共通: 年度: 2017
大内伸輔
アートプロジェクトの今を共有する(第3回)
アートプロジェクトには、他ジャンルとの融合を図り、アーティストと市民の協働を可能にする多様な取り組みがあります。本シリーズ第3回は、食とアートを通して地域に関わる表現を行い、最近では市民の持続的なかかわりを生み出すための手法を模索するEAT&ART TAROさんをゲストにお迎えします。
おにぎりをおいしく食べるための運動会《おにぎりのための、毎週運動会》(いちはらアート×ミックス、2014年〜)、地元のお母さんたちがつくった食事を鑑賞者が味わうまでの一連の動きを演劇に仕立てた『上郷クローブ座レストラン』(大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ、2015年〜)など、これまで様々な地域でアートプロジェクトを行ってきたEAT&ART TAROさん。
去る10月22日まで開催されていた「奥能登国際芸術祭2017」では、《さいはての「キャバレー準備中」》を出品。会場にしたのは、見晴らしの良い海の眺望と、アールヌーボー調のしつらえが特徴の元レストランです。準備中のキャバレーという設定で飲食店の形態をとりつつ、アーティストが前面に出るのではなく、地元住民、観光客など、そこに集う人々のコミュニケーションや新たな活動を誘う場を生み出しました。興味深いのは、会期を終えてもこの場を残すことを目指し、地元住民が継続していける方法を模索している点です。今回はこの取り組みを事例として、アートプロジェクトの経緯や仕組みづくり、地元住民の反応や持続的にかかわる方法、今後のあり方などについて、お話を伺います。
技術を深める(第2回)
公開講座シリーズ「技術を深める」(全4回予定)では、アートプロジェクトの心構えや、広報・PR、運営、記録と評価/検証などをテーマに、アートプロジェクトの現場で求められる技術について掘り下げていきます。
第2回は、今秋はじめて開催された「奥能登国際芸術祭2017」(石川県珠洲市)のコミュニケーションディレクター・福田敏也さんをゲストにお迎えし、「伝えるための技術」について考えます。広告コミュニケーション分野で、「多くの人に伝える」プロとして活躍されてきた福田さん。芸術祭の発信では、これまでとは異なるアプローチを試みました。
「日本の“最涯(さいはて)”から“最先端”の文化を創造する試み」としての芸術祭で、地域や芸術の価値をどう捉え、コミュニケーションをどう設計したのでしょうか。アート以外の現場にも精通したプロの視点から、アートプロジェクト独自の伝え方、その難しさや可能性、技術について考えます。
福田敏也
羽原康恵
アートプロジェクトの今を共有する(第2回)
2017年も、実にさまざまな芸術祭やアートプロジェクトが行われています。それぞれに独自の取り組みがありますが、傍目にはなかなかわかり難いことも。また、会期終了後も継続している活動や、市民参加型のプログラムなど、関係者による情報発信がない限りはその様子を知る機会はほとんどありません。
「アートプロジェクトの今を共有する」第2回では、今年で2回目の開催となった「札幌国際芸術祭」に初回から関わる細川麻沙美さんをゲストに招くとともに、芸術祭やアートプロジェクトに携わる話題提供者を募り、それぞれの取り組みの特徴や、見どころについて話し合います。
音楽家・大友良英さんをゲストディレクターとして、美術家だけでなくさまざまな音楽家や市民とともにつくりあげられ、各所で日々即興的に活動するなどライブ性あふれる特徴がある「札幌国際芸術祭2017」。会期終了後の講座となりますが、会期を終えたからこそ聞ける振り返りやアートマネージメントの舞台裏にご興味のある方、ご自身で芸術祭やアートプロジェクトに携わっている方、ぜひご参加ください。
コロカル編集部
小金沢智
まちにアートは必要か?/アーティストの見ている世界を信じる(APM#03 後編)
ART POINT MEETING #03 –まちで企む- レポート後編
ART POINT MEETING、第3回のテーマは「まちで企む」。八王子市議会議員を務めながら同市で空きテナントの活用プロジェクト「AKITEN」を運営する及川賢一さん、足立区で「アートアクセスあだち 音まち千住の縁」の事務局長を務める吉田武司さん、JR中央線の高円寺から国分寺間を舞台に「TERATOTERA」を展開してきた小川希さんと、東京の各所で存在感のあるプロジェクトを仕掛けている3人のプロジェクトリーダーが登場しました。
後半のレポートは小川希さんのセッションからスタート。これまでの回にも増して、アートとまちの関係についての各人の考え方の違いが浮かび上がり、聞き手も巻き込んだ活発な議論が起こった今回のART POINT MEETING。はたして彼らは、何を目指してまちにアートを投げ入れ、その実現のためにどんな工夫をしているのでしょうか? ライターの杉原環樹がレポートします。
>>レポート前編
アーティストの見ている世界を信じる
「まちにアートは必要か?」。そんな根源的なテーマのトークで最後に登場したのは、小川希さんです。2008年、吉祥寺に芸術総合施設「Art Center Ongoing」を立ち上げた小川さんは、翌年より中央線沿線を舞台にしたプロジェクト「TERATOTERA」を開始しました。さきほどの問いは、「さまざまな市民活動があるなかで、なぜアートに関わるのか」と、プロジェクトを進めながら繰り返し考えてきた問いだと話します。
美術大学で教鞭も執る小川さん。毎年、その最後の授業では、「アートが社会に必要だと仮定して、それを証明せよ」という課題を学生に出しています。すると、そこで学生たちが返してくるのは、「社会の一員である私にはアートが必要だから」、「アートがないと効率ばかりの社会になってしまうから」など、数パターンに分類できる答え。
「最近ではそこに、『アートは多様性を担保するから』という、流行りの言葉も加わりました。でも僕は、こうした答えに疑いがあるんです。はたしてアートは、本当にそんな風に機能しているのかと。2016年の『TERATOTERA祭り』では、『involve(巻き込む)』をテーマに、価値観の異なる他者とアートの関係性を考えようとしました」。
イベントにあたり、小川さんは趣旨を書いたステートメントを執筆。そこには、昨今の世界や日本における政治的・社会的な動向を前に他者との理解が「簡単ではない」とわかったこと、しかしそれでも、他者と無関係に生きることはできないことなどが切々と書かれています。そして小川さんは、参加アーティストたちに「観客を自らの作品に何らかの形で巻き込んでほしい」と伝えました。
では、それに対してアーティストはどんな表現を出してきたのか。ある作家は、アーティストがホストとして店を開き、訪問客にアートの必要性をひたすら説く作品を、また別の作家は、ある観客の情報が書かかれた風船をほかの観客に渡し、その人を探してもらう作品を発表。河童の姿でまちに出没するパフォーマンスをした作家もいました。
「すごく大上段な真面目なステートメントを書いたのに、それを吹き飛ばすような表現が出てきたなと(笑)。でも、それがとても良かったんです。多様性の担保どころではなくて、自分が考えていた価値観を壊して、スイッチを変えてくれるのがアートだと感じることができた。僕はアーティストという存在の特殊性を信じているんです」。
普段から様々なアーティストと関わっていると、作品の持つ力を信じざるを得ない気持ちになる、と小川さんは話します。10人の作り手と「Ongoing Collective」として参加する「奥能登国際芸術祭2017」の視察でも、地元の人たちのアーティストを見る目が、制作する作品を見せることで変わりました。
「近年ではコンテクスト重視の作品や、具体的に社会の課題の解決を目指す『ソーシャリー・エンゲイジド・アート』の動きも盛んです。その意義は理解した上で、それでも僕は分類できない、根本的に価値観を変えてくれる作り手や作品と付き合いたい。そうした表現は、変化を望まない人も多いまちという場所のなかでは劇薬にもなり得るかもしれないですが、それだけ力がある作品だからこそ可能性の種にもなると思うんです」。
アーティストという特殊な存在。その特殊性をわかりやすく理解するのではなく、複雑さを残したまままちに入れてみること。小川さんの話したアートとまちの関わりは、ある意味、登場した3人のなかでもっとも抽象的なものです。しかしそこからは、あくまでアーティストという個人に向き合おうとする小川さんの姿勢が感じられました。
それぞれの問い、それぞれのアートプロジェクト
3人のプレゼンのあとは、客席の参加者も交えたフロアディスカッションが行われました。「アートプロジェクト」と括られる取り組みの幅広さを前に、会場からは細部についての疑問以上に、「アートとデザインの境界が曖昧では?」、「アートプロジェクトとただのイベントの違いとは?」など、活動の根幹を問うような質問が相次ぎました。
ここでもまた、3人の考え方の違いが浮き彫りに。「解決すべき『問題』とは誰が設定するのか?」との質問に対して吉田さんは、「足立は人情深いまちと思われていたが、近年は孤独死が問題になっており、そこからコミュニティを作るプロジェクトとして『アートアクセスあだち 音まち千住の縁』が立ち上がった。出発点は行政が多いです」と回答。一方で及川さんは、「むしろ、自分たちが『こんな社会を作りたい』と提起するために取り組みを行なっています」と答えます。
また小川さんは、近年の芸術祭などの活況を背景に、プロジェクト型の作品を制作するアーティストが全国で引っ張りだこになっている状況を説明。「しかし、そのなかで疲弊したり、芸術祭に参加するためにわざわざプロジェクト型の作品を作ったりする作り手もいる」と、アーティストが社会に過剰に適応することの問題点も指摘しました。
成果の測り方も、立場によってさまざま。議員の及川さんには、取り組みの現実的な効果の言語化がつねに求められます。他方、吉田さんは受け手の変化について、「以前は《Memorial Rebirth 千住》を『シャボン玉』と呼んでいた地元のおじさんが、あるとき『アート』と呼び始めた。そのとき彼の中で何かが変わったと感じた」というエピソードを紹介。発言の微妙な差異のなかに、プロジェクトに向かう上での各人の哲学が滲みました。
最後にマイクを握った森は、今回集まったプロジェクトのひとつの共通点は、活動の出発点に「問い」や情熱があり、そこから革新が生まれていることだと指摘します。
「しかし問いは、その射程や発せられる空間によって変化します。たとえば、及川さんは厳格な計画を求められる立場から問いを発しているのに対し、小川さんのアートの本質に関する問いは人類普遍のものでしょう。3人はお互いをリスペクトしながらも、人生を背負って自らの問いを実践している。そんなアートプロジェクトの幅広さを見せられたこと、そこから多くの問いが生まれたことが今日の成果だと思います」。
こうして約3時間にわたる、3回目の「ART POINT MEETING」は終了。
イベント後の会場で、繰り返し強調していた「アートにしかできないこと」とは何かを小川さんに尋ねると、「決して消費されないこと。でもそのことで、人生に影響を与え得ることだと思います」との答えが。
「世界を単純にではなく、複雑に捉えさせられるのがアート。社会の課題に合わせて制作をさせるのではなく、アーティストにしか見えない世界と、社会の接点を作るのが僕の仕事です。個人的な問題から出発していても、良い作品は結果的に社会の問題につながっていく。今後も、アーティストという存在にこそフォーカスしていきたいです」。
一方で吉田さんは、プロジェクトを通して多様な人々がひとつの場所に集まること、そのものに可能性を見ます。
「アーティストの野村誠さんと足立でやっているプロジェクト『千住だじゃれ音楽祭』は、原発問題で浮き彫りになった人々の多様な価値観が出発点になっているんです。普段、人は自分と同じ価値観の人たちとだけ付き合いがちですが、違う考え方を持った人たちとどう共生できるかを、プロジェクトの場を通して問いたかった。しかしそこで重要なのは、価値観を押し付けたり、論破したりしてはいけないということ。参加者自身の中から問いが生まれるような場の設定を、いつも大切にしています」。
「賭け」にも近いほかの2人のアート観に対して、「自分はどうしても課題解決という具体的なゴールを見据えた動きをしなければいけない」と語るのは及川さんです。
「プライベートでの活動がどんな風にまちの役に立つのか、議員として説明できる余地をつねに担保しようとしています。でも、何が起こるかわからないのがアートプロジェクトの面白さだという気持ちは一緒。アートの問題提起力や、そこで求められる想像力はこれからのまちに必要です。そのことを認知させる試みを続けていきたいと思います」。
関わるのはアーティストか、住民か、まちの課題か。アートは一体、まちのなかでどのような役割を果たすのか——。そうした疑問のなかで、それぞれが考えるアートプロジェクトのレンジの広さが見えた今回の「ART POINT MEETING」。活発な質問を投げかけていた参加者の頭には、イベントを経てより多くの疑問符が生まれたかもしれません。
しかし、そうしたレンジの広さは同時に、さまざまなプロジェクトの主体が集って言葉を交換する、こうした場の重要性をあらためて感じさせるものでもありました。
「ART POINT MEETING」は、今後も約半年に一回のペースで開催。今回、浮かび上がった疑問点がこれからの議論にどう引き継がれ、発展していくのか。引きつづき、注目していきたいと思います。
>>レポート前編
(イベント撮影:高岡弘)