2025レポート② ゲストによるレクチャー:客観性と衝動、偶然性をもち続ける

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2026.03.13

執筆者 : 和田真文

2025レポート② ゲストによるレクチャー:客観性と衝動、偶然性をもち続けるの写真

2011年以降に生まれたアートプロジェクトと、それらを取り巻く社会状況を振り返りながら、これからの時代に応答するアートプロジェクトのかたちを考えるシリーズ「新たな航路を切り開く」。P3 art and environment 統括ディレクターの芹沢高志さんをナビゲーターに迎え、この10年間の動きを俯瞰する年表制作や、ゼミ形式の演習を実施してきました。

このシリーズのなかのプログラムの一つ、演習「自分のアートプロジェクトをつくる」は、アートプロジェクトを立ち上げたい方やディレクションに関心のある方を対象としています。2025年度は10月初旬から翌年2月中旬まで約4ヶ月にわたって実施しました。週末の会場は回を追うごとに静かな熱気を帯び、休憩時間には受講生同士が熱心に感想を交わす様子が印象的でした。

この演習の様子を、3つの記事でレポートします。

レポート① ディスカッション:自分のなかから生まれる問いをつかまえる
・レポート② ゲストによるレクチャー:客観性と衝動、偶然性を持ち続ける
レポート③ 最終発表:自分なりの「言葉」がつかめたら、実現への第一歩を踏み出してみる

2025年度のゲストは、武田知也さん(舞台芸術プロデューサー/一般社団法人ベンチ 代表理事)、小沢剛さん(美術家/東京藝術大学教授)、野田智子さん(アートマネージャー/Twelve Inc. 取締役)の3名。
それぞれのゲストによるレクチャーと、受講生とのディスカッションの様子をご紹介します。

武田知也さん(舞台芸術プロデューサー/一般社団法人ベンチ 代表理事)

アートマネージャーの可能性を拡張させる「一般社団法人ベンチ」の活動

11月8日(土)のゲストは、武田知也さん(舞台芸術プロデューサー/一般社団法人ベンチ 代表理事)。武田さんは、20代の頃から舞台芸術に関するマネジメント業務に幅広く携わっています。お話を伺うなかで印象的だったのは、一個人としてよりよい作品をつくりたいという想いの強さはもちろん、鑑賞者、制作者、演者を含め、舞台芸術界にかかわる人々全体にとってよりよいものにするためにどうするか、という考えが軸にあること。

レクチャー冒頭で紹介されたアートマネージャーで組織されたコレクティブ「一般社団法人ベンチ(以下、ベンチ)」の活動も、その考えを体現する一つです。演劇やダンスにかかわるアートマネージャーは、組織に所属せず個人/フリーランスで活動する人が多いと言います。そのためベンチは、「個人では受注が難しい仕事を実現する受け皿として機能すること」と、「個人が制作現場で得たノウハウや課題などをコレクティブ内で共有し、アートマネージャーの可能性を拡張させていくこと」という理念を掲げています。その背景には、過去に体調を崩す仲間の姿があったのだそう。例えば、体力を必要とする場面も多い演劇の仕事では、年齢が上がるにつれ気力だけではカバーし切れなくなることや、責任は増す一方で、収入はなかなか増えない厳しい一面があります。そうした背景を理由に、このコレクティブとしての活動が展開されています。

またベンチは、日本有数のビジネス街である大手町・丸の内・有楽町エリアを舞台に創造的なシーンをつくりだすことを目指す「有楽町アートアーバニズムYAU」の活動拠点の運営にも参画。多様な人々が交差する稽古場を立ち上げるなど、新しい演劇環境の創出を試みています。倉田翠さんが演出・構成を手がけたパフォーマンス『今ここから、あなたのことが見える/見えない』では、ビジネスパーソンが多く集まる場所という特徴をいかし、一般公募によって集まった同エリアの働き手たちが倉田さんと徹底的にコミュニケーションをとったうえで舞台上で自らのことなどを語るという企画プロデュースに携わりました。また、デイサービス施設でのレジデンス事業を中心とした「クロスプレイ東松山」のように、地域福祉や都市といった枠組みにアーティストを介在させるプロジェクトなども展開しています。

やむに止まれぬ自発性を尊重する

近年の武田さんの活動の根底には、武田さんがベンチとしてかかわったある公演へのレビューに覚えた「違和感」があるのだと言います。その公演は、バレエ経験のある人を公募し、オーディションによって選ばれた人々が出演するというものでした。そのレビューのなかで、「市民参加型という名目」のもと、「搾取になりかねない」という趣旨の指摘がありました(註:一部、レビュー内で事実と異なる指摘があり、後日、訂正文が追加された)。武田さんは、そのなかで指摘されている「演出家やプロの出演者」と公演に参加する「市民」という分け方に着目。その指摘が、演劇が「舞台に立つ人」=サービス提供者と、「観劇者」=消費者という二項対立の前提に立った視点に感じられ、それは、芸術がうまれる起点となるはずの一人ひとりの「止むに止まれぬ自発性」が、資本主義的倫理観によって矮小化されていないか? という問いを考えるきっかけになったのだそうです。

武田さんは、かつてかかわった維新派の松本雄吉さんによる「境界をしつらえるのが劇場」という言葉を引用して、アンダーグラウンドでも制度化のみを目指すでもない、その「はざま」でシーンをつくる重要性を説きました。

アートマネジメントの本質とは、ものごとに白黒をつけるのではなく、その「未分化な領域」を見つけ、拡張していくことにあります。受講生との質疑応答では、効率や資本主義の論理に回収されない「プロセス」を観客や関わる人たちと共有し、ともに時間を過ごすことの価値が強調されました。武田さんは、制度からはみ出すような「インフォーマルな状態」や失敗を許容する演劇の特質に価値を見出し、複雑な「あいだ」を可視化する「行為者」でありたいと締めくくりました。

小沢剛さん(美術家/東京藝術大学教授)

11月15日(土)は、小沢剛さん(美術家/東京藝術大学教授)をゲストにお迎えしました。ナビゲーターの芹沢さんとは旧知の間柄ということもあり、リラックスした雰囲気でスタート。まずは、小沢さんがこれまで手がけてきた作品を例に、創作に対する態度やバックグラウンド、思考方法についてお話しいただきました。最初に紹介された作品は、小沢さんの代表作の一つである「なすび画廊」。貸し画廊のシステムに疑問を呈し、東京・銀座の路上で世界最小の移動式画廊をつくり発表しました。牛乳箱の内側を白く塗りホワイトキューブに見立て、当時若手だった村上隆氏らアーティストの発表の場となり、いつしかこの小さな移動式画廊を用いて発表する人は50人、60人に膨れ上がりました。その後ヴェネチア・ビエンナーレの会場に無断でもち込んだことをきっかけに、ドイツをはじめとする海外での展示が実現。さまざまな人や土地を巻き込み発展していく様は、現在の「アートプロジェクト」にも通じるものがあります。このように、まだそれほど「アートプロジェクト」という言葉が普及していなかった1980年代から90年代にかけて、小沢さんは独自のアイデアで自身の発表の場をつくり出し、徐々に活動の場を広げていきました。

他者との協働という「プロセス」をおもしろがり、作品化する

小沢さんが作品制作で大事にしていることのなかに、「プロセスを大事にしたい」「人とつくりたい」「旅をしながらつくりたい」という思いがあります。

例えば、《ベジタブルウェポン》もその思いが反映された作品のひとつ。この作品は、小沢さんが文化庁の研修でアメリカに渡航予定だった2001年に起こったアメリカ同時多発テロ事件を受け制作されました。世界各国を巡り、出会った女性に「あなたの好きな郷土料理、家庭料理は何?」と尋ね、その料理に使う野菜や肉などの食材を用いて銃のかたちを創作し、モデルとしてその銃を構えてもらってポートレート写真を撮影。その後、実際にそれらの食材を使ってその料理を一緒につくり、食卓を囲むというもの。小沢さんはこの一連の流れを丁寧に記録し、作品として発表してきました。この作品からは、暴力への「NO」をユーモアを交えながら表明するアーティストの姿勢を感じ取ることができます。

「国や地域によって、手に入りにくい素材もあるが、環境そのものの違いや、現地で誰に手伝ってもらうか、 リサーチすることそのものが楽しい」と小沢さん。地元住民が勧めるものもできるだけ柔軟に対応するようにしていること、訪れた土地ごとの出会いをおもしろがり、制作に存分に生かしている様子が伝わってきました。

ヤギを起点に広がる「透明なアートセンター」の実験

小沢さんが現在取り組んでいるプロジェクトのひとつに、「ヤギの目」プロジェクトがあります。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科の小沢剛研究室と「取手アートプロジェクト」が共同で立ち上げた企画で、ヤギの飼育を通して、ヤギを起点につながり発展していく「目には見えない透明な」アートセンターの設立を目指すというユニークな取り組みです。学生たちから広大で寂しい印象をもたれがちだという取手キャンパスの一角でヤギを飼いはじめたことで、学生同士や他県のヤギ飼育家とのつながりができたり、ヤギが食べる植物の名前や活用方法を考えたり、さらにはヤギのフンから絵の具をつくったり、グッズを販売したりとさまざまな展開が生まれています。

偶然を招き入れながら、関係性を編み上げる

受講生からは、小沢さんの作品制作にあたってのリサーチや協働についても質問が寄せられました。「若い頃はリサーチが大嫌いだったけれど、制作のために必然性を感じ、とことんするようになってきました。ネット、新聞、図書館、必要なら海外の専門家へのインタビューも。リサーチが落ち着いたら、あとは制作。想像力を広げ制作していくのが大事」と小沢さん。
「実在の人物や戦争加害・被害などの題材も扱っている《帰ってきた〜》シリーズをはじめ、一方的な視点から個々人がもつ物語性に介入してしまう可能性もある作品をつくるときは何に気をつけているのか?」という質問には、ネガティブな誤解を受けないように配慮をしていることや、作品の舞台となる現地の研究者に相談し、異なる視点を取り入れていること、偉人と言われる人々のもつ人間臭さやダメな部分にも視野を広げストーリーを創造しているのだと答えました。

また「自分一人で制作したいと思うことはあるか?」という質問には、自分一人で制作する時間も大事にしていること、そのうえで、自分のキャパシティがそれほど大きくはないと思っているからこそ、誰かと一緒につくることで技術や技能が拡張できるのではないか、そうした期待をもって協働していることが伺えました。そうした協働創作の際には、小沢さん自身がチーム内のファシリテーターのような役割を担うこともあるそうです。

「すべてを自分でコントロールしようとは思っていない態度が、小沢さんの作品制作にはあるんですよね」とナビゲーターの芹沢さん。偶然の出会いや協働相手がいるからこその変化も含めて、そのプロセスをおもしろがる小沢さん自身の姿勢からは、予見できないものごとに対して柔軟に応答するアーティストの存在や、アートやアートプロジェクトのあり方そのものをあらためて考え、捉え直す時間となりました。

野田智子さん(アートマネージャー/Twelve Inc. 取締役)

年明け最初の1月17日(土)の演習は、アートマネージャーであり、アーティスト・コレクティブ「Nadegata Instant Party(以下、Nadegata)」の一員としても活動する野田智子さんをゲストに迎えました。野田さんが企画を考えるときにいつも心に浮かぶのは、まだ大学生だった頃に遭遇したある出来事だと言います。ある日のこと、展覧会を見てレポートを書くという大学の課題のために「ミニマル マキシマル -ミニマル・アートとその展開-」(2001年、京都国立近代美術館)の展示会場を訪れた野田さんは、ガラス玉が床一面に敷かれたモナ・ハトゥームによる作品《マーブル・カーペット》のうえを、高齢の女性が意図せず歩いてしまうアクシデントに居合わせました。そのときの、ガラス玉がパーッと床面を転がる様子や女性の驚いた声、監視員の慌てた様子などを、いまでも鮮明に思い出すのだそう。その後、アートマネージャーとしてさまざまな企画にかかわるようになってからも、あの日の情景を思い出すことがあるそうで、「アートは誰かにとっては特別でも、誰かにとっては価値のないもの」という視点として心に留め置かれている、と野田さんは話します。例えば、美術館で、作品とは思わずに通りすぎてしまった経験や、ふと作品を守るための結界を越えてしまい監視員さんから声を掛けられた経験がある人も少なくないかもしれません。アートプロジェクトの場合はなおさら、空き家やパブリックスペースなど、アートファンや通りすがりの人、観光客など不特定多数が行き交う場所が展示やプロジェクトの会場となることも多く、この「誰かにとっては特別でも、誰かにとっては価値のないもの」という視点は、アートプロジェクトを企画するうえでも欠かせない大事な視点の一つです。

アートマネジメントが指す言葉の意味とは

実は写真学科を専攻するアーティスト志望の学生だった野田さんがアートマネジメントを志したきっかけには、在籍していた大学でティーチング・アシスタントをしていた澤田知子さん(写真家)の活躍があったのだと言います。写真界の芥川賞と称される木村伊兵衛賞を受賞した澤田さんが、瞬く間に活躍の場を広げていく姿を目の当たりにした野田さん。キャリアやアーティストの社会的な立場について考えたときに、アーティストとしての活動よりも自分自身は「環境を整える役割」に興味があるのだと気づいたそうです。その後、アートマネジメントを学べる大学院へと進学。大学院時代に出会った美術家の中﨑透さん、山城大督さんとともにNadegataを結成。現在に至るまで、二人のアーティストが出すアイデアに対して「とにかく何でもいいから応答し続ける」役割に撤し、コーディネートや予算管理、広報などを担ってきました。

さらにその後、Nadegataの活動を続けながら、ギャラリーに勤務。作品制作からマネジメントへとキャリアの舵を切って行きました。さまざまな経験を重ねた現在、あらためてアートマネジメントとは何か、と問われると、「芸術経営」を指すだけでなく、より広く「アートを受け取り考える力、おもしろがる力」も含めたものとして捉えていると野田さんは言います。

ラーニングとの出会い

野田さんにとってアートマネジメントに対する視野を広げ、現在の会社を設立する転機にもなったのが、「あいちトリエンナーレ2019(以下、あいち)」で、ラーニングセクションのマネジメントを任されたこと。当時、アーティストの思考をいかにリアライズ(現実化)するかへの興味が強く、芸術祭などの来場者やボランティアとのコミュケーションにはさほど関心がなかったと言う野田さん。ところが、当時のラーニングのテーマが「来場者の思考をいかにアクティブにできるか」だったことをきっかけに、自身の思考に変化が訪れたのだそう。それまでに野田さんがNadegataとして手がけてきたプロジェクトは、公募で集まった参加者がかかわりながらともにつくっていくものばかり。全員の顔ぶれがそろうまで、どのようなバックグラウンドをもつ人が参加するのかや、その人の得手不得手もわかりません。どのように完成形までもっていけばよいのかも、はじまってみないと見えてこない。だからこそ、まずは不特定多数の人にいかに乗り気になってもらえるかの仕組みづくりに奔走していました。参加者が主体的・自発的に考え動くために、どのようなかかわりしろをつくれるのか、プロジェクトが軌道に乗りはじめるために何が必要なのかを考えることが重要でした。野田さんはラーニングセクションにかかわることになってあらためて、これまでNadegataで考え実践してきたことと、ラーニングがテーマとすることが重なっていることに気づいたのだと言います。作品制作が「究極のクリエイティブ」なのだとしたら、その作品に対して応えるという姿勢も最高にクリエイティブで、いつも考えてきたことともつながっているのではと思うようになったそうです。

同年には、同芸術祭内で開催されていた「表現の不自由展・その後」での出品作品に対し、当時の名古屋市長が展示中止・撤去を要請したことをきっかけに、同展への問い合わせが殺到。展示中止への抗議や、文化庁による補助金の減額など大きな議論が巻き起こりました。参加アーティストたちが連帯しステートメントを発表するといった動きが起こるなか、野田さんはラーニングプログラムの担当者として、展示再開時の抽選の仕組みづくりやディスカッション付き鑑賞会のプログラムづくりに奔走。そのうちに、自分たちマネジメントを担当する人同士も、アーティストのように、横に手をつなぐ仕組みや仲間がほしいという気持ちが沸いてきたと言います。そこから野田さんはパートナーで映像制作も手がける山城さんとともにアーツプロダクション「株式会社Twelve(以下、Twelve)」を設立。京都を拠点に、スタッフや全国各地に広がる「ALLIANCE MEMBER」(経理担当者やアートマネージャー、プログラマー、編集者ら)と組みながら、文化芸術のアートプロデュースやメディアプロデュースを展開しています。

あいちをはじめとするさまざまな現場に身を置いてきた野田さんが、アートの現場で働く覚悟として決めているのは、「何か社会的・歴史的な出来事が起こったときに何かしらのかたちでそれに応答し、動く」ということ。大学院を出てギャラリーでスタッフとして働いていた頃、アーティストコレクティブのChim↑Pomが広島の原爆ドーム上空に飛行機雲で「ピカッ」と書いた作品《ヒロシマの空をピカッとさせる》が社会的騒動に発展した。地元新聞をはじめとする社会的な批判、それに対し、その騒動をまとめた検証本を出版、その後もヒロシマと核問題をテーマに多くの作品を制作するなど、常に表現で応答し続けるChim↑Pomの対応を目の当たりにした野田さんは、彼らの表現行為や言動を通じ、「表現にかかわることは、個人のスタンスと覚悟が問われること」だと痛感したと言います。

パンデミックを前にした野田さんは、「いま行動をおこしておかないと、未来の自分からコロナ禍で何をやっていたかを問われたときに、きちんと答えられない。いまやるべきことをやらなければ」との想いから、COVID-19の流行とそれを受けた愛知県による救済基金「文化芸術活動緊急支援金事業」へ応募し、文化芸術の表現者やその制作を支えるさまざまな職能をもつ人々とともに、9つのプロジェクトを新たに制作し、オンラインアートプロジェクト 「AICHI⇆ONLINE」として発表しました。

この演習では、アートプロジェクトをやりたいと思ったときに生まれる切実さをつかまえ言葉にすることができれば、たとえ実行の過程で何か困難なことが起きたとしても、原点に立ち返ることのできるブレない軸になるという考え方を共有してきました。受講生たちにとって、野田さんのレクチャーは、まさにこの「軸」があることの大切さや、それがあるからこその発展性、継続性を具体的な事例・角度から学ぶ機会になったのではないでしょうか。

撮影:齋藤彰英(2025年11月8日)、佐藤えりか(2025年11月15日、2026年1月17日)

>>2025レポート③ 最終発表:自分なりの「言葉」がつかめたら、実現への第一歩を踏み出してみる

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