2011年から現在までのアートプロジェクトと社会の動きを俯瞰する|「tarl.jpアートプロジェクト年表」検証ワークショップ(前編)

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2026.03.27

執筆者 : 松本ひとみ

2011年から現在までのアートプロジェクトと社会の動きを俯瞰する|「tarl.jpアートプロジェクト年表」検証ワークショップ(前編)の写真

「年表をつくる 2011年以降のアートプロジェクトを振り返る」は、「新たな航路を切り開く」の一環として進めてきた年表制作のプロジェクトです。P3 art and environment統括ディレクターの芹沢高志さんをナビゲーターに、シリーズ内の各プロジェクトで紹介した実践者たちの視点も組み込みながら、社会にひらかれ、成長を遂げるものとしてアートプロジェクト年表を制作・更新してきました。

この年表の本公開を控えた2026年1月21日、アートプロジェクトに興味を持つ学生のみなさんと「tarl.jpアートプロジェクト年表検証ワークショップ」を実施しました。ワークショップの様子を紹介しながら、年表の機能や可能性についてレポートします。

「tarl.jpアートプロジェクト年表」の検証

今回のワークショップでは、学生のみなさんに“モニター”として「tarl.jpアートプロジェクト年表」(以下、tarl年表)を使っていただき、機能性、操作性、活用アイデアなど多様なフィードバックをいただきました。

実施にあたってご協力いただいたのは、社会学者で立教大学社会学部現代文化学科教授の小泉元宏さんです。小泉さんは芸術・音楽社会学、文化研究、文化政策研究等を専門分野として、大学での授業のなかでも市民参加型のアートプロジェクトや文化実践の歴史について扱われています。

今回の年表は、これからの時代に応答するアートプロジェクトのかたちを考えるきっかけになることを目指し、作成したものです。やはりまずはアートプロジェクトに興味をもちながら、それぞれの関心を伸ばしている方に使ってみてもらいたいと、小泉さんの協力のもと、ゼミ生を中心に参加者を募集し、学生や卒業生の方々、合計9名にご参加いただきました。

本レポートの前編では、tarl年表の取り組みの背景や思想についてのレクチャーを、後半では実際にtarl年表を使ってみた上で感想や活用アイデアを話し合った様子をお伝えします。

レクチャー1:概要と制作の経緯

はじめにプログラムオフィサーの小山より、本シリーズの概要と、年表制作の経緯について紹介しました。

小山: 今回みなさんに検証していただくtarl年表は、Tokyo Art Research Lab(以下、TARL)の一環として2022年からスタートしたシリーズ「新たな航路を切り開く」のなかで制作を進めてきたものです。2025年1月にウェブサイト「tarl.jp」に実装し、その後もデータや機能を追加してきました。今回は2月後半のアップデート完了を前に、まずはみなさんに使ってみていただき、いろいろなご意見を伺えたらと思っています。

「新たな航路を切り開く」とは

「新たな航路を切り開く」は、2011年以降に生まれたアートプロジェクトと、それらを取り巻く社会状況を振り返りながら、これからの時代に応答するアートプロジェクトのかたちを考えるシリーズとしてはじまりました。アートプロジェクト実践者の語りを中心とした映像資料の制作や、ゼミナール形式の演習の実施、そしてこの、アートプロジェクトと社会を軸とした年表づくりという、大きく分けると3つのプログラムが同時に走っています。

この3つのプログラムはそれぞれ関わりあいながら存在しています。まず、2011年以降に発生したアートプロジェクトの変遷とその実践者の語りを映像で記録し、資料として残すプログラムを実施してきました。その映像は演習の中でも受講生の資料として参照されてきました。また演習では、参加者が自分のアートプロジェクトを構想する際に、自分のなかの問いや軸について考えるときの参照事例となるよう、毎年3組のゲストをお招きしてきました。tarl年表にはこうした実践者や演習のゲストの方々の活動の記録や、経緯を情報として入れ込んでいます。このシリーズでとりあげてきた、2011年以降にプロジェクトを実践してきた方の活動を集積することで、見えてくるものがあると考えています。

また、社会とアートプロジェクトとの関わりを可視化するために、ナビゲーターの芹沢高志さんの目線を軸に、2011年以降の「社会的な出来事」を選定し、掲載しています。

tarl年表の構想のはじまり

このシリーズは、アーツカウンシル東京から芹沢さんへ、年表制作のご協力を依頼するところから始まりました。それまで実施していたTARLの企画が一区切りを迎えるころ、次はどういった取り組みをすべきかを検討していたのが2020年から21年。世の中はコロナ禍で先が見えづらい状況です。そういう時だからこそ、これからの社会のことを考え、アートプロジェクトをつくっていく担い手を育成する必要があり、そのための資料が必要なのではないか、その資料のひとつとして、これからを考える人たちが参照できる年表があればと、私たちは考えました。

しかし、アートプロジェクトには規模や期間、やり方やエリアも様々なものがあり、網羅的に把握することは非常に難しい。誰かの軸を中心にして構成しないと、そもそもまとめようがないのではないか……。その際に、芹沢さんの目線を借りたいと考えたのが始まりです。芹沢さんは各地で国際芸術祭のディレクターを務める傍ら、地域をベースとするアートプロジェクトなどもつぶさに見ていらっしゃいます。また、それらの活動を俯瞰し、環境として捉える目線もお持ちだと思い、今回、芹沢さんの目線を軸にした年表づくりをお願いすることになりました。そこから、このシリーズのプログラムの構築が始まりました。

ウェブサイトでの可変的な年表へ

年表の構想を進めるなかで、これから年表をつくるのであれば、ウェブサイト上で展開する可変的な年表を作ってはどうかというアイデアがありました。そこで、さまざまなデータベースやウェブサイト制作を手掛けていらっしゃるウェブディレクターの萩原俊矢さんに入っていただき、ウェブサイトだからこその可能性についても議論しながら、検討を進めてきました。当初は単独のウェブサイトとして制作する選択肢もありましたが、TARLがこれまでに蓄積してきたアーカイブ資料と年表とが相互に結びつけば、これからのアートプロジェクトを担う方々のプラットフォームとしても充実したものになるのではと考え、「tarl.jp」の中に年表を機能として実装することにしました。それが今回の制作のあらましです。

tarl年表は、2025年1月にベータ版としてリリースした後、2011年以降という当初の期間設定からさらに遡り、30年という単位に目を向けることにしました。2022年にICOM(国際博物館会議)が博物館の定義を更新したことに象徴されるように、美術館の黎明期から、ラーニングとして街に出ていく現在までの流れを鑑み、各博物館・美術館を含む東京都歴史文化財団の動き、2011年以前のアートプロジェクトの動きを追加しました。このことで、街場の動き、美術館の動き、社会の動き、と見渡せるようになりました。

とはいえ、まだまだ目下作業中なので、今日はいろいろと触ってみて、楽しんでいただけたら嬉しいです。

レクチャー2:思考の道具のための年表

次にP3 art and environment(P3)の芹沢高志さんより、tarl年表を整備するにあたり重視した、社会状況に応答するアートプロジェクトという視点についてのレクチャーを行いました。

P3の成り立ち

芹沢:私は、もともとはアート専門ではなく、生態学的視点での土地利用計画や地域計画に関わる仕事をしていました。自分の人生が変わったのは、東長寺というお寺が開創400年記念で寺院を新築するプロジェクトでした。これに携わったことは自分にとって事故のようなもので、思いがけずアートプロジェクトに関わっていくことになりました。

かつての寺子屋のように、社会や時代にお寺が開いていくことはできないか、という住職からの依頼があったので、それに応える形で、境内の地下を掘り抜いて構堂を設計しました。ここを拠点に、同時代の芸術文化を社会に紹介していく活動をしてはどうかと提案し、「P3 Alternative Museum, Tokyo」を開設しました(1991年に「P3 art and environment」と改称)。

東長寺の新伽藍(写真:萩原美寛)
「P3 Alternative museum, Tokyo」のオープニング企画「シナジェティック・サーカス バックミンスター・フラーの直観の海」(1989年 写真:萩原美寛)

それから10年くらい経って、東長寺が地下講堂を他の事業に使うことになったため、私たちはそこを離れることになりました。この10年で、さまざまな場所を移動しながら活動していくアーティストと一緒に組むことが多く、彼らの態度に共感していたので、展示拠点は設けず、いろんな場所に出かけていくのがいいのではないかと考えました。

そして、日本における最初期の芸術祭である「とかち国際現代アート展『デメーテル』」(2002年)の総合ディレクター、「横浜トリエンナーレ2005」のキュレーター、「別府現代芸術フェスティバル『混浴温泉世界』」の総合ディレクター(2009年、2012年、2015年)、「さいたまトリエンナーレ2016」のディレクター、「さいたま国際芸術祭」のプロデューサー(2023年、2027年)などを務めていきました。

時代や社会への応答としてのアートプロジェクト

東長寺のP3がオープンしたのは1989年4月です。その後、同年の6月に天安門事件、11月にベルリンの壁崩壊という歴史的出来事が起こりました。

P3を始めてすぐ、天安門事件前後に中国の優秀なアーティストが世界に出ていく流れの中で、日本に留学してきた蔡國強と出会い、一緒に活動していくことになりました。

ある時、万里の長城の西の果てである嘉峪関に行き、導火線に火をつけて爆破させることで、万里の長城を1万メートル延長するというプロジェクトを提案されました。作家の動機としては、万里の長城は現在は観光資源となっているが、そもそもは人と人を隔てる壁にすぎず、光と煙だけでかりそめに1万メートル延長することで、そのことに改めて目を向けさせたいとのことでした。 様々な調整や準備を経て、1993年に「万里の長城を1万メートル延長するプロジェクト」を実現しました。

「万里の長城を1万メートル延長するプロジェクト」(1993年 写真:森山正信)

このように、偶然の巡り合わせの連続で、世界が激動していく時に立ち会うことになりました。

アーティストは時代や社会への応答としてプロジェクトを立案していく。そのアイデアに対して一緒にやっていこうという人間も出てきて、初めて実現していきます。アートプロジェクトは、時代や、そこに応答する人の刺激の連鎖とも言えると思います。なかば必然的でもあるけれど、偶然と言ってしまうこともできます。

そのうねりの中でアートプロジェクトが力強く立ち上がっていくことに、P3の活動を通して強く興味を持ちました。

時代の空気、反応の連鎖

日本社会にとって忘れられない経験として東日本大震災があります。この出来事をアートプロジェクトの歴史としても区切りとするかどうかは研究者に委ねたいと思いますが、私の実感としては新たな質のプロジェクトが生まれていったと思います。

例えば、当時東京藝術大学にいた濱口竜介が酒井耕を誘って被災地に入り、東北記録映画三部作が生み出されることになったことです。また、小森はるか+瀬尾夏美も、とにかくいても立ってもいられずに陸前高田に入っていき、結果として作品が生み出されていきました。

彼らが強く影響を受けたのが「みやぎ民話の会」の小野和子さんです。彼女は宮城県を中心に東北各地を訪ねて、民話の語り手の方に話を聞く活動を続けてこられた方です。語り手は、「聞く」人がいてはじめて、語ることができます。おじいちゃんおばあちゃんや親に繰り返し聞かされたことで、語り手の頭に入り込んでいるけれど、一人で話し出すわけではないのです。そこに小野さんが「お話を聞かせてください」と出向いて行くと、語り手の方は、記憶を解凍するかのように語りを始めていく。濱口さん、瀬尾さんたちはそんな状況を目の当たりにすることで、自分たちの作品の制作姿勢そのものを編み出していったのだと思います。それは能動でも受動でもない、青山太郎さんが指摘する中動態の姿勢であったといえるかもしれません。

新たな航路を見出すための年表

このような事例を踏まえると、ものごと同士の関係を見ていく手段として、時系列で物事を並べていくことは有効だと感じます。時代の空気ともいえるかもしれないけれど、いろんな人が、ある出来事に出会うことで何かの反応を起こしている。アーティストは自身の反応をキャッチすることで、ひとつの応答としてプロジェクトを起こしていく。そういった姿が浮かび上がってくるのではないでしょうか。

この年表はもちろんアーカイブとしての意味もあると思いますが、網羅的なアーカイブとして捉えすぎない方がいいかもしれません。自分ごとに引き寄せて、活用するのが重要です。

また、紙面ではなくウェブサイトであることも大きな特徴です。思考の道具のための、自由に組み替えられるやわらかい年表が作れるんじゃないか。そんなふうに考えています。

確立した航路に船を漕ぎ出すのではなく、考えもつかないような航路をぜひ見出してほしい。そんなことを発想するための道具としてこの年表を使ってほしいのです。

以上のように、tarl年表の成り立ちの背景や思想について参加者全員で共有する時間を設けました。後編では、実際に年表を使ってみて、活用のアイデアについて話し合います。

レポート後編へ続く

(ワークショップ風景撮影・齋藤彰英)


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