FIELD RECORDING vol.05 特集:自分のことを話す

『東北の風景をきく FIELD RECORDING』は、変わりゆく震災後の東北のいまと、表現の生態系を定点観測するジャーナルです。

東日本大震災から時が経ったことで、被災の度合いによって「当事者」として語りえなかった人たちが、自分の経験を語り出すタイミングが訪れているように思います。その語りは日常のなかでふと現れ、コロナ禍によって当時のことが呼び覚まされることもあるでしょう。 そこで、これまで東北にこころを寄せてきた人たちに問いかけました。vol.05の特集は「自分のことを話す」。東日本大震災から10 年目、いま何を考えていますか? いまどこにいて、今日はどんな一日でしたか?

「10年」という節目は、日々のなかに流れる時間の区切りとは、必ずしも結びつくものではありません。

(p.02)
もくじ

はじめに

東日本大震災から10 年目、いま何を考えていますか?

10年、そして。 宮地尚子
心の底に降りてあるもの 椹木野衣
津波の木 畠山直哉
「なんのためのアート」基調報告 畠山直哉
カタストロフを書き続ける 関口涼子

2020年リレー日記
(2020年6月1日〜2021年1月17日)

是恒さくら/萩原雄太/岩根 愛/中﨑 透/高橋瑞木/大吹哲也/村上 慧/村上しほり/きむらとしろうじんじん/岡村幸宣/山本唯人/谷山恭子/鈴木 拓/清水裕貴/西村佳哲/遠藤一郎/榎本千賀子/山内宏泰/木村敦子/矢部佳宏/木田修作/北澤 潤/清水チナツ/三澤真也/相澤久美/竹久 侑/中村 茜/安川雄基/西大立目祥子/手塚夏子/森 司/モリテツヤ/照屋勇賢

編集後記 佐藤李青

震災後、地図を片手に歩きはじめる

2011年7月にはじまったArt Support Tohoku-Tokyo(東京都の芸術文化による被災地支援事業)。事業を立ち上げから担当してきたプログラムオフィサーの佐藤李青が、この10年の経験を、11の出来事から振り返ります。

震災からの10年はあっという間に過ぎた。東北の地では、いまも震災後の時間が続いている。そして、いまや世界中が新たな災禍の渦中にある。これからの10年は、どうなるのだろうか?先のことはわからない。それでも、わたしたちはすでに知っていることがある。

(p.171)
もくじ

はじめに

非常時と平時に違いがあるのだろうか?
えずこホール

連携は実践からつくられる
ARC>Tと10-BOX

表現には現れてくるタイミングがある
「福島大風呂敷」と《Like a Rolling Riceball》

地域の文化の種を播く
福島県立博物館

土地の文化をアートで引き継ぐ
『森のはこ舟アートプロジェクト』

人と人が生きるための術すべを見出す
対話工房と女川常夜灯

異なる人たちと「はじまり」をつくる
『つながる湾プロジェクト』

「関係性の被災」を紡ぐ
マイタウンマーケット

民俗芸能は「日常」を取り戻す手立てになる
雄勝法印神楽と鵜鳥神楽

成果を実感するには、時間がかかる
きむらとしろうじんじんの「野点」と「ぐるぐるミックス in 釜石」

記録は人のかかわりから残される
「復興カメラ」と「ランドスケープ|ポートレイト」

終わりに 災禍のなかで語り出すために

松島湾の大図鑑

「つながる湾プロジェクト」は、宮城県松島湾とその沿岸地域の文化を再発見し、味わい、共有し、表現することで、地域や人・時間のつながりを「陸の文化」とは違った視点で捉え直す試みです。

本書は、2016年度から発行してきた『松島湾のハゼ図鑑』『松島湾の牡蠣図鑑』『松島湾の船図鑑』『松島湾の遺跡図鑑』の4冊をまとめて、加筆した大図鑑です。

いま僕の目には、この海が前より美しく見える。10年前に大きな災害を経験したこともその要因の一つではあるけれど、たぶんそれだけでもない。図鑑制作を通して知ったひとつひとつのことが僕の中で網のようにつながり、あるいは油絵具のように層をなし、景色の見え方が立体的になっているのだと思う。

(「おわりに」より)
もくじ

はじめに

松島湾について
ハゼについて
ハゼに出会う
牡蠣について
牡蠣の養殖
牡蠣を食べる
船について
漁をする船
交易する船
戦う船・守る船
日常の船
遺跡について
縄文の遺跡
古墳・律令時代の遺跡
中世の遺跡
近代の遺跡

おわりに
索引
おもな参考文献

ほやほや通信 第2号

岩手県釜石市にある「かまいしこども園」の活動紹介と、こどもたちへの遊びのきっかけを盛り込んだフリーペーパーです。

「ホヤ」といえば、釜石市民にお馴染みの海産動物を思い浮かべるかもしれませんが、「ほやほや」という言葉には、「でき上がったばかりで、柔らかく湯気の立っているさま」「その状態になったばかりであるさま」「声を出さず、にこやかに笑うさま。ほくほく」といった意味があります。園とこどもたちが生み出す、「ほやほや」な出来事をお召し上がりください。

もくじ

鼎談 | 遊びの環境をつくる実験場
天野珠路(鶴見大学短期大学部教授)×藤原けいと(かまいしこども園)×渡邉梨恵子(谷中のおかって)

じんじんからのお手紙 | きむらとしろうじんじん

あたまにうちゅうじん | 大西健太郎

子どもたちの応援団
かまいしこども園の先生たち/いっしょに読んでみよう!
はなとの出会い/りんめいさんのミックスクッキング/4コマ漫画

活動報告 | 9–11月のプチぐる/プチぐるができるまで

伝える・わかるを考える Interpret○▲□

「手話通訳」の視点で、コミュニケーションを捉え直す

アートプロジェクトの現場では、誰かと何かをはじめようとするとき、考えや視点の違いを理解しながら、互いのイメージを擦り合わせ、つくり方を議論します。そこで起きるコミュニケーションは、「言葉」に限ったものではありません。むしろ、表情やしぐさ、声色、動き、間など身体を用いた非言語の領域が、日々のコミュニケーションに大きな影響を与え、支えています。

そうした観点に立脚し、2020年度に開催したプロジェクト「共在する身体と思考を巡って-東京で他者と出会うために」にて、ナビゲーターを務めた和田夏実(インタープリター)が、「手話通訳」に焦点を当てて、通訳環境の新たな手法開発を試みます。

手話通訳とは、「視覚身体言語」と「音声書記言語」という異なる言語体系とメディア(声や文字、身体など)をもつ言葉を、手話通訳者自身の身体を通して翻訳し、伝達するコミュニケーション技術です。手話通訳者それぞれの身体知を語らうことから、アートプロジェクトへのアクセシビリティや情報保障のあり方について考察を深め、今後のアートプロジェクトの運営に必要な視点を見出します。

千住の1010人 from 2020年 『around SUMIDAGAWA』

「千住の1010人」は、足立区を舞台に活動する『アートアクセスあだち 音まち千住の縁』によるプロジェクトであり、作曲家・野村誠によるプロジェクト「千住だじゃれ音楽祭」の一環として実施しています。1010(せんじゅう)人の参加者が千住(せんじゅ)に集い、さまざまな演奏や表現を繰り広げます。

本映像は、新型コロナウイルス感染症の影響を受けて実現できなかった「船」をつかった実験の一部をまとめた2020年の記録です。

千住の1010人 from 2020年「2020年を作曲する 世界だじゃれ音Line音楽祭」

「千住の1010人」は、足立区を舞台に活動する『アートアクセスあだち 音まち千住の縁』によるプロジェクトであり、作曲家・野村誠によるプロジェクト「千住だじゃれ音楽祭」の一環として実施しています。1010(せんじゅう)人の参加者が千住(せんじゅ)に集い、さまざまな演奏や表現を繰り広げます。

本映像は、新型コロナウイルス感染症の影響を受けて、オンライン参加型企画「世界だじゃれ音Line音楽祭」として方針転換・実施したイベントの記録映像に、1010人の演奏者たちが集うはずだった場所の風景を組み合わせて作曲、編集した10分10秒の音楽作品です。

TERATOTERA 2010→2020 ボランティアが創ったアートプロジェクト

JR中央線の高円寺・吉祥寺・国分寺という「3つの寺」をつなぐ地域で展開しているアートプロジェクト『TERATOTERA(テラトテラ)』。本書は、10年間の取り組みを、企画の中心を担うボランティアスタッフ「TERACCO(テラッコ)」が中心となり、まとめあげたドキュメントです。事務局やテラッコ、アーティストなど、事業にかかわるさまざまな人々が声を寄せました。

年代も立場も異なる様々な人々が集い、それぞれの技能と経験を生かして愉しみつつ協働する。そうした在りようが「放課後」に重なって見えたのです。

(p.161)
もくじ

はじめに Introduction

Ⅰ TERATOTERA 祭り2020  TERATOTERA Festival 2020

Ⅱ はじまりの日々 The First Days

Ⅲ テラッコの熱量 The Passion of TERACCO

Ⅳ テラッコとともに歩んだ11年 Eleven Years with TERACCO

Ⅴ  TERATOTERAを観察する Observing TERATOTERA

Ⅵ テラッコの可能性 The Potential of TERACCO

Ⅶ TERATOTERAと私 TERATOTERA and Me

TERATOTERA全記録 2010→2020/ビジュアルアーカイブ

おわりに Conclusion

編集後記

あってないけど、あっている(BSBの活動レポート・後編)

2020年のBSB

前回のレポートでも少しお知らせしたように、「伴奏型支援バンド(BSB)」(※)の2020年は、思い描いていた活動から変更せざるを得ず、「現地(いわき)には行かずに、東京からいわきに向けて、いまできること」の試行錯誤の積み重ねでした。

※いわき市の復興団地で行われているアートプロジェクト「ラジオ下神白 あのときあのまちの音楽からいまここへ」(以下、「ラジオ下神白」)と連動して活動する、住民の方々の「メモリーソング」のバック演奏を行うバンド。2019年度のTokyo Art Research Lab「研究・開発」プログラムによって結成した。

例えば、団地の住民さんに届けるため、みなさんのメモリーソングをレコーディングしたり。

BSB初となる、ミュージックビデオの撮影にも挑戦しました。ミュージックビデオの背景は、団地住民の方からご提供いただいた、思い出の写真のスライドショーになっており、住民さんおよび現地チームである一般社団法人Tecoチームとの協働作品。この映像に団地の住民さんのコーラスが重なり、完成・公開する予定です。

オンライン報奏会|第2回「2019年の報奏 とりわけ伴奏型支援バンド(BSB)編」開催!

夏のレコーディング、秋のミュージックビデオ撮影に続いて行ったのが、「オンライン報奏会」。今年度は、Tokyo Art Research Labのプログラムとして、プロジェクトの様子を伝える報告会シリーズ「オンライン報奏会2020」を展開しています。その第2回目を、BSB特集として、2020年の12月27日(日)に実施しました。

当日は、「ラジオ下神白」ディレクターのアサダワタルさんと、メンバーとがトークを行ったり、バンドが生演奏をしたり。
ハイライトは、オンラインで東京といわきを繋ぎ、東京ではBSBが演奏を、いわきでは団地住民の小泉いみ子さんがボーカルを担当し、カラオケのように重ね合わせるコーナーです。

※当日の詳細については、アサダワタルさんのレポートに記されています。ぜひご覧ください。

経験豊富な配信・音響チームも、“オンラインでのカラオケ”は前代未聞の取り組み。「何のシステムを使うのが良いか」「どう配線をつないだらいいか」「現地でもテクニカルのサポートが必要だ」「互いに音が遅れて届くのを見越して、出力のタイミングを調整しよう」など、
配信直前まで試行錯誤を重ねました。

あってないけど、あっている

いみ子さんの歌と、BSBの演奏は、いわゆる“ぴったり正確な演奏”ではなく、大きくズレたり、リカバリーしたりしながらのセッションですが、「なんだか、あっている」という感覚に陥りました。

それは、全力で歌を歌ういみ子さん、いみ子さんに演奏を届けようとするBSB、という双方向のものすごい歩み寄りが可視化され、画面上で創出できたからではないかと感じます。

あってないけど、あっている。

もともと、オンラインのカラオケをすること自体は目的ではないけれども、そのある種、すごく非効率で、目的的ではない「仕掛け」が新しい体験を生み出し、それが画面の外側の人にも体験を共有するひとつのメディアになっていく…

1年前のクリスマス会の後のように、実践したことの手応えをじわりと感じたプログラムでした。ディレクターのアサダワタルさんも、レポートの中でこう述べています。

そこでひとつ大事にしたいのは、問題なくオンラインでやることよりも、「それでもつながろうとする意思のプロセスを如実に表現できるかどうか」だと確信しました。それは、今回の小泉いみ子さんとBSBの間でわずかながらも表現できたのではないかと思っています。

オンライン報奏会「2019年の報奏 とりわけ伴奏型支援バンド(BSB)編」

2020年度の最終回となるオンライン報奏会は、2021年2月23日(火・祝)に開催されます。震災からもうすぐ10年ということで、これまで、およびこれからの本プロジェクトを振り返り、今後の展開を考える時期。ゲストには、震災後に福島の方々との交流を盛んに行ってきた作家・クリエイターのいとうせいこうさんをお招きし、本プログラムディレクターのアサダワタルさん(文化活動家)が、「表現・想像力・支援」というテーマで対談を行います。

ぜひ、ご覧ください!


執筆:岡野恵未子(アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー/Tokyo Art Research Lab「研究・開発」プログラム担当/BSBメンバー)

「その前」を手がかりに(BSBの活動レポート・前編)

「その前」は、どうだったのだろう。いま、思い出そうとしても、はっきりとは思い出すことができない。いつも、そうだ。
なにか、が起こる。そして、その後、その「なにか」の前はどんなふうに考え、どんなふうに暮らしていたのか、と思うけれど、よく覚えてはいない。いや、記憶はたくさんある。どんなことをしていたのか、どんなことを考えていたのか、どんな出来事があったのか。それら、ひとつひとつの、数えきれないほどの多くの事柄が、僕の前で起こり、一回一回対応してゆきながら、ぼくは生きている。

(高橋源一郎「『たのしい知識』特別編 コロナの時代を生きるには」『週刊朝日別冊 小説トリッパー』2020年夏季号、338頁、朝日新聞出版、2020年)

こんにちは、「伴奏型支援バンド(BSB)」です。BSBは、いわき市の復興団地住民の方々の思い出の曲「メモリーソング」のバック演奏を行うバンド。アートプロジェクト「ラジオ下神白 あのときあのまちの音楽からいまここへ」(以下、「ラジオ下神白」)※と連動し、2019年度のTokyo Art Research Lab「研究・開発」プログラムによって結成したチームです。

※福島県いわき市にある県営復興団地・下神白(しもかじろ)団地を中心に実施しているアートプロジェクト。2017年より、団地住民の皆さんにお話を伺い、その当時の馴染み深い音楽をラジオ風にお届けしています。

BSBは、2019年の夏にバンドを結成してから、2019年の秋・冬にかけて練習と現地への訪問を重ねていました。その様子は以前ブログでもご紹介してきました。そして約1年前、2019年12月には、団地で演奏をお披露目しました。その後、メンバーへのインタビューや2020年度に向けたふり返り……などと活動していたのですが、そう、それはちょうど新型コロナウイルス感染症流行の影響がじわりじわりと出てきた歩みと重なります。
社会の変化に伴い、ある時期から「(「今」とは違う)その前」が生まれ、そして気づけば「今」も時間が経つと「その前」になっていく。文化事業も先が見通せない状況が続いたこの1年。そのなかで、BSBの活動をいつ、どう記すべきか、機会を逃したまま、季節が一周してしまいました。

一年前、いわきで

2019年12月23日(月)に行われた演奏のお披露目は、(当時はそんなことばはありませんでしたが)まさに「密」。下神白団地から道路を挟んで向かい側にある永崎団地の集会所で行なわれたクリスマス会にて、団地住民の皆さんの前でメモリーソングを演奏しました。

この日演奏したメモリーソングは全6曲。曲のリクエストをいただいた方を壇上にお招きし、トークを交えながら、演奏に合わせて会場の皆さんとメモリーソングを歌っていきます。

演奏のあいだには、トークだけではなく、その曲の思い出を語った際の音声や、団地を退去された方に現地スタッフが会いに行ったときの映像も流しました。

また、予想していなかった出来事も次々に起こりました。地元のダンスグループが、会場の後ろで踊りはじめたり。ある女性は、「『青い山脈』を聴かせたくて」と、その曲が好きだったという昔のご友人の写真をもってきてくださり、写真と共に壇上へ。直前まで「俺は歌わないよ」と断言していた男性は、マイクを握って熱唱(曲間のセリフもばっちり)。バンドメンバーの池崎浩士さんは、下神白団地をイメージしたオリジナルソングを前夜に書き上げ、本番で披露しました。

そこでは、「わたし」の記憶が「わたしたち」の記憶になっていた

あの時あの場所で集結していた、住民さんの語り、映像、メモリーソングの演奏、コーラス……そんな、さまざまなかたちで登場し、重なり合った「個人の記憶」は、ただその人の記憶というだけではなく、いつしか「皆でこの場を体験した記憶」となっていたように思います。

「自分の記憶と他人の記憶の境界線が曖昧になり、新しい記憶が生まれる」。それは、「立場の異なる住民間、ふるさととの交通を試み」るこのプロジェクトとして、1つステップとなる実践だったのではないか。ある種、確信めいた手ごたえを手に、本番を終えたのでした。

本番後に行われたバンドメンバーとのふり返りでも、メンバーからは、「支援する側/受ける側の関係は一方通行ではないと思った」という発見や、「自分のおばあちゃんとの記憶を思い出した」り、「もともと知っていた曲も、知らなかった曲も、曲を聴くと今回の活動で経験した思い出が浮かんでくる」ようになったり、「下神白団地というひとつの場所に関わったことで、ある種のスタート地点に立った気がした」といった体験が語られました。

今年度のBSB

いざ、その手ごたえを更なる実践に!と考えていた矢先に訪れたコロナ禍。夏ごろには団地に行けるかねえ、秋ごろには、冬には…といううちに気づけば1年が経ちました。

しかし、BSBとしてはただ「行けるようになる」ときを待っていただけではありません。この間も、少しずつ新たな動きに取り組んできました。

例えば、住民さんに届けるためにメモリーソングを改めて収録しなおしたり。それから、ミュージックビデオの制作です。ある住民さんのメモリーソングである「青い山脈」(作詞:西條八十 作曲:服部良一/1949)を、BSBが演奏。その演奏を聞きながら、住民さんがひとりひとり歌った歌声を集め、重ね合わせて構成されています。その演奏・収録の様子に加え、住民さんの思い出の写真や、ドキュメントの記録映像が流れたりする、オリジナルのミュージックビデオです。

高橋源一郎氏は、コロナ禍において流れ去る時間や記憶を喪失しないためには、作家がそれをことばに刻みつけること、つまり「新しい『物語』」が必要だと示唆しました。クリスマス会で体験を共有できた、という手ごたえを元に、いわきの団地と東京で活動するBSBとの関わりを探ることは、手法は違えど、ひとつの「物語」をつくっていくこと、だったようにも思います。

一度も団地の訪問はできなかったけれども、できることをさぐったこの一年。そんなBSBの様子を、2020年度のTARLプログラムである「オンライン報奏会」でお伝えする企画を実施しました。その内容は、後編のレポートでお知らせいたします。


執筆:岡野恵未子(アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー/Tokyo Art Research Lab「研究・開発」プログラム担当/BSBメンバー)