「手話と出会う。」オリジナル映像教材を活用したオンライン講座

手話でのコミュニケーションの基礎とろう文化を学ぶ「アートプロジェクトの担い手のための手話講座」。

3ステップで通年開催される講座のひとつ「手話と出会う。」が2022年9月、オンライン講座として開かれた。

講師は、俳優/手話・身体表現ワークショップ講師の河合祐三子さん、手話通訳は、瀬戸口裕子さん。ステップ2の講座の様子を、実際に手話講座に立ち会った企画者の視点からご紹介する。

映像プログラムによる個人学習とオンライン講座での実践

ステップ2は、2021年度に制作・公開した「映像プログラム|手話と出会うアートプロジェクトの担い手のための手話講座」を教材に、オンラインで手話でのコミュニケーションの基礎を学ぶ講座だ。参加者は、事前に映像プログラムを視聴して個人学習を行い、毎週木曜日に開講されるオンライン講座に参加。アートに関わる手話単語だけでなく、ろう者と聴者のコミュニケーションの違いなど、ろう文化にも触れる時間となった。

9月1日(木)第1回 手話の基礎表現を学ぼう

第1回で学んだのは、自分の名前の表し方、時間・数字・曜日の表現について。例えば、名前に含まれる山、川、谷、木、田など、そのものの形から手話表現が生まれているものがあることや、本や寺など動作から手話表現が生まれているものがあるといった、手話言語の成り立ちについても学習する時間となった。

数字の「0(ゼロ)」と英語の「O(オー)」は似ている。その違いは数字の「0」は手の形を少しだけ震わせるといった違いがあることや、手話で表す際、利き手は動きが多く、非利き手はあまり動かさないといった解説など、個人学習ではなかなか気づけないポイントをオンライン講座では補足し解説した。

9月8日(木)第2回 自分のことを伝えてみよう

第2回は、音声言語を使わないサイレントな状態で河合さんが参加者の名前を呼び、参加者(名前を呼ばれた人)は前回の復習を兼ねて「私は〇〇です」と手話で自己紹介する時間からスタート。さらに、手話で足し算、引き算、掛け算、割り算の問題を出し合って答えるゲームをしながら数字の表し方を復習した。また、講座のなかで河合さん自身の経験やろう者の学習環境についても共有があった。

河合さん「私は幼い頃、掛け算などは先生の『口形』を見て覚えました。だから、『7(しち)』や『4(し)』など口形が似ているものは読み取るのが難しくて不安になって、算数に苦手意識があります。現在のこどもたちは、手話で学習できているのでうらやましいです」

続いて、ろう者とのコミュニケーションにおいて大切な、反応を示すこと、YES/NOの示し方について学習。「いいえ」や「NO」を示すときの首振りや、感情の度合いの表し方など、NMM(非手指要素)についても一つひとつ練習した。例えば、星1つのときの「嬉しい(=そんなに嬉しくない表情と動作)」、星3つのときの「嬉しい!」や星5つの「とっても嬉しい!!」では、星が増えるごとに手話のスピードが速く強く表現され、顔の表情も目が大きく見開いたり、眉や肩が上がったりなどの変化が出てくる。

この日は、最後に色の手話表現を学んだ。「あなたの好きな色はなんですか?/あなたの嫌いな色はなんですか?」というやりとりを河合さんと参加者で行い、「好き/嫌い」を伝える練習を行った。

9月15日(木)第3回 仕事のことを伝えてみよう

第3回は、職業・役割の表し方について学習。事務、広報、企画、編集、アート、イベントなどアートに関係する仕事はどのように表せばいいのか具体的に学んでいった。手話では「美術」+「場所(または建物)」で「美術館」と表すなど、「〇〇+場所」「〇〇+担当」「〇〇+人」というように、組み合わせて表現できる。

次に、学んだ手話を使って、実際に参加者と河合さんで仕事に関する会話のやりとりをしてみた。「あなたの仕事はなんですか?」と河合さんが質問し、参加者の1人が手話で答える。それをもう1人の参加者は読み取り、相手の仕事について再度手話で表現する。

この回では、自分のことを伝えるだけでなく、相手の手話をしっかりと見て、理解し、確認する練習を行うことができた。

9月22日(木)第4回 CL表現(描写的表現)を学ぼう

第4回は、はじめに前回の振り返りと、河合さんからろう者と会話をするときのアドバイスがあった。

河合さん「まずは、相手の目を見ること。次に、相手の言っていることがわからないときは、はっきりと『わからない』ことを伝えてください。それは失礼なことではありません。他にも『ちょっと待ってください』『もう少しゆっくり表してください』『それは何ですか?』など、確認してコミュニケーションすることが大切です。ろう者は確認し、納得してコミュニケーションを進めるという文化があります」

続いて、目で見たままを伝えるということや、さまざまなCL表現(描写的表現)について学習した。

河合さん「CL表現とは、『Classifier(類辞)』という意味です。木や鉛筆など『細長いもの』を数えるときは1本、2本と数えますね。紙やお皿など『薄いもの』を数えるときは1枚、2枚、本のような『厚みのあるもの』は1冊、2冊というように、こうした類別詞を手話では『手形』で表します。CLには形を表現する『実体CL』と動きを表現する『操作CL』があります」

実は、今年度開催した手話講座のステップ1では参加者たちと伝達ゲームを行ったが、そのとき行っていたのもCL表現だった。

ピンポン玉とバランスボール、水玉模様やストライプ柄、さまざまなグラスの形、行列、ギャラリーの壁に絵が飾られている様子など、イラストに描かれたものを見たまま表す練習や、瓶からコップに牛乳を注ぐ動画を見て、その質感や質量、状態を表す練習を行った。

物の形、大きさ、動きや位置、見たままを表すことは、手形だけではなくNMMが重要になってくることを実感した回だった。

9月29日(木)第5回 間違いやすいポイントを知ろう

最終回は、再び音声言語を使わないサイレントな状態で、河合さんと2、3人のグループで会話の練習を行った。参加者は、お互いに助け合って河合さんとコミュニケーションしても良いという設定で行われた。

これまでステップ2で学習してきた「YES/NO」や「わかる/わからない」の反応をはっきりと示すこと、NMMや度合いを会話のなかで行ってみる。わからない手話表現や単語があったときは筆談も使いながら、「あなたの趣味は何ですか?」「どんな映画を見ますか?」「今日はもう晩御飯を食べましたか?」などの日常会話の練習を行った。会話のなかで、「ちょっと待ってください。それは何ですか?」「わからないです。もう一度お願いします」と自然と確認し合う参加者の様子があった。

最後に、参加者との会話をふまえて河合さんからアドバイスがあった。

河合さん「うーん、と考えているときは、『ちょっと待ってください。今、考えています』ということも示すのが良いです。そうした反応がないと、ろう者は、相手が考えている状態なのか、それともわからない状態なのか、どっちなのだろうと心配になるんですね。自分の状態も相手にはっきりと伝える、それも大切なポイントです」

ろう者とのコミュニケーションでは、自分の意思や状態も具体的に伝える必要があること、その重要性に改めて気づく最終回だった。

コミュニケーションとは、一方的に行うものではない。相手の様子を見て、自分の意思や状態を伝え、お互いに確認し合いながら会話を重ねていくもの。人と人が出会い、お互いの感覚の違いを認めながら、諦めずに伝え合う行為だと思う。

ステップ2「手話と出会う。」では、各回で映像プログラムの内容や前回実施した内容を復習し学習を深めるだけでなく、繰り返し繰り返し手話表現の表し方や、音声言語に頼らない状況をつくり手話での会話練習を重ねてきた。限られた時間ではあったが、手話での会話、ろう者とコミュニケーションするときの身体感覚を少しでも掴んでもらえていたなら嬉しい。

視覚身体言語である手話は、目で見て、繰り返し、繰り返し身体を使って学ぶ必要がある。だから、参加者のみなさんにも、引き続き「映像プログラム」も活用いただきながら学習を重ねてみてほしい。さらに、各地のアートプロジェクトの担い手の方々にも、この「映像プログラム」が「手話と出会う」きっかけや、アートプロジェクトのアクセシビリティを考える一助となることを願っている。

私も引き続き、手話でのコミュニケーションやろう文化について知り、学び、アートプロジェクトの現場で実践を重ねていこうと思う。

(執筆・編集:嘉原妙/撮影:齋藤彰英

関連情報

ステップ1「ろう者の感覚を知る、手話を体験する」レポート

東京アートポイント計画 ウェブサイト(2022年度〜)

地域社会を担うNPOとともにアートプロジェクトを実践する「東京アートポイント計画」のウェブサイトです。

このウェブサイトでは、東京アートポイント計画で共催してきた「プロジェクト」や関連資料を紹介しています。また、国際的な事業発信に向けて「英語ページ」を制作しました。

Tokyo Art Research Lab ウェブサイト(2022年度〜)

アートプロジェクトの担い手のためのプラットフォーム「Tokyo Art Research Lab(TARL)」のウェブサイトです。

TARLで取り組む「プロジェクト」や、そこから生まれた書籍や映像などの「資料」、それらのつくり手となったさまざまな専門性をもつ「ひとびと」の一覧を公開しています。プロジェクトと資料は、アートマネジメントの知見や時代に応答するテーマ、これまでの歩みなどの「キーワード」から検索することができます。

「アートプロジェクトの担い手のための配信・収録講座」レポート【後編】

レポート【前編】では、第1回と第2回の様子をお届けしました。続く【後編】では、第3回に実施したトークイベントの様子や内容とあわせて、講座を通じて制作した配信・収録のためのチェックツール「はじめのシート」をご紹介します。

トークイベントの配信に挑戦

最終回となる第3回は、講座参加者によるトークイベントの実践です。講師の齋藤彰英さんと、ゲストに「STUDIO302」の設計・施工を手がけたいわさわたかしさんを迎え、「やってみよう!はじめてのライブ配信!!」と題した40分程度のトークイベントを、メンバー内限定の公開で配信・収録しました。

出演者は左から、講師の齋藤さん、ゲストのいわさわさん、司会の櫻井さん(アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー)。

トークは2部構成がとられ、参加者も前半・後半の2グループに分かれて、カメラ、音響、スイッチャー、配信オペレーターと役割を分担します。前回までの内容を復習をしながら各機材のセッティングや動作確認、画角の設定、出演者とのマイクチェックなどを進めていきました。

配線図をもとに、機材のセッティングから操作まで参加者が行う。

予定の時間どおりに機材組み立てやテクニカルリハを終え、準備は万端です。初回の講座でその必要性が紹介された、舞台監督のような「進行役」は岡野さん(アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー)が担当。そのキュー出しを受けて、トークイベントの配信が始まりました。

前半は「映像ライブ配信の安定的な運用方法」について、後半は講座の参加者たちから事前につのった質問に齋藤さんといわさわさんが答えます。台本にはおおよその流れが書かれているものの、いざ本番が始まれば、出演者がどのように動くか、話がどのように盛りあがるかは予測できません。参加者はトークに耳を傾けながら、内容に応じてカメラの画角を調整したり、配信映像を切り替えます。

やや緊張した雰囲気で始まったイベント。

「自分たちでできること」を出発点にする

トークのなかでは、いわさわさんから「STUDIO302」の設計にあたって期待したものとして、制約によって生まれる創意工夫が挙げられました。

いわさわ 「スペースの機能としては、それなりに多機能なものを考えていました。ですが、色々な知識レベルの利用者にそれを管理してもらう、使ってもらうとなると、多機能すぎると選択肢が多すぎて、逆に使いにくくなってしまったり、トラブルが起きやすくなると思ったので、操作できる部分はかなり限定的にしようと思いました。そこで、カメラやマイクなど物理的な部分はできるだけ柱やテーブルの天面から生えている状態にすることで、それ以上動かせないように。そういう制約を与えることで、そのなかでできることを工夫してくれるんじゃないかなっていう期待を持って設計をしました」

ゲストのいわさわさん。

企画の担い手が自分たちの適正規模を把握し、コンパクトにできることから考えていくあり方は、講座の第1回で齋藤さんが提示した「映像コンテンツ制作に向けた段取り」にも通じるものです。

ここから「STUDIO302」では、必要最小限の人数で運用できるよう、出演者側にもカメラやマイクの操作パネルを設け、表方/裏方を区別しない設計がなされました。

こうした狙いについて、齋藤さんは実際に「STUDIO302」を利用するなかで感じ取っていたといいます。

齋藤 「配信・収録において、映像や音のクオリティを高くすることよりも、そこで生まれる対話とかやり取りを重視していくという「STUDIO302」のコンセプトやシステム設計に触れて、ちょっと楽になったんですよね。最初にこのシステムでやらせてもらえてたから、あまり気負いせず配信というものに入っていけたし、いろんなアートプロジェクトの現場で仕事として展開出来るようになったので、このスタジオには感謝してるというか、いいきっかけになったかなと思っています。スタジオの物理的な設えやシステムの在り方から、いわさわさんの考えていることが伝わってきたというか、それって結構面白い体験で。言葉じゃなくてシステムからイメージが共有できたのはとても面白い現場でした」

講師の齋藤さん。

配信・収録から見えた、アートマネジメントの本質

トーク後半は、参加者から事前に寄せられた質問への応答です。使用機材やトラブルシューティングの方法など具体的な質問を端緒に、お二人の話の内容は、そもそも目指すべき「よい」配信・収録とは何かということや、トラブル対応の心構えなど、本質的な部分へ向かっていきました。

いわさわ 「オンライン特有の作法はもちろんあるけれど、多分、皆さんが経験しているような、劇場空間とかイベント会場でやってきたことの置き換えでできることが多い。このコロナ禍で配信が増えたことで、事業の目的や演出などについて「実はこういう意味があったよね」と、これまで経験則や属人的であったことを分解するタイミングだったかもしれないなというのは感じていて。なので、どうしても収録・配信の講座というと技術的な話になりがちなんだけど、そもそもコンテンツをつくって届けるとか、ライブで何かをするっていう行為は何であったのかという問いかけにもなっていた時期だったんだろうなと思いました」

齋藤 「「STUDIO302」使用中の有事で落雷も想定されていたけれど、もし本当にそんな危険な状況の時は潔く諦めた方がいいと思う。カメラやパソコンをコンセントに繋いでると、全部ダメになっちゃう可能性もあるんですよね。だから配信も停止してコンセントも抜いて、まずはスタッフの安全を確保するっていうことが、現場にいると選択肢から抜けがちだけど、実は結構重要かなと思います。現場にいる人の安全確保という意味では、オフラインのイベント運営でも同じですよね」

映像コンテンツの配信・収録は、一見、新しい対応を迫られるように思いがちです。専門技術が必要な面もあることは確かですが、しかし、あらためてその段取りや工程を整理することで見えてきたのは「目的に適した技術を運用する」というアートマネジメントの本質でした。

講座の総括として、齋藤さんは「技術・手法と目的には相性があるという前提のもと、さまざまな視点で配信や収録を捉えて利用することで、単なるオンライン/ハイブリッドでの実施というだけではない、その次のステップを考えていくことが重要」と結びます。

誰もが映像の配信・収録の担い手になり得るいまだからこそ、技術習得だけでなくその制作のあり方や意義にまで、皆で向き合うことができる時期ともいえるでしょう。今回の講座はそのための一歩を踏み出すものです。今後もさまざまな現場において、立ち止まったり迂回しながら議論を深めていければという期待とともに終えました。

参加者によって配信・収録されたトークは、齋藤さんが最低限の編集を加えた映像コンテンツとしてTokyo Art Research LabのYouTubeチャンネルに公開されています。

レポートでは紹介しきれなかった内容も多いため、ぜひご視聴ください。

▶︎視聴はこちらから

配信・収録の「お守り」になるようなツールを

全3回の講座を終えて、齋藤さんを中心とする運営チームでは、配信・収録に取り組む誰もが参照できるツール「はじめのシート」を制作しました。

[配信編]と[収録編]が用意された「はじめのシート」。

このツールでは、企画概要や会場の環境、事前準備から当日の役割分担まで、配信・収録の企画を考えるうえで抑えたいポイントを一枚にまとめています。各項目にはプルダウン機能で具体的な選択肢が用意されているため、このシートを参照しながら企画を詰めていく、といった使い方もできます。

「はじめのシート」は、配信・収録の担当者が自信を持って企画に取り組んでいける「お守り」のような存在になるだけでなく、専門業者への外部委託や、運営メンバーで企画に取り組む際のコミュニケーションの第一歩になるように、という思いから名付けられたそうです。

最初から全ての項目を埋めようと無理する必要はなく、企画によってはさらなる調整ごとも必要となるため、まずはみなさんが配信・収録について考えるきっかけとして活用いただけたらと思います。

ウェブページには齋藤さんによるツールの解説や、企画制作の考え方が掲載されているので、ぜひ一緒にご覧ください。

「はじめのシート」ダウンロードはこちらから

(執筆:村田萌菜/編集:櫻井駿介

関連情報

■ [対談] アーツカウンシル東京 森司さん×岩沢兄弟 配信スタジオ「STUDIO302」とこれからの「スタジオ」の可能性

本講座ゲストのいわさわさんが所属するユニット・岩沢兄弟のウェブサイトでは、「STUDIO302」の空間づくりをめぐり、アーツカウンシル東京/東京アートポイント計画 ディレクターの森司とおこなった対談記事が公開されています。

■ 配信拠点「STUDIO302」をつくる

「STUDIO302」ができるまでのプロセスや活動内容など、プログラムオフィサーが綴った記事がnoteで公開されています。

「アートプロジェクトの担い手のための配信・収録講座」レポート【前編】

コロナ禍も3年目を迎え、いまやウェブ会議をはじめ、オンラインの活用は私たちの日常風景の一部になりました。アートプロジェクトの現場も例外ではなく、コロナ禍以降さまざまな企画を映像コンテンツとして収録したり、オンラインイベントにシフトするだけでなく、オンラインと対面を組み合わせた開催も浸透しています。

誰もが映像の配信・収録の担い手になり得るいま、「企画に適した機材の選び方・使い方とは?」「専門業者にはどのように相談・交渉したらいいのか?」という具体的な疑問だけでなく、「そもそもオンラインを想定した映像コンテンツの制作とは、なにからはじめるべきなのか?」という漠然とした不安を感じている方も少なくないのではないでしょうか。

そうした声に応えるべく、Tokyo Art Research Labでは、2022年8月21日(日)、8月28日(日)、9月4日(日)に、全3回の対面講座「アートプロジェクトの担い手のための配信・収録講座」を開催しました。

会場はアーツカウンシル東京のレクチャールーム+アーカイブセンターである「ROOM302」です。コロナ禍を契機に、この部屋の一角は収録・配信スタジオ「STUDIO302」へとリニューアルされ、2020年7月のオープン以降、さまざまなオンラインプログラムが実施・配信されています。

講師を務めたのは、写真家の齋藤彰英さん。齋藤さんは「STUDIO302」開設初期から、このスタジオでのプログラム運営に携わるひとりであり、自らもコロナ禍を経て本格的に配信・収録技術を身につけました。

第1回と第2回では、映像コンテンツ制作の段取りと、配信や収録に用いる機材の扱い方を学び、第3回は「STUDIO302」のシステム設計と空間づくりを担当したいわさわたかしさんをゲストに迎え、実際に講座参加者たちがトークイベントを配信・収録する実践の場がひらかれました。

ここではレポート【前編】として、第1回と第2回の様子をご紹介します。

企画を迷子にしないための進めかた

第1回の内容は「映像コンテンツ制作に向けた段取り」と「映像収録に必要な機材の操作方法と注意点」です。

講座には、配信・収録の経験値も専門領域もさまざまな参加者が集まりました。

ずらりと並ぶ機材を前に、おのずと技術的なことへの興味や期待がつのりますが、齋藤さんは自身もアートプロジェクトの担い手として現場で獲得してきたものを共有することで「参加者自身が今後の活動を考えるきっかけにしてほしい」といいます。そこで、まずは具体的な知識に先立ち「映像コンテンツ制作に向けた段取り」という、心構えの重要性について取り上げました。

講師の齋藤彰英さん。

コロナ禍を経たいま、受け手の「慣れ」も相まって、企画においてオンラインの活用が真っ先に浮かぶことは自然な流れといえるでしょう。齋藤さんがこれまで引き受けてきた映像コンテンツ制作の現場でも、最初からオンラインや対面とオンライン併用での実施ありきで進められている状況があったといいます。なかには演出を詰め込みすぎて、やりたいことが掴みきれなくなっていた事例も。

そのような経験をふまえて、齋藤さんが問いかけるのは「オンラインの活用は、その企画にとって最適な方法かどうか検討されているか?」という企画づくりの根幹です。

イベントの開催形態は、対面、収録配信、ライブ配信など多岐にわたりますが、それぞれに得意・不得意や運営方法の相性があると、齋藤さんはいいます。オンラインの活用も、あくまで数ある「届け方の選択肢」のひとつに過ぎません。

だからこそ、いきなりやりたいことを詰め込むのではなく、まずは企画の主旨に立ち戻ること。そして、達成したい目的のために必要な手段を選ぶことが大切なのだと強調します。では、具体的にはどのように進めていけばよいのでしょうか。

齋藤さんは「やっていくうちにそれぞれのやり方が生まれてくると思う」と前置きしたうえで、映像コンテンツ制作の配信・収録のための段取りとして6つのポイントを挙げました。

① 主旨の優先順位を考える

企画において最も重要な目的や要素とは何か検討し、その優先順位を整理する。
例)詳細な情報伝達、アーカイブ性、広域性、社会状況に応答した即時性・即効性、視聴者の参加性(相互性・共同作業)、ライブ感、深度/専門性…など

② 手段を考える

対面、収録配信、ライブ配信など、開催のかたちによって異なる特性や運営方法の相性があることを理解したうえで、①で整理した企画主旨に最適な手段を選択する。

③ 時期・場所・予算を考える

いつ頃に、全何回行うのか、会場として使える場所の特性、予算枠の上限など、今あるリソースでできることから企画の条件を明らかにする。
例)基本となる運営メンバーの構成(外部委託しない範囲)、準備・広報期間、会場環境(屋内外、ネット環境)…など

④ 規模を考える

③で洗い出した条件をベースに、より詳細に企画の規模を検討する。
例)映像コンテンツの長さ、出演者の人数、演目・演出方法、二次公開の有無…など

⑤ 運営メンバーを考える

企画において必須の役割とその担当者を検討し、まずは必要最小限で実現する方法を考えていく。そのうえで、基本の運営メンバーに加えて外部委託が必要かどうか、必要ならばどの役割を委託するか検討する。

⑥ スケジュールを考える

①〜⑤をふまえて、事前準備から当日、実施後までのタスクを洗い出し、スケジューリングする。
例)広報素材の用意、スライド資料の有無確認・用意、当日のテクリハ、記録の編集・公開…など

もちろん、すべての制作がこの段取りで進められるとは限りません。それでも齋藤さんは、こうしたポイントをおさえながら準備することで、運営メンバーのあいだで企画が目指すべき到達点を共有できるだけでなく、専門業者に外部委託する場合であっても、企画の目的に適したシステム設計を一緒に検討できるといいます。また、そのためにも要となるのが、全体を取り仕切る進行役の存在です。

講座では「舞台監督」に例えられましたが、映像コンテンツ制作の配信・収録の運営メンバーには、テクニカル担当とは別に、企画を俯瞰し、適宜必要な判断をする役割が重要です。

これは従来のプロジェクト運営にも通じる部分ですが、第3回で実施されたトークイベントでは、この進行役について具体的に深堀りしています。トークの様子はレポート【後編】のほか、Tokyo Art Research LabのYouTubeチャンネルにて映像が公開されているので、ぜひあわせてご視聴ください。

安全で心地よいプロジェクト運営の基本

続いては「収録に必要な機材の操作方法と注意点」の解説です。

カメラ、マイク、照明、その他の機材について、基本的な扱い方から気をつけるべきことまで一つひとつ丁寧に紹介します。

意外と頑丈な機材もあれば、ちょっとした扱い方で破損してしまう機材もある。

内容はカメラの機構や専門用語にも及びますが、齋藤さんが「配信・映像にかかわる人々が、撮影にあたりどのようなことを気にかけているのか、そのこまやかさを共有できたら」というように、この講座で語られるのは教本に載るような知識・情報だけではありません。

事故を防ぐためのケーブルの取り回し方法や、出演者の気分を高める道具選びのコツなど、ひろく「プロジェクトを安全に、気持ちよく、チームで運営するために必要なこと」について、これまで齋藤さんが現場で培ってきた知見が共有されました。

こうした解説をふまえ、参加者は一眼レフカメラ、シネマカメラ、ハンディカメラの3種類のカメラに触れて、明るさを調整する3つの要素(絞り/シャッタースピード/ISO感度)の操作を中心に体験しました。

水平器の見かたや三脚の操作性の違いなど、実際に触れることで初めて得られる気づきも多く、参加者たちも楽しんでいる様子でした。

特性だけでなく操作方法やボタンの位置も違う3種類のカメラを、実際に触りながら比較する参加者たち。

もしもの事態に対応できる土台づくり

第2回のテーマは「配信に必要な機材操作と注意点」についてです。

まずはライブ配信のシステムについて、ハード面とソフトウェア面をあわせて確認しました。

各機材の役割を理解することで、トラブル発生時の原因究明や対応がしやすくなる。

その後、参加者たちは2グループに分かれて実技練習にうつります。

第3回に控えたトークイベントの練習も兼ねて、簡易なオンライントークイベント「昨日の夕飯、何食べた?」をメンバー内限定で配信。機材セッティングから配信・収録まで、ひととおりの流れに挑戦しました。

実はこの「昨日の夜ご飯」というトークテーマは、齋藤さんが現場でマイクチェックをする際、出演者にたずねる質問なのだといいます。誰もが考え込まずに答えられる話題だからこそ、自然な流れで出演者の声量を確認できるだけでなく場の緊張もほぐしてしまう、齋藤さんの人柄がにじむテクニックです。

ちょっとしたことではありますが、参加者からも笑みがこぼれ、お互いに指示や声をかけやすい雰囲気が生まれているようでした。

ロールプレイングを交えて、配信・収録の流れを体験する参加者たち。

また、ライブ配信においては、事前のテクニカルリハで不具合が無かったとしても、配信映像では音がズレていた、といった問題が生じることも珍しくありません。

実際に練習でも「音声」がブツブツと途切れる事態が発生。そこで、齋藤さんが音に関する機材をたどりミキサーを確認すると、プラグの挿し込みが不十分な箇所を発見しました。順を追って原因を見つけ、適切な対応をする。ライブ配信の構造を理解していることで、トラブル発生時の対処だけでなく、機材の予備を用意するといった事前の備えも可能になります。

緊張感もあって現場はついピリピリしがちですが、技術的な対応をするひと、全体の進行を判断するひと、といった役割分担をお互いに理解することで、皆で考える、乗り越える、受け入れるという、チームでプロジェクトを安心して運営する土台がはぐくまれるのです。

技術的な知識だけでなく企画や運営に対する心構えを確認したところで、次回はいよいよ実践です。

レポート【後編】では、第3回の参加者の様子やトークイベントの内容をご紹介しています。ぜひ、あわせてご一読ください。

(執筆:村田萌菜/編集:櫻井駿介

はじめのシート[配信編・収録編]

配信収録講座では、機材の操作方法に関するレクチャーだけでなく、映像コンテンツ制作の際に生じるコミュニケーションの必要性について取り上げました。はじめのシート[配信編・収録編]は、企画を立ち上げ実施するまでに必要なチェックポイントを確認できるツールです。以下の資料解説や、講座レポートと合わせてご活用ください。

*ウェブサイトからダウンロードを行い、エクセルでの使用を推奨します。プルダウン(項目の選択)はダウンロードするまでお使いになれません。エクセルが使えない場合、Googleが提供しているスプレッドシート等でもひらくことができます。
*PDF版を印刷し、記入しながら使うこともできます。

▶ 講座のレポートはこちら
「アートプロジェクトの担い手のための配信・収録講座」レポート【前編】
「アートプロジェクトの担い手のための配信・収録講座」レポート【後編】

資料解説

ここでは、ツールに関する解説/映像コンテンツの制作手順や考え方をご紹介します。

映像コンテンツ(ライブ配信・収録配信等)の制作に向けた段取り

「対面イベント」「収録配信イベント」「ライブ配信イベント」は、それぞれ得意なことが異なります。手段を検討する前に、まずは制作コンテンツの「実施主旨の優先順位」を考え、それに適した手段を検討します。流れとしては、以下を想定してみるといいでしょう。

  • 主旨の優先順位検討
  • 手段の検討(ライブ配信・収録配信・対面イベント)
  • コンテンツ概要と会場状況の確認
  • 規模の確認
  • 運営メンバー構成の検討
  • スケジュールの検討

また、優先順位の検討・確認を通してイベントの骨格を視覚化することで、コンテンツ制作に関わる内部スタッフだけでなく、外部委託者との円滑なイメージ共有を行なうことができます。

企画の主旨を踏まえ、優先順位を考える

企画をつくる際に優先する項目として、例えば以下の1〜7などが考えられます。

  1. 詳細な情報伝達
  2. アーカイブ性
  3. 広域性
  4. 社会状況に応じた即時性・即効性
  5. 視聴者の参加性(相互性・共同作業)
  6. ライブ感
  7. 専門性

優先したい項目に応じて、相性の良い実施手段を検討していきます。例えば1〜3を優先したいのであれば「収録配信」が向いており、3〜6であれば「ライブ配信」が、5〜7であれば「対面イベント」での実施が相性の良い手段となるでしょう。

一方で、それぞれの手段には相性の悪い項目があります。アーカイブ性の高い手段(収録映像)では、ライブ感との相性が良くありません。それを補うために、観客を入れたハイブリッド方式による収録も候補として考えられますが、スタッフ数の増大や現場で必要となるコミュニケーションが複雑化します。また、物理的な問題として登壇者と観客の間にカメラが設置されてしまうなど、会場構成も難しくなります。そのため、ハイブリッド方式ではなく収録方法を工夫してライブ感を補うことをおすすめします。

例えば、収録前に事前アンケートを募集し視聴者の参加性を補う。あるいは、収録会場に少数の鑑賞者役スタッフを入れ、「拍手」や「笑い声」など臨場感を感じさせるノイズを含めて収録することにより、ライブ性を補う方法などを検討してみましょう。

会場の条件や、映像コンテンツの概要を定める

実施手段の検討後は、映像コンテンツの概要、使用会場の確認を行いましょう。例えば、あらかじめ確認すべき項目として以下をあげることができるでしょう。

  • コンテンツに関する確認項目
    実施日と準備期間/広報期間/内容/コンテンツの長さ・本数/視聴料の有無/使用プラットフォーム/遠隔登壇者の有無/観客の有無
  • 会場に関する確認項目
    室内もしくは屋外/周辺の音環境(騒音具合:幹線道路・駅・空調)/会場の広さ/照明環境(明るさや会場照明の種類)/ネット環境の有無/LANケーブル使用の可否/ネット回線速度

また、事前に映像コンテンツを公開するプラットフォームの特性も確認しましょう。視聴料の有無や映像の質(解像度やクリアさ)によって、使用できるプラットフォームが変わります。

会場確認においては、抜け落ちやすい項目として「周辺の音環境」や「照明環境」があります。そうした情報(映像におけるノイズ)は現場にいる時には気づきにくいもの。ぜひ、会場確認の際にはスマートフォンなどを使って数分間動画を撮影し、映像を客観的に確認するようにしましょう。そうした環境や条件などを踏まえ、マイクの種類や補助照明の検討を行います。

企画規模をまとめ、共有できるようにする

以上を踏まえ「はじめのシート[配信編・収録編]」に企画内容をまとめ、実施規模を確認します。シートにまとめることで確認項目の漏れや、外部委託スタッフとのミーティングを円滑に行いながら、必要なスタッフ数や機材構成を検討することができます。企画の準備状況に応じて変更や追加項目が出た場合は、適宜修正を加え、現場の運営を安心・安全に進めるためのコミュニケーションツールとして活用していただければ幸いです。

もくじ
  • 説明(シートの使い方)
  • はじめのシート[配信編]
  • はじめのシート[収録編]
  • はじめのシート[配信編]選択項目の参照シート
  • はじめのシート[収録編]選択項目の参照シート