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「ろう者の感覚を知る、手話を体験する」レポート前編

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2024.03.21

執筆者 : 柏木ゆか

「ろう者の感覚を知る、手話を体験する」レポート前編の写真

身体をつかい手話やろう文化に触れるワークショップ「ろう者の感覚を知る、手話を体験する 2023」が、アーツカウンシル東京で実施された。同ワークショップは、10月開催のコースと11月開催の2コースがあり、それぞれ全3回を1セットとして実施された。各回ごとのテーマは「目で見て伝え合う。身体表現ワークショップ」(第1回)、「聞こえの体験とワークショップ」(第2回)、「ろう者とのコミュニケーション」(第3回)。また、第2回、第3回には、ろう者のゲスト講師を招くなど、さまざまなろう者との対話の場も設けられた。

本レポートの前編では、筆者がワークショップに参加して知った「ろう者の視点や感覚」、「ろう者とのコミュニケーションにおいて大切なこと」などの気づきを、第1回、第2回のワークの体験を振り返りながら紹介する。

「目で見て伝え合う」コミュニケーションとは

2020年度からスタートしたこのシリーズは、今回で4年目を迎える。この講座の特徴は、手話の言語学習というよりは、手話を体験することに焦点を合わせているところだ。

第1回のはじめに、講師の河合祐三子さんから参加者に対して以下のようなお話があった。

河合「聴者は、話や合図を耳で聞き取りますよね。私たちはそれができません。ろう者はアイコンタクト、つまり目で聞いているんです。これから参加者のみなさんには『目で見て伝え合う』ことを体験していただきます。緊張せず、一緒にやっていきましょう!」

ろう者の感覚について説明する講師の河合祐三子さん

参加者は各回10名程度。なかには、河合さんと手話で会話している人もいたりと、すでに手話を学んでいる人もいるようだ。筆者は手話の知識がなく、手話を体験するのも実は今回がはじめて。「目で聞く」とはどういう感覚なのだろうか、ちゃんとワークに付いていけるだろうか…と、少し不安になった。しかし、ワークが進むにつれて、だんだんとその気持ちは変化していくことになる。

「目を合わせて」まずはやってみよう

ウォーミングアップとして、参加者の名前を手話ではどう表すのかを教わる。

河合「漢字は、字の形をそのまま表現したり、漢字の意味を形で表現するものが多いです。英語圏では名前をアルファベットの指文字で表すので、このように形のイメージを表現して伝えるのは日本手話の独自の方法ですね」

たとえば、手指で漢字の形を表す「田」(両手の人差し指、中指、薬指の3本を交差するように重ねる)や「川」(人差し指と中指、薬指を立てて上から下にスライドさせる)、動作のイメージから想起させる「本」(両手の平を胸の前であわせ、両手を揃えたまま本を開くように手の平を開く)、山の形を手指でなぞる「山」(胸の前で山の稜線を描くように手を動かす)のように、漢字の表し方にもさまざまなものがある。

身近な漢字が、その形や動作のイメージを手や指、身体の動きによって視覚的に表現できることを知り、手話という言語の「目で見ること」の意味を少し掴めたような気がした。

参加者の名前をみんなで手話で表してみる

ウォーミングアップの後は、手話をつかうことがあえて禁止になった。ここからは、いよいよ表情や身体の動きをメインにしたコミュニケーションに挑戦する。参加者は円になり、まずは身体をつかって「こんにちは」と全員と挨拶を交わしていく。次に、参加者がそれぞれ自由に考えたポーズを隣の人に伝達していくワークを行った。

最初はぎこちなさもあったが、何度もコミュニケーションすることでだんだんと身体もほぐれ、参加者からは、次第に照れも交えた笑顔が見られるようになった。

相手の目を見て「こんにちは」と挨拶する様子
各自が考えたポーズを隣の人に伝達していく

河合「伝えるときは、ちゃんと相手の目を見ましょう。急ぐことはありません。目を合わせて、これからはじめますね、という合図を相手に送ることが大切です。そして伝えたポーズが正しく伝わっていれば頷く、間違っていたら首を振って反応を示す。そこまでがこのワークです」

実際に体験してみて気づいたのは、自分自身の表情の変化だった。最初はワークが楽しく自然と笑顔になっていたのだが、いざ、相手に伝わっているかどうかを意識しはじめると、そこに集中して表情が固くなったり、目を伏せてしまったりと、思ったように表現できないのだ。頭ではわかっていても、身体や顔の表情をつかって表現することは、実はなかなか難しい。こうしたコミュニケーションを自然にできるようになるには、繰り返し練習が必要だ。

視覚で瞬時に判断するろう者の感覚に触れる

続いては円になって座り、手の平サイズのボールをリズムよく隣の人に手渡していく。これは簡単そうだと油断していたら、途中からボールが追加され、逆方向へと回りはじめた。すぐにもう1つ、さらにもう1つ。どんどんカラフルなボールが増えていき、どこに何のボールがあるのかわからなくなっていく。

すると「ピンク色のボールは止めないでくださいね」と河合さん。でも、もうどこに何色のボールがあるかわからない。目で追うことに必死で、気づけばいつの間にか自分の手元にボールが溜まっている。ほかの参加者も笑いながら、あたふたと戸惑っている様子だ。

このワークは、ろう者が、視覚から情報を得て瞬時に判断していることを体感してほしいと考えられたものだった。

河合「大切なのは状況を把握するために、視野を広げることです。ろう者は見たものを瞬時に判断して対応しています。誰がボールを持っているかという情報も、身体の動きをつかってわかりやすく表現する。このように身体をつかって示すことが、ろう者とのコミュニケーションでは必要です」

表情や身体のつかい方、そして視野の広がり。自分の身体を通して、いままで知らなかったろう者の感覚と出会っていく、そんな実感を覚えるワークが続く。

河合「これからイラストをお見せします。みなさんはそれを同時に表現してください。事前に二人で相談してはだめですよ」

最初のお題は「木」。周りの様子を伺いたい気持ちを抑えながら両手を上に伸ばしたポーズをすると、どうやら多くの人が似たポーズをしている様子。続くお題の「ハート」では、頭の上に両手をかかげて自らがハートになる人、胸の前に小さいハートを両手でつくる人など、表現のバリエーションが見られるようになった。

「傘」のお題では傘を差す人と自らが傘になる人にわかれた

「今度は、ペアで異なる動きをしてみてください」と河合さん。次のお題は「王様と家来」だ。二人のうちどちらが王様でどちらが家来になるかは、お互いの動作を合図に瞬時に決めなければならない。

王様と家来のポーズをとる参加者

「それでは、3、2、1、はい!」の河合さんの合図とともに、一斉に表現。ペア同士、お互いの姿を瞬時に目で探り、家来役で膝をつく人、腕を組んだり、腰に手を当て王様のポーズを表す人というように役をわけて表現していた。

相手の目や動きをよく見て、互いに反応を示し確認し合うこと。第1回のさまざまなワークに共通していたのは、ろう者とのコミュニケーションにおける大切な視点だった。そしてそれらは、身体性や感覚の異なる他者と出会ったときにも通じる、コミュニケーションの姿勢そのものだ。

ろう者の感覚を知り理解を深めることで、あらためて聴者の感覚についても自覚的になっていた。たとえば、聴者が状況を把握するときは、その環境音や周りの人々のしゃべり声などから、無意識に情報を得て状況を判断しているのだ。

「聞こえない世界」を体験する

第2回はゲスト回として、手話をベースにした「サインポエム」と呼ばれる詩の空間表現や、ろう者と音楽についての研究をしているSasa/Marie(ササ・マリー)さんを迎えてワークショップを行った。

マリーさんからは「『聞こえない』ってどういうこと?」という質問が投げかけられた。「静かなこと」「感じ方のひとつ」「自分の声を知らない」など、参加者からは「聞こえない」に対するイメージが次々にあがる。

ササ・マリーさん

マリー「みなさんに何が聞こえているのか、私には何が聞こえていないのかはお互いにわかりません。音は見えませんし、『聞こえない』ことを説明するのはとても難しいことです。それでは『聞こえない体験』をしてみましょう」

そう笑顔で説明するマリーさんからの次の問いかけは、「日本に『聞こえない人』はどのくらいいるでしょうか?」というもの。さっそく数人のチームで話し合おうとしたところに「チームの一人はこちらを着けてくださいね」とヘッドフォンが渡された。

マリー「このヘッドフォンからは難聴者の耳鳴りをイメージしたノイズが出ています。チームの一人はこのヘッドフォンをしたまま話し合いに参加してください。ペンや紙などの道具を用いて、誰も取り残さないように相談しましょう」

おそるおそるヘッドフォンをつけると、形容が難しいノイズが耳を覆い、周りの話し声や音が一切聞こえなくなった。筆者が「聞こえないですね」と声を発した途端に、チームメンバーから笑顔がこぼれる。なぜ笑っているのか最初はわからなかったが、ほかのメンバーがヘッドフォンをつけたときにその理由がわかった。

「わあ!聞こえない!」と発されたその声が、お腹に力を入れたような大きな声だったのだ。自分の声が聞こえないと声のボリュームがわからなくなってしまい、その調整が非常に難しいのだと身をもって感じた。

マリー「みなさんどうでしたか?私の場合は声を発することができますが、長い時間をかけて、自分の声がどこまで届くのかを、声を出すときの力加減を調整して体得しました。今回、ヘッドフォンから流した音はあくまでもたとえです。私は高音をほとんど聞き取ることはできませんが、飛行機の音や自動車のエンジン音などの低い音は感じ取ることができます。生まれつきではなく途中から失聴する人もいますし、ろう者だから常に無音の空間に暮らしているとは限りません」

河合「聴者のなかには、ろう者は『口の動きを読む読唇ができる』『補聴器をつけていれば聞こえる』『耳のそばで大声を出せば聞き取れる』と誤解している人もいます。もし緊急事態で、急いでろう者に何か伝えたいときには、ジェスチャーをつかってみましょう。ろう者は視覚でさまざまな情報を得ているので、焦っていることや慌てていることはきっと伝わります」

体験を終えた参加者からは「聞こえない状態になると取り残された気分になりますね」という感想があった。確かに河合さんとマリーさんは、ワークショップの間、よく参加者とアイコンタクトを交わし、話している内容が伝わっているかどうかを一つひとつ確認しながら進めていた。これは、参加者一人ひとりを取り残さずにやりとりをする、掛け声のような意図もあったのだ。

第2回のワークでは、聞こえる、聞こえないに対する根本的な問いからはじまり、自分自身のろう者や聴者に対するイメージを捉え直すきっかけになった。また「聞こえない体験」は、ろう者が聴者とコミュニケーションするときの身体的かつ心理的な感覚を具体的に想像する体験となった。

「誰も取り残さない」コミュニケーションは、簡単なものではない。だからこそ、その難しさに意識を向け、こうして繰り返し練習することが異なる感覚を持つ他者とのコミュニケーションにつながっていくのだろう。なかなか難しい。でもコミュニケーションは面白い。そう感じさせてくれたワークショップだった。

後編に続く

※実際のワークの流れと一部異なる順序で紹介している箇所があります。

【開催概要】
ろう者の感覚を知る、手話を体験する
講師:河合祐三子(俳優/手話・身体表現ワークショップ講師)
手話通訳:瀬戸口裕子(全回)、伊藤妙子(第2回)、石川ありす(10月第3回)、新田彩子(11月第3回)
企画・レポート編集:嘉原妙(アートマネージャー)
運営・レポート写真:齋藤彰英(写真家)
記録:柏木ゆか(ライター)
プログラムオフィサー:櫻井駿介小山冴子(アーツカウンシル東京)

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