遠さと近さのあいだで―アジアで移動、接続、越境すること

10月から5ヶ月連続でひらかれる対話シリーズ「ディスカッション」、その第3回目となる「遠さと近さのあいだで―アジアで移動、接続、越境すること」が12月5日(水)に開催されました。

5ヶ月連続の対話シリーズ「ディスカッション」の第3回目が12月5日(水)に、「遠さと近さのあいだで―アジアで移動、接続、越境すること」と題して行われました。

ゲストにお迎えしたのは、インディペンデントキュレーター/コーディネーターの居原田遥さんと、NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]キュレーターの堀内奈穂子さんのお二人。今回はアーツカウンシル東京プログラムオフィサーの岡野恵未子がモデレーターを担当。「最近アジアのアーティストを招聘した展覧会やレジデンスのプログラムが盛んになっており、アジアのアートに触れる機会が増えてきていることを感じます。しかし、あらためて『アジア』が指す意味を考えると、多様で漠然としていることに気づきました。それぞれで実感を伴った定義付けをしたうえで『アジア』という言葉を使うことが重要だと思いますし、物事がカテゴライズされやすい現代社会の中で、顔の見える固有の関係をつくることが大事で、それはアートプロジェクトに関わっていくうえでも必要なことです」と趣旨を述べた上で、実際に国内外それぞれの立場からアジアというフィールド、ネットワークで活躍されているゲストお二人から、関係性の結び方、ネットワークの機能のさせかたなどを中心にお話を聞いていきました。

最初にお話いただいたのは居原田遥さん。沖縄県で生まれ育ち、主に映像・映画制作、キュレーター、東南アジアを対象とした芸術事業のコーディネーターの三本柱で活動をしています。活動の軸は、出身地である沖縄と東アジア/東南アジアをフィールドに、芸術のうち主に現代美術(アート)、社会運動(アクティビズム)、オルタナティブカルチャーが共存する場をつくること。そんな居原田さんにとって、定期的に訪れるアジアの国は台湾、韓国、香港、ラオス、ベトナム、タイ、ミャンマー、カンボジア、シンガポール、インドネシアなど。「アジアを越境、横断すると言ったとき、私が実感を持って議論ができるのは、これらの国だと思います」と述べたうえで、映像作家の中森圭二郎さんと一緒に東南アジア五都市のオルタナティブスペース、アーティストコレクティブを取材し、彼らがどういう生活をしているのか撮影した映画『Constellation』を制作したことが、自身にとってアジアと「移動、接続、越境」する大きなきっかけになったと述べました。

そんな居原田さんは2018年7月から9月にかけて、タイのバンコクで開催されたBangkok Biennial(バンコク・バイエニアル)という芸術祭に参加しました。2018年のタイは、東南アジアの中でも大きな規模の国際芸術祭、Bangkok Art Biennale(バンコク・アート・ビエンナーレ)やチェンマイでのPainnale(ペインナーレ)などが開催され、芸術祭乱立状態。そのうち、最も巨大なバンコク・アート・ビエンナーレに対抗するようなかたちで行われたのが、バンコク・バイエニアルです。「数年前からタイで芸術祭が開催されると話題になりつつも、さまざまなトラブルや進行の遅れでなかなか実施されないというフラストレーションが溜まっていた状況が前提にあります。また2016年に国王ラーマ9世が亡くなったあとに、文化芸術への検閲が厳しくなり、美術展が中止になるなど、国の体制の中で芸術行為は厳しい状況に置かれていました。その中でトップダウン型の芸術祭へ対抗するものとして、タイの若手アーティストたちが立ち上げたのがバンコク・バイエニアル。ウェブサイトから『パビリオン』という単位で参加を登録し、会期のあいだに作家自らが会場を準備、本部はそれを告知することにとどまり、個々の自主運営で成り立つというものです」。

バンコク・バイエニアルが目指したものは、グローバリゼーションの時代に、水平なプラットフォームを築くことでした。結果的に、249の作家、26カ国、73パビリオンが参加。「この参加数は国際芸術祭と同等のレベルです。ですが、あまりにも参加作家、参加国が多く、飽和したような状態でもありました。バンコク・バイエニアルだけでも展示を見きれないくらいの状況で、都市/芸術が飽和している一方、都市以外の場所と落差が起きていると実感しました」とバンコクでの経験をまとめました。

《BARRAK:survibes》展示風景 -Bangkok Biennial 2018(撮影:百頭たけし)

次は堀内奈穂子さんから、AITでのアーティスト・イン・レジデンス・プログラムで多くのアジアのアーティストやキュレーターを招聘した経緯をもとに、展覧会とレジデンスの話を中心にお話いただきました。「私はキュレーターという肩書を持っていますが、知識を集約、生産、編集していくプロセスに興味があり、展覧会以外にも学びの場やトーク、レクチャーなどの対話の場に関心を持っています。いま働いているAITも、展覧会だけではなく、作品を通して考える社会、時代など、アートを活用しながらどういう知識をつくることができるか、考えています。

AITでは2003年からアーティスト・イン・レジデンス・プログラムを展開し、これまでに約100名のアーティストが参加しています。そのうち、中東を含むアジア地域のアーティストやキュレーターは12カ国、20名。短期的な滞在やイベントで来日したアーティストやキュレーターを含めれば、もっと多くのアジアのアーティストが訪れています」と述べたうえで、「AITのレジデンスで滞在するアーティストは、公募ではなく過去に滞在したキュレーター、アーティストなど、関係性が構築された人々の推薦を得て選ばれることが多いです。また、文化的基盤が整ったアメリカやヨーロッパに偏らず、相対的にアーティストへの支援が少ない国々や地域で、なかなか日本に来る機会の少ない作家を招聘することを意識したプログラムもあります。

そうした中で、もちろん、アジアのアーティストをまとめて一言で表象することはできませんし、彼らの多様な考え方や表現の共通項があるわけではありませんが、近年のアーティストを見てみると自国の歴史や戦争などの負の遺産に自分たちの世代がどう向き合い、考えて、表現に変えていけるか、真摯に向き合って制作しているアーティストが多い印象です」と続けました。

その後、AITのレジデンス・プログラムで招聘したアーティストのうち何人かをご紹介。たとえば、2016年に招聘したタイのAtikom Mukdaprakorn(アティコム・ムクダプラコーン)というアーティストは、滞在中に「ムーラン・ド・ラ・ギャレットでカラオケを」という展覧会を行いました。2012年に結成したアーティヴィスト集団(アーティスト+アクティヴィスト)のNitimon(ニティモン)による映像作品を再編集し、アートを政治的な状況について語る対話の場なども設けました。「この展覧会をタイで行うとすると、(その当時は)検閲の対象となる危険がありました。そういったアーティストを東京に招聘し、そこで自由に自分の考えを発言、発表、参加者と議論できることは、レジデンス・プログラムの大きな意味の一つだと思います」と堀内さん。

また2015年にタイのチェンマイ北部で企画・実施した展覧会「Shuffling Space」では、直接的なアクティビズムで制度や政治を批判、衝突するのではなく、ささやかなかたちでシステムに介入しながらどのように抵抗を行っているか問うという趣旨でキュレーションを行ったと言います。「チェンマイは90年代からオルタナティブシーンが活発でした。特に私が影響を受けたのは90年代に行われていたチェンマイ・ソーシャル・インスタレーションというパブリックアートプロジェクトです。これはアーティストの自主企画で始まり、ストリートでパフォーマンスや作品発表を行っていました。私の展覧会には、そうしたプロセスの中で、現代のアーティストたちが、急速に近代化していく都市やそれに間に合わないインフラ整備をはじめ、社会や政治のシステムに批判的な視点を持ちつつ、他の人との対話の重要性に着目しながら制作をするようなアーティストを集めました」。

東南アジアでは、アーティストが国内外の制度や助成金を使い、フットワーク軽く移動している現状がある一方、教育や、現代アートを通した社会的な議論、思想を語る場が相対的に少ないように見えたと堀内さんは言います。そこには検閲や教育大学の保守性の問題などが潜んでいますが、そのような学びの場のあり方について、どのように協働ができるのかという問題意識を持っていると語りました。

堀内奈穂子さんがタイのチェンマイで企画した「Shuffling Spaces」展

以上を踏まえ、まず岡野からお二人の話の中で出てきた「オルタナティブ」という言葉は、何に対するオルタナティブなのか、という疑問が投げかけられました。

これに対して、居原田さんは「オルタナティブは社会学では代替可能な文化という意味ですが、私は第三の答え、あるいは二項対立、上下関係から第三の手を出す文化圏だと思っています。でもそのありかたはアジアで共通していません。そのことを決定的に思ったのは、インドネシアでいわゆるオルタナティブスペースの取材をしようとしても、『オルタナティブスペース』という言い方を向こうではしていなかった体験です。アーティストたちが運営する場所は『ライブラリー』と呼ばれ、若者たちが集い、共有するために公共図書館をつくっていくムーブメントがそこにありました」と応答。

堀内さんも「AIT立ち上げ当時は、日本の美術大学にキュレーティングを学ぶ場がなかったり、現代美術の思想を専門的に学ぶ学科がありませんでした。そのような美術シーンへのオルタナティブというのが明確でしたが、その後大きく変化・多様化し、いまは何に対するオルタナティブなのかを言語化するのが難しい状況です」と述べ、例えば、タイには、そもそも大きな現代美術館やギャラリーが少ないので、制度やメインストリームに対するオルタナティブという感覚とは違った活動が生まれているのではないかと語ります。

居原田さんがこの話を受けて、「とは言え、タイにもパワーポリティクスがあって、さきほどお話したバンコク・アート・ビエンナーレとそれに対するバンコク・バイエニアルを含む、首都バンコクへのカウンターとして、チェンマイの人だけで行うペインナーレというフェスティバルがあり、これは健全な状態だと思います。私はオルタナティブの中にも対抗構造やトップダウン型が起こると、タイを見ていると感じます」と話題を展開させました。

また、アジア圏を移動する中で、アーティスト同士のネットワークが生まれていることを堀内さんが指摘し、居原田さんからは、アーティストが自主的に集まる場所として、ジョグジャカルタ、ジャカルタ、バンコクの名前が挙がりました。それに加え、オルタナティブやアクティビズムのシーンとは別の、アートマーケットによる人の流れもあり、特に、2013年に香港でアート・バーゼル香港が始まってからは、香港から日本、あるいはその逆へと移動するように人の流れも見られると堀内さんは言います。

後半は、来場者がこれまでの発表、対話から思ったことや質問を付箋に書いてもらい、それを読み上げて質疑応答を進めていきました。

「アーティストとそうでない人とはどんな接点があるか。接続させようとする試みはあるか」「アーティストが経済的に自立する方法やそれがうまくできている国はどこか」「アジアのアーティストが日本に来る、協働する価値、意味はなにか」「アジアと日本の接続を考えると、日本の植民地支配の歴史とその影響の議論が多くない気がするが、その問題に出会った経験はあるか」といった、経済と美術との関わりや、アジアの中での日本の歴史・地理的な立ち位置、現在のアジアの政治的状況と美術のありかたといった角度から質問が挙がりました。

最後に今後の目標として、堀内さんは「インドネシアのルアンルパ(アーティストが主導する集団で、私設学校なども主催)を呼び、移動する学校のような新しく、実験的な学びの場を考える協働の場をつくりたいです」、居原田さんは、「あらゆるタイプのコミュニティに、どうやってものを見せていく現場をつくれるか考えています。来年は日本に目を向けたいです」と述べ、閉会となりました。

全体を振り返ってみると、アジアの美術やアートプロジェクトの動向はもちろんのこと、政治的な状況との関わり方などに関心を持っている方が多く来場したような印象を持ちました。「オルタナティブ」「アクティビズム」「教育」といったキーワードから展開されていったお話からは、歴史問題や政治問題を含め、それぞれの国が個別に抱えている課題があり、そのことを作家やキュレーター、制作者がどう考え、行動していくべきかということや、「アジア」という言葉をどのように考え、隣接、近隣する国々といかに交流し、世代や地理的な壁を超えて協働できるかといったことを考えるためのヒントが散りばめられていました。

冒頭の趣旨にもあったように、「アジア」という言葉が指す範囲は広く、また多様な文脈を持ちます。各々が「移動、接続、越境」するために、自分が見て、生活している「アジア」の姿を明確にするための補助線が多数引かれていく、そのようなディスカッションの場となっていました。

(執筆:高橋創一)

アートプロジェクトが立ち上がる土壌とは 3つの地域の実践を辿る[平成編]

立川・谷中・六本木で展開されてきたアートプロジェクトを掘り下げる

アートプロジェクトはどのような環境で生まれ、展開していくのでしょうか。東京のなかでも、アートが息づくまち「立川」「谷中」「六本木」。それぞれの特色をもつ3地域で繰り広げられたアートプロジェクトの歴史を軸に、まちなかでのアートの実践について掘り下げます。

全3回のプログラムでは、各地域で活動する実践者たちをナビゲーターに、まちの変遷や時代ごとのアートシーンに精通しているアーティストや研究者らゲストも交えながら、平成の時代に育まれたアートプロジェクトへ迫ります。

立川エリアのナビゲーターは、多摩を中心に地域の住民とアーティストなどの文化が交差するスペースをつくる丸山晶崇(デザイナー)。ゲストの笠原出さん(美術家)に、若手作家が集まった共同スタジオ「スタジオ食堂」などについての話を聞きます。

谷中エリアのナビゲーターは、谷中のフィールドワークから『ぐるぐるヤ→ミ→プロジェクト』を立ち上げた富塚絵美(アートディレクター/パフォーマー)。ゲストの椎原晶子さん(地域プランナー/NPO法人たいとう歴史都市研究会理事長)と五十嵐泰正さん(筑波大学大学院人文社会科学研究科准教授)とともに、谷中エリアとアートの関係性について考えます。

六本木エリアのナビゲーターは、六本木アートナイトの事務局長を務めた高橋信也(森ビル株式会社 顧問)。森美術館をメインに、六本木におけるアートがどのように変化してきたか、森司(アーツカウンシル東京ディレクター)と語ります。

詳細

スケジュール

2月6日(水)19:00〜21:30
第1回 立川エリア

ゲスト:笠原出(美術家)

  • 立川のまちのアートの変遷を辿る
  • 「スタジオ食堂」について(1994〜1998年、2000年)
  • 「ファーレ立川」(1994年〜)と「立川国際芸術祭」(1998〜2002年)を通じたまちづくりとアートについて
  • スタジオ食堂が考えていたアートと社会とは
  • 「媒体」と「場所」、組織と運営について
  • 立川(多摩)のアートとこれから

2月13日(水)19:00〜21:30
第2回 谷中エリア

ゲスト:椎原晶子(地域プランナー/NPO法人たいとう歴史都市研究会理事長)
五十嵐泰正(筑波大学大学院人文社会科学研究科准教授)

  • 谷中界隈のアートの変遷を辿る(谷中を中心に上野あたりまで)
  • 「ぐるぐるヤ→ミ→プロジェクト」の実践を紐解く
  • 谷中エリアのアートを支える土壌とは

2月19日(水)19:00〜21:30
第3回 六本木エリア

  • 六本木のまちの変遷を、アートシーンを軸に辿る
  • 「六本木アートナイト」について(2009年〜)
  • まちなかのアートの実践について

会場

ROOM302(東京都千代田区外神田6-11-14-302 [3331 Arts Chiyoda 3F])

参加費

各回1,500円/全3回通し受講4,000円

TERATOTERA

ボランティアが創るアートプロジェクト

古くから多くのアーティストや作家が暮らし、若者の住みたいまちとして不動の人気を誇るJR中央線高円寺駅から国分寺駅区間を舞台にしたプロジェクト。2010年、Art Center Ongoing 代表の小川希を中心に始動。毎年、社会に応答したテーマを掲げ、まちなかで「TERATOTERA祭り」を開催し、現在進行形のアートを発信した。また、ボランティアスタッフ「テラッコ」による企画・運営を通じて、アートプロジェクトの人材育成にも取り組む。

実績

毎年開催した「TERATOTERA祭り」は、ボランティアスタッフ「テラッコ」の実践の場として、 2010年度より吉祥寺駅エリア、 2013年度より三鷹駅エリアで実施し、毎回ドキュメントブックを発行した。事業開始当初よりアートプロジェクトのノウハウを通年で学ぶ連続講座として 「アートプロジェクトの 0123 (オイッチニーサン)」を開講。座学と現場での実践を連動させながら、アートプロジェクトへ参画する人材の裾野を広げている。

2016年度からは、東南アジア諸国で活躍する若手アーティストを招聘し、地域と連携しながら作品制作から発表までを行う 「TERATOSEA (テラトセア)」がスタート。東南アジアからコレクティブのあり方を学び、自分たちのエリアでの実践に取り組んだ。

2018年度にはテラッコの歴代コアメンバー16名によるアート活動を支える組織「Teraccollective (テラッコレクティブ)」 を設立し、「TERATOTERA祭り」のテーマ設定から運営までを主体的に行った。また、武蔵野クリーンセンターや武蔵野プレイスなど、 武蔵野市による施設連携の要望に応えて、アートプログラムを共催するなど、公的な文化事業の担い手となった。

2020年度のTERATOTERA祭りは、「Collective ~共生の次代~」をテーマに、東南アジアと日本から6組のアート・コレク ティブを東京に招聘する予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、オンラインにて開催。この状況下でそれぞれのコレクティブがどのように過ごし、何を考え、どのような 作品を発表するか、その話し合いの様子をYouTubeで公開し、 作品ができるまでのプロセスの情報発信にも力を入れた。

そして、2020年には任意団体であった「Teraccollective」が一般社団法人化。東京アートポイント計画との共催終了後も「アートプロジェクトの 0123」など、TERATOTERAの事業を引き継いで展開している。

※ 共催団体は下記の通り変遷

  • 2009~2012年度:一般社団法人TERATOTERA
  • 2013年度〜:一般社団法人Ongoing

関連動画

TERATOTERA祭り2018(Long version)
TERATOTERA祭り2018 (Short version)
TERATOTERA祭り2017(Long version)
TERATOTERA祭り2017 (Short version)

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アートの裏方だけのコレクティブはどんな価値を生む? 「Teraccollective」の可能性——小川希「TERATOTERA」インタビュー〈後編〉

アーカイブを「再」起動する

次世代に向けたアートプロジェクトのアーカイブの活用を考える

アートプロジェクトの過程や瞬間をどのように記録し、保存していくか。Tokyo Art Research Lab(TARL)ではこれまでアーカイブの「手法」について、議論を重ねてきました。そして現在、各プロジェクトのアーカイブが徐々に増えていくにつれ、次なる議論としてアーカイブを第三者や、次の世代がどのように活用するか、その意味や手法を考える段階に来ているのではないでしょうか。

アートプロジェクトを運営する組織の立ち上げ期からの資料を、現在さまざまな活動をするメンバーが読み解くことで、アーカイブを活用する方法を検討します。メンバーは、膨大な活動アーカイブがあるP3 art and environment(1989年設立、代表:芹沢高志)の松本ひとみさん(ディレクター、プロジェクトマネジャー)・坂田太郎さん(リサーチャー)と、川村庸子さん(編集者)です。

*このプログラムは、「研究会プログラム」の一部として開催しました。

詳細

進め方

  • アーカイブ資料の調査と全体量の把握
  • 国内外の事例調査
  • アーカイブを活用したプロジェクトの構想を練る

物語から女性像をたどる 現在のイメージを捉え直せるか

古典作品から当時の価値観を知り、現代社会の「女性像」を再考する

日々の生活を営むなかで、男女間に存在するルールやしきたりを構成する曖昧なイメージの集積に、わたしたちは潜在的な影響を受けながら生活しています。異性愛が前提とされ、婚姻時に女性が姓を変更する割合が9割を超え、家事や育児を主に女性が担う。現代の日本社会はこうしたイメージがいまだ根強く、ときには「らしさ」を求められ、生活に不都合や不自由が生じる場合もあります。

翻って、過去の日本は女性の視点から見て、どのような社会だったのでしょうか? 古典と呼ばれる作品には当時の風習や風俗、信仰や思想などが反映されています。長く語り継がれるなかで、変化する女性像の造形や物語の変遷。それらを読み解くことで社会の関係性が浮かび上がってきます。過去と現代、異なる時代を「女性」という定点から眺めたときに、現代を望む新しい視点が得られるかもしれません。

今回はゲストに、日本中世文学が専門で、物語絵と女性の関係性に関する著書がある恋田知子さん(日本文学研究者)と、現代女性の現状を題材に新たな解釈を付与する作品を発表する遠藤麻衣さん(俳優/美術家)をお招きし、過去と現在の物語を通して女性という視点から社会と個人の関係について考察します。

詳細

会場

ROOM302(東京都千代田区外神田6-11-14-302 [3331 Arts Chiyoda 3F])

参加費

無料

関連サイト

ゲスト紹介記事

野村誠 千住だじゃれ音楽祭 「千住の1010人」(Senju no Senju nin) 記録映像

「千住の1010人」は、足立区を舞台に活動する『アートアクセスあだち 音まち千住の縁』によるプロジェクトであり、作曲家・野村誠によるプロジェクト「千住だじゃれ音楽祭」の一環として実施しています。1010(せんじゅう)人の参加者が千住(せんじゅ)に集い、さまざまな演奏や表現を繰り広げます。

2018年10月、東京都中央卸売市場足立市場に1010人の演奏者が集い、市民参加型コンサートを開催しました。楽器を演奏したことが無い方をはじめ、さまざまな演奏経験を持つ人々が集い、多彩な楽器や行為によるパフォーマンスを披露した1日の記録映像です。

そこにある生活を描き出す―まなざしを更新しつづけることは可能か?

10月から5か月連続でひらかれる対話シリーズ「ディスカッション」、その第2回目となる「そこにある生活を描き出す―まなざしを更新しつづけることは可能か?」が11月7日(水)に開催されました。

今回のゲストは映像エスノグラファーの大橋香奈さんと、建築設計事務所・トミトアーキテクチャの冨永美保さん、伊藤孝仁さんのお二組。モデレーターはアーツカウンシル東京プログラムオフィサーの上地里佳が担当し、今回のテーマとして、

1 日常の断片を集め、共有可能なかたちで記述するための方法とは?
2 それを読み解き、新しいもの・ことを生み出していくプロセスとは?

の2つを挙げ、「これまで私は三宅島や富山県氷見などでアートプロジェクトを運営し、その土地に根ざしたプロジェクトを展開しましたが、その土地の歴史、文脈、人の営みをリサーチする視座、態度がアウトプットのときに重要だと感じました。今回お招きしたゲストはどちらも日常に焦点を当てて、すくい上げていると思い、強度のあるアートプロジェクトをつくるときのヒントとしてとても参考になる視点をお持ちだと考え、今日はこのようなテーマを設定しました」と説明しました。

以上のような問題意識を受けて、ゲストのお話の時間へと移りました。最初はトミトアーキテクチャさんです。これまでに展開してきた中での代表的な2つのプロジェクトについてお話しいただきました。

1つ目は、横浜市、京急日の出町駅の裏側の丘に広がる住宅地で行った「カサコ/CASACO」。築70年ほどの二軒長屋を地域拠点へと改修したプロジェクトです。「施主は僕たちと同じ20代で、住む家として、またNPOの運営拠点として、まちにひらいた場所をつくりたいという依頼でした。なので、地域の声を聞こうとワークショップをしたのですが、最初は全然うまくいきませんでした」と言う伊藤さん。そこでどうしたら地域の声を聞けるのか考え、東ケ丘での出来事や『カサコ/CASACO』での活動をまとめたローカル新聞「東ヶ丘新聞」を発行し、その町内会のチラシの折込に混ぜてもらいました。それが功を奏し、少しずつ活動の理解へとつながっていきます。伊藤さんは、「これまで町をリサーチすると言っても、一歩引いてコンテキストを見つけようとしてきました。しかし、これをやってみて、コンテキストは動的なものだから、自分たちがアクションをすると反応が変わるものだと分かりました」と、そこで得た実感を言葉にしました。

また、ワークショップに参加した人の声を「まちの声」として捉えることに違和感を持ったことから、誰かの個性ではなく、匿名的な特徴を設計に取り入れる試みとして、住民の習慣や行動を時間軸と地形の標高でマッピングした「出来事の地図」を作成するなど、町の生態系を理解しようとする試みについて紹介しました。

トミトアーキテクチャ設計「CASACO」(横浜市西区東ヶ丘)。
出来事の地図/Local ecology map of CASACO

2つ目は神奈川県南西部の真鶴半島に建つ住宅を宿、キオスク、出版社の複合施設に改修した「真鶴出版2号店」です。起伏が激しく、複雑な地割となっている町を舞台に、この半島だからこそできる建築とは何かを考えました。町歩きをする中で、さまざまな人や物や産業に横串を通す、獣道のようなネットワークを感じ、そのネットワークの中で建築をつくれないかと考えるように。「地形を縫って歩くのが面白い場所なので、道の延長として踊り場を複数箇所つくるようなイメージで進めて、建築資材も半島のネットワークで手に入れられるもの、たとえば地元産業である石材業で出た端材の石や、壊れた碇、解体された近くの郵便局の窓などいろんなものをいただき、それらを用いて設計していきました」(冨永さん)。

また、フィールドワークと建築設計の関係についていつも考えているというトミトアーキテクチャのお二人ですが、「真鶴出版2号店」ではその関係をパラレルに始めて、パラレルに終わらせるように工夫したといいます。

真鶴出版2号店(撮影:小川重雄)。

次の発表は大橋香奈さん。大橋さんは、フィンランドに滞在していた際に書いた『フィンランドで見つけた「学びのデザイン」――豊かな人生をかたちにする19の実践』(フィルムアート社、2011)という書籍を出した後、日本語であるために、現地で調査協力いただいた人々と成果を共有することができず、そこで言語が異なる人とも共有しやすいメディアである映像に関心を持つことに。ロンドンのフィルムスクールに短期留学し、ドキュメンタリーフィルムのつくりかたを勉強します。

大橋さんは、これまで20回引っ越しをしてきたということ、家族の多様なありかたがあることを実感してきたという背景から、「移動」という経験と「家族」の概念、この2つに大きな関心を抱いてきましたが、そのときに出会ったのがイギリスの社会学者、ジョン・アーリの本でした。「伝統的な社会学は枠組の中の社会の研究ですが、アーリはその枠組を超える移動に着目していました。そこに自分の経験、違和感が研究になるかもという希望を感じたんです」。

大橋さんの研究テーマは、国境をまたがるトランスナショナルな「家族」関係を形成・維持する人々の生活世界を理解し描いてみたい、というもの。ここで用いるのが映像エスノグラフィーの方法です。人類学者サラ・ピンクの著書『Doing Visual Ethnography』(Sage Publications、第3版、2013)をベースにして自分の方法を構築していきました。「ピンクは調査者と調査協力者と協働的な関係の中で、ビジュアルデータを用いて現実を解釈し、さらにそれをつかって新しい知を創造することを提唱しています。私もそういったところに関心があったんです」。

そして大橋さんの研究は、『移動する「家族」』と名付けられた映像作品に結実します。これは母国や他国で暮らす「家族」との国境をまたがるトランスナショナルな生活世界を撮影したオムニバス作品です。5人の協力者それぞれと1年かけて調査を行い、インタビューからストーリーを整理し、本人によってナレーションがつけられました。

大橋香奈『移動する「家族」』(撮影・監督:大橋香奈 2018年/日本語・英語/カラー/32分)。

制作方法は各調査協力者との関係性によって進められ、たとえばその内の1人、留学目的で移住してきた香港出身の女性とは、前述のサラ・ピンクの本に出てくる「ビデオ・ツアー」という方法を実践しました。これは、その女性の家で大橋さんがカメラをまわし、カメラが捉えたものについて彼女が解説をするという手法。そのプロセスで、彼女は広東語が母語であるにもかかわらず、本棚に一冊も広東語の書籍がないことに気づきます。自分は英語か日本語で話したほうが自然に感情を言葉にできる、と香港出身の彼女は説明し、自分にとっての日常生活をあらわす言語がこの調査によって可視化されたといいます。

またビジネスを始めるために日本に移住したネパール出身の男性には、生活記録(ライフドキュメント)を用いたインタビューを行いました。これは、身近なところではスマートフォンに格納されている写真や動画、メモなど生活にまつわるさまざまな記録を参照して語ってもらうというもの。ここでわかったことは、彼がネパールカレンダーのビクラム暦のアプリを使っていたことでした。ビクラム暦における現在は2075年にあたるなど、日本の西暦のカレンダーとはまったく違う時間軸に行き来して生活していたことが見えてきたのです。大橋さんの以上のような説明を受けて、実際に『移動する「家族」』の一篇が上映されました。

▲橋香奈『移動する「家族」』上映会の様子。

ここでそれぞれの発表を受けて、上地から「日常を集めることに対して、お二方ともいろいろな手法で挑戦しています。その収拾した膨大な情報を取捨選択すると思いますが、その最終的な判断はどのように行っていますか」という質問が。これに対し、大橋さんは「私の場合、1人に対して1年間調査を行いましたが、たとえばある人の場合、1年間で記録された映像、音声、テキストなどのデータ量が40GBだったのが、最終的には協働的に編集して1GBの映像になりました。調査の度にどういうやり取りをして、どういうビジュアルデータが生まれたのか記録を残して、振り返りを行いました。それを繰り返すのが調査の時間。調査協力者と一緒に振り返りながら、私の調査の目的に必要なものと、調査協力者自身との考えによって、映像編集方針が決まっていきます」としたうえで、「取捨選択については、捨てるというよりも、変換するという感じ。使わなかったものも、何か違うかたちで表現していくのかなと思っています」と応答。

トミトアーキテクチャの伊藤さんは、「建築設計では、物事を単純化し扱いやすくする傾向がありますが、それに違和感が。複雑なものを複雑なまま扱いたい気持ちがあるんですが、それも実は難しい。大事なのは恣意性を自覚することなのかなと。大橋さんの作品のナレーションは1年間調査をして書いたものを、調査協力者の方に見てもらって、そこでやり取りを行って改めているということでしたが、そこで生々しさがちょうどよく濾過されていると思います」と言い、冨永さんは「建築設計はハイライトをつくりがち。たとえば石垣が立派な街だと石垣にフォーカスを当ててしまう。それ以外の複雑な状況は、敷地条件から排除される傾向があるのです。でもその中にも素敵なもの、面白いものがいっぱい眠っています。」と述べ、さらに「そもそも『出来事の地図』が生まれたのは、大橋さんが最初に文字だと届けられなかったとおっしゃっていたことに似ています。私たちはまちで見聞きしたことを文字で書いていたときもありましたが、流れで見ていくには時間がかかりますし、文脈を共有することが難しい。断片的でありつつ全体を見せるためにどうしたらいいかと考えています」と続けました。

続けて冨永さんは大橋さんへ映像作品のナレーションと映像の関係について疑問を投げかけ、大橋さんは「テクスチャーという言葉を使うんですけど、私が調査者として生活空間に入り、過去について語ってもらい、写真を見せてくれて、私が理解したときに手助けとなったもの、彼女の伝えたいこと、生活世界の質感として何が最もこのときにいいのかをひたすら考えます。それは調査者である私が責任をもって選ぶしかない。最終的には調査協力者にこの映像でOKです、と承諾してもらって完成しました。そのために、とにかく繰り返しリフレクションの時間をつくること。その繰り返しの凝縮が、最終的にナレーションと映像の組み合わせになりました」と応えました。

対話の時間の後半は、来場者がゲストの発表で疑問に思ったことや感じたことを紙に書いてもらい、それを読み上げるかたちの質疑応答に。会場からは「肉体と空間の関係性、声が発せられる場にどういうイメージを持っているか」「テクスチャーというものがわかりたいけれど腑に落ちない」「恣意性と身体性について」「移り変わりつづける日常の中での完成の基準を知りたい」などの質問があがりました。

それらに応答する中で、今回のディスカッション全体に通底している問いとして、モデレーターの上地の言葉にもあったように、判断基準、取捨選択、完成のタイミング、というものが見えてきましたが、なかなかそこを言語化するのは難しい様子。

最後に大橋さんは、「建築雑誌『10+1』(LIXIL出版)での座談会で水野大二郎さん(デザインリサーチャー)が、納品の概念が変わってきていると言っていました。日常的な実践の中で発生してくる新しい利用のオーダーに対応しつづけるのはどうしたらいいかという議論の中で、従来のデザイン教育であれば、使う側の人に改変されるのはデザインの失敗だと言われるけれど、これからはデザインに余白があってコラボしてくれたんだという考え方を持つべきなんじゃないかと。完成形に変化の余地を残す、改変性を残す考え方が必要ということですよね。これは『カサコ/CASACO』の話に通じると思いました。ずっとつくったものと関われないときに、使う人が自分で変えていけるという方向はありますよね」と言い、伊藤さんは「それはありますね。説明書きがなくても、建築自体が読み解けるものであるかどうかは大事だなと」としたうえで、「しかし、完成の概念がなくなると、まったく切断できなくなるわけですから、そこは難しい塩梅ですよね」とも言い、終わらない制作プロセスが現実化したときの決断、判断の是非について考えをめぐらせていました。

今回のディスカッションは、それぞれの実践を具体的に語り、また来場者も真剣に話に耳を傾け、質疑応答のメモにペンを走らせる人も大勢いらっしゃいました。対話のなかで、判断基準、恣意性と身体性、捨てたものの行方、どこまで関わり続けるのか、などがキーワードとして浮かびあがりました。

トミトアーキテクチャさんの場合は建築、大橋さんの場合は映像というメディアでの活動ですが、通底しているのは、人との関わりの中で制作の方向性や制作物の着地点が決まるということ。また、そのために膨大なリサーチを行いますが、そのリサーチすべてを反映させることは物理的、時間的には無理だということ。であれば、どこで区切り、責任を引き受け、かたちにして、今回かたちにできなかったものをどうするべきか。

取捨選択は一回限りの制作の中で行われるものである以上、同じ現場での「次のチャンス」というのはなかなか生まれないのかもしれませんが、その判断を行った自分自身の身体が別の制作の現場で取捨選択を行うとき、そこには「以前の取捨選択」の身振りが反映されているに違いない。今回のディスカッションをお聞きしながら、私はこのように思いを巡らせていました。捨てるのではなく、次の行為に含まれる余剰がそこにあるのではないでしょうか。

(執筆:髙橋創一)