今だからできること、わかること。アートプロジェクトの知恵を持ち寄る

ある日突然現れた制約に戸惑いながらも、知恵を出し合い、新たな方法を編み出していく。“特別な夏”と名付けられた2020年夏、各アートプロジェクトの運営チームは、困難を契機にしていく力を少しずつ身に付けています。

熱い熱い8月19日、アートプロジェクトの事務局による事務局のためのジムのような勉強会「ジムジム会」の第4回を開催しました。

少しずつ見えてきた! 各プロジェクトの現場から

実際のプロジェクト現場ではどんなことを考え、どんな実践を重ねているのでしょうか。今回も東京アートポイント計画に関わるプロジェクトチームから実践発表してもらいました。

「会えない時間」を「問いを深める」時間に。小さな記録と記憶に向かうプロジェクト

東京都世田谷区を中心に展開するアートプロジェクト「移動する中心|GAYA」(以下、「GAYA 」)では、人々の記録や記憶にまつわる「楽しみ」と「仕組み」をつくることを目指して活動しています。

これまで「アーカイブ」といえば、専門家や専門の施設が携わるものでした。しかし地域や個人の記録や記憶は、非専門家にとっても大切なものです。そんな考えから、GAYAでは8mmフィルムの映像アーカイブ「世田谷クロニクル1936-83」を利活用し、公募で集まったメンバー「サンデー・インタビュアーズ」とともに映像を鑑賞したり、インタビューを重ねる企画を続けてきました。

2019年度のサンデー・インタビュアーズ活動の様子。

そんなGAYAでは現在、対面のインタビュー活動は休止し、オンライン上でアーカイブを楽しみ、仕組み化していくためのワークショップを展開しています。

具体的には、サンデー・インタビュアーズ一人ひとりが「職業」「服装」「匂い」などのテーマを設定し、映像群を鑑賞していきます。その上で映像の「タイムコード」をつくり、何分何秒に何が写っていたのかを記録。さらにはそこから浮かんだ問いをメモしていきます。それらの作業をひとりではじめ、みんなと共有し、そしてまた自分ひとりで深めることがポイント。

「Scrapbox」を用いて作成・共有している「タイムコード」。

人に会えない時間だからこそ、オンラインワークショップを通じ、「何を聞きたいのか、なぜ聞きたいのか、その時代について何を知りたいのか」を丁寧に考えるメンバー。現在のこの状況を、問いや関心を深める時間に使っているとのことでした。

いまこそ、大きな企みを準備する。地域の拠点や人をつなぎながら進めるプロジェクト

続いて、東京都府中市で活動するアートプロジェクト「Artist Collective Fuchu [ACF]」(以下、「ACF」)からは、準備を進めている新規事業と、工夫しながら続けているラジオ企画についての報告がありました。

ACFは府中市で暮らし、活動する多様な人によって運営されています。例えば、アーティスト、映像作家、教師兼創作アトリエの主宰者、オルタナティブスペースを運営している人やカフェ経営者もメンバーです。

そんなチームで現在進めていることのひとつは、5か年計画で構想している新規事業。府中市内のアーティストや様々な拠点、公共施設等をつなぎ、新たな形の生涯学習やワークショップを展開する「学びの場」をつくろうという企画です。現在は様々な人に会いに行き、議論し、調査し、計画している段階。市役所と市民が協働する「府中市協働事業提案制度」にもエントリーするなど事業化を着々と進めています。まさに、コロナによって立ち止まってしまった今だからこそ考えられることです。

2019年度から地域でサロンを開くプログラムも展開。

また、昨年度から続けているコミュニティFMでのラジオ番組(Artist Collective Fuchu presents「おとのふね」)は現在も継続中。収録では感染症対策に細心の注意を払いながら、人や地域の話を紡ぐ活動は絶やさないように進めています

※過去放送内容はこちらからご覧いただけます。

オンラインシフトでも目的はブレない。つくる現場はどこでも同じ。10年目の震災復興プロジェクト。

最後の発表は、東京アートポイント計画の手法を使い、東日本大震災の復興支援を目的にスタートした「Art Support Tohoku-Tokyo」(以下、「ASTT」)から。

もともと震災から10年目を迎えたASTT事業では、2020年度を最終年とし、最後の締めとなるようなプログラムを企画していました。ひとつは事業を展開している3県(岩手県、宮城県、福島県)における担い手同士が集い、ネットワークづくりを行うもの。もうひとつは震災の経験を他の出来事と接続し、ひろく発信する大きなフォーラム。しかしそれらの企画は、感染症の拡大とともに諦めざるをえませんでした。

そこで大切にしたのは、目的をずらさずにオンラインにシフトすること。公式ウェブサイトをウェブマガジンにリニューアル(Art Support Tohoku-Tokyo 2011→2021)し、手記や日記、人々の声を集めて掲載する企画をはじめました。また月2回、YouTube Liveをつかったラジオ番組(10年目をきくラジオ モノノーク)も東北のメンバーとともにスタート。

▲ウェブメディアとしてリニューアルした公式サイト

ウェブメディアや特集企画、ラジオ番組などの制作を通し、様々な視点や職能を持つ人々が交流したり、集うという本来の目的はぶれていません。メディアやラジオといったリズムのある活動を行うことで、変化も捉えやすくなったといいます。

担当者が語気を強めるのは「オンラインは代替策ではない」ということ。リアルな場でのイベントやプロジェクトづくりと同様、オンラインも創作の現場です。活動を通して、新たな対話や関係が生まれ、それが豊かな文化を育むことには変わりありません。

いまだからできること、わかること

以上、3つのプロジェクトからの実践共有でした。

どの活動にも共通しているのは、制約のある状況を創造の機会にしようと工夫を重ねていること。問いや関心を深めたり、新規事業が立ち上がったり、オンラインという新たな現場を手にしたりといった新たな手応えを得ていること。

苦しい状況はまだまだ続きますが、アートプロジェクトらしい歩みの進め方は、かかわる人々の日常にも何かしらの良い変化を生んでいく……かもしれません。

(執筆:きてん企画室)

アートプロジェクトの再始動。新たな日常でどうはじめる?

東京アートポイント計画に参加しているアートプロジェクトにとって、この夏は緊急事態宣言解除後、改めて活動をはじめた時期です。

そんな最中の2020年7月20日、アートプロジェクト事務局による事務局のためのジムのような勉強会「東京アートポイント計画 ジムジム会」の第3回を開催しました。

新たな日常でどうプロジェクトを再始動するべきなのか、今回もそれぞれのチームの具体的な実践を共有し、全員でディスカッションしました。簡単にレポートします!

場が変わり、手段が変わった3か月

例年であれば、各アートプロジェクトの年間活動はじめは4月。6〜7月には最初の大きな企画があり、さらに秋にかけてまた一山、冬から年明けにかけて年間活動のまとめ……というのが通常の流れです。

ところが今年度は、集まることや移動することができない春先からスタートし、夏からの活動も感染拡大を防ぐことが第一の条件。3か月前に計画していた規模・場所・手段ではまず実施できません。

ジムジム会運営チームも会場を配信&収録スタジオ「STUDIO302」に移して開催しましたが、それもまた新たな日常に合わせた変更のひとつです。

では各プロジェクトでは、どんな風に活動を展開しているのでしょうか? 今回は3つの団体に実践内容を共有してもらいました。

「たった一人でもやる」。セレモニーとしてのプログラム

東京都町田市で展開する、500年のcommonを考えるプロジェクト「YATO」では、長い歴史を持つ寺院・簗田寺(りょうでんじ)を拠点に、この先500年続く祭りの形を考えています。

外出自粛の期間中、メンバーで話し合ったのは、「プロジェクトにおける企画はイベントなのかセレモニー(儀式)なのか」ということでした。つまり、人が集まることを目的としているのか、やること自体に意味があるのかという問いです。ディレクターの齋藤紘良さんは、「セレモニーとして自分一人でも縁日(※)をやる意義がある」と考え、無観客でのプログラム開催を決めました。※YATOでは毎年「YATOの縁日」を開催。

ただし、“集まらなくても参加できる方法”も用意しています。たとえば影絵師・音楽家の川村亘平斎さんとの影絵ワークショップは「デリバリー」方式に切り替え、こども達がそれぞれ自宅でつくった影絵を預かり、上演の様子を映像で中継します。また、同じように自宅で土器をつくり、楽器として演奏して収録し、縁日でその音を流すプログラムも開催。

これらの企画は、事務局メンバーがオンライン会議を通じてそれぞれの経験を共有し、そこにアーティストのアイデアを重ねることで自然と出来上がりました。「コロナだからという特別な感じはなくて、YATOは今までもまちの状況に合わせて活動してきました。制約があるといっても去年と変わらないワクワクやドキドキ感がちゃんとあります」と、事務局メンバーの荒生真美さんは言います。

日頃からの関係性やコミュニケーションの上に表現が成り立つ、アートプロジェクトらしい再始動の姿をYATOは描きつつあるようです。

家から参加できる「デリバリー影絵ワークショップ」は公開直後に定員に。急遽、人数を増やして実施することに。

オンラインで「余白」をつくる。対話を進めるための準備

世田谷で展開するアートプロジェクト「東京で(国)境をこえる」では、プログラム始動に向けた準備が進んでいます。

20〜30代の様々な言語や文化、国籍を持つ人とともに見えない境界について考えていくプログラム「kyodo 20_30」では、毎週日曜日の夜にオンラインで準備会を開催。今回の実践共有で、事務局・矢野靖人さんがレポートしてくれたのは、そのユニークなコミュニケーションの工夫でした。

大切なのはどのように「余白」をつくるかということ。たとえば、準備会で毎回開催しているのは「テンミニッツメイド」と名付けたコーナーで、会議の最後に10分間でできるミニ・ワークショップを週替りでメンバーが担当します。また、会議後は誰もいなくなるまでZoom会議室を開きっぱなしにするのも恒例です。毎回24時を過ぎるという開きっぱなしの時間は、なんとなく喋ったり、ご飯を買ってきたりしながら、仲間同士で「帰り道」的感覚を共有する機会だそう。

また、外出自粛要請を受けた時間のことを残そうと始めたのは、メンバー限定Facebookグループでの「自撮り日記」。メンバーが一人ずつ自分の近況や考えていることを5分前後の動画にして、次の人に回すリレー動画は、10人で3周目を迎えました。個人的な記憶や、まちの気配、緊張感や空気感まで共有できることが特徴。

それぞれの課題意識や考えを共有し、対話の土壌を耕すことは、アートプロジェクトにおいて大切な準備のひとつ。制約の多い日常を上手に乗りこなし、余白をつくり出すこともまた、プロジェクトを育てる上手な方法かもしれません。

「テンミニッツメイド」でやってみたミニ・ワークショップのひとつ。Zoom画面上で一本の線をつなぐためにコミュニケーションをとる。

12年分の活動を振り返る、本づくりの時間

2009年から始まって12年目を迎えるプロジェクト「TERATOTERA」。今年度はこれまでの総まとめとして、本の制作に着手しています。

本づくりのプロジェクトを編集長として進めているのは、元・新聞記者で、TERATOTERAにはボランティアとして関わる西岡一正さん。長年、本プロジェクトのドキュメントブック編集を手がけてきました。TERATOTERAの特徴は、そういった形で多種多様な興味関心や背景、特技を持つボランティアが、プロジェクトの企画・運営にしっかり関わっているところにあります。

そこで今回の本づくりでは、ボランティアとして当事者でもある西岡さんを中心に、歴代のボランティアスタッフがオンライン上で対話を重ね、過去一年度ごとの振り返りを進めることに。12年分の活動をまとめるのは、情報量が多く大変です。一方で、振り返りをすることで、離れていたメンバーが喜んで参加してくれたり、企画への愛着が増す点は良い点でもあります。

今年度は予定していたプログラム「TERATOTERA祭り」もオンライン化が決まり、海外ゲストも含めたさまざまな調整が進んでいます。不便な点もひとつひとつみんなでクリアしていくことが、プロジェクトを進める力にもなっていくはずです。

TERATOTERA12周年本のチーム体制(テラッコ=TERATOTERAボランティア)

それぞれの始め方、進め方

緊急事態宣言が解除されたといっても、現在の東京都内における新型コロナウイルスの感染者数は増加の一途を辿っています。人々の安全や安心を考えれば、集まること、移動することを今まで通りの形で再開することはなかなかできません。そしてそれがこの先も続くであろうことは、この数か月をかけてそれぞれが実感し、考えてきたことです。

どんな活動にも「絶対」はなく、常に状況に合わせて動くことがとても大切です。東京アートポイント計画 ジムジム会では引き続き、新たな日常でのアートプロジェクトのあり方を考えていきます。

(執筆:きてん企画室)

ジムジム会2020

事務局ごとの知恵を持ち寄り、現場の悩みを解きほぐすオンライン互助会

アートプロジェクトは、企画や広報、経理などを担当する事務局の人々によって支えられています。しかし現場は人手が不足しており、時間がないなかでやり方を模索し、それぞれが悩みを抱えながら活動しているのが多くの現状です。

そこで、2019年度から同じような悩みを抱える「東京アートポイント計画」に参加する団体が集まり、「事務局による事務局のためのジムのような勉強会(通称:ジムジム会)」をひらき、広報やウェブサイト制作などの実務的な課題について共有してきました。そして、2020年4月の緊急事態宣言以降、アートプロジェクトは活動の大幅な変更を余儀なくされました。事務局も、これまでの課題に加えて、オンラインを前提とした関係者間のコミュニケーションや企画など、新しい課題に直面しています。

今回のテーマは、社会状況に応じたアートプロジェクト運営。会の方針は「現場の状況と社会状況を反映し、柔軟にプログラムを組む」「レクチャー形式ではなく、相互に助け合う互助会的な場とする」「得た知見や生まれたアイデアは、公共知としてオープンにしていく」ことです。それぞれの事務局が抱える課題や実践を共有しながら、コロナ禍以降のアートプロジェクトのあり方や可能性を考えます。

詳細

スケジュール

5月13日(水)
第1回 集えない状況でどう集う? お互いの状況を共有しよう

発表:アートアクセスあだち 音まち千住の縁
ファンタジア!ファンタジア! -生き方がかたちになったまち-

6月17日(水)
第2回 あの手この手でつながるには? コロナ状況下でのアートプロジェクトを考える

発表:小金井アートフル・アクション!
HAPPY TURN/神津島

7月20日(月)
第3回 アートプロジェクトの再始動。新たな日常でどうはじめる?

発表:500年のcommonを考えるプロジェクト「YATO」
東京で(国)境をこえる
TERATOTERA

8月19日(水)
第4回 いまだからできること、わかること。アートプロジェクトの知恵を持ち寄る

発表:移動する中心|GAYA
Artist Collective Fuchu [ACF]
Art Support Tohoku-Tokyo(ASTT)

9月22日(火)
第5回 困ったら、お互いに聞いてみる。助け合う場を続けていこう

 

*プログラム終了後も、プロジェクト事務局が自主的にホスト役をつとめる「続・ジムジム会」が行われました。

続・ジムジム会

第1回 ジムキョクの当たり前を解きほぐす

第2回 聞いて! アートプロジェクトにかかわる人!

第3回 ジムジムボディビル大会2021

 

関連サイト

東京アートポイント計画共催団体

プログラムの届け方、試行錯誤。オンラインで、グルーヴ感をどう生み出すか?(続・ジムジム会)

東京アートポイント計画に参加する9団体が互いに学び合う「事務局による事務局のためのジムのような勉強会」こと「ジムジム会」から派生した、「続・ジムジム会」。持ち回り制で進めていくことになったこの企画、初回のホストは「ファンタジア!ファンタジア!―生き方がかたちになったまち―」(通称:ファンファン)が担いました。

当日は、墨田区の白地図を使ったヒアリング企画のオンライン版「WANDERINGショートショート」や、事務局定例MTGでの情報共有の工夫から生まれた「ラジオの時間」、ファンファンを支える活動「ファンファン倶楽部」のなかの1コーナー「磯野の新卒部」などのファンファンのプログラムを、他事業の事務局の皆さんと一緒に行っていきました。

>実施内容はこちら

届いた?届かなかった?事務局とPOで振り返り。

実施後、ファンファン事務局とPO(プログラムオフィサー:アーツカウンシル東京のスタッフ)とで振り返り会。
予想以上に「ヒットした!」「発見があった」というプログラムもあれば、「参加者とのコミュニケーションがもっとうまくできると良かった」という反省も。
課題の一つは、「オンラインで体験の共有感を生むことの難しさ」でした。

🤔どれくらい参加者に話を振ろうか迷った。
🤔スロットなどでゲーム的に、テンポよく参加者に話を聞いたらよかった?
🤔ラジオの時間が”向こうが話してくれている時間”という感じを生んだ?
🤔回答に番号を振っておいて、チャットで「何番が気になりましたか?」と聞くなどもよかったかも。
🤔全体で共有せずに、グループ内で自分がじっくり考える時間があった方が参加者には参加した実感があるのかも。

という、具体的なハウツーの工夫の話から、

🤔(ある種ハイコンテクストな)”ファンファンのいつもの流れ”になってしまった?
🤔事前に参加者に投げていた質問(自分の隠し技について)と、新卒部でのディスカッションの話題の距離が遠かった。
🤔乗るか乗らないか※というプロジェクトにおいて、企画に乗った人からのフィードバックの受け取り方の設計ができていなかった。プロジェクト全体で考えておきたい。

というプログラムの整理、構造の設計の話まで。届いたものと、届かなかったものがある。違いはなんなのか。そこに次のステップへのヒントがありそうです。

※ファンファンのディレクター青木彬さんへのインタビューで、東京アートポイント計画ディレクターの森司が語った言葉より。
「一般に表現とは、『刺激的なもの』『向こうから楽しませてくれるもの』と考えられていますよね。ファンファンの活動はそれとは異なり、乗るか乗らないかはその人次第。非常に能動性が求められるから、届け先をどう創出するかという問題が出てくるんです。『勝手に楽しむ人』をどう増やしていけるのか。」

続・ジムジム会での「WANDERING」の様子。画面共有で同じ映像を見ながら、時々投げかけられる問いに応えていく。

「個と個の重なり合い」を生む

オンラインでの他者とのコミュニケーションについて、研究者のドミニク・チェン氏はこう述べています。

しかし、Zoomのような遠隔の通信技術を使うと、かなりの情報量が捨象されてしまう。「無意識にいろいろな情報を探りに行くけど取得できない」という、自分のプルーフがすべて撃ち落されるような会話の仕方をしているわけです。なので、ずっとZoomで話していると疲れてしまうし、「Weモード」や「わたしたちのウェルビーイング」という言葉が表しているような「個と個の重なり合い」が生じにくくなるんじゃないかと思います。
(中略)通信技術の上に「Weモードが発生しているか」がわかるような別の情報チャンネルを乗せることで、リモートでもWeモード的な体験ができるのではないかと考えています。

※Weモード(筆者[岡野]注):個人での体験を超えた、集団的な認知モードのこと。

ドミニク・チェン「来るリモートネイティヴたちと『個』を重ね合うために」、151頁、『WIRED vol.37』、コンデナスト・ジャパン、2020年7月

ファンファンがはじまった初年度(2018年)から続けているWANDERINGは、どうすると対話が豊かになるか、という事務局の経験値も高く、やり方をツール化するなど、ブラッシュアップを重ねてきたプログラムです。その蓄積をオンライン化したのが今回の「WANDERINGショートショート」でした。一方、新卒部は今年立ちあがったプログラムで、「仕事」や「スキル」の当たり前、という大事な問いに向き合いながら、まだまだ開発中です。

体験の共有感を生み出すためには、プログラムの構造を整理したり、コミュニケーションやリアルタイムでの情報共有、状況共有の工夫が有効。それは、オンライン対応で顕著に表れてきた課題ではありますが、オンラインイベントだけではなく、オフラインでプロジェクトを実施することになっても重要なことだと思います。

対話を軸にプログラムを展開するファンファンでは、今回の課題を生かしながら、今後も様々なプログラムを展開していきます!どうぞお楽しみに。

アートプロジェクトに取り組む仲間と一緒に、「ジムキョクの当たり前を解きほぐす」。(続・ジムジム会)

東京アートポイント計画に参加する9団体が互いに学び合う「事務局による事務局のためのジムのような勉強会」こと「ジムジム会」は、2020年9月に今年度の最終回を迎えました。しかし!「今後もこういった場があるとよい」「もっと他の事務局と話したい」という声が。そこで、これまでのようにジムジム会運営チームが運営するのではない、各事務局が自発的にホストをつとめる、その名も「続・ジムジム会」が始動しました!!

ホスト役のトップバッターとなったのは、「ファンタジア!ファンタジア!―生き方がかたちになったまち―」(通称:ファンファン)。
「当たり前を解きほぐす」をテーマに墨田区で活動をするファンファンは、ずばりテーマを「ジムキョクの当たり前を解きほぐす」と設定し、今年度開発したプログラムを他の事務局の皆さんに体験してもらったり、ファンファンが普段考えているトピックについて議論したりするジムジム会をつくりました。

👇当日の様子をお届けします!👇

いざ、ファンファンワールドへ。仮想の墨田区でお出迎え

Zoomログイン後、参加者を出迎えたのはファンファンのウェブサイトのトップページ。仮想の墨田区をイメージし、「まちの当たり前の姿」を自由にとらえなおしたファンファンらしい世界観です。

まず、プログラムオフィサー(アーツカウンシル東京スタッフ)の大内よりご挨拶。事務局の皆さんが集まるのは2か月ぶりです。画面上とはいえ、顔を合わせる機会が続く嬉しい気持ちをしみじみと。

/ファンファンの皆さん、どうぞー!\

/はーい!(スタジオ)\ ※皆同じ部屋にいます

/はーい!(バックヤード)\ ※皆同じ部屋にいます

“思考のお散歩”、WANDERINGショートショート。

まず参加者にやってもらったのは、「WANDERINGショートショート」。墨田区の白地図の上に対話の軌跡を落としこんでいきながら行うヒアリングプログラムです。普段の「WANDERING」は対面で質問や会話をしながら1時間かけて進めていくのですが、「WANDERINGショートショート」はコロナ禍で開発された、家に居ながら一人でもできる、短めのWANDERING。墨田区の街角の風景の映像に誘導されながら、WANDERING(ふらふら歩く、話が逸れる)するように思考を広げていきます。
今回は、Zoomの画面共有で約20分の映像を流し、「これまで長く続けていること」と「最近始めた新しいこと」とのあいだをめぐる「思考のお散歩」を体験してもらいました。

その後、どんなことを考えたか、どんな思考に行き当たったか、等のシェアをすると、「実は私もそれ始めてた!」など、誰かと誰かの話が連動したり、プロジェクトを超えて思わぬ共通点が見つかったり、といった発見がありました。

休憩中は「ラジオの時間」!

たっぷりWANDERINGした後の休憩中も、普段ファンファンが行っているプログラムをお届け!ファンファンは毎回の定例MTGで、事務局内だけのラジオコーナーを設けています(詳しくはこちら)。
そのフレームを生かし、休憩中は事務局の若手メンバーがパーソナリティをつとめるラジオコーナーをお送りしました。

後半のスタートもラジオから。皆さんから事前にいただいた「おたより」に答えていきます。「ファンファンの名前の由来は?」「まちの人々との関係はどうつくっている?」「最近どんなふうにMTGしてる?」などについてお話ししていきました。

みんなで考えよう!「磯野の新卒部」。

後半のメインは、「磯野の新卒部」。ファンファンのプロジェクトを支える活動「ファンファン倶楽部」では、それぞれのモヤモヤや関心を持ち込み、共有する場をつくっています。「磯野の新卒部」はそのうちの1コーナーです。事務局で広報などを担当している磯野さんは、現在就活真っ最中。アートプロジェクトにどう関わりながら働いていく?という悩みを共有し、向き合う時間が新卒部です。

今回は、事前アンケートで「プロジェクトに関係しているかもしれないし、関係していないかもしれない、あなたの得意技・知識・経験はなんですか?」という質問を参加者の皆さんに投げていました。

集まってきた回答は、「食べ物に好き嫌いが無い」「いつの間にか何でも屋になっている」「人のエピソードを覚えている」…など、気になるものばかり。直接事業内容やアウトプットに関係のない得意技でも、それによってできるちょっとした工夫がプロジェクトで起きることを豊かにするかもしれません。「アート(プロジェクト)の当たり前」も問い直すために、アートの知識だけがアートプロジェクトに役立つわけじゃない、プロジェクトを豊かにするにはもっと多様なかかわり方やスキルがある、ということを考えようと思って設けたコーナーでした。

一緒にアートプロジェクトに取り組む仲間から得た、貴重なフィードバック

初の「続・ジムジム会」であることに加え、ファンファンにとって本格的なオンラインプログラムの運営は初めて。また、自分たちのプログラムをこのように、しっかりフィードバックをもらえるかたちで体験してもらったのも初めてでした。

~皆さんからの感想(※一部編集)~

😀ファンファンの大切にしてきた価値(とそのためにこれまで鍛えてきた筋肉)の感じられる、一貫してラジオ的なやさしい時間でした。スタジオ背景の飾りも可愛かったです。
😊当たり前を解きほぐすって難しいな、と思うこともありますが、それについて考えていくって面白いですね。
😀WANDERINGのメソッドとその共有の仕方は参考にしたいです。
😊WANDERING、自分自身も思いがけない気付きがありました。紙とペンがあればできるというのがいいですね。スタッフ間でも使えるし、プロジェクトでもいろいろな場面で使えそうだな、と思いました!

昨年度までは、自分たちのプロジェクト運営が忙しく、同じ東京アートポイント計画で行われている他のプロジェクトのプログラムになかなか参加できない、ということも多い状況でした。しかし、プログラムがオンライン対応していったり、ジムジム会のような時間ができたことで、互いのプログラムが体験しやすくなったり、フィードバックを行う貴重な時間が取れてきたように思います。今回も、身近な第3者にプログラムがどう受け取られるのかを体感することができました。

そこで感じたのは、「WANDERING」がかなり刺さったな、と感じる一方、「新卒部」ではもう少しディスカッションが盛り上がると良かったな、届くと良かったなという印象。

反省会レポートでは、今回のジムジム会を経て事務局でフィードバックを行った内容を通して、「プログラムを届けること」について記します。

/おつかれさまでした!\

続・ジムジム会、続きます。

始動した「続・ジムジム会」、続きます!果たしてバトンを受け取ったのはどのプロジェクトなのか…?次回をお楽しみに。

>これまでのジムジム会レポートはこちら

暮らしに「間(ま)」をどうつくる?―「あわい」や「隙間」から育まれていくモノとコト

新たなプロジェクトや問いを立ち上げるためのヒントを探る対話シリーズ「ディスカッション」。アーツカウンシル東京プログラムオフィサーの上地里佳が企画・モデレーターを務め、独自の切り口でさまざまな実践に取り組むゲストを招いて展開しています。例年は3331 Arts Chiyoda内 ROOM 302にて行っていましたが、本年度は新型コロナウイルス感染対策を考慮してオンライン上にて開催しました。

第3回(2020年11月19日)のテーマは「暮らしに『間』をどうつくる?」です。長野県松本市に個人運営のアートセンター「awai art center」を設立し、ひらかれたアートの在り方を模索する茂原奈保子さん。2011年にドイツ・ライプツィヒの空き家からNPO「日本の家」を立ち上げ、現在は広島県尾道市を拠点に日独で数々のまちづくり・アートプロジェクトに携わっている大谷悠さんをゲストに迎えます。モデレーターの上地はROOM 302から、ゲストのお二人はそれぞれの拠点からオンラインでの参加です。

「今回のタイトルには『間』というキーワードを使っていますが、ここで言う『間』とは、何かと何かをつなぐ状態または存在のことを指しています。お二人がこれまでの活動のなかで立ち上げてきた場所を見ていると、ある意味で『間』をつくってきたのではと思っています。というのも、みんなにとってちょうど良い『間』があるからこそ、多様な考え方や価値観の同居が可能になってきているのではないかと。どういった考えのもとにスペースを立ち上げ、運営を進めてきたのか。今日はそのあたりをお伺いしたいです」(上地)

モデレーターの上地から「ディスカッション」の概要、そして今回のキーワードである「間」についての説明の後、それぞれゲストの活動紹介へと進んでいきます。

アートと人の間(あわい)をつなぐ:茂原奈保子

茂原奈保子(awai art center 主宰)。

2016年4月、長野県松本市にある古民家を改装してひらかれた「awai art center」。主宰である茂原さんは、現在、信州大学人文科学研究科に通いながら個人で運営しています。このスペースは、まさに今回のディスカッションのタイトルにも掲げられている「間(あわい)」をテーマに立ち上げられたそうです。

「アートと人のあいだをつないで、日常に当たり前のようにアートがあるような環境をつくれたらいいなという思いから『awai art center』と名付けました。『ギャラリー』と言ってしまうと美術展や特に現代美術に馴染みのないお客さんはハードルを感じてしまうのでそういった言葉は使わずに、あらゆる人が気軽に立ち寄れるよう複合的な機能を持たせました。1階にはカフェスペースがあり、読書もできるんです。アートと人だけでなく、人と人のあいだもつなぎたいですね」(茂原)

「awai art center」は、明治時代に建てられた築140年にも及ぶ元商店兼住居を改装してつくられた。5メートルにわたる広い間口が大通りに面していており、立ち寄りやすい設えに。

工芸をはじめとした文化資源が豊富な観光都市として知られている長野県松本市ですが、「awai art center」がひらかれる以前には、いわゆる現代美術を見られるスペースはほとんどありませんでした。茂原さんは大学で「芸術と社会をどのようにつなげることができるか」を実践的に学び、その後は美術館、ギャラリー勤務を経た後、「松本に現代美術に触れられるスペースがないのなら、私がつくってしまおう!」と決心します。

「『awai art center』の活動は私自身が主催者となってひらく企画展のほかに、大学やギャラリーなど他の機関と協働した企画や、ときには近くの異業種のお店とイベントを行うこともあります。そうすると、企画が終わった後にそれぞれの機関・施設のお客さんが交差して、重なっていくようなことがあるんです。これまでの4年半の活動を通じて感じたのは、多様なかたちで実践を行っていくことが非常に大切なのだということ。実は、これからは個人運営ではなく共同運営になる予定です。展示をメインにしていましたが、これからは複数人でこの場所を保持しながら、もっと多岐にわたった取り組みをしていきます」(茂原)

都市の「隙間」に集まる:大谷悠

大谷悠(まちづくり活動家・博士(環境学)/尾道「迷宮堂」共同創設者・ライプツィヒ「日本の家」共同創設者)。

ドイツ・ライプツィヒは人口が50万人を超える、国内でも有数の都市です。ベルリンの壁崩壊以前には、民主化のために最初に市民が立ち上がった「英雄都市」とも言われていますが、一方で90年代には10万人もの人口減少を経験し、空き家問題をはじめとした都市の危機に直面してしまいます。そんな状況に見兼ねて、2004年から歴史的建造物の保存のためのNPO市民団体「ハウスハルテン」の取り組みがはじまりました。それ以降、「ハウスハルテン」の取り組みのおかげでさまざまな市民活動や芸術活動、移民・難民サポートをする運動が、かつて空き家となっていた建物を根城に行われています。2011年に大谷さんが立ち上げた「日本の家」もそのひとつです。

「2011年に仕事のためにドイツへ渡航したのですが、仕事が終わってからもビザとお金に余裕があったので、もう少し滞在することにしました。とはいえ特にやることもなく、友達もいないから『ハウスハルテン』で空き家を借りて何かをやりだせば、友達ができるかなと。その程度のモチベーションから『日本の家』がはじまっていきました。主な活動としては美術展やコンサート、ワークショップ。そして『ごはんのかい」という近隣住民を巻き込んだ食事会も毎週行っています」(大谷)

毎週土曜日と木曜日に「日本の家」で行われている「ごはんのかい」。17時頃からみんなで調理をはじめて、食べ始めるのは20時頃から。料金は投げ銭で、誰でも参加できる。そのほか「日本の家」をめぐる実践については、大谷悠著『都市の〈隙間〉からまちをつくろう ドイツ・ライプツィヒに学ぶ空き家と空き地のつかいかた』に詳しい。

大谷さんを含め、3人で立ち上げた「日本の家」は、この9年の活動のなかで運営内容もメンバーも大きく変化していると言います。立ち上げた当初は日本人が多かったが、みんなでごはんをつくって食べる「ごはんのかい」をはじめたことを機に、多様な人やものが入り混じる状況が生まれました。大谷さんが「日本の家」に関わるメンバーにインタビューしたところ、定職に就いているのは12%ほど。ほとんどが現地の学生や求職中の人、ワーキングホリデーで来ている人、そして難民の人たち。何かのプロというわけではない、いわゆる「素人」が入れ代わり立ち代わり「日本の家」の主要メンバーとなり、根幹を担っているそうです。

「『素人であること』に僕はすごく注目しています。それは僕自身が当初働いていなかったこともありますが、ある日の『ごはんのかい』で印象的な出来事があったからです。その日のメニューはカレーだったのですが、思いもよらぬまずいカレーになってしまいました。そのときテーブルにいたおっちゃんが『次は俺がつくってやるよ!』と言い、翌日にはキッチンに立っていました。つまり、素人が集まっているので、そもそも客と店員の関係ではないのです。そう考えると、『日本の家』は常にフラットな状態から人間関係が形成されて、クオリティを重視するプロの世界にはなかなか起きないことが起きてきます。元々空き家だった都市の『隙間』には用途や管理、所有権といった社会的なものの前提が剥がれ落ちています。その特徴を生かしてみると、前提が取り払われた人間関係が生まれてきて、ゼロから共生や場づくりについて考えられるようになる。何かで隙間を埋めてしまうのではなくて、常に出会いにひらかれた、関わりあいの舞台になることが重要だと考えています」(大谷)

成り行きに任せ、覚悟を持ってひらく

「awai art center」「日本の家」についてそれぞれの活動紹介を経て、ディスカッションがはじまります。まちなかに拠点を持ち、運営することについて。お二人の実践や思考、思いについてさらに深く語っていただきました。

上地:「日本人の家」では運営メンバーの入れ替わりが多かったということでしたが、それとは別に、集団の核となるような全体をまとめる人がいらっしゃったんですか?

大谷悠(以下、大谷):いるような、いないような、ですね。基本的には中心にいる人を慕ってみんながつながっていますが、それも流れ次第で変わっていきます。最初は、僕が集団の中心にいたけれど、3年くらい経ってからは違う人がその役に代わっていきました。そうして、さまざまな人が運営に関わるのは良いことと思うのですが、「ここをこういう場にしたい!」という思いがバッティングすることもあります。揉めることもあるし、喧嘩もします。もちろんなるべく平和的に運営していきたいと思っていますが、そうでないときもありました。

上地:きれいな話だけではなかったと。さまざまな背景の方が「日本の家」に関わることで、スペースとして「こうあるべきだ」というコンセプトが揺らぐこともあったのではと想像するのですが、それはどのように受け入れたり、混ぜていったんですか?

大谷:混ぜていったというよりは、混ざっちゃったんですよね。「日本の家」が面しているアイゼンバーン通りのあたりは、地域でも評判の悪いエリアなんです。2015年に起こった欧州難民危機以降は、移民・難民の方の出入りもすごく多くなりました。そもそも、メンバーによってどういう場所にしたいのかは、ちょっとずつ違うんです。そんなときに「ごはんのかい」をはじめて、予期せぬ人が乱入することが多くなって、それが「意外と楽しいじゃん」と気付きました。それまでは、うまくまとめようという意識がすごく強かったのですが、「ごはんのかい」をやると、どっちにしろまとまらないし、思ったようにならない。例えば、著名なアーティストが展示をしているところにホームレスや子供たちが乱入してきて、作品に対しての根源的な問いが投げかけられたり、展示品で遊びだしたりしてしまうこともありました。それをアーティストと一緒にどう対応するのか。許容するのか、それとも触っちゃ駄目だと言うのか。ひらいているからこそ、そういった問題を常に突きつけられるんです。「そういうのは大事だよね」と多くのメンバーで共有していたと思います。

茂原奈保子(以下、茂原):話を聞いていて、公民館みたいだなって思いました。中心になっている人物がいるんだけれども、自治は保たれている。いろんな人がやりたいことを持ち寄って、批判を受けたり評価されたりしながら流動的に人が動いていますよね。

地元や人とともに変化していく

上地:多くの人が関わり、いろんな人の手垢がつくことによって味が出てきて、その場所らしさにつながるのだと思います。そもそも「日本の家」にはルールや決まりは設けられていますか?

大谷:何回か決めようという話はありました。盗難が起こったときとか、アルコールやドラッグ中毒の人の出入りが多くなった時期には、入場や出禁のルールを決めようと。けれど、ドラッグやアルコール中毒の人もシラフのときは良い人だったりするんですよ。そういう人らを一律に「絶対に入れない」というのもちょっと違うんじゃないかと思って、ルールをつくるのはある意味簡単ですが、それには常にもやもやしていました。なので、明確な決まりやルールは現在 に至るまでないですね。いま振り返ると、ルールを明文化しないというのも大事だと思いますね。

上地:自然とさまざまな背景を持つ人たちが関われる状況をつくっていますよね。 茂原さんも今後は複数人で拠点を運営することを視野に入れていることを話していただきました。個人で運営されてこられたオープンから現在までで、松本のまちや身の回りに変化を感じることはありますか?

茂原:4年間「awai art center」をひらいてきましたが、お客さんが変わってきたなとすごく思います。カフェを期待して来たけれどもすぐに離れてしまった方もいますし、逆にカフェ目当てだったのにいまでは作品鑑賞が目的になっている常連さんもいます。うちで作品を見たことをきっかけに、美術に触れる楽しさを知ってくれた人が少なからずいるんじゃないかなという実感はありますね。

上地:松本には工芸のイメージがすごく強いですが、「awai art center」がひらかれて以降、現代美術の拠点をつくっている人が現れはじめているという話もお聞きします。「awai art center」をひとつのモデルとして、地元に拠点を持つことの意義をまわりの方が感じているのではないでしょうか。

茂原:このディスカッションもリモートで行われていますが、今年はコロナウイルスの影響を受けてリモートで対話できる便利さをすごく感じました。いま大谷さんは広島に、上地さんは東京、私は長野にいますが、これだけ遠距離でも同じ経験ができています。その反面、美術を自分の目で観るということの体験の尊さ、大切さも際立ってきていると思います。コロナ禍による緊急事態宣言が長野県で発令された際、「awai art center」もお休みをもらっていました。その後、8月頃から活動再開したときには、お客さんが来ないのではと心配でした。しかし開けてみると、ずっと通ってくださってくれた方は変わらず来てくれて、「自分にとって作品を観ることがすごく大切なことだということに、この期間に気付けました」とも言ってくださいました。美術に触れることの大切さを感じている方がいて、これからも増えていくといいなと思いますね。

都市に不可欠な「間」や「隙間」

近代以降の都市に並ぶほとんどすべての建物は、予め機能・役割が決定されているように見えます 。住居は住居らしく、施設は施設らしい設計にすることで人々の流れは整備され、無駄なものごとやエラーが生まれないように注意が払われています。今回ゲストにお招きしたお二人は、都市のなかでの機能が一時的に失われてしまった「空き家」を改装して、各々に魅力的な場所を立ち上げました。「awai art center」は長野県松本に、「日本の家」はドイツ・ライプツィヒに。それぞれのまちに影響を受け入れつつ、ひとつの役割にとらわれず 、多目的で柔軟な活動が繰り広げられています。
従来のスペースのひらき方を倣うのではなく、どのようにその土地に拠点をひらいていくのがベストなのかを模索し、実践をして、変化していく。そうしたトライアンドエラーを経て、人々が混じり合うような仕組みがそれぞれに生まれていました。

「不要不急」な行動がはばかれる昨今の状況において、わかりやすい目的を提示しないこれらのスペースは一部の人たちには歓迎 されないかもしれません。しかし、「awai art center」が地元の人にとってかけがえのないアートとの交流の場になり、「日本の家」が多様な人にとっての居場所になっているように、都市の「隙間」や「間」と思える空間こそ、本来私たちにとって不可欠な場所なのだと感じる時間となりました。

執筆:浅見 旬
撮影:齋藤 彰英
運営:NPO法人Art Bridge Institute

私たちの移動の経験はどう変わる?―「移動」と「つくる」ことをめぐって

開催日:2020(令和2)年11月17日(火)
ゲスト:小田井真美(AIR環境・事業設計/さっぽろ天神山アートスタジオAIRディレクター)、大橋香奈(映像エスノグラファー/東京経済大学コミュニケーション学部専任講師)
モデレーター:上地里佳(アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー)

新たなプロジェクトや問いを立ち上げるためのヒントを探る対話シリーズ「ディスカッション」。アーツカウンシル東京プログラムオフィサーの上地里佳が企画・モデレーターを務め、独自の切り口でさまざまな実践に取り組むゲストを招いて展開しています。3331 Arts Chiyoda内 ROOM 302を会場に開催していましたが、本年度は新型コロナウイルス感染対策に考慮して、オンライン配信で実施しました。

第2回(2020年11月17日)のテーマは「私たちの移動の経験はどう変わる?」。ゲストには、「さっぽろ天神山アートスタジオ」でアーティスト・イン・レジデンス事業のディレクターを務める小田井真美さん、「人びとの〈移動〉の経験」を研究し、映像作品として描き出す実践を重ねられてきた大橋香奈さんのお二人を迎えます。

「2020年は新型コロナウイルスの感染拡大により、多くのイベントの中止や延期が相次ぎました。そしていまでも、引き続き活動自粛や移動制限をせざるを得ない状況が続いています。そんななか、新しい表現を生み出す過程にはさまざまな『移動』が前提にあり、アートプロジェクトの現場に密接に関わっていることを改めて思うことがありました。今回のディスカッションもリモートでの開催となりましたが、そうした移動制限の経験は、表現していくことや、アーティストとまちとの協働のかたちにどのような変化をもたらすのか? と考えたことが、今回のテーマの出発点です。本日はゲストのお二人が取り組まれている実践や研究のお話をもとに、これからの『移動』と『つくる』ことにまつわる、新たな方法やヒントを得ることができればと思います」(上地)

モデレーターの上地から、今回のテーマの概要について説明した後、ゲストの活動紹介へと進んでいきます。

「つくる」ことの可能性を広げる:小田井真美

小田井真美(AIR環境・事業設計/さっぽろ天神山アートスタジオAIRディレクター)。

北海道札幌市内で初の公的なアーティスト・イン・レジデンス(以下、AIR)の拠点として、2014年にオープンした文化芸術施設「さっぽろ天神山アートスタジオ」。小田井さんは開館当初からAIR事業のディレクターを担っていますが、今年は“アーティストが地域に訪れて滞在制作する”というAIRの仕組みを根本から見つめ直し、移動や滞在を行わず、遠隔でAIRに取り組む新たな試みを現在進行形で行っています。
そもそも前提として、「AIR」とは一体どのような仕組みなのでしょうか。小田井さんはAIRを『アーティストの「移動」を促進する仕組み』だと言い、『国内外のアーティストに「移動先での滞在(時間)」や「そこでの制作活動(体験)」をするチャンスを与える奨学金制度』のようなものだと説明します。

「運営者の立場からすると、AIRはアーティストを受け入れ、制作活動を支援していくこと。日本は文化外交の機能や地方再生の手法としてなど、その役割にも特徴があり、運営者によって支援のあり方や成果、思想もさまざまです。私自身はAIRについて『アーティストにとって“コミッションワーク”ではない(=依頼された仕事ではない)』と考えており、『運営者はアーティストに対してお産婆さんのような役目を果たす存在』だと思っています」(小田井)

もともとはホテルだった「さっぽろ天神山アートスタジオ」の建物。2014年に開催された「札幌国際芸術祭」にあわせて整備され、AIR拠点として生まれ変わりました。13室の元客室をアーティストの滞在スタジオにしながら、市民にも施設の一部を休憩場所として開放しているそうです。

「本施設のAIRにはさまざまな目的のアーティストが同時に滞在するので、個別にニーズを聞きながら対応し、次のステップへと繋がるようなチャンスを探すサポートも手掛けています。施設のミッションとしてある『文化芸術分野・アーティストの活動と市民生活との接点を創る』ことにも力を入れていますね」(小田井)

2016年に自主事業で招聘したアーティスト、Jeff Downerが紹介してくれた言葉。パンデミックによってAIRの状況が変化したとき、この一節が真っ先に思い浮かんだそう。

小田井さんが今回のディスカッションのテーマや、アーティストの「移動」について考えていたとき、写真家のJeff Downerが教えてくれた上記の一節が思い出されたと言います。「移動が制限されている状況のなかでも、まだ十分にここから希望を見出すことができるのだと、非常に勇気づけられ、心が強くなるような言葉でした」と語ります。

「実はパンデミック前から、アーティストに『滞在中に何をしてもらうか?』に気を取られすぎていたことを疑問に思い、『(滞在地までの距離を)どのように移動するのか?』ということについて非常に意識していました。そのため、2020年度はAIRの要素として重要な『移動』にフォーカスし、プログラムを変えようしていたタイミングだったんです。いまはまだ手探りですが、アーティストがその場に訪れることなく、リモートでアーティストと協働するプログラム運営を試みているところです」(小田井)

新しい視点から「移動」をみる:大橋香奈

大橋香奈(映像エスノグラファー/東京経済大学コミュニケーション学部専任講師)。

東京経済大学コミュニケーション学部で講師を務めながら、「人びとの移動の経験」を研究されている大橋さん。イギリスの社会学者、ジョン・アーリ氏の著書『モビリティーズ 移動の社会学』に影響を受け、「移動の経験」についての研究を開始されたそうです。「移動」というと、大抵の人は歩いたり交通機関を使って動いたりと、身体的な移動を思い浮かべるかもしれません。しかし、大橋さんが研究対象としている「移動」は、もっと多様なもの。ジョン・アーリ氏の言葉を引用し「距離の隔たりに対処する多様な方法、経験に注目する」ことだと言います。

「この『距離の隔たりに対処する移動』というのは、身体的な移動にとどまりません。たとえばコロナによって自分たちの身体の移動が制限されたとき、通販で買い物をするなど、自分の代わりに多くのモノを移動させるようになったと思います。また、メディアを通してある場所のイメージを見たときに、想像のなかでも移動を経験することがあります。あるいはZoomや電話等でコミュニケーションのためのイメージやメッセージを移動させることもある。これらの多様な移動、それらの組み合わせが、『距離の隔たりに対処する多様な方法、経験』としての移動です」(大橋)

そうした移動の経験についての研究を、大橋さんは「映像エスノグラフィー」という手法で実践されています。「エスノグラフィー」とは、社会学や人類学の分野で発展を遂げた研究のアプローチで「他者の生活世界がどのようなものか、他者がどのような意味世界に生きているかを描く方法論と成果」のことを指します。映像エスノグラフィーは、エスノグラフィーのなかでも、調査の過程や成果の表現で写真や映像を用いるアプローチです。エスノグラフィー調査全般において伝統的に重視されてきたのは「参与観察」という方法で、「実際に調査協力者の方の生活に参加しながら、その方たちが生きている世界を理解していくプロセスがとても大切になる」と話します。

『Transition』 (大橋香奈・水野大二郎, 2019)の制作プロセスで共有されたデータの一部。

その重要な参与観察ができなかったプロジェクトの例として、大橋さんの博士研究を副査として指導されていた水野大二郎氏と共に制作した『Transition』についてのエピソードを紹介してくれました。水野氏のパートナーであるみえさんが、妊娠中に胃がんと診断されたことをきっかけにつくられたというこの作品。水野家が経験する困難な状況を、水野氏自身が客観的に理解していくための試みとして進められたプロジェクトです。大橋さんはみえさんの体調を考慮し、調査目的で生活環境に出入りすることで、みえさんの時間やエネルギーを奪うことを避けたいと、伝統的な参与観察という方法ではなく、ほとんど遠隔で水野氏と協働して調査することを試みたそう。水野氏が日々の生活記録を作成し、その内容を確認するためのインタビューをオンラインで1~2週間に1度のペースで実施。協働しながら、ひとつの作品にしていったそうです。そこから、大橋さんは研究対象としてだけではなく、研究の「方法」としても、どのように距離の隔たりに対処していくのか? ということを考えるようになったと話します。

「距離の隔たりに対処するとき、直接対面することが一番強力なコミュニケーションというイメージがありましたが、必ずしもそうとは限りません。たとえば電話は、対面しているとき以上の近さで声が直接耳元に届く方法であり、だからこそ親密さを生み出すと、これまでのメディア研究において注目されました。テキストのみで構成される日記や手紙という方法も、対面では表れてこない言葉のやりとりが生まれることもあります。そんな風に、これまで人びとは距離の隔たりに対処する方法をいくつも開発してきているはずです。このタイミングだからこそ自分たちが編み出してきた方法やその価値について、もう一度見つめ直すことが大事なのでは?と最近は考えています」(大橋)

「お節介を焼く」という関わり方

それぞれの活動紹介を経て、ディスカッションへと移ります。リモート環境におけるアーティストとの関わり方から、物理的な移動制限のなかで行えるさまざまな対処法、そしてその可能性について。お二人ならではの考えを語っていただきました。

上地:大橋さんのプレゼンで紹介されていたジョン・アーリ氏の言葉で、「移動」とは「距離の隔たりに対処する多様な方法、経験」というものがありました。小田井さんが現在試みている遠隔でのAIRも、その「距離の隔たり」に対してさまざまな対処法を編み出していくことになると思いますが、まず応募されたアーティストのみなさんの反応はどうでしたか?

小田井真美(以下、小田井):大体2通りに分かれましたね。もともとAIRの募集要項には「移動できる範囲での身体的な移動を取り入れてプランを考えてもいい」としていたんです。いまは状況によって移動制限の段階もさまざまなので、レベルに応じて物理的に動くことを試みる人もいました。多くは「行けるところまで動きたい」という反応が多かったですね。一方で、「移動せずにシチュエーションを変える」という方法を採る人もいました。自分のスタジオや家など、普段の活動拠点ではなく、別の場所を新たに借りてそこを活動拠点にする、というプランです。物理的な移動はほとんどないのですが、シチュエーションを変えることで「体験」として別のものを自分に与えるような試みですね。

上地:そのなかで、アーティストの方たちと運営側との関わり方はどのように考えられているのでしょうか? リモートの形式で、うまくコミットしながら進めていく方法がなかなか想像しづらいのですが。

小田井:アーティストは他者の助けなしでも創造的に活動し、作品をつくります。個人的に、AIRを運営する立場のなかでアーティストと関わるというのは「お節介を焼く」ことだと思っているんです。それは今回に限らず、これまでもずっとそうでした。というのも、私自身はレジデンスのなかで作品を完全につくること、かたちにすることというのを、必ずしも必要とはしていなくて。むしろそこを忘れてやって欲しいと思っているんです。これからオンラインで定期的に参加アーティストとミーティングを行う予定ですが、そこで彼らがやろうとしていることをどんどん“邪魔”していくような……そんなことを試そうと思っています(笑)。

大橋香奈(以下、大橋):小田井さんのプレゼンのなかで、AIR運営者は「お産婆さん」のような存在、とも例えられていましたよね。お産婆さんって身体的な接触も伴う、相手にすごく関わっていく行為じゃないですか。今後、遠隔でそれがどのように実践されるのかはわかりませんが、とても興味深い比喩だと思いました。

小田井:出産を経験したことがないので、お産婆さんというのは完全にイメージなのですが…(笑)。やっぱり「作品を生み出す人が頑張るしかないじゃない?」という思いがあるんです。ある一定期間、濃密に関わり、サポートしながらプロジェクトを並走していく立場ではありますが、作品そのものに栄養を与えていくのは、母体であるアーティストだけなので。それが私なりの距離の取り方なんです。関わり方も、アーティストによって全然違って。その人自身が求めているものを見極めて調整しながら、そこに応じて自然に関わっているような気がします。そういう意味で、しっかり「お節介」を焼きながら、“邪魔”になるかならないかギリギリのところでちゃんとサポートになっているという、その絶妙な具合を探す面白さはありますね。それがオンラインになったらどうなるんだろう?というのは、これから探っていく部分です。

「距離」があることで、生まれるもの

小田井:全然関係ないのですが、郷ひろみの曲にある「会えない時間が 愛育てるのさ」という歌詞を思い出すことがよくあって(笑)。会えない時間があるからこそ、そのことについて想う時間がある。遠隔でのAIRを実施するとなったとき、「札幌に来ないのにやってどうするの?」と言われることもありましたが、「来ないからこそ、いつも以上に札幌のことを考えてくれる」と、進めていくうちに強く実感するようになったんです。

大橋:まるで遠距離恋愛のようですね(笑)。距離が生まれることで、想像力を働かせるようになるという。たとえば電話なんかも「会えないから話す」という手段でもあって、会わない、顔を見ないからこそ伝えられることもある。全ての方法を顔が見えるビデオ通話に置き換える必要もなく、あえて手紙にしてみたり、よりもどかしい方法でもいいのかもしれません。

小田井:それはテクニックとして必要ですね。余白が生まれ、想像が促される。そんな風に、これまでとは違う関係性が今回のAIRではつくられていっているような感覚があります。まだどうなるか未知数ではありますが、そのことがこれまでとの違いとなって表れてきたら面白いなと思います。

上地:小田井さんは、コロナが拡大する前から「移動」に重きを置いたレジデンスの構想をされていたとのことでしたが、そこにはどのような経緯があったのでしょうか?

小田井:AIRを主催している立場からすると、「アーティストが来た後に何をしてくれるのか?」という成果ばかりを見すぎてしまい、それがつまらなく思えてしまったんです。そこで、AIRが「移動」を伴うプログラムであるという前提の部分を全然見ていなかったなという反省もあって、これまで着目していなかった「移動」の部分を取り上げてみようと考えました。またもうひとつの理由として、サイト・スペシフィックなプロジェクトを多く実施していくなかで、札幌に訪れるアーティストにとっては未知である“札幌”の文化が、どこかインスタントなアプローチで解釈・理解されてしまっているように感じる事例もあり、そこに恐れを感じるようになったんです。実際に訪れてはいるけれど、もしかすると、これだけ距離が離れている場所に移動し、制作していることに、実感が持てなくなっている要素が何かあるのかもしれないと想像して。なので、距離感をより実感できる方法として始めようと思いました。

上地:確かに、いまは移動のスピードも早いので、「移動する経験」の実感は薄くなるのかもしれません。大橋さんとの最初の打ち合わせでも、「移動しているのではなく、輸送されている」という話が出てきたのを思い出しました。

大橋:ドイツの男性が、中国で4500キロの徒歩旅行をしたプロジェクトがあるのですが、彼は数時間あれば飛行機で移動できる場所に、1年かけて徒歩で移動したんです。その身体感覚を伴いながらの移動の過程で、どのような出会いや変化があるのか、彼の映像作品に記録されているのですが、同じ距離でも飛行機で“輸送”されれば、窓から上空を見下ろすだけの経験で終わります。小田井さんが言っているように、距離が離れている場所に来ている実感がないまま辿り着いてしまう。

小田井:なるほど、面白いですね。私の試みは身体的な「移動」は伴わないものですが、自分自身はそのような移動ができなくなったことで、定点観測するように自分や周りの変化が逆に敏感に見えるようになってきたような実感があります。これまで自由にできていたことが制限されることで、また別の可能性が開かれていくような確信があるので、これからがとても楽しみですね。

未知の可能性と出会う

新型コロナウイルスのパンデミックにより、さまざまな活動自粛や移動制限措置が敷かれたことは、私たちがこれまで当たり前のように行ってきた「移動」という行為について改めて意識させられる時間となりました。物理的な移動が難しいなかで、どう向き合っていけるのか? 創作活動の現場のみならず、あらゆる現場で検討されてきたことでしょう。
そのように私たちが「移動」について考えるとき、多くは身体的な移動として認識されます。けれども、大橋さんのお話から「移動」できるものには、イメージや言葉、想像上のものまで多様な種類があり、さまざまな手段で日々それらの「移動」を経験してきたことに気づかされました。また、小田井さんが現在取り組まれている遠隔でのAIRの試みは、身体的な移動を経験しないことでその“距離”や“移動という経験”について逆照射的に意識させられ、その意味や価値を浮かび上がらせていくというものでもありました。そこから、新たなアプローチの方法が編み出されていくような予感も感じられます。
このようなタイミングだからこそ実感できることに対して、丁寧に向き合うことができれば、よりよいアイデアの閃きにもつながるはず。たとえ身体の移動が制限されてしまっても、既にある、或いはこれから生み出されていくさまざまな手段を組み合わせることで達成できることもあるのだと、そんな未知なる可能性を感じるディスカッションとなりました。

執筆 花見堂直恵
撮影 齋藤彰英
運営 NPO法人Art Bridge Institute

アーカイブ動画は下記よりご覧ください。

全国各地のアートマネージャーが悩みを持ち寄って考える「つどつど会」がスタート

2020年11月25日、Tokyo Art Research Lab(以下、「TARL」)の研究・開発プログラムとして、「つどつど会」第1回をオンラインで開催しました。

つどつど会=都度集うアートマネージャー連絡会議

つどつど会は「都度集うアートマネージャー連絡会議」の略称です。過去にTARLのプログラムに参加された方の中から、全国各地で⽂化事業に関わるメンバーとともに進めていきます。

メンバーは以下の方々。北は秋田から南は大分まで、幅広い現場のアートマネージャーと、アーツカウンシル東京の面々が集まり、全5回の会議を重ねていきます。オンラインかつ少人数だからこそできる互助会的な場を目指します。

つどつど会メンバー
・蟻川小百合さん(みずつち市民サポーターズ/新潟県)
・大政愛さん(はじまりの美術館/福島県)
・岡田千絵さん(公益財団法人墨田区文化振興財団/東京都)
・月田尚子さん(NPO法人BEPPU PROJECT/大分県)
・三富章恵さん(NPO法人アーツセンターあきた/秋田県)

運営メンバー
佐藤李青、大内伸輔、岡野恵未子(公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京)

「学び合い」の場をつくりたい

初回ということで、進行役のアーツカウンシル東京・佐藤から、つどつど会のねらいを共有しました。TARLでは、これまで「教える/教わる」という関係ではなく、互いに対話し、実践を共有することで、新たな知見やスキルを獲得していくことを⽬指してきました。

プロジェクトを実践している人たちは、現場に忙しく、なかなか他の現場の人たちと関係をつくりづらいのも事実です。目の前で抱えている課題も、実は他の現場の話をきくことから解決の糸口になることもあります。東京アートポイント計画では都内のアートプロジェクトの事務局メンバーが集う「ジムジム会」を開催してきましたが、今回の「つどつど会」では、全国各地の現場の実践者のみなさんと、オンラインでの関係づくりを試みます。

まずは自己紹介から。規模も状況も異なる活動を共有

今回の参加メンバーに共通しているのは、「TARLプログラムに参加したことがある」「文化事業の現場で活動している」の2点のみ。初回はそれぞれの自己紹介をして、今後どのようなテーマを取り上げていきたいのかから話し合いはじめました。

地域の状況や団体の規模、ベースとなる資金源、法人形態、雇用形態などが異なるからこそ、自己紹介だけでも興味深い相違点が浮き上がってきました。

たとえば、コロナ禍の対応についてもそれぞれ。小規模で屋外開催の企画が多かったために延期せず実施したプログラムもあれば、「絶対にアート事業を止めない」という決意のもと工夫を凝らして実施した企画もあり、臨時休館しつつ過去事業の振り返り企画をオンライン上で展開した施設も。

同時にそれぞれが抱える悩みもまた多様でしたが、テーマやポイントは共通している部分も多く、共に議論していけそうなトピックも浮かび上がりました。急速に拡大した組織のマネジメント、終了事業のクローズ方法、わかりにくいと言われがちな文化事業の伝え方、行政との付き合い方、持続可能な働き方、人手不足の解消方法、運営スタッフの専門性、アートプロジェクトの品質、成果測定、コロナ禍の延期で偏りが出た実施期間など。

今後のつどつど会では、お互いの悩みと知恵を持ち寄り、話し合いながらその解消の糸口を探っていきます。

第1回を終えて。参加メンバーからのコメント(抜粋)

蟻川小百合さん(みずつち市民サポーターズ/新潟県)
「プロジェクトの終わり・はじまりなどの節目、転機など、みなさんに詳しく聞いてみたいと思いました。そこでどう考えて、どうしたのか? 結果どうなったのか? 様々なヒントがありそうだと感じました。自分が関わっている今の現場には、対話の場が本当に足りないということも(みんな薄々わかって気にしてはいるけれど改めて)痛感しました。情報発信、言葉の問題は常にある悩み事。体制の変化に流されない、組織を強く、かつ内輪だけにならないようにするには…」

大政愛さん(はじまりの美術館/福島県)
「あっという間に時間が経ってしまい驚きました。みなさんのそれぞれの活動は知っていましたが、一人一人の言葉を通して改めて活動を知ることができてよかったです。他の参加者の方からの「地域の方には、まだなにをやっているところか伝わっていない」という発言は、わたし達も同様で、6年やっても伝わらない人にはずっと伝わらないもどかしさがあります。また、他団体でコロナ禍での活動について『やるといったらやる』という姿勢の話が印象的でした。今回のコロナは本当に様々な判断が必要で、わたし達は悩みながらも『今はやらない』という選択をとったものが多くあったなと思いました。今後この会で話していきたいテーマは『コロナ禍だからこそできるプログラムや体験の仕組みづくり』、『集客が求められる企画』についてなどです」

岡田千絵さん(公益財団法人墨田区文化振興財団/東京都)
「『寄合』をうちでもやっています。ネットワーク作りやコミュニケーションの方法はいろいろ考えていきたいです。また、2016年から2020年までの区の文化プログラムとして進めていたのですが、今年は区主催の事業が軒並み中止になる中、実施していて、よくも悪くも目立って区議会でも話題になっていました。だけど、来年度以降はどうなるかわからないので、どんな記録を残せば、今後に活かせるか色々模索しながら進めています」

月田尚子さん(NPO法人BEPPU PROJECT/大分県)
「同じ文化事業に携る人同士でも立場や所属団体の違いで全くやっていることや見えているものが違うことが興味深かったです。次回、より具体的な話が聞けると思うので、楽しみにしています。アートに興味がない人たちへの広報の仕方や巻き込み方などを聞いてみたいと思っています。noteの活用は興味があったので参考にしてみます」

三富章恵さん(NPO法人アーツセンターあきた/秋田県)
「他のアートプロジェクトの現場にいらっしゃる方々と直接お話する機会は限られています。今日は少しの自己紹介の中から、自分の悩みに通じるヒントが得られたり、同じような課題を抱えていらっしゃるんだと安心(してはいけないのだけれど)したり。貴重な機会をいただいたと思います。お話の中で気になった具体的なところでは以下のとおりです。『寄合』(どうやって地域にひらき/つながり/地域の人が集まるような場になっていったのか)、『ソーシャル・ベンチャーとして活動する組織』(どう組織を運営しているのか。スタッフの人材育成は? やりがいや成長の担保は?)、『行政や議会とのコミュニケーション』(行政や議会の理解・サポートを得るには? 対等に対話し・共感を生むようなコミュニケーションをとりたい!)」

レポート執筆:中田一会(きてん企画室)

つどつど会

全国各地のアートマネージャーが悩みを持ち寄るオンライン「互助会」

アートプロジェクトは、さまざまな担い手によって支えられ、それぞれの地域で交流を生み出す契機になっています。一方で、「互助会」のように、ほかの地域のプロジェクトと実務的な課題を共有し、ネットワークを育む機会は意外と少ないかもしれません。

今回は、過去のTokyo Art Research Lab(TARL)の参加者を中心に、全国各地の文化事業にかかわるアートマネージャーがオンラインで集まって、各現場の悩みや課題を共有し、議論する「つどつど会」(都度集うアートマネージャー連絡会議)をひらきます。

話題は、組織体制や目標設定、活動記録の残し方、コロナ禍における企画・広報の方法など。現場の課題や知見を共有し、中間支援に必要とされる視点や仕組みづくりへの糸口を見つけることが目的です。最終回には、大分県別府市で15年以上に渡り文化事業や地域振興、観光振興のプロジェクトを手掛けるNPO法人BEPPU PROJECT代表の山出淳也さんをゲストに迎え、メンバーからの質疑応答を実施します。

詳細

スケジュール

11月25日(水)17:00〜19:00
第1回 自己紹介

12月16日(水)17:00〜19:00
第2回 悩みを持ち寄る

1月18日(月)17:00〜19:00
第3回 悩みを持ち寄る

2月17日(水)17:00〜19:00
第4回 これまでの悩みからまた悩んでみる

3月3日(水)17:00〜19:00
第5回 BEPPU PROJECT 山出淳也さんに尋ねる