「映像制作」がつむぐ多文化のコミュニティ——阿部航太「KINOミーティング」インタビュー

2022年度からスタートした「KINO(キノ)ミーティング」は、日本に住む海外にもルーツをもつ人たちが映像制作を行う、ワークショップを中心としたアートプロジェクトです。

さまざまな背景をもつ参加者たちが「撮影チーム」となり、カメラを片手に路上へ。東京のまちを歩きながら、お互いの話をききあったり、自身のルーツや、生活しているエリアやコミュニティとの関係を探りながら、「映像作品」を完成させます。

さらにそこでは、映像制作という協働の場を通じたコミュニティ形成や、参加者が主体的に運営にかかわるワークショップ・プログラムの研究開発も目指されています。

名前の由来は、KINO(ドイツ語などで「映画」の意味)+ミーティング(出会い)。「場所を移動しながら、映画や映像という媒体を使って、そのプロジェクトの過程でさまざまな人々と出会い、対話する」という意味が込められています。

この「KINOミーティング」の運営に携わる、阿部航太(あべ・こうた)さんは、デザイナーで、ブラジル4都市の路上で躍動する人々の姿をとらえた映画『街は誰のもの?』の監督としても知られます。阿部さんに、プロジェクトのはじまりや、これまでの活動についてお話を伺いました。

(取材・執筆:杉原環樹/編集:永峰美佳/撮影:前田実津 *1、7、8枚目)

「つくる行為」を通して人とかかわることの可能性

——「KINOミーティング」の活動はどのようにはじまったのでしょうか?

阿部:「KINOミーティング」を共催するアーツカウンシル東京とは、「Tokyo Art Research Lab」で、2020年から、連続する2つのプログラムをご一緒してきました。

その1つは、2020年度の「Cross Way Tokyo—自己変容を通して、背景が異なる他者と関わる」。もう1つは、2021年度の「Multicultural Film Making —ルーツが異なる他者と映画をつくる」です。「KINOミーティング」は、この延長上に生まれた企画です。

一連の取り組みの出発点は、「海外にルーツをもつ人とかかわりたいけれど、どう接していいかわからない。つい尻込みしてしまう」という僕自身の悩みでした。そこで、同じ悩みを感じている人たちに呼びかけ、「何をハードルに感じているのか」などを話しあってみようとしたのが、最初の「Cross Way Tokyo」でした。

——阿部さんはブラジルの路上を取材した映画『街は誰のもの?』も撮っていますが、日本で海外ルーツの方とかかわる際、どんな難しさを感じたのでしょうか?

阿部:2018〜2019年、半年滞在したサンパウロでは、路上にいろんな背景の人たちがいて、その混じり合いがすごく豊かに感じました。もちろん、そこには貧富の差もあり、すべてがいいとは言えないのですが、それぞれの人の「個」が感じられる場所だったんです。

僕はブラジルでは「旅人」で、マイノリティとしてまちにいました。その感覚で日本に戻ると、今度は自分のマジョリティ性が意識され、背景の異なる人と接する際、マジョリティの自分が、マイノリティの相手の背景を知ろうとする行為自体に、強い抵抗を感じるようになりました。相手の背景を消費するようなかたちで、興味本位でただ楽しんでいるような。海外で、さまざまな歴史への自分の無知を感じたことも、躊躇につながっていました。「Cross Way Tokyo」では、その悩みをいろんな人と共有しようとしたんです。

具体的には、集まったメンバーで一緒にまちを歩きながら、異なる背景をもつ人と向き合う際に感じていることをお互いにインタビューしあい、文章、写真、映像など、それぞれ何らかのメディアで表現してみようということを試みました。このとき気がついたのは、人とのかかわり方において「何かをつくる行為」を通して人とかかわることが、自分にとっては一番自然で可能性を感じるということでした。そこで、今度は多様な背景の方と一緒に一本の映画をつくろうと考えました。これが、次の「Multicultural Film Making」につながりました。

「Cross Way Tokyo」第4回、初のフィールドワーク。ライター・エッセイストの金村詩恩さんとともに上野公園や東上野コリアンタウンなどを散策。

おもしろい映像作品を、主体的につくることを目標に

阿部:「Multicultural Film Making」のワークショップは2部に分かれていて、まずは公募で集まった背景がバラバラなメンバーで一緒にまちを歩き、みんなの背景やルーツ、日本のまちに感じることなどをお互いにインタビューしあったり、写真を撮ったりして、一人一本、ドキュメンタリー映像作品としてまとめました。このアクティビティを「シネマポートレイト」と呼んでいます。

「Multicultural Film Making」の「シネマポートレイト」の様子。

その後、台湾出身で、大学で映画を学んだ鄭禹晨(てい・うしん)さんがそれらを束ねて脚本化し、彼女が監督して、みんなで一本のフィクション映画を制作しました。

メンバーはほとんどが映像の素人でしたが、撮影プロセスのなかにはたくさんの気づきがありました。そして何より、完成した作品『ニュー・トーキョー・ツアー』がおもしろかった。参加者のコミュニティもできていたし、ワークショップの方法論としても深めていけそうだと感じたため、これを「KINOミーティング」として続けることになったんです。

——映画という集団制作の現場に、具体的にどんな可能性を感じたのですか?

阿部:一つ大きかったのは、完成した映画を東京都写真美術館で上映してトークをした際、登壇したメンバーが楽しそうだったことです。みんな、主体的にこの制作に臨んでいたことがわかる内容だったんですね。この手の多文化交流プログラムでは、こちらのお題に沿って参加者がただ動いているという構図になりがちですが、ここではそれがクリアできたように感じたんです。

東京都写真美術館で行われた『ニュー・トーキョー・ツアー』1 DAY上映会告知。

また、制作中はそれぞれ撮影や演出などの役割を担うのですが、みんな自分の「作品」だから必死になるんです。映画の現場は監督もいるわけで、決して素朴に「みんな平等」の世界ではない。でも、そこで自分の役割を探り、お互いに補い合うなかでコミュニケーションが誘発され、他人だった人たちがチームになっていく感覚があったんですね。

僕たちはただ「対等なコミュニティ」をつくりたいのではなく、おもしろい作品をつくることを目標にしていました。チームとしてそれができたのが、一番可能性を感じたことでした。

過去の参加者に、プロジェクトを委ねていく

——そうして今年はじまった「KINOミーティング」では、2022年7月、池袋周辺を舞台に最初のワークショップを開催しています。これはどのような内容だったのでしょうか?

阿部:「KINOミーティング」の内容が以前のプログラムと大きく違う点は、東京のいろんなまちで行う点です。初回の舞台は池袋で、その土地に思い入れのある参加者を公募しました。

今回もまず3人1組となって「シネマポートレイト」からはじめました。その後、新たな試みとして、それぞれが制作した映像をグループで見て、3人の共通点を話し合う「トライアングルインタビュー」を行いました。そして、その共通点をテーマにして、今回であれば池袋を舞台に、3人で1本の映像作品を制作するというワークを行いました。

共通するテーマについて議論を深めて、お互いにインタビューをし、どんなカットが必要なのかなどを話し合って、その内容を軸にロケを敢行。編集作業も3人で行います。撮影と編集で3日間、別の1日は上映会。そして、次回はまたほかのまちで開催するという内容です。

——ワークショップ中の参加者の様子は、いかがでしたか?

阿部:活発に議論するチームもあれば、大人しいチームもあり、いろいろです。制作期間も短いので心配しましたが、結果的には『変身』『ひみつ』『JST(日本標準時)』という3つのとてもおもしろい作品が完成して、上映会では終了後も参加者たちが話し込んでその場をなかなか離れないほどでした。いい時間だったんだ、と感じました。

まちで撮影場所を探す、ワークショップクルーと参加者。

実は今回、もう一つ導入したことがあって、以前の「Multicultural Film Making」の参加者のうちの希望者に、「ワークショップクルー」という役割をお願いしたんです。これは僕らと参加者の間に入り、ワークショップのワークをリードしていく役割です。僕らの考えを理解してくれた経験者が、参加者と一緒に創作を行うんです。

僕たちが仕切るという構図は、どうしても制作が他人事になってしまったり、ワークショップ自体も形式的になってしまうため、一番避けたいことでした。そのため、僕はあくまで司会に徹して創作には介入しません。そのように「KINOミーティング」には、経験者がワークショップクルーとしてその後も運営にかかわり、主体的にプログラムを動かしてほしいという狙いもあります。

——経験者が、いわば「先輩」として次回以降の回にかかわることで、そこに横断的なコミュニティもできてくる、と。

阿部:そうです。今回も各組に経験者が一人ずつサポートでつきましたが、完成する作品が自ずと変わるんですね。そんな風に経験者がワークショップを運営する割合をどんどん増やしたいし、そのことで僕らだけではできないプログラムに変化することも、おもしろいと感じています。

体験で終わらせず、「作品」というフレームをもたせる

「KINOミーティング」ワークショップ、編集作業の様子。3組が同じスペースで作業。

——阿部さんは、常に完成した映像を「作品」と呼んでいますよね。ただの記録映像ではなく、参加者が本気でつくるために工夫していることはありますか?

阿部:僕はこのプログラムを「体験」で終わらせてはいけないと考えていて。「本格的なカメラで遊べて楽しかった」だけでなく、おもしろく、周りに評価される映像作品をほんとうにつくってほしい。ただ、それを引き出すには何かの枠組みは必要で、常にゼロから仕組みを設計している。そこが僕らが一番必死に考えている点です。

具体的には、映像をつくるプロセスを結構細かくワークショップ化しています。お互いにインタビューする、本人が街に座っているカットを撮る……など、撮る順番、やらないといけないことがわりとシステマチックにある。実はそれほど自由な現場ではないんです。

そうした枠組み、「型」は、参加者が街を見るときのフレームにもなります。街に座るカットがあれば、座る場所を探さないといけない。そのことが、このプログラムの重要な要素である、「自分と街の関係を見つめ直す」ことのきっかけになるかもしれません。

参加者はその「型」のなかで各自のおもしろさを追求しますが、ルールをきちんと守るグループもあれば無視して突拍子もないことをやるグループもあり、それが興味深いところでもあります。

そうしたルールをどこまで設定するか、枠組みの逸脱をどこまで許容するかなどは僕たちもまだ手探りです。実は僕は、別の制作のために春から高知県に移住していて、現場の設計には深くかかわれていないのですが、ほかのスタッフがすごく頑張ってくれて、何度もテストを繰り返しています。その調整は、今後もしていくことになるのかなと思います。

おもしろい作品は「ノイズ」=「異なる視点」から生まれる 

——ワークショップや上映会後の会話のなかで、阿部さんが特に印象に残っている参加者の言葉やエピソードは何ですか?

阿部:これは参加者を代表する話ではないですが、日本の美術大学に留学で来ているAさんという方がいるんです。彼女が、大学の最初の懇親会に参加した際、日本人の学生はみんな高校時代の「あるある話」で盛り上がっていたけれど、自分はその輪に入れず、どこか別物として扱われた気持ちになったと話していて、僕はそれが妙に印象に残ったんですね。

言い方が難しいのですが、確かに飲み会のような場では、背景が似た人が集まった方が盛り上がりやすく、背景の異なる人が一種の「ノイズ」になってしまうことは起こりがちだと思います。これはワークショップの場も同じ。実際、自分と異なる背景や立場をもつ人、海外ルーツの人向けにプログラムを組むことはとても大変で、考えることが何倍にもなるし、進行も複雑になります。

しかし、そこが「何かをつくる場」になると、その「大変さ」の意味が変わるんですよね。創作の場では、その「ノイズ」は「異なる視点」になる。「作品がよくなる」という次元があることで、その大変さをおもしろさに感じることもできる。Aさんの話は、自分たちがやろうとしている創作という協働の可能性をあらためて感じさせてくれるものでした。さまざまな視点をもつ人たちが主体的にかかわれる場が社会に必要なこともありますが、もっと限定的に「そうした場がないとおもしろい作品は生まれない」という感覚を強くもっています。

——今回つくられた3作品を見て、ここには他者の排除につながりかねない日本における「仲間意識」の強さや、「ただ居る」ことのできない公共空間の問題も映されていると感じました。ブラジルでの経験から、日本のまちのあり方をどう感じられますか?

阿部:確かにブラジルの路上文化は衝撃的でした。それに比べて、日本のまちのあり方に残念さを感じることも事実です。ただ、ブラジルには搾取されて行き場を失った浮浪者の方も多く、また別の問題もある。その意味では、手放しにブラジルがいいとは思いません。

何より、ブラジルで感じたのは「個」がまちを変えているということでした。だから、日本には「個」の弱さを感じるけど、まだ絶望するタイミングではないだろう、と。その状況を変える一つの契機としても、海外ルーツの方の表現活動はあり得ると思っています。

また、これは今回の企画と直接関係はありませんが、僕が高知に移住したのは、以前から関心のあった海外の技能実習生とかかわるためです。高知県土佐市の地域おこし協力隊が、技能実習生と地域住民の交流促進をミッションに掲げていて、僕もその場にいたいと思いました。

映画の協働制作と同様、こうした交流から、たとえ小規模であったとしても、僕が憧れたあの路上文化のきっかけは生まれるかもしれない。そんな淡い期待はもっています。

地域を超えた「クルー(乗組員)」というコミュニティ

——最後に、「KINOミーティング」の今後についてきかせてください。

阿部:前回のワークショップであまり上手くいかなかったことがあって、それは「まち」というものの位置づけでした。僕らは「まち」をテーマにしたくて、池袋に思い入れのある方を集めましたが、その感情は各人でグラデーションがあり、むしろ「まち」を打ち出すことで参加者を混乱させてしまった感もありました。それに、あえて打ち出さずとも映像に自然とまちは映るのだという発見もあった。その扱いをどうするのかは、直近の課題です。

プロジェクトの全体としては、前回は会場などの事情で池袋となりましたが、今後はそのフィールドとプログラムがより密接に関連して、場所ごとに完成作品にも変化が生まれるようなかたちにしていきたいと考えています。

あとはやはり、クルーのコミュニティのあり方を考えていくことですね。幸い、池袋での参加者のなかに、今後もかかわりたいという方たちが生まれましたが、その方たちにどんな立ち位置でかかわってもらうのか、どう企画に踏み込んでもらうのか、いいかたちを考えていきいと思っています。

——いろんな参加者が、地域も超えて、キャラバンのようになったら楽しいですね。

阿部:そうなるといいですよね。最終的には、いろんな地域で開催できたらいいなとも思っています。

いろんな場所のコミュニティとかかわり、その結果、そのコミュニティ同士をまたぐような協働制作が可能になれば、そこから一本の映画をつくることもできるかもしれない。そんな風に、参加者が主体的に運営にかかわることのできるワークショップ・プログラムと、ルーツのバラバラな人たちがつくる新しくておもしろい作品の可能性を、今後も考えていけたらと思います。

Profile

阿部航太(あべ・こうた)

デザイナー/文化人類学専攻
1986年生まれ。廣村デザイン事務所を経て、2018年よりデザイン・文化人類学を指針にフリーランスで活動を開始。2018年から19年にかけてブラジル・サンパウロに滞在し、現地のストリートカルチャーに関する複数のプロジェクトを実施。2021年に映画『街は誰のもの?』を発表。近年はグラフィックデザインを軸に、リサーチ、アートプロジェクトなどを行う。2022年3月に高知県土佐市へ移住。

KINOミーティング

海外に(も)ルーツをもつ人々とともに、都内のさまざまなエリアで映像制作を中心としたワークショップを行うプロジェクト。背景の異なる人々との出会いや対話を中心とした映像制作を通して、東京の「まち」や自身や他者への「ルーツ」について新たな視点を獲得する機会をつくり出す。また、コミュニティの形成や参加者が主体的にかかわれるプログラムの研究・開発も目指している。
https://www.artscouncil-tokyo.jp/ja/what-we-do/creation/hubs/kino-meeting/52795/

アートプロジェクトの運営をひらく、◯◯のことば。[評価の実践編]

この動画シリーズは、アートプロジェクトの運営に必要な視点として「評価」の考え方について紹介します。実践例として取り上げるのは、足立区で活動する『アートアクセスあだち 音まち千住の縁』が市民とともにつくるアートパフォーマンス「Memorial Rebirth 千住」です。

2021年度には、「Memorial Rebirth 千住」が歩んだ約10年を、絵物語、事業にかかわってきた人の声、そして多様な評価分析の手法で紐解く『アートプロジェクトがつむぐ縁のはなし 大巻伸嗣「Memorial Rebirth 千住」の11年』を発行しました。

Artpoint Meeting 2022

社会とアートの関係性を探るトークイベント

「まち」をフィールドに、人々の営みに寄り添い、アートを介して問いを提示するアートプロジェクトを紐解くため、アーツカウンシル東京が企画するトークイベント。アートプロジェクトに関心を寄せる人々が集い、社会とアートの関係性を探り、新たな「ことば」を紡ぎます。東京アートポイント計画の一環として、2016年に開始しました。

2022年度は、アートや表現活動を通じた学びのあり方や、映像を通じたコミュニケーション、記憶の継承について議論を深めました。

詳細

スケジュール

2022年11月23日開催
Artpoint Meeting #10 –アートがひらく、“学び”の可能性–

  • ゲスト:鞍田崇、宮下美穂、森山晴香、河野路、宮山香里、西郷絵海
  • 会場:武蔵野プレイス 4Fフォーラム

2023年1月9日開催
Artpoint Meeting #11 –映像を映す、見る、話す–

  • ゲスト:阿部航太、森内康博、馬然 MA Ran、松本篤、尾山直子、神野真実、アサダワタル、小森はるか、細馬宏通
  • 会場:東京都写真美術館 1Fホール

ACKT まちを舞台に編まれる芸術と文化

アートやデザインの視点を取り入れた拠点づくりやプログラムを通じて、国立市や多摩地域にある潜在的な社会課題にアプローチするプロジェクト『ACKT(アクト/アートセンタークニタチ)』。

さまざまなプログラムや取り組みを伝える表面と、国立市やその周辺エリアのマップを掲載した裏面で構成された8つ折りのペーパーメディアです。

評価の準備運動。アートプロジェクトの「評価」ってどうやってやるの?

東京アートポイント計画に参加する複数のプロジェクトの事務局が、定期的に行っている勉強会「ジムジム会(事務局による事務局のためのジムのような勉強会)」。2022年7月に実施した第3回の「ジムジム会」では、「ファンタジア!ファンタジア!−生き方がかたちになったまち−」(以下、ファンファン)のディレクター・青木彬さんをむかえ、東京アートポイント計画の大内伸輔の進行のもと、「評価」についてディスカッションしました。

「ファンタジア!ファンタジア!」悩みからスタート

大内伸輔(以下、大内):今年度の東京アートポイント計画では、年度始めに目標を設定し、半期ごとに一緒に事業を振り返る「評価シート」の運用を始めるなど、事業評価のしかたをアップデートしています。その「事業評価」について、「ファンファン」の青木さんから相談がありました。青木さんによると「昨年度末に事業評価をしようとしたら、評価の素材や基準の設定など足りないものがあることに気づいた。今年は事業が終わってからではなく、事業を進めながら評価について考えたい」ということでした。ならばいっそのこと、この課題をジムジム会で共有して考えていけるといいんじゃないかと。それで今日は、事業評価について青木さんの問題意識を中心にみんなで話したいと思います。では青木さん、ファンファンでの事業評価について課題になっていることからお話しください。

青木彬(以下、青木):ファンファンは5年目の事業ですが、年度末に事業報告書を書きながら、自分たちの「ここができなかった」「ここを改善したほうがいいな」など振り返りをしています。ただ毎年同じ課題を引きずっていることに気づき、大内さんに相談しました。年度末に一度振り返るだけだと徐々に忘れてしまう。報告書を書いてすぐに目標をたて、1年を通して取り組むことが重要だと思ったのです。

大内:東京アートポイント計画でつくっている「評価シート」ですが、これまでは年度始めに目標を立ててもらい、年度末にその目標について評価するというサイクルでした。今年度からは評価のタイミングを上半期と下半期の2回にわけたほか、評価のプロセスを共催団体と共有するかたちに変えました。
ファンファンでは自発的に、その評価シートの「目標」の欄に、通常の目標に加えてさらにブレイクダウンした細かな目標を記載しました。こうすることで、より具体的なアクションに通じる内容となっています。なぜブレイクダウンした目標を追加したのですか。

ファンファンの評価シートの一部。赤い部分がブレイクダウンした目標

青木:昨年、非営利団体向けの「事業のロジックモデルをつくろう」という講座に参加したことがきっかけです。事業としてのコンセプトを具体的なアクションや目標に落とし込むワークショップで「このくらい具体的な内容にしないと、次のアクションも漠然としてしまうんだな」と気付いたのです。それまでは、自分たちの活動が「わかりにくい」面があるのも面白いと思っていましたが、もっとわかりやすい言葉に落とし込むのも重要だと痛感しました。

大内:一つの達成目標に対して、さらに複数の達成目標をたてていく方法は、「ロジックモデル」の特徴でもありますよね。前回のジムジム会での「理念」の話にも共通すると思いますが、立ち戻る部分を常に確認しながら事業を進めていけるといいなと思います。このあとみなさんとのディスカッションに入っていきますが、話すポイントをいくつか青木さんにつくってもらいました。

数値でははかれないからこそ、独自の評価方法が生まれていく

青木:今回、ディスカッションしたいなと思うポイントは、おもに「自己評価」「外部評価」「評価の素材の集め方」「10年事業を続けるための姿勢」の4つです。

大内:それでは、各チームにざっくばらんに聞いてみたいと思います。「HAPPY TURN/神津島」(以下、HAPPY TURN)は5年以上続くプロジェクトですが、評価についてどのような悩みを抱えていますか。ディレクターの中村さん、いかがでしょう。

中村圭(HAPPY TURN):島に暮らしていると、日常の面でも「庭の草を刈っているか」「仕事をちゃんとしているのか」など、島の人たちから暮らしの「評価」を日々受けています。一方「HAPPY TURN」のようなアートプロジェクトは、必要性を感じてもらえないこともありますが、なかには理解してくださる方も少しずつ増えています。目先の評価ではなく心に響くかどうかという活動の評価もいただけているんだな、とじわじわ感じています。 

大内:島の人々の暮らしに直結した場所で行っているプロジェクトなので、一つひとつ関係性を丁寧に積み上げていますよね。多摩エリアで活動する「多摩の未来の地勢図 Cleaving Art Meeting」(以下、多摩の未来の地勢図)の宮下さんはいかがでしょうか。市などの行政とも連携していますので、外部評価も常に意識していると思います。

宮下美穂(多摩の未来の地勢図):お話をききながら我々の「評価軸」はなんだろう、と考えていたところです。我々の法人が以前行っていた事業(小金井アートフル・アクション!)では、小金井市も入れて評価委員会をつくりました。当初は、よくある来場者数など数値をもとにした評価が中心でしたが、最終的には数値化せず、どのように客観性を持たせるかを議論し、長大な報告書をつくりました。さまざまなエピソードを抽出し、教育関係者・文化政策関係者・市民などさまざまなステークホルダーの方からコメントももらいました。

大内:数値ではなく言葉だと膨大なものになりますよね。

青木:アートプロジェクトは参加者数だけで測れない部分が大きいので、エピソードに対しいろんなバックグラウンドの人たちからフィードバックを得るのはいい方法ですね。ファンファンは最近、福祉施設と共催事業をスタートしました。施設の方々に、事前/事後のアンケートを取ろうと思っています。どのように設問を設定するかを考えていたところなので、宮下さんのお話は参考になりました。
「HAPPY TURN」も「多摩の未来の地勢図」も地域性が違うので、活動する場所によっても評価方法は変わっていきますよね。数値に表しにくいからこそ悩みます。

大内:だからこそ、新しいチャレンジがどんどん出てくるのは面白い点でもあります。

どんな人にも伝わる方法を探る

青木:今年からスタートした3つの事業は、社会課題をテーマとした事業だと思いますが、評価についてどのように考えられているのでしょうか。

大内:「めとてラボ」の和田さんはいかがですか。

和田夏実(めとてラボ):いまは事業をどう説明するかに悩んでいます。さまざまな人を巻き込むときに、はっきり言い切らない余白も大事だけれど、伝わらないのでは意味がないかなと。特に我々が関わっていく、ろうの方や高齢の方に同じ目線で伝えていくことが重要だと感じています。先日ろう学校にリサーチにいきましたが、その学校の先生にじっくりと時間をかけて話をしたら、伝わった実感がありました。ただ、これから事業の発信を進めていくうえで、会ったり直接話したりできない人に伝えるときに、誤解なく自分たちの思いが伝わるか、悩んでいます。

大内:「めとてラボ」は翻訳やコミュニケーションについて考えているチームでもあるので、言語や身体の違いのある人に伝わるよう、慎重になりますよね。ジムジム会は悩みを投げ合う場なので、これからもぜひ悩みをぶつけてください。ちなみに青木さんは活動を始めたとき、地域の人にどのように共有していきましたか。

青木:直接会って話したほうが早いと思ったので、コミュニティのハブになっているカフェにいって、2時間くらいお茶をするなどしました。

大内:メディアをどのようにつくるかも重要ですよね。以前、墨田区で「墨東まち見世」というプロジェクトを実施していたときに、高齢者にどう伝えるかを研究してチラシをつくっていました。文字を大きくして電話番号をバーンと入れて。「HAPPY TURN」でも通信を発行していますが、島の人に親近感をもってもらうために手書きにしていますよね。編集を担当している飯島さんにも、この4つのポイントについてきいてみたいのですが。

飯島知代(HAPPY TURN):『くるとのおしらせ』は1ヶ月に一度発行していて、30号以上つくっています。島に住んでいる方々は屋号を持っていて、年配の方には「君はどこ(の屋号)?」ときかれたりするのですが、最近は「『くると』の者です」というと「ああ、あそこね」といわれることもあり、年配の方たちにも届いているのかなと実感しています。
それから、この4つのポイントのなかでは「自己評価」について、チーム内だけではなく個人単位でやってみてもよいかもと思いました。

エモーショナルな部分をどうやって評価につなげる?

大内:その視点は今回入れていなかったかもしれませんが、運営するスタッフ一人ひとりにとっての目標も大事ですよね。自分の成長がチームの成長につながります。
Zoomのチャットにもコメントがきているので読みますね。「アートプロジェクトは数値ではなくエモーショナルな部分で評価されることが多い印象です。そのエモーショナルな部分をどう評価するかが難しい」と。たしかに、エモーショナルな部分をいかに冷静にみせるかですよね。

青木:評価の手法ではないかもしれませんが、最近は記録を動画に残すようにしています。動画は、現場を体験していない人にもエモーショナルな部分を共有できる素材だと思っていて。場の雰囲気を生のまま伝える方法の一つだと思います。

大内:SNSの隆盛もあり、動画は伝えるツールとしてより身近になりましたよね。紹介ムービーをつくっているプロジェクトも多いですが、たしかにエモーショナルなことを伝えられるメディアだと思います。そろそろ時間ですが、青木さん、何か聞けていないことなどありますか。

青木:聞けていないポイントもありますが、この4つのポイントは全部つながっている課題だと思います。我々「ファンファン」が活動する墨田区では、文化的な活動を長く続けている人が多い地域です。ここで長く残っていくにはどうすればよいか、評価の方法を探りながらこれからも考えていきたいです。

大内:東京アートポイント計画の事業は「10年単位で考える」といったことをキーワードにもしています。まずは10年続けるために、1年目、2年目、3年目と一つひとつステップを踏みながら目標を立て、振り返るようにしていけたらいいなと思います。

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今回のジムジム会は、グループワークやレクチャーなどをせず、「評価」というテーマで悩みや工夫をゆるやかに共有する場となりました。評価を考えることで、事業がどう伝わっているか、どう受け止められているかを抽出していくことは、活動を続けていくうえで重要なプロセスです。1年目の事業から5年以上続く事業まで、それぞれ課題や視点は違いますが、それらを言葉にすることでお互いに気づきの多い会となりました。

(執筆:佐藤恵美

ろう者の感覚を知る、手話を体験する

手話でのコミュニケーションの基礎とろう文化を学ぶ「アートプロジェクトの担い手のための手話講座」。

3ステップある講座のひとつ「ろう者の感覚を知る、手話を体験する。」が2022年7月、3331 Arts Chiyoda 3F ROOM302にて開かれた。

講師は、俳優/手話・身体表現ワークショップ講師の河合祐三子さん、手話通訳は、瀬戸口裕子さん。ステップ1の講座の様子を、実際に講座を体験したライターの視点からお届けする。

「目で見ることに慣れよう」

7月4日、第1回を実施。この日のテーマは「目で見ることに慣れよう」だ。

河合さんが参加者に、自身のサインネーム(特定の人物を簡単な手話で表現した「あだ名」のこと)を共有することからはじまった。

講師の河合祐三子さん。

続いて、参加者それぞれに名前をたずねていく。参加者が音声日本語で伝えた言葉を通訳である瀬戸口さんが手話であらわし、それを河合さんが受け取る。河合さんは、参加者それぞれの名前を手話であらわし、参加者はその手の動きをじっと眺めていた。

「手話は目で見てとらえたものをもとにつくられたものが多い言語なんです」と河合さんは語る。

それをふまえて行ったのが、ボールをまわすワークだ。ルールは、リズム良くボールを回すこと。最初は1つで行ったが、途中からはボールの数や回すものを増やしていった。さまざまな場所からものが受け渡されるので目が忙しい。

河合さんは、このワークのコツを次のように語る。「視野をどのように確保するかがとても大事です。人間はどうしても見える範囲が決まっています。また合図・アイコンタクトも重要。渡す相手が気づいていなかったら合図を出してもいいし、他の人に渡す判断をしてもいいかもしれません」

続いて行ったのは、キャッチボールだ。参加者は2列に分かれ、対面の人にボールを投げる。その際、渡し手・受け手が互いにアイコンタクトをとる。

途中からは、実際のボールは使わず、ボールがあると見立てて、キャッチボールをした。誰に渡すか、どのように投げるかは人それぞれだ。ボールの数も増減し、大きさも変化する。投げる人の動作を細かく見ていないと、どんな大きさのボールが、どのような速度・軌道で向かっているのかをイメージするのが難しい。

続いて、数字の1~5をあらわす手話を教えてもらい、それを活用したワークを実施。手話で数字をあらわし、次の人を指差す、指された人は、次の数字をあらわし、また次の人を指差すというシンプルなものだ。慣れてくると同時多発で行ったり、指差しはせずに表情や目のみで次の人を指定したりするなどのルールが追加された。

河合さん「お互いに視野を広げてアイコンタクトをとる。耳が聴こえない人は、視線や表情、身体でコミュニケーションを取り合っています。お互いに確認をとって『今いいよ』というふうに。合図がないと受け取れなかったり、驚いてしまったりするんです」

次に行ったのは、自分の意図を伝えようとするワークだ。伝え手は2つのカップを持ち、目線、表情、顎で自身の意図を伝えようとする。たとえば、「どちらかを選んでほしい」「片方が美味しい・片方はまずい」などだ。

コップのなかに3つのものが入っていて、そのうちの一つを選ぶワークも実施。どれを示しているのか、もの同士が近いとどれを指しているのかわかりづらいことがあった。

河合さん「相手が違うものを取ろうとしているのであれば、視線をずらしたり、顎を使ったり、首振りしたり、表情を使って伝えましょう。必要以上に大袈裟である必要はありません」

この日、最後に行ったワークは、伝達ゲームだ。お題を受け取った人は、音声を使わず身体で表現したり見立てを使いながら、次の人にお題として指定されたものを渡していく。

相手が渡そうとしているものと、自分が受け取ろうとしているもののイメージがすれ違い、リレーされていくと違うものになってしまう場面もあった。「ホットタオル」を表現していたはずが、リレーによって「活きのいい魚」というイメージに変化していったのだ。

河合さん「今日のワークは、見る・伝え合う・感情を受け止めるをやりました。これは聴こえる人、聴こえない人、関係なく皆さんが日頃やっていることだと思います。腰が痛いとか、ここがかゆいなど、生活のなかで自然とやっている身体表現が人それぞれある。

今日の体験を踏まえて、視野をひろげ、まわりの人がやっている自然な動作を見たり、自分を表現してみたりしてみてください」

ワーク終了後には質疑応答の時間があり、そこでいくつかの質問が河合さんに投げかけられた。

Q. 指差しに抵抗があるが、失礼ではないのか?

河合さん「手話では、指差しで主語をあらわします。指差しをすることで、誰が話をしているのか、誰のことを話しているのか、はっきりと示すことができるので、むしろ大切なんです」

Q. ろう者とのコミュニケーションでやってはいけないことは何か?

河合さん「たくさんあります。たとえば、会話中に目線を逸らすこと。目線を逸らすと、そこで会話が中断してしまうため。目線を外したくなるような気になることがあったら、相手に少し待って、とまず伝える必要があるんです」

「全身を使って伝え合おう」

7月11日、第2回を実施。この日のテーマは「全身を使って伝え合おう」だ。手話での挨拶(片手を額の横で上げるような動き)をひとつ教えてもらい、実際に挨拶してみることからはじまった。

河合さん「同じ挨拶だとしても、年齢が上、同級生など関係性によって、身体のニュアンスが変わりますよね。手話もそうなんです。

違う部分があるのはおじぎです。聴者はおじぎで目線を下げると思います。でもろう者は下げません。目線を合わせてアイコンタクトをして挨拶します」

この日、主に行ったのは身体全身を使って、何かを伝え合おうとするワークだ。

たとえば、実際のボールを使わずに、ボールがあると見立てて渡しあうワーク。ルールは、ボールを渡すとだんだん重くなったり、軽くなったりしていくこと。

河合さん「重いものを受け取ったときと軽いものを実際に受け取ったとき、表情も変わるはずです。肩の動きが変わるかもしれません。重いかな、と予想して受け取って、意外と軽かったみたいなこともあるでしょう。普段の動きを思い出しながら、全身を使って表現してみてください」

続いて行ったのは、出されたお題を身体で表現して伝言リレーするワーク。ルールは、お題とされるものの輪郭をなぞり説明するのではなく、実際に使っているときの動作などで伝えること。

河合さん 「伝えようとして、相手とずれてしまうのは当たり前のことです。ずれていると気づいたときに指差しとか、表情など表現を工夫してみるのが大切です。

また受け手は、相手の手だけではなく、表情、身体全体の動きをみてください。たとえばマグカップの渡し方一つとっても、小指をたてて渡すのと、雑に渡すのでも印象が違いますよね。それも情報になる。指の形によっても違うでしょう。カップといってもいろんな種類があります」

さらに、ものを伝えるのではなく、そこに感情やそのものの状態も含めて伝言するというルールが追加される。たとえば、お茶ではなく「熱いお茶」だ。

河合さん「渡した後の動きにも情報があります。壊れやすいものを手放すときは、そっと手放すかもしれない。あるいは、臭いものと汚いもので微妙に動作が変わる。臭いものは、においから距離をおきたい動作が強いかもしれない。息を止めるかもしれない。そういった身体感覚を思い出してみてください」

ワーク終了後には質疑応答の時間があり、ある質問が河合さんに投げかけられた。

Q. 身体表現はオーバーリアクションの方がいいのか?

河合さん「場所・環境によります。聴こえる人も状況によって、ひそひそ声、大声など自然に変えますよね。手話だと身体が動くので、大きく見えたのかもしれませんが、状況に合わせてコントロールするのがいいと思います。

ひとつ共有したい話があります。スマートフォンの話です。ろう者は使い方に特徴があると思うんです。画面をスクロールしたり、操作するときの指先に手話が混じっていたり、触り方にろう者っぽさを感じるときがあります。

そもそもスマートフォンの使い方は人それぞれの特徴があると思うので、ぜひ観察してみてください。動き・速さ・スピード。電車に乗っていて駅を確認する仕方も、ろう者と聴者は違うんですよ」

「質問に答えてみよう」

7月25日、ステップ1の最後である第3回を実施。この日のテーマは「質問に答えてみよう」だ。冒頭に河合さんが次のことを共有する。

河合さん「先週言い忘れたのですが、気づいたことがありました。聴こえる人は、察して動いてしまう人が多いということです。音声言語で共有されたことを1を聴いて、10行動してしまう。たとえば、他の人に出された指示を先読みして、自分が指示される前に動いたり。そんなときわたしたちろう者は待ってほしい、と思います。誰に対して、何をしてほしいのか、先走って行動するのではなく、少し待ってほしい。聴者はハイコンテクスト、ろう者はローコンテクストの文化に馴染みがあり、それぞれにずれがあるように思います」

この日行ったのは、一人がお題を身体であらわし、もう一人が何をあらわしているのか答えるワークだ。答える方法は、空中に指を動かして文字を書く「空書き(そらがき)」か、手のひらに文字を書く「手のひら文字」だ。

河合さん「『空書き』は相手側の向きに合わせなくて大丈夫です。縦書きでも、横書きでも大丈夫ですが、読み手の目線に入る距離、大きさで書くのがおすすめ。自分と相手の視界に入るように書きましょう。

また、お題を表現する側は、できるだけワンアクションで伝えてみましょう」

実際にやってみると、ワンアクションで表現するのは難しい。お題のどの部分を、どの特徴を選ぶか、それをどのように表現すればいいのかを即座に判断しないといけないからだ。

河合さん「『美術館』というお題があったとき、ただ立つだけではなく、考えながら絵を眺める体の動きになるとワンアクションで伝わることもあるかもしれません。お題が『指輪』のときと『結婚式』のときでもあらわし方が違うでしょう。『神社での結婚式』だと、またさらに違います」

河合さん「まずは一発で伝えようとする。そして相手に伝わらなかったら次の情報を伝えていく。最初から一方的に伝えず、相手に確認しながら付け足していく方法もあります」

ここでルールが追加された。お題をあらわすカードに禁止事項が書かれており、それを避けながら伝え手は表現する。受け手は、それを見ながら、ホワイトボードに受け取った情報を書いていく。

河合さん「受け手が受け取ったものを書くとお互いに次のイメージがしやすくなりますよね。最初は、サンドイッチなのかハンバーガーなのかわからないけど、『手で掴んで食べる何かであること』はぼんやりイメージできる。さらにやりとりを重ねて書いていくと、より具体的なイメージができていく。ろう者はこういうやりとりをしています。イメージを連想しながら、答えにたどり着いていく。そんな物事のとらえ方をしているんです。

人のコミュニケーションは、身振り、顔の表情、声の抑揚など非言語の部分が大きな影響を受けていると言われています。つまり、コミュニケーションは言葉の意味のやりとりだけではないんです。非言語コミュニケーションからも受け取っているものが多くある。それを頭の中でイメージして、相手がどういうことを言いたいのか解釈する。聴こえない人もそうやって、日々コミュニケーションしているんです」

ワーク終了後には質疑応答の時間があり、複数の質問が寄せられた。

Q. 空書きをするとき、漢字で書くのがいいのか、ひらがなで書くのがいいのか?

河合さん「いろいろなタイプがいます。漢字がわかっても、読み方がわからない人もいるんです。手のひら文字の場合は、漢字だとありがたいです。空書きは、どっちでもOK。とりあえず漢字で書いて、伝わらなかったらひらがなでもいいかもしれません」

Q. 一方が知らないものを伝えたい場合は、どうするのがいいのか?

河合さん「さまざまな方法で表現する。わからないときは、要素を抽出して、段階的に伝えていくとか。コミュニケーションは年代とかでもズレていく。それは当然なので、やりとりを繰り返しながら伝え合っていく。諦めてしまう人も多いけれど、諦めずやりとりを続けてほしいです」

「『目で見る言語』である手話を体得していくための、柔軟体操のような講座です」ステップ1の紹介文にはこう書かれている。まさに柔軟体操だった。

普段無意識に行っている「見る」という行為を身体を動かしながらほぐす。他者の手の動き、表情、目線、身体全体を見る。伝える行為の最中だけではなく、その前後から見る。受け取ったものを表現し、相手のリアクションを見ながら、ずれを確認する。さまざまな「見る」を体感することで、「見る」からはじまるコミュニケーションと出会い直せた。

この経験をもとに、次のステップである「手話と出会う。」に参加できるのが、今から楽しみでならない。

(執筆:木村和博/編集:嘉原妙/撮影:齋藤彰英)

関連情報

■step2|プラクティス:手話と出会う。 *申込終了
2021年度に公開した「映像プログラム」を教材に、手話でのコミュニケーションの基礎を学ぶオンライン講座です。映像プログラムは、いつどこからでも視聴いただくことができます。

■step3|コミュニケーション:手話を使い会話する。[対面講座(全6回)]  *申込終了
アートプロジェクトの現場のシーンを想定した会話を通して、手話でのリアルなコミュニケーションを実践できる対面講座です。
イベントの受付対応や、展示会場や劇場での座席のご案内、ショップでの商品説明や販売対応災害時の対応、自動販売機やお手洗いのご案内など、いま、参加者が学びたい手話表現やコミュニケーションをロールプレイ形式で身につけます。詳細はこちらから

ケーススタディ・ファイル

2011年以降に生まれた多様なアートプロジェクトを取り上げ、どのようにプロジェクトが発生し続いてきたのか、これからどこへ向かおうとしているのかを、実践者が語ります。

ゲストは、岩井成昭さん(美術家/イミグレーション・ミュージアム・東京 主宰)、滝沢達史さん(美術家)、青木彬さん(インディペンデント・キュレーター/一般社団法人藝と)、アサダワタルさん(文化活動家)、清水チナツさん(インディペンデント・キュレーター/PUMPQUAKES)、中村茜さん(株式会社precog代表取締役)、松本篤さん(NPO法人remoメンバー/AHA!世話人)、キュンチョメ(アートユニット)です。

非営利団体のブランディングとは? 「理念」を整理することからはじめよう!

東京アートポイント計画に参加する複数のプロジェクトの事務局が、定期的に行っている勉強会「ジムジム会(事務局による事務局のためのジムのような勉強会)」。2022年6月に行われた第2回では、コミュニケーションデザイナーの柏木輝恵(かしわぎ・きえ)さんを迎え、「非営利団体のブランディング」について考えていきます。

ブランディングに必要なのは「会議」よりも「話し合い」

情熱を持って活動を始めても、日々の多忙な業務のなかで、活動の意義やその成果を振り返ることがあとまわしになりがちなアートプロジェクトの現場。東京アートポイント計画に参加する非営利団体もこうした悩みを抱えています。

今回のジムジム会の目的は「プロジェクト発信のポイントを考えるための想いが伝わるブランディングや理念の考え方、整理の仕方を知る」こと。一見非営利団体には縁がなさそうな「ブランディング」という観点から、レクチャーとグループワークを通して自分のプロジェクトを見つめ直し、言葉にしていきます。

講師は、兵庫県加古川市でコミュニティづくりや組織支援を行うNPO法人シミンズシーズの事務局次長をつとめる柏木輝恵さん。柏木さんは10年以上にわたり非営利団体とのチームづくりやコミュニケーションの場づくりに携わるなかで、たびたび「思いが伝わらない」という現場の悩みに触れてきました。そこで思いを伝えるには、団体の「理念」を軸にしたブランディングが重要だと考え、『NPOのための思いを伝わる言葉にするワークブック』(発行:NPO法人シミンズシーズ)を制作しました。

今回はこの本にあるワークシートを使ってワークショップを行っていきます。

[ジムジム会 第2回の流れ]

  1. 柏木さんによるレクチャー
  2. 事前に記入したワークシートをもとに団体内で話し合う
  3. 2で話し合ったことを、他団体と共有、フィードバックをもらう
  4. 3の内容を、また団体内メンバーで話し合う

「今日は、ためらわず、感じたことを出し合ってください。Zoomを介した話し合いですのでリアクションも3割増しでお願いします」と柏木さん。ブランディングに必要なのは「『会議』よりも『話し合い』」と話します。

「ブランド」とは信用や信頼を得ること

まずは柏木さんのレクチャーから始まりました。私たちの日常生活において「ブランド(Brand)」は身近なもの。その語源をたどるとBurned」という牛を区別する焼印のことだそうです。つまり、自分が飼っている牛がどれかを識別するために入れた印が、品質を保証し、価格差を生んで生む印となっていきました。

誰もが知るブランドを思い浮かべると、その特徴は明確で一貫性があります。その背景には「志」があり、それにともなう行動や表現が一体となり、それが信頼や信用につながっていく。さらにほかとの「差異化」があるのも重要です。

しかし一貫した「志」をどのように伝えると、具体的な参加や関わりにつながっていくのでしょうか。そのポイントは「ゴールデンサークル理論」と呼ばれるものがあります。

ゴールデンサークルとは、中心から「Why(なぜ)」→「How(どうやって)」→「What(何を)」と外側に広がっていく円。その順で伝えることで共感を生みやすいという理論です。人は「なぜそれが生まれたのか」「なぜそれをやっているのか」に心を動かされる。そのストーリーが人を動かし、共感を呼ぶのだそうです。

「Why」というストーリーが共感を呼ぶ

「なぜ(この取り組みをしているのか)」を伝えるには、まずは「自分たちは何者か」、つまりアイデンティティや存在意義につながる「理念」を明らかにする必要があります。

今回のワークショップではその部分を考えていきますが、「理念」は抽象的な言葉でもあるので、具体的なブランディングの用語「ミッション」「ビジョン」「バリュー」「スピリット」「スローガン」にわけて考えるとイメージしやすい、と柏木さん。「ミッション」が日々果たすべき使命であるのに対し、「ビジョン」はその先にどんな社会や地域を描くかという未来のこと、「スピリット」は一人ひとりの大切にすべき精神のことなど、理念と一口にいっても目的によって何を語るかが違ってくるのです。

企業のブランディングとNPOのブランディングの違いについて、「理念を軸にすること自体は変わりません」と柏木さん。ただ、商品を売る場合はマーケティングを行い市場で何か求められているかを基準にすることが多いですが、NPOの場合は、内部から「変えたい」という思いからスタートしているのではないか、と柏木さんは話します。その思いを理念として言葉にしていく。できるだけ短く、コンパクトに伝えていくことが重要です。

「さまざまなプロジェクトを行うなかで、団体として変わる部分と変わらない部分があると思います。そのなかでも変わらない部分が、団体として受け継がれるDNAと考えてみてください。その部分を紐解くことが『自分たちらしさ』のヒントになるでしょう」

エピソードから「自分たちらしさ」を言葉にしていく

ここからはワークショップへと移ります。事前にそれぞれがワークシートに記入した次の2つのことを、団体内で共有していきました。

  1. 喜ばれたエピソード
  2. 私たちの活動の意義と大切にしている行動や価値観

活動6年目の「HAPPY TURN/神津島」(以下、HAPPY TURN)のチームを中心に、どんな話がされたのかを紹介していきます。HAPPY TURNでは、4人のメンバーが参加しました。「信用や信頼につながるブランディングのためには、意図をみんなが共有してパッと答えられるのは重要だと思う。その言葉ができたら、どこかに貼っておくのもいいかも」とメンバー。

HAPPY TURNでは、「くると」というスペースをつくり、週に3回ほど開放しています。「くると」に集う人はワークショップに参加したり、スタッフとして掃除のアルバイトをしたり、ただ来て話して帰ったり、と利用方法はさまざまです。

「1. 喜ばれたエピソード」を一人ひとり紹介するなかで子育てで忙しいお母さんたちに喜んでもらった」経験が複数話されました。「家で子育てをしていると社会から孤立してしまうけれど、『くると』に来ると、社会とつながることができる」と話すメンバーも、自身が子育てをしながら運営に携わります。

またほかのエピソードとして「子供が『ここで友だちができた』と話していたのが印象的。特に、Iターンで移住した家族の子供はなかなか関わりがつくりづらいですが、ここで友だちができた、と。子供たちが両親ではない大人に出会う経験も重要ではないか」と話されました。

次に二つ目の項目である「活動の意義」として「いろんな人がいるなかでいろんな価値観に触れ合える」「やってみたいことが安心してできる」「自分とは違う価値観と向き合える」があがりました。さらに「大切にしていること」は「だれでも来られる場所にしておくこと。自分たちの常識を押し付けるのではなく、見守ったり寄り添ったりすること」などがあがり、HAPPY TURNでのプロジェクトの意義を再確認していきました。

20分ほどメンバー間で話し合ったあと、HAPPY TURNはほかの3団体と合流し、話しあったことを共有していきます。ほかの団体からは「HAPPY TURNは島という地域の特徴が現れているプロジェクトだと思いました。その『島らしさ』が外に発信されるといいですね」などのコメントがありました。

その後、また団体のメンバーのみで話し合っていきます。ここからさらに言葉をしぼっていく作業です。HAPPY TURNも、キーワードがたくさん出ました。「自由」「安心」「楽しい空間づくり」「つながる」「解放」「他者や自分と向き合う」「遊びごころ」「しる」「やってみる」「いきやすさ」「オープンマインド」「ウェルカム」「であう」………。時間内には絞りきれませんでしたが、一人ひとりが活動への思いを言葉にし、共有する経験は貴重な時間となりました。

活動の仲間を増やし、プロジェクトの信頼につなげていくために

最後に、柏木さんから理念を策定していくステップが紹介されました。

理念策定のステップ

  1. 素材をさまざまな角度から洗い出す
  2. 素材を抽出する
  3. (文章にしたり、箇条書きにしたり)抽出した素材を項目ごとにまとめる
  4. 項目間の整合性を確認する
  5. まとめた素材を短く・らしく磨いていく

「今回は限られた時間のなかで1や2を行いましたが、理念をつくりそれを言葉にしてくにはもう少し時間をかけて取り組む必要があります」と柏木さん。

「今日のようにまずは団体のなかで話して、すり合わせていくのが大事です。『何をやるか』も日々も重要なことですが、『何のために』という本質的な部分、どこに自分たちらしさがあるのか、もぜひ心に留めてください。短い言葉で内外にわかる状態にしていくのが行動につながるのではないか、と思っています」

ジムジム会終了後の参加者アンケートからは、各団体の手応えが見受けられます。

「他の団体の方と話しながら考えることで、別の角度から自団体の特色が見えてきました」

「団体としての目的やプロジェクトの意味などなんとなく理解しているつもりでしたが、いざ言語化となると自分の言葉で話すのは難しいな、と感じました。もっと考える力や知識を身につけていきたい」

「理念とミッションがごちゃごちゃになったり、個人軸のスピリットと組織軸のバリューが混ざったりして会話をするからかみ合わないのかもしれないという気づきもあり、再度皆で整理しながら話し合いをしようと思いました」

自分たちの「らしさ」を改めて見つけ、メンバーで共有し、言語化していく。活動の仲間を増やし、プロジェクトの信頼につなげていくための重要なステップとなったようです。

(執筆:佐藤恵美