アートプロジェクトの担い手のためのプラットフォーム「Tokyo Art Research Lab(TARL)」のウェブサイトです。
TARLで取り組む「プロジェクト」や、そこから生まれた書籍や映像などの「資料」、それらのつくり手となったさまざまな専門性をもつ「ひとびと」の一覧を公開しています。プロジェクトと資料は、アートマネジメントの知見や時代に応答するテーマ、これまでの歩みなどの「キーワード」から検索することができます。
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レポート【前編】では、第1回と第2回の様子をお届けしました。続く【後編】では、第3回に実施したトークイベントの様子や内容とあわせて、講座を通じて制作した配信・収録のためのチェックツール「はじめのシート」をご紹介します。
最終回となる第3回は、講座参加者によるトークイベントの実践です。講師の齋藤彰英さんと、ゲストに「STUDIO302」の設計・施工を手がけたいわさわたかしさんを迎え、「やってみよう!はじめてのライブ配信!!」と題した40分程度のトークイベントを、メンバー内限定の公開で配信・収録しました。
トークは2部構成がとられ、参加者も前半・後半の2グループに分かれて、カメラ、音響、スイッチャー、配信オペレーターと役割を分担します。前回までの内容を復習をしながら各機材のセッティングや動作確認、画角の設定、出演者とのマイクチェックなどを進めていきました。
予定の時間どおりに機材組み立てやテクニカルリハを終え、準備は万端です。初回の講座でその必要性が紹介された、舞台監督のような「進行役」は岡野さん(アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー)が担当。そのキュー出しを受けて、トークイベントの配信が始まりました。
前半は「映像ライブ配信の安定的な運用方法」について、後半は講座の参加者たちから事前につのった質問に齋藤さんといわさわさんが答えます。台本にはおおよその流れが書かれているものの、いざ本番が始まれば、出演者がどのように動くか、話がどのように盛りあがるかは予測できません。参加者はトークに耳を傾けながら、内容に応じてカメラの画角を調整したり、配信映像を切り替えます。
トークのなかでは、いわさわさんから「STUDIO302」の設計にあたって期待したものとして、制約によって生まれる創意工夫が挙げられました。
いわさわ 「スペースの機能としては、それなりに多機能なものを考えていました。ですが、色々な知識レベルの利用者にそれを管理してもらう、使ってもらうとなると、多機能すぎると選択肢が多すぎて、逆に使いにくくなってしまったり、トラブルが起きやすくなると思ったので、操作できる部分はかなり限定的にしようと思いました。そこで、カメラやマイクなど物理的な部分はできるだけ柱やテーブルの天面から生えている状態にすることで、それ以上動かせないように。そういう制約を与えることで、そのなかでできることを工夫してくれるんじゃないかなっていう期待を持って設計をしました」
企画の担い手が自分たちの適正規模を把握し、コンパクトにできることから考えていくあり方は、講座の第1回で齋藤さんが提示した「映像コンテンツ制作に向けた段取り」にも通じるものです。
ここから「STUDIO302」では、必要最小限の人数で運用できるよう、出演者側にもカメラやマイクの操作パネルを設け、表方/裏方を区別しない設計がなされました。
こうした狙いについて、齋藤さんは実際に「STUDIO302」を利用するなかで感じ取っていたといいます。
齋藤 「配信・収録において、映像や音のクオリティを高くすることよりも、そこで生まれる対話とかやり取りを重視していくという「STUDIO302」のコンセプトやシステム設計に触れて、ちょっと楽になったんですよね。最初にこのシステムでやらせてもらえてたから、あまり気負いせず配信というものに入っていけたし、いろんなアートプロジェクトの現場で仕事として展開出来るようになったので、このスタジオには感謝してるというか、いいきっかけになったかなと思っています。スタジオの物理的な設えやシステムの在り方から、いわさわさんの考えていることが伝わってきたというか、それって結構面白い体験で。言葉じゃなくてシステムからイメージが共有できたのはとても面白い現場でした」
トーク後半は、参加者から事前に寄せられた質問への応答です。使用機材やトラブルシューティングの方法など具体的な質問を端緒に、お二人の話の内容は、そもそも目指すべき「よい」配信・収録とは何かということや、トラブル対応の心構えなど、本質的な部分へ向かっていきました。
いわさわ 「オンライン特有の作法はもちろんあるけれど、多分、皆さんが経験しているような、劇場空間とかイベント会場でやってきたことの置き換えでできることが多い。このコロナ禍で配信が増えたことで、事業の目的や演出などについて「実はこういう意味があったよね」と、これまで経験則や属人的であったことを分解するタイミングだったかもしれないなというのは感じていて。なので、どうしても収録・配信の講座というと技術的な話になりがちなんだけど、そもそもコンテンツをつくって届けるとか、ライブで何かをするっていう行為は何であったのかという問いかけにもなっていた時期だったんだろうなと思いました」
齋藤 「「STUDIO302」使用中の有事で落雷も想定されていたけれど、もし本当にそんな危険な状況の時は潔く諦めた方がいいと思う。カメラやパソコンをコンセントに繋いでると、全部ダメになっちゃう可能性もあるんですよね。だから配信も停止してコンセントも抜いて、まずはスタッフの安全を確保するっていうことが、現場にいると選択肢から抜けがちだけど、実は結構重要かなと思います。現場にいる人の安全確保という意味では、オフラインのイベント運営でも同じですよね」
映像コンテンツの配信・収録は、一見、新しい対応を迫られるように思いがちです。専門技術が必要な面もあることは確かですが、しかし、あらためてその段取りや工程を整理することで見えてきたのは「目的に適した技術を運用する」というアートマネジメントの本質でした。
講座の総括として、齋藤さんは「技術・手法と目的には相性があるという前提のもと、さまざまな視点で配信や収録を捉えて利用することで、単なるオンライン/ハイブリッドでの実施というだけではない、その次のステップを考えていくことが重要」と結びます。
誰もが映像の配信・収録の担い手になり得るいまだからこそ、技術習得だけでなくその制作のあり方や意義にまで、皆で向き合うことができる時期ともいえるでしょう。今回の講座はそのための一歩を踏み出すものです。今後もさまざまな現場において、立ち止まったり迂回しながら議論を深めていければという期待とともに終えました。
参加者によって配信・収録されたトークは、齋藤さんが最低限の編集を加えた映像コンテンツとしてTokyo Art Research LabのYouTubeチャンネルに公開されています。
レポートでは紹介しきれなかった内容も多いため、ぜひご視聴ください。
▶︎視聴はこちらから
全3回の講座を終えて、齋藤さんを中心とする運営チームでは、配信・収録に取り組む誰もが参照できるツール「はじめのシート」を制作しました。
このツールでは、企画概要や会場の環境、事前準備から当日の役割分担まで、配信・収録の企画を考えるうえで抑えたいポイントを一枚にまとめています。各項目にはプルダウン機能で具体的な選択肢が用意されているため、このシートを参照しながら企画を詰めていく、といった使い方もできます。
「はじめのシート」は、配信・収録の担当者が自信を持って企画に取り組んでいける「お守り」のような存在になるだけでなく、専門業者への外部委託や、運営メンバーで企画に取り組む際のコミュニケーションの第一歩になるように、という思いから名付けられたそうです。
最初から全ての項目を埋めようと無理する必要はなく、企画によってはさらなる調整ごとも必要となるため、まずはみなさんが配信・収録について考えるきっかけとして活用いただけたらと思います。
ウェブページには齋藤さんによるツールの解説や、企画制作の考え方が掲載されているので、ぜひ一緒にご覧ください。
本講座ゲストのいわさわさんが所属するユニット・岩沢兄弟のウェブサイトでは、「STUDIO302」の空間づくりをめぐり、アーツカウンシル東京/東京アートポイント計画 ディレクターの森司とおこなった対談記事が公開されています。
「STUDIO302」ができるまでのプロセスや活動内容など、プログラムオフィサーが綴った記事がnoteで公開されています。
コロナ禍も3年目を迎え、いまやウェブ会議をはじめ、オンラインの活用は私たちの日常風景の一部になりました。アートプロジェクトの現場も例外ではなく、コロナ禍以降さまざまな企画を映像コンテンツとして収録したり、オンラインイベントにシフトするだけでなく、オンラインと対面を組み合わせた開催も浸透しています。
誰もが映像の配信・収録の担い手になり得るいま、「企画に適した機材の選び方・使い方とは?」「専門業者にはどのように相談・交渉したらいいのか?」という具体的な疑問だけでなく、「そもそもオンラインを想定した映像コンテンツの制作とは、なにからはじめるべきなのか?」という漠然とした不安を感じている方も少なくないのではないでしょうか。
そうした声に応えるべく、Tokyo Art Research Labでは、2022年8月21日(日)、8月28日(日)、9月4日(日)に、全3回の対面講座「アートプロジェクトの担い手のための配信・収録講座」を開催しました。
会場はアーツカウンシル東京のレクチャールーム+アーカイブセンターである「ROOM302」です。コロナ禍を契機に、この部屋の一角は収録・配信スタジオ「STUDIO302」へとリニューアルされ、2020年7月のオープン以降、さまざまなオンラインプログラムが実施・配信されています。
講師を務めたのは、写真家の齋藤彰英さん。齋藤さんは「STUDIO302」開設初期から、このスタジオでのプログラム運営に携わるひとりであり、自らもコロナ禍を経て本格的に配信・収録技術を身につけました。
第1回と第2回では、映像コンテンツ制作の段取りと、配信や収録に用いる機材の扱い方を学び、第3回は「STUDIO302」のシステム設計と空間づくりを担当したいわさわたかしさんをゲストに迎え、実際に講座参加者たちがトークイベントを配信・収録する実践の場がひらかれました。
ここではレポート【前編】として、第1回と第2回の様子をご紹介します。
第1回の内容は「映像コンテンツ制作に向けた段取り」と「映像収録に必要な機材の操作方法と注意点」です。
講座には、配信・収録の経験値も専門領域もさまざまな参加者が集まりました。
ずらりと並ぶ機材を前に、おのずと技術的なことへの興味や期待がつのりますが、齋藤さんは自身もアートプロジェクトの担い手として現場で獲得してきたものを共有することで「参加者自身が今後の活動を考えるきっかけにしてほしい」といいます。そこで、まずは具体的な知識に先立ち「映像コンテンツ制作に向けた段取り」という、心構えの重要性について取り上げました。
コロナ禍を経たいま、受け手の「慣れ」も相まって、企画においてオンラインの活用が真っ先に浮かぶことは自然な流れといえるでしょう。齋藤さんがこれまで引き受けてきた映像コンテンツ制作の現場でも、最初からオンラインや対面とオンライン併用での実施ありきで進められている状況があったといいます。なかには演出を詰め込みすぎて、やりたいことが掴みきれなくなっていた事例も。
そのような経験をふまえて、齋藤さんが問いかけるのは「オンラインの活用は、その企画にとって最適な方法かどうか検討されているか?」という企画づくりの根幹です。
イベントの開催形態は、対面、収録配信、ライブ配信など多岐にわたりますが、それぞれに得意・不得意や運営方法の相性があると、齋藤さんはいいます。オンラインの活用も、あくまで数ある「届け方の選択肢」のひとつに過ぎません。
だからこそ、いきなりやりたいことを詰め込むのではなく、まずは企画の主旨に立ち戻ること。そして、達成したい目的のために必要な手段を選ぶことが大切なのだと強調します。では、具体的にはどのように進めていけばよいのでしょうか。
齋藤さんは「やっていくうちにそれぞれのやり方が生まれてくると思う」と前置きしたうえで、映像コンテンツ制作の配信・収録のための段取りとして6つのポイントを挙げました。
① 主旨の優先順位を考える
企画において最も重要な目的や要素とは何か検討し、その優先順位を整理する。
例)詳細な情報伝達、アーカイブ性、広域性、社会状況に応答した即時性・即効性、視聴者の参加性(相互性・共同作業)、ライブ感、深度/専門性…など② 手段を考える
対面、収録配信、ライブ配信など、開催のかたちによって異なる特性や運営方法の相性があることを理解したうえで、①で整理した企画主旨に最適な手段を選択する。
③ 時期・場所・予算を考える
いつ頃に、全何回行うのか、会場として使える場所の特性、予算枠の上限など、今あるリソースでできることから企画の条件を明らかにする。
例)基本となる運営メンバーの構成(外部委託しない範囲)、準備・広報期間、会場環境(屋内外、ネット環境)…など④ 規模を考える
③で洗い出した条件をベースに、より詳細に企画の規模を検討する。
例)映像コンテンツの長さ、出演者の人数、演目・演出方法、二次公開の有無…など⑤ 運営メンバーを考える
企画において必須の役割とその担当者を検討し、まずは必要最小限で実現する方法を考えていく。そのうえで、基本の運営メンバーに加えて外部委託が必要かどうか、必要ならばどの役割を委託するか検討する。
⑥ スケジュールを考える
①〜⑤をふまえて、事前準備から当日、実施後までのタスクを洗い出し、スケジューリングする。
例)広報素材の用意、スライド資料の有無確認・用意、当日のテクリハ、記録の編集・公開…など
もちろん、すべての制作がこの段取りで進められるとは限りません。それでも齋藤さんは、こうしたポイントをおさえながら準備することで、運営メンバーのあいだで企画が目指すべき到達点を共有できるだけでなく、専門業者に外部委託する場合であっても、企画の目的に適したシステム設計を一緒に検討できるといいます。また、そのためにも要となるのが、全体を取り仕切る進行役の存在です。
講座では「舞台監督」に例えられましたが、映像コンテンツ制作の配信・収録の運営メンバーには、テクニカル担当とは別に、企画を俯瞰し、適宜必要な判断をする役割が重要です。
これは従来のプロジェクト運営にも通じる部分ですが、第3回で実施されたトークイベントでは、この進行役について具体的に深堀りしています。トークの様子はレポート【後編】のほか、Tokyo Art Research LabのYouTubeチャンネルにて映像が公開されているので、ぜひあわせてご視聴ください。
続いては「収録に必要な機材の操作方法と注意点」の解説です。
カメラ、マイク、照明、その他の機材について、基本的な扱い方から気をつけるべきことまで一つひとつ丁寧に紹介します。
内容はカメラの機構や専門用語にも及びますが、齋藤さんが「配信・映像にかかわる人々が、撮影にあたりどのようなことを気にかけているのか、そのこまやかさを共有できたら」というように、この講座で語られるのは教本に載るような知識・情報だけではありません。
事故を防ぐためのケーブルの取り回し方法や、出演者の気分を高める道具選びのコツなど、ひろく「プロジェクトを安全に、気持ちよく、チームで運営するために必要なこと」について、これまで齋藤さんが現場で培ってきた知見が共有されました。
こうした解説をふまえ、参加者は一眼レフカメラ、シネマカメラ、ハンディカメラの3種類のカメラに触れて、明るさを調整する3つの要素(絞り/シャッタースピード/ISO感度)の操作を中心に体験しました。
水平器の見かたや三脚の操作性の違いなど、実際に触れることで初めて得られる気づきも多く、参加者たちも楽しんでいる様子でした。
第2回のテーマは「配信に必要な機材操作と注意点」についてです。
まずはライブ配信のシステムについて、ハード面とソフトウェア面をあわせて確認しました。
その後、参加者たちは2グループに分かれて実技練習にうつります。
第3回に控えたトークイベントの練習も兼ねて、簡易なオンライントークイベント「昨日の夕飯、何食べた?」をメンバー内限定で配信。機材セッティングから配信・収録まで、ひととおりの流れに挑戦しました。
実はこの「昨日の夜ご飯」というトークテーマは、齋藤さんが現場でマイクチェックをする際、出演者にたずねる質問なのだといいます。誰もが考え込まずに答えられる話題だからこそ、自然な流れで出演者の声量を確認できるだけでなく場の緊張もほぐしてしまう、齋藤さんの人柄がにじむテクニックです。
ちょっとしたことではありますが、参加者からも笑みがこぼれ、お互いに指示や声をかけやすい雰囲気が生まれているようでした。
また、ライブ配信においては、事前のテクニカルリハで不具合が無かったとしても、配信映像では音がズレていた、といった問題が生じることも珍しくありません。
実際に練習でも「音声」がブツブツと途切れる事態が発生。そこで、齋藤さんが音に関する機材をたどりミキサーを確認すると、プラグの挿し込みが不十分な箇所を発見しました。順を追って原因を見つけ、適切な対応をする。ライブ配信の構造を理解していることで、トラブル発生時の対処だけでなく、機材の予備を用意するといった事前の備えも可能になります。
緊張感もあって現場はついピリピリしがちですが、技術的な対応をするひと、全体の進行を判断するひと、といった役割分担をお互いに理解することで、皆で考える、乗り越える、受け入れるという、チームでプロジェクトを安心して運営する土台がはぐくまれるのです。
技術的な知識だけでなく企画や運営に対する心構えを確認したところで、次回はいよいよ実践です。
レポート【後編】では、第3回の参加者の様子やトークイベントの内容をご紹介しています。ぜひ、あわせてご一読ください。
配信収録講座では、機材の操作方法に関するレクチャーだけでなく、映像コンテンツ制作の際に生じるコミュニケーションの必要性について取り上げました。はじめのシート[配信編・収録編]は、企画を立ち上げ実施するまでに必要なチェックポイントを確認できるツールです。以下の資料解説や、講座レポートと合わせてご活用ください。
*ウェブサイトからダウンロードを行い、エクセルでの使用を推奨します。プルダウン(項目の選択)はダウンロードするまでお使いになれません。エクセルが使えない場合、Googleが提供しているスプレッドシート等でもひらくことができます。
*PDF版を印刷し、記入しながら使うこともできます。
▶ 講座のレポートはこちら
「アートプロジェクトの担い手のための配信・収録講座」レポート【前編】
「アートプロジェクトの担い手のための配信・収録講座」レポート【後編】
ここでは、ツールに関する解説/映像コンテンツの制作手順や考え方をご紹介します。
「対面イベント」「収録配信イベント」「ライブ配信イベント」は、それぞれ得意なことが異なります。手段を検討する前に、まずは制作コンテンツの「実施主旨の優先順位」を考え、それに適した手段を検討します。流れとしては、以下を想定してみるといいでしょう。
また、優先順位の検討・確認を通してイベントの骨格を視覚化することで、コンテンツ制作に関わる内部スタッフだけでなく、外部委託者との円滑なイメージ共有を行なうことができます。
企画をつくる際に優先する項目として、例えば以下の1〜7などが考えられます。
優先したい項目に応じて、相性の良い実施手段を検討していきます。例えば1〜3を優先したいのであれば「収録配信」が向いており、3〜6であれば「ライブ配信」が、5〜7であれば「対面イベント」での実施が相性の良い手段となるでしょう。
一方で、それぞれの手段には相性の悪い項目があります。アーカイブ性の高い手段(収録映像)では、ライブ感との相性が良くありません。それを補うために、観客を入れたハイブリッド方式による収録も候補として考えられますが、スタッフ数の増大や現場で必要となるコミュニケーションが複雑化します。また、物理的な問題として登壇者と観客の間にカメラが設置されてしまうなど、会場構成も難しくなります。そのため、ハイブリッド方式ではなく収録方法を工夫してライブ感を補うことをおすすめします。
例えば、収録前に事前アンケートを募集し視聴者の参加性を補う。あるいは、収録会場に少数の鑑賞者役スタッフを入れ、「拍手」や「笑い声」など臨場感を感じさせるノイズを含めて収録することにより、ライブ性を補う方法などを検討してみましょう。
実施手段の検討後は、映像コンテンツの概要、使用会場の確認を行いましょう。例えば、あらかじめ確認すべき項目として以下をあげることができるでしょう。
また、事前に映像コンテンツを公開するプラットフォームの特性も確認しましょう。視聴料の有無や映像の質(解像度やクリアさ)によって、使用できるプラットフォームが変わります。
会場確認においては、抜け落ちやすい項目として「周辺の音環境」や「照明環境」があります。そうした情報(映像におけるノイズ)は現場にいる時には気づきにくいもの。ぜひ、会場確認の際にはスマートフォンなどを使って数分間動画を撮影し、映像を客観的に確認するようにしましょう。そうした環境や条件などを踏まえ、マイクの種類や補助照明の検討を行います。
以上を踏まえ「はじめのシート[配信編・収録編]」に企画内容をまとめ、実施規模を確認します。シートにまとめることで確認項目の漏れや、外部委託スタッフとのミーティングを円滑に行いながら、必要なスタッフ数や機材構成を検討することができます。企画の準備状況に応じて変更や追加項目が出た場合は、適宜修正を加え、現場の運営を安心・安全に進めるためのコミュニケーションツールとして活用していただければ幸いです。
アートプロジェクトとは、どんなものを指すのだろう?
アートプロジェクトには、どんな事例や議論があるのか?
そんな疑問を抱いたら、まずは『日本型アートプロジェクトの歴史と現在 1990年→2012年』がおすすめです。
本書の刊行準備をはじめた2010年当時、アートプロジェクトの全貌について語った書籍は、ほとんどありませんでした。そのため、東京藝術大学教授の熊倉純子さんを中心とした「アートプロジェクト研究会」が各地の実践者や研究者など21名と3年かけて議論を重ねました。
大きな特徴は、アートプロジェクトの歴史をたどり、定義を試みたことにあります。本書の冒頭では、アートプロジェクトを次のように説明しています。
アートプロジェクトとは、現代美術を中心に、1990年代以降日本各地で展開されている共創的芸術活動。作品展示にとどまらず、同時代の社会の中に入りこんで、個別の社会的事象と関わりながら展開される。既存の回路とは異なる接続/接触のきっかけとなることで、新たな芸術的/社会的文脈を創出する活動といえる。
①制作のプロセスを重視し、積極的に開示
②プロジェクトが実施される場やその社会的状況に応じた活動を行う、社会的な文脈としてのサイト・スペシフィック
③さまざまな波及効果を期待する、継続的な展開
④さまざまな属性の人びとが関わるコラボレーションと、それを誘発するコミュニケーション
⑤芸術以外の社会分野への関心や働きかけ
などの特徴を持つ。
その活動は、美術家たちが廃校・廃屋などで行う展覧会や拠点づくり、野外/まちなかでの作品展示や公演を行う芸術祭、コミュニティの課題を解決するための社会実験的な活動など、幅広い形で現れるものを指すようになりつつある。
この定義からは、アートプロジェクトの現場では、さまざまな属性をもった人たちが、まちなかのあらゆる場所を使い、社会の多様な分野とのアートを介した接点づくりをしている姿が思い描けるかと思います。
本書は、アートプロジェクトの定義や歴史の振り返りからはじまり、ケーススタディとして大学、オルタナティブな場、美術館、まちづくり、スタッフ、社会、企業、アーティスト、⒊11以降の動きといった切り口での議論を収録しています。もくじを眺めるだけでも、その活動の広がりに触れることができます。まずは気になるトピックから、拾い読みをしてみるのもいいかもしれません。
『日本型アートプロジェクトの歴史と現在 1990年→2012年』の発刊後には、その続編として『続・日本型アートプロジェクトの歴史と現在 1990年→2012年(前編)』と『続・日本型アートプロジェクトの歴史と現在 1990年→2012年(後編)』の2冊があります。前著と同じトピックを、異なるゲストとともに議論を深めたものです。
この3冊を読めば、アートプロジェクトの輪郭が掴めてくるはずでしょう。ただし、内容が充実している分だけ、量も多いのが難点。まずは議論の全体像を確認しておきたい場合は、要約版を収録した『「日本型アートプロジェクトの歴史と現在 1990年→2012年」補遺』が役立ちます。
熊倉純子さんの書き下ろし「アートプロジェクトの美的・社会的価値についての考察」、戦後日本の芸術活動を専門とするジャスティン・ジェスティさんの特別寄稿「アートプロジェクト:日本の現代アートにおける新たな公共性の文脈」も収録。これらの論考からは、現代アートの議論におけるアートプロジェクトの論点や、国際的な潮流のなかでの位置づけを確認することができます。
実践者は、アートプロジェクトをどう捉えているのでしょうか?
『アートプロジェクトの0123』はArt Center Ongoingの小川希さんの講座を書籍化したものです。0123は「オイッチニーサン」と読みます。アートプロジェクトの運営の準備運動をするための入門書としてつくられたものです。
「まず、アートのプロジェクトなのだから、アートそれ自体の歴史を知らなければお話になりません」。そんな小川さんの言葉に導かれ、第一章は「アートの歴史・アートの概念を学ぶ」ことからはじまります。コンセプチュアル・アートの登場から、映像や絵画表現の現在までの変化といった現代美術の流れや、作品と結びついた社会的なトピックの解説を収録。そして、第二章では、現在活躍するアーティストの作品も紹介されています。
第三章では「文章力」と「コーディネート力」をテーマとしたゲストレクチャーの様子が収録されています。アートプロジェクトの実践において「欠かすことのできないスキル」として「アートを言葉で綴ること」「アートで場を紡ぐこと」のノウハウを学ぶことができます。
第四章は、ディレクター3人の体験談です。そのなかで数々のアートプロジェクトを手掛けたP3 art and environmentの芹沢高志さんはアートプロジェクトを「たった一人ではできない」ものと語っています。これは小川さんが本書の冒頭で「共に走る隣人の声に耳を傾ける姿勢を身につけましょう」と語りかけていることとつながっています。アートプロジェクトにおいては、その運営においても、さまざまな分野や属性の人たちと「ともに」つくり上げていくことが求められていることがわかります。
小川さんは、中央線沿線を舞台とした「TERATOTERA」のディレクターを務めていました。TERATOTERAは、ボランティアスタッフ「テラッコ/TERACCO」を中心として、プロジェクトを展開したことが特徴でした。10年間の活動をまとめた記録集『TERATOTERA 2010→2020』の副題は「ボランティアが創ったアートプロジェクト」。プロジェクトの記録だけでなく、多数のテラッコの言葉を収録することで、本書を通して躍動感あふれるテラッコたちの動きを知ることができます。さまざまな人たちがかかわるアートプロジェクトにおいて、メンバー同士が、それぞれの役割を超えたフラットな関係を築くことが醍醐味であることがわかることでしょう。
アーティストは、どのようにアートプロジェクトを捉えているのでしょうか?
『「思索雑感/Image Trash」2004-2015ー校正用ノート』は、美術家の藤浩志さんが書き留めてきたブログ記事を一冊にまとめた本です。藤さんは各地のアートプロジェクトにアーティストとして参加していますが、自らも含めて表現活動をするときの関心が「70年代『平面と立体」→80年代『空間」→90年代『場」→00年『システム」」と移り変わってきたのではないかということを指摘しています。
僕が大学に入学した70年代後半はまだ「立体と平面」や「具象と抽象」の問題をいじる先輩たちが多く、その問題から「空間」の問題へと興味が移行しつつある時期だったような気がする。
80年代インスタレーション作家が多発し、僕もインスタレーション作家というレッテルを貼られ、それから逃れようともがいた時期もあった。
そのうち、「空間」をいじる延長で「場」の問題が輸入される。それが90年前後。
どちらかというと僕自身も、「場と空間」の認識に翻弄され、違和感に向き合いながら、極めてまじめに動いた結果、見えてきたのが地域社会の「システム」の問題。
同時にコンピュータとインターネットの普及により、OSという概念を含むシステムという考え方が急激に変化したのも90年代半ばで、いろいろなあり方が急激に変化していった時期と重なる……。
僕自身、地域に内在するシステムに関わる表現に興味を持ち始めたのが95、96年ごろであるが、2000年あたりから、「場」というよりは「システムや仕組み」をいじり、地域社会に介入しようとするタイプの表現が見えるようになってきたと思っている。
「056 70年代「平面と立体」→80年代「空間」→90年代「場」→00年「システム」……とか?─ 2009-12-19─23:06」
ここまで見てきたようなアートプロジェクトのありかたと重なっていることがわかると思います。藤さんは、不要になったおもちゃを使ってこどもたちが主体的に遊びをつくる仕組みである「かえっこ/kaekko」を考案するなど、さまざまな人たちが活動を生み出す「OS」づくりを行っています。こうしたアーティストの表現の変化からも、アートプロジェクトが現在の姿になった経緯を見ることができます。
さて、ここまで読めば、アートプロジェクトがどんなものであるかが掴めてきたのではないでしょうか?
2022年に公開した動画シリーズ「アートプロジェクトと社会を紐解く5つの視点」と「ケーススタディ・ファイル」では、最新のアートプロジェクトについての議論や事例を知ることができます。ぜひ、こちらもご覧になってみてください。
アートプロジェクトの運営をはじめるときには、まずプロセスの全体像を把握することが有効です。どんな作業が発生するのか? その手順を確認するには『アートプロジェクトの運営ガイドライン 運用版』が役立ちます。
本書ではアートプロジェクトの運営を、ブレーンストーミングからはじまり、検証・評価へつながっていく円で表現しています。
さらにそれぞれのプロセスを次の15のステップに分けて説明し、実践に使えるチェックリストやワンポイントの解説が付いています。
この15のステップを見通すと「実施」は、わずかに2ステップにすぎないことがわかります。アートプロジェクトの実施を充実したものとするためには、その前後の準備が大事になることを示しています。
著者であるアート・コーディネーターの帆足亜紀さんは、アートプロジェクトの運営は「高い視点から360度をぐるっと見渡しながら、プロジェクトを推進していくことが理想」だと語り、その進行状況を確認する「ルートマップ」として本書をつくりました。付録には「運営ガイドラインマップ」もあります。本書を使いながら、アートプロジェクトの運営をしてみるのもおすすめです。
より具体的に、それぞれの運営プロセスをイメージしてみたい人は『アートプロジェクトの現場で使える27の技術』を手にとってみてください。本書は『アートプロジェクトの運営ガイドライン』に掲載された運営サイクルにのっとりながら、その過程で求められる作業を実例やコツとともに紐解いています。運営の「技術」を学ぶレクチャーから生まれた本であるため、まるで講師の語りを聞くように読み通せるかと思います。
また、アートプロジェクトの運営は、さまざまな役割の人たちと「ともに」動かすものです。忙しい現場では、なかなかプロジェクトメンバー同士で運営について議論がしづらいのも実情だと思います。『東京アートポイント計画が、アートプロジェクトを運営する「事務局」と話すときのことば。の本 <増補版>』は、55の「ことば」から、息の長いアートプロジェクトを生み出すためにこころに留めておくべき視点を収録しています。プロジェクトメンバーと一緒に本書のことばを拾いながら、自分たちのプロジェクトの運営について語り合うのもいいのではないでしょうか。
『アートプロジェクトの運営ガイドライン』に掲載されている運営サイクルの図では、「検証・評価」から伸びた矢印の上に「連続性・持続性」という言葉が書かれています。ひとつのプロジェクトの実施が終わり、検証と評価を行った「出口」は、次のプロジェクトの構想となる「入口」につながっている。図が「円」であったことの理由は、ひとつの実践は、また別の実践へとつながり、その先には活動の継続性という課題が現れてくることを示していました。
この継続性という課題を考えるために『運営ガイドライン』の副読本として、帆足さんは『組織から考える継続する仕組み』を制作しています。帆足さんは、自身の現場であった「プロジェクトの出口に立ったとき、次の入口で渡すはずのバトンがみつからない」という経験から「組織」という問題意識を考えはじめたといいます。
本書には、前述のような帆足さんの経験と日本のアートを取り巻く環境の変化、そして、そこから見出した「思考と実践ノート」、5人の実践者の「継続のための戦略」を収録。すでにアートプロジェクトの運営に携わっている人や、少し長い目でアートプロジェクトの実践を眺めてみたい方におすすめです。
アートプロジェクトを続けていくことは、その担い手の「働き方」を考えることでもあります。『働き方の育て方 アートの現場で共通認識をつくる』は、立場やスキル、経験の異なる4名の実践者が「“幸せな現場”を実現するためには何が必要か?」と2年の時間をかけて議論を重ねた成果が収録されています。
ここまで紹介してきた書籍をつくってきた帆足さん、アーティスト/コミュニティ・デザイナーの菊池宏子さん、プロジェクト・コーディネーター/プランナーの若林朋子さん、公認会計士・税理士の山内真理さんが相手やトピックを変えながら話した7つの対話、そして現場を担う人たちの間で「共通認識をつくるための言葉」として15の項目が紹介されています。よりよい実践をつくるための視点や、立場の異なる人たちとコミュニケーションをとるうえで必要となる基本的な知識を学ぶことができる一冊です。
アートプロジェクトの運営の現場は、どのような担い手によって支えられているのか? その働き方は多様で、ひとつのロールモデルを描くことが難しい職種でもあります。アートプロジェクトを動かす担い手づくりを目指した「思考と技術の対話の学校」では、現場で働く人たちの経歴や経験、技術について話を聞く「仕事を知る」というシリーズを行っていました。その3年間の講義録では、延べ28人の実践者のレクチャーを読むことができます。もくじに並んだ肩書を眺めるだけでも、その仕事の多様さが理解できるかと思います。それは、いろいろな立場やスキルをもった人たちが、アートプロジェクトの運営にかかわる余地があるということでもあります。
アートプロジェクトの運営には、必要な作業など全体を俯瞰的にみる視点と、その試みを社会に定着させていくための継続性が求められます。それを実現していくための一助として、ここまで紹介した本を、ぜひ活用してみてください。
東京アートポイント計画では、地域社会を担うNPOと都内のさまざまな地域でアートプロジェクトを行っています。ウェブサイトからは、現在進行形で動いている各プロジェクトの情報へアクセスすることができます。また、NPO同士の横のつながりをつくる「事務局による事務局のためのジムのような勉強会」(通称:ジムジム会)では、いまどんなことを悩んでいるのかも垣間見えるかと思います。ご自身の経験を振り返ったり、これから新たな現場に飛びこんでみたりするきっかけに使ってみてください。
アートプロジェクトを続けるほどに増えていくのが、記録です。最近では、そのほとんどがデジタルデータになり、量も膨大になりました。それをあとから整理するのは大変な作業です。だからこそ、先回りして、早くに取り組んでおきたい。でも、どうやってやればいいのでしょう?
まずは『アート・アーカイブの便利帖』を手に取ってみることをおすすめします。本書は、アートプロジェクトのアーカイブに役立つノウハウをまとめた入門書です。アーカイブをはじめるための準備から「作成→整理・保管→共有」という基本的な作業の流れ、具体的なシーンに合わせたヒントを収録。資料の名前の付け方や、保管方法など自分たちの現場をイメージしたり、実際に使ったりしながらアーカイブづくりができます。
あらためて、アーカイブをするメリットとは何なのでしょうか? 本書では以下の3つを挙げています。
・記録を整理することで業務の「効率化」をはかること
・記録を活用し、「対外効果&対策」に役立て、社会的な信頼性を高める
・記録によって共有知識を蓄積し、「人材育成」に役立てる
いずれも活動を続けていくために必要な要素といえるでしょう。アートプロジェクトの運営で発生する記録をアーカイブ化していくことは、活動の継続性を裏支えするものとなります。
本書のなかで何度も繰り返されているのは、アーカイブはプロジェクトのメンバー「全員」で取り組むことだということです。自分たちにとって何が大事な記録なのか、どのようなルールで残していくか、どのように活用していくのか。アーカイブの作業を通して、議論を重ねることは、プロジェクトの目的や活動を共有していくプロセスにもなることでしょう。
『アート・アーカイブの便利帖』を読み通したあとに、手を動かすときは『アート・アーカイブ・キット』も役立ちます。どのようなワークフローで進めればいいのか? どのタイミングで、どのような記録が発生するのか? そんな問いかけを自分なりに整理するための見取り図となる進行表や業務分類表などが収められています。
もっとアーカイブのことを深く知りたいと思った人には『アート・アーカイブ・ガイドブック β版』があります。『アート・アーカイブ・キット』や『便利帖』は本書のエッセンスを使いやすく、簡便にまとめていくなかで生まれたものでした。じっくりとアーカイブを考えるために、併せて読んでみるのもいいと思います。
ここまで見てきたように、アーカイブとは、記録を整理し、さまざまな人が使えるものに変えていくことです。プロジェクトを「実施する」のとは、異なる技術や担い手が必要になります。それは「アーカイブする」ことを、ひとつのプロジェクトへと拡張していくことにもつながっています。
『記録と調査のプロジェクト「船は種」に関する活動記録と検証報告』は、記録や調査を専門とするメンバーが、「種は船」という進行中のアートプロジェクトに伴走した試みをまとめたものです。実施メンバーとは別に、記録に特化したチームがいることでプロジェクトにかかわる多くの人たちの「声」や、さまざまな記録が残されました。
「船は種」の翌年には、同様の試みとして『地域におけるアートプロジェクトのインパクトリサーチ 「莇平の事例研究」活動記録と検証報告 概要版』が制作されました。10年にわたって続いてきたプロジェクトの記録を残すことは、プロジェクトの意義や価値を確認する作業につながりました。記録を増やすことは、新たな視点でプロジェクトを評価することにもなっていきます。
『三宅島大学誌』は「三宅島大学」というプロジェクトが終わったあとに、活動を「振り返る」ことをプロジェクト化した一冊です。プロジェクトの設計思想、関係者インタビューやクロストークの記録、伊豆三島の比較調査など「三宅島大学」という取り組みの記録と検証が複数の視点からなされています。
アートプロジェクトを企画し、運営していくプロセスにアーカイブを位置づけていくことは大事なことですが、なかなか手が回らないのも事実かと思います。そんなとき、異なるスキルをもった人たちとチームを組んだり、アーカイブそのものをプロジェクトとして立ち上げたりすることも、ひとつの手になると思います。
アーカイブはプロジェクトの持続性を支える大切な活動です。その記録があることで、プロジェクトの価値をより多くの人たちに届ける可能性もひらけることでしょう。アーカイブこそ、続けていくことで意味が生まれてくるもの。だからこそ、自分たちなりに続けていける方法を探していくことも大事になってきます。
『ノコノコスコープ のこすことのあそびかた』では「定点、固定、ズームなし」といった簡単な映像撮影のルールを使うことで、記録を残していく手法を提案しています。
また、2022年度からはアーカイブのノウハウや、さまざまな担い手の人たちの取り組みを紹介する動画シリーズ「Art Archive Online(AAO)」も配信しています。
ぜひ、ここまで紹介してきたコンテンツを見て、読んで、使って、アーカイブに取り組んでみてください。
いまを生きる社会をどのように捉えればいいのだろうか? アートは、どのようなアプローチがとれるのだろうか? まちなかを活動の起点とするアートプロジェクトは、社会のいろいろな分野や立場の人たちとかかわるなかで、常にこうした問いかけにさらされています。プロジェクトを仕掛け、実践することで社会の変化に応答していくためには、常に自らの視点や思考を更新していくことが必要になります。
『氾濫原のautonomy|自己生成するデザイン』にはNPO法人アートフル・アクション!事務局長の宮下美穂さんが12年にわたる「小金井アートフル・アクション!」の実践で獲得した「気づき」を振り返り、より深めるために交わした5名との対話を収録しています。
「答えの出ないことを、どのように持ちこたえるのか」「結び直すこと、つなぎ直すこと」「日常生活を礼拝にすること 問題は向こう側にはない」「呼応することと、応答する力 作用としての場」「ほどく――緩やかなつながりの中に解体し、飛び火し、更新していくこと、照らし合うことの可能性」。それぞれの対話のタイトルを拾うだけでも、宮下さんが示す問いかけの深さを感じられるかと思います。
最終章は、本書の解題ともなる宮下さんの書き下ろしです。
一人ひとりの中で、あるいは人々の中で何かが生成されてくる過程そのものに内在する、ある種の抜き差しならない必然の回路がデザインで、その中には、それぞれの人の過去や未来も包含されているのではないかと思います。
その回路が機能する時、手先のことというよりも、経験のブリコラージュのようなものとして、複数の人々の中で互いの経験が自治/autonomy的に創発し合う状況が発動し、そして機能することを自己生成のデザインと考えたいと思います。一人ぼっちでもなく、集団、でもなく、一人ひとりの回路の発動が、隣にいるその人とのずれや齟齬を伴いつつ共創するということです。
最終章のこの言葉に行き着くまでに、どのような応答がなされたのか? ぜひ、本書を手に取って読み解いてみてください。
その後のNPO法人アートフル・アクションの実践の一部は『わたしの気になること 「多摩の未来の地勢図をともに描く」ワークショップ記録 レクチャー編/フィールドワーク編』で読むことができます。
『いま「合奏」は可能か? 心・技・体を整えて広場にのぞむために』は、数々の音楽に関するプロジェクトをディレクションしてきたVINYLSOYUZ LLC/NPO法人トッピングイーストの清宮陵一さんを中心にまとめたインタビュー集です。「公共空間を営みの場所として取り戻すには?」。本書のスタート地点となる問いに答えるために、清宮さんは「音楽、ひいては芸術活動は必要不可欠な要素である」といいます。一方で「音楽という形のないものが公共空間で鳴らされることには不安を招く側面もたしかにありうる」とし、「安全性や健全さを過剰に求める社会においては、一見よくわからない芸術活動は“ノイズ”として真っ先に除去される」ものだと続け、本書の内容を次のように記しています。
本書は、イベント制作者や文化行政担当者など、さまざまな立場で芸術活動を自ら行なったり芸術活動をサポートしていったりする人たちを対象に、その実践の過程でどうすれば心が安らぎ、技が磨かれ、体のバランスを保てるのか―ある種人間の根源的な部分を、法律、まちづくり、医療、宗教、音響といった多分野にわたるスペシャリストにインタビューし、そうした活動のベースを支えうる「提言書」としてまとめたものである。
それぞれのインタビューの冒頭に掲げられた言葉を拾って読むだけでも、本書がどのような「提言」をしているかを垣間見ることができると思います。「“どんな未来をつくるべきか”という“そもそも”の視点で、ルールや仕組みを改善していく」「“トライアル”によって何が起こるのかを可視化してみて、その風景を共通言語に空間を共につくっていく」「相手の心の来歴を知り、自分との関係性の“いま”を把握しながら当事者へと巻き込んでいく」「子どもの頃の音の原体験の中に“よりよく生きる”ための対話の接点を見つけ出していく」「その人に取って、本質的なものとは何か、そのことだけを目的にして音楽にも集中していく」。どれもがこれからの実践を後押しするような具体的で力強い言葉です。その提言は、音楽に限らず、「まち」をフィールドに多様な人が集まる「広場」をつくろうとする活動にとって役立つものとなるでしょう。
『芸術祭ノート』は、写真家の港千尋さんが、あいちトリエンナーレ2016の芸術監督を務めた経験をもとに執筆した本です。本書にはプロキシミティ、スタイル、マイクロヒストリー、リアセンブリングなど現在の社会のあり方を考えるためのキーワードが語られています。また、次のような実践的なエピソードも紹介されています。
言葉をモノとして作ることは、コミュニケーションの手段でもある。あいちトリエンナーレ2016ではテーマとコンセプトが決まった段階で、冊子を作ってみた。まだアーティストが決まる以前の、キュレーターチームが集まりはじめた段階である。目的は『虹のキャラバンサライーー創造する人間の旅』というテーマをヴィジュアルで伝えるようなツールを作ることだった。記者会見で配布するだけでなく、アーティストやスタッフに配るための、最初の印刷物である。あえて大判にして写真を大きく扱い、そこにテーマにまつわるさまざまな本からの引用を載せた。コンセプトを理屈で説明するよりも、視覚的聴覚的に感じてもらいたいと思った。その時点ではまだディレクション、キュレーション、デザインはほとんど初顔合わせだったが、その編集プロセスを通じてコミュニケーションが頻繁に行われ、短期間で作ることが出来た。紙の媒体は対外的な説明のツールとしてだけでなく、新しいチームの創成のために役立ったように思う。
本書は、港さんからの引き継ぎ書のように、「これから」の実践をつくるための考え方や手法が散りばめられています。読んで、考えて、それを誰かと話してみる。そして、自分だったらどうするかと次の実践を構想する材料として使ってみるのもいいかもしれません。
港さんが編集長を務めた機関紙『ART BRIDGE』を併せて読むのもおすすめです。
社会のさまざまな分野とかかわっていくことは、そう容易なことではありません。異なるバックグラウンドをもった人たちと実践をつくるためには、互いのもっているものを出し合うだけでなく、両者を行き来するような言葉をもつことも求められます。
Tokyo Art Research Lab(TARL)での対談シリーズ「思考を深める/想像を広げる」では、アートプロジェクトの実践者と他分野・他領域のゲストが対話を行いました。3年間の活動記録は、3冊の講義録に収められています。
アジア、場所、生と死、公と私、音/音楽、セクシャリティ――毎回、異なるテーマを掲げ、全18回、のべ56名が語り合いました。ゲスト同士は、その場で初めて出会う方も多く、互いに言葉を探しながら議論を重ねた記録にもなっています。どのように議論が進んだのか、というところも読みどころです。そして、対話を読んで気になったゲストの著書や、その後の実践を追ってみるのもおすすめです。
また、TARLのYouTubeチャンネルでは、P3 art and environment統括ディレクターの芹沢高志さんをナビゲーターとした対談シリーズ「アートプロジェクトと社会を紐解く5つの視点」など、アートプロジェクトと社会にかかわる最新の議論を収めた動画もアップしています。
ここで紹介した本や動画は、このウェブサイトでは「思考の種」というキーワードに入っています。このキーワードから新たなコンテンツに出会うこともできます。こちらからも、ぜひチェックしてみてください。
視覚言語(日本の手話)で話すろう者・難聴者・CODA(ろう者の親をもつ聴者)が主体となり、異なる身体性や感覚世界をもつ人々とともに、自らの感覚や言語を起点にコミュニケーションを創発する場をつくるプロジェクト。手話を通じて育まれてきた文化を見つめ直し、それらを巡る視点や言葉を辿りながら、多様な背景をもつ人々が、それぞれの文化の異なりを認め合うための環境づくりを目指している。
めとてラボでは、誰もが「わたし」を起点にできる共創的な場づくりを目指し、その環境や仕組み、空間設計などを含めた幅広い視点からのリサーチを続けている。また、活動のなかでさまざまな専門家や実践者と出会い、ヒアリングやディスカッションを通して視覚言語やろう文化を複数の視点から捉え直すことで、これからの活動にとって必要な取り組みを発見しながら実験を重ねている。
2022年度は、拠点づくりのためのリサーチと、手話通訳環境の整備と技術やツールの開発を目指す「つなぐラボ」を行った。自らの身体や言語を見つめ、それに合う空間を設計していくことは、それらを肯定していくプロセスでもある。拠点づくりでは、“ろう者の身体感覚や手話言語からなる、会話空間を起点とした空間設計があるのではないか”という視点から、アメリカにあるろう者のための大学・ギャローデット大学の取り組みから生まれた「デフ・スペース」に着目。国内にあるデフスペースを再発見すべく、拠点や文化施設、各地域のろうコミュニティのリサーチのため、福島、長野、愛知を訪れた。2023年度には米・ギャローデット大学と筑波技術大学大学院にてデフスペースデザインの研究をしていた福島愛未を招いたイベントを行ったほか、一般社団法人日本ろう芸術協会とともに西日暮里に新たな拠点「5005(ごーまるまるごー)」をオープン。内装や什器の設計においても、デフスペースリサーチで得た知見を取り入れている。
2024年度には「5005開放日」を開始。毎月3日間ほど誰もが来られる日を設定し、ワークショップや勉強会なども同時に行ったほか、年度末には展覧会「DeafSpace Design ろう者の身体×家」を開催。写真や映像の展示、トークなどを通して、空間を見渡せる吹き抜けの構造や、工夫された照明の配置など、「見る」ことを中心にデザインされたデフスペースの特徴を紹介した。
手話は視覚を起点としている言語で、音声言語は聴覚を起点としている。そこには、視覚と聴覚のそれぞれからなる言語体系ゆえのリズムや、対話の重なり方、空間の使い方などさまざまなズレが生じる。このズレを意識しながら、いかに共創へと接続するかを模索していくために、手話通訳の現場においてどのようなルールや条件、進め方のリズムが必要なのかを探究し、技術やツール開発を行う「つなぐラボ」を開始した。異なる文化や感覚の間をどのようにつないでいくのかを検討するため、手話通訳者だけではなく、さまざまな言語間の通訳者、翻訳者にヒアリングを行っている。
また、暮らしのなかにある手話をどのように継承し、保存していくのかという観点から、各地に残る地域特有の手話言語のリサーチや、暮らしのなかにある手話の記憶・記録をアーカイブするための取り組みも実施。ろう者の家庭で撮影されたホームビデオを鑑賞しながら対話を行う「ホームビデオ鑑賞会」では、聴者とろう者がともに集い、ホームビデオを見ながらの対話を通して、ろう者の暮らしのなかにある文化や時代の変遷に考えを巡らせている。2024年度にはホームビデオを一般公募するなど、プログラムの運営やかかわりをひらく取り組みも実施。また、こどもの遊ぶ様子を映像で記録し、遊びが生まれる背景を研究する「アソビバ」プロジェクトもはじまっている。