今年度で卒業する3団体の「はじまりの目標と現在地」、その門出から学ぶ

東京アートポイント計画に参加する複数のアートプロジェクトの事務局が集い、アートプロジェクトにまつわる課題や疑問についてともに学び、知見を共有する勉強会「ジムジム会(事務局による事務局のためのジムのような勉強会)」。令和5年度の最終回となる今回は、卒業する3団体を中心とした振り返り座談会と相談会を実施しました。

2024年2月20日に開催された第3回のテーマは、年度の最終回にふさわしく「はじまりの目標と現在地」。今年度の東京アートポイント計画の共催事業は8つ。そのうち共催6年目になる3つが卒業を控え、今後を見据えた準備を進めています。

会場の中、15人ほどが椅子に座って話を聞いてる。
総勢25名が府中市の市民活動センタープラッツに集まりました。

6年という月日のなかで、アートプロジェクトを実施する事務局にどのような変化があったのか。そして活動する地域や関わる人々へどのような影響を及ぼしたのか。卒業直前、みなさんの輝かしい顔つきが印象的な当日の模様をお届けします。

「活動拠点」を主軸にネットワーキングが加速、連携企画も続々と

まずは、プロジェクトの伴走者であるアーツカウンシル東京のプログラムオフィサー(以下、PO)の大内さんが、東京アートポイント計画の今年度の事業の拡がりや活動の成果を総括して話しました。

今年度は、新たに3つのアートプロジェクトで拠点がオープン。カロクリサイクルの「Studio 04」、めとてラボの「5005(ごーまるまるごー)」、ACKTの「さえき洋品・(てん)」が、それぞれの場所を立ち上げ、ひらきかたを模索しています。それに合わせて、今年度のジムジム会でも「活動拠点」をテーマに取り上げ、映像プログラム「Knock!! 拠点を訪ねて-芸術文化の場をひらくひと-」を制作しました。また、団体同士の連携企画や交流もさらに増え、団体同士が協働してワークショップを企画したり、ヒアリングの共有会を実施するなど、運営課題を共有する横断的な取り組みも加速しています。

さらに、自治体の担当者や首長との継続的な関係構築に取り組めている団体もあり、これからの展開に繋げていけたらと振り返りました。

はじまりの目標と現在地、そしてこれからを語り合う座談会

続いて、卒業団体による座談会へ。今年度で卒業する「HAPPY TURN/神津島(以下、HAPPY TURN)」「ファンタジア!ファンタジア! ー生き方がかたちになったまちー(以下、ファンファン)」「Artist Collective Fuchu[ACF](以下、ACF)」の3団体は、2017年より共催事業をはじめて6年目になる、いわば“同級生”です。

会場の壁に投影されたスライドを囲むように参加者が数十名が座っている。スライド横の上手には、登壇者5名と手話通訳者。下手には司会者が座っている。
ファンファンからは青木さん、磯野さん。ACFからは新井さん、宮川さん。HAPPY TURNから角村さん、オンラインで中村さん、飯島さんが参加しました。

それぞれ東京アートポイント計画で共催事業を始めた初年度は、どんな目標を掲げていたのでしょうか。

  • HAPPY TURN/神津島
    本事業は伊豆諸島のひとつ神津島において、島と関わる人々へのシビックプライドを醸成することを目指す。
  • Artist Collective Fuchu[ACF]
    府中市を中心としたアートに関わる人々の緩やかなネットワーク作りを通し「アーティストにとって住みよいまち」、ひいては「誰もが表現できるまち」作りを目的とする。

神津島、墨田区、府中市と、異なる地域を舞台に活動する3事業ですが、共通する成果として、自分たちの事業の強みを知り、ブランディングへつなげられるようになったことが挙げられます。また、共催期間中の取り組みを通じて事務局機能を強化し、事業運営資金を獲得するための術を身に着け、行政や企業との協業の機会を得るなどパートナーシップを強めることもできました。

それぞれにとっての6年間は、どのようなものだったのか。何を考え、どのような変化を感じていたのか。これまでの活動や今後の展望に関するお題のなかからランダムで、サイコロを振りつつ語り合いました。

■ 持続性(活動資金)について

サイコロを手に笑う女性が中心に立っている。

最初のテーマは「持続性(活動資金)」について。活動とは切っても切り離せないお金。そこから3団体それぞれの未来に向けたスタンスが垣間見えてきます。

「今年がラストイヤーだとわかった頃は少し戸惑いもありましたが、卒業を間近に控えたいま、そこまでネガティブには捉えていません」と切り出してくれたのは、ACFの新井さん。共催期間中にさまざまな企画を運営するなかで、メンバーで徹底的に対話を重ね、「チームビルディング」に注力してきたACF。大人数のチームではありますが、チーム内での共通言語やビジョンが成熟したことで、予算分配を含めたプロジェクトの進め方についても、しっかり話し合えるチームに成長しました。「卒業するからこそ、自分たちがやりたいことは何なのかを改めてチームで話し合う良い機会となりました。POに伴走してもらいながら、人材面と事業面の基礎をしっかり固めることができたからこそ、今があります」と語りました。

一方で「資金面については、プロジェクトが始まった段階から、卒業を見越して考えておくべきだったと痛感しています。ぜひ来年度も継続するプロジェクト事務局の皆さんも、今のうちから未来のことを見据えておいてほしい!」と話すのは、HAPPY TURNの飯島さん。HAPPY TURNでは、卒業後もアーティストプログラムを継続するために、この1年を通して他の助成金への応募をPOとともに“訓練”し、実際に2つの助成金の採択を受けることができました。また、活動資金を得る手段を増やそうと、拠点をフリースペースとして貸し出す準備や、ゲストハウス運営や飲食店の活動を始め、活動の枝葉を広げる準備をしています。

「HAPPY TURNと同じく、シビアで現実的な問題ですよね。でもポジティブに感じている部分もあるんです」と、ファンファンの青木さん。今年度はファンファンの活動参加者から、仕事の依頼が来るなど、ファンファンを入口にした新たな関わりも生まれているそう。また、これまでは無償にしていたプログラムの参加費について、幾らが適正額だと思うかというアンケートを参加者にとってみたところ「自分たちでも驚くような金額が書かれていた」とプログラムの価値について再確認。今後は学びという軸をそのままに、新たな事業として取り組んでいく予定です。

■ 活動拠点の立ち上げや運営について

サイコロを転がそうと両手で宙に放つ女性1名と、それを暖かく見守る登壇者4名。

続いてサイコロが出したトークテーマは、今年度のジムジム会のメインテーマにもなった「活動拠点の立ち上げや運営」です。

活動初期は大きな拠点を持ちたいと考えていたものの、拠点を持つことの難しさに繰り返し直面してきたACF。宮川さんは「現在は管理・コスト面を総合的に勘案して、拠点は極力持たない方向性でいます。府中市内の拠点を転々と巡っていくなかで生まれるつながりが次の展開のヒントになることも」と、拠点を持たない動き方自体にもACFらしさがあると前置きしながら、府中市場の空きスペースを無償で借り受けた拠点「やど(仮)」についても、並行して盛り立てていけたらと現状の認識を共有しました。

対して、墨田区の複数の場所で活動を続けた後、東向島の町工場だった建物を、1階をスタジオ、2階をシェアオフィスとしてDIYをして2021年に「藝とスタジオ」を開いたファンファン。現在は定例開催のオープンスタジオなど、拠点としてのルーティンがすっかり定着し、整いつつあります。

活動拠点に意識的だった二者。一方で、HAPPY TURNは当初、そこまで拠点を持つことを視野には入れていませんでした。中村さん曰く、アートプロジェクトとして「目的を持たない居場所」をチームで作るうえで、最初は正直戸惑いもあったそう。しかし、拠点「くると」をひらき、「とりあえず開けてみよう!で気づくことや、あとから響いてくることがありました」と振り返りました。角村さんは「神津島は土地柄が独特で、なにげなく会ってお喋りする場所がない。くるとができて新しい居場所が生まれたことは、島で暮らす人々にとっても“大事件レベルの第一歩”だったんだと思います」とコメント。

くるとを訪れたことがあるACFの宮川さんは、「観光シーズンではないときに行ったこともあって、島を散策していると、住民の皆さんから不思議がられることも多くて。くるとは島民も島外の人も誰でもふらりと立ち寄れるような居場所だから、ここなら島に住んでいる人たちとも、自然と関われると思いました」と応えました。

■ あなたにとってアートプロジェクトとは

座談会も折り返しの後半戦へ。サイコロの目に導かれながら「あなたにとってアートプロジェクトとは」というテーマに入っていきます。

HAPPY TURNの中村さんは、プロジェクトを始めてから、アートや表現と自分との距離がぐっと縮まったことで「興味がないと思っていても、触れることでピタッと心地よくなる表現や作品がある。それを誰かに届けようと振りまいていくのがアートプロジェクトなのでは」と話しました。アートに触れたことで、自らの感覚だけでは判断できない、他者が大切にしていること、その想像力に至るきっかけになったそうです。また、飯島さんも神津島で生活するなかで、アートプロジェクトはなくてはならない「生きやすくあるための手段」になっていたと語りました。

続いて、ファンファンの磯野さんが挙げたのは、プロジェクトに参加しはじめたときの印象的なエピソード。ワークショップの企画中「ファンファンぽくなるといいよね」と言葉をかけられて、当初は「?」だったという磯野さん。プロジェクトのなかに役割を持って入り、企画を運営したり、プロジェクトに関わる人たちと言葉を重ねたりするなかで徐々にチューニングがあっていき「ファンファンぽい」のニュアンスが言語化できるように。その「体得」の感覚こそが、自分がアートプロジェクトで得たものだと述べました。

ACFの新井さんは、ACFとしてのアートプロジェクトを「協創」と表現。アーティストとして表現活動をしながら関わっているメンバーも多いACFですが、プロジェクトに参画して、市民を巻き込みながら、自分ができることややりたいことを周囲と折り合わせていくアートプロジェクトは、ほかの表現活動と比べると「地域コミュニティ」的な側面が強いかもしれません。アーティスト気質な人だけでなく、アートに少し遠くても、事務局長・広報・会計として適任な人材を巻き込んでいくことがとても重要です。「6年前にPOから言われてよくわからなかったアドバイスが、6年経った今なら嫌というほどよくわかります」と、仲間を見つけていくことの大切さを強調しました。

■ 未来への展望

登壇者3名が写っている。中央の女性が両手を胸あたりまで上げて真剣な表情で話している。

最後のお題は「未来への展望」。3つのアートプロジェクトが東京アートポイント計画を卒業後、どんな姿を想像しているのか、展望を語り合いました。

ACFはこの6年間で事業面と人材面をしっかり耕すことができたと新井さん。「共催事業終了後、活動資金の額は変動しますが、それはあくまで次のステージに行くうえで必要なこと。協賛企業や自治体との協力、助成金など、資金面の手立てはいくらでもあります。困ったときはPOや他のプロジェクト事務局に『遊びに来ませんか?』と声をかけたりできるような関係性を残したまま、次に進みたいです」。来年度は、東京アートポイント計画で培った力を存分に発揮して、かねてより温めていた芸術祭を秋頃に開催すべく動いていると意気込みを語りました。

事業後半、墨田区の福祉施設や関係者と協働することが増えたファンファンは、プロジェクトをきっかけに、法人が墨田区の福祉関係のイベントにも呼ばれることが続きました。アートと福祉分野の親和性について体感しながら、同時に現代社会での二者の乖離を強く感じたといいます。青木さんはこれからもファンファンをはじめとする活動をつうじて「アートと福祉の団体が当たり前に協働し、ひとところで活動している風景を、5年後・10年後に一緒に創りたい」と画策しています。

HAPPY TURNの飯島さんは「共催事業中にアーティストプログラムを実施することで島に何が起こるのかを体感しました。今後も神津島がその定番の地として根付いていけたらいいなと思っています」。中村さんは「くるとの利用者の層をさらに多様で厚くするためにも営業時間を伸ばせるようにしたい」と宣言。角村さんがそれに応じて「島に住んでいるとみんな顔を知っている人ばかり。そうした場所で育った子どもたちが、くるとでさまざまな人と出会うことで、いつか島を巣立ったとき、島外の社会で通用する“戸惑わない力”を身につけてもらえれば」とコメント。アートプロジェクトやひらかれた活動拠点があることで、10年後の神津島が少しでも豊かになっているように、と切実な展望を語りました。

「これどうしてる?」を聞きあうお悩み相談会も

約25名の参加者が3つのグループに分かれている。ひとグループにつき5から6名ほど。円になって相談会をひらいている。

座談会のあとは、卒業する3団体をそれぞれに3ブースで囲む形式で、相談会を実施しました。ACFのもとを訪れたACKT(アクト/アートセンタークニタチ)は、国立市と協働するプロジェクト。自治体との連携経験も豊富なACFから、具体的な連携方法や評価を受ける場合の評価軸について相談しました。

ファンファンのもとを訪れた、めとてラボ。以前よりアクセシビリティに関して話し合う機会の多い二者ですが、今回はめとてラボの拠点「5005」を、よりひらかれた場にするために、藝とスタジオのケースから学ぼうと、運用方法や工夫していることなどについて聞きました。

また、HAPPY TURNのもとをACKTのメンバーが訪れ、飯島さんがプロジェクトスタッフになった経緯や、神津島事情、そして島という環境で生きていくために必要なアートプロジェクトの切実さについて語り合いました。

血の通った言葉をひらき、次へ備える

3団体のこれまでとこれからに学び、今回もたくさんの交流が生まれた2023年度の第3回ジムジム会。もしかすると、座談会の冒頭で紹介された「初年度の目標」は、まだ実感の伴わない、方向性を見出すために立てられた言葉だったかもしれません。そこにそれぞれが6年間の経験や体験でもって徐々に息を吹き込んでいくことで、結果的に血が通い、重みのある言葉になっていったのではないのでしょうか。それをアートプロジェクト事務局とPOだけで完結させるのではなく、ほかの事務局にもひらいていくことができた、有意義なジムジム会となりました。

東京アートポイント計画を経て、さまざまな力や言葉を培った3団体。その活動の便りが東京のあちこちから聞こえてくるのが今からとても楽しみです。これからも、共催団体同士で悩みを持ち寄り、語らい、学びを深める時間はまだまだ続きます。

相談会のひとグループの様子。円になっている参加者の中央にパソコンが一台置かれている。それをのぞき込みながら笑顔の参加者が写っている。
相談会の様子。笑顔で話す女性の姿が写っている。

撮影:小野悠介

つくることを考えてみよう 森とであう

『多摩の未来の地勢図 Cleaving Art Meeting』の「ざいしらべ 図工 ― 技術と素材について考える」の一環として、多摩地域の小学校図工専科の先生や子どもたちと実施した活動をもとに、身近な素材を知り、加工や造形に親しむ方法を紹介するものです。

多摩地域に広がる広葉樹の森をテーマに、2023年の夏から秋にかけて昭島市立光華小学校で実施した広葉樹の丸太を用いた授業の様子や、広葉樹と暮らしのかかわりの解説、森と人の暮らしについての論考などを収録しています。

広葉樹やその森を知ることは、単なる知識や技術の問題にとどまらず、その背後にある長い歴史と、人と森の深い関係を知ることでもあります。

(p.1)

目次
  • 森に腰掛けてみる
    • 広葉樹とであう
    • 重たいもの、硬いもの、複雑な質感とであう
    • 切ってみる
    • 彫ってみる
    • 削ってみる
    • 繋いでみる
    • 据えてみる
    • 描いてみる
  • 森とつながる
    • 森と暮らし
    • 広葉樹と暮らし(桐、栗、欅、樫、栃、漆、楠、樹皮・繊維を使う広葉樹)
  • まだ森を知らない 清和研二(東北大学名誉教授)
  • 森と子ども

Tokyo Art Research Lab ウェブサイト コンセプトブック つかい方と、つくり方

このコンセプトブックでは、TARLウェブサイトのさまざまなコンテンツを多くの方に活用していただくために、そのつかい方や楽しみ方、さらにはウェブサイトの制作・運用にまつわるコラムを紹介しています。

冊子は2か所で中綴じ製本を行い、左側からはウェブサイトの「つかい方」について横書きで読むことができ、右側からはウェブサイトの「つくり方」を振り返った担当者によるコラムを読むことができます。

自分の経験だけで決めるのではない。さまざまな専門性と出会いながらつくることによって、制作プロセスそのものが「事業の輪郭」を確かめる道のりへと変わる。

(ウェブサイトの「スタート地点」に立つ)
目次

つかい方

  • ABOUT
  • HOW TO USE
    • 01 「 プロジェクト」
    • 02「 資料室」
    • 03「 ひとびと」
  • HOW TO ENJOY
    • 01 「 キーワード」から探す
    • 02「 レポート」を読む
    • 03「 実践」を辿る

つくり方

  • ウェブサイトの「スタート地点」に立つ
  • 届けたい「みんな」とは誰なのか
  • 公開後も「未来」について考え続ける
  • おわりに

アーティスト・プログラム in 神津島/武徹太郎(馬喰町バンド)くると冬まつり2023〜神津島物語〜 記録映像

『HAPPY TURN/神津島』は、さまざまな立場から島に関わる人とつながり、それぞれの暮らしや考え方を学び合うことで「幸せなターン」のかたちを探るプロジェクトです。

本映像は、2023年に『HAPPY TURN/神津島』による「アーティスト・プログラム」の一貫として、ゲストに武徹太郎さん(馬喰町バンド)を迎えて開催した手作りのおまつり「くると冬まつり2023〜神津島物語〜」の準備から本番までの記録です。

東京アートポイント計画 英語パンフレット

アーツカウンシル東京の事業「東京アートポイント計画」の活動内容をまとめた英語のパンフレットです。事業の仕組みや特徴、東京でアートプロジェクトを実施する意図や、これまでに共催した団体の声などを紹介しています。

まず、話してみる。― コミュニケーションを更新する3つの実践

本企画「まず、話してみる。」では、異なる視点を持つ他者と「ともにつくる」こと、そして「わたしたち、それぞれの文化」について考える事業のなかから、アーツカウンシル東京が実施する「手話」や「ろう文化」、「視覚身体言語」に関わる3つの事例を取り上げています。

それぞれの実践者による座談会を実施し、概要とともに冊子としてまとめました。また収録した3つの座談会、および冊子に掲載しているテキスト「はじめに」「おわりに」の内容は映像としても公開しています。

これらの取り組みに共通しているのは、事業の進め方、つくり方から、自分とは異なる他者とともに探求しようとする姿勢です。こうした姿勢は、隣りにいる人々と「まず、話してみる」ことからはじまります。

(はじめに)
目次
  • はじめに
  • PROJECT 01「アートプロジェクトの担い手のための手話講座」
    • ABOUT
    • 体制図
    • これまでの活動
    • 座談会|身体を動かすコミュニケーションを体感する講座づくり
  • PROJECT 02「TURN / Creative Well-being Tokyo」
    • ABOUT
    • 体制図
    • これまでの活動
    • 座談会|映像制作」を通じた、感覚の異なる他者との出会い
  • PROJECT 03「めとてラボ」
    • ABOUT
    • 体制図
    • これまでの活動
    • 座談会|「わたし」を起点にするアートプロジェクトをつくる
  • おわりに

(からだ)と(わからなさ)を翻訳する ――だれもが文化でつながるサマーセッション2023「パフォーマンス×ラボ」の実験

東京都美術館で行われたクリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョー「だれもが文化でつながるサマーセッション2023」の企画のひとつとして、芸術作品を伝えるための情報保障について考える公開研究ラボ「パフォーマンス×ラボ」を実施しました。

この企画は、アーティストのジョイス・ラムによるレクチャーパフォーマンス作品《家族に関する考察のトリロジー》(2021-2022年)に対して、どのように情報保障をつけることができるのかをアーティストと共に実験するというもので、協働パートナーとしてめとてラボが一緒に取り組みました。

本冊子では、その試行錯誤の様子や、サマーセッションでの実践についてまとめています。

そもそも作品や芸術表現は、すべての人が理解できるというものではありません。だからこそ、鑑賞者はそれぞれが持っている思いや感覚を、この作品を通して改めて自ら気づくことがあるはずです。

(p.24)

「ろう者の感覚を知る、手話を体験する」レポート後編

身体をつかい手話やろう文化に触れるワークショップ「ろう者の感覚を知る、手話を体験する 2023」が、アーツカウンシル東京で実施された。同ワークショップは、10月開催のコースと11月開催の2コースがあり、それぞれ全3回を1セットとして実施された。各回ごとのテーマは「目で見て伝え合う。身体表現ワークショップ」(第1回)、「聞こえの体験とワークショップ」(第2回)、「ろう者とのコミュニケーション」(第3回)。また、第2回、第3回には、ろう者のゲスト講師を招くなど、さまざまなろう者との対話の場も設けられた。なお第3回では、10月コースと11月コースとで、それぞれ別のゲストが招かれた。

本レポートの後編では、筆者がワークショップに参加して知った「ろう者の視点や感覚」、「ろう者とのコミュニケーションにおいて大切なこと」などの気づきを、第3回のワークの体験を中心に振り返りながら紹介する。

色や形を全身で表現して伝えてみる

10月コースの第3回にはダンサー、俳優などアーティストとしても活動する南雲麻衣さんと、俳優としても活動する藤田さや夏さんがゲストに招かれた。南雲さんとは、『SHAPE IT!』というコミュニケーションゲームを体験。机の上には、色と形がそれぞれ異なるカードがたくさん並べられる。

一番右が南雲麻衣さん

南雲「これらのカードの大きさや色は全て異なります。私が動きや表情である一つのカードを表すので、どれを差しているのかみなさんで当ててみましょう」

参加者は南雲さんの指や体の動きを見ながら、カルタのように早押しで解答していく。丸や三角など形がシンプルなものはわかりやすいが、線のように特徴の少ないものや逆に形が複雑なものは、すぐさま判別するのが難しい。

今度は参加者が表現して南雲さんに当ててもらう番だ。南雲さんに伝わるまでには少し時間がかかるが、なんとか伝えようとコミュニケーションしているのがわかる。たとえば、階段状になっているカードを表す際に、参加者の一人がパントマイムのように階段を降りる動きを見せてくれた。こうした動作で表現する方法は、このワークショップがはじまったばかりの頃なら思いつかなかっただろう。ワークを体験してきた参加者のなかで、身体をつかった発想がだんだんと広がっているのを感じた。

状況を表すためにチームで協力して表現する

こうしたワークを一緒に体験してきたことで、参加者同士もだいぶ打ち解けてきた。ゲストの藤田さや夏さんとは、第2回のゲストであるマリーさん考案の「絵」をつかうワークを行った。これは、参加者の3、4人が1チームになり、風景画や抽象画がプリントされたものから1枚好きな絵を選んで、その絵から感じた音や光を各チームで協力しながら身体で表現して伝えるというものだ。

左側が藤田さや夏さん

絵を見ながら筆者が悩んでいると「温かい感じがする絵ですね」「この光が大事だと思う!」「私はこの人をやってみる!」など、参加者それぞれの意見が飛び交いはじめた。何かの答えを探すのではなく、感じたことを瞬時にまずは伝える。そして会場に用意された道具(色紙やテープなど)をつかって表現しようと身体を動かす。ワークショップ3回目にもなると、参加者は身体だけでなく、表情もとても豊かになってきたように感じた。

表現する「絵」を選んでいる様
「絵」から想起した音のイメージを表現

お題の絵を当てるのは至難の技だが、それぞれのチームの表現からは、絵を見てどう感じたのか、どのポイントが大事だと考えたのかが伝わってくる。紙テープで海の波の音を表現したり、色紙を持って移動しながら四角い形が多数描かれた抽象画を表現したりと、それぞれのチームで伝え方や表現方法を工夫していた。

次に、藤田さんが身体で表現した内容を参加者が当てる「手話ポエム」のワークを行った。

藤田「これから身体をつかって何かを表現しますので、しっかりと見て、想像してくださいね。何を表現しているか、わかった人は手をあげて教えてください」

てくてくと道を歩いている様子の藤田さん。ふと彼女の目線が頭上に移動し、空を見上げるような仕草に。すると、頭上から何かがひらひらと落ちてきた(手の平をつかってひらひらと落ちてくる様子を表現)。するとそれを拾い、手指でその何かの形を表す。次に、大きなものが目の前に立ち並んでいる様子を表現している。またてくてくと歩き出す藤田さん、途中から両手を靴に見立てて歩いていると、何かを踏んでしまい、眉間に皺を寄せながらしまったという表情になった。

答えは、銀杏の木だ。手の平が銀杏の葉になったり、銀杏の実を踏んでしまう靴になったりと、身体ひとつで目の前にその情景が広がっていくようだった。

手の平を銀杏の葉に見立ててひらひらと手を動かす
手の平で靴を表しながら、銀杏の木の下を歩いてハッと立ち止まる
あっ!靴の裏で銀杏の実を踏んじゃった!という表現

ほかにも、山の上からころころと降りてくるオコジョのお題では、藤田さんが動物に成りきって表現したり、イメージや考えが浮かばず頭のなかが混乱しているときの身体感覚を、洗濯機のなかで洗濯物が絡まっている様子を用いて表現するなど、ろう者の感覚の表現方法や伝え方の発想方法もとても興味深かった。

こうした絵をテーマにしたものや身体感覚とイメージに関するワークのほかにも、10月と11月、それぞれのコースでは「美容室」「アイドル」「水泳」などといった場所や職業、動作のお題に対して、チームで表現し、ゲストのろう者に当ててもらうワークも実施した。

チョキチョキと髪の毛を切るような動作で「美容室」を伝える
お題「東京タワーにのぼるゴリラ」を表現するチーム
ゲストと一緒に参加者もお題が何かを考える
同じ表現を見ていても異なる解答が出たりと、会場も盛り上がった

河合「みなさんの動きがなめらかになってきましたね。身体で表すときには、正しさを求める必要はありません。試行錯誤しながら伝えようとすることが大切です。そして、自分と相手との違いを受け入れることも大事。チームで取り組む場合はそれぞれが役割をもって一つずつ表すことで伝わり方も変わりますね」

ろう者にとってアイコンタクトは情報を伝えること

11月は、ろう者と聴者がともにつくる人形劇団に所属していた善岡修さんと、手話講師の須永美智子さん。この日は、ワークの説明や参加者とのやりとりも含めて手話通訳を介さずに、講師のジェスチャーや身体表現によって進行した。

左から須永美智子さん、善岡修さん

はじめに、善岡さんと須永さんからの指示で、参加者が新聞紙を破いたり、丸めたりしていく。何度か同じ指示が続き、再び参加者が新聞紙を破りはじめると、途中で善岡さんから「待って!」というジェスチャーが示された。参加者が紙を破ることに夢中になり、ゲスト二人の指示を見ていなかったのだ。

善岡「私の指示通りに破いて欲しかったのですが、私が指を止めても、みなさんは先に先にと新聞紙を破いてしまいました。指示を出す私の方を見てほしいんです。私の動きをちゃんと見て、指示を受け取ることが大切です」

何度か同じような行為を繰り返していると、次はこうかなと無意識に先回りして動いてしまう。筆者もほかの参加者と同じように、すぐに新聞紙を破いてしまった。しかし善岡さんは、自分だけの考えで動くのではなく、互いに確認し合ってから動くことが大切なのだと言う。

こうした意識や感覚の違いは、普段の生活のなかでは気づくことが難しい。思い込まずに、確認をしてから動くこと。ろう者にとってのアイコンタクトや身振りは情報を伝えるだけではなく、状況や意図をお互いに確認し合うためのものでもあるのだと実感した。

続いてのワークでは、ペアになった二人が新聞紙を広げて互いに両手で持つ。そして、ほかの参加者の一人に指示を出し、床に置かれた新聞の紙玉のなかから選んだひとつを、新聞紙の上に拾い上げてもらう。指示を出す人は両手が塞がっているため、目線や顎、顔の表情をつかってどの紙玉を拾ってほしいのかを伝えなければならない。

いざやってみると、相手がどの紙玉を指しているのかすぐにはわからない。顔や目線の先にある紙玉をいくつか手に取ってみるものの、「違う」と首を振られるばかり。どうしようと焦る筆者は、手当たり次第に「これ?」と確認してしまった。

善岡「​​みなさん、表情がとても豊かで良かったですね。伝えたい気持ちが表れていました。ですが、指示を読み取る際は相手の顔をよく見ましょう。正解の紙玉を手に持ったときはきっと表情に変化が表れるはずです。このワークでは、ろう者のコミュニケーションの特徴を体験してもらいました。このように、ろう者同士のやりとりでは手話をつかわずに目を細めたり、見開いたり、顎をつかったりと身体で何かを指し示して、『あれ取って』みたいな、ちょっとしたお願いをすることもあります。日々の動きのなかで身体をつかいこなすことも、ろう者にとってひとつの文化なんです」

相手の顔の表情、身体の動きをよく見ること。目線を合わせ、反応を示し、伝わったかどうかを確認し合うこと。こうしたろう者とのコミュニケーションの特徴や大事な視点を、これまでのワークを通して意識を向けられるようになってきた。第1回のときに河合さんが言っていた「目で聞く」という感覚もだんだんと実感している。まだまだ自分自身の身体や感覚が追いつかず、もどかしさを感じることもあるけれど、新たな気づきを得て、自分のなかに変化を感じることはわくわくするものだ。

異なる感覚を知ることからはじまること

最初は緊張していた参加者も、発見や驚きをともにして笑い合い、和気あいあいとした雰囲気のなかでワークショップは終了した。各回の終わりには講師やゲストとの対話の時間が設けられ、ワークのなかで気になったことや、ふとした疑問を確認したり、ろう者の感覚やろう文化について知識を深める時間を持つことができた。たとえば、ゲストの南雲さんは日常生活のやりとりを例にこんな話を共有していた。

南雲「実は、聴者に何かを指差しで伝えようとするだけでも、ろう者は困ることが多いです。たとえば、カフェで注文しようとしてメニューを指差しても、なぜか上手く伝わらないことがある。指差している方を見てほしいのに、視線が合わなかったり。不思議なんですよね」

南雲さんの話を聞いた参加者から「もしかしたら聴者は、言葉を重ねて説明しながら伝えようとする傾向があるのかもしれない。何かを指差して示すより、声で言葉で説明して伝えようとすることがほとんどですね」と意見があがった。

ろう者と聴者のコミュニケーションの違いやそれによるズレは、日々、身近なところで起こっているのだろう。もし、私がカフェの定員で、ろう者の方と出会ったら、どのようにコミュニケーションしようとするだろうか。きっとほかの参加者も、それぞれのなかで考えを巡らせていたはずだ。

今回のワークショップを通して、ろう者と聴者の感覚や物事の捉え方の違いがあることを、ゲストそれぞれの実体験も交えながら知ることができた。そこにあるズレに意識を向けることで、どうすればお互いに伝え合うことができるのか、その学びの入口に立てたように思う。そして、まだまだではあるものの、発話に頼らずとも身体でコミュニケーションすることができるのだという自信にもなった。

こうした経験は、聴者だけの環境ではなかなか難しい。ましてや一人ではできない。異なる言語や身体、感覚を持つ者同士が出会い、コミュニケーションするには、知識の共有だけではなく、多様な意見に触れたり、さまざまな方法で対話を試みる環境が大切だ。

ろう者の感覚を知る、手話を体験する。このワークショップに参加した一人ひとりのなかで、ワークを通して体感した気づきの種がこれから少しずつ芽吹きはじめていくだろう。それらの種はいつかどこかで、自分とは異なる他者とのコミュニケーションを一歩深めてくれるに違いない。

【開催概要】
ろう者の感覚を知る、手話を体験する
講師:河合祐三子(俳優/手話・身体表現ワークショップ講師)
手話通訳:瀬戸口裕子(全回)、伊藤妙子(第2回)、石川ありす(10月第3回)、新田彩子(11月第3回)
企画・レポート編集:嘉原妙(アートマネージャー)
運営・レポート写真:齋藤彰英(写真家)
記録:柏木ゆか(ライター)
プログラムオフィサー:櫻井駿介小山冴子(アーツカウンシル東京)

※実際のワークの流れと一部異なる順序で紹介している箇所があります。

レポート前編はこちら