者は身体だけでなく、表情もとても豊かになってきたように感じた。

表現する「絵」を選んでいる様
「絵」から想起した音のイメージを表現

お題の絵を当てるのは至難の技だが、それぞれのチームの表現からは、絵を見てどう感じたのか、どのポイントが大事だと考えたのかが伝わってくる。紙テープで海の波の音を表現したり、色紙を持って移動しながら四角い形が多数描かれた抽象画を表現したりと、それぞれのチームで伝え方や表現方法を工夫していた。

次に、藤田さんが身体で表現した内容を参加者が当てる「手話ポエム」のワークを行った。

藤田「これから身体をつかって何かを表現しますので、しっかりと見て、想像してくださいね。何を表現しているか、わかった人は手をあげて教えてください」

てくてくと道を歩いている様子の藤田さん。ふと彼女の目線が頭上に移動し、空を見上げるような仕草に。すると、頭上から何かがひらひらと落ちてきた(手の平をつかってひらひらと落ちてくる様子を表現)。するとそれを拾い、手指でその何かの形を表す。次に、大きなものが目の前に立ち並んでいる様子を表現している。またてくてくと歩き出す藤田さん、途中から両手を靴に見立てて歩いていると、何かを踏んでしまい、眉間に皺を寄せながらしまったという表情になった。

答えは、銀杏の木だ。手の平が銀杏の葉になったり、銀杏の実を踏んでしまう靴になったりと、身体ひとつで目の前にその情景が広がっていくようだった。

手の平を銀杏の葉に見立ててひらひらと手を動かす
手の平で靴を表しながら、銀杏の木の下を歩いてハッと立ち止まる
あっ!靴の裏で銀杏の実を踏んじゃった!という表現

ほかにも、山の上からころころと降りてくるオコジョのお題では、藤田さんが動物に成りきって表現したり、イメージや考えが浮かばず頭のなかが混乱しているときの身体感覚を、洗濯機のなかで洗濯物が絡まっている様子を用いて表現するなど、ろう者の感覚の表現方法や伝え方の発想方法もとても興味深かった。

こうした絵をテーマにしたものや身体感覚とイメージに関するワークのほかにも、10月と11月、それぞれのコースでは「美容室」「アイドル」「水泳」などといった場所や職業、動作のお題に対して、チームで表現し、ゲストのろう者に当ててもらうワークも実施した。

チョキチョキと髪の毛を切るような動作で「美容室」を伝える
お題「東京タワーにのぼるゴリラ」を表現するチーム
ゲストと一緒に参加者もお題が何かを考える
同じ表現を見ていても異なる解答が出たりと、会場も盛り上がった

河合「みなさんの動きがなめらかになってきましたね。身体で表すときには、正しさを求める必要はありません。試行錯誤しながら伝えようとすることが大切です。そして、自分と相手との違いを受け入れることも大事。チームで取り組む場合はそれぞれが役割をもって一つずつ表すことで伝わり方も変わりますね」

ろう者にとってアイコンタクトは情報を伝えること

11月は、ろう者と聴者がともにつくる人形劇団に所属していた善岡修さんと、手話講師の須永美智子さん。この日は、ワークの説明や参加者とのやりとりも含めて手話通訳を介さずに、講師のジェスチャーや身体表現によって進行した。

左から須永美智子さん、善岡修さん

はじめに、善岡さんと須永さんからの指示で、参加者が新聞紙を破いたり、丸めたりしていく。何度か同じ指示が続き、再び参加者が新聞紙を破りはじめると、途中で善岡さんから「待って!」というジェスチャーが示された。参加者が紙を破ることに夢中になり、ゲスト二人の指示を見ていなかったのだ。

善岡「私の指示通りに破いて欲しかったのですが、私が指を止めても、みなさんは先に先にと新聞紙を破いてしまいました。指示を出す私の方を見てほしいんです。私の動きをちゃんと見て、指示を受け取ることが大切です」

何度か同じような行為を繰り返していると、次はこうかなと無意識に先回りして動いてしまう。筆者もほかの参加者と同じように、すぐに新聞紙を破いてしまった。しかし善岡さんは、自分だけの考えで動くのではなく、互いに確認し合ってから動くことが大切なのだと言う。

こうした意識や感覚の違いは、普段の生活のなかでは気づくことが難しい。思い込まずに、確認をしてから動くこと。ろう者にとってのアイコンタクトや身振りは情報を伝えるだけではなく、状況や意図をお互いに確認し合うためのものでもあるのだと実感した。

続いてのワークでは、ペアになった二人が新聞紙を広げて互いに両手で持つ。そして、ほかの参加者の一人に指示を出し、床に置かれた新聞の紙玉のなかから選んだひとつを、新聞紙の上に拾い上げてもらう。指示を出す人は両手が塞がっているため、目線や顎、顔の表情をつかってどの紙玉を拾ってほしいのかを伝えなければならない。

いざやってみると、相手がどの紙玉を指しているのかすぐにはわからない。顔や目線の先にある紙玉をいくつか手に取ってみるものの、「違う」と首を振られるばかり。どうしようと焦る筆者は、手当たり次第に「これ?」と確認してしまった。

善岡「​​みなさん、表情がとても豊かで良かったですね。伝えたい気持ちが表れていました。ですが、指示を読み取る際は相手の顔をよく見ましょう。正解の紙玉を手に持ったときはきっと表情に変化が表れるはずです。このワークでは、ろう者のコミュニケーションの特徴を体験してもらいました。このように、ろう者同士のやりとりでは手話をつかわずに目を細めたり、見開いたり、顎をつかったりと身体で何かを指し示して、『あれ取って』みたいな、ちょっとしたお願いをすることもあります。日々の動きのなかで身体をつかいこなすことも、ろう者にとってひとつの文化なんです」

相手の顔の表情、身体の動きをよく見ること。目線を合わせ、反応を示し、伝わったかどうかを確認し合うこと。こうしたろう者とのコミュニケーションの特徴や大事な視点を、これまでのワークを通して意識を向けられるようになってきた。第1回のときに河合さんが言っていた「目で聞く」という感覚もだんだんと実感している。まだまだ自分自身の身体や感覚が追いつかず、もどかしさを感じることもあるけれど、新たな気づきを得て、自分のなかに変化を感じることはわくわくするものだ。

異なる感覚を知ることからはじまること

最初は緊張していた参加者も、発見や驚きをともにして笑い合い、和気あいあいとした雰囲気のなかでワークショップは終了した。各回の終わりには講師やゲストとの対話の時間が設けられ、ワークのなかで気になったことや、ふとした疑問を確認したり、ろう者の感覚やろう文化について知識を深める時間を持つことができた。たとえば、ゲストの南雲さんは日常生活のやりとりを例にこんな話を共有していた。

南雲「実は、聴者に何かを指差しで伝えようとするだけでも、ろう者は困ることが多いです。たとえば、カフェで注文しようとしてメニューを指差しても、なぜか上手く伝わらないことがある。指差している方を見てほしいのに、視線が合わなかったり。不思議なんですよね」

南雲さんの話を聞いた参加者から「もしかしたら聴者は、言葉を重ねて説明しながら伝えようとする傾向があるのかもしれない。何かを指差して示すより、声で言葉で説明して伝えようとすることがほとんどですね」と意見があがった。

ろう者と聴者のコミュニケーションの違いやそれによるズレは、日々、身近なところで起こっているのだろう。もし、私がカフェの定員で、ろう者の方と出会ったら、どのようにコミュニケーションしようとするだろうか。きっとほかの参加者も、それぞれのなかで考えを巡らせていたはずだ。

今回のワークショップを通して、ろう者と聴者の感覚や物事の捉え方の違いがあることを、ゲストそれぞれの実体験も交えながら知ることができた。そこにあるズレに意識を向けることで、どうすればお互いに伝え合うことができるのか、その学びの入口に立てたように思う。そして、まだまだではあるものの、発話に頼らずとも身体でコミュニケーションすることができるのだという自信にもなった。

こうした経験は、聴者だけの環境ではなかなか難しい。ましてや一人ではできない。異なる言語や身体、感覚を持つ者同士が出会い、コミュニケーションするには、知識の共有だけではなく、多様な意見に触れたり、さまざまな方法で対話を試みる環境が大切だ。

ろう者の感覚を知る、手話を体験する。このワークショップに参加した一人ひとりのなかで、ワークを通して体感した気づきの種がこれから少しずつ芽吹きはじめていくだろう。それらの種はいつかどこかで、自分とは異なる他者とのコミュニケーションを一歩深めてくれるに違いない。

【開催概要】
ろう者の感覚を知る、手話を体験する
講師:河合祐三子(俳優/手話・身体表現ワークショップ講師)
手話通訳:瀬戸口裕子(全回)、伊藤妙子(第2回)、石川ありす(10月第3回)、新田彩子(11月第3回)
企画・レポート編集:嘉原妙(アートマネージャー)
運営・レポート写真:齋藤彰英(写真家)
記録:柏木ゆか(ライター)
プログラムオフィサー:櫻井駿介小山冴子(アーツカウンシル東京)

※実際のワークの流れと一部異なる順序で紹介している箇所があります。

レポート前編はこちら

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