まず、話してみる。― コミュニケーションを更新する3つの実践

本企画「まず、話してみる。」では、異なる視点を持つ他者と「ともにつくる」こと、そして「わたしたち、それぞれの文化」について考える事業のなかから、アーツカウンシル東京が実施する「手話」や「ろう文化」、「視覚身体言語」に関わる3つの事例を取り上げています。

それぞれの実践者による座談会を実施し、概要とともに冊子としてまとめました。また収録した3つの座談会、および冊子に掲載しているテキスト「はじめに」「おわりに」の内容は映像としても公開しています。

これらの取り組みに共通しているのは、事業の進め方、つくり方から、自分とは異なる他者とともに探求しようとする姿勢です。こうした姿勢は、隣りにいる人々と「まず、話してみる」ことからはじまります。

(はじめに)
目次
  • はじめに
  • PROJECT 01「アートプロジェクトの担い手のための手話講座」
    • ABOUT
    • 体制図
    • これまでの活動
    • 座談会|身体を動かすコミュニケーションを体感する講座づくり
  • PROJECT 02「TURN / Creative Well-being Tokyo」
    • ABOUT
    • 体制図
    • これまでの活動
    • 座談会|映像制作」を通じた、感覚の異なる他者との出会い
  • PROJECT 03「めとてラボ」
    • ABOUT
    • 体制図
    • これまでの活動
    • 座談会|「わたし」を起点にするアートプロジェクトをつくる
  • おわりに

(からだ)と(わからなさ)を翻訳する ――だれもが文化でつながるサマーセッション2023「パフォーマンス×ラボ」の実験

東京都美術館で行われたクリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョー「だれもが文化でつながるサマーセッション2023」の企画のひとつとして、芸術作品を伝えるための情報保障について考える公開研究ラボ「パフォーマンス×ラボ」を実施しました。

この企画は、アーティストのジョイス・ラムによるレクチャーパフォーマンス作品《家族に関する考察のトリロジー》(2021-2022年)に対して、どのように情報保障をつけることができるのかをアーティストと共に実験するというもので、協働パートナーとしてめとてラボが一緒に取り組みました。

本冊子では、その試行錯誤の様子や、サマーセッションでの実践についてまとめています。

そもそも作品や芸術表現は、すべての人が理解できるというものではありません。だからこそ、鑑賞者はそれぞれが持っている思いや感覚を、この作品を通して改めて自ら気づくことがあるはずです。

(p.24)

「ろう者の感覚を知る、手話を体験する」レポート後編

身体をつかい手話やろう文化に触れるワークショップ「ろう者の感覚を知る、手話を体験する 2023」が、アーツカウンシル東京で実施された。同ワークショップは、10月開催のコースと11月開催の2コースがあり、それぞれ全3回を1セットとして実施された。各回ごとのテーマは「目で見て伝え合う。身体表現ワークショップ」(第1回)、「聞こえの体験とワークショップ」(第2回)、「ろう者とのコミュニケーション」(第3回)。また、第2回、第3回には、ろう者のゲスト講師を招くなど、さまざまなろう者との対話の場も設けられた。なお第3回では、10月コースと11月コースとで、それぞれ別のゲストが招かれた。

本レポートの後編では、筆者がワークショップに参加して知った「ろう者の視点や感覚」、「ろう者とのコミュニケーションにおいて大切なこと」などの気づきを、第3回のワークの体験を中心に振り返りながら紹介する。

色や形を全身で表現して伝えてみる

10月コースの第3回にはダンサー、俳優などアーティストとしても活動する南雲麻衣さんと、俳優としても活動する藤田さや夏さんがゲストに招かれた。南雲さんとは、『SHAPE IT!』というコミュニケーションゲームを体験。机の上には、色と形がそれぞれ異なるカードがたくさん並べられる。

一番右が南雲麻衣さん

南雲「これらのカードの大きさや色は全て異なります。私が動きや表情である一つのカードを表すので、どれを差しているのかみなさんで当ててみましょう」

参加者は南雲さんの指や体の動きを見ながら、カルタのように早押しで解答していく。丸や三角など形がシンプルなものはわかりやすいが、線のように特徴の少ないものや逆に形が複雑なものは、すぐさま判別するのが難しい。

今度は参加者が表現して南雲さんに当ててもらう番だ。南雲さんに伝わるまでには少し時間がかかるが、なんとか伝えようとコミュニケーションしているのがわかる。たとえば、階段状になっているカードを表す際に、参加者の一人がパントマイムのように階段を降りる動きを見せてくれた。こうした動作で表現する方法は、このワークショップがはじまったばかりの頃なら思いつかなかっただろう。ワークを体験してきた参加者のなかで、身体をつかった発想がだんだんと広がっているのを感じた。

状況を表すためにチームで協力して表現する

こうしたワークを一緒に体験してきたことで、参加者同士もだいぶ打ち解けてきた。ゲストの藤田さや夏さんとは、第2回のゲストであるマリーさん考案の「絵」をつかうワークを行った。これは、参加者の3、4人が1チームになり、風景画や抽象画がプリントされたものから1枚好きな絵を選んで、その絵から感じた音や光を各チームで協力しながら身体で表現して伝えるというものだ。

左側が藤田さや夏さん

絵を見ながら筆者が悩んでいると「温かい感じがする絵ですね」「この光が大事だと思う!」「私はこの人をやってみる!」など、参加者それぞれの意見が飛び交いはじめた。何かの答えを探すのではなく、感じたことを瞬時にまずは伝える。そして会場に用意された道具(色紙やテープなど)をつかって表現しようと身体を動かす。ワークショップ3回目にもなると、参加者は身体だけでなく、表情もとても豊かになってきたように感じた。

表現する「絵」を選んでいる様
「絵」から想起した音のイメージを表現

お題の絵を当てるのは至難の技だが、それぞれのチームの表現からは、絵を見てどう感じたのか、どのポイントが大事だと考えたのかが伝わってくる。紙テープで海の波の音を表現したり、色紙を持って移動しながら四角い形が多数描かれた抽象画を表現したりと、それぞれのチームで伝え方や表現方法を工夫していた。

次に、藤田さんが身体で表現した内容を参加者が当てる「手話ポエム」のワークを行った。

藤田「これから身体をつかって何かを表現しますので、しっかりと見て、想像してくださいね。何を表現しているか、わかった人は手をあげて教えてください」

てくてくと道を歩いている様子の藤田さん。ふと彼女の目線が頭上に移動し、空を見上げるような仕草に。すると、頭上から何かがひらひらと落ちてきた(手の平をつかってひらひらと落ちてくる様子を表現)。するとそれを拾い、手指でその何かの形を表す。次に、大きなものが目の前に立ち並んでいる様子を表現している。またてくてくと歩き出す藤田さん、途中から両手を靴に見立てて歩いていると、何かを踏んでしまい、眉間に皺を寄せながらしまったという表情になった。

答えは、銀杏の木だ。手の平が銀杏の葉になったり、銀杏の実を踏んでしまう靴になったりと、身体ひとつで目の前にその情景が広がっていくようだった。

手の平を銀杏の葉に見立ててひらひらと手を動かす
手の平で靴を表しながら、銀杏の木の下を歩いてハッと立ち止まる
あっ!靴の裏で銀杏の実を踏んじゃった!という表現

ほかにも、山の上からころころと降りてくるオコジョのお題では、藤田さんが動物に成りきって表現したり、イメージや考えが浮かばず頭のなかが混乱しているときの身体感覚を、洗濯機のなかで洗濯物が絡まっている様子を用いて表現するなど、ろう者の感覚の表現方法や伝え方の発想方法もとても興味深かった。

こうした絵をテーマにしたものや身体感覚とイメージに関するワークのほかにも、10月と11月、それぞれのコースでは「美容室」「アイドル」「水泳」などといった場所や職業、動作のお題に対して、チームで表現し、ゲストのろう者に当ててもらうワークも実施した。

チョキチョキと髪の毛を切るような動作で「美容室」を伝える
お題「東京タワーにのぼるゴリラ」を表現するチーム
ゲストと一緒に参加者もお題が何かを考える
同じ表現を見ていても異なる解答が出たりと、会場も盛り上がった

河合「みなさんの動きがなめらかになってきましたね。身体で表すときには、正しさを求める必要はありません。試行錯誤しながら伝えようとすることが大切です。そして、自分と相手との違いを受け入れることも大事。チームで取り組む場合はそれぞれが役割をもって一つずつ表すことで伝わり方も変わりますね」

ろう者にとってアイコンタクトは情報を伝えること

11月は、ろう者と聴者がともにつくる人形劇団に所属していた善岡修さんと、手話講師の須永美智子さん。この日は、ワークの説明や参加者とのやりとりも含めて手話通訳を介さずに、講師のジェスチャーや身体表現によって進行した。

左から須永美智子さん、善岡修さん

はじめに、善岡さんと須永さんからの指示で、参加者が新聞紙を破いたり、丸めたりしていく。何度か同じ指示が続き、再び参加者が新聞紙を破りはじめると、途中で善岡さんから「待って!」というジェスチャーが示された。参加者が紙を破ることに夢中になり、ゲスト二人の指示を見ていなかったのだ。

善岡「私の指示通りに破いて欲しかったのですが、私が指を止めても、みなさんは先に先にと新聞紙を破いてしまいました。指示を出す私の方を見てほしいんです。私の動きをちゃんと見て、指示を受け取ることが大切です」

何度か同じような行為を繰り返していると、次はこうかなと無意識に先回りして動いてしまう。筆者もほかの参加者と同じように、すぐに新聞紙を破いてしまった。しかし善岡さんは、自分だけの考えで動くのではなく、互いに確認し合ってから動くことが大切なのだと言う。

こうした意識や感覚の違いは、普段の生活のなかでは気づくことが難しい。思い込まずに、確認をしてから動くこと。ろう者にとってのアイコンタクトや身振りは情報を伝えるだけではなく、状況や意図をお互いに確認し合うためのものでもあるのだと実感した。

続いてのワークでは、ペアになった二人が新聞紙を広げて互いに両手で持つ。そして、ほかの参加者の一人に指示を出し、床に置かれた新聞の紙玉のなかから選んだひとつを、新聞紙の上に拾い上げてもらう。指示を出す人は両手が塞がっているため、目線や顎、顔の表情をつかってどの紙玉を拾ってほしいのかを伝えなければならない。

いざやってみると、相手がどの紙玉を指しているのかすぐにはわからない。顔や目線の先にある紙玉をいくつか手に取ってみるものの、「違う」と首を振られるばかり。どうしようと焦る筆者は、手当たり次第に「これ?」と確認してしまった。

善岡「​​みなさん、表情がとても豊かで良かったですね。伝えたい気持ちが表れていました。ですが、指示を読み取る際は相手の顔をよく見ましょう。正解の紙玉を手に持ったときはきっと表情に変化が表れるはずです。このワークでは、ろう者のコミュニケーションの特徴を体験してもらいました。このように、ろう者同士のやりとりでは手話をつかわずに目を細めたり、見開いたり、顎をつかったりと身体で何かを指し示して、『あれ取って』みたいな、ちょっとしたお願いをすることもあります。日々の動きのなかで身体をつかいこなすことも、ろう者にとってひとつの文化なんです」

相手の顔の表情、身体の動きをよく見ること。目線を合わせ、反応を示し、伝わったかどうかを確認し合うこと。こうしたろう者とのコミュニケーションの特徴や大事な視点を、これまでのワークを通して意識を向けられるようになってきた。第1回のときに河合さんが言っていた「目で聞く」という感覚もだんだんと実感している。まだまだ自分自身の身体や感覚が追いつかず、もどかしさを感じることもあるけれど、新たな気づきを得て、自分のなかに変化を感じることはわくわくするものだ。

異なる感覚を知ることからはじまること

最初は緊張していた参加者も、発見や驚きをともにして笑い合い、和気あいあいとした雰囲気のなかでワークショップは終了した。各回の終わりには講師やゲストとの対話の時間が設けられ、ワークのなかで気になったことや、ふとした疑問を確認したり、ろう者の感覚やろう文化について知識を深める時間を持つことができた。たとえば、ゲストの南雲さんは日常生活のやりとりを例にこんな話を共有していた。

南雲「実は、聴者に何かを指差しで伝えようとするだけでも、ろう者は困ることが多いです。たとえば、カフェで注文しようとしてメニューを指差しても、なぜか上手く伝わらないことがある。指差している方を見てほしいのに、視線が合わなかったり。不思議なんですよね」

南雲さんの話を聞いた参加者から「もしかしたら聴者は、言葉を重ねて説明しながら伝えようとする傾向があるのかもしれない。何かを指差して示すより、声で言葉で説明して伝えようとすることがほとんどですね」と意見があがった。

ろう者と聴者のコミュニケーションの違いやそれによるズレは、日々、身近なところで起こっているのだろう。もし、私がカフェの定員で、ろう者の方と出会ったら、どのようにコミュニケーションしようとするだろうか。きっとほかの参加者も、それぞれのなかで考えを巡らせていたはずだ。

今回のワークショップを通して、ろう者と聴者の感覚や物事の捉え方の違いがあることを、ゲストそれぞれの実体験も交えながら知ることができた。そこにあるズレに意識を向けることで、どうすればお互いに伝え合うことができるのか、その学びの入口に立てたように思う。そして、まだまだではあるものの、発話に頼らずとも身体でコミュニケーションすることができるのだという自信にもなった。

こうした経験は、聴者だけの環境ではなかなか難しい。ましてや一人ではできない。異なる言語や身体、感覚を持つ者同士が出会い、コミュニケーションするには、知識の共有だけではなく、多様な意見に触れたり、さまざまな方法で対話を試みる環境が大切だ。

ろう者の感覚を知る、手話を体験する。このワークショップに参加した一人ひとりのなかで、ワークを通して体感した気づきの種がこれから少しずつ芽吹きはじめていくだろう。それらの種はいつかどこかで、自分とは異なる他者とのコミュニケーションを一歩深めてくれるに違いない。

【開催概要】
ろう者の感覚を知る、手話を体験する
講師:河合祐三子(俳優/手話・身体表現ワークショップ講師)
手話通訳:瀬戸口裕子(全回)、伊藤妙子(第2回)、石川ありす(10月第3回)、新田彩子(11月第3回)
企画・レポート編集:嘉原妙(アートマネージャー)
運営・レポート写真:齋藤彰英(写真家)
記録:柏木ゆか(ライター)
プログラムオフィサー:櫻井駿介小山冴子(アーツカウンシル東京)

※実際のワークの流れと一部異なる順序で紹介している箇所があります。

レポート前編はこちら

「ろう者の感覚を知る、手話を体験する」レポート前編

身体をつかい手話やろう文化に触れるワークショップ「ろう者の感覚を知る、手話を体験する 2023」が、アーツカウンシル東京で実施された。同ワークショップは、10月開催のコースと11月開催の2コースがあり、それぞれ全3回を1セットとして実施された。各回ごとのテーマは「目で見て伝え合う。身体表現ワークショップ」(第1回)、「聞こえの体験とワークショップ」(第2回)、「ろう者とのコミュニケーション」(第3回)。また、第2回、第3回には、ろう者のゲスト講師を招くなど、さまざまなろう者との対話の場も設けられた。

本レポートの前編では、筆者がワークショップに参加して知った「ろう者の視点や感覚」、「ろう者とのコミュニケーションにおいて大切なこと」などの気づきを、第1回、第2回のワークの体験を振り返りながら紹介する。

「目で見て伝え合う」コミュニケーションとは

2020年度からスタートしたこのシリーズは、今回で4年目を迎える。この講座の特徴は、手話の言語学習というよりは、手話を体験することに焦点を合わせているところだ。

第1回のはじめに、講師の河合祐三子さんから参加者に対して以下のようなお話があった。

河合「聴者は、話や合図を耳で聞き取りますよね。私たちはそれができません。ろう者はアイコンタクト、つまり目で聞いているんです。これから参加者のみなさんには『目で見て伝え合う』ことを体験していただきます。緊張せず、一緒にやっていきましょう!」

ろう者の感覚について説明する講師の河合祐三子さん

参加者は各回10名程度。なかには、河合さんと手話で会話している人もいたりと、すでに手話を学んでいる人もいるようだ。筆者は手話の知識がなく、手話を体験するのも実は今回がはじめて。「目で聞く」とはどういう感覚なのだろうか、ちゃんとワークに付いていけるだろうか…と、少し不安になった。しかし、ワークが進むにつれて、だんだんとその気持ちは変化していくことになる。

「目を合わせて」まずはやってみよう

ウォーミングアップとして、参加者の名前を手話ではどう表すのかを教わる。

河合「漢字は、字の形をそのまま表現したり、漢字の意味を形で表現するものが多いです。英語圏では名前をアルファベットの指文字で表すので、このように形のイメージを表現して伝えるのは日本手話の独自の方法ですね」

たとえば、手指で漢字の形を表す「田」(両手の人差し指、中指、薬指の3本を交差するように重ねる)や「川」(人差し指と中指、薬指を立てて上から下にスライドさせる)、動作のイメージから想起させる「本」(両手の平を胸の前であわせ、両手を揃えたまま本を開くように手の平を開く)、山の形を手指でなぞる「山」(胸の前で山の稜線を描くように手を動かす)のように、漢字の表し方にもさまざまなものがある。

身近な漢字が、その形や動作のイメージを手や指、身体の動きによって視覚的に表現できることを知り、手話という言語の「目で見ること」の意味を少し掴めたような気がした。

参加者の名前をみんなで手話で表してみる

ウォーミングアップの後は、手話をつかうことがあえて禁止になった。ここからは、いよいよ表情や身体の動きをメインにしたコミュニケーションに挑戦する。参加者は円になり、まずは身体をつかって「こんにちは」と全員と挨拶を交わしていく。次に、参加者がそれぞれ自由に考えたポーズを隣の人に伝達していくワークを行った。

最初はぎこちなさもあったが、何度もコミュニケーションすることでだんだんと身体もほぐれ、参加者からは、次第に照れも交えた笑顔が見られるようになった。

相手の目を見て「こんにちは」と挨拶する様子
各自が考えたポーズを隣の人に伝達していく

河合「伝えるときは、ちゃんと相手の目を見ましょう。急ぐことはありません。目を合わせて、これからはじめますね、という合図を相手に送ることが大切です。そして伝えたポーズが正しく伝わっていれば頷く、間違っていたら首を振って反応を示す。そこまでがこのワークです」

実際に体験してみて気づいたのは、自分自身の表情の変化だった。最初はワークが楽しく自然と笑顔になっていたのだが、いざ、相手に伝わっているかどうかを意識しはじめると、そこに集中して表情が固くなったり、目を伏せてしまったりと、思ったように表現できないのだ。頭ではわかっていても、身体や顔の表情をつかって表現することは、実はなかなか難しい。こうしたコミュニケーションを自然にできるようになるには、繰り返し練習が必要だ。

視覚で瞬時に判断するろう者の感覚に触れる

続いては円になって座り、手の平サイズのボールをリズムよく隣の人に手渡していく。これは簡単そうだと油断していたら、途中からボールが追加され、逆方向へと回りはじめた。すぐにもう1つ、さらにもう1つ。どんどんカラフルなボールが増えていき、どこに何のボールがあるのかわからなくなっていく。

すると「ピンク色のボールは止めないでくださいね」と河合さん。でも、もうどこに何色のボールがあるかわからない。目で追うことに必死で、気づけばいつの間にか自分の手元にボールが溜まっている。ほかの参加者も笑いながら、あたふたと戸惑っている様子だ。

このワークは、ろう者が、視覚から情報を得て瞬時に判断していることを体感してほしいと考えられたものだった。

河合「大切なのは状況を把握するために、視野を広げることです。ろう者は見たものを瞬時に判断して対応しています。誰がボールを持っているかという情報も、身体の動きをつかってわかりやすく表現する。このように身体をつかって示すことが、ろう者とのコミュニケーションでは必要です」

表情や身体のつかい方、そして視野の広がり。自分の身体を通して、いままで知らなかったろう者の感覚と出会っていく、そんな実感を覚えるワークが続く。

河合「これからイラストをお見せします。みなさんはそれを同時に表現してください。事前に二人で相談してはだめですよ」

最初のお題は「木」。周りの様子を伺いたい気持ちを抑えながら両手を上に伸ばしたポーズをすると、どうやら多くの人が似たポーズをしている様子。続くお題の「ハート」では、頭の上に両手をかかげて自らがハートになる人、胸の前に小さいハートを両手でつくる人など、表現のバリエーションが見られるようになった。

「傘」のお題では傘を差す人と自らが傘になる人にわかれた

「今度は、ペアで異なる動きをしてみてください」と河合さん。次のお題は「王様と家来」だ。二人のうちどちらが王様でどちらが家来になるかは、お互いの動作を合図に瞬時に決めなければならない。

王様と家来のポーズをとる参加者

「それでは、3、2、1、はい!」の河合さんの合図とともに、一斉に表現。ペア同士、お互いの姿を瞬時に目で探り、家来役で膝をつく人、腕を組んだり、腰に手を当て王様のポーズを表す人というように役をわけて表現していた。

相手の目や動きをよく見て、互いに反応を示し確認し合うこと。第1回のさまざまなワークに共通していたのは、ろう者とのコミュニケーションにおける大切な視点だった。そしてそれらは、身体性や感覚の異なる他者と出会ったときにも通じる、コミュニケーションの姿勢そのものだ。

ろう者の感覚を知り理解を深めることで、あらためて聴者の感覚についても自覚的になっていた。たとえば、聴者が状況を把握するときは、その環境音や周りの人々のしゃべり声などから、無意識に情報を得て状況を判断しているのだ。

「聞こえない世界」を体験する

第2回はゲスト回として、手話をベースにした「サインポエム」と呼ばれる詩の空間表現や、ろう者と音楽についての研究をしているSasa/Marie(ササ・マリー)さんを迎えてワークショップを行った。

マリーさんからは「『聞こえない』ってどういうこと?」という質問が投げかけられた。「静かなこと」「感じ方のひとつ」「自分の声を知らない」など、参加者からは「聞こえない」に対するイメージが次々にあがる。

ササ・マリーさん

マリー「みなさんに何が聞こえているのか、私には何が聞こえていないのかはお互いにわかりません。音は見えませんし、『聞こえない』ことを説明するのはとても難しいことです。それでは『聞こえない体験』をしてみましょう」

そう笑顔で説明するマリーさんからの次の問いかけは、「日本に『聞こえない人』はどのくらいいるでしょうか?」というもの。さっそく数人のチームで話し合おうとしたところに「チームの一人はこちらを着けてくださいね」とヘッドフォンが渡された。

マリー「このヘッドフォンからは難聴者の耳鳴りをイメージしたノイズが出ています。チームの一人はこのヘッドフォンをしたまま話し合いに参加してください。ペンや紙などの道具を用いて、誰も取り残さないように相談しましょう」

おそるおそるヘッドフォンをつけると、形容が難しいノイズが耳を覆い、周りの話し声や音が一切聞こえなくなった。筆者が「聞こえないですね」と声を発した途端に、チームメンバーから笑顔がこぼれる。なぜ笑っているのか最初はわからなかったが、ほかのメンバーがヘッドフォンをつけたときにその理由がわかった。

「わあ!聞こえない!」と発されたその声が、お腹に力を入れたような大きな声だったのだ。自分の声が聞こえないと声のボリュームがわからなくなってしまい、その調整が非常に難しいのだと身をもって感じた。

マリー「みなさんどうでしたか?私の場合は声を発することができますが、長い時間をかけて、自分の声がどこまで届くのかを、声を出すときの力加減を調整して体得しました。今回、ヘッドフォンから流した音はあくまでもたとえです。私は高音をほとんど聞き取ることはできませんが、飛行機の音や自動車のエンジン音などの低い音は感じ取ることができます。生まれつきではなく途中から失聴する人もいますし、ろう者だから常に無音の空間に暮らしているとは限りません」

河合「聴者のなかには、ろう者は『口の動きを読む読唇ができる』『補聴器をつけていれば聞こえる』『耳のそばで大声を出せば聞き取れる』と誤解している人もいます。もし緊急事態で、急いでろう者に何か伝えたいときには、ジェスチャーをつかってみましょう。ろう者は視覚でさまざまな情報を得ているので、焦っていることや慌てていることはきっと伝わります」

体験を終えた参加者からは「聞こえない状態になると取り残された気分になりますね」という感想があった。確かに河合さんとマリーさんは、ワークショップの間、よく参加者とアイコンタクトを交わし、話している内容が伝わっているかどうかを一つひとつ確認しながら進めていた。これは、参加者一人ひとりを取り残さずにやりとりをする、掛け声のような意図もあったのだ。

第2回のワークでは、聞こえる、聞こえないに対する根本的な問いからはじまり、自分自身のろう者や聴者に対するイメージを捉え直すきっかけになった。また「聞こえない体験」は、ろう者が聴者とコミュニケーションするときの身体的かつ心理的な感覚を具体的に想像する体験となった。

「誰も取り残さない」コミュニケーションは、簡単なものではない。だからこそ、その難しさに意識を向け、こうして繰り返し練習することが異なる感覚を持つ他者とのコミュニケーションにつながっていくのだろう。なかなか難しい。でもコミュニケーションは面白い。そう感じさせてくれたワークショップだった。

後編に続く

※実際のワークの流れと一部異なる順序で紹介している箇所があります。

【開催概要】
ろう者の感覚を知る、手話を体験する
講師:河合祐三子(俳優/手話・身体表現ワークショップ講師)
手話通訳:瀬戸口裕子(全回)、伊藤妙子(第2回)、石川ありす(10月第3回)、新田彩子(11月第3回)
企画・レポート編集:嘉原妙(アートマネージャー)
運営・レポート写真:齋藤彰英(写真家)
記録:柏木ゆか(ライター)
プログラムオフィサー:櫻井駿介小山冴子(アーツカウンシル東京)

○ZINE -エンジン- ACKT02

アートやデザインの視点を取り入れた拠点づくりやプログラムを通じて、国立市や多摩地域にある潜在的な社会課題にアプローチするプロジェクト『ACKT(アクト/アートセンタークニタチ)』。このフリーペーパーは、まちに住む人に情報を発信、収集することで、これまでになかった縁がつながり、これからの活動のきっかけとなることを目指しています。

第2号のテーマは「エンカウント・ザ・ワールド!!」。ACKTでの活動紹介のほか、日本各地のさまざまな実践への取材・レポート紹介を通じて、日々のエンカウント(出逢い)について紐解いています。A2サイズの大きな紙面を3つ折りにし、A5サイズに仕上げました。

朝活から趣味、社会活動に至るまで、価値観や目的を共有するいい感じのことば、“コミュニティ”。でも少し食傷気味で、そのくせ実態があまりわかってこない。家族や会社に続くサード・プレイスとは言うけれど、やっぱり何かに所属してないといけないのかな?……そんなモヤモヤが今号の出発点だ。

目次
  • CAST VOL.03 金田涼子
  • LAND VOL.03 藝とスタジオ
  • たまたまブラブラ散歩 第2回 崖線とは?
  • 私たち国高新聞部
  • エンカウント・ザ・ワールド!! 特集

めとてラボ 2023 ―活動レポート―

「わたしを起点に、新たな関わりの回路と表現を生み出す」ことをコンセプトに、視覚言語(日本の手話)で話すろう者・難聴者・CODA(ろう者の親をもつ聴者)が主体となり活動するプロジェクト『めとてラボ』。

2023年度は、ホームビデオ鑑賞会の開催や、DeafSpaceに関するリサーチ、遊びを起点にしたラボラトリーの実施、つなぐラボでの環境設計や開発など、さまざまに活動を広げました。これら1年間のプロセスを時系列にまとめ、昨年度に発行した円形の冊子に束ねられるようにした活動レポートです。

目次
  • めとてラボとは
  • ホームビデオ鑑賞会
  • DeafSpace(デフスペース)リサーチ
  • 「遊び」を起点にしたラボラトリー
  • つなぐラボ
関連リンク

『めとてラボ』の活動レポートは、めとてラボ公式noteに掲載しています。ぜひご覧ください。
https://note.com/metotelab/

東京アートポイント計画|PR MOVIE

都内各地で様々なアートプロジェクトを実践する「東京アートポイント計画」のPRムービーです。

東京アートポイント計画は2009年にスタートし、東京都・アーツカウンシル東京・NPOが協働しながら、社会に新たな価値観や、人々が自ら創造的な活動を生み出すための「アートポイント(拠点/場)」をつくっています。

Tokyo Art Research Lab (TARL)ウェブサイトも、東京アートポイント計画の一環として運営しています。

使用写真
  • 500年のcommonを考えるプロジェクト「YATO」, YATOの縁日(撮影:白井裕介), 町田市
  • 川俣正・東京インプログレス―隅田川からの眺め, 汐入タワープログラム(撮影:田口まき), 荒川区
  • リライトプロジェクト(撮影:丸尾隆一), 港区
  • カロクリサイクル, 展覧会「とある窓」(撮影:森田具海), 江東区
  • Artist Collective Fuchu [ACF], ラッコルタ-創造素材ラボ-「いしのこえとみかげ」(撮影:深澤明子), 府中市
  • TERATOTERA, 「TERATOTERA 祭り」淺井裕介・遠藤一郎(撮影:Hako Hosokawa), 三鷹市
  • Tokyo Art Research Lab, アートプロジェクトの担い手のための手話講座(撮影:齋藤彰英), 千代田区
  • HAPPY TURN/神津島, 活動拠点「くると」, 神津島村
  • アートアクセスあだち 音まち千住の縁, 大巻伸嗣「Memorial Rebirth 千住」(撮影:冨田了平), 足立区
  • アートアクセスあだち 音まち千住の縁, 大友良英「千住フライングオーケストラ」(撮影:高島圭史), 足立区