共通: 年度: 2023
事業のいまを英語で伝える
伝える方法を探り、ツールとして整える
「東京アートポイント計画」は、2009年のスタート以来、東京都、アーツカウンシル東京、NPO*との「共催事業」という形でさまざまなアートプロジェクトを実施し、創造的な活動拠点やコミュニティを地域の中に育んできました。また同時に、日々変化する社会に向き合うための学びの場づくりや、活動の中で制作した書籍や映像等資料の公開、事業の記録や評価を見据えた運営手法の研究・開発などを通して、アートプロジェクトの担い手づくりや活動基盤の整備なども行っています。
実践のなかから生まれる現場の声をもとに、プロジェクトが地域に根付くためのさまざまな支援・取り組みを行い、プロセスを重視しながら時間をかけて事業と組織を育む「東京アートポイント計画」。この仕組みを広く国内外へ伝え、ゆるやかなネットワークをつくることができれば、そこからまた新たな活動が生まれ、つながっていく足掛かりになるのではないかと考えます。
本企画では、事業の仕組みや手法、そこから生まれた活動の現在を国内外へ広く伝えるために、英語でのツール制作や、資料の翻訳などを行い公開します。
*NPO法人のほか、一般社団法人、社会福祉法人など非営利型の組織も含む
詳細
進め方
企画パートナーとディスカッションを重ねながら、英語で伝えるためのツールを制作し、環境を整備していく。
スケジュール
2022年
- 企画パートナーを選定
- 国際発信の方法や目標をディスカッションし、これからの方針を固める
- 国内外の芸術文化の事例に詳しい有識者へヒアリング
- 事業の仕組みや特徴をあらためて整理し、英語での資料を作成
- 東京アートポイント計画ウェブサイトの英語ページを公開
2023年
- 必要なツールについてディスカッション
- 「東京アートポイント計画」の英語パンフレットを制作
2024年
- 東京アートポイント計画ウェブサイト英語ページに記事リンク機能「READ」を追加
- アートプロジェクトのいまを伝える事業インタビューや記事を翻訳し、公開
小野悠介
自分のアートプロジェクトをつくる
自分のなかから生まれる問いをつかまえ、アートプロジェクトをつくる力を身につける
この10年で、わたしたちを取り巻く社会状況はめまぐるしく変化しました。これまでの考え方では捉えきれないような状況が次々と発生し、新たに炙り出される課題に応答するように、さまざまなアートプロジェクトが生まれました。しかしこのような状況は、どこかで一区切りつくようなものではなく、わたしたちはこれからもまた新しい状況に出会い、そのたびに自分たちの足元を見直し、生き方を更新する必要に迫られるでしょう。激しく変化し続けるこれからの時代に求められるアートプロジェクトとは、一体どのようなものなのでしょうか。
「新たな航路を切り開く」シリーズでは、2011年以降に生まれたアートプロジェクトと、それらをとりまく社会状況を振り返りながら、これからの時代に応答するアートプロジェクトのかたちを考えていきます。ナビゲーターは、人と環境の相互作用に焦点をあてながら、社会状況に応答して発生するアートプロジェクトをつぶさに見続けてきた芹沢高志さん(P3 art and environment 統括ディレクター)です。
ここでは、アートプロジェクトの立ち上げやディレクションに関心のある方を対象に、ゼミナール形式の演習を行います。状況に対してどのような問題意識をもち、どのようにアクションしていけるのかを、アーティストやナビゲーターとのディスカッション、参加者同士でのワークを通して深めながら、自分のアートプロジェクトを構想していきます。自分の中から生まれる問いをつかまえ、アートプロジェクトを構想し、動かしていくための力を身につけます。
ナビゲーターメッセージ(芹沢高志)
アートとはまずもって、個人個人の内面にこそ、決定的に働きかけてくるものだ。自分自身の問題と向き合うための術であるとも言えるだろう。
今、私たちは、歴史的にみても大変な時代を生きている。どこに問題があるのかわからない、いや、そもそも問題があるのかないのか、それさえもわからない時がある。こういう時はひとまず立ち止まり、何が問題なのか、自分の心に問うてみる必要がある。他人が言うからではなく、いかに些細な違和感であれ、自分個人にとっての問題を発見していくことが大切なのではないだろうか。自分にとって本当に大切な問いとはなんなのか? それを形として表現していくための力を、この演習を通して培っていければと思う。
ともに舟を漕ぎ出そうとする方々の参加を心待ちにしている。
「新たな航路を切り開く」に寄せて(芹沢高志)
来るべきディレクター、プロデューサーに向けて
2020年春、非常事態下のローマで、作家パオロ・ジョルダーノは「パンデミックが僕らの文明をレントゲンにかけている」と言っていた。まったくその通りで、新型コロナウイルス感染症パンデミックは、これまで私たちが見ないふりをしてきたさまざまな問題を世界中で炙り出している。
エコノミスト、モハメド・エラリアンは、リーマン・ショック(2009)以降の世界経済は、たとえ景気が回復したとしても、以前のような状態には戻らないとして、「ニューノーマル」の概念を提唱し、これまでの考えではとらえることのできない時代の到来を予告していた。その彼が今、今回のコロナ・ショックをうまく乗り切ったとしても、世界経済のかたちを変えてしまうような新たな世界「ニューノーマル2.0」の時代がやってくるだろうと予測している。つまり、自らが提唱した「ニューノーマル」という新たな世界像さえ、次のステージに入って更新されねばならないような地殻変動が、現在、進行しているというのである。これは経済分野での指摘だが、確かに私たちは、東日本大震災と福島第一原子力発電所事故、新型コロナウイルス感染症パンデミック、ロシアによるウクライナ軍事侵攻と世界の分断と、激動する時代のなかで、ものの見方から行動様式に至るまで、さまざまな局面で本質的な更新を余儀なくされている。それはアート・プロジェクトについても同様で、私たちは今、アート・プロジェクトのあり方や進め方に関して、新たな時代に対応する変更を求められている。
しかしもちろん、これは現在進行形の設問であり、出来上がった解答があるわけではない。本シリーズは、次代を担うアート・プロジェクトのディレクター、プロデューサーたちに向けて、今生まれるべきアートプロジェクトの姿を学び合い、新たな航路を探し出し、自らの姿勢を確立してもらうために企画されたものである。
ニューノーマル2.0時代のディレクター、プロデューサーが、アートプロジェクトの新たな時代を切り開いていかねばならない。本スクールはそうした来るべきディレクター、プロデューサーたちの、旅立ちのための港になっていきたいと願っている。
2022年4月
阿部航太
東京アートポイント計画 プログラムオフィサー
多摩の未来の地勢図 Cleaving Art Meeting 連続ワークショップ「多摩の未来の地勢図をともに描く2023」記録 re.* 生きることの表現
多摩地域を舞台に、地域の文化的、歴史的特性をふまえつつさまざまな人々が協働、連携するネットワークの基盤づくりを進めている『多摩の未来の地勢図 Cleaving Art Meeting』において実施した連続ワークショップの記録集です。
この冊子は、3つのテーマ、①生きることの表現を拡張する、②3つのre「retrace/再訪する、resist/作業する、record/記録する」、③生きることの表現で構成されています。計11回実施したワークショップについて、各回参加した参加者自身による記録とともに振り返り、またそれぞれ3つのテーマに沿ったゲストとのインタビューやトークも収録されています。
誰かの、社会の価値に沿って1を10にしようというのは実際そんなに難しくなくて、テクニカルなことで何かがんばればできる。でも1を1のままで、その人としてずっとやり続けるということの豊かさって大事なんじゃないかな。
(p.95)
目次
生きることの表現を拡張する(曽我英子)
- WS1「くだらないかもしれない疑問」
- WS2「身体の声を聴く」
- WS4「人間中心でない視線」
- WS7「何かの可能性」
retrace/再訪する
- 「菅野榮子さんと、訪れる」
- WS11「暗闇的、記録のぼろくすぐり」(須之内元洋)
resist/作業する
- WS5「掘ってみる/刷ってみる」(A3BC)
- WS6「作曲をしてみる」(揚妻博之)
- WS8「Act/Abstract」(ピョトル・ブヤク)
- WS9「Currents」(ピョトル・ブヤク)
- 「えいちゃんくらぶ×ピヨ」
- 「作業場の試み」(ワークショップ参加者)
- 「resist/抵抗する行為について考える」(岩井優×ピョトル・ブヤク×角尾宜信)
record/記録する
- WS3「記録をつくる、記録を受け取る営み―震災手記集をともに読むことから考える」(高森順子)
- WS10「記録する行為について問う」(豊田有希)
生きることの表現
- 「生きることの表現-木村紀夫を訪ねる」
- 「それぞれの人はそれぞれを生きて、たまたま出会い続ける」(武内優×宮下美穂)
蔭山大輔
2023レポート③ それぞれの「自分の」アートプロジェクト
2011年以降に生まれたアートプロジェクトと、それらを取り巻く社会状況を振り返りながら、これからの時代に応答するアートプロジェクトのかたちを考えるシリーズ「新たな航路を切り開く」では、P3 art and environment統括ディレクターの芹沢高志さんをナビゲーターとして、この10年間の動きを俯瞰する映像プログラムや年表制作のほか、ゼミ形式の演習を実施しています。
演習「自分のアートプロジェクトをつくる」は、アートプロジェクトを立ち上げたい方やディレクションに関心のある方を対象とするもので、2023年度は9月末から翌年1月末までの約4ヶ月にわたって実施しました。
この演習の様子を、3つの記事でレポートします。
ゲスト回や中間発表、ディスカッションの時間を通じて、自分の課題意識や問いを深めながら、「自分のアートプロジェクト」をブラッシュアップしていった受講生たち。活動を想定している現地への訪問など具体的なリサーチを進めていく人もいれば、試行錯誤しながらプロトタイプの映像を制作する人がいたり、また受講生同士で興味関心や自身のテーマに近い活動や場所へヒアリングに行ったりと、演習が進むにつれて一歩一歩探りながら前進していく姿が印象的でした。最終発表では、それぞれの具体的なアートプロジェクトの企画構想が発表されました。講評では、ナビゲーターからだけでなく受講生からもフィードバックや新たな視点やアイデアを共有する時間となりました。



演習を終えた受講生からは、「自分自身のアートへの向き合い方が更新された」「自分の思いと思考と表現がはじめて重なり、何を大切にしたいかはっきりと掴めた」「それぞれのアプローチは異なるけれど、自分のアートプロジェクトをつくるという同じ志を持つ人々との出会いが心強かった」「企画を実現していけるよう具体的に動いていきたい」などの前向きな声が寄せられました。
最後に、ナビゲーターの芹沢高志さんが、演習を振り返りながら、あらためて受講生のみなさんに寄せられたメッセージをご紹介します。

2023年度「演習|自分のアートプロジェクトをつくる」を終えて
2024年1月27日、28日の両日に渡って最終発表を行い、「新たな航路を切り開く」の2023年度「演習|自分のアートプロジェクトをつくる」、全工程を無事終えることができました。計画の熟度はさまざまですが、受講生の皆さんおひとりおひとりが、たしかに、自分のアートプロジェクトを自分の言葉で、共に学んだみんなや運営スタッフの目の前で発表してくれて、ナビゲーターとして言葉にならないほどの喜びと満足を覚えたものです。
自分の言葉で自分のアートプロジェクトを語る。簡単そうに聞こえるけれど、外から与えられた問題に急いで「正解」を求められていきがちな今日、それは容易なことではないし、勇気のいることでもあります。自分は何を求めているのか?少し立ち止まり、あらためて自分自身に問い直す。この演習はそんな時間を用意したいと願って実行されました。最終発表はもちろん「他者」への発表なわけだけれど、まずもって自分自身への発表になっていたはずです。そして皆さんがそれに真摯に立ち向かっていかれた姿を拝見し、ナビゲーターとして深い喜びを感じていったわけです。
はじめはアートプロジェクトと聞いて、何か大きい、大義のあるものを構想しなければならないと思われていたかもしれませんが、その誤解はすぐにも解けていきました。自分のアートプロジェクトをつくるということは、自分自身のモチベーションを発見し、確認していく過程でもあると思います。そしてそのモチベーションを深く実感しておけば、これから実現に向けて降りかかってくるだろう多くの困難に対しても、立ち向かっていく勇気、退かない勇気が生まれていくはずです。これがこの演習の目的と言ってもよかったと思います。
この演習と並行して、私は「さいたま国際芸術祭2023」のプロデューサーを務めていました。ディレクターは現代アートチーム 目[mé]でしたが、彼らが掲げたテーマは「わたしたち」というものでした。「わたしたち」という言い方は難しいものではないし、よく使われる言葉です。しかし「わたしたち」と言われた時、そこに「わたし」は入れてもらっているのかと、疑問に思うことも増えてきました。現代アートチーム 目[mé]は、あえて今、この「わたしたち」とは何なのか、問いただしてみようと考えたのです。それぞれ違った「わたし」がいます。そんなことは当たり前なわけだけれど、標語としての多様性とかダイバーシティが蔓延していくなかで、他人のことはとやかく言うなという風潮も生まれてきているようにも思います。こんな時は一度「わたし」に立ち戻り、そこからあらためて「わたしたち」とは何なのか、捉え直してみる必要があるでしょう。
初めから「わたしたち」から始めてしまうとおかしなことになりかねません。「わたし」から始めて「わたしたち」とは何なのか、もう一度考え直して行かねばならない。現代とは、そんな時期だと思うのです。そしてもう一度「わたし」に戻るためには、アートは最も適切な手段です。
「自分」の「アートプロジェクト」、しかしそれが独りよがりなものにならず、なるべく多くの他の「わたし」、他者たちも、自分のアートプロジェクトだと実感できるような、琴線に触れるものに育てていくことが重要なのではないでしょうか?そしてそのような姿勢が、今求められている「コモン」という意識の形成につながっていくのではないのかと考えるのです。だからこの演習は、そんな姿勢のレッスンでもあったと思うのです。
受講生の皆さん、そして支えてくれた運営チームの皆さん、本当にありがとうございました。
芹沢高志
2023年9月から約4ヶ月にわたって、自分自身の足元をじっくりと見つめ直し、「自分のアートプロジェクト」への一歩を踏み出した受講生のみなさん。これからの活動を、期待しています。





撮影:齋藤彰英
2023レポート② 3人のゲストから受け取ったもの
2011年以降に生まれたアートプロジェクトと、それらを取り巻く社会状況を振り返りながら、これからの時代に応答するアートプロジェクトのかたちを考えるシリーズ「新たな航路を切り開く」では、P3 art and environment統括ディレクターの芹沢高志さんをナビゲーターとして、この10年間の動きを俯瞰する映像プログラムや年表制作のほか、ゼミ形式の演習を実施しています。
演習「自分のアートプロジェクトをつくる」は、アートプロジェクトを立ち上げたい方やディレクションに関心のある方を対象とするもので、2023年度は9月末から翌年1月末までの約4ヶ月にわたって実施しました。
この演習の様子を、3つの記事でレポートします。
演習では、受講生それぞれがまず自分の中の問いをつかまえ、それをどのようにアートプロジェクトとして形にしていくのかを考えていきます。そのために、受講生同士のディスカッションやナビゲーターによる講義のほか、3名(組)のゲストを招き、ゲストによるトークとその後のディスカッションの回を設けています。
今年度のゲストは、嘉原妙さん(アートマネージャー/アートディレクター)、尾中俊介さん(グラフィックデザイナー/詩人)、小田香さん(映画作家)の3名。
それぞれのゲスト回を紹介します。
嘉原妙さん(アートマネージャー/アートディレクター)

10月28日(土)、第3回は、ゲストにアートマネージャー/アートディレクターの嘉原妙さんをお招きしました。嘉原さんはこの演習のマネージャーでもありますが、今回は“「時の海 – 東北」プロジェクト”のディレクターとして登壇していただきました。
演習では、「自分のアートプロジェクトをつくる」ことに軸を置いています。しかし、アートプロジェクトに関わる人が全員、「自分が」やりたいプロジェクトを一から企画運営しているわけではありません。アーティストが目指す風景を共に眺め、実現に向け奔走するかたちもあります。
「時の海 – 東北」プロジェクトはデジタルカウンターを用いた作品で知られる宮島達男さんが、東日本大震災の犠牲者への鎮魂と記憶の継承をテーマに立ち上げたアートプロジェクトです。これからの未来をともにつくることを願い、ワークショップを通じて3,000人の参加者を集めつつ、東北の海が見える場所へ作品を恒久設置するために、候補となる設置場所のリサーチや交渉なども行いながら、プロジェクトを進めています。かなり壮大なプロジェクトですが、嘉原さんはプロジェクトのビジョンをしっかりと見据えながら、進捗状況に合わせて今やるべきことは何か、次にどういう動きが必要なのかを常に考えながら、進められている様子が伝わりました。

嘉原さんのお話を伺っていると、ご自身がさまざまな立ち位置でアートプロジェクトに関わってきたことが、現在に至る柔軟な思考・行動に繋がっていることが見えてきました。たとえば、「国東半島芸術祭」の立ち上げからスタッフとして従事したNPO法人BEPPU PROJECT(大分県別府市)では、アーティスト・イン・レジデンスを経て作品を制作・恒久設置・維持するプロセスに伴走しました。独自の地形から育まれた文化を背景にした芸術祭のプロセスの中で、地域の人々が刺激を受けて自ら創作を始めたり、芸術祭を訪れた観光客をもてなしてくれたり、作品についても自分事のように話してくれたりと、アーティストやアートに出会うことで変化していく姿に触れたことが語られました。
アーツカウンシル東京では、NPO法人に伴走・支援する東京アートポイント計画のプログラムオフィサーを担当。数々のアートプロジェクトに寄り添い、言語化・仕組みづくりを中心とした業務に従事しました。その中で、より大きな視点・距離からプロジェクトを捉えることができるようになっていったそうです。
また、在職中にパンデミックを経験。人と直接会うことに大きな制限がある中で、Zoomなどを活用しながらプロジェクトを進めるための手立てを考えていきました。その前後で、芸術文化を用いた被災地支援事業や、ろう文化に触れる手話講座にも携わりましたが、「時の海 – 東北」プロジェクトでも、オンラインでのワークショップの実施や、手話通訳付きのワークショップの開催などに経験が生かされています。現在進行中のアートプロジェクトだからこその、嘉原さんが手を動かし、試行錯誤しながら出来事が反映されていく様子が大変リアルで、刺激的な回となりました。

受講生からは、プロジェクトをつづけていくことへの不安や向き合い方、その土地に住まう人々との関わり方や距離感などについての質問が飛びました。すべてを一人きりで背負い込むのではなく、仲間と呼べるチームで共有し合い、遠回りしながらもそれぞれの立場から、同じ「見たい景色」に向かっていく姿に励まされた様子でした。
尾中俊介さん(グラフィックデザイナー/詩人)

11月11日(土)、第4回では、ゲストにグラフィックデザイナーであり詩人の尾中俊介さんをお招きしました。尾中さんは、デザイン事務所「Calamari inc.」として、福岡を拠点に、美術、音楽、映画をはじめとする芸術領域で、主に印刷物など数々のデザインを手がけられています。会場には、これまで尾中さんが手がけてきた展覧会のチラシや書籍も多数並べられ、受講生と共に実物を手に取りながら、どういった意図で制作されたのものか、どのようなデザインの工夫がなされているのかなどを丁寧に話されました。
例えば、『みえないものとの対話 Dialogue with Something Invisible 久門剛史|ラファエル・ローゼンダール|谷口暁彦|渡邉朋也』(2015年、三菱地所アルティアム)のチラシは、4種類の表紙デザインのチラシがあり、それらを繋ぎ合わせることで1枚のポスターになったり、チラシの真ん中に縁取られている箇所には入場チケットがぴったり収まるようにデザインされているなど、展覧会の情報を伝えるための広報物というよりは、展覧会の一部になるようなデザインが印象的でした。ほかにも、遠藤水城著『陸の果て、自己への配慮』の書籍デザインでは、表紙の黒い紙に白色のインクを何層にも重ね合わせ、そのインクが乾燥することで生まれる剥離を表紙の一部として取り込むようなデザインであったりと、尾中さんの仕事の中にある繊細さや、長い時間を経て気づきが生まれるような仕掛けや眼差しに、受講生一同から感嘆の声があがりました。

グラフィックデザインの仕事には、さまざまな制約がつきものです。クライアントの意向や予算などを踏まえ、ページ数の調整や印刷の方法などを含めて数多くの調整が必要となります。もちろん潤沢な予算や時間のあるベストな条件が良いに決まっているけれど、制約があるからこそ、新たな編集方法や制作方法が生まれるのだと尾中さんは言います。またその方法に至るまでの思考、言語化される前の思考そのものを制作チームで共有することが有意義なのだと。さらに、その試行錯誤の痕跡や方法をオープンソースとして見えるようにしたいのだと話されました。
そうした尾中さんのものづくりに対し、受講生からは見えないところに時間をかけて仕掛け、静かに待ち伏せされている感じがするという感想が。実は受講生のなかには尾中さんがデザインした書籍を持っている人もおり、たまたま引越しの作業中に本が倒れて表紙のカバーがめくれたことで、その裏側のデザインに初めて気づいたこと。それをきっかけに、書籍の表紙の裏側を意識するようになったというエピソードの共有もありました。

尾中さんがものづくりにおいて重視しているのは、「平等な関係性であるか」ということ。受発注の関係では、実は権力構造が生まれやすかったりします。だからこそ、ものづくりの以前に、フラットな関係性を目指していたいのだと語られました。
最も印象的だったのは、「知らないこと、わからないことを表明してつくる」という、倫理観についての言葉です。いかに自分自身の認知や理解に対して懐疑的であれるか、そして、ものごとに対して真摯に向き合い応答すること、その一つの方法として新しい仕組みをものづくりを通して探求しつづけている尾中さんの姿勢に、背筋が伸びる思いだった受講生も多かったはずです。
小田香さん(映画作家)

12月16日(土)、第6回では、ゲストに映画作家の小田香さんをお招きしました。
ボスニアの炭鉱で撮影を行い、地下坑道の中での仕事にカメラを向けた作品『鉱 -ARAGANE』や、メキシコのユカタン半島北部に点在する洞窟内の泉を撮影し制作した長編映画『セノーテ』など、普段は人の立ち入ることのできない不可視の空間を撮影してきた小田さんは、現在制作中の『Underground』でも、さまざまな地下空間を撮影しています。なぜ地下を撮りつづけるのか?と尋ねられることも多いそうなのですが、小田さんは「わからないから潜りつづけようと思った」と語ります。
小田さんの最初期の作品は、自身が性的少数者であると家族に告白した時のことを、家族や友人の助けを借りて、あらためてドキュメンタリーのように撮影した作品『ノイズが言うには』でした。それは自分の中に鳴っていたノイズを見つめつつ、当時自分の告白を受け止められなかった母や父の姿を、映画内映画という形をとることでフィクション化し作品としたものでしたが、後年、小田さんはその時のことを振り返り、なぜあんな残酷なことができたのかと、『あの優しさへ』という作品を制作しています。その時にカメラの暴力性についてもあらためて意識し、その上で「自分がまた間違わないとは限らないが、映画をつづけていこうと思った」のだそうです。

この日の演習では、その最初期の作品のエピソードや、映画監督、タル・ベーラによる学校「FILM FACTORY」でのこと、『あの優しさへ』を制作したときの考えや、近年さまざまな作り手たちとチームで制作することの面白さなど、幅広く語られました。また受講生とのディスカッションの中で、監督としての態度や、被写体との関係性、自身の映像言語についてなど、話がぐっと深まっていきました。
この中で見えてきたことは、小田さんが常に自身と向き合い、カメラを通して形にし、また形になったものと対話をしながら、一つひとつの事に嘘をつかず、進んできたことです。わからないから撮りつづけることについて、「知らないものを見るときって、よく見るじゃないですか」とあっけらかんと答える小田さんは、「撮影を重ねていくことで、自分が本当に何を見ているのかがわかっていく」と話します。「撮影者がどういうことを考えて撮っているのかは、イメージ(映像)に出る」し、ドキュメンタリーにおいても「撮影者と被写体との関係性がイメージに反映される。真実といえるのはその関係性だけかもしれない」と語る小田さん。だからこそ、対象をまっすぐに見て、見えてきたものを受け止め、共犯関係を結びながら、一つひとつ進んできたのだと感じました。
この前の回の「中間発表」で、自分の構想しているアートプロジェクトについてプレゼンをし、議論を重ねていた受講生たち。各自が自分の中の問いと向き合いながら、これからどのように取り組んでいくのか、どのような方法があるのかを具体的にしつつあるタイミングだったこともあり、それぞれが小田さんの話から背中を押されたり、勇気づけられたりしていたようです。

演習はどの日程も13時から17時半まで、4時間半の時間枠で行われました。
昨今ほとんどのトークイベントが、1時間半から、長くても2時間の枠で開催されることを考えると、演習は4時間半も時間があるの!?と思われるかもしれません。しかしどの回も、受講生の質問やそれに対してのゲストによるコメント、それらをもとにまた対話が広がり、これまで語ったことのないようなエピソードが出たり、対話の中からゲスト自身もいままで気づいていなかったことに気づかされたりと、いずれも、互いの思考を深め合うような対話がつづき、さまざまな発見のある回となっていました。
教えられてただ受け取るのではなく、受講生それぞれが自分にひきつけ、腹の中にある言葉を用いて話を聞くからこそ出てくる言葉があり、それを受け止めるからこそ返ってくるものがある、そんな対話の力を感じさせられる時間でした。


