共通: 年度: 2018
松本篤
めぐりめぐる記憶のかたち イメージは、どこまで届くのか?
出来事の記憶を遠くの誰かに届ける、イメージの「扱い方」を考える
ある出来事の記憶は、絵や写真といったイメージになることで、さまざまな場所へ移動ができるようになります。それは物理的な距離に限らず、ときには時間を超えて、誰かのもとへ届く可能性をもつことでしょう。かたちを与えられた誰かの記憶は、それに触れた人々の記憶の呼び水ともなります。
イメージを前に自らの経験を語り出す。「別の」経験と重ね合わせる。そうして新たな意味を付与する行為はイメージの存在を豊かにするのと同時に、ひとつの出来事や、それが示唆する共通の経験の継承につながっています。ただし、そう「なる」ための実践は容易ではありません。
自らが知りえない遠くの誰かに、どこまでイメージを届けることができるのか。それには、どのような手法がありえるのか。そもそも、イメージを介して他者と何が共有可能なのだろうか。これらは何らかの記録やメディアを介して、かたちのない記憶を伝えようとするときの根源的な問いであり、それを発した瞬間から困難を抱えてしまうような危険な問いでもあるのだと思います。 こうした問いを念頭に置きつつ、日々イメージと記憶にまつわる実践を重ねる、岡村幸宣さん(原爆の図丸木美術館学芸員)と松本篤さん(NPO法人remoメンバー/AHA! 世話人)をゲストにお迎えし、お二人の取り組みや問題意識を共有し、これからの実践の手法の可能性を模索します。
詳細
会場
ROOM302(東京都千代田区外神田6-11-14-302 [3331 Arts Chiyoda 3F])
参加費
無料
2027年ミュンスターへの旅
ミュンスター彫刻プロジェクト招聘を目指して、まず東京で学び、試みる
1977年に開始したアートイベント「ミュンスター彫刻プロジェクト」は、日本における芸術祭やアートプロジェクトに多くの影響を与えていると言っても過言ではありません。
このプロジェクトでは、居間 theater(パフォーマンスプロジェクト)が、佐藤慎也(建築家)と、来たる2027年の第6回ミュンスター彫刻プロジェクトへの招聘を目指し、美術やパフォーマンスのための場や空間の歴史と変化を辿ります。そして、そのインプットをもとにした試演や実験を、まずはこの東京で行います。
ゲストは、村田真さん(美術ジャーナリスト)、小田原のどかさん(彫刻家/彫刻研究者)、今和泉隆行さん(空想地図作家)。ミュンスターをはじめとするヴェネチア・ビエンナーレやドクメンタといった国際的な芸術祭にかかわる多彩な方々とともに、ミュンスター以前の美術やパフォーマンスの歴史、またミュンスター以後の美術やパフォーマンスの変化を辿ることで、2027年のミュンスターにふさわしいプロジェクトの構造設計を探ります。
詳細
スケジュール
9月14日(金)19:00~22:00
第1回 ミュンスターへの傾向と対策
9月17日(月・祝)15:00~18:00
第2回 ミュンスターについて学ぶ
ゲスト:村田真 (美術ジャーナリスト)
10月21日(日)15:00~18:00
第3回 ぼんやり、もやもやと話す3時間
ゲスト:小田原のどか(彫刻家/彫刻研究者)
11月23日(金・祝)15:00~18:00
第4回 日本における彫刻について学ぶ
12月22日(土)15:00~18:00
第5回 フィールドワーク開始!
1月17日(木)15:00~18:00
第6回 上野・水道橋の彫刻31体を見る
1月19日(土)15:00~18:00
第7回 報告会に向けてのミーティング
1月27日(日)15:00~18:00
第8回 3回のフィールドワークから見えたこと
2月24日(日)
第9回 報告会パフォーマンス仕立てで大団円
進め方
- 定例ミーティングを月1回程度開催
- ゲストトークは、ゲストに次のゲストを紹介してもらうかたちで行う予定
- ミュンスターにつながる情報や手がかりは随時共有し、そのあとの動き方を検討しながら進める
- 居間 theaterのクリエイションの現場にて、リサーチやフィールドワークを実施
- スタディの進捗に合わせて、試演や実験の検討をする
- ROOM302を拠点とし、メンバーはROOM302の開室日に自主活動を行うことができる
会場
ROOM302(東京都千代田区外神田6-11-14-302 [3331 Arts Chiyoda 3F])
参加費
一般30,000円/学生20,000円
関連サイト
関連レポート
ナビゲーターメッセージ(佐藤慎也)
作品のための場である美術館や劇場に対し、生活の場である街に作品を置くことには、豊かさとともに難しさが存在します。40年以上前の作品がいまだに街に残るミュンスターでは、「10年おき」という長い間隔で開催されることにより、街と作品との関係が十分に考えられているとともに、作品に時代の変化がはっきりと現れています。次のミュンスターを考えるという馬鹿馬鹿しい問題設定は、目の前にある時代や街に対しても、重要なスタディとなることでしょう。
ナビゲーターメッセージ(居間 theater)
企画やプロジェクトをやるとき、居間 theaterはよくリサーチをします。
そのリサーチは基本、まじめと遊びがいっしょくたです。自分たちが面白いと思うことを、ときにまじめに、ときにふざけながら、探求したい。今回のスタディも、そんな心意気で進めていけたらと思います。
目指せ、2027! 行こう、ミュンスター!
スタディマネージャーメッセージ(坂本有理)
2017年のミュンスター訪問をきっかけに、ナビゲーターたちが強く抱いた夢を出発点に、東京でスタディを重ねます。芸術祭やアートプロジェクトが全国的に普及し、まちなかで作品と出会うことが珍しいことではなくなってきたいま、あらためて、まちなかでのプロジェクトをつくることについて考えていきます。
Stories Behind Building Community for Youth Empowerment 高校・大学・NPO の連携による多文化な若者たちの居場所づくり:都立定時制高校・多言語交流部の取り組みから
Betweens Passport Initiative は「移民」(*) の若者たちを異なる文化をつなぐ社会的資源と捉え、アートプロジェクトを通じた若者たちのエンパワメントを目的とするプロジェクトです。移民の若者が多く在籍する都立定時制高校という学びの場に焦点を当て、放課後部活動である多言語交流部 「One World」を通じたコミュニティづくりを行なってきました。
本書は、多言語交流部 「One World」における、高校・大学・NPO の三者連携による定時制高校でのコミュニティづくりを紹介した事例集です。
*本事業では、多様な国籍・文化を内包し生活する外国から来た人々を「移民」と呼んでいます。
目次
- 第1部 はじめに
- 「移民」の若者のエンパワメント
- 「移民」の若者を取り巻く現状
- 多言語交流部 「One World)」を立ち上げた背景
- 第 2部 三者連携によるコミュニティづくり
- 大学の役割・実施したこと
- NPO の役割・実施したこと
- 第3部 活動事例
- 第1期 立ち上げ
- 第2期 試行期間
- 第3期 プログラム化・仕組み化
- 第 4部 終わりにかえて
高木諒一
加藤甫
答えのまえで立ち止まり続ける。市民の生態系と問いかけが生むプロジェクト——宮下美穂「小金井アートフル・アクション!」インタビュー〈前篇〉
アートプロジェクトを運営する人たちへの取材を通して、その言葉に、これからのアートと社会を考えるためのヒントを探るインタビュー・シリーズ。今回お話を伺ったのは、小金井市で「小金井アートフル・アクション!」を展開するNPO法人アートフル・アクション事務局長の宮下美穂さんです。
小金井アートフル・アクション!(小金井市芸術文化振興計画推進事業)は、2009年に活動を開始。市民がみずから運営を担い、小学校を舞台とするワークショップをはじめ、多くのプログラムを行ってきました。一見、まちなかのささやかな営みのように見える取り組みには、世界の複雑さに向き合おうとするアプローチや、メンバーの関わりのゆるやかさと深さ、会期を超えて広がる関心など、ほかのアートプロジェクトにはない手触りが宿っています。
参加する人たちと関わるなかで、分かりやすい答えの前で立ち止まり、何度でも本質を問うことを大切にしてきたという宮下さん。その具体的な手つきとは、いったいどのようなものなのでしょうか? 活動の伴走者であり、宮下さんの運営手法に関心を持っているという東京アートポイント計画ディレクター・森司とともに話を訊きました。
カオスと仮説からはじまる
——「小金井アートフル・アクション!」は、2007年に制定された小金井市芸術文化振興条例と、それに続く2009年の小金井市芸術文化振興計画を具体化する事業として、2009年に活動を開始しました。宮下さんは、この条例や計画づくりの段階から一連の取り組みに関わっていたそうですね。
宮下:そうですね。もともと造園、ランドスケープデザインを仕事にしているのですが、それと並行して関わっていました。事業の運営に本格的に入ったのは2012年です。2009年からの初期の3年間は条例策定に関わった市民、行政、東京大学の小林真理先生や学生が中心に動いていたのですが、2012年にNPOが生まれ、市民の人たちが自分で運営することになりました。当初は移行期の難しさもあり、なかなかうまく回らなくて。一旦ブレーキをかけようか、という時期がありました。
——そこで、宮下さんが本格的に中心となって動き始めたと。
森:NPO法人アートフル・アクション(以下、アートフル・アクション)は、いまではすごく有機的で幸せな状況にあるけれど、当時はそんなことはなくて、一種のカオス状態だったんですよ。宮下さんにやりたいことが豊かにあり過ぎて、それが一挙に出てきている状態だった。たとえば、いまは代表的なプログラムがいくつかあるけど、そのころは枝分かれなんかしていなくて、整理もされずにこんがらがっていましたよね。

宮下:私にはそもそも、プログラム別に物事を考えるという発想があまりありません。そのことを問題だとも思っていなくて、むしろ、私が「こうじゃない?」と思うことの答えを、どう自分自身で掴むのかをやりながら考えていた。もちろん、自己満足のためにやっていたわけじゃないけどね(笑)。
森:初期は、「すること」も「つくるもの」もはっきりしていたんだけど、宮下さんが中心になってからは、すべてニュートラルになった状態に見えたんです。つまり、「する」や「つくる」を自明のこととして扱うのではなくて、もう一度、問いかけているような状態。そうすると、メンバーの考え方の違いが浮き彫りになるでしょう。だからカオスが生まれるんだけど、それこそ本当の産みの苦しみですよね。多くのプロジェクトがはじめにそこを整理してしまうなかで、この混沌をどういうわけか耐えたというのは、アートフル・アクションの財産だと思うんです。
——プロジェクトの最初に混沌の時期が必要というのは、森さんがいつも言っていることですね。
森:でも、ここはそれが長くて深かったよ(笑)。
宮下:ははは。私、退屈するのが嫌いなんです。それこそ運営をやり始めたころって、やらないといけないことが多かった。だけど、単にこなすだけではつまらないじゃないですか。だから、それぞれのなかに私にとって面白いことをこめていきました。一種の仮説というか。
——仮説、ですか?
宮下:たとえば、2013年に「タマのカーニヴァル」というワークショップのプログラムで考えていたのは、「人が何かを知るとはどういうことなんだろう」とか、「経験と体験はどう違うんだろう」とか、「人は人に何かを教え得るか」などといったことでした。実際、そこでは考えさせられることがとても多くて、参加したこどもの振る舞いから、「人が何かを知る」ことの一端が見えたように感じたり。それは、あらかじめ設定できるものではないですが、この問いを別の角度からさらに深めるために次のワークショップでは何をしようか、ということをいままで繰り返してきました。

多様さよりも複雑さを楽しむ
——いまおっしゃった「仮説」は、いわば宮下さんの小さな関心だと思うのですが、プロジェクト全体としての大きな目的はあるのでしょうか?
宮下:“the 達成目標、獲得目標”みたいな目的は設定しません。強い目標を持つことによって、それを追い求めるあまりに目的以外が見えなくなると面白くない。だから、小さな仮説を積み重ねていった。
森:不思議ですよね。目的がなければ、普通こんな面倒臭い活動はしないでしょう(笑)。要は、世間的なゴールはないけど、探し求めたいものはあるということだと思う。多くのプロジェクトとは目的の捉え方が違うから、みんな、ここの活動を知ろうとすると煙に巻かれちゃうんですね。
——たしかに、ほとんどのプロジェクトには外向きに理解しやすい理念がありますが、こちらの活動はそれがとても見えにくい印象があります。いくつかのワークショップの記録を読ませてもらっても、豊かな細部があるのは分かるものの、その営みが全体として何かはとても名付けづらい。
宮下:活動に関わってくださる方からも「何を言っているのか分からない」ってよく言われます(笑)。
森:宮下さんはもともとランドスケープデザイン、生態系の人だから、ひたすらバラバラな人が集まれる場所をつくっているようにも見えるんですね。実際、ここの活動を見ていると、人の関わりの余白の取り方が非常に独特なんです。決して「ユルい」わけではなく、どこかが途切れてもネットワークはつながり続けている感じ。しかも宮下さんは、人々がプログラムに対して肯定感を持てるような関わり方を大事にされてきたと思うのですが、その秘密を今日は知りたいんですよ。
宮下:どうしよう(笑)。つながるか分からないけど、たとえば私たちがずっと続けてきた活動に小学校を舞台にした学校連携事業があります。でも、私自身、偉そうな人が学校に来て「何かを教えてやるぜ」と言われたらすごく嫌なんですね。決まり切ったことを上からトレースさせられても、ぜんぜん楽しくない。だから、とにかく圧倒的に何だか分からないことをしたいとずっと思っていて。
——「何だか分からないこと」?
宮下:2012年に小金井の本町小学校で、アーティストの岩井優さんと「ドキュメンツ/カメラと箒と雑巾と」というワークショップを行いました。これは、こどもに掃除のパフォーマンスをつくってもらうというものです。具体的には、いきなり「掃除のダンスをつくって」と言うわけです。さらにビデオでその様子を撮影してもらい、自分で自分を見るという経験も入れ込んでいった。そして最後に公道で自前のダンスを踊るのですが、そこに私たちがバブルマシンで泡を吹きかけるんです(笑)。
——たしかに、何がなんだか分からない(笑)。
宮下:でも、これは、みんな、とくに大人のなかにある「ここまではダメだよね」というルールが、勢いで乗り越えられていく経験でした。警察署や消防署への手続きもいろいろあったけど、みんなで一緒にめちゃくちゃなことをやる。それはもはや、作家かこどもか私たちか、誰のための行動なのか判別できないものなんです。でも後日、参加したある男の子が「人ってここまでやっていいんだと感じた」と言ってくれた。それぞれの場面での肯定感というか、見晴らしの良さをどこかで体験する。お仕着せの回路ではない、その人の心や身体の回路の中で。
——ルールや普段の身振りを超えてみたとき、拓けてくるものがあると。
宮下:最初から分かっていることをやっても、見晴らしの良さは得られない。プログラムに対する肯定感を生み出すのは、やはり、どれだけ自発的に関わるかによるのかなと思います。もう、暴力だ、と言われるくらい、ある部分を他の人に委ねる。もちろん、その人の個性や関心も考えますが、本人が予想しないような無茶振りをあえてやってみます。その人が迷いながら懸命に道を見出そうとしたら、それは失敗も成功も、その人の経験となって育っていく。それは、中途半端じゃダメで、かなりの負荷だと思います。でも、私としてはそうやって懸命な気持ちと一緒に仕事をしたい。私も応えたい、とは思います。

森:「わけが分からない」と「理解できない」ことは別のもので、人は前者はスルーすることがあるんですよね。そのスルーしたものに、良いかたちのラッキーがいっぱい含まれているのがアートだと思う。宮下さんはまえに生態系の条件として、「多様さというより複雑さ。そして、作為的でないバランス/均衡がある」ことを挙げていたけれど、それもつながる話でしょう。いまはみんな「多様性」で話をするんだけど、宮下さんは複雑さを喜んでいる人なんじゃないかな。
——多様さと複雑さを言い分けたのは?
宮下:その二つは違うものじゃない? 多様さは違うものがあればいいけれど、複雑さはそこにこんがらがった関係や解けないものがあること。私にとって、多様さというのは比較的シンプルで当たり前のことなんです。むしろ、複雑さのなかにこそ真実はあると思う。その意味で、複雑であることを複雑なままにしておくことは大事かな。道に迷っているように見えても、頑張って複雑であることを持ち堪えた方がリアリティがある。だから、メンバーにもそういうやり方を要求しています。
経験を深めるために問う
——学校連携事業では、この春の「わたしの『人権の森』」も大きなプログラムかと思います。これは東村山市の南台小学校のこどもたちと、同市にあるハンセン病患者の療養所「多磨全生園(以下、全生園)」を訪れて、その経験を深めるというもの。市を越えた事業ですが、どのように始まったのでしょうか?
宮下:以前小金井でご一緒した先生が、東村山に移ったあとも声をかけてくれたのが始まりです。私には「学校が美術館だったら学びはどう変わるのか」という仮説があるのですが、それを彼女に伝えたら、全学年の授業を表にしてくれて。そこに全生園の見学がありました。通常、見学後は感想文を書いて終わっていたようですが、貴重な経験なので深めていくことはできないかと考えました。
——具体的にはどんな風に変えていったのでしょうか?
宮下:読書の時間に、司書の方に全生園関連の書籍を読み聞かせしてもらい、その本を教室の脇に置いてもらいました。私たちも、読み聞かせにも施設の見学にも参加しました。そのうえで90分の授業を3回やるのですが、前半はグループごとに全生園の経験について話し合いました。こどもたちは図工の時間だからつくりたくてウズウズしている。それを押しとどめ、対話の時間を持ちました。先生にも、「つくる」とか「造形」という言葉を使うことをやめてもらい、「表現する」「伝える」と言い換えてもらいました。そして残りの時間で、何かを「表現する」という授業でした。
——見学だけではなくて、その前後で、知ったり、考えたりする時間を厚くしていったと。そして大人は、単にこどもに教える存在ではなく、一緒に学んで考える存在なんですね。
宮下:全生園は難しい歴史を含む場だから、本を読んだ大人たちはみんな自分に何ができるのか分からないという状態になります。それでも調べ物をして分かったことを伝え合ったり、ディスカッションを繰り返して準備する。さらに、見学や授業のあとも毎回数時間の反省会をしたり、メールでやりとりをしていく。そういうことを、一ヶ月半から二ヶ月くらいかけて大人もやっていくんです。

森:究極のアクティブラーニングですよね。少し角度を変えて言うと、2020年度から大学の入試制度が変わりますよね。センター試験に変わり、「大学入学共通テスト」という仕組みが始まる。国語の記述式の問題のような、インプットした複雑なものをどう出すかという力がより求められるようになります。学校の先生がこの分かりづらいプログラムを引き受けた背景には、いまを生きるうえで複雑さを解きほぐす能力が必要だという直感が、先生たちにもあったからだと思う。
——ささやかなアートの営みに見えて、じつは時代の流れと重なる部分もあると。
宮下:実際に造形を行う場面でも、根本的な部分をしつこく問うんです。たとえば、全生園のなかで「独身男子・軽症者寮」として使われた山吹舎という建物をつくりたいグループがあったのですが、見たものをミニチュアで「再現」することの意味とは何だろうと。グループに入った大人には、なぜ山吹舎なのか、こどもに繰り返し尋ねてもらいました。結果的にグループは山吹舎をつくったんだけど、それはただ平行移動して再現されたものではないんですね。いろいろ考えるなかで、自ずとアウトプットが変わると思っています。

>〈後篇〉バラバラなものをバラバラなままに。結果を急がず、遍在するものの可能性を丁寧に感知することが必要。——宮下美穂「小金井アートフル・アクション!」インタビュー
Profile
宮下美穂(みやした・みほ)
NPO法人アートフル・アクション 事務局長
2011年から小金井アートフル・アクション!の事業運営に携わる。事業の多くは、スタッフとして市民、インターン、行政担当者、近隣大学の学生や教員などの多様な形の参加によって成り立っている。多くの人のノウハウや経験が自在に活かし合われ、事業が運営されていることが強みである。日々、気づくとさまざまなエンジンがいろいろな場所で回っているという状況に感動と感謝の気持ちをいだきつつ、毎日を過ごしている。編み物に例えると、ある種の粗い編み目同士が重なり合うことで目が詰んだしなやかで強い布になるように、多様な表現活動が折り重なり、洗練されて行く可能性を日々感じている。
NPO法人アートフル・アクション
東京都小金井市内を中心に、企画展、イベント、講演、ライブなど、様々なアート活動を行っているNPO法人。目指しているのは、アートと出会った人が自分自身の新しい可能性を発見し、豊かな生き方を目指していくきっかけや場をつくること。現在、市民、自治体、学校、他のNPO、企業などと連携しながら、「地域におけるアート」の可能性を追求している。
https://artfullaction.net/about/
小金井アートフル・アクション!
NPO法人アートフル・アクションの一部事業は、2009年4月に「誰もが芸術文化を楽しめるまち~芸術文化の振興で人とまちを豊かに」という理念を目指して始まった「小金井市芸術文化振興計画推進事業(小金井アートフル・アクション!)」として推進されている。
「小金井アートフル・アクション!」は、2011年度から、東京都、アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)、小金井市、NPO法人アートフル・アクションの4者共催により「東京アートポイント計画」の一環として実施。
https://artfullaction.net/
座談会:ミュンスター彫刻プロジェクト2017を振り返る→2027
「ミュンスター彫刻プロジェクト」は、ドイツ北西部の都市・ミュンスターで10年おきに開催されている芸術祭。1977年から始まり、昨年に5回目が開催されました。日本のアートプロジェクトの歴史のなかでも、ミュンスター彫刻プロジェクトから影響を受けていると述べられることが多々あります。会期中は世界中から人々が作品を見に訪れ、日本の作家としてはこれまでに川俣正さん、曽根裕さん、荒川医さん、田中功起さんなどが出展しています。
そんなミュンスター彫刻プロジェクトへの招聘を目指すスタディ、「2027年 ミュンスターへの旅」が9月にスタートします。ナビゲーターを担当する佐藤慎也と居間 theaterが、昨年それぞれ現地に行き、体験して来た「ミュンスター彫刻プロジェクト2017」の振り返りをおこないつつ、スタディに向けた興味関心・目指すところを話しました。
>座談会メンバー
佐藤慎也、居間 theater(東彩織、稲継美保、宮武亜季、山崎朋) *稲継はスカイプにて参加。
・掲載写真は、全て居間 theater、佐藤慎也撮影によるものです。

芸術祭を巡る時間
東 私たち居間 theaterは、昨年(2017年)の「ミュンスター彫刻プロジェクト」で初めてミュンスターを訪れました。3ユーロの地図を買って、みんなで美術館の横のレンタサイクルで自転車を借りて、1日中回りました。(佐藤)慎也さんとは残念ながら数日違いで出会えませんでしたが、帰って来て感想を話したとき、率直な感想として「楽しかった!」がありましたよね。今でもみんなで写真を見返して思い出に浸るという(笑)
佐藤 僕もミュンスターは初めて訪れたけど、街の中に彫刻(パブリックアート)を10年おきにつくっていくこのプロジェクトが、日本のアートプロジェクト(の歴史)とどう関係があるのか、今まで不思議に思っていました。行ってようやく分かったのだけど、ここで彫刻と呼んでいるものは、狭義の意味の彫刻を街に置くということだけではなかった。
確かに最初は、例えば初回の1977年につくられたドナルド・ジャッドの作品のように、パブリックアートのような彫刻作品だったのかもしれないけど、その後、場所との関係や街の人たちとの関係が変化していって、それに伴って「彫刻」はさまざまな拡がりを持ってきたのだろうなと改めて思いました。
いわゆる彫刻的なものはもちろんのこと、場所と一体となった映像インスタレーションだったり、毎回決まった時間におこなわれるパフォーマンスだったり、現代的な美術の動きが確実に反映されていたように思います。それが10年という準備時間を使って街の中に実現していき、それを街の人たちがさまざまに向き合い、受け入れたり、反発していきながら、また次の10年に向かっていくのだろうな、と。もはや彫刻は、その話し合いのための触媒でしかないようにも見えました。

宮武 私も、10年かけて作品が街の人のものになっているんだなと感じました。パブリックアートが居場所になっている。先ほど例に出たジャッドの作品を見に行ったら、普段からよくそこに来るという男性が、「どこから来たの?」と声をかけてくれたことが印象的でした。きっと彼にとってそこは自分の居場所でもあり、外の人との出会いの場でもあるのだろうな〜と。ほかにも、家族で水辺の風景を楽しんでいたり、カップルのデートスポットになっていたり、落書きがされていたり。
東 やっぱり、時間の感覚が面白かったですよね。新作だけでなく、10年、20年、30年、40年前につくられて、そのまま街に残されている作品もたくさんあって。私たちは過去の作品を自転車でめぐりましたけど、場所を移動する(横移動)のと同時に時間も遡っている(縦移動)ような感覚になったりして、散歩やサイクリング的なことも相まってか、時間を旅しているような「気持ちいい」感じがよかった。


稲継 そう。思い返すと、ミュンスターでの体験にとって「移動」ってすごい大事だったんだな〜、って。自分の足で、街を捉える感覚が点から面になっていくのと、作品鑑賞とがセットになっていたことがとっても面白いポイントだったんだなぁ。
自転車で通り過ぎるスピードと、車で通り過ぎるスピードでは、当たり前だけど全然目も耳も状態が違う。地図片手に本気を出せば全部チャリで回れるっていう規模感(空間、作品数)が、個人的にとても好みだったんだなって。
佐藤 一方で僕は、プロジェクト側が用意した完璧なナビアプリを使って回ったことで、街を把握しにくかった、という贅沢な悩みもあった。それを見て自転車さえ漕げば、目的地に着いてしまうから。やっぱり、日常の近くにあって、気が向いたら作品を見る、みたいな感じが理想なのかな? 観光客として行くと、どうしても効率を重視してしまう。どうやったら効率から距離を取れるか、とか。
山崎 私は街の第一印象が記憶に残ってて。駅を挟んで反対側の「盛えている方面じゃないほう」に出てしまったからか、さびれていて治安のよくない街なのかと思ってしまいました。宿泊したホテルのすぐそばでは、昼間から酒瓶をもったおじさんたちがうろうろしていたり。ただ、それらは必ずしもネガティブな印象というわけではなくて、そのような土地で芸術祭がおこなわれてきたというのは一体どういうことなのだろう? 街と芸術祭との関係は? その歴史は? と、興味がわいた経験でした。結局そのあと、旧市街や広場や教会のある方面へ行ったので、この第一印象はすぐに塗り替えられることになったのだけど……。

佐藤 ちなみに、ミュンスターは第二次世界大戦で大きな被害を受けて、旧市街のほとんどが破壊されたけど、その後に住民の要望があって、一部が復元されたそうです。その中で残った歴史的な建築物としては旧市庁舎が有名で、昨年のプロジェクトでは、パフォーマンス的作品の会場として使われていました。
稲継 パフォーマンスは私たちも見ました。こんな重要文化建築みたいなところでやるのか! って。
東 たしか、「壁に寄りかかったり装飾に触らないよう気をつけてね」と言われたよね。結構ラフな感じだった思い出がありますが……(笑)

佐藤 一方、現代建築としては、ボレス+ウィルソンの代表作であるミュンスター市立図書館があり(ジュリア・ボレス・ウィルソンはミュンスター生まれ)、そこの地下にも映像作品が展示されていました。ほかにも、中世の要塞跡が、ナチスの秘密警察によって拷問や処刑のための場として使われていて、そこにもとても印象的なレベッカ・ホルンの作品が常設されていたりする。本当に街のあちこちに彫刻が埋め込まれているという感じでした。


稲継 「ドクメンタ」で有名なカッセルも、ミュンスターも、第二次世界大戦で一度街が破壊されてるんだねぇ……。
山崎 あと、芸術祭がおこる発端となったのが、彫刻(ジョージ・リッキー「三枚の正方形」)を街におくことをめぐる論争だったということで、観光や地域活性を目的としてつくられた日本の芸術祭とは性質が違うのだろうけども、しかし、私は結局「観光客」としてしか街に行けていないので実感がもてない部分もある。そのあたり実際どうなのかな? という関心があります。
おおらかな運営と質の担保
佐藤 そうそう、会期中の開館時間の長さにも驚きました。毎日、朝の10時から夜の20時まで開いていて、金曜日なんて夜の22時まで開いている。だから見る側は、朝から晩までヘトヘトになるまで回ることができる。見る側も大変だけど、何よりその時間を運営しているほうも非常に大変だと思う。
宮武 実際にどう運営されているのか、という興味はかなりありますよね。それと見る側にも運営側にもおおらかさがあるというか。突然現れて道を封鎖した作品(パフォーマンス)にも、みんななんだかんだいって手伝ったり。人気作品はオープン前から並び始めるけどスタッフはいなくて。列の統制がされていない長蛇の列も、そこにいる人同士で情報交換しながらみんなで待つ、みたいな光景がよく見られて。見る側と運営側になんとなくのコンセンサスがあるような。でもそれも、40年の蓄積なのかなとか、一方で問題は色々あるのかな、とか……。

東 昔の作品に普通に落書きされてて、しかも「ちょうどいいから」って感じでスケボー練習の場みたくなってるけど、でもそのことに誰も「キー!」ってなってない感じとか。
山崎 廃スケートリンクでのピエール・ユイグの作品は長蛇の列ができていて、入場するまでに1時間ほど待ったのだけど、入ってみると場内は思いのほかお客さんが少なく閑散としていて。でもそれは観客の鑑賞体験の質をきちんと担保するために必要なコントロールなのだとわかった。劇場にしろ美術館にしろそれ以外の場所にしろ、作品を観たりつくったりするときにはいつもこの体験を思い出します。
稲継 「体験」としてのクオリティを守るためには、見たい人は何時間だって待たせるけど、日本的な「お待たせして申しわけありません」というノリのスタッフはひとりもいなくて、並んでる最中はノーケアで、最後の最後に「もうすぐ順番だよー、やったね!」的なスタンスだったね(笑)

10年という時間軸で考える
稲継 ところで、いま滞在制作で「越後妻有 大地の芸術祭」に来ているんですけど、ミュンスターを経験したあとに越後妻有を経験すると、単純に、これまでより面白く感じることがたくさんあるし、考えるアンテナが増えたような感じです。当然、問題にしている点もテーマもモチベーションも、芸術祭を取り囲む財源やらあらゆる状況も違うわけで、比較することにそんなに意味はないのかもしれないけど……。でも、初回の作品なんかは2000年につくられて18年たった現在、かなり作品が自然に還っていて、素直に感動しました。これ、つくられた当初のものと随分佇まいが違うんだろうなー、とか。「時間」のこととか、より精度の高い気持ちで見られるというか。
佐藤 そういう意味でも、最初の話に戻るけど、10年という時間の単位を考えることには意味があると思います。一般的な芸術祭は3年おきに開催されることに対し、10年という時間を取ることはどういうことなのか。しかも「彫刻」という概念は、10年という時間によって少しずつ変化していっているわけだし。
東 「公共」というテーマは一貫しつつ、2017年のミュンスターは、デジタル化時代における身体性・公共対個人の領域の関係性、などが大きなテーマとしてもあったと、記事で読みました。
宮武 2017年の作品は、映像やパフォーマンスも含め屋内のものも多かったけれど、どの作品がどんな風に10年後やその先に残されていく・いかないのかというのも気になりますよね。パフォーマンスを主に扱う居間 theaterにとっても、何をつくって何を残せるのかを考えることは重要だと思います。
山崎 コレクションとして残されていくものはやはり物質として残るものとしての「彫刻」で、映像インスタレーションやパフォーマンスはそこには含まれないのだろうか、とか。10年後に再設置・再演というのは技術的には可能だろうけど、この芸術祭においてそれがどのくらい意味のあることなのだろう……。やはり10年という時間、その場所にずっとあるということに重要性があるのではないかとか、考えます。その間、とくに注目はされなかったとしても。
稲継 そう考えると、やっぱり「移動」とか「体験にまつわる時間」とかをどういう風にこちらから提案するか、というのはとっても大事だと改めて思った。というか、実は芸術祭において「作品」そのものはもちろんインパクトとして残るけど、一方で移動や鑑賞してない時間をどう過ごすか、というのはその芸術祭の決め手だな、とすら……。
東 そういう意味では、例えばミュンスターと越後妻有での時間感覚は違うだろうし、10年という時間単位でも街の歳のとり方はそれぞれだと思います。これから私たちが始めようとしているスタディは東京からスタートしますが、東京の時間感覚はそれこそ違うはずで、東京における「公共」の考えかたもミュンスターとは違うのかもしれない……。ミュンスターを考えることで、様々な都市の10年まで見えて来たら面白いですね! そのスタディを、2018年の東京で始めることにこのスタディの醍醐味がある気がします!
佐藤 それが、9年後の彫刻(美術)のあり方を考えることにもなる。居間 theaterが、いま東京でやっていることは、間違いなくそこにつながっていると思う。だからこそ、このスタディでは、本当に9年後のミュンスター行きを目指すためにも、これまでのミュンスターや芸術祭、それに僕自身は建築が専門なので、美術館を含めた美術のための場を振り返りながら、これからのことを、居間 theaterや参加する皆さんと考えてみたいと思います。そんな貴重な時間になるのではないかと期待しています。
2027を目指したスタディ
宮武 初回は、(ミュンスターで4日間かけて、いま残っているすべての作品を見てきた)佐藤慎也さんによる、ミュンスターを含む芸術祭の歴史をめぐるレクチャーをおこないます。また2回目には、ミュンスターの話を聞くにはこの人しかいない! ということで、美術ジャーナリストの村田真さんをゲストに呼んでお話を伺います。ほかにもゲストを呼ぶ予定ですが、次回のゲストは村田さんと相談しながら決めようと思っています。
稲継 テレフォンショッキング方式や!(笑)
宮武 私たちも先が見えないスタディを楽しむために、毎回のライブ感を大事にしていこうという目論見です。そのほか、実際にミュンスターの事務局に送る手紙をみんなで考えたり、PR動画をつくったり……ということも考えています。予定調和にならないように、みんなでスタディをつくっていけたらと思います。
山崎 途中には、私たちが進めているプロジェクトの現場の様子も覗いていただきます。地理人さんとやっているプロジェクトとか、いろいろと計画しているところです。
東 われわれはまだミュンスター彫刻プロジェクトの初心者です。これからスタディを重ねることで、パフォーマンス・美術など垣根を越えて、芸術祭やアートプロジェクトについて改めて学んでいけたらと思います。一緒に勉強したいかた、ぜひご応募くださいね!

佐藤慎也と居間 theaterがナビゲーターをつとめる「2027年 ミュンスターへの旅」は8月26日応募〆切!
スタディは月1〜2回程度のミーティングや、フィールドワークを行います。ミュンスター彫刻プロジェクトをはじめ、さまざまな芸術祭に造詣の深いゲストをお呼びし、お話も伺います。
スタディ2:2027年ミュンスターへの旅
詳細はこちら。
アートプロジェクトを4つの視点から振り返る(北澤潤×佐藤李青)
みなさま、はじめまして、レクチャーシリーズ「徹底解体!アートプロジェクト」レポート担当の高木諒一と申します。このレポートでは、前半に講義内容の一部をピックアップし、後半は参加者として私がレクチャーから考えたことをお届けします。このレポートを通して、少しでもアートプロジェクトについて考えるきっかけやヒントをお伝え出来ればと思います。
このレクチャーシリーズでは「徹底解体!アートプロジェクト」の看板通り、「アートプロジェクト」という言葉から「表現」と「それを支える環境」を軸に過去30年の実践を振り返り、これからの実践を考えていきます。ナビゲーターを担当するのは、現代美術家の北澤潤とアーツカウンシル東京の佐藤李青です。
まず、レクチャーはコンセプトについて、ナビゲーターメッセージを確認することからスタートしました。
北澤潤 ナビゲーターメッセージ
佐藤李青 ナビゲーターメッセージ
北澤のナビゲーターメッセージにあるように会場のROOM302は「STUDY ROOM」として空間づくりがなされており、たくさんの資料に囲まれたなか、あたかも図書館の一角で行うゼミのような雰囲気となりました。



さて、今回のレクチャーでは事例の対象範囲を90年代に設定し、その10年間のアートプロジェクトを見ていきました。ただ事例を扱うのではなく、コンセプト、目線や論点についても触れながら2人の対話は進められました。前半はアートプロジェクトを次の4つの視点から、いくつかの事例を振り返りました。
- プロジェクトのはじまり
- パブリックアートからアートプロジェクトへ
- 続けること、委ねること 仕掛けとしてのアートプロジェクト
- アートプロジェクトの転換点としての1999年

「プロジェクトのはじまり」では大規模化したアート作品としてのプロジェクトとして、クリスト&ジャンヌ=クロード、蔡國強を紹介しました。プロジェクトの期間、規模、経費が大きくなる中で、作家がどのように状況をつくったのか、また参加者、鑑賞者などオーディエンスの立場が変容していることなどが語られました。
「パブリックアートからアートプロジェクトへ」では都市とアートの関係について「ファーレ立川」、「新宿アイランドアート計画」を取り上げました。野外彫刻の展開と都市・社会状況の文脈からの議論に触れながら、「プロジェクトのはじまり」でも取り上げた作家との比較も行われました。たとえば、ここでのパブリックアートの作品はプロジェクト型の作家ではなく、空間に設置するだけで完結するものが多かったなどです。その文脈からの転換点として、たほりつこ『注文の多い楽農園』に触れ、作品に住民が参加すること、それに対する参加者の認識やプロジェクトの継続を議論するポイントとして取り上げました。
「続けること、委ねること 仕掛けとしてのプロジェクト」では川俣正、藤浩志の活動について、ナビゲーターの北澤は「作品と社会の境界線みたいなところでの試み」を行い、それが「活動のリソースになっている」と話を始めました。アートと教育や医療などの領域を横断し、その交じり合いを言葉にしていく試みを行っていたのではないかと、ナビゲーターの読み解きが広がりました。作品や場をつくっていくプロセスを重要視し、トークやアーカイブという手法を使うことで言葉を追いかける、そうした態度があるのではないか、という話も出ました。
「アートプロジェクトの転換点としての1999年」ではアートプロジェクトのイメージが確立した地点を1999年に設定し、東京藝術大学先端芸術表現研究科、取手アートプロジェクト、ミュージアム・シティ・プロジェクトとヴォッヘンクラウズールの活動などに触れました。課題解決のためにアートの手法を利用するソーシャリー・エンゲージド・アートといわれる欧米の実践と日本のアートプロジェクトの重なるところと異なるところの議論が、この頃に先行して起きていたのではないかというやり取りも行われました。

レクチャーの後半は、ナビゲーター北澤自身のプロジェクトとコンセプトについて振り返りました。こへび隊として関わった「越後妻有アートトリエンナーレ 大地の芸術祭」や『明後日新聞社文化事業部』での五代目編集長としての経験といった原体験から始まり、『浮島』、『リビングルーム』、『DAILY LIFE』といったプロジェクトが話題となりました。現場を積み重ねるなかで試していたことやその経過から気付いたこと、そして、それらを言葉にしていくことについて語られました。


今回のレクチャーを受けて、私は「アートプロジェクトの整理、体系化をこのレクチャーの「言葉」を使用して進めること」を実践してみたいと思いました。レクチャーに参加した実感と、北澤潤のナビゲーターメッセージから振り返って考えてみると、このレクチャーは「『アートプロジェクト』という言葉が時間をかけて構築されていく上で、肉付けとなった多くの実例を、『現場、評価、批評などの実践での言葉』を切っ先として解体していた」と思います。
レクチャーではアートプロジェクトを4つの視点に分類しましたが、2人のナビゲーターの対話には、ほかにもトピックとなる言葉がたくさん使われていました。たとえば「プロジェクトの主体は誰か」「作品・プロジェクトは完結しているか、続いていくのか、どこで終わるのか」「記録の方法はどうか」「鑑賞者・参加者はどこまで、何を見ることができるのか」などです。
このトピックは取り上げた各々のプロジェクトの特徴について語られたものですが、これは他の事例をみるポイントにもなります。今後のレクチャーで「アートプロジェクトの整理、体系化をこのレクチャーの「言葉」を使用して進めること」、そしてまた、トピックを自分で考え、設定することで自身の関心や興味を再認識していきたいと思いました。



