「アートプロジェクトの担い手のための配信・収録講座」レポート【前編】
執筆者 : 村田萌菜
2022.12.19
2022.12.19
執筆者 : 村田萌菜
レポート【前編】では、第1回と第2回の様子をお届けしました。続く【後編】では、第3回に実施したトークイベントの様子や内容とあわせて、講座を通じて制作した配信・収録のためのチェックツール「はじめのシート」をご紹介します。
最終回となる第3回は、講座参加者によるトークイベントの実践です。講師の齋藤彰英さんと、ゲストに「STUDIO302」の設計・施工を手がけたいわさわたかしさんを迎え、「やってみよう!はじめてのライブ配信!!」と題した40分程度のトークイベントを、メンバー内限定の公開で配信・収録しました。
トークは2部構成がとられ、参加者も前半・後半の2グループに分かれて、カメラ、音響、スイッチャー、配信オペレーターと役割を分担します。前回までの内容を復習をしながら各機材のセッティングや動作確認、画角の設定、出演者とのマイクチェックなどを進めていきました。
予定の時間どおりに機材組み立てやテクニカルリハを終え、準備は万端です。初回の講座でその必要性が紹介された、舞台監督のような「進行役」は岡野さん(アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー)が担当。そのキュー出しを受けて、トークイベントの配信が始まりました。
前半は「映像ライブ配信の安定的な運用方法」について、後半は講座の参加者たちから事前につのった質問に齋藤さんといわさわさんが答えます。台本にはおおよその流れが書かれているものの、いざ本番が始まれば、出演者がどのように動くか、話がどのように盛りあがるかは予測できません。参加者はトークに耳を傾けながら、内容に応じてカメラの画角を調整したり、配信映像を切り替えます。
トークのなかでは、いわさわさんから「STUDIO302」の設計にあたって期待したものとして、制約によって生まれる創意工夫が挙げられました。
いわさわ 「スペースの機能としては、それなりに多機能なものを考えていました。ですが、色々な知識レベルの利用者にそれを管理してもらう、使ってもらうとなると、多機能すぎると選択肢が多すぎて、逆に使いにくくなってしまったり、トラブルが起きやすくなると思ったので、操作できる部分はかなり限定的にしようと思いました。そこで、カメラやマイクなど物理的な部分はできるだけ柱やテーブルの天面から生えている状態にすることで、それ以上動かせないように。そういう制約を与えることで、そのなかでできることを工夫してくれるんじゃないかなっていう期待を持って設計をしました」
企画の担い手が自分たちの適正規模を把握し、コンパクトにできることから考えていくあり方は、講座の第1回で齋藤さんが提示した「映像コンテンツ制作に向けた段取り」にも通じるものです。
ここから「STUDIO302」では、必要最小限の人数で運用できるよう、出演者側にもカメラやマイクの操作パネルを設け、表方/裏方を区別しない設計がなされました。
こうした狙いについて、齋藤さんは実際に「STUDIO302」を利用するなかで感じ取っていたといいます。
齋藤 「配信・収録において、映像や音のクオリティを高くすることよりも、そこで生まれる対話とかやり取りを重視していくという「STUDIO302」のコンセプトやシステム設計に触れて、ちょっと楽になったんですよね。最初にこのシステムでやらせてもらえてたから、あまり気負いせず配信というものに入っていけたし、いろんなアートプロジェクトの現場で仕事として展開出来るようになったので、このスタジオには感謝してるというか、いいきっかけになったかなと思っています。スタジオの物理的な設えやシステムの在り方から、いわさわさんの考えていることが伝わってきたというか、それって結構面白い体験で。言葉じゃなくてシステムからイメージが共有できたのはとても面白い現場でした」
トーク後半は、参加者から事前に寄せられた質問への応答です。使用機材やトラブルシューティングの方法など具体的な質問を端緒に、お二人の話の内容は、そもそも目指すべき「よい」配信・収録とは何かということや、トラブル対応の心構えなど、本質的な部分へ向かっていきました。
いわさわ 「オンライン特有の作法はもちろんあるけれど、多分、皆さんが経験しているような、劇場空間とかイベント会場でやってきたことの置き換えでできることが多い。このコロナ禍で配信が増えたことで、事業の目的や演出などについて「実はこういう意味があったよね」と、これまで経験則や属人的であったことを分解するタイミングだったかもしれないなというのは感じていて。なので、どうしても収録・配信の講座というと技術的な話になりがちなんだけど、そもそもコンテンツをつくって届けるとか、ライブで何かをするっていう行為は何であったのかという問いかけにもなっていた時期だったんだろうなと思いました」
齋藤 「「STUDIO302」使用中の有事で落雷も想定されていたけれど、もし本当にそんな危険な状況の時は潔く諦めた方がいいと思う。カメラやパソコンをコンセントに繋いでると、全部ダメになっちゃう可能性もあるんですよね。だから配信も停止してコンセントも抜いて、まずはスタッフの安全を確保するっていうことが、現場にいると選択肢から抜けがちだけど、実は結構重要かなと思います。現場にいる人の安全確保という意味では、オフラインのイベント運営でも同じですよね」
映像コンテンツの配信・収録は、一見、新しい対応を迫られるように思いがちです。専門技術が必要な面もあることは確かですが、しかし、あらためてその段取りや工程を整理することで見えてきたのは「目的に適した技術を運用する」というアートマネジメントの本質でした。
講座の総括として、齋藤さんは「技術・手法と目的には相性があるという前提のもと、さまざまな視点で配信や収録を捉えて利用することで、単なるオンライン/ハイブリッドでの実施というだけではない、その次のステップを考えていくことが重要」と結びます。
誰もが映像の配信・収録の担い手になり得るいまだからこそ、技術習得だけでなくその制作のあり方や意義にまで、皆で向き合うことができる時期ともいえるでしょう。今回の講座はそのための一歩を踏み出すものです。今後もさまざまな現場において、立ち止まったり迂回しながら議論を深めていければという期待とともに終えました。
参加者によって配信・収録されたトークは、齋藤さんが最低限の編集を加えた映像コンテンツとしてTokyo Art Research LabのYouTubeチャンネルに公開されています。
レポートでは紹介しきれなかった内容も多いため、ぜひご視聴ください。
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全3回の講座を終えて、齋藤さんを中心とする運営チームでは、配信・収録に取り組む誰もが参照できるツール「はじめのシート」を制作しました。
このツールでは、企画概要や会場の環境、事前準備から当日の役割分担まで、配信・収録の企画を考えるうえで抑えたいポイントを一枚にまとめています。各項目にはプルダウン機能で具体的な選択肢が用意されているため、このシートを参照しながら企画を詰めていく、といった使い方もできます。
「はじめのシート」は、配信・収録の担当者が自信を持って企画に取り組んでいける「お守り」のような存在になるだけでなく、専門業者への外部委託や、運営メンバーで企画に取り組む際のコミュニケーションの第一歩になるように、という思いから名付けられたそうです。
最初から全ての項目を埋めようと無理する必要はなく、企画によってはさらなる調整ごとも必要となるため、まずはみなさんが配信・収録について考えるきっかけとして活用いただけたらと思います。
ウェブページには齋藤さんによるツールの解説や、企画制作の考え方が掲載されているので、ぜひ一緒にご覧ください。
本講座ゲストのいわさわさんが所属するユニット・岩沢兄弟のウェブサイトでは、「STUDIO302」の空間づくりをめぐり、アーツカウンシル東京/東京アートポイント計画 ディレクターの森司とおこなった対談記事が公開されています。
「STUDIO302」ができるまでのプロセスや活動内容など、プログラムオフィサーが綴った記事がnoteで公開されています。